魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一七〇話

 爆炎の華が第三区画中心部にて咲き乱れた。門を封鎖していた女戦士達が動揺し、集まっていた市民が騒然とし始める。

 

「あらあら、始まってしまったわね……丁度、情報も渡し終えたし私はこの辺りでお暇するわ」

 

 これ以上、巻き込まれるのは御免だ、と藍色の女神が微笑んだ瞬間。リリが声を上げた。

 

「いくつか情報を買わせてください」

「…………良いわよ。本当は嫌だけど、聞かれたら答えなきゃいけない。それが私の性分(ポリシー)だしね」

 

 若干面倒そうな雰囲気をだしながらも、ヘスティア達の前で質問を待つ女神。

 

「おい、リリスケ、今すぐイシュタル派に問い詰めるのが先だろ。【戦場の女主】の事はもうわかっただし」

 

 ヴェルフが大刀に手を添えて今すぐに行動を起こすべきだと主張する。

 【戦場の女主】レーネ・キュリオ。

 元【ウェヌス・ファミリア】の幹部。

 イシュタル派が引き起こした敵対派閥掃滅作戦の一環で滅ぼされた際、呪詛(カース)の効果に目を付けられてフレイヤ派への対抗策の一つとして魅了(せんのう)された女戦士(アマゾネス)

 現在の目的は【ヘスティア・ファミリア】の眷属を逃がし、内部で攪乱を行って【イシュタル・ファミリア】を滅ぼす事。

 ただし、イシュタルの神命には逆らえず、やむを得ず『ミリア・ノースリス捕獲作戦』に従事している。

 命令内容によってはヘスティア派に対し攻撃する可能性は十二分に有り得るが、内心では非常に協力的。人質全員を保護し、武装させて待機させている。ただし、人質奪還の際にはイシュタルの命令通り『逃がさない事』を優先し、抵抗する事。

 その為、人質奪還の際には『レーネ・キュリオとの交戦』を踏まえる必要がある事。

 藍色の女神はレーネ・キュリオの能力(ステイタス)、魔法、スキルに至るまで、全てをヘスティア派に話したのだ。

 ヴェルフの意見も最もだと頷きつつも、リリは一つ指を立ててニヤリと笑みを浮かべた。

 

「確かに、でしたらヴェルフ様達は先にイシュタル派への攻撃を始めていてください。リリは直ぐに追いつきます」

「何する気だ?」

「直ぐにわかると思いますよ」

 

 何を行うのか想像が付かない面々が首を傾げるさ中、藍色の女神が目を細めてリリルカを見下ろした。

 

「リリルカ・アーデ……元【ソーマ・ファミリア】の下っ端で搾取されてた奴隷染みた構成員の一人」

「…………ヘスティア様、先に行っていてください」

「わかった」

 

 平坦な小人族の声を聞いたヘスティアが一つ頷いてリリを一人、藍色の女神とダルトンの前に残して駆け出していく。

 裏路地から飛び出すや否や、騒ぎになる市民を落ち着かせようとしているイシュタル派の眷属目掛けて桜花とヴェルフが同時に目の前に躍り出た。

 

「おい、今の爆発は何だ!」

 

 第三区画中央部から上がる黒煙を指し、ヴェルフが吠える。

 断続して響く小爆発の音に表情を顰めた女戦士(アマゾネス)が口を開くより前に、桜花が食ってかかる。

 

「あれは、ベル・クラネルの魔法だ!! もう言い逃れは出来んぞ!!」

「そこを通せ!!」

 

 遠方からの魔法の音のみで種類の判別までは出来る筈もないが、それでもかまうものかと責め立てる。

 肉体が優れており、魔法の習得の見込みが少ない事から魔法に関する知識の薄い女戦士(アマゾネス)と言う種族の欠点を突くその言い掛かりに、一瞬だけ唖然とした二名。

 一瞬だけ顔を見合わせた二人は、直ぐに武器に手をかけた。

 

「だったらどうした、抗争でもおっぱじめる気か!?」

「オレ達は【イシュタル・ファミリア】だぞ!」

 

 啖呵を切る二名に対し、ヴェルフと桜花が視線を交わして頷き合う。

 

「人質取ったぐらいで調子に乗るな。仲間は返して貰う」

「どけ」

 

 脅しの積りで手をかけていた敵団員と、端から交戦する気であったヴェルフ達では心構えが違う。

 人質がある故に、脅しに応じるだろうと踏んでいた彼女らは、虚を突かれて二人の攻撃がもろに直撃した。

 吹き飛び、石畳の上を転がっていく二人。異変に気付いた他の面々が来る前にと【タケミカヅチ・ファミリア】の面々が武器を構える。

 其処に遅れて到着したリリが、ハンドボウガンを手にヘスティアに声をかけた。

 

「遅くなりました。このまま人質の保護されている場所まで行きましょう。人質の保護が出来次第、青色の信号弾を三発打ち上げてください」

「リリ君、それはどういう……」

 

 遅れてきて、突然信号銃(フレアガン)を渡されたヘスティアが訝しむ中、リリは毅然と言い放った。

 

「【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】に対しての連絡手段です。人質確保が完了したという、ね」

「……?」

 

 Lv.2のヴェルフと桜花、そして中央で起きた騒ぎの所為で集まらない敵団員に対し数の利で押していく眷属達を見て、ヘスティアは疑問を投げ捨てた。

 二人が強行突破した門を潜り、娼館街へと足を踏み入れる。

 

 

 

 

 

「んー、ねえ、なんか爆発したよ」

「……だな」

 

 歓楽街を区切る市壁沿いに立てられた最も高い建造物。鐘楼の屋根の上から爆炎の華を見ていた幼さの残る女戦士(アマゾネス)の言葉に、外套(フーデットローブ)の少女が溜息交じりに答えた。

 蒼然とした闇を照らす満月を見上げ、内から溢れ出す衝動を堪えていた外套の少女は、静かに立ち上がって槍の調子を確かめる。

 

「あっ、門番が一人しかのこってないよ? どこいっちゃったんだろう?」

「【タケミカヅチ・ファミリア】と【ヘスティア・ファミリア】が封鎖していた門を突破したらしいぜ? そっちの応援だろ」

「そっかぁ、じゃあわたしたちもはじめよっか!」

 

 頬に刻まれた青痣を撫で、痛みに眉を顰めた狼人(ウェアウルフ)が被っていたフードを取り払い、蒼然とした夜空に薄らと顔を出し始めた満月を見上げ、目を細め、鐘楼の屋根の淵を踏み締めて中空に身を投げた。

 

「あ、置いてかないでよっ!」

 

 後ろから聞こえる声も置き去りに、三階建ての屋根を踏み、門番をしている敵団員の頭上から強襲を仕掛けた。

 

「死ね」

 

 一言呟くと同時、自身にかかる影に気付いたイシュタル派の構成員は顔を上げた瞬間に、顔面中央を槍で穿たれ、僅かに仰け反った姿勢のまま地面に叩き付けられる。

 周囲で歓楽街の突然の封鎖に文句を言っていた男性客たちが発火した様に悲鳴を上げて逃げ出すさ中、フィアは死んだ敵団員の胸を踏み、槍を無造作に引き抜いて歓楽街中央部を強く睨んだ。

 

「さて、まずは一人……まだまだ沢山居そうだな」

「ちょっと! わたしが『いちばんやり』やりたかった!」

 

 遅れて大剣を担いだまま飛び下りてきたサイアに対し、フィアは肩を竦める。

 

「お前の武器は『大剣』だから一番“槍”は無理だろ。アタシの役目だ」

「おー、たしかに!」

 

 頬に刻まれた青痣を撫でながら門を潜り歓楽街へ足を踏み入れた直後、二人を阻む様に二名の敵団員が現れた。

 後方、門の外側で血と脳漿を撒き散らして死んでいる仲間を見て、血に濡れた槍、そして外套姿のフィアを見た彼女らは、一瞬で顔を真っ赤にして武器を抜いた。

 

「よくもダリアをっ!!」「ぶっ殺してやる!」

 

 躍り掛かってくる悍婦を見上げ、フィアは口元を不愉快そうに歪め────槍で一人を穿つ。

 ズドンッと力強い一撃が一人の敵団員の胸を穿ち、瞬時に槍を引き戻した彼女は続く二突き目でもう一人を狙おうとし、大剣の一撃を回避した。

 

「えいやぁっ!」

「ぐぎゃっ!?」

 

 血濡れた外套に槍、それに目を取られてもう一人の存在が頭から抜け落ちた間抜けに対し、無防備な足への大剣一振り。

 大半のLv.3の上位戦闘員である戦闘娼婦(バーベラ)が宮殿に配置されている以上、外周部に居るのは下っ端のLv.2、もしくは下級団員。そんな彼女らであればサイアでも十二分な活躍は見込めるだろう。

 振り抜かれた大剣に両足を切り飛ばされた女戦士(アマゾネス)が地面に激突し、足を失った事に動揺して喚きだす。

 

「あ、足がっ!?」

「えっと、回復薬(ポーション)は~……あ、フィアちょっと!」

 

 血が噴き出す足を抑えて喚いていた敵団員に対し、無造作に槍で止めを刺したフィアは肩を竦めた。

 

「アタシを()()()にさせたなら、敵を生け捕りだとかそんな生易しい考えは捨てろよ」

 

 フィアが青痣の刻まれた頬を撫で、サイアの抗議に鼻を鳴らすと、騒ぎを聞きつけた近場の敵団員がちらほらと姿を見せる。

 

「んで、サイアはどうすんだよ」

「むぅ、人質にするつもりだったのに!」

 

 サイアの反論に、フィアが瞠目する。

 

「その手があったか」

「フィアのバーカッ!」

 

 

 

 

 

 ────始まりが何だったか、と問われれば。

 それは一方的な敵視だった。

 初めて顔を合わせたその瞬間から、同じ『美の神』であるイシュタルはフレイヤを憎んだ。

 それが同族嫌悪なのか、はたまた自身に無いものを見出したが故の嫉妬なのかはわからない。だが、事実とし彼女はフレイヤを憎み、幾度となく蹴落とさんと策略の限りを尽くした。

 

 対照的に、フレイヤはイシュタルに頓着しなかった。

 彼女が事あるごとに仕掛けてくる『ちょっかい』は笑って済ますし。それどころか退屈凌ぎには丁度良いと面白がる事すらあった。彼女への認識はその程度で、嫌いではない処か暇潰しの相手としてはそれなりに好んでいたとも言える。

 

 そんな余裕こそが、地位を、名声を、勢力の差を分けた────のかはわからない。

 しかし、事実としてフレイヤは都市の頂点に登り詰め、片やイシュタルは淫都の王にとどまっている。

 フレイヤの名声は加速し、眷属達には畏怖され、彼の女神の美しさや世界で一番────天界や下界をひっくるめ最上級であると、噴飯ものの賛美すら与えられた。

 フレイヤが他の女神達から嫉妬を買いそうだ、と笑っていた頃。イシュタルの一方的な敵視には、黒い炎が混じり始めていた。

 その黒い炎が混じり始めたその時点から、あるいは、初めて出会ったあの瞬間から、こうなる事は運命付けられていたのかもしれない。

 

「フレイヤ様」

 

 葡萄酒(ワイン)の注がれたグラスに映る自身の顔を見つめていたフレイヤは、従者の声を聞いて思考の海から浮かび上がる。

 手に持っていたグラスを円卓に置くと、静かに歩み寄ってきたオッタルが口を開く。

 

「アレン達から報告がありました。【イシュタル・ファミリア】はベル・クラネルとミリア・ノースリスを捕え、更に怪しい動きを見せている、と。……加えて、先ほど歓楽街で爆発がありました。…………それともう一つ、先ほど女神ヒストリア……『藍色の女神』が【ロキ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】等、各派閥へ足を運んでいる事が確認できた、と」

「……ヒストリアが、ね」

 

 眷属の返答を待つことなく、フレイヤは椅子から立ち上がった。

 

藍色の女神(ヒストリア)についてはどうでも良いわ。あの子はただの『知りたがり』だもの」

 

 もしくは収集家、そう吐き捨てたフレイヤは従者を一瞥した。

 

「【ファミリア】の子は、全員揃ってるわね?」

「はっ」

「号令をかけなさい」

「それでは」

「ええ。イシュタルは線を越えた」

 

 双眸を細め、フレイヤは凍り付く程の冷たい声を放った。

 

「今までの悪戯なら笑って許してあげたけど……駄目よ、それだけは許さない」

 

 

 

 

 

 まず冒険者が行わない完璧かつ洗練された不意打ち。

 その犠牲者となったのは、宮殿(ホーム)の中を単独行動しふらふらしていたアマゾネスだった。

 

「────人質は皆、レーネが連れていきやがった!」

 

 単独行動していた敵派閥の戦闘員の隙を突いて首に腕を回し、褐色の首筋に奪った短剣を突き付ける。

 春姫の居場所を聞こうと、ミコトが口を開くより先に慌てた様にそのアマゾネスは動揺を誘う情報を放った。

 

「人質?」

「アンタ知らないのか……レーネの話と違う。いや、良い、とにかく人質は全員レーネが連れて行った。だから宮殿(ここ)には居ない!」

 

 人質、と言う単語にミコトが眉を顰める。

 

「アンタの派閥から、エルフの男女とアマゾネスの女を一人ずつで合計三人、人質にとってるんだよ」

「なにっ、それはっ!?」

 

 自分が人質扱いされていたのは想像がつくが、それ以外の人質が居た事にミコトが動揺する。

 タイミング悪く、通路の奥から聞こえる悍婦達の声に舌打ちし、ミコトが気絶させるために腕に力を込めようとした瞬間、アマゾネスは彼女の足を絡めとり、首元に突き付けられた短剣を奪い返すや否や、ミコトをすぐそばの扉の向こうに押し込んだ。

 

「じっとしてろ!」

「なっ!?」

 

 扉を静かに閉じ、自身に背を向けて扉の向こうを伺うアマゾネスの姿に理解が及ばずに立ち上がって刀を抜くに留まるミコト。

 そんな彼女を無視し、扉の向こうを伺っていたアマゾネスは、廊下を仲間が駆け抜けていったのを確認すると、刀を突き付けてくるミコトに振り返った。

 

「アンタの目的は春姫の救出か。悪い事は言わない、春姫は諦めた方が良い」

「戯れ言を」

「……信じる信じないはアンタの勝手だけどね。【イシュタル・ファミリア】は一枚岩じゃない」

 

 両手を上げ、抵抗する気は無いと示すアマゾネスの行動にミコトが訝しみながらも静かに間合いを詰める。騒がれる前に鎮圧せねばと焦る彼女に対し、そのアマゾネスは溜息を零して早口で手短に語った。

 

「アタシら戦闘娼婦(バーベラ)の中には、元は他派閥に居た奴も居る。どいつもこいつも脅されて、魅了(せんのう)されて従ってんのさ。その筆頭がレーネ・キュリオだよ」

「……その言葉こそ、洗脳されて言わされているだけやもしれません」

「だろうね。だから信じるかはアンタに任せるよ」

 

 隙を伺いながらも、彼女が騒ぎ立ててミコトを追い詰める真似をしていない事から、信じるとまではいかずとも話を聞く価値はあると判断し、続きを促す。

 

「手短に言うけど、一部の戦闘娼婦(バーベラ)、レーネの班に割り当てられてる奴らは2割はこの騒ぎに乗じて【イシュタル・ファミリア】を滅ぼす積りだ。っつっても10人も居ないけど」

「……それで、自分に何を要求する積りですか」

「ロキやガネーシャの所に連絡が行くように優先して欲しいだけさ」

「それならミリア殿が────」

「ノースリスならレーネがもう捕まえたよ」

 

 肩を竦めながら放たれた言葉に、ミコトが息を呑んだ。

 透明状態で逃走を図ったミリアが捕まった。信じられない、と表情を険しくするのを他所に、アマゾネスは続けた。

 

「春姫を諦めて、アンタはこっそり抜け出してロキかガネーシャの派閥に連絡入れてくれよ。アンタの隠密技術ならいけるだろ? 人質の心配はいらない、レーネが何とかする」

 

 目の前の敵意を感じられないアマゾネスの言葉を信じるべきか、判断に窮したミコトは、遠くに響くベルの陽動音を聞いて首を横に振った。

 

「申し訳ありませんが。貴女の話は信じられない」

「はっ、好きにすれば良いさ。期待はしてなかった……春姫は四十階層、空中庭園の近くの待機所に居る。護衛の人数は7人、フリュネとアイシャも一緒に居る。まあ、フリュネとアイシャは『兎狩り』で出てるかもしれないけどね」

 

 無造作に情報を零すと同時、アマゾネスは短剣をミコトに向けて構えた。

 

「やはり、敵……いや、敵意が無い?」

「当たり前だろ、アンタに恨みなんか無いし、敵対する気も無い。でも、命令されてんだよ────アンタの腕なら、アタシなんかサクッと殺せるだろ? さっさとアタシを殺していきな」

 

 アマゾネスは自分を殺して進めと吐き捨てると同時、無防備に短剣を振り上げて一直線にミコトに躍り掛かる。

 あまりにも無防備なその攻撃に対し、罠を警戒しながらもミコトが峰打ちで意識を狩り取る。非常に呆気なく、何の抵抗も見せずにその攻撃を受け入れ、アマゾネスが倒れ伏した。

 

「……いや、まさか……ですが」

 

 昏倒し、倒れたアマゾネスを見ながらミコトはほんの僅かに思案する。

 ミリアが捕まったのであれば、誰かが代わりに外部に連絡しなければいけない。しかし、時間が限られる今、自身の目的である春姫の奪還を無下には出来ない。

 

「どうすれば……いや、きっとこれは此方を惑わす戯れ言に違いない」

 

 真に受けるなと自身に言い聞かせ、ミコトは窓から外に出て、外壁を伝って登り始めた。

 信じるか否かは、春姫の居る部屋を見つけてからで良い、と。

 

 

 

 

 

 四十階層、待機室とされている一室にて、春姫は動揺していた。

 突然宮殿(ホーム)が騒がしくなったかと思えば【リトル・ルーキー】────ベル・クラネルがたった一人、この宮殿に殴りこんできたと報告があったのだ。

 報告を聞くや否や立ち上がり、部屋を駆け出そうとした春姫は同室で待機していた戦闘娼婦(バーベラ)に制止された。今や逃走は許さぬと両脇にアマゾネスが張り付き、睨みを利かされている。

 極東の赤い装束を身に纏い、椅子に腰掛ける春姫の尾が、雄弁に彼女の心境を語っていた。

 

「あの子、が……」

 

 誰にも聞かれる事のない呟きが、彼女の唇から零れ落ちる。

 何で、どうして、止めて、懇願する様に宮殿に満ちた喧騒に掻き消える声の欠片。

 定まらない視線を床に向け、春姫は恐れる様に自らの身を掻き抱いた。

 

「人質を使えば早いだろぉ? あァ?」

「そ、それは……その……」

 

 部屋の一角で春姫がうつむく中、フリュネが報告に来ていた団員を睨みつけていた。

 宮殿内部への侵入を許し、あさつまえ未だに捕まらない『兎』に対し対応策を講じろと喚くフリュネ。

 そのヒキガエルの喚き声を聞きながらも、アイシャは卓に広げられた宮殿の地図を睨みつけながらベルを追い詰める算段を付けている。

 

「チッ、人手が足りない……仕方ない。お前達は増援に行きな、この部屋には私が残る。理想は三十……いや、三十二か、三か」

 

 どの階層で追い詰めるかと模索していたアイシャは、他の戦闘娼婦(アマゾネス)に指示を出した。

 自分も春姫の護衛に付く、と発言する彼女だったが、ベルが捕まらない事に業を煮やしていた巨女が異議を唱える。

 

「勝手に抜かしてるんじゃないよ、アイシャ。お前も、アタイと一緒に兎狩りに行くんだよぉ」

「……あぁ?」

「前に『殺生石』を壊して、アタイ達の手を煩わせた事を忘れたとは言わせないよぉ」

 

 ヒキガエルを連想させる巨大な顔をアイシャの眼前に寄せ、フリュネは彼女を見下ろした。

 

「この混乱に乗じて、春姫を逃がす積りじゃないかぁ? お前は信用ならない。アタイの目の届くところに置いておくぅ」

 

 団長の言葉に他の戦闘娼婦(バーベラ)がうろたえる。

 主神(イシュタル)の『魅了』によって反旗など翻す事が出来ないアイシャは、馬鹿が、と吐き捨てた。

 

「【リトル・ルーキー】は明らかに囮だろ。本命は春姫を狙う【絶†影】、それに此処から逃走してロキとガネーシャに連絡を入れようとする【魔銃使い】だ」

「たかがLv.2の第三級ごとき、アタイとお前が居なくても問題ないだろうがぁ」

 

 同室に居る戦闘娼婦(バーベラ)はアイシャとフリュネを除いて全員がLv.2。

 Lv.3に到達している戦闘娼婦(バーベラ)は殆どが宮殿内で暴れ回るベル・クラネルの捕獲に回され、残る数人もミリア・ノースリス捕獲の為────付け加えるとレーネの見張りに回されている。

 ミコト程度、ここに居る戦闘員だけでどうとでもなる、と鼻息荒くフリュネが指摘する。

 

「レーネの方が捕獲に失敗すればその瞬間、私達はお陀仏だろ。港町(メレン)で【凶狼(ヴァナルガンド)】に一蹴されたのを覚えて無いのか?」

 

 【イシュタル・ファミリア】は過去、港街(メレン)で【ロキ・ファミリア】と事を構えている。

 その際、フリュネは【剣姫】を相手に、春姫の魔法を使用する事で優位に立つ事が出来た────しかし、その際に月の光によって強化された【凶狼(ヴァナルガンド)】に、文字通り一蹴されて撤退している。

 

「あれは途中で魔法が切れて────」

「魔法があれば、【勇者(ブレイバー)】【重傑(エルガルム)】【九魔姫(ナインヘル)】【剣姫】【大切断(アマゾン)】【怒蛇(ヨルムガンド)】……加えて、()()()()()()()凶狼(ヴァナルガンド)】を相手取れるってか、馬鹿も休み休み言え」

 

 加えて【ガネーシャ・ファミリア】から【像神の杖(アンクーシャ)】まで出張ってくる。そうなれば間違いなく手に負えない。

 

「ミリア・ノースリスに対して人質として使う為にも、あの時一人も殺さずに全員捕まえてありゃ……」

 

 ────ディンケ・レルカン達襲撃の際、フリュネは幾人かを殺害した。

 アイシャはレーネと共に『殺さず全員生け捕り』を提案した。珍しく、あの何を考えているのかわからないレーネと同意見と言う事もあって、気持ち悪さはあったものの、後の事を考えれば『殺す』より『人質』の方が良いとの判断だった。

 しかし、フリュネはアイシャの作戦を拒んだ。理由は────()()()()()()()()()()()()

 そんな馬鹿な理由で、と吐き捨てるアイシャとレーネの二人を、フリュネは一笑して馬鹿にした。

 

「兎狩りに人質が使えない理由。アンタにもわかるだろ?」

 

 ミリア・ノースリス捕獲の為に人質を使用しているから。

 もし人質がもう少し人数が居れば、もっと状況はマシだっただろう。加えて言うなれば、『殺し』さえしていなければ【ロキ・ファミリア】も【ガネーシャ・ファミリア】も手心を加えてくれた可能性だってある。

 しかし────命を奪った敵、仲間を殺した者に対して、どんな行動に出るか考えるまでもない。

 

「それに、レーネの部下共が勝手に動いてる。私達の知らない所で何やらかしてるんだか……」

「うるさいんだよォ!!」

 

 フリュネが引き起こした数多くの失態、そしてもっと疑うべき者に対する忠告。どれもが【イシュタル・ファミリア】と言う派閥の為に放たれた苦言であるそれらを、本人は大喝で遮った。

 部屋に居た全ての者を怯ませる大咆哮、戦慄する者達を他所に、フリュネは血走った眼球で、毅然とした態度を揺らがせないアイシャを睨んだ。

 

「お前はアタイの言う事を聞いていればいいんだよォ。また、その顔を潰されたいかいかァ?」

 

 体格に見合った巨大な口から強い口臭を吐き散らす巨女を、今度はアイシャが睨み返した。

 

「アンタの作戦を実行してたら、とっくの昔に【イシュタル・ファミリア】は更地だったろうね」

 

 過去、『殺生石』を破壊し、イシュタルに引き渡されるまでフリュネの手で徹底的に痛めつけられた過去があろうと、アイシャは【イシュタル・ファミリア】を存続させる為に尽力し続けてきている。

 其処だけは、義理を通していると毅然とした態度を崩さない。

 

「黙りなァ!! ……お前がよく構っている不細工共も、同じ目に遭わせてやろうかァ?」

 

 アイシャの顔が、ここにきて初めて歪んだ。

 部屋に居る戦闘娼婦(バーベラ)の一部が、怯えながら二人のやり取りを見守っていた。

 団長(フリュネ)より信頼の厚いアイシャは多くのアマゾネスに慕われている。それも、年若い少女達が多く、そんな彼女達をアイシャは妹の様に────春姫と同じぐらい────面倒を見ていた。

 

「忘れたか、アイシャァ? また妙な事をすれば今度はお前だけじゃぁない、他の奴も巻き添えを喰らう……イシュタル様にも忠告されただろうォ?」

 

 アイシャ・ベルガと言う女傑は、女神イシュタルに忠誠を試されている────玩具にされている、と言い換えても良いかもしれない。

 完璧に『魅了』されて女神の傀儡にされるでもなく、恐怖を植え付けられたまま春姫と妹達を天秤にかけさせられている。常に苦悩し、葛藤を抱えさせる為に。

 それが『殺生石』を破壊したアイシャに、女神が科した罰だ。

 押し黙るアイシャに、返事をしな、としゃがれた声がぶつけられる。

 

「……わかったよ」

 

 フリュネの哄笑が響く中、アイシャは小さく溜息を零した。

 

「本当に、今日が最期の日になっちまうだろうが……」

 

 武器を手に取り、最低限の戦闘娼婦(バーベラ)を残してアイシャを従えたフリュネが部屋を出る直前、命令を放った。

 

「時間になったら、祭壇に移動しなぁ。儀式の準備をしてるサミラ達に春姫を引き渡せぇ」

 

 アイシャと、彼女を慕う少女達を連れ、巨女は部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

「それで、私を信じる? この場で殺す? 私はどちらでも良い、けど、急いでね?」

 

 仲間を殺した、とその口から放った仇敵の言葉。

 それを信じるか、否か。

 

「今すぐ、決めた方が良い。もうすぐ、ベル・クラネルが捕まっちゃう」

 

 向けられた短剣をそのままに微笑み、懇願するその女戦士(アマゾネス)

 空は青い闇に覆われ、黄金の真ん丸が顔を見せていた。星々は未だ顔を出していないが、気の早い一番星は既に輝きを放っている。

 迷い、苦悩し、葛藤する時間はない。目の前に出された選択肢の中で、最も良いモノを選ばなければいけない。

 目の前のアマゾネス、レーネ・キュリオの言葉を信じるか、それともこの場で殺すか。

 

「信じなくても良い。私を殺しても良い、でも────【イシュタル・ファミリア】は滅ぼして欲しい」

 

 ────────あぁ、そうか、そうだな。

 

「どちらにせよ、貴女の最終目標が【イシュタル・ファミリア】の壊滅ならば……私に選択肢なんて無いでしょうね」

 

 決めた────こいつは殺そう。

 

「貴女は殺します」

「うん、良いけど、殺れる?」

 

 ────ああ、必ず。

 

「ですが、今じゃない」

 

 今じゃない、今この時、この瞬間に殺すのではない。

 

「この一件が終わったら、殺しにいきます」

 

 【イシュタル・ファミリア】を滅ぼしたら、殺してやる。

 

「良いよ。って言いたいけどちょっと難しいかなぁ……だって途中で死にそうだし?」

 

 作戦が露呈したり、何らかの不都合があったり、とにかく不確定要素が多い。だから、途中で死ぬ可能性は高いだろう。

 それでも、だ。

 

「死ぬ気で生き残ってください。私が貴女を殺すんで」

「……オッケェー! じゃあ頑張って生き残るよ。逆に死なないでよ? それだと困るし」

 

 雲のようにふわふわとした笑みを浮かべる彼女に、短剣を返す。

 エリウッドを抱え直したレーネが、楽しそうに言った。

 

「私は貴女に殺されるまで絶対に死なないよ。だから、頑張って【イシュタル・ファミリア】を滅ぼそうねぇ~」




 読者に伝わるかわかんないんだけど、シリアス展開って読む分には苦痛じゃないんだけど、書いてるとすっごく辛い。
 続きは自分が考えてるからわかるんだけど、書かないと自分で読めないからだろうなぁとは思う。


 ダンまちOVAⅡ『無人島に薬草を求めるのは間違っているだろうか』…………書いて良いかな、すごい酷い事になるのがわかりきってるOVAⅡの奴を書こうかな。
 もう全力全壊でふざけていく形で、本編シリアスぶち壊すコミカルでシュールな奴を

 フィン『どんな理由があれキノコはキノコ、殲滅するまでさ!』
 ベート『キノコは引っ込んでろ!』
 ヒュアキントス『キノコ風情が吠えるな!』
 アイシャ『へぇ、なかなかそそるキノコじゃないか』
 アポロン『駄ぁ目ぇじゃないか、こんなに可愛いキノコを独り占めしちゃぁ』
 アレス『オラリオのキノコ共に、我が王国の力を見せてやる!』

 ……やっべぇ、どう調理しても混沌とする予感しかしねぇ。

 いや? むしろその混沌こそ、今、必要なモノなのでは?(グルグル目)
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