魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一六九話

「此処に【ヘスティア・ファミリア】に預けた俺の眷属(こども)が連れ去られたと聞いた。今すぐ此処を通してくれ」

 

 夜の帳が下り始めた頃、一人の男神が眷属を従え歓楽街を訪れていた。

 第三区画前、【イシュタル・ファミリア】の支配領域(テリトリー)、その境界線上で褐色肌の女戦士(アマゾネス)達によって足止めされている。

 

「男神様ぁ、証拠はあるんですかぁ?」

「変な言い掛かりをつけるんなら、こっちも相応の処置ってものを取らせてもらいますよぉ」

 

 これ見よがしに戦斧や双剣をちらつかせ、門番として男神を遮る女戦士の姿にタケミカヅチが眉を顰める。

 南東の大通りに現れ始めた娼婦や男性客の視線を浴びながらも、毅然とした態度で門番に食って掛かるタケミカヅチと三人の眷属。

 ベル達の救出に訪れているヘスティアは、タケミカヅチとその眷属が入口で足止めを喰らっているのを少し離れた脇道から覗き見ていた。

 

「……ディンケ君は上手く通れるだろうか」

「難しそうですけどね。桜花も戻ってきたか、どうだった?」

 

 ヘスティアの護衛として付き添うヴェルフは、桜花と千草が駆け寄ってくるのを出迎えた。

 

「イシュタル派の領域(テリトリー)は完全に封鎖されてるな。侵入は難しい」

「ガネーシャ派とロキ派の本拠(ホーム)回りに女戦士(アマゾネス)が何人か……見張りが居て下手に動くと直ぐに露呈し(バレ)そう」

 

 偵察に出ていた二人の報告にヘスティアとヴェルフが眉を顰める。

 イシュタル派の領域(テリトリー)は鼠一匹通さない程の厳重な警戒網が敷かれており、下手な侵入は出来ないと桜花が呟く。

 当然の様に、ガネーシャ派やロキ派の主要戦力が詰める本拠等は監視されており、下手に動けばその瞬間に人質の命が危ぶまれる状況だという。

 

「それにしては、ボク達の警戒は無いみたいだけど」

「多分ですが、歯牙にもかけられてないかと」

 

 ヘスティアの疑問にリリが悔し気に答える。

 あくまでもガネーシャ派、ロキ派に対して厳重な警戒をしているだけであって、ヘスティア派はどう動こうが知った事ではないともとれるイシュタルの行動。

 無視されてはいるが、目に付く行動をとれば流石に対処してくる事は間違いない。何処まで警戒されずに済むのかヘスティアが考えていると、タケミカヅチが眷属を連れて戻ってきた。

 

「タケ、どうだった?」

「駄目だな、最終的に人質をちらつかされた。だがわかった事もある」

「多分ですが、ミコト、クラネルさん、ノースリスさんの三人は現在逃走中かと」

 

 タケミカヅチが連れた三人の眷属が遮る門番越しに聞き耳を立てて得た情報によれば、白髪でヒューマンの少年、金髪で小人族(パルゥム)の少女、黒髪でヒューマンの女、以上の三人が捜索されているさ中らしい。

 更に付け加えると、捜索の為に【戦場の女主】が中心人物として動くから気を付ける様にとも。

 

「えっと、その【戦場の女主】ってのは……誰だい?」

「襲撃者の中にも居たな、たしかレーネ・キュリオっていうLv.3の女戦士(アマゾネス)だったはずだが」

 

 ヘスティアの疑問にヴェルフが答え、桜花達が補足する為に口を開こうとした所で、陽気な声が薄暗い路地に響いた。

 

「レーネちゃんは【ウェヌス・ファミリア】、女神ウェヌスの眷属(こども)だった娘だねぇ」

 

 全員同時に声の放たれた方向に向き直る。

 薄暗い路地に置かれた木箱の直ぐそば、四つん這いになった禿げ頭の男の背に腰掛ける藍色の髪を揺らす女神の姿にヘスティアとタケミカヅチが表情を歪めた。

 

「うげぇっ……」

「おう……」

 

 嫌なモノを見てしまったと言わんばかりの神々の反応に各々の眷属達が反応に困った様に顔を見合わせ、最終的に椅子にされている男性、ダルトンに視線を向けた。

 

「あー、女神様やい。そろそろ許しちゃぁくれないかね」

「嫌、貴方が余計な事した所為でイシュタルがカンカンに怒ってたんだもの。その所為で面倒事に巻き込まれちゃうし、暫くは椅子になってなさい」

 

 ぺしぺしと禿げ頭を叩いて黙らせると、藍色の女神はふわりと笑みを浮かべてヘスティア達を見据えた。

 

「さて、それでレーネちゃんについてね」

「待ってくれ、何をしにきたんだ」

 

 目の前の女神に警戒心を剥き出しにしてヘスティアが対応すれば、タケミカヅチもまた同様に警戒し伺う様に目を細めた。

 その対応に藍色の髪を揺らし、女神は楽し気に笑う。

 

「私の主義(ポリシー)は知ってるでしょう? ────レーネ・キュリオが()()()()()()()()()()。だから貴方達に()()()()()()()()()()()()()()。オッケー?」

 

 【イシュタル・ファミリア】所属、Lv.3【戦場の女主】レーネ・キュリオ。『戦闘娼婦(バーベラ)』の中でも特殊な立ち位置の娘達を従える彼の人物が、ヘスティアと眷属、タケミカヅチとその眷属達の情報を購入した。

 故に、自らの主義を貫く為にも両主神とその眷属達には情報を渡す。

 そう身勝手に告げた藍色の女神は、警戒心を解かない二人の神と困惑する眷属達に、レーネの素性、そして企みについて語りだした。

 

 

 

 

 

 ベルに与えられた任務は一つ。可能な限り戦闘娼婦(バーベラ)の気を引く事。危険度は最も高く、確実にあの化けガエル(フリュネ)が出てくるのは間違いない。

 そしてミコトの役目は春姫の身柄をなんとしてでも確保する事。その後は春姫と共に逃走。儀式の時間を過ぎるか、ロキやガネーシャの増援が到着するまでなんとしてでも春姫の身柄を抑えておくこと。

 儀式の開始時刻は夜八時頃。場所は宮殿の別館、空中庭園にて行われる。春姫の待機部屋は不明。

 ミコトが春姫と接触した場合、状況がどうあれ閃光弾を上げる事。緑が成功、赤が失敗。

 俺の役目は、この厳重な警戒網からの脱出。そしてロキかガネーシャに接触して救援を求める事。

 もし、ミコトが春姫の確保に失敗してしまった場合。ベルとミコトは協力して『殺生石』の破壊を試みる事になっている。

 

「キューイは、まだ呼べない……ヴァンも同様。クリスは……駄目ね、寝てるか」

 

 自らに課された使命を意識しつつ、キューイ達の状態を確認してみると最悪も最悪。

 キューイ、ヴァンは通常撃破されて半日待機。ダンジョンに早朝から潜りはじめて、襲撃を受けたのはおおよそ八時半か少し前……儀式前の呼び出しは不可能。

 クリスの方は撃破されてはいないが、ステイタスを封印された際に召喚解除。一日の待機時間(クールタイム)を挟む必要があり、今日中は召喚不可能。

 もし召喚可能であれば、ベルの方に付けるか、囮役として娼館街を焼き払って貰ったモノを……。

 南東の大通りの脇道を駆け抜ける娼婦達を脇目に見つつ足を進めていると、ドンッという爆音が響いた。

 

「……ベルが始めた、か」

 

 間違いなく、ベルの【ファイアボルト】だろう。

 付近を捜索していた娼婦達は頭を抱えて近場の建物に避難しだし、戦闘員らしい女戦士達がこぞって黒煙立ち昇る現場に駆け出していく。

 周囲の警戒網が緩んだ隙に、と細道に足を踏み入れて進んで行く。

 現在位置は外周部に近いが、娼館街は市壁によって遮られており、特定地点からでなければ出入りが出来ない。そして、市壁をよじ登るのは流石に不可能。

 屋根の上を駆けていく女戦士(アマゾネス)の手には、身の丈を超える大弓が握られているのが見えた。

 ────Lv.3の戦闘員が持つ大弓。その威力は想像もしたくない。

 マジックシールドで防げなくはない、とは思うがそれも二、三発が限度だろう。市壁の上から鷹の様に鋭く歓楽街を見下ろす戦闘員を見れば、壁を乗り越えよう等とは考えられない。

 

「音消しと姿消しが効いてるからなんとかなってるけど……ちょっと、これは……」

 

 出入口である門近くに向かい()()()()()()

 『姿消し』の欠点が此処にきて響く。余りにも高速で動くと空気が揺らぐ様に姿が微かに見える事があるのだ。相当目が良く無ければ見えないはずだが、厳重な警戒網の中で目が悪い奴しか居ない等とは思えない。

 仕方なく空気が揺らがない程度の早足で歩むさ中、ふと靴底で何かを踏み締めた。

 パリパリッという硝子を踏み締める感触に思わず飛び退いて、気付いた。

 

「なにこれ……」

 

 進もうと思っていた路地一杯に広がる、街灯の光を受けて煌めく硝子片の数々。

 警戒すべく一度壁際でしゃがみ込んで息を殺す。『音消し』が効いているおかげで、今の硝子片を踏み締めた音は響いては居ないはず。

 遠くから聞こえるベルの陽動音が遠く遠ざかっていく音以外に、この細道には何も音は無い。

 足止めを喰らうのも不味いかと足を踏み出そうとし、屋根の上から響いた大声に身を強張らせた。

 

『あっ、異常発見! レーネ、此処の硝子が少し踏まれてるよ!』

『んー、ようやく引っ掛かったかな? どこどこ~?』

 

 上を見上げると、屋根の上には数人の女戦士(アマゾネス)と、一人だけ籠を背負った女が一人。

 能力(ステイタス)封じ(シール)の魔法を持った、超危険人物。レーネ・キュリオとその仲間らしい戦闘娼婦(バーベラ)達だ。

 ベルの陽動を完全無視して俺を探してるのか────厄介だ。

 まだ魔法が解けていないのを確認し、すぐに反転しようとした所で、頭上から響く無数の硝子を砕く音が細道を反響した。

 

「えーい、えーいっ、これでもか~!」

「レーネさん、ちょっと……後で片付けるの大変なんですけど」

「んー? 捕まえられなかったら貴女が『やめて』ってお願いしてきたからってイシュタル様に言うけど、大丈夫~?」

「……いえ、どんどんやりましょう!」

「しっかり見ててよ~?」

 

 軽いやり取りが頭上から響くさ中にも、細道一杯に硝子片が降り注ぎだす。

 右手で籠一杯に入っていたらしい硝子瓶を放り投げ、左手の鞭で砕き割る。そんな動作を繰り返し、屋根の上から細道一杯に硝子片を撒き散らすレーネ。そしてそんな彼女を他所に他の戦闘娼婦(バーベラ)は細道を目を凝らして見てくる。

 駆け出せば確実に捕捉されてしまうだろう。仕方なく壁際の隅に身を張り付け、硝子の雨が止むのを待つ。

 ────クソッ、透明状態(インビジビリティ)の弱点が割れてやがる。

 

 『姿消し』の欠点、ではなく弱点。

 あくまで姿()()()()()()()()()であって、存在そのものは消えていないので、物理的な影響から逃れる事は出来ない。

 この硝子の雨の中、無暗に動けば煌めく硝子片の中に俺の姿が浮かび上がる事だろう。当然、足元の硝子片を踏めば砕けてしまう。音消しで()は消えても、砕ける硝子片まではどうにもならない。

 少なくとも、頭の上で硝子の雨を降らしている奴らが消えない限りは足止め確定だ。

 こんな透明状態(インビジビリティ)に対する的確な対処をしてくる様な頭の回る奴が居るなんて……。

 

「よーし、この辺で良いかなぁ。皆、何か居た?」

「いえ、まったく……」

 

 魔石灯を手にした戦闘娼婦(バーベラ)の一人が下りてきて、パリパリと硝子片を厚底のブーツで踏み締めて歩き回り始める。三人の内、一人ずつが細道の両端を塞ぎ、レーネが頭上から此方を見下ろす。

 完全に此処に居ると予測しきっている様な行動に心臓が跳ねるが、まだ魔法は切れて居ない。だから大丈夫なはずだが、何故居場所が割れてる?

 

「レーネさん、やっぱり居ませんよ」

「え~? 居るよぉ~? 絶対に居るってぇ~」

 

 目の前を横切っていく女戦士(アマゾネス)に冷や汗を流しつつ、効果が切れる前にと魔法の詠唱を始める。

 『音消し』の良い所は、魔力の流れも消し去ってくれる事だ。つまり、この魔法が切れさえしなければ魔法を使ってもバレない事だ。まあ、流石に大威力の『アンチマテリアル』までは消しきれないが、『姿消し』と『音消し』ならバレる事なく発動できる。

 

「【(キツネ)は化かし、(カラス)は鳴いた────】」

 

 【隠レ身ノ灰】の詠唱を始めた直後、屋根の上から聞こえた増援の声に息を詰まらせた。

 

「────レーネさん、人質を連れてきました!」

「お~、ご苦労様ぁ~」

 

 ひと、じち?

 ヴェルフとリリが帰還したのなら、即座に動くはずだろう。だと言うのに動いた形跡が無かった。

 今まで感じていた違和感────他の事に気を取られて無視していた、それらの違和感が今になって()()()()というモノに繋がる。

 

「うん、よし! ミリア・ノースリス。此処に居るのはぁ、なんとなぁくわかってる。あ、一度魔法かけた相手の気配ってなんとなくわかるんだよねぇ。此処に居るでしょ? 出てきてくれないかなぁ」

 

 ────魔法を一度かけた相手の気配を察知できる、だなんて聞いてない。

 知りもしなかった情報に舌打ちを零しつつも、屋根の上を伺うが『人質』の姿は俺の位置からでは死角になっていて見えない。だが、今の位置から動けば間違いなくバレる。

 誰だ、誰が人質になってる。ヴェルフか、リリか? あの時、馬車の中には俺とベル、ミコトの三人しか居なかったはずで────待て、もう一台、カーゴがあったような? それに、其処で誰かが暴れてて。

 朧気な記憶の中にあるその人物を思い出そうとするが、顔すら見ておらず思い出せない。

 

「十数える間に出てこなかったら、この人質を殺しまーす!」

 

 考えている間にも、屋根の上からは刃を擦り合わせる様な音が響く。

 虚偽(ブラフ)か? いや、もし本当に人質が居るとしたら。リリかヴェルフが……だが、あの二人を、人質に? 何故わざわざカーゴを分けて……?

 

「じゅー、きゅぅー、はぁーち、ななぁー」

 

 …………糞、どうあれ一度姿を見せないと本当に殺しそうだ。

 迷ってる暇はない、か。

 

「ろぉーく、ごぉ~────おっ?」

 

 パリパリと足元の硝子片を踏み締めて細道の中央までゆっくりと歩み始めた瞬間、レーネが秒読み(カウントダウン)を止めた。

 

「おぉ~、居た居たぁ~。其処に居るんでしょう? 姿を見せてくれないかなぁ?」

 

 空気が張り詰め、近場に居た戦闘娼婦(バーベラ)が抜刀する。他の面々も戦斧や棍棒を構える中、レーネ・キュリオは傍で押さえつけられている()()()()()()の首に剣を向けたまま微笑んでいた。

 やつれた様にぐったりとした状態で二人の女戦士(アマゾネス)に支えられている、エルフの青年────エリウッドの姿に思わず息を呑んだ。

 その瞬間、『姿消し』と『音消し』の効果が消えて俺の姿が現れる。

 

「見ぃつけたぁ! これ、もう要らないや!」

「ほ、本当に居やがった……」

「流石レーネ」

 

 得意げに胸を張って宣言するレーネは、背負っていた籠を放り捨てる。

 驚愕する者や感心した様に頷く者、様々な者が居る中、支えられているエリウッドを見て、レーネを睨みつけた。

 

「どういう事、なんでエリウッドが……」

「んー? お話は歩きながらでも出来るよ。ほら、行こう?」

 

 唐突に、レーネはエリウッドを横抱きにして軽い調子で飛び降りてくる。

 口元に笑みを浮かべて俺に近づいてきた彼女に魔法()を突き付けた。

 

「【ライフル・マジック】……エリウッドさんを解放してください」

「んん? 解放? ちょっとそれは出来ないかもぉ?」

 

 指先(銃口)を突き付けると、レーネはふわふわとした笑みを浮かべると、他の戦闘娼婦(バーベラ)に視線を向けると、信じられない指示を出した。

 

「皆は持ち場に戻って。後は私一人でなんとでもなるから~」

「で、でも」

「大丈夫だってぇ~」

 

 ふわふわした雰囲気を纏ったレーネは、両手が塞がったまま、銃口を突き付けられて尚、余裕そうに俺を無視している。

 

「無視しないで、エリウッドを解放して」

「ちょっと、待ってね。言う事聞かないあの子達が悪い訳だし」

「レーネ、流石にそれは見過ごせない。ミリア・ノースリスを逃がす積りだろ!」

 

 俺の問いかけにふわりとした柔らかな笑みで対応すると、斧槍を持った女戦士(アマゾネス)がレーネを鋭く睨みつけた。

 ────逃がす、積り?

 少なくとも【イシュタル・ファミリア】の内部の者は全てイシュタルの威光、恐怖政治で押さえつけられているはずだが、レーネは違うのか? いや、それよりもエリウッドだ。

 ……他にも、人質が居るのか? だからこのレーネは余裕そうなのか?

 糞、このレーネ・キュリオは本当にわかり辛い。何か隠してそうな不気味さがあるのに、ふわふわした雰囲気で警戒心が削ぎ落される。

 

糞女神(イシュタル)様に命令されてるから、逆らえないよ。

『…………』

「逃がす事なんてできないし、ちゃんとイシュタル様の所に連れて行く。それは絶対だって」

 

 エリウッドを横抱きにしており、敵対者である俺に(まほう)を突き付けられながら、仲間である戦闘娼婦(バーベラ)に睨まれるレーネ。

 

「それに、ほら、外で男神様が騒いでるっぽいじゃん? 早く追っ払わないと面倒事になっちゃうかも?」

「チッ……レーネ、裏切りは許さないからね」

 

 行動が全く読めない。余裕そうな態度が不安を駆り立てる中、悍婦達は舌打ちを零すと、本当にレーネを除いて全員がその場を去って行った。

 ────コイツ、本当に何がしたいんだ。

 

「さて、歩きながら話すよ。と、人質の解放だったっけ? 本当に申し訳ないんだけど絶対に無理」

 

 急に真剣な表情を浮かべた彼女は、エリウッドを横抱きにしたままぺこりと頭を下げた。

 ……本当に、何を考えて行動しているのか読めない、不気味な女だ。

 へらりと笑うと、目の前の女は急に背を向けた。

 

「行くよー?」

「…………」

 

 一人、歩き出そうとしたレーネの後頭部に指先(銃口)を向けたままでいると、彼女は困った様に肩越しに振り返り、呟く。

 

「歩きながら話そうよ。魔法(それ)はそのままで良いからさ」

「この場で貴女を殺して、人質を奪還しても良いんですが」

「……あー、別に私を殺すのは良いよ?」

 

 ────は? 殺すのは、良い?

 何を考えているのか、本当にわからない。

 人質を横抱きにして抱えて武装を手にしていないのも、目の前で無防備な姿を晒すのも、他の戦闘員を引かせたのも、全く考えが理解できない。

 

「ただし、他の人質が殺されても私は知らないからね?」

 

 ────だろうな。

 人質が一人な訳ないだろうとは薄々感づいては居た。リリとヴェルフだと思っていたのだが、よりにもよってエリウッド達だとは思わなかったが。

 魔法を解く序に、クラスも狙撃型(スナイパー)から汎用型(ニンフ)に変える。

 

「おー、本当に変わるんだねぇ」

「……人質は何人居るの?」

 

 答える、何てことはしないだろうな。

 

「んと、この子と、今逃げてる黒髪の……ヤマト・ミコトだっけ? その子を除いて二人」

 

 …………ぺらぺらと軽い調子で話される情報は、とてもではないが信じられない。

 そもそも、この女の雰囲気といい、言い方といい、雲のように軽くて重さが感じられない。その所為もあってか警戒心が音を立てて崩されていく。

 この手のタイプは腹に大きなものを抱え持ってる可能性が高い。

 始末したいが、下手な手を打つと人質に被害が出そうだ。

 

「種族と特徴は?」

「エルフの女の子と、アマゾネスの女。エルフの子は大人しいかな、アマゾネスの子の方は……えっと、凄く暴れて大変だから鎖でグルグル巻きにしてるね」

 

 エルフの女の子はメルヴィスで、アマゾネスの女はサイアか。

 大通りに出る事無く、レーネは裏路地を進んで行く。途中、戦闘娼婦(バーベラ)が顔を見せるが、レーネを見た瞬間に顔を歪ませると舌打ちして去っていく。

 他のイシュタル派の構成員の反応があまりにもあからさまで、おかしい。

 違和感を感じつつも、最も気になっていた点を聞く。

 

「リリとヴェルフは、どうしたの」

「ん? ああ、貴女と一緒に居た小人とヒューマン? あの子達は逃がしたよ」

 

 ふわふわとした口調故に、話半分に適当な事を言ってる様にしか聞こえない。

 行動に一貫性が感じられず、考えが理解できない。本当にコイツは何がしたいんだ。

 他の構成員からはだいぶ嫌われているみたいだが、だからと言って味方って訳ではない。立ち位置がわからん。

 

「どうして、ヴェルフ達は逃がしてエリウッド達を人質にしてるの」

「ロキとガネーシャに喧嘩売るから。関係ない子を人質にしても効果薄いでしょ?」

 

 ────ああ、それは納得できた。

 ロキとガネーシャの眷属、期間限定でヘスティア派に席を置いてはいるが、実際にはロキやガネーシャの眷属なのは間違いない。俺達に喧嘩を売るにあたって、人質の選択肢としては筋が通っている。

 最悪だ、人質の存在なんかまったく意識してなかった……常套手段だろうに。

 

「皆、無事なんでしょうね」

「んー、捕まってる子達? アマゾネスの子が暴れ過ぎて怪我してるのと……この子が少し()()()()ぐらいで、エルフの子はぴんぴんしてるね」

 

 レーネがへらへらと笑うと、やっと大通りに出た────かと思えば、すぐに細道に足を踏み入れる。

 大人しく後を付いていくが、道順は滅茶苦茶だ。宮殿(ホーム)に連れて行くと思ったが、別の場所かと勘繰るも、ぐるっと一周して元来た道を戻りだしたりと、意味不明過ぎる。

 

「人質以外の子は……何人か死んじゃったけど」

 

 唐突に放たれたレーネの言葉に、思わず足を止めた。

 

「死んだ?」

「ん? あ、ごめん今の間違い。()()()じゃなくて、フリュネが()()()()()()んだよね」

 

 ────なんだって?

 いや、まさか……抗争、を起こす。

 ああ、嘘だろ。嘘だ、抗争を起こすのなら、予め戦力を削る事を想定していてもおかしくない。

 なんで今まで想像もしなかったんだ。こいつら闇派閥ともつるむぐらいに性根の腐った派閥じゃないか。人殺しだって平然とやってのけるぐらいの────。

 

「落ち着いて聞いて欲しいんだけど」

「誰が殺されたの」

 

 ………………。

 

「んと、私の知る限りだと……頭巾(フード)のヒューマン、それからドワーフの前衛壁役(ウォール)の二人」

 

 ルシアン・ティリスとグラン・ラムランガ……ッ!

 

「どっちもフリュネが殺しちゃったんだよねぇ。後、Lv.2のアマゾネスの子……えっと、サイア・カルミって子だっけ? あの子は一応一命は取り留めたっぽいよ?」

 

 他人事の様に語る目の前の人物。無防備に背中を晒しながら、裏路地を歩いていた彼女の後ろに付いて歩いていた俺は、ふと足を止めた。

 レーネはそれに合わせるように俺に背を向けたまま立ち止まり、俯いて石畳を睨みつけて拳を強く握りしめる。そうしないと────目の前の女を殺してしまいそうだ。

 

「……勘違い、される前に言っとくね? 私と、アイシャは少なくとも『殺しは無し』って方針だったよ?」

 

 言い訳する様に、ふわふわとした柔らかな雰囲気を消したレーネ・キュリオはくるりと此方を振り返ったのを感じた。

 黙れ、と叫びたい。

 居るかもわからない人質の存在によって、今のこの場で身動きが出来ない事に腹を立て。

 今までの楽観的な行動の数々を責め立てる。余りにも、お粗末な選択の数々。

 過去に研鑽(あくぎょう)を積み重ねて磨き上げてきた悍ましい技能の数々。ヘスティア様の眷属となって、その技能が錆び付き、鈍っていくその事に酷く喜んでいた己を恨んだ。

 

「信じられないよね。わかるよ。だって仲間が死んでるんだもん。今すぐ私を八つ裂きにして殺したいよね? すっごくわかる。私だってそうだよ、仲間の(かたき)が目の前でゲゲゲッて笑ってるのに、手出しできないの。苦しいよね、辛いよね。でも今は我慢して欲しいな、私だっていっぱい、いーっぱい我慢してきたんだから……うん、わかってる。貴女が我慢する理由なんか無いよね、でも我慢してよ。人質が後二人、こっちの手の内にあるんだからさ。だから、今は、我慢して」

 

 言い聞かせる様に、優し気な声で語り掛けてくる目の前の人物の考えが理解できない。

 今すぐ、目の前の女を蜂の巣にし、目につく娼婦を片っ端から射殺していきたい。

 フリュネを、この世で味わう事の出来るありとあらゆる苦痛を与えてから、殺してやりたい。

 そして、自分の技能や勘が鈍り、錆び付く事を喜んでいた過去の自分を八つ裂きにしてやりたい。

 

「……ん、わかった。じゃあこうしようか」

 

 ふと、腕を掴まれ、固く握り締めていた手に強引に何かを握らされる。

 ────俺の手には、鈍く輝く短剣の柄が握らされていた。

 顔を上げると、レーネ・キュリオはへらへらと笑いながら、地面に寝かせたエリウッドの傍に立っていた。

 

「先に言っておくね? もし貴女が私を殺そうとしたら。私は貴女を滅多打ち(ボコボコ)にして、襤褸雑巾になった貴方を引き摺ってでも糞女神(イシュタル)の所へ連れて行く。それは絶対」

 

 握らされた凶器に腹の中が煮えくり返り、目の前の女戦士(アマゾネス)を鋭く睨んだ。

 

「まず、話を聞いて欲しいかな。さっきも言った通り、()()()()()()()()()()()()()()()。それと、もう一つ……私の仲間(ファミリア)は、大事な主神(かみさま)は、【イシュタル・ファミリア】に殺された

「…………」

 

 どうせそんなの嘘だろ、と吐き捨てようとして歯を食い縛る。

 口を開くのと同時に、彼女に飛び掛かってしまいそうで、必死に人質が居る事を思い浮かべて飛び出しかける体を制御する。

 ベルとミコトにもこの事を伝えないといけないが、そんな事すら頭から溶けて消えそうな程に、湧き上がる殺意に手が震え出した。

 

「元々、敵対はしてたんだけどね。でも、私だけ生かされたんだ……フレイヤへの決定打になりそうな、魔法を持ってたから。だから洗脳(みりょう)されちゃった。アイシャより酷いかもね、だってイシュタルの命令に逆らえないもん。仲間を殺したフリュネの命令にも、逆らえないし」

 

 凶器を握らせておいて、殺しても良いよ等と口にし、殺しにきたら返り討ちにして引き摺ってでも連れて行くと言い放つ。

 意味不明過ぎる目の前の女の言動に、顔を上げて息を吐く。

 おち、つけ。人質の確保が先決。春姫の件は……人質は、ベルとミコトを、ロキ派とガネーシャ派への連絡は────。

 

「……今は無理そうかな。まあいいや、これだけは伝えておくね? 私は貴女に協力したいと思ってる」

 

 ────心配そうなレーネの表情に殺意がほんの少し揺らいだ。

 

「でも、それはちょっと難しいかな。人質の三人は私が保護するよ。これ以上、他の娘達に酷い事されない様に、ちゃんと治療して、武装や魔剣を持たせて、いつでも逃げれる様にしておいてあげる。────でも、イシュタルが『殺せ』って命じたら、私は人質を殺しちゃう。それに逃げようとしたら滅多打ち(ボコボコ)にしてでも捕まえようとしちゃう」

 

 命令に逆らえない。何度もそう繰り返し、レーネ・キュリオは、涙を零し始めた。

 

「私の派閥が滅ぼされた時、真っ先に主神が殺されたよ。仲間の一人がね、洗脳(みりょう)されて裏切ったんだ。だから、恩恵を失った私達は……私はね、必死に皆を逃がしたよ」

 

 己の身を鑑みる事無く、仲間の為に身を張って逃げるだけの時間を稼いだ。

 

「けど、私は捕まっちゃって…………フリュネに拷問されて、イシュタルに魅了(せんのう)されて、嫌だって、思ったんだけどね?」

 

 ────仇敵(イシュタル)は命じた。

 

「生き残って、再起し、復讐しようとしてる皆をね……」

 

 魅了(せんのう)がしっかりと効いているのか確認する為に、『元仲間(ファミリア)を一人残らず始末しろ』と命じた。命じられた。

 

「私だって、必死に止めようと思ったよ? でもさ、無理だった」

 

 せっかく、身を張って逃がした他の仲間を、一人、一人と炙り出しては自身の手で屠っていく。

 しっかりと、骨の髄まで染み込んだ魅了(せんのう)によって、逆らう事が出来なくなってしまった。

 その後は、イシュタルの命の元、イシュタル派の眷属達に一切手出しできない様に命じられ、呪詛(カース)を何度も使わされ、弱体化された。

 Lv.3にも関わらず、Lv.5にすら届きうるとまで言われる程の強者だったレーネ・キュリオは呪詛の代償とし、幾度とない能力(ステイタス)減少(ダウン)を味わった。

 

「私は────【イシュタル・ファミリア】を滅ぼしたいよ

 

 今まで生かされていた理由は、フレイヤに対抗できるかもしれない予備(スペア)札だったから。

 確実にステイタスを封じる事が出来ない以上、あくまで予備(スペア)でしかない。けれど、それも今日まで。

 

「私は貴女に協力してあげたいと思ってる。なんなら、本当は貴女を逃がしてあげたいよ?」

 

 でも、出来ない。

 イシュタルは命じた、『逃がすな』と。

 イシュタルは命じた、『捕まえろ』と。

 イシュタルは命じた、『儀式を成功させろ』と。

 イシュタルは命じた────『儀式の成功を確認したら、命を断て』と。




 獅子身中の虫。儀式の終了と同時に『死ね』と命じられていて、なおかつ逆らう事が出来ない状態で、それでも各種情報を包み隠さず伝えてくれる。
 信用は出来ても、信頼は出来ない。

 イシュタルの命令一つで、敵になってしまうから。

 ただ、命令の穴を突いてどうにかしようと色々とやらかしてはいます。
 人質を自身で確保し、傷を治療して武装を与える所まではこっそりやってる。ただし、人質が逃げようとしたり、レーネを攻撃した場合は…………()





 翻訳版の投稿云々について質問されましたが……営利的利用でなければ、別に良いですよ。
 既に韓国語に翻訳されたものが別サイトに投稿されてるっぽいですし。
 ただ、感想ではなくてTwitterの方で聞いて欲しかったですがねぇ。

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