魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一六六話

 タケミカヅチが言葉を失って蒼白になるのを目の当たりにした面々が顔を見合わせる。

 顔を覆って、嘘だろ、と呟く男神の様子にヘスティアは恐る恐る声をかけた。

 

「タケ、その『殺生石』って言うのは狐人(ルナール)専用の道具(アイテム)だとは聞いたよ。えっと、確か妖術の効果を引き上げるモノだってミリア君は言っていたけど」

「間違ってはいない。だが『玉藻(たまも)の石』の効力で合っている……」

 

 奥歯を噛みながらタケミカヅチが答え、ミリアが得た情報の間違いを指摘した。

 

「『殺生石』とは、『玉藻の石』と『鳥羽の石』を素材にして生成される()()()魔道具(マジックアイテム)だ」

 

 『玉藻の石』は本来、狐人(ルナール)の扱う魔法、『妖術』の効果を跳ね上げる効果を持つ。

 通常の杖等の魔法の威力を引き上げる代物等目ではない程の増強率を誇る道具。適切な扱いさえすれば絶大な効果を持つそれは、生成方法故に非合法な代物であった。

 素材は、狐人(ルナール)の遺骨。死者の墓を暴き、生成される非合法の宝珠。

 

「ヘスティア様、ミリア様は『妖術の効果を上げる』と仰っていたのですよね」

「う、うん……でもそれは()()の方の効果だった……」

「いや、間違ってはいない。普通に使えば『殺生石』も素材となった『玉藻の石』の効果を得られる」

 

 『玉藻の石』の正体、その内容を耳にした桜花や千草が言葉を失う中、一人冷静なリリが口を開き、ヘスティアが眉を顰めタケミカヅチを伺えば、男神は眉間に皺を寄せた。

 

「多分だが、ミリアは混同してしまったのだろうな。いや、アレは極東で禁忌。迷宮都市(オラリオ)の情報屋が間違えるのも仕方が無いか……むしろイシュタルはどうやって殺生石の事を……」

「……『鳥羽の石』とは、もしかして『月嘆石(ルナティックライト)』の事でしょうか」

 

 ぶつぶつと呟き考え込み始めるタケミカヅチを他所に、リリは冷静さを保ちつつ問うた。

 その問いかけに男神が、ああ、と肯定を返す。

 

「『月嘆石(ルナティックライト)』は……えっと、確か月の光を浴びると魔力を帯びる特殊な鉱石だっけ? 迷宮で役に立たない代物だから、都市(ここ)だと珍しいとは聞いたけど」

「ええ、それであってますヘスティア様。月の光を浴びる事で色を変え、光を放ち、魔力を帯びる鉱石。鍛冶師(スミス)の間では武器の素材としても利用されますが……確かに都市(ここ)では滅多に見ない」

 

 ヘスティアがミリアから聞いた事を思い返しながら呟けば、ヴェルフがそれを補足した。

 『月嘆石(ルナティックライト)』は元の色が濡れ羽色の様に黒い事から、別名『鳥羽の石』とも呼ばれる。

 月光を浴びて様々な光を放つ鉱石を片手に、吟遊詩人(バード)が恋を嘆く詩を歌って広めた事により、人々に認知されるようになった鉱石。

 ヴェルフの言葉を頷いて肯定し、タケミカヅチが説明を引き継いだ。

 

「武器や道具(アイテム)の素材として使うと、月の光に応じて硬度や威力、効果を変える。地下に潜るダンジョンには縁が無く、月嘆石(ルナティックライト)は本来迷宮都市(オラリオ)に出回っていないはずだが……」

 

 それよりも、とタケミカヅチがヘスティアを真正面から見つめて口を開く。

 

「『鳥羽の石』の効果が最大限に発揮されるのは満月の夜。その時、『鳥羽の石』と融合した『殺生石』は悪魔の石に変わる」

「あ、悪魔の石?」

 

 嫌な沈黙に包まれる室内、壁掛け時計の秒針が立てる音が響く中、タケミカヅチが拳を強く握りながら答える。

 

「石の使用者、その魔力を……いや、『魂』を()()()()()()()。……ただ使う分には、一時的な封印になるだろうが、相応の設備を使えば完全に封じ込められるだろうな」

「石に、『魂』を封じる……?」

「そうだ、相応の設備を用意し、儀式を行う事で封印は完全なモノになるだろう」

「完全に封じられた場合、どうなるのですか?」

 

 その内容から嫌な想像が浮かんだ面々が身を震わせる中、リリが静かに問いかけた。

 僅かに俯いたタケミカヅチが、僅かに震える声で答える。

 

「魔力を完全に封じ込めた『殺生石』は、『狐人(ルナール)』の持つ『妖術』の力を第三者に与える。『魔剣』にも劣らない魔道具(マジックアイテム)となる……」

 

 ただし、と呟いたタケミカヅチが顔を上げた。

 

生贄(いけにえ)となった狐人(ルナール)は、()()()()()となってしまう」

 

 『魔剣』に劣らぬ、『妖術』の種類によっては絶大な効果を秘めた魔道具(マジックアイテム)。それを得るが為に、生きたまま魂を引き剥がす。

 それが禁忌と称される所以(ゆえん)

 他者が狐人(ルナール)の『妖術』の行使を可能とする、人類の先人が生み出した負の魔道具(マジックアイテム)だ。

 

「魂を奪われた人はどうなるんですか!?」

 

 立ち上がった千草が悲鳴の様な声を上げた。

 共に暮らす【タケミカヅチ・ファミリア】の面々ですら見た事がないような、大きな声で、泣きそうな表情で、『殺生石』の生贄になった者のその後を問う。

 

「『殺生石』を体内に注入すれば、魂を奪われた狐人(ルナール)は目を覚ます。肉体さえ無事ならば、何事も無く生きていけるだろう」

 

 タケミカヅチの返答に皆が安堵する。しかし、タケミカヅチは険しい表情を崩す事はなく、その様子に皆が再度不安の表情を浮かべた。

 

「だが、『殺生石』は()()()。いや、むしろ砕けてから本領を発揮する」

 

 続く言葉に一同が表情を強張らせる。

 

「砕けた『殺生石』はその欠片一つ一つが『妖術』を行使できる発動装置だ。効果は正式魔法(オリジナル)と変わらず、詠唱も必要としない」

 

 砕かれた破片を手にした全ての者に狐人(ルナール)の魔法を分け与える事が出来る。

 石の恩恵を受け『妖術』と呼ばれる稀有な魔法を行使する軍団。

 封じ込められた『妖術』次第で、それは絶大無比となるのは間違いない。

 その説明を聞いた女神が蒼白となり、震える手で口を覆った。

 

「……破片が紛失したり、万が一壊れたりした場合、その生贄となった方はどうなるのでしょうか?」

 

 絶句する一同の中、真っ先に冷静さを取り戻したリリが問う。

 タケミカヅチが答えるのをためらい、視線を彷徨わせて不安そうな眷属を見て、重い口を開いた。

 

「少なくとも、元通りとはいかん。残った破片を搔き集めて魂を戻したとしても、赤子同然になるか……あるいは廃人か」

 

 立っていた千草が崩れ落ちかけ、桜花が咄嗟にそれを支える。

 皆が絶句しているさ中、不意に一人の猫人が陽気そうな声を上げた。

 

「んで、ソレってウチが襲撃された原因になんか関係あんの? その春姫だっけ、確かに可哀そうだなとは思うぜ? でも今は関係無くねぇか?」

 

 部屋の隅で話を聞いていたディンケが不愉快そうに眉を顰めながら、声色だけは陽気そうに問うた。

 極東の知己の危機、それを関係無いと叩き斬られた事に【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が怒りの表情を浮かべてディンケを睨む。

 睨まれたディンケは肩を竦め、睨み返した。

 

「テメェ等の事情はテメェ等で片付けてくんねぇかな。俺ら関係無いだろ。んな事より、襲撃された原因だよ」

 

 【ヘスティア・ファミリア】を襲撃した美神(イシュタル)の目論見。彼女の手中にある『春姫という狐人(ルナール)』と『殺生石』。

 『殺生石』は春姫の魔法を封じる為に用意された代物。そこまでは容易に想像がつく────それで、襲撃された原因は何なのだ、と言う話だ。

 

「その春姫って奴が生贄にされんのは今夜だろ。『鳥羽の石』の性質的に満月の夜に儀式を行うんだろうしな」

 

 何気なく言い放たれたディンケの言葉。その言葉に桜花や千草、タケミカヅチの眷属達が一斉に立ち上がりディンケを責める様な目を向け、タケミカヅチがそれを遮った。

 

「やめろ。彼を責めるな」

「ですが、こいつは春姫の事を────」

「それでも、だ。桜花、やめるんだ」

 

 臆病な千草ですら、前髪に隠れた美しい瞳でディンケを睨む。

 一触即発、もはや我慢の限界とでも言う様に猫人が片隅に転がっていた大刀の柄に手を伸ばした所で、リリが声を張り上げた。

 

「やめてください! 今は身内で争っている場合ではありません、ディンケ様もどうか落ち着いてください」

 

 最も冷静な意見を上げられ、ディンケが大刀に伸ばした手を引っ込め、静かに腕を組んで不愉快そうにタケミカヅチの眷属達を睨む。

 襲撃の原因がわからない。自分たちは襲撃を受け、仲間から犠牲者すら出てしまった。だというのに話し合いの内容は春姫と見ず知らずの狐人(ルナール)について。

 彼らの怒りもわからなくもない、とタケミカヅチが桜花達を宥めようとしているさ中、話の途中から沈黙していたヘスティアが震える声を上げた。

 

「タ、タケ……」

「どうしたヘスティア」

 

 先のタケミカヅチに劣らぬ程に顔面蒼白となっているヘスティアの異常に気付いた皆の視線が女神に集まる。

 

「ひ、一つだけ聞いても良いかな」

「あ、ああ、どうした」

「『殺生石』って、一人につき一つという認識で良いのかい?」

 

 女神の問いかけに男神は微かに眉を寄せた。

 質問の意図がわからないままに、タケミカヅチは答える。

 

「生贄一人につき、殺生石は一つで十分だ。完全に封印する以上、一人の狐人(ルナール)からは一つの『殺生石』しか生成できないが────ヘスティア?」

「そっか……そうか、そういう事だったのか!?」

 

 震え、顔を覆っていたヘスティアが立ち上がり、喉が張り裂けんばかりに叫んだ。

 その絶叫に皆が固まる中、女神はタケミカヅチの服を掴み、叫ぶ様に声を張り上げた。

 

「『殺生石』は二つある!! ミリア君は『数を集めて使う物かも』だなんて言っていたけれど、今のを聞いて確信したっ、【ヘスティア・ファミリア(ボクたち)】が襲撃されたのは、狙われていたのはミリア君だ!!」

「お、落ち着いてくださいヘスティア様。『殺生石』が二つあるのはわかりましたが、ミリア様が狙いだというのがわかりません」

 

 突然取り乱したヘスティアを、リリとヴェルフが引き剥がす。

 女神の突然の言葉に面食らっていたタケミカヅチが顎に手を当てて考え込み始め、訳も分からない桜花達が目を見張る。ディンケは一人、腕組をして片目を閉じて呟く。

 

「まさか、ウチの副団長様が狐人(ルナール)だと勘違いされて、魔法を奪おうとしただなんてそんな馬鹿な話が────」

「それだ!?」

 

 女神が思い至ったであろう結論をディンケが切り捨てようとし、それを遮る様にタケミカヅチが大声を張り上げた。

 

「そういう事だったのか、だからお前達は襲われて……美神(イシュタル)は何てことを!」

 

 千草達は慕っている主神の激変振りに驚愕し、呆然としている。

 

「ああもうっ、ヘスティア様っ、タケミカヅチ様っ、リリ達にわかる様に説明してください!?」

 

 神々の持つ視点ゆえに理解した二人の神の狼狽にリリが声を張り上げる。

 冷静さを取り戻した二人の神が長椅子(ソファー)に腰掛け直し、眷属達も自らの席に着く。

 ディンケは壁を背に凭れ掛かり、フィアは隅で倒れたまま微動だにしない。

 

「それで、ミリアが狙われたってどういう事ですが、ヘスティア様」

 

 嫌な沈黙に満たされ、時計の秒針の音が響く中、ヴェルフが代表して口を開く。

 その問いに二人の神が視線だけのやり取りを行い、女神が答えた。

 

「まず、大前提としての話になるんだけれど……ミリア君は新しいスキルを発現していた」

「スキル?」

 

 唐突なステイタスの暴露にヴェルフが眉を顰め、リリが何かを思い出した用に呟く。

 

「もしかして、ですが……【月下狂唱(ウールヴヘジン)】の事ですか?」

「それって、フィアも持ってたよな?」

 

 冷静さを失いかけて再度暴れかけたディンケが、自らの内の怒りから視線を逸らすべく冗談めいた口調で横に転がる狼人の少女に問う。

 

「……アタシのは【月下天駆(ウールヴヘジン)】だ。狼人(ウェアウルフ)なら誰もが持ってる獣化スキル」

 

 本来の【ウールヴヘジン】は、狼人(ウェアウルフ)なら誰もが持ち得る獣化スキル。

 基本効果は、月の光を浴びることで獣性と力が発揮され、全アビリティ能力に超高補正がかかり、状態異常も無効化するというものだ。

 発現した狼人が持つ一部スキルや魔法も強化される事もあり、基本的に非常に強力なスキルとして知られるが、月の下でないと発動不可能のためダンジョンでは発動しない。

 

「アタシの場合、月の光を浴びていれば、文字通り『空を跳べる』がダンジョンじゃ役立たず」

 

 ぼそり、と呟かれた言葉にディンケが肩を竦め女神を伺う。

 

「ミリア君のモノは魔法の威力増強や、月の光による高位の発展アビリティ《精癒》の効果を得られる。後は一部スキルのデメリット無効だ」

「そのスキルが狙われた原因……まて、狼人(ウェアウルフ)のスキル、狼人(ウェアウルフ)?」

 

 何かに気付いた様にヴェルフがリリに視線を向け、リリもまた思い当たった事を口にした。

 

「ミリア様のスキル、【クラスチェンジ】でしたか。アレは確か、ヘスティア様が指定した性質(クラス)に自らを変更するモノ。その中に狼人(ウェアウルフ)の『強襲型(クーシー・アサルト)』と言うものがありましたが、まさか……」

 

 ミリア・ノースリスが持つ、他に類を見ない、自らの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という超希少(レア)スキル。

 一人一人違うはずの魂の形を、女神が予め指定しておくことでその形状へと変化させるという異質極まりない代物。

 持ち得る性質(クラス)の全貌を知るのは女神と、ベルやリリ、ヴェルフ等の親しい仲間のみ。

 『通常型(ニンフ)』、小人族(パルゥム)

 『強襲型(クーシー・アサルト)』、狼人(ウェアウルフ)

 『特殊型(クーシー・ファクトリー)』、犬人(シアンスロープ)

 『回復型(ドリアード・サンクチュアリ)』、種族不明。

 『飛行型(フェアリー・ドラゴニュート)』、竜人(ドラゴニュート)

 『召喚型(ケットシー・ドールズ)』、猫人(キャットピープル)

 そして、都市の全ての者達が目にしたであろう戦争遊戯(ウォーゲーム)のさ中に使用した、一つの性質(クラス)

 

「魂の形質からの変化……狼人(ウェアウルフ)もある……戦争遊戯(ウォーゲーム)でミリアが使ってたのは……」

「『狙撃型(クーシー・スナイパー)』、狐人(ルナール)性質(クラス)……」

 

 ヴェルフとリリは、今置かれている現状を少しずつ理解し始め、表情を歪める。

 

「まさか、ノースリスさんは小人族(パルゥム)ですよね。なのに、狐人(ルナール)専用の儀式の生贄になんて」

「出来るだろうな」

 

 信じられない、と声を震わせる千草の言葉を、固い表情のタケミカヅチが否定した。

 

「地上の人間(こども)にはわからないだろうが。あの時、ミリア・ノースリスの『魂の変質』は俺達神々にとってみればあまりにも異常だった。何せ、一人一つしか得られないであろう神の恩恵(ファルナ)を複数持つに等しいモノだったからな」

「複数の恩恵を、持つ?」

「詳しくは話せないが、『最強の眷属計画』の一つにあったが……今は関係無いな」

 

 神々がかつて行った不正行為。

 人間(こども)が持つ想いを歪め、思い通りの魔法やスキルの発現を狙う、人の尊厳すら奪い去った非道な行い。その果てに生まれるだろうと、机上の空論の上にしか存在しなかった、希少(レア)スキル。

 

「ガネーシャ様から聞いた事あるな」

 

 魔法やスキルの発現条件。

 その身に宿る才能と言う名の下地。その上に自身が集め溜めた経験値(エクセリア)と言う材料が乗せられ、人間(こども)が持つ想いによって形が整えられて、初めて魔法やスキルと言った形に至る。

 神の恩恵(ファルナ)消去(リセット)と共に消えた経験値(エクセリア)を集め直したとしても、似たような魔法しか出ないのは、人の子が持つ想いはそうそう変わる事が無いから。

 その想いを歪める様な出来事があれば、話は別。

 それを、想いも何もかもが歪み壊れる程の経験を、ミリア・ノースリスはしてきた。

 

「じゃあ、もしかして……あの魔法の砲撃や透明状態(インビジビリティ)が使える時の副団長は、狐耳が生えたなんちゃって狐人(ルナール)じゃなくて……」

「魂の形状や性質は、狐人(ルナール)のモノと全く同じだ」

 

 ミリア・ノースリスが自らの性質(クラス)を『狙撃型(クーシー・スナイパー)』にしている時であれば『殺生石』に魂を封じ込める事が可能だ。とタケミカヅチが呟いた。

 

「ああ、そんな……あの戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に目を付けられて……」

「ふざけろっ、ミリアを生贄にするだと!?」

 

 美神(イシュタル)の目論見────襲撃の原因。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に都市の全てのものに晒した、性質(クラス)を変更するスキル。それによって『魂そのものからの変質』を行った。狐人(ルナール)と同質の魂となった事。

 そして、その際に見せつけた遠距離砲撃魔法、そして透明状態(インビジビリティ)の魔法。

 それを知った美神(イシュタル)は彼女を、ミリア・ノースリスを、その『魂』を奪い、その魔法を行使できる『殺生石』の生成。

 

「は、ははは……なんだ、そういう事か。そうだよな、あの魔法が手に入るなら、イシュタルの持つ私兵、戦闘娼婦(バーベラ)が全員、砲撃魔法を使ってくる? もしくは姿を消しての襲撃?」

 

 乾いた笑いを零したディンケが納得の表情で呟く。

 

「そりゃ、そりゃぁ、【ガネーシャ・ファミリア】も【ロキ・ファミリア】も関係ねぇよな。だって、遠距離から一方的に砲撃されりゃあ、第一級冒険者でもきついんだからよ」

 

 城塞を穿ち抜く威力を持つ砲撃を、2K(キロル)も先から一方的に撃たれれば成す術等無い。

 透明状態(インビジビリティ)の効力もまた、偵察、逃走、強襲、ありとあらゆる場所で活用できるであろうことは想像に易い。

 此度の襲撃の原因。それに辿り付いたディンケがへらへらと笑い────卓を拳で砕き割った。

 

「っざけんなっ!!」

 

 人質は明日には返すという【麗傑(アンティアネイラ)】の言葉。

 人質を返せば、次の日には【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】が徒党を組んで報復を行う事が確定しているというのに、『明日には返す』と言った。

 

 ────今晩さえ凌げば、後は手にした『殺生石』を使えばどうとでもなる。

 

 その意味を理解し、ディンケが吠える。

 

「そりゃぁそうだろうよっ、あの魔法が手にはいりゃ、ロキもガネーシャ様も怖くねぇよなぁ!!」

 

 吠え、暴れ、砕けた卓を踏み締め、一通り暴れたディンケが動きを止めて歯を食い縛る中、ヘスティアは静かに皆を見回した。

 

「聞いてくれ。今からミリア君達を取り戻しに行く」

「それは……【イシュタル・ファミリア】と戦争すると……?」

 

 人質も取られていて動けない、とヴェルフが声を上げると、リリが顎に手を当ててディンケとフィアの二人に視線を流して呟いた。

 

「いえ、人質は()()()には使えない筈です」

「どういう事だ」

「人質は、あくまで()()()()()()()()の派閥を封じる為のモノでしょう。リリ達が暴れても、命を奪われはしない」

 

 人質は、生きているからこそ意味がある。

 その人質をとった理由は、【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】に救援を求めない様にする為。

 もしも人質を失ってしまえば、二大派閥が攻めてくる事は確定している。

 

「つまり、今晩の儀式を終えるまで、人質は殺される可能性が低いと思います。それに、手をこまねいていてはミリア様が……」

「くっ、他に方法はねぇか」

 

 このまま時が過ぎるのを待てば、ミリア・ノースリスは儀式の生贄にされて死ぬ。

 人質も、返すとは言っていたが保証はどこにもない。むしろ、開戦の狼煙代わりに見せしめとして殺害される可能性の方が高い。

 どのみち、既に二人も命を奪ってしまっており、戦争を回避できない以上、増えても変わらないと────むしろ戦力を削れると殺されるのは目に見えている。

 

「……タケ、協力してくれ」

「ああ、此方も春姫は救いたい」

 

 人質として攫われた仲間の救出、そして生贄にされるであろうミリアの救出。

 儀式の生贄にされる春姫を救う。

 ロキやガネーシャと言った強力な派閥に助けを求められない以上、手を組むべきだと判断した主神二人が頷き合う。

 

「第一優先は人質の救出。ベル君、ミコト君、エリウッド君、イリス君、メルヴィス君の五人を最優先」

「人質さえ取り戻せば、ロキやガネーシャに救援を求められる」

 

 人質を救出し、ロキやガネーシャの助力を得て儀式の妨害を試みる。

 作戦とも呼べない作戦を聞いたタケミカヅチが立ち上がった。

 

「桜花、千草、いったん本拠(ホーム)に帰って準備するぞ」

 

 慌ただしく去っていく【タケミカヅチ・ファミリア】の面々を見送りながら、女神が力強く宣言した。

 

「準備が出来たら正面門に集まってくれ。ボクも直ぐに行く!」

 

 女神の言葉を聞いた皆が駆け出していく中、狼人(ウェアウルフ)の少女もふらりと立ち上がり、自身の部屋に向かい歩き出した。

 

 

 

 

 

 

「フィアはまだか……?」

 

 【ヘスティア・ファミリア】正面門。

 茜色に染まった噴水の淵に腰掛けたヴェルフの言葉に、ヘスティアが心配そうに館に視線を向ける。

 負傷を治療したばかりで包帯等が見て取れるヴェルフやリリを見たディンケが頭を掻き、溜息を零してから女神に声をかけた。

 

「先に行っててくんねぇかな。俺は後からフィアと行くわ」

「でも……いや、わかった。ボク達は先に行くよ」

 

 彼の眼を見たヘスティアは何かを悟り、ヴェルフとリリと共に駆け出していく。

 

「遅れるなよ」

「リリ達は先に行ってますから」

 

 ヴェルフとリリの言葉を聞いた猫人は半笑いを浮かべ、館を見上げる。

 準備の為にと部屋に戻り、その後、正面門で集合と言われたにも関わらず一向に現れない狼人の少女。

 面倒くさそうに頭を掻きながら玄関を潜り、ディンケはフィアに与えられた部屋を目指す。

 

「ここ、か……」

 

 扉にかけられた看板(プレート)に刻まれた『フィア・クーガ』の文字を流し見てから、扉を軽く叩き、可能な限り陽気そうな声を張り上げた。

 

「おーい、居るかー?」

 

 一度目は返答無し。嫌な静寂が満ちる中、そういえば先ほど傷が開いて血が出ていたなと思い出したディンケは、無いとは思いつつも扉を強く叩く。

 

「おい、倒れてたりしないよな、おーい」

 

 ドンドンドン、と強めに扉を叩いて中の音を伺う。

 微かに聞こえたのは、すすり泣く様な声。

 

「……開けるぞ」

 

 取っ手(ドアノブ)に手をかけ、扉を開こうとし────ガチンッと言う抵抗音を聞いたディンケは眉を顰めた。

 

「あー……なるほど」

 

 フィア・クーガは自室に閉じ籠っていた。

 今から【イシュタル・ファミリア】に戦争を仕掛ける。その話は彼女も聞いていたはずだ。

 だというのに部屋に籠る────その意味が分からない程、ディンケは馬鹿では無かった。

 

「フィア、フィーア、聞こえてるんだろ」

 

 中から微かに聞こえるすすり泣く声。時折聞こえるしゃくり上げる音。

 よくよく聞いてみれば、その音は扉の直ぐ向こう側からの音だと察する事が出来る。扉に背を預けて泣いている姿を想像したディンケが、同じように扉に背を預けて肩を竦めた。

 

「今から人質救出に行かなきゃだぜ? ほら、イリスとメルヴィスが捕まっちまってるんだ」

『──────』

 

 行くだろ、とディンケが口を開くより前に、扉越しで聞き取り辛い声が耳に届く。

 

「……なあ、お前、どうしたんだ? 行かないのか?」

『───────か』

 

 か細い声、扉越しと言う事もあってか、獣人特有の鋭い聴覚を以てしても聞き取れない。

 頭を掻き、ディンケは静かに、優しく問いかけた。

 

「悪い、聞こえなかった。何て言ったんだ?」

『お前は、恐く無いのか』

 

 絞り出された声を聞き届け、ディンケは目を閉じて考え込む。

 人質の数、協力する事となった【タケミカヅチ・ファミリア】。

 現在の戦力、Lv.3の第二級冒険者は立った二人、残りは第三級冒険者。対して敵はLv.3が基本の戦闘娼婦(バーベラ)との戦闘は厳しいモノとなる。人数差に至っては想像すらしたくない程だ。

 ここで、Lv.3の一人が抜けるのは痛すぎる。そう判断したディンケが元気づける様に明るい声をかけた。

 

「フィア・クーガ、お前は凄い奴だよ。サイアを救ってみせたんだ」

『──がう』

「サイアみたいにさ、他の奴も助けちまおうぜ?」

『違うんだ』

「なあ、行こうぜ?」

『───────ッ!!』

 

 小さな、悲鳴が扉越しに響く。

 背を預けたまま、ディンケは静かに目を開き、扉に向き直る。

 

「なあ、どうしたんだよ。話してくれねぇとわかんねぇんだわ」

『アタシは、逃げたんだ』

 

 微かに響いた声に、ディンケは目を細める。

 彼女は逃げたと言った。しかし、フィアは確かにサイアを救っている。

 半身を潰されて瀕死だった彼女を、見事地上に送り届けた。【ディアンケヒト・ファミリア】に運び込まれた以上、彼女は確実に助かる。だからこそ、ディンケは彼女の様に冷静に場を判断すればよかったと嘆いたのだ。

 ────冷静に、判断したのを。

 

「ああ、そうだよな。怖いんだろ

 

 ガタン、と扉に何かがぶつかる音。

 その音を聞きながら、ディンケはゆっくりと問うた。

 

「逃げたって、どういう事だ」

 

 扉越しに聞こえる身動ぎの音が聞こえ、暫くしてフィアが語りだす。

 

『アタシは、逃げたんだ』

 

 突然の襲撃。最初の一撃でサイアが半身を潰された。

 余りにも唐突過ぎて、最初は何が起きたのかわからなかった。

 飛び散った血と、肉片と、色々なモノの匂いがサイアの匂いと交じり合って咽返りながら、襲撃者の姿を見た。

 半身を血に染め、楽し気にゲゲゲッと気色の悪い笑みを浮かべた、第一級冒険者の姿を見てしまった。

 

『死んだ、と思ったよ』

 

 仲間が、一瞬で瀕死に陥った。

 グランが大盾を手に飛び出していき、イリスも同じ様に飛び掛かろうとして、戦闘娼婦(バーベラ)達が立ち塞がった。

 フリュネは最初の一撃を加えた後、戦闘娼婦(バーベラ)達から批難されて眉を顰めて後ろに下がったのだ。

 グランとイリスが戦闘娼婦(バーベラ)と乱戦を繰り広げる中、メルヴィスが半身の潰れたサイアの治療を行おうとしていた。エリウッドと共に、傷口を火で焼いて止血代わりにし、吹き飛んだカーゴから綺麗な布を引っ張りだしてサイアを包んでいく。

 その間、ずっと槍を握ったまま、フィア・クーガは震えていただけだ。

 

『何も、出来なかった。体が動かなかった』

 

 敵に対抗すべく武器を手にとり戦うグランにイリス。

 瀕死に陥ったサイアに応急処置を施すメルヴィスにエリウッド。

 姿が見えないディンケにルシアン。

 突っ立ったままガタガタ震えている自身。

 

『メルヴィスが、アタシの槍を奪ったんだ……』

 

 震えているだけだった自分の手から、槍が奪い去られた。そう思った時には何かを押し付けられた。

 

『サイア、だったんだ……』

 

 まだ生きていた。半身が潰れて瀕死に陥りながらも、まだ息をしていた。

 恐怖で固まっていたフィアに、メルヴィスは応急処置を済ませたサイアを押し付け、言った。

 

 ────逃げて。と

 

 皆が戦っているさ中、自分だけ逃げるなんてできないと、ありもしない勇気を振り絞って言葉を絞り出そうとした。その時、ディンケの声が響いた。

 皆無事かと問いかける声、瞬間、フリュネがディンケの声目掛けて突撃していき、轟音が響き、よろめく程の衝撃が場を支配し、二度目の轟音で────土煙の向こう側から、血を撒き散らしながら何かが飛んできた。

 

『足だよ、足……ルシアンが履いてた足具付きの、足が』

 

 フィアの顔の横をすさまじい勢いで横切った、誰かの一部が。

 べっとりと、全身に血を浴びた、誰かの血を。

 一瞬で匂いが塗り替えられ、イリスが飛び出していき、グランがそれを止めるべく戦闘娼婦(バーベラ)を蹴散らして追っていく。

 いつの間にか倒れ、捕まっているエリウッドが視界の端に見える。目の前のメルヴィスは震える手で槍を構え、フィアを背に庇って言った。

 

 ────貴女しか出来ない。と

 

 仲間が決死の覚悟で足止めをしようとしている。本来なら後衛とし、前衛になんて出てこないエルフが、前衛向きのフィアを庇っている。

 理屈はわかる。それなりの敏捷(あし)を持つ自分なら、壁を駆けるスキルを持つ自分なら、サイアが完全に死ぬ前に地上まで連れて行ける。

 逆では無理だ。メルヴィスの敏捷(あし)では足りない。だからサイアを抱えて地上を目指すのはフィアでなくてはならない。

 

『……グランがさ、叫んだんだ』

 

 グラン・ラムランガの叫び声が響いた。

 パーティで最も耐久に優れ、大盾を持って怪物の突撃を受け止め続けた強者。フィアも頼りにしていた、パーティの前衛壁役(ウォール)

 

 ────彼が、一撃で粉砕された。

 

 喉が干上がり、全身から嫌な汗が溢れ返り、股からは垂れ流し状態。

 心が、完全に折れた。

 サイアの半身は一撃で潰された。最も強いグランですら、一撃で粉砕された。

 ならば、自分ならばどうなっていただろうか。そんな想像をしてしまった。

 

『メルヴィスが、言ったんだ』

 

 ────行って。サイアをお願い。と

 

 それは、甘い誘惑だ。

 目の前で、自身より耐久の高いグランが一撃で粉砕されたのを見てしまった。完全に、勝てないと心が折れてしまった。そんな時だ、誰にも責められる事無く、逃げる事が出来る選択肢を握らされた。

 フィア・クーガは、逃げたのではない。サイア・カルミを救う為に動いたのだ、と。

 

『ああ、逃げたよ。逃げた……アタシは逃げたんだ』

 

 その後の事はよく覚えていない。記憶にあるのは、【ディアンケヒト・ファミリア】で手当てを受けている所だ。

 背中に槍が刺さっていたと言われて、ようやく痛みを自覚する程に呆然自失に陥っていた。

 

『アタシは、逃げたんだ』

 

 目の前で仲間がやられたのを見て、怯え震え、失禁して逃げ出した臆病者だ。

 サイアを助けたのだって、それが体のいい言い訳だったからで、自分が逃げる事しか考えていなかった。

 千草に躍り掛かったのは、ただの八つ当たり。こうやって部屋に籠っているのは……。

 

『怖いんだよ、あの化物がっ』

 

 第一級冒険者【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミール。

 あの化物を相手に、もう一度戦えなどと言われても、臆病者のフィアには不可能だ。

 否、【イシュタル・ファミリア】に抵抗しようとする意志すら挫かれていた。

 

『なんで、お前は……怖く無いのかよ』

 

 恐怖に震え、心折れた少女の問い。

 

『アタシは、無理だ……』

 

 部屋から出られない。

 仲間が人質に取られているのに。他の仲間が助けに行こうとしているのに、自分は心折れて閉じ籠っている。

 情けなく、みっともない、臆病者の狼人(ウェアウルフ)

 

「そっか、そうだよなぁ」

 

 扉越しの慟哭を聞き終え、ディンケは頭を掻いた。

 あの第一級冒険者の顔を思い出し、眉を顰める。

 歯牙にもかけなかった。路傍の石ころを蹴っ飛ばす様な気軽さで命を奪っていった。敵とすら見られていなかった。

 それでもその恐ろしさは身に染みる程に理解できていた。

 ヴェルフも、リリルカも、タケミカヅチの眷属達もきっと理解していない。あの恐ろしさを、恐怖を。

 

「…………まあ、そうだな、恐くないって言えば嘘になる」

 

 ディンケが己の手を見れば、情けないぐらいに震えている。怒りと言う感情を燃やして、ようやく吠える事が出来る程度に、恐怖が体に染みついている。

 自身の事を誰よりも理解しているからこそ、彼は鼻で笑い、扉越しに告げた。

 

「怖い。怖いさ……もしかしたら、死んじまうかもしれねぇ」

『だったら、お前も、一緒にさ……』

「だが、俺にはやらなくちゃいけない事がある」

『────────』

「助けに、行かなきゃいけねぇ。副団長も、エリウッドも……皆を、な」

 

 軽く扉に拳を打ち付けたディンケは、震える拳を強く握り締める。

 

「怖いなら待ってろよ、俺は行く」

 

 

 

 

 

 

 茜色に染まる『竈火の館』を見上げ、猫人の青年は一人で武器の柄を強く握りしめていた。

 

「あ~あ、俺って説得に向いてねぇなぁ……」




 『殺生石』『鳥羽の石』『玉藻の石』の情報について。
 数多の書物等を読み耽っていたらしいヘスティア様が知らないって時点で普通に手に入りにくい情報なんじゃないかな、と思ってます。
 極東の一部にしか居ない希少種族。その禁忌の技法、ですし……ミリアちゃんが雇ってる情報屋はあくまで都市内の事専門ですし。

 迷宮都市(オラリオ)で知ってる人の方が少ないのでは?と

 神ヘルメスは各都市を巡り巡って色々情報収集してるだろうし知ってても不自然ではない。
 神タケミカヅチはそもそも極東の神だし。

 神イシュタル? あの神って運が良かった感じだとは思いますが……ヘルメス当りが入れ知恵した、ってのは無いか。流石に



 お盆休みになったら毎日更新するんだぁ(グルグル目)

 早くイシュタル編終わらせて、幕間やって異端児編にいきたいッス。
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