魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
がたん、がたがた、と。
大きく揺さぶられる感覚を覚え、昏睡状態から覚醒する。
「…………こ、こは?」
重たい瞼を持ち上げて身を起こそうとして、気付いた。
頑丈そうな鎖が体に巻き付いていて身動きが出来ない。そして薄闇の中に見えたのは、縄で無造作に縛られた白髪の少年と黒髪の少女。どちらも俺の知る人物。
ベルとミコトの二人。目を見開いて最後の記憶を辿ろうとした所で────周囲の喧騒に気が付いた。
『フリュネが兎を攫おうとしてるよっ!』
『フリュネを止め────ぐぁっ!?』
『ゲゲゲゲッ、邪魔するんじゃ無いよォ!!』
ガゴンッ、と地面が揺れる。否、地面ではなく、カーゴだ。
カーゴに放り込まれて運ばれていたと察すると同時、カーゴの側面部分がへしゃげ貫かれ、大木を思わせる筋肉質で短い腕が────ベルを掴んだ。
「ゲゲゲッ、ベル・クラネルは貰っていくよォ」
「この馬鹿フリュネッ!?」「イシュタル様の命令を忘れたのっ!?」
「知ったこっちゃないねェ!! 邪魔だよッ!!」
フリュネの怒声と同時、へしゃげていたカーゴの側面部分が打ち抜かれ、アマゾネスが一人飛び込んでくる。一撃で昏倒したのかピクリとも動かない。仲間相手に容赦無さすぎだろ。
壊れたカーゴの中から見えた景色に息を呑んだ。
「……っ」
破損した壁から見えたのは歓楽街の中心部分、【イシュタル・ファミリア】の本拠だ。その本拠から別方向に向かってフリュネがベルを抱えてすさまじい速度で駆けていく後ろ姿があった。
────追わなくてはいけない。
【
詠唱と共に練り上げる筈の魔力がそのまま鎖に吸われる。
『ミスリル』製の拘束具。上級冒険者でも何重にも巻かれれば破壊する事は難しく、更に『魔法』を使おうとすれば魔力伝導率の高い性質を持つ
全身に巻き付いている今、もし万が一にでも爆ぜる事があれば────それも密着している為マジックシールドの効果も期待できない。良くて重傷、悪くて即死だろう。
ベルを担いだまま追跡を行おうとするアマゾネス達を殴り倒して逃げていくフリュネ・ジャミール。
鎖に巻かれて身動きが出来ない、このままベルを連れ攫われて良いのか?
────否。
たとえ重傷を負おうとも、ベルを連れていかせるなんてさせない。
身を起こし、クラスを『クーシー・スナイパー』に変更。巻き付く鎖の間から窮屈そうに尻尾が飛び出すが構うものか。どのみち首回りには巻かれておらず、威力次第で重傷止まりで済む。
「【
『ミスリル』が魔力に反応して発熱しだす。最初は生温く、徐々に熱くなっていく。
「不味い、ミリア・ノースリスが目を覚ましてる!」「何っ、って『魔法』を使おうとしてる!?」「馬鹿やめろ自爆したいのかっ!?」
フリュネの方に注目が集まっていた影響だろう、俺が魔法を強引に使おうとしているのに気付いたアマゾネスが慌てて俺の方に手を伸ばす。咄嗟にアマゾネスの手を回避しながらカーゴの外に飛び出した。
足まで巻かれていたせいでまともに着地も出来ずに転がりながら、詠唱を続ける。
「【灯せよ狐火、燃えろよ蓑笠】」
鎖が真っ赤に熱せられ、身に着けるローブを、触れた肌を焦がしていく。焦げつく臭気と、人体が焼ける異臭。
周囲に居たアマゾネス達は
「【
全身を襲う熱さが痛みに変わる寸前、力を込めて鎖を引き千切る。
魔力を吸い上げ爆発する寸前、耐久の落ちていた鎖を強引に引き千切った事を皮切りに爆発の連鎖が巻き起こる。周囲のアマゾネス達が悲鳴を上げて顔を庇う中、身を拘束していた鎖が爆竹の様に爆ぜ暴れ回るのを尻目に駆け抜け、いくつかの小爆発に全身を打たれ激痛を覚えながらも魔法を発動した。
「【隠レ身ノ灰】」
効果は劇的。焦げ付いたローブも、火傷を負った体も、全てが空気に溶ける様に消えていく。
既にフリュネの姿は見えないが、どの方角に行ったのかは記憶している。
焦げつく臭いで居場所がバレそうだと舌打ちした所で、更なる喧騒が弾けた。
「アマゾネスが拘束をぶち壊しやがった!?」
「ヤバいっ、はやくアイシャさんを────ぎゃん!?」
「よくも皆をっ!!」
後ろを振り返るまでも無い。別のカーゴから飛び出した人物が大暴れし、残された構成員を薙ぎ倒していく。それが誰なのか確認できないが、それでも重畳。
何処の誰だか知らんが、暴れに暴れて引き付けてくれるなら万々歳だ。今の内にフリュネを追わなくては。
「────絶対に逃がさない」
慌てて駆け戻って暴れる誰かを拘束しようとする
「あのヒキガエルを探せッ?!」
【イシュタル・ファミリア】の
主神の命により、アイシャ率いる『
一人、唯一傷が浅かった猫人の青年を
しかし、団長である
「ミリア・ノースリスは絶対に逃がすな!?」
目を覚ましていた【魔銃使い】ミリア・ノースリスの逃亡を許してしまったのだ。
もし、彼女が派閥の敷地外へ助けを求める真似をすれば────たちまち【ヘスティア・ファミリア】と友好関係にある
まさに天地が引っ繰り返った様な騒ぎに発展し、アイシャが放つ大声の指示の元、獣人やエルフを含めた高級娼婦すらも捜索に駆り出されている。
「あんのデカブツゥ……!?」
「
非戦闘員すらも駆り出され、総動員で捜索が進められる中、
「目を付けてたドワーフぶっ殺しやがって!?」
「猫人も
「優先捜索対象はミリア・ノースリスだ! 間違えるな!!」
一部がフリュネ捜索に血眼になる中、イシュタルもまた、不満げに目を細める。
宮殿の中でも神かい高階に位置する広間。赤絨毯が敷き詰められ玉座を思わせるその室内では、巨大なソファーに寝そべる女神と、その前に跪く一人のアマゾネスの姿があった。
「ミリア・ノースリスに逃げられたそうだな」
「うん、やっちゃった」
跪いていたアマゾネス、【戦場の女主】レーネ・キュリオは顔を上げると、いっそ図々しさを感じる程に平然と、それも煽るかのように舌を出して頭を掻く。
女神を
「イシュタル様の命を実行できなかった癖に、ふてぶてしい女だ」
「えー、それは酷くなーい? だってステイタス犠牲にしてでもサクッと封じて捕まえたのは私だよ? そもそもフリュネの手綱を握り切れないイシュタル様の責任だと思いま~す」
従者達の非難の声に対し、けろりとした様子で反論まで口にするレーネ。しかも悪いのは
「誰に向かって口をきいている」
「怖い怖ぁ~い、私の
へらへらと、悪びれる様子も無いアマゾネスに従者達がみるみるうちに赤くなっていく。主神を敬う様子を見せないどころか、平然と泥を塗る姿に不快感を示した
「ふん、ミリア・ノースリスの拘束が不完全だったのではないか?」
「無い無い、っていうか見張りの子に聞いたんだけどさぁ────半分自爆じみた方法で拘束ぶっ壊したみたいなんだよねぇ~」
魔法使い封じとして知られる
その程度なら見張りのLv.2でも暴れられても鎮圧できると思っていたが────ミリアはその予想を遥かに超えた。
あえて、あえて魔力を
その時、人質のアマゾネス、イリス・ヴェレーナが暴れ出して混乱が加速。結果としてミリアにはおめおめと逃げられる羽目となる。
「これで私が悪いって言われるのは心外だなぁ」
肩を竦めてへらへら笑うレーネ。目の前のアマゾネスが一切反省する気が無い────そもそも反省点が無い────事に女神は深い溜息を零し、睨み付けて命じた。
「ミリア・ノースリスをもう一度捕えろ。絶対に歓楽街から逃がすな、出来なければ────」
「あーはいはい。わかりましたぁ~……全く、私悪く無いじゃん。そもそもヒキガエルの手綱をちゃんと握ってくれればさぁ~」
命令の途中、女神の言葉を遮ると同時にレーネは立ち上がり、適当な返事を返しながら手を振って女神に背を向ける。これ見よがしな溜息や、肩を竦める動作、そしてしまいには肩越しに女神を見て舌打ちまで行い、部屋を出て行った。
それほどまでに怒り心頭な従者達を抑えつつ、イシュタルは目を細めて
「一人を残し、他の人質は全てホームの外の歓楽街に移せ。全員バラバラの位置にしろ」
「
主神の指示に恭しく一礼し、青年従者は広間を後にする。
巨女の行動を発端とした混乱によって、宮殿の隅々まで広がっていた騒動は、次第に外にまで波及していった。
「…………ここは」
ホーム一帯が喧騒に包まれる中。
春姫は自室として用意された部屋の寝台の上で目を覚ましていた。
外から聞こえる喧騒と、自身の最後の記憶を辿り、何が起きているのかわからずに首を傾げる。
二度目の襲撃を行う。そう聞かされて歩き出した後の記憶が綺麗さっぱり抜け落ちている。既に迷宮から帰還している事から、襲撃を終えたのだろうと予測を立てて部屋の扉を開けようとし、駆け回る娼婦の声を聞いて目を見開いた。
「ベル・クラネルとフリュネは見つかったか?」
「こっちには居ないよ」
「あっちの通路の行き止まりにミリア・ノースリスの痕跡はあったけど」
「何処だそれっ」
「一階の南の方、フリュネが逃げていったのと同じ方角だよ。でも姿は見えなかった」
騒々しく春姫の部屋の前を後にするアマゾネス達。
彼女たちの会話を聞いた春姫が目を見開き、状況を大まかに理解する。
このまま普段の様に何もせずにいれば、どうなるのか。それを想像した狐人は一人表情を引き締め、決意を抱く。
廊下を駆け、一つの倉庫に辿り付いた。扉の格子窓から見えるヒューマンの少女を見て息を詰まらせる。
ベル達を探す為に見張りすらも駆り出されている中、春姫は呼吸を落ち着けつつ廊下が無人である事を確認し、背伸びして格子窓から鍵を投げ入れた。
「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい」
未だに意識を失う知己に向かって、春姫は呟く。
顔を上げ、獣の耳をピンと立てた彼女は、急かされる様にしてその場を後にした。
床も壁も天井も、剥き出しの石材で作られた窓の無い部屋。
ひんやりとした地下特有の冷えた空気に満ちた部屋に響く肉を打つ音。鞭が空気を切り裂き、ローブを裂き、肉を抉る。
口から飛び出しかけた悲鳴を噛み殺し、口元に笑みを浮かべて目の前の化物を見上げた。
「ゲゲゲゲッ、どうやってこの場所を知ったんだぁい?」
目の前の巨女の手が、俺の頭を掴む。
力を込められれば瞬時に俺の頭は握りつぶされるだろう。抵抗しようにも天井から伸びる鎖で吊るされていて何も出来ない。ご親切に、俺の首には魔法封じの鎖が何重にも縛られている────カーゴの中でやった様に、無理矢理破壊する真似なんてしようものなら俺の首が飛ぶだろう。
流石に二度目ですらかなりの傷で、今回は急所の首回り。力業での開錠は不可能だった。
「偶然気付いただけですよ」
嘘だ。
本当は他のアマゾネスが『こっちの方に行ったはずなのに』と首を傾げながらフリュネを探し回っているのを見て、この辺りで姿を晦ましたと予測し、重点的に探した結果だ。
「とぼけるんじゃないよぉ」
薄暗い通路、行き止まりとなっていた先にある剥き出しの床。他の場所の様に敷物がしてある訳でもない一角、そこのあった一枚岩から削りだされた床材の一つ、それがまるで何度も何度も持ち上げて戻してを繰り返したかのように、石材の床板が磨り減っていた。
後は簡単だ、元々地下に建造物を作っていたかもしれないと予測は出来ていた。だから迷わずその床材を引っぺがした────正確には床材としか見えない様に細工された隠し扉を開けた。
耳を澄ませば微かに聞こえるフリュネの上機嫌そうな鼻歌。確信と同時に飛び込んで通路を進み────フリュネの前に
焦りから自身の魔法が解けているのに気付かずに突っ込み、見事に捕縛された。そして、今や拷問部屋に閉じ込められている。
ちなみにこの地下通路や部屋は全て【イシュタル・ファミリア】が作り上げたモノではないらしい。ペラペラとこの場所について自慢げに話すフリュネ曰く『ダイダロス通り』を作り上げた変人が好き勝手にやった名残の代物だそうだ。
気に入った男をここに連れ込んでは廃人にしていた────そして、今回はベルが連れ込まれた。
「全く、不細工で生意気な小人だよぉ。アンタがただの不細工だったらすぐに口封じで殺してやったってのに」
目の前でごちゃごちゃ言いながら、拷問器具をがちゃがちゃと弄繰り回す姿に舌打ち。
俺の右手の爪は、床に転がっていた。無造作に爪と爪の間に針を差し込むといった拷問から始まり、爪を剥がされ、鞭打ちまでやられてしまい、今や背中は見るも無残な事になっている事だろう。
手慣れた様に爪を剥いでは問いかけを行ってくる巨女、全く似ても居ないくせに糞女を思い出させる妙に甘ったるい口調。それに加えて────魔石を使用した電撃装置まで用意してあるとは、恐れ入った。
過去、あの糞女から受けた忌々しい拷問を彷彿とさせる代物だった事は幸いだ。電撃ぐらいで音を上げる程、落ちぶれちゃいない。フリュネ曰く『最新式のを試してやる』との事だったが、俺にとって電撃は慣れ親しんだ代物でしかない。
むしろ爪を剥いだり、鞭打ちされた方が遥かに効く。
「全く、ベル・クラネルが目覚めるまでのお遊びの積りだったけど、強情で生意気、見ているだけで殺したくなる顔だねぇ」
電撃を放つ魔石道具を木製の台に戻し、おもむろにフリュネが視線を投げ出した先。
壁に取り付けられた魔石灯の下、腰を付けて足を投げ出し、両腕を上に上げた姿勢で壁に凭れ掛かるベルの姿があった。両腕は銀色の鎖で何重にも縛られていて、拘束されている。
意識の無いベルに手を出すより、俺の相手でもしろと挑発した甲斐は、少しはあっただろうか。
…………最悪な事に情報らしい情報はまともに入手できなかったが。
どうして【イシュタル・ファミリア】が攻めてきたのか聞こうにも、拷問する側のフリュネに無暗に問いかけなんぞ飛ばした結果、ベルにとばっちりがいってしまえば取り返しがつかない。
とはいえ、時間稼ぎは続ける積りだ。ベルが目を覚まさずにこのまま時間経過でロキかガネーシャが動いてくれれば…………。大丈夫、後何時間でも拷問に耐えてやろう。
痛い、程度で家族が救えるのならいつまででも耐え凌ごうじゃないか。
「…………う」
決意新たにフリュネが新しい拷問器具のトゲトゲ付きの棒を手に取ったのを見て喉が干上がった瞬間、室内に呻き声が響いた。
無意識に俺の口から出た物かと一瞬だけ考え、否定せざるをえない光景に息が詰まった。
フリュネが、ベルに、視線を向けていたから。
「ゲゲゲゲゲゲゲゲッ! 目を覚ました様だねぇ~」
未だに朦朧としているのか、僅かに動いた瞼が微かに開いてぼんやりと石室の中を眺めはじめるベル。
────最悪だ。
目覚めたベルと目が合う。
咄嗟に拷問されていた跡を隠す様に手を握り、爪を剥がされた手を隠す。向きからして背中の鞭打ちの痕も見えない。
何が起きているのかわからずに目を白黒させだした少年を落ち着かせようと口を開くより前に、フリュネが大声で叫んだ。
「ここはアタイだけの
心底愉快そうにしゃがれた声でとんでもない事を喚くヒキガエル。まさか、まさかとは思うが────俺の目の前でベルを拷問にかける積りか。
太い指で鍵束を揺らしてベルに見せつけるフリュネ。
「『ダイダロス通り』が隣接している影響さぁ。
先ほど俺にしたのと同じ解説を懇切丁寧に、とても愉快そうに気色悪いへしゃがれた声で行いはじめる。
「アタイは気に入った男をいつもここに運んでるのさぁ。ここはあの不細工共も、イシュタル様だって知りはしないよぉ~」
誰も助けには来ない。主神も、同派閥の仲間も、誰もこの場所の存在を知らない。だから助けなんて期待するだけ無駄。そう言い切って絶望する様を愉しんでいるらしい。
────最初から存在を疑い、注視して調べればわかる程度には磨り減り等で摩耗しているから、フィン辺りは気付くだろう。と言うのは黙っておく。
それよりも、ベルに覆いかぶさる様にフリュネが近づいていくのを見て、血の気が引く。
「誰かの
俺から見えるのはフリュネの後ろ姿だけ。その表情は想像するしかないが────醜悪な笑みなのは間違いない。
更に一歩、フリュネがベルに近づいて覆いかぶさり────
「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
激しく鎖が揺れる音、情けない悲鳴がフリュネ越しに響いてくる。
先ほどまでの拷問は耐えれた。どんな痛みも屈辱も、耐えて見せよう。だが、ベルに対し手を出す事だけは、ダメだ。
「やめなさい、フリュネ・ジャミール」
「……誰に命令してるんだぁい?」
「アンタよ、ヒキガエル」
やめろ、ベルには手を出させない。
肩越しに振り返るフリュネは、無造作に近くにあったバチバチと音を立てる魔石道具を手に取った。
「アンタは
バチバチ、バチバチ、と。
これ見よがしに電撃を飛ばす道具を此方に向ける。そのまま近づいてくるフリュネの後ろから、ベルが喚く声が響き────懐かしい電撃の感触。
「──────────────」
身体を走り抜ける電撃が、神経を滅茶苦茶に犯して体が勝手に跳ね回る。口からは悲鳴にもなり切れない絶叫が飛び出しかけ、歯を食い縛る事も出来ずに意識は一瞬で
ゲゲゲゲッ、と。
特徴的に嗤うフリュネの嘲笑が聴覚を奪い去られ────忌々しい台詞が一瞬だけ脳裏を過る。
前世、何か大きな失敗をして拷問を受けている時に放たれた、糞女の台詞。
『詰めが甘い。何度言われてもアンタは学習しないわね────別にそっちの方が御しやすいから良いけど』
何故、この
弾ける電撃が一際大きくなると同時────意識が飛ぶ。
────僕は言葉を失っていた。
声が聞こえていた。誰かの苦悶を押し殺した様な、声が聞こえていた。
僕が目を覚ますと其処は窓のない石室、微かに見える奥には黒々とした鉄格子。部屋に置かれた数多くの口にするのもはばかられる拷問器具の数々。そして、張り付けにされたミリアの姿。
状況が理解できない僕が最後の記憶を掘り返すさ中、フリュネさんに迫られ────
情けない悲鳴を上げながら、ガシャガシャガシャガシャ!! と、鎖を何度も揺すって、覆いかぶさる巨女から逃げたい一心で暴れる僕を他所に、ふとフリュネを制する声が聞こえたんだ。
ミリアが、声を上げていた。
そういえば、ミリアも居たんだと胸をなでおろすと同時、フリュネさんが何かを木卓から手に取った。
カチリと、何かの駆動音。それと同時に響くバリバリィッと言う耳を劈く電撃の音。
フリュネさんの巨体で隠れて見えない、その向こう側で何が行われているのか想像して────手首が擦り切れ血が滲むのも厭わずに死に物狂いで鎖を引き千切らんと暴れる。
「────めろ! やめろぉおおおっ!!」
「煩いねぇ~、アンタもこの後たっぷりと楽しめるんだから焦るんじゃぁないよぉ~」
フリュネさんが片手に持つ魔石道具をミリアに突き付けたまま此方を見た。その向こう側、巨女の影になって見えない向こう側で激しく
悲鳴すら聞こえない。鉄錆の匂いと、焦げ臭い匂い、そしてミリアの匂いが交じり合い咽返った。
「おやぁ?」
ふと、電撃が止んだ。
ようやく止めてくれたのかと安堵しかけ、フリュネさんの言葉に唖然とした。
「魔石切れかぁ、全く……魔法無しで電撃で拷問できるとはいえ、三回使っただけで魔石切れしちまうなんてねぇ~」
────魔石切れを起こしていなければ、続けるつもりだったんだ。
フリュネさんの巨体で隠れ、見えない向こう側。
僅かな白煙が天井に昇るのが見え、何の声も聞こえない事に心臓が凍り付いた。
「気絶しちまったみたいだねぇ~、おやおや失禁までしちまって、
無造作に魔石道具を卓に投げ、フリュネさんはそのまま近づいてくる。
「さぁて、お楽しみの時間といこうじゃないかぁ~。本当ならあの
ミリアの安否に対する心配と、自身がこれからどうなるのかを予想した恐怖が交じり合う中、ガチガチと青くなって震える僕に────フリュネさんは顔を近づけた。
「あぁ、美味そうだなぁ」
「───────────────」
蛙のモンスター、『フロッグ・シューター』に舐められたかのような錯覚を覚えた。
大きな舌で、べろり、と舐められたのだと理解した瞬間。
永眠しそうになった。比喩抜きで、天に召されると思った。
白目を剥いて天井を仰ぎかけ────フリュネの肩越しに僅かに見えたミリアの様子に正気を取り戻した。
焦げ付く匂い、失禁の跡、電撃の影響か揺らめく金髪、そして震える唇が『やめろ』と言葉にならない悲鳴を零し、半場意識の無い筈の濁った瞳でフリュネを睨みつけていた。
「
僕が、ミリアを守らないと。僅かに沸き上がったその気持ちを絶やさぬ様に心の中で叫び、火を着け、フリュネさんを強く睨みつける。
────守る、なんて言っておきながら。出来るのは睨み付ける事だけ。
なんて情けないんだろう。そんな風に心が折れかけながらも、歯を食い縛って耐える。
「暴れなよぉ~。張り合いが無くちゃ詰まらないじゃないかぁ」
「…………」
ぎょろぎょろと動く目と視線が合っただけで心が折れそうになる。でも、僕がここで
「全く────まあいい、最初は無理矢理だねぇ」
覆いかぶさる巨躯が、右手で僕の口を掴み、服を破こうと左手で胸倉を掴む。
睨み付けながらも、僕の歯はカチカチと音を立てていて、目尻には涙が浮かんできて、体の震えは止まらない。
それでもみっともなくしゃくり上げる事だけはしまいと、ともすれば奥歯を噛み砕かんばかりに強く歯を食い縛る。
そんな僕のなけなしの抵抗ですら、そそるといわんばかりに嗜虐的な笑みを浮かべたフリュネさんは、そのままのしかかろうとして────、
「あァん?」
僕の足を────正確には、恐怖で縮み上がる……僕の股を────見た。
「ちッ…………これだからガキは。しょうがない、
胸倉から手を放したフリュネさんが、
解放されたのもつかの間、立ち上がった彼女は僕に笑みを落とした。
「待ってな、すぐに盛った兎みたいにしてやる。可愛がってやるからなァ」
恐怖に歯の音が合わなくなるのを誤魔化す様に歯を食い縛ってフリュネさんを睨むも、彼女を喜ばせるだけだったのか投げキッスすら行って部屋を出て行く。
鉄格子の開閉音が響き、ズシ、ズシと言う特徴的な足音が遠ざかった所で────遂に僕は限界を迎えた。
「────すけて、誰か、ヴェルフッ! リリッ! 神様ッ!! 誰か」
僅かに余命が伸びただけ。この鎖を破壊できなければ、僕はフリュネさんに『捕食』され、ミリアは────。
其処まで考えた所で、僕は踏み止まった。
「……ッッ!!」
ギチリッ、と。
再度歯を食い縛る。
僕が、助けなきゃ。
薄暗い部屋の中心、鎖で吊るされて意識の無いミリアを見て、再度僕は拘束の破壊を試みた。
ガシャンガシャンガシャンガシャン!! と。
壊れろ、壊れろと、心の方が悲鳴を上げそうになるぐらい頑丈な拘束具を破壊せんと暴れ、暴れ、暴れ尽くす。きっと、動きを止めたら心が折れてしまう。それがわかっているから、休憩一つ挟まず、息が乱れても、血が滲み頭に零れ落ちてきても、鎖の音を響かせ────再び鉄格子の開く音が響いた。
【イシュタル・ファミリア】の戦犯って、間違いなくフリュネじゃない?
だって、ベル君を強引に攫った所為で派閥内で騒ぎが起きて、ホームの外、歓楽街にまでその喧騒が伝わった所為で、裏切ってた末端の娼婦から【フレイヤ・ファミリア】のアレンに情報が回った訳だし。
ベル君が攫われて、頭からミコトの事が抜け落ちる辺り、優先度はやっぱり()
一つ連絡。
今後、一部感想返信を行わずに無視させていただく事にします。
今までは全返信をモットーにやってましたが、特に不愉快な感想もありましたので。
『処分』は有り得ない。『処分』は、無い。絶対にだ。
その上で読者の方にお願いを一つ。
本作に感想を書き込んだ後、一週間以上返信がなされず放置された場合、2回目までは良いですが、3回目以降の感想書き込みを行わないで頂きますよう、よろしくお願い申し上げます。
もし無視しても3回以上の書き込みがありました場合、ガイドラインに基づいて対応の方させていただく事になります。
何卒宜しくお願い致します。
俺は面倒は嫌いなんだ