魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
喧騒激しい歓楽街を見下ろす黄金の月。
一部区域で上がる黒煙と、裏切り者を始末する為に駆けずり回る悍婦達。その姿を横目にレーネは本拠の門を無視し、壁を跳躍で飛び越えて外周の沿路の一角から背後の宮殿を見上げ、溜息を零す。
少し考え事をしたのち、頭を振ると彼女は宮殿の沿路沿いに立つ一つの建物へと足を踏み入れた。
レーネと、その部隊に振り分けられた
レーネの率いる
宮殿内部に裏切る可能性のある者を置きたがらず、かといって外周部だと問題発生時に他派閥が介入してきかねないとの事から、宮殿の直近に宿舎が立てられる事となったのだ。
照明が落ち、闇に塗り潰された廊下。ギシギシと軋む床板の音色を聞きながら、二階への階段を上って自室の前に立つと、レーネは吐息を零して笑顔を浮かべた。
「うん、皆頑張ってる証拠だね~」
室内から感じられる複数の人の気配。自らの足音に反応して警戒心を剥き出しに扉を睨んでいる事を予測しながら、レーネは担いでいたエルフの青年を担ぎ直し、躊躇なく扉を開けた。
廊下同様、照明が灯されていない室内は広々としており、一面を埋め尽くす武器ラックには大量の刀剣や鈍器等、多種多様な武装が置かれている。
衣装棚に大きなベッド。一通りの家具が揃っている室内を見回した彼女は、目の前に突き付けられた半月刀を見て笑顔のまま口を開く。
「ハジメマシテ、で良いかな」
「……エリウッドを返せ」
照明は灯されていない無い室内だが、月明かりが十二分に内部を照らし出している。そのおかげか、目の前に居る人物も、室内でじっとレーネを見つめる侵入者達の姿もしっかりと認識できていた。
半月刀を鼻先に突き付け、鋭い視線をレーネに向ける猫人の青年ディンケの言葉に、彼女は肩を竦めると部屋の奥を指さして呟く。
「とりあえず、この子は返すけど部屋に入れて。他の子に見られると面倒だし」
へらへらと気の抜けたような笑みを浮かべるアマゾネスの姿に、ディンケは舌打ちを零すと同時に彼女を招き入れる。当然、武器は突き付けたまま。
室内に居る面子を見回してから、担いでいたエリウッドをその場に下ろして両手を上げる。
背丈の低い幼い女神。角髪の武神。そしてその眷属達と、部屋に待機させていた人質二名を見ると、レーネは笑顔を浮かべた。
「あの子達は上手くここに貴方達を誘導できたみたいだね」
「……ああ、キミがレーネ・キュリオで良いんだね?」
「うんうん、そっちは女神ヘスティアで良いのかな? そっちの男神様はタケミカヅチ?」
宮殿直ぐそばの宿舎。その内部に侵入者であるヘスティア達が居る事に対し驚くでもなく、さも当然と言わんばかりに落ち着いた雰囲気で対応しはじめるレーネ。
彼女の落ち着きっぷりにヘスティアが眉を顰めつつも、質問を飛ばした。
「キミが僕たちを誘導する様に、あの子達に命令したのかい?」
あの子達────攫われた眷属の救出の為に歓楽街に殴り込みをかけた女神達の前に唐突に現れ、女神達を攻撃しようとしたイシュタルの眷属を撃破してこの宿舎に密かに連れ込んだ
突然の出来事に驚きながらも、予め『裏切り者』が内部に潜んでいる事を藍色の女神に知らされていたヘスティア達は、その者達に従って此処に足を踏み入れた。
その直後、彼女達は『レーネが残り一人を連れてくるまで大人しくしてて』とだけ伝えると、そのまま宮殿へと駆けていったのだ。
「うん? ……あー、うん、えっとね? 誤解しないで貰いたいんだけど、私はその子達にそんな命令は出してないよ?」
「え?」
「私が命令してたら、イシュタル様に
部下の一部が外部から救助に来るであろう女神達の行動を予測し、レーネが裏切る作戦を隠しもせずに廊下の掲示板に張り出す真似をしたことで、その一部の
会話を続ける女神と裏切り者の少女だったが、ふとレーネはディンケの容態を確認していたメルヴィスとヴェルフに声をかけた。
「そこの棚に気付け薬があるから、使って良いよ。
無造作に投げられた鍵は、警戒しながらハンドクロスボウを構えていたリリの前に落ちる。
警戒しながらも、リリが鍵を拾い上げて千草に投げ渡す。部屋に併設された倉庫の扉に鍵を使い、千草が奥を確認しに行った。
「あの、その子の言う通り、武器が沢山と……魔剣も五本ぐらい。後は
千草の報告を聞いたタケミカヅチとヘスティアが頷き合う。藍色の女神の言葉の通り、敵対心は一切無く、むしろ協力的な姿勢を見せるレーネの姿にヘスティアは静かに胸をなでおろした。
「ディンケ君、この子は大丈夫だ。あの子達と一緒で、敵対する気は無いみたいだ」
「……まあいい、変な事したら殺してやるからな」
刺々しい視線をレーネに向けたまま、ディンケが半月刀を鞘に納める。しかし、柄には手をかけたまま、いつでも抜ける様に身構えている。
「本当に、敵じゃ無いんだな」
「みたいですね。正直、半信半疑でしたが」
ほんのりと驚きの表情を浮かべたヴェルフとリリの言葉に、レーネはくすりと笑い、女神を真っ直ぐ見据えた。
「状況を説明するね」
「ああ、頼むよ」
現在【イシュタル・ファミリア】内部で暴れてる『裏切り者』の
宮殿内部ではベル・クラネルの逃走を手伝おうとしてる子達が何人か居るが、警備が厳しくすぐ鎮圧される可能性が高い。
ミリア・ノースリスの方は儀式場に連れて行かれ、どうなったかは不明。儀式場には100を超えるLv.3の
更に第一級冒険者の団長、フリュネ・ジャミールも待機中。
ミリアについては『人質』の件もあって一切の行動は不可能。ベルの方は『裏切り者』が手を出して逃がした可能性大。
更に『青い閃光弾』を合図とし、レーネが人質の殺害を行う事。
ペラペラと隠す事も無く自らの知る現状を語っていくレーネ。そんな彼女を女神と男神が見据え、嘘を吐いていないかを識別していく。
「青い閃光弾が上がっていたら、人質を殺す、と?」
「うん、キミ達も持ってきてるんじゃない? それ打ち上げるのやめてね? 万が一にでも私が反応したら取返しが付かないだろうしね~」
その説明のさ中、千草が震える声で知己の事を訪ねた。
「ミコトちゃんは、ミコトちゃんはみませんでしたか?」
「ミコトちゃん? えっと、黒い髪のヒューマンだよね。その子についてはわかんないなぁ、見て無いし」
桜花が眉を顰め、千草が動揺して身を震わせる。
「状況はおおよそ理解できました。今すぐに動くべきでしょう。【イシュタル・ファミリア】の内部での裏切りのおかげで殆ど時間をかけずに、なおかつ気付かれずに足元まで来れましたし。此処にある
儀式までの時間も四半刻を切っている事もある。
すぐに動くべきだとリリが主張し、同意する様にヴェルフや桜花が頷く。その様子に千草が声を上げた。
「で、でも人質の子達は……その、疲弊してるし、逃がした方が……」
人質として捕まっていたイリスは暴れ過ぎて昏倒中。更に怒りで制御不能。エリウッドは昏倒から回復したものの、万全とは言い難い。
唯一、メルヴィスは無傷に近いが、他に比べてマシ程度であり疲弊している事に変わりない。
「人質の三名は逃がしましょう。護衛として何人か付けた方が良いでしょうね」
「だったら、俺の子に行かせよう」
タケミカヅチが三人の眷属に指示を出そうとした所で、レーネが待ったをかける。
「悪いんだけど、人質を逃がす前に聞いて欲しい事があるんだよね」
「なんだい?」
にへらと緩み切った笑みを浮かべたレーネ。
既に彼女が敵ではないと確信を得ているヘスティアやタケミカヅチは特に警戒も身構えもせずに返事を返した。
何を頼む気なのか、そんな軽い疑問と共に返された返事に対し、レーネは笑顔で告げた。
「────私を殺してくれないかな」
「は?」
ヘスティアが怪訝そうな表情を浮かべ、タケミカヅチが眉間に皺を寄せる。
他の面々も一様に驚いた表情を浮かべて、突然理解不能な発言を行ったアマゾネスを見据えた。
「いや、殺してって、それは……本気なのかい?」
神に嘘は通じない────つまり、女神と男神には、今のレーネの言葉が嘘や冗談の類ではないのは即座に理解できた。彼女は本気で『殺してくれ』とお願いしているのだ。
それでも、信じられないと再度問いかけを投げかけた女神に、レーネは苦笑と共に答えを返す。
「私はイシュタル様に『歓楽街の警戒』を命じられてる。今は
「────なんだって?」
明日の天気でも語るかのように軽い調子で返された返答にヘスティアが表情を曇らせる。
確かに、藍色の女神が与えた情報の中には『レーネ・キュリオは女神イシュタルの命令に逆らえない』というモノがあるのは女神達も知っていた。しかし、彼女の口からさも当然の様に『殺して』等と頼まれた事に面食らった。
「止められないのか?」
「無理、
桜花の質問に笑顔で答えるアマゾネス。短い髪の毛を指先で弄びながら、レーネは告げた。
「ここを出たら、私はあなた達の敵。でも、今は味方だから抵抗しないよ?」
自殺するのは禁じられていて出来ない。部隊の
だが、完全に部外者であるヘスティア達ならそれが可能だ。
「ミリアちゃんに殺して貰う積りだったけど、あの時は人質の件もあったしね」
流石に裏切り者となった下っ端が死んでもイシュタルは警戒しないだろう。しかし、幹部の一人であるレーネが死ねばいくらなんでも美神は動く。そうならない為にも、ミリアとの接触時に殺されそうになったのをそれなりに頑張って説得したのだから、とレーネが笑う。
「それに、私を生かしておいても良い事なんて一つも無いよ?」
命令には逆らえない上、レーネはそれなりに強い。歓楽街内部で戦うのなら、ここに居る面子全員を軽く伸せるぐらいに自分は強い。
唯一の懸念事項は『人質の安全』であったが、それもヘスティア達が合流した時点で解決済み。
「人質が逃げる。つまりこの宿舎から出て行くなら私はその子達を攻撃するよ。最悪の場合は殺害する様に命令されてる」
人質であったイリス、メルヴィス、エリウッドの三名。その内の誰か一人でも
つまり、自分が生きていて良い事は何もない。今までは『人質の安全確保』の観点で生きている意味はあったが、それが無い以上自分の存在は害にしかならない。
「だから殺してよ。別に恨まないしさ」
怯えも恐怖も、何も感じさせない笑顔で告げるレーネの姿にヘスティアの背筋が震える。
彼女の言う事には一理有る。このまま彼女を野放しにすれば確実に敵対する羽目になるし、共に行動するのは不可能。
「キミは……まさか……いや、キミを殺すのは流石に駄目だ。手足を縛って拘束を……」
「それは、止めて欲しいかなぁ。拘束が壊れるか
苦笑と共にレーネが窓際から夜空を一瞥してから、室内に居る面々を見回す。
「時間はもう無いよ。早く決めた方が良い」
このまま、儀式を実行されればタケミカヅチ派の目的である『春姫の救出』は叶わない。
更に『ミリアの救出』や『ベルの救出』も時間経過と共に達成困難になるか、失敗してしまう。
即座の決定を求める、と。
自らの死を求める姿に、ヴェルフが口元を歪め、リリが僅かに身を引く。
透き通ったレーネの瞳には、何も映っていない。無機質な訳ではないが、其処にあるべきはずの『恐怖』や『怯え』と言った感情が抜け落ちているのだ。
協力的な存在を殺さないといけない、そんな選択を迫られたヘスティア達が戸惑う中、ふとレーネは窓の外、夜空を飛翔する赤い光弾を見つけて目を見開いた。
「あー、えーっと……そっか、うん、ごめんなさい女神様」
「な、なんだい?」
「今すぐ私を殺すか、殺せないなら人質だけは歓楽街から逃がしてね?」
突然、レーネが焦った様に早口で述べる。
その姿にヘスティア達が驚愕するさ中、彼女はとびっきりの笑顔を浮かべて窓の錠を外した。
「今から、イシュタル様の所に行く。高確率で
「おい、待て、そりゃあどういう────」
「だから、次はちゃんと殺してね?」
ディンケが半月刀を抜き放ちレーネに突き付けるのとほぼ同時、彼女は窓を開けてその身を投げた。
「なっ、逃げやがった!?」
逃げていったレーネを追うべく、ディンケが窓から身を乗り出してその姿を追えば、既に宮殿外周部をすさまじい速度で鞭を使い駆け上がっていく後ろ姿が見えていた。
ディンケが室内に振り返り、ヘスティア達を見据える。
「どうすりゃいい。副団長が不味いんだろ、急ぐべきじゃないか?」
「……人質の子達だけは先に逃がそう」
「なら、俺の眷属に先行させて安全確保してからだな。時間も無い、人質を救助できたんだ、後はベルとミリア、ミコトに春姫だ」
頷き合った彼らは、蒼い夜空を見上げて行動を開始した。
宮殿外周部、煌びやかな外壁を鞭を使いひたすらに駆け上がっていたレーネは、先の女神達の事を思い浮かべて苦笑を浮かべていた。
「優しいねぇ。サクッと殺せば簡単に済むのに」
命が惜しくないのか、と問われたらレーネはこう答えるだろう。『生きてる方が辛いよね』と。
仲間殺しの罪を背負ったあの日から────否、それより前、主神を守れなかったその日から、彼女にとってこの世界は地獄に変わった。
だから、命を惜しむ感情はとっくの昔に消え、唯一残っているのは復讐心。それもまた、度重なる『
「……でも、いっか。もうすぐ皆の所に行けるし」
この作戦が成功するしないに関わらず、どのみち、今夜命を落とす事に変わりない。だからこそ、死の恐怖よりは、死後に主神や先に逝った仲間との再会への想いの方が強い。
けれども、小人の少女も、白髪の少年も、幼女神も、誰しもがレーネの境遇に同情した様な表情を見せる。それがほんの僅かに申し訳ないと口元を歪め、レーネは二十階の窓枠に取り付けられた格子に鞭を絡み付かせ────ふと、視線を感じて歓楽街の方へ意識を向けた。
外壁を鞭で登る姿は悪目立ちする。故に、普段から視線はそれとなく感じてはいたが、今回のそれは奇怪なものを見る様なそれではない────溢れ返る殺意に満ちた視線だった。
「────あっ」
歓楽街の外周部。第三区画を取り囲む様に、旗が立っていた。
加えて、数え切れない程の者達が剣に槍、斧に槌、武装を手にし今か今かと号令を待っている姿も見える。
レーネの表情が凍り付くのと同時────銀の一線が彼女目掛けて飛翔していた。
「ひぁあああっ!?」
似合わぬ甲高い悲鳴を上げながら、鞭を巧みに操りその攻撃を回避する。
動きを止めずにレーネが振り返った先、先ほど自身が居た空間を貫いたソレは宮殿の外壁に突き刺さっていた。
通常の矢の倍近い大きさを持つ投げ槍。貫かれていれば命は無かったであろうその攻撃、それも歓楽街外周部から、中央に存在する宮殿を駆け上がるレーネを狙って放たれたもの。恐ろしい遠距離からの攻撃に彼女が背筋を震わせ、歓楽街を取り囲む
「あ~、うわぁ~……動いたんだ。今までこんな事無かったのになぁ」
歓楽街外周部を隙間無く取り囲む者達が掲げる
別館屋上、空中庭園。
広大な平面状の庭園には隙間なく石板が敷き詰められている。その外周はまるで守るかのように無数の石柱が立てられていた。
多分、この石板には……いや、この石造りの庭園は全てに特殊鉱石『
その庭園は今や上空に浮かぶ月明かりを受けて幻想的な光の絨毯を生み出している。────俺が死ぬ場所としては、随分とまあ豪勢で幻想的な事で。
「サミラ、準備は終わっているのかァ?」
「終わってるよ。見りゃあわかんだろ? 後は月が完璧に満ちて魔力が満たされるのを待つだけだ」
終わってんじゃねぇよ。なんかへまして準備が伸びてりゃよかったのにさ……ごねた所で何かが変わる訳ではないが。
広大な庭園には、嫌と言う程、
全員かは不明だが、半分以上が確実にLv.3の第二級だろう。ギルドの
「行くよォ」
素足でドスドスと鈍い足音を響かせてあるく怪物に先導され、中央に向かっていく。
淡い青色の光に包まれた庭園の中で最も強く光を放つ石壇。三本の石柱から光が剥がれ、青白い光粉が浮かんでは、風の影響を受ける事無く月の光に導かれる様に霧散していく。
この庭園に築かれた祭壇は、『殺生石』の効果を高める為の
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべて目を細めるフリュネを他所に、春姫の姿を探す。しかし、アマゾネスの群れに遮られているせいか見つけられない。
「春姫ェ!? 何をぐずぐずしてないで祭壇に入りなァ!」
祭壇から振り向いて大声を放つヒキガエル。五月蠅ぇな。
自然とアマゾネスの人垣が割れると、その奥に居た。
装束を身に纏い、緑の瞳を赤く腫らしながらも表情を消してしずしずと歩んでくる、少女の姿が見えた。
俯いたその視線は足元の発光する石板に向けられており、人形の様に言葉を放つ事無く祭壇に歩もうとしていた。
「フリュネ・ジャミール」
「あァ?」
「……先に、私の儀式をした方が良いと思うけれど」
思わず、口に出していた。
『人質』と言う最悪の札を相手が持っている以上、俺に出来る事は何もない。
ましてや、フリュネやアイシャ、更に第二級の戦闘娼婦が両手両足の指の数で足りない程に居るこの場において、暴れた所で焼け石に水。人質が無くとも何も出来ない。
とはいえ、だ……従順な春姫より、反抗的な俺を優先した方がやりやすいだろうというのは本音だ。
後か先かの話なら、俺が先でも良いだろう。無論、死にたい訳じゃないが、ちょっとでも春姫の生存率が上がるならそれでいい。
「何を企んでるんだぁ?」
「…………ベルかミコトが春姫の救助に来る時間を稼ごうと思っただけよ?」
顔を近づけて酷い口臭をぶつけてくるフリュネに、包み隠さずに答える。
「ゲゲゲゲッ、おかしなことを言うねぇ? そんなに死にたいのかぁ?」
優先度を考慮したら、俺が先の方が良いってだけの話なんだがね。
────自分を蔑ろにしないって
…………約束、したんだけどなぁ。ああでも、仕方ないじゃないか。
だって、俺より春姫の方が優先されるべきだというのは、誰がどう見ても明らかだろうしね。
フリュネの口臭攻撃に耐えていると、息を呑む音が響いた。
「うそ……どうして、ノースリス様が……」
春姫が被っていた人形の様な無表情の仮面が罅割れ、驚愕の表情を浮かべて俺を見ていた。
巨女が傍にいたのもそうだし、小柄だから気付かれていなかったのだろう。春姫は今まさに気付いたらしい。
「こんばんは、死ぬには良い夜ね」
満月の夜に死んだ経験のある俺が言うんだ。間違いない。
そんな冗談めかした挨拶に、春姫は直ぐに唇を引き締め、表情を消そうとした。一瞬だけ潤んだ瞳は、即座に春姫が瞳を閉じた事で見えなくなる。
「どうして、ノースリス様が此方に?」
平坦に、感情を感じさせない様にと心を押し殺して放たれる春姫の言葉。それにどう返事をしようかとほんの一拍だけ口を閉じた瞬間、フリュネが割り込む。
「『人質』が居て逃げられないよォ。この『青い閃光弾』を上げたら即座に『人質』が殺されちまうからねェ?」
巨大な手に握られたちっぽけな青い閃光弾を見せびらかすフリュネ。
ソレの所為で下手な動きが出来ず、こっちは何ひとつ抵抗が出来ないのを良い事に威張り散らす巨女。ああぶっ殺してぇなぁ、クソが。
「……っ」
「ま、春姫は気にしなくて良いわ。それより────先に私の儀式を優先したらどう?」
「何を企んでいるのか知らないけどぉ、アンタの言う通りにすると思うかァ?」
まあ、そう言うだろうなぁ、と言うのは予想通り。
しかし、事実として今現在俺を優先する理由はあると思うがね。
「貴方達の中から、裏切り者が何人も出てると聞いたわ。春姫と違って、私は隙が出来たら即座に逃げるわよ?」
「人質を見捨ててかぁ?」
「その人質、裏切り者が取っていくかもよ」
言葉で時間を稼ごうと巨女の大きな口を前に余裕そうな笑みを浮かべて屁理屈をこねる。流石のフリュネも俺の言葉に思うところがあるのか少し考え込み『あの不細工の奴が……』とぶつぶつと呟き始める。
どうにかして、春姫の儀式だけでも遅らせておこう。他に出来る事が何も無いから、せめてこのぐらいは……。
そう考えて更に畳み掛けようとした所で、小さな叫びに遮られた。
「駄目ですっ!」
春姫が小さく拳を握り締め、俺を真っ直ぐ見つめて口を開く。
「儀式は、
何かを堪える様に唇を引き締め、春姫は俺が口を開くより前に自ら祭壇の中央に足を運んでいく。
彼女が何を言いたいのか、なんとなく理解はできた。きっと、俺を助けたいと思っているんだろう。
この後に及んで、彼女は自身ではなく誰かを救おうとしている。けれども、俺は何もできない。ベルも、人質が居ては思う様に動けない。ミコトもまた、同様。
誰かが人質の解放をしてくれない限り、動けない。そして、今の春姫では人質を逃がせない……だから、彼女に出来る事は先に儀式の生贄になって、俺が生贄になるまでの時間を引き延ばす事のみ。
────どうして、其処で俺と同じ結論が出てくるんだか。
「……変な奴だな」
「自分から死にたがるなんて」
「
ひそひそと
アイシャの手が痙攣し、彼女が強く唇を噛み締めたのが見えた。
「アイシャァ、変な事を考えるんじゃ無いよォ?」
「わかってる。わかってるさ……ああ、わかってる」
フリュネの脅し混じりの揶揄いの言葉に、アイシャが自分に言い聞かせる様に幾度なく言葉を繰り返す。
ああ、何か行動を起こしたいが、何もできない。
逃げるだけなら可能性はゼロじゃないとは思う。だが、逃げれば人質の命はないだろう。
────何かを犠牲に、自分だけ助かるなんて、前世で行ってきた行動だ。
また、もう一度繰り返すのか? 否、そんな事は出来ない。出来る筈が無い。
どの行動が正解で、不正解なのか。未来を見通す事が出来ない、未知を暴ききれない人の身で自問自答を繰り返す。
祭壇の中央で跪いた春姫が、三本の石柱から伸びる鎖に繋がれていく様子を眺める。儀式まではまだそれなりに時間がある。
この儀式場に満ちる青白い光が、赤色になった時がその刻限。ならば、まだ時間はある……きっと、気休め程度でしかないだろうが、それでも……。
「────お前達、其処を通せ!!」
ふと、後方の
アマゾネス達が道を開ける中、何事かと振り返ったフリュネとアイシャの前に獣人の青年が飛び出してきた。
確か、イシュタルの側近の一人だっただろうか。レーネ曰く女神ウェヌスの死の原因となった裏切り者で、レーネの幼馴染だったらしい人物。
何かあったのかと騒がしくなる中、その獣人の青年がフリュネを見上げて口を開いた。
「今すぐミリア・ノースリスを使用して儀式を執り行え」
「はァ? 何様の積りだぁ」
「イシュタル様からの命令だ、今すぐ、ミリア・ノースリスを使用して儀式を執り行え!」
高圧的に、団長であるフリュネを前にしても怯む事無く言い捨てる獣人従者。そいつが何者なのか、と言う情報が頭から吹き飛んだ。
────今すぐ実行? 俺を、使って?
「まだ儀式には早いだろぉ」
「関係無い。即座に実行しろ。イシュタル様の命令に逆らう積りか!」
どよめく
振り返って祭壇を伺うと、鎖を手に動きを止めた儀式準備中のアマゾネス二人と、それに挟まれて表情を強張らせて泣きそうな春姫と目が合った。
「……日頃の行い、かしらねぇ」
それとも、前世の行いだろうか。
心を殺して、我儘を全てのみ込んで、誰かに犠牲を強いて、大事な誰かを犠牲にして、自分の命と、最も大事な『人質』を守る事だけに執着して生き続けた怪物は、満月の夜に死んだ。
心の赴くままに、妙な我儘を押し通して、誰も犠牲にしないようにして、大切な誰かを守ろうとして、自分の命を軽視した大馬鹿野郎は、またしても満月の夜に死ぬらしい。
…………金色まんまるお月様、どうやらアンタは俺の死神らしい。
綺麗だし、嫌いじゃないんだがなぁ。
【フレイヤ・ファミリア】が全力行動なう。
外周取り囲んで一人も逃げられない様にしてますねぇ。その上で戦闘員は片っ端から潰す作戦。
ちなみに、フィア&サイアが割と無遠慮に戦闘娼婦を殺害してますが、内部の裏切りでゴタゴタしてるせいでイシュタル様が外部からの攻撃ではなく、裏切り者の手にかかったと誤認してるのでまだ、バレてないです。
実は珍しく午前中に更新予定だったけど、ドルフロのドロ限掘りに集中し過ぎて危うく更新忘れかけたのは内緒()
クラエスは15回で出たのに、アンジェリカは3桁回しても出ないのが悪いよぅ