魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一六二話

「────戦闘終了。キューイ、周辺索敵」

「キュイ」

 

 幾度目かのモンスターの群れとの交戦を終え、鞘に刃を納めた時だった。

 キューイの放った一言に思わず眉を顰める。

 

「キューイ、もう一度お願いします」

「キュイキュイ」

 

 ────また怪物連れてきてる。

 キューイはそう呟いて嫌そうに鼻を鳴らした。

 また、怪物を連れてきてる? どういう意味なのか彼女に問いかけるより前に、響き渡る異変の音にベルが顔を上げた。

 

「モンスターの叫び声に……足音?」

「おいおい、またか?」

 

 ミコトの呟きにヴェルフが億劫そうに声を上げる。

 モンスターの群れらしき啼き声、そして複数人の足音。皆が『怪物進呈(パス・パレード)』の前兆かと身構える中、キューイだけが気だるげに『また連れてきたし』と呟く。

 

「キューイ、どういう事、()()って何?」

「キュイキュイ? キュイ」

 

 道中、俺達を襲撃する怪物はどいつもこいつも牙や爪が血に濡れていた。他の怪物を襲ったにしては頻度が高いと思っていたが────まさか、ありえない。

 他の冒険者や派閥が俺達にモンスターをぶつけ続けていた? いくらなんでも、今の【ヘスティア・ファミリア(おれたち)】にそんな喧嘩を売る真似をする奴はいない、はずなのに。

 襲撃を受けているかもしれない。それは確かな事であるのだが、今の派閥関係から有り得ないと何度も否定を繰り返す。そんな風に行動を起こせずにいると、通路の先、『食糧庫(パントリー)』の方角から、顔を隠した冒険者達が姿を現した。

 無数の怪物を引き連れた外套(フーデットローブ)で身を隠した、数人の同業者。

 

「前方から……食糧庫(パントリー)からやってきたのですか?」

 

 進行方向からやってくる集団に、リリが疑問を呈しつつもバックパックを担ぎ直す。

 この段に至って、俺は漸く声を上げる事ができた。

 

「総員、撤退準備! 他派閥の襲撃よ!」

「襲撃? ただの怪物進呈(パス・パレード)じゃないのか?」

 

 ヴェルフが訝し気に此方に視線を向けてくるが、それどころではない。キューイの言が正しければ、既にこちらは取り囲まれている。複数の冒険者が俺達に怪物を差し向けているらしいのだ。

 現在地は一本道。どのみち戻る他無い為か、皆の動きも当然速い。────そして、敵の動きも速かった。

 

「キュイッ!」

「────ッ!? 後方分かれ道っ、右側、およびに前方から怪物進呈(パス・パレード)!!」

「えっ」

「冗談ですよね!」

 

 キューイレーダーに感有り。

 前方の分かれ道は四方向に別れた十字路。その内の前方と右側────そして、更に左側からも若干遅れてこっちに怪物を引き連れた冒険者が接近中。

 まさか、ありえない。俺達を襲撃する理由が無い。【ロキ・ファミリア】に【ガネーシャ・ファミリア】、どちらか一方でも敵に回すなんて、馬鹿な真似は有り得ないはずだ。なのに、襲撃を受けている。

 ────現状を鑑みるに、これは襲撃で確定している。

 徐々に距離が詰められる後方に視線を向け、十字路の方へを駆けていく。このまま十字路に飛び込めば奴らの思う壺だ。しかし、現状においてとれる手段は少ない。

 

「接敵まで残り、二十秒」

「おい、ミリアの言う事が本当なら不味いぞ」

「此方から攻撃しては駄目です! 向こうから攻撃されるまでは絶対に攻撃してはいけませんよ!」

「で、でもこのままでは乱戦に」

 

 接敵まで二十秒。ヴェルフがどうすると視線で訴えかけてきて、リリが警告の声を放つ。ミコトが動揺しながらも刀に手をかける。

 ベルはどうすべきか迷っているのか、動揺する瞳が此方を見た。

 

「どうしよう、どうすべきかな」

「…………」

 

 襲撃されている。そして、既に逃走不可能な状況に陥っている。どうすべき、なんて俺にもわからない。

 しかし、このままぶつかり合えば勝算は皆無。俺達に出来るのは────残り十秒。

 

「リリ、バックパック破棄。ベル、正面突破する。ミコトとヴェルフ、リリはヴァンとキューイの背中にしがみついて」

「ミリア様ッ、こちらから攻撃してはいけませんっ」

「四の五の言ってられる状況じゃないわ、とにかくもう時間が────ああもう、【我は奏者、奏でる者成りて】」

 

 説明する間もなく、広い十字路にパーティは侵入した────そして、予定調和の様に正面方向と右方向から怪物を引き連れた外套(フーデットローブ)姿の冒険者が姿を現す。

 行動が遅すぎた。慌ててクラスを変更して詠唱を行う。

 

「【我は操者、操る者成りて────(なんじ)傀儡(くぐつ)、五指奏でる調べに踊れェッ!】」

 

 ヴァンの背中に背負われていた木箱の蓋が弾け飛ぶ。突っ込んできた集団に木箱の蓋が当たりかけるも普通に回避され、曲剣で切り払われ、意味が無い。無論、これは攻撃ではないが。

 ギリギリ、パーティが大波に飲まれる前に詠唱を終える事ができた。しかし、それは焼け石に水だ。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

「み、みなさんッ!」

「全員密集を」

 

 衝突地点の中心であった俺達を起点に、大乱戦が巻き起こる。

 勢いよく追走速度のままぶつかりあった怪物達、黒犬(ヘルハウンド)一角兎(アルミラージ)が吠え狂いながら同士討ちを始める中、皆が衝撃を回避せんとバラバラに動き────ヴァンの首が飛んだ。

 

「ヴァンッ!?」

 

 襲撃者の一人が振るう巨大な曲剣────いや、朴刀(ぼくとう)か。たった一閃でヴァンの首が飛び、その勢いのままヴェルフに迫る。

 

「ヴェルフッ!」

「ぬっ、おおおおおおっ!?」

 

 ゴシャッという鈍い音。ヴェルフの持つ大刀と似た、巨大な朴刀がぶつかり合い、大男のヴェルフが呆気なく吹っ飛んで視界から消える。

 攻撃された。向こうからの攻撃、認識して意識を切り替える。

 人形展開。ヴァンの背負っていた木箱から飛び出した『青銅の騎士人形(ブロンズ・ナイト)』三体と、一体だけ奮発して作成した溝付甲冑(フリューテッドアーマー)を身につけた、『鋼鉄の騎士人形(アイアン・ナイト)』。

 急ぎ操り飛び出させた人形が帆盾(カイトシールド)を構えつつ飛び出し────三つ目、背後から迫っていた怪物進呈(パス・パレード)が後方から乱戦に突き刺さる。

 一瞬だ、一瞬で『青銅の騎士人形(ブロンズ・ナイト)』二体が呑み込まれ、魔法の効力外、破壊されて屑鉄と化した。

 

「ミリアッ!」

 

 『鋼鉄の騎士人形(アイアン・ナイト)』に身を守らせつつ、キューイを探す。酷い乱戦、既に収拾を付ける事は出来ない。ミコトが必死に応戦しヴェルフを庇っている様子が微かに確認できる。リリはベルが抱えながら戦っている様子だ。

 色違いの外套(フーデットローブ)の冒険者達。派閥不明の集団は怪物を押し付けた端から反転、此方への攻撃を開始している。

 四方八方を取り囲む怪物、そしてその怪物を飛び越え舞う様に襲い来る集団。人形操作を行いながら、ズタボロになった最後の『青銅の騎士人形(ブロンズ・ナイト)』で迎え討とうとするも、蹴りの一撃で粉砕。唯一残った『鋼鉄の騎士人形(アイアン・ナイト)』も無数の凹みをその身に刻みながらも長剣で敵を切り払い、帆盾で殴りつける。

 

「変なモン使うんだね、あなた」

「ッ!?」

 

 腕に何かが絡み付く。視線を向けた先には鞭を手にした外套(フーデットローブ)の冒険者。

 声質からして女────どこかで聞いた様な覚えのある声に動揺して反応が遅れる。致命的な隙を晒した俺は、瞬時に腕に絡み付いた鞭によって引っこ抜かれる様に人形から引き剥がされた。

 

「ミリア様ッ!」

 

 天井スレスレまで勢いよく吹っ飛ばされ、放物線を描いて怪物の頭上を飛び越え、一瞬だけ聞こえたリリの声が遠ざかる。

 皆と分断された。地面に叩き付けられる寸前、赤い影が俺を受け止める。

 

「キューイ、何処に行って────」

 

 何処に行っていたのか。文句を零しかけ、キューイの身体に無数に突き刺さる槍を見て言葉を失った。

 多分、投げ槍(ジャベリン)の類、にしてはおかしい。その槍には縄が結ばれており────キューイが声を上げるより前に、縄が引かれたのか、苦悶の悲鳴を零したキューイが一瞬で引っ張られて飛んでいく。

 赤い飛竜が飛んでいく先には数人の冒険者。片手には縄、キューイの身体に突き刺さる槍とつながったそれを使い、引き寄せると同時────反対の手に持った無骨な刃でキューイを解体した。

 一瞬でバラバラだ、首が落ち、翼が切り分けられ、胴体から内臓が零れ落ちる。瞬く間の出来事に言葉を失うさ中、数人の冒険者はフードを外して此方を見た。

 褐色の肌をした、女冒険者達。アマゾネス、そして彼女らの特徴的な姿から襲撃者の派閥に気が付いた。

 

「【イシュタル・ファミリア】ッ!? どうしてこんな事をっ」

「あー、一瞬で気付いちゃうんだ。やっぱキミ凄いよねぇー」

 

 怪物の怒号、ヴェルフやミコトの悲鳴染みた雄叫び。リリがベルの名を呼んでいる。最後の人形が抵抗虚しく砕き壊されて操作魔法の効果が切れる。

 酷い乱戦の外側、いつの間にか鞭を持ったアマゾネス────歓楽街で声をかけてきた、名称不明の戦闘娼婦(バーベラ)が場違いにも程がある能天気な声で話しかけてきた。

 

「【サブマシンガン・マジック】【リロード】」

「ひゅー、かっこいー。良いなぁ、私普通の魔法使えないし羨ましいよ」

 

 まるで挑発するかのようににっこりと笑顔を浮かべていた彼女は、無造作にフーデットローブを脱ぎ捨てる。その体は相変わらずの踊り子を思わせる派手な衣装。そして、無数の帯革(ベルト)に固定された各種武器。

 

「そういえばー、自己紹介がまだだったかなぁ。私ね、【戦役の女主】っていってねぇ、まあ、どうでもいっか」

 

 可愛らしい笑みを浮かべ、無骨で鋭利な刃が無造作に取り付けられた手甲を装着するその人物。

 二つ名を聞いて背筋が凍る。Lv.3、そして【イシュタル・ファミリア】において滅多に姿を現さない気紛れな女戦士(アマゾネス)

 

「というわけでー、【高らかな宣言を、神託を聞け】」

 

 彼女の扱う魔法────呪詛(カース)は有名過ぎた。効果が二種類存在する代物。

 詠唱はそれなりに長い。一度の発動でかなりの代価を支払う代わりに、発動する効力次第で最悪の事態を引き起こす。

 

「【気紛れな女神の告げる音を】」

 

 悠長に両手を広げて詠唱するアマゾネス。彼女に銃口を向けようとし────キューイを解体したアマゾネス達が一斉に躍りかかってくる。

 剣が、槍が、斧が、棍が、古今東西、ありとあらゆる武器が襲い来る。鈍器の奏でる鈍い音色、刃物が奏でる鋭い音色、女戦士達が挙げる雄叫び染みた鬨の音。聴覚全てを支配する音色の中で、その凶兆を告げる詠唱がやけに耳に残る。

 

「【戦場に吉兆を、戦場に凶兆を】」

 

 必死に攻撃を掻い潜りながら反撃に魔法(じゅう)を放とうとするも、相手は数で囲んで詠唱すらさせない様にと武器を振るってくる。マジックシールドが一瞬で罅割れ、時折それらを貫く一撃が肌を掠っていく。

 

「【音は告げられた────与えられた神託は────】

 

 詠唱を止めねばと何度も銃口を向け、連携によって一発も発砲できないままに、相手の呪詛の詠唱が完了する。

 

「【────汝の定めと知れ】」

 

 此方に向けられた視線。怪しく光るその眼に睨まれた瞬間、体の動きが鈍る。

 まるで俺だけ世界から切り離されたかのよう、俺だけが時間から取り残されたかのように、周囲の動きが加速したのかと勘違いしそうな程に、速度差が生まれる。

 呪詛(カース)。効果は────短時間のステイタスの封印、またはステイタス譲渡。

 効果が無作為(ランダム)で発動するモノだ。自らが溜めていた経験値(エクセリア)を一定量相手に与えるか、自らのステイタスを永続低下させて相手のステイタスを強制封印して無力化する。

 効果を選べず、敵に使って強化してしまう事もあれば、味方に使ってステイタス封印をしてしまう事もあって使い辛い呪詛。しかも発動する度にステイタスダウンという過剰な代価(ペナルティ)を支払う必要のあるモノ。

 その代価(ペナルティ)さえなければ、【イシュタル・ファミリア】で最強だったかもしれないと謳われた事もある、堕ちた女戦士(アマゾネス)

 

「やったぁー成功だねぇ。おやすみー」

 

 最悪の効果を引き当てた。ここぞというタイミングで発動した、ステイタス封印。

 気楽そうな声。周囲のアマゾネスの動きを追う事も出来なくなり、神の恩恵が封じられて魔法も使えない。

 当然、マジックシールドの効果も消え失せ、無防備を晒す事になる。元から低かった力も、耐久も意味が無い。ただの一般人にまで落ちた身体能力で抵抗なんぞ出来る筈もなかった。

 

 ────鈍い音と共に意識が飛ぶ。

 

 

 

 

 

「くそっっ!?」

 

 最期の一匹であった黒犬(ヘルハウンド)をヴェルフが切り捨てる。

 彼の周囲には数え切れない程のモンスターの死骸と、灰がうずたかく積もっていた。

 ヴェルフは大刀を杖代わりに突きさして体を支え、目元を歪めながら周囲を見回す。

 

「どこの派閥だ、あいつ等は!?」

「わかりません!? ベル様もミコト様も戻ってきませんし、ミリア様だって……!」

 

 苛立ち交じりのヴェルフの絶叫に、リリが取り乱した悲鳴を返す。

 いたぶる様にヴェルフとリリを殺さない程度に攻撃し、好き勝手怪物を虐殺していった外套(フーデットローブ)の集団は嵐の様に姿を消した。彼らの仲間、三人を道連れにし、とある言葉を残して。

 

「……『仲間を殺されたくなけりゃ騒ぎにするな』って言ってやがったな」

「…………ベル様、ミリア様、ミコト様の三人が連れていかれました」

 

 突然の襲撃、最初の衝突直後にキューイに突き刺さる無数の槍、そしてそれに取り付けられた縄によって乱戦から引っ張り出されていった飛竜を見ていたヴェルフが舌打ちを零す。

 

「狙ってやがったな、真っ先にキューイを潰しにきてやがった」

「ミリア様もです。リリ達から真っ先に切り離しにかかってました……」

 

 残された二人が襲撃者の行動から考察を行いながらも、ボロボロの体に鞭打って仲間の捜索を行おうとする。

 そんな彼らを、通りかかった上級冒険者が見つけた事で大騒ぎとなった。

 

「────うそ」

 

 大騒ぎとなった被害者達の叫び声が遠くから響く、迷宮の一角。

 隠す様に置かれたカーゴのすぐ横で、春姫は青褪めた顔で足元を見つめていた。

 今にも崩れ落ちそうな程に憔悴した彼女の視線の先、ぼろぼろになって意識を失った白髪の少年と、黒髪の少女が横たわっている。

 

「クラネル様……ミコト様」

 

 呆然と立ち尽くす彼女の周囲では、襲撃成功を喜ぶ声を上げながらアマゾネス達が撤収準備に入っていた。

 

「よいしょっと、はい【魔銃使い】の縛り上げ一丁上がりー」

 

 無造作に、三人目が倒れていた少年と少女の傍に追加される。

 金髪で小柄な少女。一際小さなその体には、無造作に鎖が巻き付けられていた。

 『精錬金属(ミスリル)』製の、彼女専用に持ち込まれた鎖だ。

 魔力伝導率が非常に高く、下手に魔法を使おうとすれば巻き付いた鎖が吹き飛ぶ。当然、彼女も無事ではすまないだろう。魔法使いを封じるのにつかわれる常套手段である。

 

「そん、な……ミリア様まで」

 

 絶句し言葉を失う春姫。

 

「何であんな不細工な小娘まで拾ってきたァ、持ち帰るのは兎と竜だけの筈だろう」

「……アンタ話を聞いてなかったみたいだね。人質だよ、ひ・と・じ・ち。こいつを殺されたくなけりゃ大ごとにすんなって残った奴らに言っただろうに」

 

 巨女のフリュネとアイシャが言い争う中。

 春姫は、か細く震える声で尋ねる。

 

「アイシャさん……(わたくし)達の標的は、この方たちだったのですか?」

「……そうさ、イシュタル様の命令でね」

 

 嘆きに満ちる春姫の前で、無造作に標的とされてしまった者達がカーゴに詰め込まれる。

 遂に耐えきれなくなった春姫が、崩れ落ちた。

 

「さっさと帰るよォ、役立たず共はさっさと働きなァ」

「はぁ? 帰るゥ? 馬鹿かアンタは、まだ仕事が残ってんだろうが」

 

 意気揚々と帰ろうと宣言するフリュネに、アイシャが食って掛かる。

 まだ、仕事が残っている。その言葉に青白い顔をした春姫が顔を上げた。

 

「ま、まだ、誰かを……」

 

 襲うのか。そう問いかけるよりも前に、一人のアマゾネスが駆け込んできて声を上げた。

 

「予定通り奴らが18階層を出発したよ」

「アァ、そういえば()()()もあったねェ。そうだ、アタイがそのカーゴを地上に運んでおいてやるよォ、代わりにお前達は残りを始末してきなァ」

 

 フリュネが億劫そうに表情を歪め、カーゴに視線を向けていけしゃあしゃあと言い放つ。

 

「はあ? 馬鹿じゃねえの?」

「フリュネになんて任せられないし」

「イシュタル様も『フリュネにだけは任せるな』って言われてるしねー」

 

 アマゾネス達が口を揃えて巨女の言い分を切り捨て、アイシャが溜息交じりに呟く。

 

「良いから、襲撃地点に向かうよ。ほら、春姫もはやく立ちな」

 

 言葉を失った狐人の少女は、アマゾネス達に連れられて移動を開始した。

 

 

 

 

 

「なあ、なんかつけられてないか?」

 

 灰色のフードから覗く気だるげな眼が声を放った猫人の青年に向けられる。

 【ヘスティア・ファミリア】遠征隊のリーダー、猫人のディンケがぽつりと呟くと、後方で警戒に当たっていた狼人の少女が穂先が欠けた槍を見ながら応えた。

 

「確かに、なんかずっとこっち見てるな。何処の派閥だ? 横取りでもしようってのかよ」

 

 大型のカーゴを引く遠征隊。

 そのカーゴには依頼の品として目一杯、迷宮で採取できる植物、採掘できる鉱石、そして怪物がドロップする体の一部が詰め込まれていた。

 

「リヴィラでボールスに売ってくれんのかって声かけられたしねー」

 

 彼らが18階層にある冒険者の街『リヴィラ』に立ち寄った際、カーゴ一杯に積まれた物を見て数多くの住民が目を輝かせて声をかけてきたのだ。

 大荷物を持って迷宮を移動する危険性(リスク)を考えれば、あの場で換金していく者も数多い。そしてこれだけの荷物を持って地上に帰るのも一苦労と言う事で、彼らは自分の所で換金しないかと声をかけてきたのだ。

 無論、これは依頼の品であってただの採取品ではないので換金なんてできる筈もない。

 そして、そんな沢山の品を抱えた彼らを狙って横取りしようとする冒険者も居るかもしれない。そう考えたディンケは即座に首を横に振って否定した。

 

「今の俺達を襲撃したらガネーシャ様も黙ってないだろうし。ロキの所もそうだろ?」

「だな、ロキも黙ってないだろうしな」

 

 大盾を背負ったドワーフ、グランが呆れ混じりに呟く。

 今の自分たちを格好の獲物と襲撃してくる馬鹿は居ないだろう。と呟いて俯いて歩くアマゾネスの少女に視線を向けた。

 

「それより、サイアはいつまで凹んでるんだ」

「うぅ……剣がぁ……」

 

 ぼろぼろと涙を零しながら彼女が手にしていた大剣────だったモノをグランに見せる。

 溜息を零し、エルフの少女、メルヴィスが肩を竦めた。

 

「それは貴女の自己責任でしょう。私はちゃんと『壊れそうだからもう使わない方が良い』って言ったわ」

「確かに、あれはサイアが悪い」

 

 メルヴィスの言葉にもう一人のアマゾネス、イリスが大きく頷いた。

 無茶苦茶な軌道、力任せな攻撃で怪物を片っ端からぶった切り続けた結果。サイアが持っていた大剣は砕け散った。久々の迷宮、それも遠征で気分良く怪物をぶった切り続けた結果である。

 

「しっかし、持ち込んだ予備含め全部砕くとかどんな馬鹿力だよ」

「剣が悪いよぅ」

「……それ、鍛冶師の前で言うなよ? 泣くぞ」

 

 ディンケが半眼で砕けた剣の柄を持って泣いているサイアに指摘するが、彼女は一切聞いておらず、涙を拭って柄を掲げた。

 

「今回の報酬でティオナさんみたいに超固金属(アダマンタイト)製の大剣作ってもらう!」

「……あー、あの人も武器よく壊してたっけ」

 

 【ロキ・ファミリア】が誇る第一級冒険者、同族の彼女が使う武器もまたよく壊れており、鍛冶師から破壊者(クラッシャー)と呼ばれている事を思い出したフィアが呆れ声を上げた。

 迷宮中層とはいえLv.3が四人も居る事で危険度的に大したことも無く、荷物は全てカーゴに放り込んでいる為皆が身軽。故に皆が談笑しながら進むさ中、灰色のフードを微かに持ち上げたヒューマン、ルシアンが死んだ目で呟く。

 

「なあ、誰か馬車馬の如く使い潰されかけてる俺にかける言葉はないのか」

「あとすこしだがんばれー」

 

 酷い棒読みで応援の言葉を放った猫人に、ルシアンが鋭い睨み付けを行う。

 その様子を見ていたエルフの青年、エリウッドが口を開いた。

 

「地上に戻れば好きなだけ酒が飲めるだろう。ディンケの奢りで」

「確かにそうなんだが……はぁ」

 

 肺の中の空気全てを吐き出す様に溜息を零し、ルシアンがカーゴを引く。

 その様子を見ていたフィアが呆れと感心を混ぜ込んだ表情でぽつりとつぶやいた。

 

「正直、化物染みてると思う」

 

 三日間、遠征中ずっとカーゴを一人で引いていたルシアンの姿を見ていたから出た言葉である。

 それも、荷物が増えて重量が増したソレを平然と引いているのだ。化け物染みているという言葉もあながち間違いではない。

 

「それは私も思った。だってLv.3で一番力が強い私でもびくともしないのに、Lv.2で平然と引けるの凄いよね」

 

 パーティの中で力が強いイリスですら引く事も押す事も出来ない荷物満載のカーゴ。それを平然と坂道だろうがなんだろうが引っ張っていく灰色フードの青年に思うところがあったのか、彼女はふと悪戯っぽく笑うとそっとルシアンに近づいた。

 

「ねぇ、帰ったらどう?」

「……悪いがそういうのは遠慮する」

 

 唐突に背筋を伸ばして真顔になり、ぶっきらぼうに返すルシアンの姿に、ディンケとエリウッドが目を弓なりに曲げてニヤニヤと眺め、グランが呆れ顔を浮かべる。

 

「女が苦手なの全然克服できてねぇな」

「ここ三日、ずっと一緒に居ても駄目なのか」

「うるせぇ!」

 

 がやがやと楽し気に談笑を行いながら、15階層への坂を登ろうとした瞬間────ディンケ達は一斉に武器を抜いた。

 彼らの視線の先、進行方向に立つ一人の巨女。その背後にはカーゴと、無数のアマゾネス達。

 【イシュタル・ファミリア】の【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールと、戦闘娼婦(バーベラ)達だった。

 

「……オタクらも遠征か?」

 

 臨戦態勢で半月刀を構えたディンケの問いかけ。

 後をつけてくる不可思議な冒険者。そして、立ち塞がる【イシュタル・ファミリア】の戦闘員。異常事態に気付いたディンケ達が警戒する中、フリュネは無造作に髪をかき上げ口を開いた。

 

「アンタ達、運が良いよォ。アタイみたいな美しい女に────殺して貰えるんだからねェ!!」

 

 宣言と同時、到底目で追う事も出来ない第一級冒険者の一撃がカーゴを爆砕した。

 飛び散る荷物、カーゴを囲んで警戒していたディンケ達が四方に吹き飛ぶ。

 

「糞っ、仕掛けてきやがった!? 皆無事かっ!?」

 

 煙幕の様に舞い上がる土煙に視界を奪われながらもディンケが声を上げた瞬間、視界を覆っていた土煙が吹き飛んで戦斧の一撃が彼に迫った。

 目を見開き、半月刀で防御しようとし────首を掴まれて引っ張られる。

 目の前の空間が軋む程の轟音を立てて振り抜かれた戦斧。握っているのは第一級冒険者だ。当然、ディンケの持つ貧相な半月刀では受け止めきれなかったことだろう。ルシアンがディンケを引っ張り離脱させなければそのまま死んでいた。

 

「馬鹿何してんだお前、死にてぇのか!?」

「助かったっ」

 

 罵声混じりの言葉に礼を言いつつ、剣を構えた瞬間────二撃目が地面を爆砕する。

 抵抗等無駄と言わんばかりに衝撃だけで吹き飛ばされたディンケが慌てて身を起こし、土煙の向こう側を見て舌打ち。

 

「ルシアンっ、くそっ」

「ちょこまか逃げるんじゃないよォ、早く『兎』を可愛がらなきゃいけないんだからねェ」

 

 気色悪いとろける様な野太い声。土煙の向こう側から、ドスドスと足音を立ててフリュネが姿を現した────片手に何かを持ちながら。

 

「────ッッ!!」

「これで二人目、次はアンタだよォ」

 

 無造作にディンケの前に持っていたそれを投げ出した。

 一瞬で地面を真っ赤に染め上げていく、半身を失ったルシアンの姿にディンケが言葉を失った。

 フリュネの方は、まるで愉しむかのように嘲笑の笑みを浮かべ、戦斧をディンケに向けた。

 

「て、テメェ、や────やりやがったなァッ!!」

 

 第一級冒険者だとか、敵う筈の無い相手だとか、そう言った些末事が頭から抜け落ち、猫人が半月刀を強く握りしめ、身を沈めこませ────ディンケが突撃するより前に、灰髪を揺らすアマゾネスがフリュネに殴りかかった。

 

「────くも」

「遅いねェ、不細工が調子に、乗るんじゃないよっ!」

 

 殴りかかった拳は受け止められ、フリュネが無造作に左手で殴りかかってきたイリスを殴り返す。

 弩砲の如き拳弾が、イリスの腹に叩き込まれた。

 

「がっっっ!?」

 

 体がくの字に折れ曲がる程の一撃、ディンケの真横を吹き飛んでいき壁に叩き付けられ止まる。

 

「イリスっ」

「…………ごぶっ……くも」

 

 壁にめり込んだ体を強引に引っ張り出し、血反吐を吐きながらも、死に体に鞭打つ様にふらつきながら踏み出したイリスが、憎悪に燃える瞳でフリュネを睨む。

 

「よくも、よくもサイアをっ!!」

 

 彼女の血反吐混じりの叫びにディンケが悟る。フリュネは『()()()』と言ったのだ、一人がルシアンだとして、もう一人はサイアだったのだろう。

 二歩、三歩進んで拳を握り締めて、今の損傷(ダメージ)を感じさせない程の勢いと速度をもってイリスが突撃する。

 

「煩い不細工だねぇ。小娘一人死んだぐらいでぎゃあぎゃあ喚くんじゃァないよォ」

「俺も忘れて貰っちゃ困るんだよなぁっ!」

「サイアの敵だぁあああああっ!!」

 

 イリスに続き、ディンケも突撃。肉薄して半月刀を振るおうとするより先に、呆気なくフリュネの拳弾が突き刺さり、ディンケの意識が飛ぶ。

 二撃目が叩き込まれたイリスもまた、耐えきれずに倒れ伏すも、それでも意識は失われていないのか血反吐混じりに憎悪の言葉を呟き続けている。

 

「して、やる……ころして、やる」

「煩いねぇ、全く────死ぬのはアンタだよォ!」

 

 フリュネは拳ではなく、戦斧を振り上げて止めの一撃を放とうとする。

 ────瞬間、フリュネの顔面に槌矛(メイス)が叩き込まれた。

 

「やらせんっ!」

「────」

 

 グランの一撃を受けても微動だにしない巨女。攻撃を放ったグランが表情を歪める中、フリュネは動きを止めた。

 顔面中央を綺麗にとらえた一撃。それでも損傷(ダメージ)にならなかっただろうとグランが大盾を構える中、戦闘娼婦(バーベラ)の一人が叫ぶ。

 

「フリュネを止めろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

「────何?」

 

 つい先ほどまで苛烈な攻撃でグランを攻めてきていたアマゾネス達が、一斉にフリュネに掴みかかり、止めようとする。理解不可能な状況にグランが眉を顰めた瞬間────フリュネの目がぎょろりとグランを捉えた。

 

「な────」

「アタイの美しい顔に、傷を付けたねェ」

「馬鹿、そいつは殺すなっ!」「フリュネが暴走するぞっ!?」

 

 全身を震わせたフリュネが、無造作に自身を止めようとした仲間を殴り飛ばす。

 呆気なく吹き飛んだ様子にグランが冷や汗を流し────叫ぶ。

 

「フィアッ、メルヴィスッ! お前達だけでも逃げろぉおおおおおおおおっ!!」

 

 大盾を構え、衝撃に備え────【不動城塞】の二つ名を賜ったドワーフは、盾諸共粉砕された。

 

 

 

 

 

「何してんだフリュネッ!?」

「ドワーフまで殺しちゃ意味無いじゃんっ!?」

「それどころかアンタが暴れた所為で狼人(ウェアウルフ)の女に逃げられちまっただろっ!?」

 

 罵声を浴びせるアマゾネス達に対し、鏡を見て自身の顔に傷が無いかを確認していたフリュネは溜息を零して大袈裟に呆れ返る。

 

「なんだいなんだい、アタイに文句ばっか言って。アンタ達がしっかり捕まえてればこんな事にはならなかったんだろォ? それに、アタイの顔に傷がつきかけたんだ、むしろどう責任をとってくれるだい?」

「ああ? テメェの顔に傷がついても変わんねえだろ」

「ゲゲゲッ、いくらアタイの顔が美しくても、流石に傷までは許容できないよォ」

 

 そうじゃない。とアマゾネス達が口を揃えて文句を零す中、二度目の襲撃を終えて捕獲した者達を確認しながらアイシャは軽く溜息を零した。

 15階層の片隅、襲撃した結果8人中3人が死亡、4人を捕獲、1人に逃げられてしまった。

 特に逃げられた一人、狼人の少女は投げ槍(ジャベリン)を三本も刺されてなお、一切の機動低下を起こさずに一目散に地上目指して走って行った────それも、縦穴を直接。

 

「はあ、縦穴を駆け上がるなんて予想外だったね。まあ、あの傷じゃあ……」

 

 途中で怪物に食われるか。とアイシャが呟く。

 

「それにしても……フリュネの奴、殺す相手ぐらい選べないかねぇ」

 

 人質にしやすいLv.2から真っ先に殺しやがって。そう呟いて足元に転がる者達に視線を向けた。

 憎悪に染まった瞳でじっとアイシャを睨みつけている猫人の青年に、アイシャは肩を竦める。

 

「運が悪かったね。アンタらは女神様の気紛れに巻き込まれちまったのさ」




 少しやらかしてギリギリの更新になったけど、セーフ、時間的にセーフ()

 それと、ごめんなさい。キャラ名考えて貰ったのに、割と使い捨て染みた結果になってごめん。割と反省……

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