魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一七四話

 祭壇に上り、指示されるがままに両膝をついた。

 石板から伸びる無数の鎖が手、足、そして胴に首と厳重に巻き付けられていく。

 『殺生石』に魂を移し替える為、(からだ)から魂を引き剥がされる想像を絶する苦痛を伴うらしい。故に、こうして厳重に鎖で『生贄』を固定して暴れ狂うのを防ぐのだという。

 

「お願いします、どうか……どうか、ノースリス様だけは……」

「黙りなァ!」

 

 懇願する狐人の少女とその懇願を一喝して黙らせる巨女。祭壇の上からその様子を眺めていると、春姫と目が合った。直ぐに俯いて逸らされてしまったが。

 全ての鎖での固定が完了し、準備を行っていたアマゾネス達が祭壇から下りていく。

 所々に焼けた跡や血の跡等が残るローブ、擦り切れた革靴、左手に装着した『竜鱗の朱手甲』以外はボロボロな装いで、長い髪も乾いた血が所々にこびり付いている。貧相な体躯と言い、ともすれば今の俺は貧民街から選出された孤児の生贄にも見える事だろう。

 もしくは、散々拷問の限りを尽くされた後に処刑台に上った罪人。むしろそちらの方が合っている気もする。

 

「『殺生石』を用意しな」

 

 派閥幹部(サミラ)の一声に反応して、複数の戦闘娼婦(バーベラ)が厳重に守っていた箱から一本の剣と、一つの宝珠が取り出されるのが見えた。

 より一層、悲壮感の増した春姫に微笑みかけ、その宝珠に視線を向ける。

 随分と、綺麗で禍々しい代物だ。血の様に紅く、拳大の大きさのそれは、まるで何かを求める様に脈動しているかのよう紅光を揺らす。

 その宝珠を長剣、儀式剣の柄に取り付けると、俺を殺すであろう刃が月の光で鋭い光をちらつかせていた。

 準備が整ったと言わんばかりに、儀式剣を手にしたサミラが祭壇に上る。迫る死の恐怖が背筋を焼く感覚に、自然と俺は笑っていた。

 

「は、ははは……」

「……気でも狂ったか」

 

 おかしなモノを見る様な目で此方を見下ろし、目の前で儀式剣の切っ先を此方に向けるサミラ。

 

「おい、さっさと狐人(ルナール)になれ」

 

 声をかけられ、気付いた。そういえば儀式を行うには狐人(ルナール)でなければならない。

 狙撃手(クーシー・スナイパー)がそれに該当し、丁度そのクラスが俺の背に刻まれている。ここで拒絶すれば時間稼ぎが出来るだろうかと、一瞬だけ脳裏に過るもフリュネがこれ見よがしに手にしている青の閃光弾を目にすれば、抵抗する気力は即座に毟り取られて消え失せる。

 指示に従い、クラスを入れ替える。

 無垢で、いくつもの可能性を秘めた無垢な少女(ニンフ)から、命を計る天秤と言う名の引き金に指を掛け続ける無慈悲な狙撃手(クーシー・スナイパー)に。

 

「まあ一応聞いてやる。最後に、言い残す事はあるか?」

 

 慈悲の積りだろうか。サミラと呼ばれていた派閥幹部の女の問いかけに笑顔を返す。

 遺言、になるのだろうか。この女にソレを教えて何か意味があるのかわからないが。

 そうだな、もし言い残すならば……よくも、大事な仲間を殺しやがって。という恨み節だろうか? それとも、ヘスティア様やベル、家族に残す遺言か。いや、春姫に対する謝罪の方が良いだろうか? 考え出せば際限無く湧き上がってくる言葉の数々。どれも伝えるのに遅すぎる気もする。

 

「何も無いのか。だったら────」

「何をしているサミラ、早くしろっ!」

「るせぇな……」

 

 獣人従者の急かす声にサミラが不愉快そうに眉を顰め、儀式剣の切っ先をこちらに向けた。

 

 ────月光(ひかり)刃金(はがね)を通して俺の瞳を射抜く。

 

 恐ろしい程に研ぎ澄まされた刃。

 鏡の様に黄金の月が刀身に映る。

 美しくも悍ましい紅光を放つ宝珠。

 

 ベルは、ミコトは、救援はまだ来ない。

 

 あ、言い残す事あったわ。

 

「春姫────泣かないで」

 

 俺の為に涙を流す必要はない。

 嬉しいけれど、申し訳ないから。

 

 ────救援は、間に合わない。

 

 割とあっさりと、俺の想像するより簡単にその刃は胸に突き立てられる。

 宝珠の光が増し、儀式場を幻想的に彩っていた青色の光は染まる様に一瞬だけ紅に染まった。

 

 ────ああ、死んだな。

 

 全身の皮を引き剥がされる激痛に襲われる。

 がなり立てる鎖の音と、遠くに聞こえる耳障りな誰かの絶叫……いや、俺の絶叫か。

 まるで実感が無さすぎて、五月蠅いなぁ、と他人事の様に感じる。

 

 

 

 

 ────春姫は強く目を瞑り、耳を塞いで時が過ぎ去るのを待つ事しかできなかった。

 耳を塞いでなお、鼓膜を揺らす程にがなり立てる鎖の音色。その音を掻き消す程の絶叫。

 人の体からこの様な音が出るのかと、背筋に氷柱が突き立てられたのかと勘違いする程に悍ましい、激痛か苦痛か、少なくとも想像出来る範囲の痛みではないのは確かだろう。

 数秒か、数分か……はたまた数時間経っただろうか。

 いつの間にか場には静寂が満ちていた。

 

「────終わったか?」

「……サミラ、どうだァ?」

「あ、ああ、終わったと思う」

 

 目を開ければ、先と同じ様に微笑む彼女の姿が見えるのではないかと、有り得ぬ想像に縋りながら目を開けた春姫は、祭壇の上で儀式剣から宝珠を外している派閥幹部(サミラ)と、その傍で鎖の所為で倒れる事も出来ずに力無く揺れている小人族の少女の姿を見てしまった。

 

「あ……あぁ、そんな……」

 

 鎖に繋がれた両腕からは血が滴っていて、激痛に暴れ狂った結果であろう事は誰しも簡単に想像がつく。しかし、不可思議な事に彼女の────ミリアの胸元には傷が無い。

 突き立てられたであろう儀式剣にも血や油の汚れは一切無く、綺麗な鋭い刃が月明かりを切り裂いていた。

 もしかして、と春姫が僅かな希望をその胸に灯して俯くミリアの表情を見ようとして────喉を引き攣らせる。

 

「早くその『殺生石』を寄越せ!」

「五月蠅いねェ。アタイがまず試すよぉ。サミラァ、アタイに寄越しなぁ」

 

 少女がまさに絶望に声を失っている傍で、ミリアの魂を封じたであろう『殺生石』を獣人従者が即座に主神(イシュタル)へと届けようと声を荒げ、主神を軽視する巨女(フリュネ)がその効果を早速試そうとサミラに催促する。

 

「黙れフリュネ。それはイシュタル様に献上する代物だ。貴様如きが触れて良いモノではない」

「あァ? アタイに文句でもあるのかいぃ? レーネと同じ裏切り者の癖にデカい口叩くんじゃぁないよぉ」

「やめろフリュネ。……たく、サミラ、さっさとこいつに渡してやれ」

 

 儀式が終わるまでただ黙っていたアイシャは舌打ちを零し、呟く。

 

「【リトル・ルーキー】も【絶†影】も間に合わなかった、か……」

 

 主神(イシュタル)を最優先に考える獣人従者と、己の事ばかり優先する巨女(フリュネ)。平行線を辿るかに思えたそのやり取りは、サミラが『殺生石』を獣人従者に手渡した事で終わりを告げた。

 受け取るのと同時に獣人従者は脇目も振らずに主神(イシュタル)の元へと駆け出す。彼の頭にあるのは主神からのお褒めの言葉の事だけだろう。

 

「サミラァ! 何でソイツに渡したァッッ!!」

「仕方無いだろ。イシュタル様の命令なんだ、オレ達【イシュタル・ファミリア】だろ?」

 

 主神軽視が過ぎる団長に釘を刺す様に告げられた幹部の言葉にフリュネが顔を赤くして拳を強く握り────パンッと軽い火薬の弾ける音が響いた。

 場に居たアマゾネスが呆然と見上げた空。蒼い闇に浮かぶ黄金の満月と、青い光弾がゆるゆると空を駆けていた。

 ぎょっとした表情でアイシャが巨女(フリュネ)を見た。

 

「おま、フリュネェッ!? 何してんだアンタ!?」

「ば、馬鹿じゃねぇのか!? 青の閃光弾上げたら人質が!?」

「ちょっと、不味いんじゃないの、これ……」

 

 フリュネが手にしていた青の閃光弾を握り潰した結果、運悪く空へと打ち上がってしまったらしい事を悟ったアマゾネス達が騒ぎ出す。

 人質は【魔銃使い】への牽制用で、既に儀式が成功した今は【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】への牽制に使用されるモノだ。

 たった三人しか居ない人質の一人を、間抜けなミスで殺す羽目になった。その事にアマゾネス達は動揺しだし────フリュネが一喝した。

 

「黙りなァ!!」

 

 身を強張らせて動きを止めた戦闘娼婦(バーベラ)達を睨み付け、フリュネは鼻を鳴らす。

 

「人質は三人も居るんだぁ、一人ぐらい誤差だろぉ」

 

 ────お前が言うな、と殆どのアマゾネス達が内心で呟く。

 舌打ちを零しつつも、サミラが口を開いた。

 

「一度目は成功。早い所、春姫の儀式も終えちまおうぜ」

「……あの不細工な小人(ガキ)の『殺生石』が()()だったって可能性もありうるぅ」

 

 フリュネの傲岸不遜な言い方に眉を顰めつつも、数人のアマゾネスが祭壇に上り、ミリアの体から鎖を外していく。

 ふと、一人のアマゾネスがミリアの首に触れ、驚いた様に声を上げた。

 

「ねえ、まだこの子生きてるよ」

「え? 本当?」

「うん、まだ温かいっていうか、呼吸もしてるし、心臓も動いてるみたい」

 

 完全に力が抜けた状態でアマゾネス達にぺたぺたと無遠慮に触られる小人族。その様子を見ていた春姫がはっとなりミリアの体を見つめた。

 ────空虚で無機質なガラス玉を思わせる生気の無い瞳。

 それを見て絶望していた春姫は、遅れて気付く。魂を封じた『殺生石』を彼女の肉体に返却すれば、ミリアはもう一度蘇る事が出来る事実に。

 

「まだ、終わってない……」

 

 どうにかして、彼女の魂を取り返せないかと春姫が顔を上げ────腕を掴まれる。

 

「祭壇に上がりな。()()()()()()()

 

 告げられた言葉に、春姫は身を震わせた。

 目の前で見せられた儀式、その結果、魂を引き剥がされる激痛に暴れ狂う小人の少女の姿を見せつけられたのだ。あの冷静そうで表情を隠すのが上手い少女が、暴れ狂う程の苦痛。

 それがどれほどのモノなのかを想像し、春姫が背筋を凍らせて頬を強張らせていると、見かねたアマゾネス達が春姫の腕を掴んで祭壇の上に引っ張り上げられる。

 

「もたもたしてるんじゃァないよォ!!」

 

 巨女の怒声に背を叩かれ、春姫は今の自身に出来る事が何一つ存在しない事に気付き、顔を俯かせた。

 小突かれるがままに中央に跪き、鎖での拘束を受け入れる。

 その途中、春姫はぬめる感触に身を震わせ、自身の腕を拘束する鎖に視線を向けて息を呑んだ。鼻孔を擽る水っぽい鉄錆の香り。そして、先の生贄が暴れた事で付着した血に汚れた鎖。

 祭壇から降ろされ、無造作にアマゾネス達の足元に転がされているミリアの体を見た春姫は、その血の匂いを感じ取り強く手を握り締めた。

 ────自分はどうなっても良いから、ミリアの魂を取り戻して欲しい。

 ミリアが居るのであれば、ベル・クラネルと言う少年も、ヤマト・ミコトと言う少女も、どちらもここを目指している。ならば、自身の儀式が終わるより前に来て欲しい────そうしないと、伝えられないから。

 

「…………」

 

 全ての鎖に繋がれ、生贄の少女か、はたまた神事の巫女を思わせる跪いた姿勢で祈る。

 月の光を浴びる悲壮なまでに美しい少女の姿に、見守っているアマゾネス達が息を呑み、アイシャが眉を顰めた。

 

「これでやっと【フレイヤ・ファミリア】の連中と戦えるのかと思ったけど……クソ、【魔銃使い】の儀式を先にやっちまったから、魔力が再度溜まるまでおあずけかよ」

 

 他方で好戦的な悍婦達が愚痴を零していると、もう一つの殺生石が運び込まれる。

 その剣と石に隠し切れぬ恐怖を見せた春姫の姿に、アイシャが拳を更に強く握り締めた。

 ここ数日で出会ってしまったヒューマンの少年少女、そして小人の少女。最後に与えられたのが温かな記憶だけであれば、きっと心の中ですすり泣くだけで、それをおくびにも出さずに逝けた。

 目の前で自身より先に生贄にされるという想像すらしていなかった出来事に、春姫はただ瞳を閉じた。

 

「────敵襲だ!?」

 

 響き渡る悍婦の絶叫。

 待ち侘びた人物の到着に春姫が顔を上げると、庭園の奥、空中廊下に繋がる入口から無数の剣戟の音が響き渡る。

 ほんの僅かな間を置いて、見張りのアマゾネス達を強行突破して現れたのは、待ち人の一人である黒髪の少女────ヤマト・ミコトが其処に居た。

 

「春姫殿おぉ──!!」

 

 宮殿から空中廊下を駆け抜けてきたミコトは、庭園に飛び込んだ。

 見張りに気取られた時点で隠れる意味は無いと、儀式場に響き渡る様に、目的の少女に己の存在を知らしめるように、ミコトは腹の底から叫ぶ。

 

「来やがったか」

 

 祭壇に一直線に向かおうとするミコトを遮る様に、祭壇から30М程の距離をとって壁を作る。それに遮られるように傷だらけのミコトも足を止めた。

 ミコトの背後には一度は突破した見張り達が追い付いてきたことで、彼女は完全に包囲される形となる。

 

「おいおいっ、一人で来たのかよ」

 

 黒髪の少女の命知らずの勇猛さ────無謀極まりない蛮勇に────サミラは心底気に入った様に笑みを浮かべる。

 彼女と同じく好戦的な戦闘娼婦(バーベラ)達が、余興とばかりに動きを止めた。

 

「春姫ぇ~!? お前の英雄が来たぞぉ~! それとも、【魔銃使い】の方かぁ~!?」

 

 背後を振り返り愉快そうにサミラは、足元に転がっていた小人族の少女の首根っこを掴んで持ち上げる。

 

「ほら、なんか言ってやれよ~。仲間が助けに来てくれたぜぇ~!」

 

 足を止め、紅刀を構えていたミコトは目をまじまじと見開いて驚愕の表情を浮かべ、叫ぶ。

 

「ミ、ミリア殿っ!?」

「ああ? 気付いて無かったのかよぉ~」

 

 首根っこを掴まれ、手足は力なく揺れる。反応らしい反応を返さない仲間の姿にミコトが大量の脂汗を零す。背中に氷の塊を放り込まれた様な悪寒。

 儀式場に満ちていなければならない魔力が、ミコトの想像より少ない事に彼女は喉を震わせ────頭を振った。

 

「まだ、まだ儀式の時間ではないはずです!!」

 

 ────儀式を行うまで、まだあと十分程の時間があったはずだ。

 そう言い放ったミコトに対し、悲痛そうな表情を浮かべた春姫が叫んだ。

 

「今すぐ、ノースリス様の魂を取り戻して! 今なら、まだ間に合います!!」

 

 幾重もの鎖の音を響かせながら、春姫は泣く様に叫ぶ。

 自分よりも、今すぐミリアの魂を封じた『殺生石』を取り戻せ、と。

 

「まだ、儀式まで時間はあったはずでは……」

「ゲゲゲゲッ、イシュタル様が急かすから仕方なくヤっちまったよぉ」

 

 フリュネが哄笑混じりに返答を返した瞬間。ミコトの顔から血の気が引いた。

 何かの冗談ではないかと、サミラが掴んでいるミリアを見るが、生気が抜け落ちた少女の瞳は無機質なガラスを思わせる程に何も無かった。

 魂を抜かれた、()()()

 言われずともソレを理解したミコトが身を震わせ、紅刀の切っ先を目の前の戦闘娼婦(バーベラ)の壁に向けた。

 

「……ミリア殿の魂も取り返します。そして、春姫殿も助けます」

「どうしてっ……どうして!? ノースリス様を優先してください、ミコト様!?」

 

 自身はどうなってもいいから、仲間を優先すべきだと春姫が泣き叫ぶ。

 一度は拒絶し、二度目は自身より仲間を優先しろと頼み込む少女の姿に、ミコトはただ柄を強く握り締める。

 

「ミリア殿を優先する為に、春姫殿を見捨ててしまえば、自分は胸を張って彼女の前に立てなくなる」

 

 だから、春姫を救い、ミリアも救う。

 自身で無茶苦茶な事を言っているのを理解しつつも、ミコトは力強く宣言した。

 

「だから、春姫殿()救います」

「恰好良いなぁ、お前」

 

 自分達を超えて祭壇の春姫とやり取りをするミコトに、サミラは嬉しそうな笑みを浮かべ灰髪を揺らした。

 

「なぁ、フリュネ、アイシャ!? オレ一人でコイツと戦らせてくれよ!?」

 

 派閥の団長と、戦闘娼婦(バーベラ)を率いる実質的な副団長に問いかける。

 周囲の好戦的なアマゾネスから上がる不平不満に、サミラは言葉をつづけた。

 

「お前等はさっきまで暴れてたんだろ!? オレにも少しはやらせろって!?」

「……ゲゲゲゲッ、好きにおしよぉ。二度目まで時間もあるだろうしねぇ」

 

 先の儀式で魔力を使い切り、再度月光を受けて魔力を見たそうと青白い光に包まれる儀式場を見やったフリュネが下品な笑みを浮かべる。

 アイシャは無言を貫き、止めるでもなくその場でたたずみ続けている。

 

「待って、待ってください!? フリュネさん、アイシャさん!? ミコト様、早くノースリス様の『殺生石』を!?」

 

 春姫の懇願が虚しく響き渡る中、サミラは手にしていた()()()を他のアマゾネスに渡して味方の輪から一人抜け出し、ミコトと対峙した。

 

「そーいう訳だ、付き合えよ。オレに勝てば……もしかしたら何か聞いてもらえるかもしれないぜ? 【魔銃使い】の魂だって返してもらえるかもなぁ~!?」

「…………」

 

 周囲は既に包囲され、逃げ場の無い現状を見やったミコトは、灰短髪の女戦士(バーベラ)と対峙した。

 不敵な笑みを浮かべるサミラに、ミコトは乗る以外の選択肢が無いと腹を括る。

 どのみち、強行突破で突入してしまった彼女は退路も封じられミリアの魂を封じた『殺生石』を探しに行くことも難しい。

 せめて時間を稼ぐ────ベルが現状突破の方法を探し出してくれる事を祈るほかない。

 ミコトは言葉を放つ事無く武器を構える。

 一騎打ちの申し出を無言で受けた事を確認したサミラが好戦的に口を吊り上げ、一切の武器を持つ事無く拳を構えた。

 庭園の端、好戦的な戦闘娼婦(バーベラ)が主だって取り囲み、即席の決戦場(リング)を構築する。イシュタル派にとってはただの前座に等しい、戦闘が始まった。

 アマゾネスの一人が真上に放り投げた短剣が地に落ちた瞬間、サミラが真正面から突撃する。

 

 

 

 黒髪のヒューマン。彼女の懸命な足掻きを前座として楽しむ戦闘娼婦(バーベラ)達。

 少女が懸命に『煙玉』を使った攪乱、身代わりの術『空蝉』を利用した奇襲、そして止めと言わんばかりにサミラに仕掛けられた『円月投(ミカヅチ)』。

 自派閥の戦闘員、幹部の一人が轟音と共に頭部を地面に埋められたのを見ていたフリュネは、嘲笑混じりに褒めた。

 

「……ゲゲゲゲゲッ、やるじゃないか」

 

 一人を沈め、次は誰だと周囲を見やるミコト。

 そんな彼女を見て、巨女(フリュネ)は膨れ上がった肩を揺らして笑う。

 

「だが、かわいそうになァ~」

「……?」

 

 しゃがれた声で嘲笑混じりの声を放ったアマゾネス団長に、ミコトは訝し気な視線を向ける。

 怪訝そうな表情の彼女に、沈黙を保っていたアイシャが初めて口を開く。

 

「まだ、終わりじゃないよ」

 

 直後、ミコトの背後で音が響いた。

 

「────」

 

 表情を強張らせたミコトが咄嗟に振り返った先、つい先ほど頭部が地面に埋まるほどの衝撃で叩き付けられた筈のサミラが、何事も無かったかのように頭部を地面から引っこ抜いて立ち上がる姿があった。

 

「効いたぜぇ……やるなぁ」

 

 首を鳴らしながら、サミラが目を細めて笑う。

 ミコトが持ち得る己の全てを賭した猛攻の末、まるで消耗した気配を感じさせない女戦士の様子に、ミコトは愕然とし、絶望した。

 磨き上げられた技術は────Lv差と言う無慈悲な力の隔絶に遮られ、届かない。

 

「ほら、続きだ!」

「あっっ!?」

 

 瞬く間に接近されミコトは頬に拳を受ける。

 損害(ダメージ)を与えていない訳ではないが目に見えた損耗が感じられないサミラに、既に満身創痍であるミコトは手も足も出ない。

 

「あぁ……!?」

 

 涙を流し春姫が俯く間にも、先の攻撃のお返しと言わんばかりにサミラの攻撃がミコトを穿つ。

 殴打の音と共にいたぶられる少女。その光景に巨女(フリュネ)が愉悦の表情を浮かべていると……宮殿側から駆けてきた構成員がある一報を彼女に届けた。

 

「あぁン……『兎』が逃げたぁ?」

「あ、ああ」

「ゲゲゲゲゲゲッ、なんだい、イシュタル様も大したこと無いねぇ~」

 

 裏切りによってイシュタルの元からベルが逃げたという連絡に、フリュネが嘲笑を零す。

 己の主神を馬鹿にしながら、その大きな口を一杯に開いた。

 

「────【リトル・ルーキー】、どうせ見ているんだろう!? 助けに来なきゃ、大事な仲間がくたばっちまうよぉ!?」

 

 周囲の戦闘娼婦(バーベラ)が耳を塞がざるを得ない程の大声で、周りにある塔や庭園の隅に呼びかける。

 美神(イシュタル)から逃げた彼が、ミリアを助けるべく此処に足を運ぶのは確定的に明らか。

 

「……っ」

 

 ────当然の事だった。

 裏切った戦闘娼婦(バーベラ)が暴れていたとはいえ、直ぐに鎮圧されてしまう程に厳重警戒されている本館内から空中廊下を辿る道筋(ルート)は早々に諦め、聖塔(ジグラット)の構造を持つこの別館の外壁を、跳躍交じりに駆け上がってきた。

 その上で、ミコトの到着から五分も遅れ、今まさにこの場に到着したばかりであった。

 庭園を囲む塔の一つに身を隠していた彼は、一切身動きせずに人形の様に抱えられたミリアの姿に悪寒を感じながら、『殺生石』の破壊の機会を伺おうとしていた。

 ────して、いたのだ。

 

「…………うそだ」

 

 力無く人形の様に抱えられたミリア・ノースリスの姿。

 祭壇の片隅に放り捨てられた、石を失った儀式剣。

 戦闘娼婦(バーベラ)が手にしている、石が取り付けられた儀式剣。

 少年が、自然と最悪の想像に行き付くのは当然の事だっただろう。

 仲間の少女が今まさに嬲られている姿。更に大切な家族が抜け殻にされている事実。

 今すぐにでも飛び出しそうな気持ちを抑え、何をすべきかベルが思考を巡らし────歯を食い縛る。

 

 ────魂を封じた『殺生石』を肉体に戻せば、元通り。

 

 まだ間に合う、だからこそ儀式を妨害して春姫を救い、更にミリアの魂を封じた『殺生石』を取り返さなくてはいけない。

 そう決めて歯を食い縛り────フリュネの哄笑にベルの背筋が凍り付く。

 

「────肉体に魂を戻せば元通りとでも考えてるのならぁ、この()()()が必要だろぉ?」

 

 ベルが顔を覗かせるのと、ミコトが目を見開くのはほぼ同時。

 巨女(フリュネ)は『兎』を炙り出す為に、魂を失ったミリアの肉体を片手で掴み、投擲姿勢を取った。

 

「ほら、取ってきなあぁぁ!!」

 

 無造作に小人族(パルゥム)の少女の肉体が投げ飛ばされる。

 庭園中央部から、外周部の塔すら超えて、100М以上の高さから────放り捨てられる。

 

『あっ────あああああああああああああああああああああああああっ!?』

 

 ベルとミコトが、同時にその(からだ)を追うべく足を踏み出した。

 魂を取り返したとしても、器が無ければ意味が無い。

 器だけでも、魂だけでも意味が無い。

 だからこそ、その器を失う訳にはいかない。

 

 神の恩恵があったとしても、100М以上の高さから無防備に落下すれば、きっと命は無い。

 そして、魂の抜かれた抜け殻がこの高さから転落して、無事で済むはずもない。

 

 故に、二人に選択肢は無かった────当然、イシュタル派の者達にもそれには気付く。

 

「出てきたねェェ!!」

 

 一直線に、放物線を描いて今まさに庭園の外に放り出されたミリアの器目掛けて駆け抜けるベルの前には巨女(フリュネ)が。

 目の前の女戦士を無視し、決戦場(リング)を構築する好戦的なアマゾネスを叩き伏せて駆け出したミコトの前にはサミラが。

 

 

 

 塔の影から飛び出したベルは、全身全霊の力で疾駆する。

 純白の弾丸となったベルの姿に、アマゾネス達の反応が遅れた。

 自らへの接近を知覚した頃には少年はそのそばを過ぎ去り、アマゾネス達の間を駆け抜けていく。

 追従を許さない程の超速の疾走。投げ飛ばされたミリアの器目掛けて駆ける。戦闘娼婦(バーベラ)は目で追う事もできず、アイシャですら振り向くので精一杯。

 渾身の疾駆に追い付けるのは、ただ一人を除いて居ない。

 

「────ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲェッ!!」

 

 そう、第一級冒険者(フリュネ・ジャミール)を除いて。

 

「捕まえてやるよおおおおおおおぉ!?」

「────ッッ!?」

 

 ベルを遥かに上回る速度を以てして進路上に躍り出た蛙の王女に、ベルは双眸を細めた。

 全身全霊を賭して尚、立ち塞がる圧倒的強者。口を裂いて哄笑を上げる高過ぎる壁。

 

「終わりさああああああああっ!!」

 

 背に溜められた右剛腕。腰を捻り真横に引き絞られる大振りの一撃。

 進路を塞ぐ蛙の王女との衝突までほんの瞬きの間に、ベルは選択を迫られた。

 右、ミリアまで間に合わない。

 左、同様、間に合わない。

 停止、論外。

 上、死ぬ未来しか見えない。

 進路を阻む巨女の遥か奥、蒼い闇夜に投げ出された人形の様な小さな体躯が見えていた。

 煩く鳴り響く鼓動の音色に耳を傾けながら、ベルは目を吊り上げた。

 答えなど、選択肢など、初めから一つしかなかったのだから。

 前傾姿勢の体を、更に前に倒し────前進。

 

「ッ!?」

 

 フリュネの驚愕を他所に、ベルは更に加速する。

 愚直な前進に、巨女はほんの僅かに動揺した。してしまった、それが攻撃を鈍らせる。

 繰り出された剛腕の一撃がぶれる。大振りの一撃の為に開かれた脇に、ベルが飛び込み────駆け抜けた直後、フリュネの剛腕の一撃が石板群を抉り飛ばす。

 その一撃をくしくも回避したベルが、そのまま人形の様に投げ出されたミリアの体に手を伸ばそうとして────ミコトの絶叫に振り返る。

 

「ベル殿おおおおっ!?」

 

 其処にあったのは大刃。フリュネが咄嗟に投擲した大戦斧だ。

 その大刃はベルを断ち切り、更にその奥、落ちていくミリアを直撃する軌道(コース)を描いている。

 一瞬で背中が泡立ち、ベルが咄嗟に《ヘスティア・ナイフ》を振るう。

 フリュネが投擲した大戦斧とベルのナイフが火花を散らしてぶつかり合い────大刃を上に弾いた。代償として、ベルは殺しきれぬ反動のままに床に叩き付けられる。

 

「ぐはっ!?」

「ぐぅっ!?」

 

 ベルが叩き付けられるのと同時、ミコトの体がベルのすぐ横に叩き付けられる。

 少年が即座に起き上がって振り返り、少女は即座に起き上がれずに身を震わせる。

 視線を向けた先、蒼い宵闇に星々が瞬く風景が見え────ミリアの姿は消えていた。

 

「まだっ!」

 

 今ならまだ間に合うと、再度駆け出そうとし────それを遮る様に数人のアマゾネスがベルの進路を塞ぐ。

 

「どけぇっ!?」

「はははっ、後ろに気を付けた方が良いぜぇ?」

 

 立ち塞がる数人のアマゾネスの言葉、そして背中に感じる圧に振り返った瞬間、剛腕の一撃がベルを捉えた。轟音と共に、ベルの体が儀式場に埋まる。

 静寂が場に満ちる。

 Lv.1の春姫には何が起きたのか理解する事も出来ない程の刹那の間に、状況は決した。

 投げ落とされた(からだ)は、大地に叩き付けられて潰れたトマトの様になっている事だろう。

 

「ゲゲゲゲゲッ!? 無駄だったねェッ!?」

 

 愉悦から大哄笑を響かせるフリュネに、ベルが震えながら自身の体を地面から引っこ抜き、震える瞳でミリアが落ちていった先を見た。

 積み重なる殴打で動けないミコトも同様に、歯を食い縛ってそちらを見ていた。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲッ!? おいお前達ぃ、落ちちまった抜け殻がどうなったか教えてやりなぁ!?」

「あァ? しかたねぇな」

 

 一人のアマゾネスが庭園の隅から下を覗き込むべく足を向ける。

 それなりに戦慄的(スリリング)な前座だったと、既に終わった積りのアマゾネスが警戒心を薄れさせて行動不能に陥ったベルとミコトを取り囲む。

 

「ゲゲゲゲッ、頑張ったみたいだけどぉ、駄目だったねぇ?」

 

 心も折れただろう、とフリュネが二人を見下ろす。

 祭壇の上で鎖に繋がれ動けない春姫はただ涙を零し続けていた。

 ベルとミコトが血が滴る程に拳を握り締め、手遅れの現状を嘆く。

 もったいぶる様にアマゾネスの一人が庭園の端に辿り付き、真下を覗き込もうとし────ゴシャッという鈍い音を立てて、そのアマゾネスの頭部に槍が突き刺さった。

 

「────シェリィッ!?」

「何が起きて────」

 

 瞬間。

 庭園の外側、足場も何もないであろう場所から一人の狼人(ウェアウルフ)の少女が飛び出してくる。

 背中にアマゾネスの少女を乗せ、左手でミリアの首根っこを掴んだ彼女は、庭園端で頭部に槍を受けて即死したアマゾネスのすぐ横に降り立ち、不機嫌そうな表情で呟く。

 

「ウチの副団長を投げ落とした馬鹿はどいつだ」

 

 口元から飛び出す程に鋭さを増した犬歯、研ぎ澄まされた様な爪、月明かりを受け獰猛にギラつく瞳。

 獣化スキル『ウールフヘジン』の効果を受けているらしい狼人。

 

 ────フィア・クーガと、その背に捕まるサイアの登場にベルとミコトは奥歯を噛み締めた。

 

 槍を引っこ抜き、サイアにミリアの体を預けた彼女は眉を顰めつつもフリュネを真っ直ぐ捉え、獰猛な笑みを零す。

 

「フリュネ・ジャミール……見つけたァ!」




 『殺生石』を戻せば元通りだから……もと、どおり、だから(震え声)

 あっ、ヒントを出しておきますね。
 『殺生石』には()()()()()()入らないです。



 アニメ版だと、ミコトが一度サミラを撃破してる場面カットされてるんですよねぇ。
 頭が地面に埋まる衝撃受けても平然としてるサミラ……Lv.3って化物だね()



 後、評価コメントの方で『透明状態にいきなり弱点生えた』みたいなのがありましたが、『第一二二話』の戦争遊戯開始直後のヴァンの強襲の際にこんな弱点あるよ~みたいなのは書いてあります。

 ・透明状態時に返り血を浴びると血が付着して姿を認識できる。
 ・再度透明状態をかけなおせば返り血も一緒に見えなくなる。
 ・草地等を踏み締めると跡が残る。

 みたいな感じで、物理的影響下からは逃れられないみたいな描写はちゃんとしてましたよ。
 当然、戦争遊戯中なのでオラリオの皆さまに見られてる訳で、対策とられるのも当然と……脳筋集団の戦闘娼婦達は使われる前に捕まえれば万事オッケーって感じで対策考えて無いですがね。

 ミリア側がとれる対策が何も無いのがねぇ。
 ぶっちゃけ、透明状態になれる事そのものを伏せて無いと意味無いでしょうなぁ。

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