魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
【ヘスティア・ファミリア】本拠、
部屋の片隅に半壊した大刀に、ボロボロになっているバックパック、血濡れの
疲弊した眷属に寄り添って治療を手伝っていたヘスティアは、酷く憔悴した様子の狼人の少女に問いかけた。
「何が、あったのか話してくれるかい?」
「…………」
俯いて微動だにしない彼女の横で、胴の辺りから下が失われた血塗れの灰色の
「他派閥に襲撃されたんだよ。んで……ルシアンとグランが死んだ。サイアは致命傷だったがフィアが【ディアンケヒト・ファミリア】に運び込んだおかげで一命を取り留めたみたいだがな……意識は戻ってないみたいで、なおかつ治療中。暫くは帰ってこないだろうなぁ」
肩を竦め、平然と言い放たれた言葉にヘスティアが瞠目し、俯く。
「リリ達も、襲撃を受けました。ベル様、ミリア様、そしてミコト様の三人が行方不明です……キューイ様、ヴァン様は撃破されています」
ヴェルフの治療を手伝っていたリリが呟く。
同じく、ベル、ミリア、リリ、ヴェルフ、ミコトの五人+αのパーティも冒険者集団に襲撃を仕掛けられ、五人中三人が行方不明になっている。
「んで、なんとか無事なのは五人だけか、っつってもサイアは治療中で動けない、と……ギルドは頼りにならねぇし、ロキやガネーシャ様の所には……なぁ?」
ディンケが室内を見回して肩を竦める。
襲撃後、通りかかった上級冒険者のパーティに助けられたヴェルフとリリ。
瀕死の重傷を負ったサイアを抱えて逃走に成功したフィア。そして、
「ヴェルフ君、ディンケ君、襲撃してきた相手は誰かわかるかい?」
「……アマゾネスが複数、間違いなく『
「こっちは【
苦々し気に呟くヴェルフに、片目を閉じて口元に笑みを浮かべるディンケ。
彼らの返答を聞いたヘスティアが口を開こうとした所で、
「ミコトが攫われたって本当かッ!?」
大きな音を立て、タケミカヅチが室内に飛び込んでくる。
動揺を浮かべた男神に続いて入室した桜花や千草が、ボロボロになった面々を見回して息を呑んだ。
「ああ、本当だよ。ダンジョンでベル君とミリア君も一緒に……それに、ディンケ君達も襲われて……」
治療を手伝っていたヘスティアが振り向き、答える。
ホームにやってきたタケミカヅチ達も迎え、現在の状況を整理する為に
「まず、ヴェルフ君達が
「死んでるのか?」
「恩恵はまだ生きてる」
桜花と千草も生存を確認出来て安心した様に肩の力を抜いて、それでも行方知れずの知己の安否を憂いた。
「それと……多分、その後だ……ディンケ君達、遠征に行っていた子達が襲撃された」
「全員無事なのか?」
「…………二人、死んでしまったみたいだ」
タケミカヅチの質問にヘスティアがくしゃりと表情を歪め、絞り出す様な声を放った。
その言葉を聞いた男神が表情を曇らせ、桜花と千草が瞠目する。
仲間を失ったという驚愕の事実に言葉を失う面々を他所に、猫人の青年は鼻を鳴らしてヘスティアの言葉を否定した。
「
「どういう事だ」
一足先に平静さを取り戻したタケミカヅチの質問に、ディンケは飄々とした笑みを浮かべて口を開く。
「第一級冒険者様に襲撃されて、ルシアンとグランが殺された。呆気なく、虫けらみてぇに殺されたよ。なぁんにもできなかった、出来る事なんて無かった……はっ、ひっでぇな話だろ?」
嘯く様に放たれた言葉にタケミカヅチが痛ましい視線をディンケに向ける。
この話題を続けても良い事はないだろう、と桜花が頭を振って話題を逸らす。
「襲ってきた冒険者の派閥はわからないのか?」
「ローブで姿を隠していましたが……リリ達を襲った者達の種族は、全員アマゾネスでした」
「連中に情けない程に手玉に取られた、クソったれ。あの強さ間違いなく、
「【イシュタル・ファミリア】……」
桜花の質問にリリとヴェルフが答え、最後に千草が戦慄した呟きを零す。
名の知れた大派閥が起こした騒動、それも眷属殺しという最悪の開戦の狼煙を上げた今回の件に、誰もが動揺を露わにする。
「ロキやガネーシャの所にすぐに伝え────」
「出来ねぇんだよ」
桜花の言葉を遮り、ディンケが吐き捨てる。
「【
【ディアンケヒト・ファミリア】に瀕死の重傷を負ったサイアを運び込んだ際、彼らにロキの元へ連絡を入れない様に頼み込んだ、とディンケが呟きながらも黙り込んでいるフィアに視線を向ける。
俯いたまま微動だにせず、片耳が大きく欠け、包帯を至る所に巻かれて
「ま、そういうこったよ」
「……だが、いずれロキやガネーシャは気付くはずだ。街中でも騒動になってたぞ……その、【蒼空裂砕】が
桜花の言葉にディンケが眉を顰めた。
彼の言う通りだ、既に血塗れで半身を潰され瀕死だったサイアを抱え、ダンジョンから飛び出したフィアがそのまま【ディアンケヒト・ファミリア】の本拠に飛び込んだ姿は、数多くの冒険者や住民に目撃されている。
街中は既に噂で持ち切り。注目の的だった【ヘスティア・ファミリア】の眷属が瀕死の重傷を負って────それもフィアの方は背中に槍が刺さったまま────ダンジョンから飛び出してきたのだから。
他派閥の襲撃を受けたと勘繰る者は多いだろう。
「実際、ガネーシャの所から何かあったのかって
「事情は話せないが、今はそっとしといてくれってこっちから頼み込んだ。ロキの所はまだ動く気配はないみたいだ、あっちはあっちでなんかあったみたいだし」
人質の事もあり、大派閥からの襲撃に対してロキやガネーシャと言った心強い友好派閥に助けを求められないと憔悴しきったヘスティアの言葉に、タケミカヅチが険しい表情を浮かべる。
「だが、どうしてイシュタルは攻撃してきた。ましてや眷属殺し……ロキとガネーシャの所から一人ずつだ。戦争遊戯を見ていたのならヘスティアの所に手を出したらどうなるかわかるだろうに」
「そこだ、ボクもそこがわからない。ロキもガネーシャも……
都市最強派閥として名が上がる程の【ロキ・ファミリア】や、都市最大派閥として知られる【ガネーシャ・ファミリア】。その他にも【ディアンケヒト・ファミリア】等とも繋がりを持つヘスティア派閥を襲撃する理由は不明。
「勢力図の一角に食い込んだ事を妬まれた可能性は……無いな。どう考えてもロキとガネーシャを敵に回すなんてしないはずだ」
ヴェルフの呟きに皆が頷く。
【イシュタル・ファミリア】は大派閥として名が知られる。
歓楽街、こと【イシュタル・ファミリア】に関しては、ギルドは大きな権力を振るう事が出来ない。
故に美神の軍勢は大胆を通り越して凶行すらも実行できる────訳が無い。
いかなる大派閥と言えど、ロキやガネーシャの派閥を敵に回す事は出来ない。それも同時に二つも。ヘスティア派閥の影響力を考えれば、他派閥全てを敵に回す様な凶行等行う事は出来ないはずだった。しかし、現に眷属は襲撃を受け、死者すらも出ている。
「何か心当たりはないのか?」
「最近、歓楽街に関して色々あったけど……どれもこんな凶行に出る様な事じゃないはずだ」
歓楽街でのアマゾネス達による男性誘拐の被害等、日常茶飯事の出来事であり。獲物となった男性冒険者が抵抗した結果、歓楽街の一角で火事が起きたり、建造物等が破壊されたり等はよくある事だ。
その件でイシュタルが腰を上げるかと言えば、有り得ない。それも眷属殺しに踏み切る等は無い。
「もしそれが原因なら、まず書状か何かを送り付けてくるはずだ」
「ええ、リリ達は『再生薬』や『竜の素材』等、他派閥が欲しがるモノをいくつも得ていますが、同時に大派閥の庇護下にあるともいえる状況です。正当性のある主張であればこちらも無下に扱う事は出来ないのですが……」
しかとした手順を踏み、正当性を主張しつつヘスティア派閥に『再生薬』等を強請る。と言った行動であれば納得できる。
しかし、今回の件はまさに凶行に他ならない。
「えっと、あの、その……【アポロン・ファミリア】の時みたいに、クラネルさんとノースリスさんを狙って、と言うのは……」
「ベル・クラネルだけならまだしも、ミリア・ノースリスまで狙うならそれは考え辛い。それにミリア・ノースリスの方を狙うなら先の歓楽街での
「それに、ベル君はイシュタルの好みじゃないような……」
ベルとミリアを孤立させるといった襲撃方法を聞いた千草が、顔を赤くしながらおずおずと意見を口にすると、二人の神が腕組をして唸りだす。
もしそうだとしても、眷属殺し、派閥抗争を回避できない凶行に至る程の事ではない上に、腑に落ちない点もあると両主神が首を傾げ、眷属達もまた顔を見合わせた。
「……春姫にまつわる事、というのは?」
感情を殺した声で、桜花が呟く様にその言葉を放った。
ミコトの報告により、故郷の友人が娼婦に身を堕としている事、その少女をベル達が『身請け』しようとしていることを知る【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が黙り込んだ。
悲しそうに俯く千草、他三人も
「────なあ、その春姫って誰だ?」
タケミカヅチと眷属達が表情を暗くする中、片手を上げた猫人が質問を放った。
春姫の『身請け』を決めたのはディンケ達が遠征に向かった後の出来事。当然、迷宮内で
代表してヘスティアが事情を説明し始める。
「春姫君と言うのは、彼らの故郷の友人だったらしく、紆余曲折あって今は【イシュタル・ファミリア】で娼婦をやっているんだ。ベル君達はその子の『身請け』をしようとしてて────」
「何だそれ?」
女神の言葉を遮り、ディンケが眉を顰める。
彼らが迷宮で遠征に赴いている間にあった出来事、やり取りを聞いたディンケが呆れの表情を浮かべて口を開こうとした瞬間、しわがれた声が響いた。
「────か」
声を放った者に皆の視線が集まる。
ついさっきまで無言を貫き、微動だにしなかった片耳の欠けた狼人の少女────フィアが顔を上げた。
澱み切り、それでいてギラギラと怪しく輝く獣人の瞳が、千草を真っ直ぐ捉える。
次の瞬間、椅子を蹴倒す音が響き渡り、卓を踏み越えてフィアが千草に躍り掛かった。
「がふっ!?」
「────の所為か」
蹴倒された椅子が倒れ切るより前に、フィアが千草を押し倒して馬乗りになる。
この場において最も敏捷に優れたフィアの唐突な行動に、全員の反応が遅れた。
鈍い音を立てて組み伏せられた千草の首を、フィアが両手を使って締め上げる。くぐもった苦し気な悲鳴が喉で震え、千草が一瞬で青褪めて窒息し始める。そんな少女に馬乗りになったフィアが絶叫する様に吠えたてた。
「オマエの所為か! アタシ等が襲われたのは!」
「やめろっ、千草をはな────ぶっ!?」
突然の出来事に主神二人が瞠目する中、一番傍にいた桜花がフィアを引き剥がそうと腕を掴む。瞬間、即座に反撃として放たれた裏拳が桜花の鼻を圧し折り吹き飛ばす。
ヴェルフも立ち上がり、慌ててフィアを抑えようとするもLv.3に対し、Lv.2でしかないヴェルフでは引き剥がす事も出来ない。
「やめろ、落ち着け!」
「るせぇっ! コイツが余計な事しなけりゃっ!!」
ギリギリギリッと首の骨が軋む音が響き、千草の顔色が悪くなっていく。鼻血を零しながらも桜花がもう一度引き剥がそうとフィアに組み付く。
ヴェルフと桜花、大柄な男二人で引き剥がそうとするも、体格で勝るはずの二人の力を以てしてもLv.3のフィアを引き剥がすに至らない。千草が苦し気に震え、主神二人が神威を放ってフィアを止めようと立ち上がり────猫人の蹴りが狼人の側頭部を掠める、力が抜けた瞬間に男二人が彼女を引き剥がした。
「────なせよっ! 放せっつってんだろっ!!」
「落ち着け、クソっ、暴れるなっ!!」
「ぐっ、力が……レベル差がっ!」
脳を揺さぶられて力が入らない筈のフィアだが、それでも桜花とヴェルフ、二人がかりの拘束を逃れようと暴れ狂い、憎悪に濁った瞳で千草を睨んだ。
「オマエが、オマエが余計な事を、春姫なんつうアタシらに関係の無い女の話を持ってこなけりゃっ!!」
今回の襲撃、死者が出た原因が千草にあると言い放ち吠え狂う狼人の様子に、息も絶え絶えな千草が更に青褪める。
そのさ中、飄々とした態度のディンケが暴れるフィアと、睨まれて動けない千草の間を遮る様に立った。
「落ち着け、フィア・クーガ」
「ディンケッ! お前だってルシアンが殺されたんだろ! テメェが庇うんじゃねぇ!!」
同じく仲間の命を奪われた筈のディンケが立ち塞がった事で、フィアが激昂した。
抑えていたヴェルフと桜花を引き剥がし、ディンケに向かって躍り掛かろうとし────ディンケはフィアの腕を掴み、足を掬って押し倒して組み伏せた。
「あー、暴徒鎮圧はガネーシャ様ん所で嫌って程やらされたからな。悪いがこれ以上暴れられると困るんだよ」
「放せよ! 放せって言ってんだろ!! お前だって
ヴェルフと桜花、Lv.2二人で抑えきれなかったフィアを、同格のディンケが抑え込む中、驚愕故に停止していたヘスティアが遅れて神威を放った。
「やめるんだ、やめてくれフィア君」
「ぐぅっ……」
神威の前にフィアが黙り込む。暴れるのを止めて組み伏せられたまま、それでも憎悪の視線を千草に向ける。
その様子にディンケが溜息を零す。
「おーい、そっちの鼻が潰れた大男、無事か?」
「あ、ああ……千草は大丈夫か」
「…………」
ディンケが乾いた笑みを浮かべて鼻血を流す大男に問いかけ、桜花が鼻血を拭いながら答え千草に駆け寄る。桜花の問いかけに千草が青褪めたまま小さく頷いた。
暫くして、フィアが完全に落ち着いたのを確認したディンケがゆっくりと警戒しながらもフィアを解放する。
桜花やタケミカヅチが警戒の視線を向ける中、解放された後も床に伏せたままのフィアが絨毯に爪を立てながら震える声で問いかけた。
「どういう、つもりだよディンケ……お前だって、オマエだってわかるだろ」
「……気持ちはわかるぜ? 俺だって、今すぐその厚顔無恥な女の顔面の皮引っぺがしてやりてぇって思うわ」
軽い調子で恐ろしい事を述べるディンケに、桜花が警戒の視線を向ける中、彼は飄々とした笑みを浮かべて呟く。
「安心しろ。手は出さなねぇよ────今は」
少しも安心できない、と桜花が千草を庇い。ヴェルフとリリが恐る恐るフィアに手を貸そうとし、フィアが首を横に振って拒絶した。
「良い、触るな……次は
絨毯に爪を立ててズタズタにしながら、堪える様に呟かれた言葉にタケミカヅチが目を瞑った。
「フィア君、千草君の行動が今回の襲撃の原因になったとは言い切れない。キミの気持ちもわからなくもないが、千草君を襲うのは間違ってる」
「……あー、それ俺から一言良いか?」
フィアの行動を諫める様にヘスティアが言葉を選びながら声をかけ、ディンケが不満そうに片手を上げた。
「悪いが、その千草の行動は正直褒められるモノじゃねぇどころか……最悪な行動だ」
「どういう事だ」
ディンケが責める様に青褪める千草に言葉を放ち、桜花が答えられない千草に変わって問う。
「はぁ……少なくとも、
「待て、それは」
「黙ってろ木偶男。良いか? 俺はガネーシャ様の眷属だ、だが今はヘスティア様の眷属となってる。一年後に元の派閥に戻るが、今は女神ヘスティアの眷属だぞ」
今回の件において、『春姫の一件』は襲撃の理由足り得ない。
いくらなんでも『眷属殺し』等と言う凶行に及ぶ理由にはならない。だが、それは置いておくとしても千草が行った行動は責められるべき点が多い。ディンケは一切の躊躇なくそう言い切った。
一年後には元の派閥に戻る。例えそうだったとしても一年の間は
故郷の友人の事だったとしても、主神に相談も無く、一眷属でしかないミコトが動くべきでは無かった。
ましてや、今の【ヘスティア・ファミリア】は勢力図に大きく食い込んだばかり、
そんな時に、派閥の中で身勝手な行動をとればどうなるのか。ましてやそれが他派閥に関わる事であれば、どんな事態に陥るのか。
「お前は考えたのか? 身内だから、友達だから、そんな軽い考えで他派閥に関わればどうなるのか」
真っ先に相談すべきは主神のタケミカヅチ。次点で団長の桜花。そして相談対象として選んではならなかったのは、ミコト。
「ミコトの主神は女神ヘスティアだ。当たり前だが、ミコトの行動はヘスティア派閥の行動ととられるだろうな」
派閥に所属する以上、身の振り方には細心の注意を払わなくてはならない。
神ガネーシャの眷属であるのなら、都市の住民に対し危害を加える事は厳禁。
神ロキの眷属であるのなら、他派閥とのトラブルは厳禁。
眷属の行動が派閥の名声や評判に関わる以上、他派閥と身勝手に喧嘩なんかできない。都市の住民に高圧的な態度はとれない。そういった制約がかかってくるに決まっている。
「例え身内だったとしても、お前は別の派閥だ。せめて先にウチの
「でも、ヘスティア派閥は俺達と友好的で」
桜花が反論を口にすると、ディンケは呆れの表情を浮かべて吐き捨てる。
「友好的だから大丈夫、じゃねぇよ。だったらまず派閥の団長か副団長に声かけろよ、一団員如きが調子に乗るなって話だろ」
千草や桜花の言い分に対し、理解できないという程ではない。しかしそれは小派閥だからこそ通用する主張であり────勢力図において力を持ち過ぎたヘスティア派閥には当てはまらない。
大派閥には数多くの
「いかなる理由があれ、他派閥に関わるべき時期じゃない。なのに眷属が勝手に飛び出していきゃあ……はぁ」
千草の行動を攻めようとし、ディンケは溜息と共に眉間を揉んで呟く。
「まあ、ウチの副団長様はなあ……身内にダダ甘過ぎたしな」
大派閥に所属していた眷属であるディンケ達からすれば、ミコトや千草の行動は庇う余地が無い。
力関係を意識して行動していたのは
対してミコトは身勝手に行動した。正直言えば軽蔑すべき行動だが、副団長がそれを許した。実際、彼女の行動が襲撃に繋がる可能性が無いのはディンケにも理解できる。
「まあ、俺はお前らの行動を────」
「ディンケ君、その辺りにして貰えるかな」
ディンケが畳みかける様に止めを刺そうとした所で、女神の静止が入る。
尻尾を揺らして肩越しに女神に振り返り、ディンケは肩を竦めた。
「一団員如きが口にすべき内容じゃなかったか。悪かった」
真っ先に注意するべき立場に居るのは主神や団長、副団長だ。
しかし団長は集団や派閥を率いるのに経験不足。まだ年若くして一気に上り詰めてしまった事が原因ではある。主神も経験不足、こんな唐突に勢力図に食い込むのは主神にとっても予想外だろう。ましてや神らしい一面はあれど、親しみやすさを優先していて率いるのに向いていない。
唯一、今回の件で注意出来るだろう立場の副団長は、今は攫われて行方知れず。これで一団員でしかないディンケがくどくどと責めた所で意味が無い。
ディンケが大人しく引き、未だに伏せたまま敷物に爪を立てて気を紛らわせているフィアの首根っこを掴んで引き摺って元の席に戻っていく。
「話を変えよう、襲撃された原因探さなきゃ始まらない」
「あ、ああ……すまない」
ヘスティアの話題転換に俯いていたタケミカヅチが、ディンケの背に小さく謝罪を口にした。
ディンケは肩越しに振り返り、肩を竦める。
「別にタケミカヅチ様は悪く無いでしょう。規模の小さな派閥と、大きな派閥じゃあ見えるモノも違う。ある意味じゃ副団長の所為だしな」
派閥が勢力図に食い込んだ原因は団長の最速記録更新もあるが、それ以上に副団長の竜素材、そして再生薬の影響が大きい。そう考えればある意味では副団長の所為ともいえると冗談めかして口にし、ディンケは口元を歪めて部屋の隅にフィアを転がして、自身も壁に背を預けて座り込む。
「はは、は……はぁ」
「…………」
二人が黙って隅に行ったのを見て、ヘスティアが申し訳なさそうに目を伏せ、タケミカヅチに向き直った。
「それで、春姫君が原因、と言う話だったね」
「ヘスティア様、それは考え辛いと思います。あの規模の派閥が、末端の構成員でしかない春姫様を庇うとは思えません」
「ああ、いくら
ヘスティアの言葉を、リリが否定し、ヴェルフが補足する。
彼らの言葉を聞いたタケミカヅチが考え込んでいる所で、ヘスティアが口を開いた。
「いや、実は皆に秘密にしていた事があるんだ」
「ヘスティア様、秘密とは」
女神の言葉にリリが問いかけ、皆の視線がヘスティアに集まる。
申し訳なさそうに、ヘスティアがミリアから聞いた予測を語りだした。
「それでは、春姫様は末端の構成員ではなく……」
「重要な立場に居る、と」
「ああ、ミリア君はそう予測していた」
【イシュタル・ファミリア】が
加えて大量の
彼の派閥に所属する
ミリアが情報屋を通じて仕入れた情報の数々を口にして推測を述べるヘスティア。
「だからこそ、春姫君は重要な立ち位置に居て、末端の構成員ではない、と予測してるんだけど……タケ、どうしたんだい、顔色が悪いぞ」
「あ……まさか……いや、だが……」
顎に手を当てながら、思い出す様に目を伏せて語っていたヘスティアが顔を上げると、先の千草より酷い顔色となったタケミカヅチがぶつぶつと呟きを零していた。
憔悴しきった
「ヘスティア、一つ聞きたい……その、
「え? そうだなぁ、確か……『
震える声で尋ねられた言葉に答えると同時、タケミカヅチの表情から色が消えた。
「これの修繕いくらかかるかねぇ」
虫けらの様に呆気なく殺されてしまった親友が身に着けていた遺品。胴の辺りから引き千切られたそれを見ているさ中、ふと裾を引かれている事に気付いた。
「んだよ、どうした?」
「…………」
服の裾を引っ張っていたのは、伏せたままのフィアだ。ディンケの問いに答えるでもなく黙り込んだ彼女の様子に首を傾げる。
片耳が大きく欠け、暴れた所為か傷が開いて血が滲み出した彼女の背を見て溜息を零した所で、小さく問いかけが投げかけられた。
「なんで、お前はそんなに平然としてんだよ」
「ん? 平然?」
「……ルシアンが殺されたんだろ」
「ああ、確かに。虫けらみてぇに殺されちまったなぁ」
真っ赤な血で汚れた、
そんな彼の様子にフィアが抑えきれない殺意を向け、呟く。
「仲間が、殺されたのに笑えんのかよ」
「…………」
目を瞑り、ディンケが過去を回想しながらも呟く。
「俺に足りなかったのは、冷静さだ」
「…………」
「お前は下半身を叩き潰されたサイアを抱えて地上まで逃げ切った。んで、見事サイアを救ってみせた……だってのによ」
「アタシは……」
「俺はどうだよ、ただ頭ン中が真っ赤になって、キレて突っ込んで……呆気なく叩き伏せられて、
もし、怒りに囚われなければ。
もし、もっと冷静であったなら。
もし、ルシアンがやられた直後、彼を抱えて地上まで駆け抜けていれば。
────サイアの様に、ルシアンも救えていたかもしれない。
「俺は、ルシアンに助けられちまった……あの馬鹿、俺を見捨ててりゃあ、自分は助かったかもしんねぇのにさ」
アイツは馬鹿野郎だった。と呟いて外套を強く握る。乾いた血の欠片がパラパラと零れ落ちた。
「俺も馬鹿野郎だ」
パーティを率いるリーダーに抜擢されておきながら、怒りに身を任せる愚かな行動をとった。
「だから、冷静になろうとしてんだよ……でも、ダメみたいだ」
千草にフィアが飛び掛からなかったら、自分が千草を殺していた。そう呟いて、ディンケは舌打ちを零した。
サイアが死んだと思っていた人も居るでしょう。
ですが、明確に死んだ描写してなかったんですよね。
あくまで死んだと思い込んだのは『ディンケ』と『敵派閥』だけだったって話です。
冒険者殺すならちゃんと頭か心臓を潰さないと(グルグル目)
フィアが情緒不安定化、ディンケが飄々とした態度で冷静そうに振る舞おうとする。
どちらも精神がヤバい。
この後訃報を聞く事になるミリアちゃんも精神がヤバい。
すごく不謹慎だけど作者的には、キャラが精神的に追い詰められてるの見るとなんか安心するのよね(白目)