魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一七五話

 第三区画。

 【イシュタル・ファミリア】の領域(テリトリー)内の玄関口にて、男性客たちが恐怖に表情を強張らせながら集まっていた。彼らの視線の先、歓楽街への出入り口の一つである門にはとある派閥のエンブレムを掲げた完全武装した冒険者が立ち塞がっている。

 

「おい、出られないってどういう事だよ」「中でなんか抗争もあるみたいだし、本拠に帰らないと主神が……」

「黙れ、貴様らの事情など知った事か。誰一人此処を通すなと女神が告げた以上、此処は通さん」

 

 戦女神の側面像(プロフィール)────【フレイヤ・ファミリア】を示すエンブレムを掲げた冒険者の威圧的言動に、誰しもが言葉を失い、ほんの僅かに恐怖心で身を強張らせて黙り込む。

 突然、【フレイヤ・ファミリア】の冒険者達が、【イシュタル・ファミリア】の領域(テリトリー)である第三区画を包囲し始めた事に気付いた男性客たちは、抗争の気配に気づいて大慌てで歓楽街を出ようとした。しかし、彼らが去るより前に包囲は完成し、何人(なんぴと)たりとも出入りを禁じられてしまったのだ。

 抗争の始まりは確定付けられ、【イシュタル・ファミリア】側の眷属達が慌ただしく動き回る姿も見える。

 そんな玄関口で行われているやり取りを隠し見ていたメルヴィスは僅かに身を震わせて物陰に隠れ、後ろに続いていた仲間に視線を向けた。

 

「────【フレイヤ・ファミリア】が封鎖してる」

「本当か?」

 

 人質として捕まっていたところを仲間に救助され、自らの足で脱出を試みようとしていた彼女達。

 タケミカヅチの眷属三名と共に外周部まで密かに辿り着く事には成功したのだが────【フレイヤ・ファミリア】が包囲網を敷いており、なおかつ外部へと脱出不可能だと知った。

 現在この歓楽街はフレイヤ派閥の冒険者が外周部を完全封鎖し、出入りを禁止している。それが何を意味するのか────都市最強派閥が何を考え、そのような行動に出ているのか想像もつかない。しかし、一つだけメルヴィス達もわかる事がある。

 

「外に出れない、このまま此処で待機するのは危険過ぎるでしょう。戻ってヘスティア様達と合流しましょう」

 

 此処に来るまでに相応の時間を使った事を気にしつつも、彼女達は物々しい雰囲気で歓楽街側から外を睨んでいる戦闘娼婦(バーベラ)達の死角を掻い潜り、宮殿方面へと足を向け────顔を引き攣らせた。

 

 ────宮殿の後方、空へと打ち上がる()()()()

 

 それは、レーネ・キュリオという強敵が『人質』であるメルヴィス達の『殺害命令』を意味する光弾だ。

 

「不味い、急いで合流しましょう!」

 

 その場に居るLv.3は暴走状態に等しいイリスのみ。他は全員がLv.2であり、とてもではないがあの鞭を振るう女戦士と刃交えるのは難しい。かといって、外周部を封鎖する【フレイヤ・ファミリア】と事を構えるのは得策とは言い難い。

 メルヴィス達は仲間との合流を目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

 空中庭園。

 集まっていた戦闘娼婦(バーベラ)達が油断なく、そして殺意に満ちた瞳で乱入者を出迎える。

 血に濡れた槍の穂先が床を擦り、姿勢低く前傾姿勢をとり、好戦的かつ獰猛な笑みを浮かべたフィアは仇を討つ機会だとフリュネを鋭く睨み、その足元で倒れているベルとミコトを見て舌打ちを零した。

 その様子を見たフリュネが肩を震わせて笑う。

 

「なんだい、死んだと思ってたけど生きてるなんてしぶとい不細工だねぇ~」

 

 まるで油虫の様にしぶといねぇ、不細工だからだろぉねぇ? と挑発する様にフリュネがサイアを嘲笑する。その挑発に対しサイアは特に反応せずにミリアの頬を叩いて目を覚まさせようとしていた。

 僅かにフリュネが舌打ちを零し、標的をもう一人の狼人に向けた。

 

「まぁた犬っころだなんてねぇ。今度は尻尾巻いて逃げ出さなくて良いのかぁ?」

 

 仲間が死に掛けているさ中に心折れ逃げ出した狼人に対する挑発。フィアの眉間に深い皺が刻まれ、青筋立てて震える唇を噛み締め、フィアが口を開く。

 

「るせぇな、黙って殺されてろよヒキガエルが」

「自分の立場がわかってないんじゃぁないかぁ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自分達の優位性を示す様に、フリュネがそう呟けば傍にいたアマゾネスが青い閃光弾を見せつける。

 

「これが上がったら人質をぶっ殺す事になってるんだよぉ。わかったら武器を捨てなぁ!」

 

 『獣化』────それも満月によって最上の超々高補正(ブースト)を受けた狼人(ウェアウルフ)。その姿にフリュネは警戒心を剥き出しにして無力化を図るべく口を開く。

 港町(メレン)での出来事がアマゾネスの長にほんの僅かな警戒心を抱かせていた。

 蛙女の言葉にフィアが不機嫌そうに鼻を鳴らし、槍の穂先を揺らして動揺しはじめる。

 人質を盾に取られてしまえば何も出来ない────それを示す様に揺れるフィアの様子に仲間を一人殺されたアマゾネス達が殺気を零して待ちきれぬと言わんばかりに一歩足を進める。

 

「フィアさん、人質は神様達が解放してます! 人質の心配はいらないです!!」

 

 加減されていたとはいえ第一級冒険者の一撃を受けて立ち上がれなくなっていたベルが叫ぶ。

 ミコトがほんの僅かに目を見開き、フィアの口が裂ける様に吊り上がる。

 

「へぇ、良い事聞いちまったなぁ」

 

 人質が居ないのなら、()()()()。その事実にフィアが穂先をアマゾネスの一人に向け────フリュネが哄笑を響かせた。

 

「ゲゲゲゲゲッ、馬鹿言ってるんじゃぁないよぉ。ベル・クラネルゥ、アンタも()()()()だろぉ?」

 

 フリュネの足元で倒れ伏すベルとミコト。

 フィアと少年少女を遮る様にアマゾネス達が壁となり障害として立ち塞がる。

 更に付け加えるならば、フィアの背後には逃げ場はなく、庇う対象としてLv.2の、この場では足手纏いにしかならないサイアに、意識の無いミリアの二人が居る。

 状況が悪い。それでももう逃げないと覚悟を決めたフィアが。目の前の戦闘娼婦の壁を越えて倒れる二人の救助をどうするかを迷い────。

 それは、突然の事だった。

 

()()()()()()()()。それは本当に良い事ね」

 

 第一級冒険者の動体視力を以てしても、彼女の姿は忽然と虚空から姿を現したかの様にしか見えなかった。フリュネの目の前、倒れ伏すベルとミコトの体に手を伸ばし服を掴んでいる小柄な少女。つい先ほどまで影も形も無かった筈の────それどころか抜け殻と化していた筈の、小人族。

 月明かりを受けて煌びやかに輝く金髪、ボロボロのローブ、摺り切れた革靴。左手の竜鱗の朱手甲が淡く輝いている────それ以上に、その少女の頭部と()()に視線が集まる。

 

「────な、ぁっ!?」

「二人は返して貰うわね」

 

 フリュネが即座に掴みかかろうと手を伸ばし────()()()姿()()()()()()()

 

「何ぃぃっ!?」

 

 反応できたのは第一級冒険者のみ。その蛙女ですら、その動きを見切れなかった。

 フリュネの目には、三人が忽然と姿を消した様にしか見えない。

 戦闘娼婦(バーベラ)の人垣はフィアの方を見ていたからこそ、殆どのアマゾネスは何が起きたのかと後ろを振り向き、倒れていたはずのベルとミコトの姿が消えている事に目を見開く。

 全てを見ていたフィアですら何が起きたのかわからず、目を擦り瞬きを繰り返し、自らの後ろに庇っていたサイアと、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ベル、ミコト、二人とも生きてるわね」

 

 フリュネの一撃を受けて倒れていたベルも、サミラの猛攻でボロボロになっていたミコトも、突然フィアの背後、サイアの傍に投げ出されている。

 その二人を庇う様に、一人の小人族の────否、狼人(ウェアウルフ)の幼い少女が立っていた。

 

「…………【魔銃使い】!?」「何で生きてやがる!?」「儀式に失敗したのか!?」

 

 頭部の獣耳は狼人のソレであり、ボロボロのローブから覗く尻尾もまた狼人のそれだ。その姿にフィアが僅かに驚き、サイアが目を真ん丸にして驚愕する。ベルとミコトは手遅れだったはずのミリアが平然としている様子に驚愕した。

 戦闘娼婦達が驚愕からざわめくその奥、春姫は唖然としたまま鎖に繋がれる。

 

「……何故生きてるゥ!!」

 

 まるで瞬間移動の様な事をしでかした人物。先の狐人(ルナール)に変化した様に狼人(ウェアウルフ)に変化しているミリアの姿にフリュネの青筋がありありと浮かぶ。

 対する儀式の生贄に捧げられ魂を抜かれたはずのミリアは口元に笑みを浮かべ、肩を竦めた。

 

「…………さぁ? 私にもわかんないわ」

 

 

 

 

 

 ────何故、生きているのか。

 そう問われても困る。

 全身の皮を引き剥がされるような激痛を味わったかと思えば、自身の体が全く動かない金縛り状態に陥ったのだ。

 意思に反して動かない身体。何故だと疑問を自身にぶつけつづけて一分程、サイアに頬を叩かれている内にベルが既に人質が救助されたと叫んだのが聞こえ────クラスを変えたらあっさりと動ける様になった。

 

「とぼけるんじゃぁないよォ!?」

 

 響いた怒声に眉を顰める。

 本当に、本当にわからんのだからとぼける他ない。

 実際、全く意味が分からない状況に陥っているのだから。

 俺のクラスは『狙撃手(スナイパー)』と『人形師(ドールズ)』だったはずだ、しかしクラスチェンジした結果────なんでか『強襲型(アサルト)』になった。

 本当に、自分でも意味が分からない。

 それに、初めて『満月』での『獣化スキル』で心がざわめく。自身の内側で何かが暴れ狂ってる感覚がする。それが何かはわからないが、魔力が満ちる感覚は悪く無い。

 

「チィッ……イシュタル様が急かした所為で失敗したじゃぁないかぁ!?」

 

 儀式に失敗したから、俺が生きている? そうとは思えないが────さて、状況の再確認だな。

 

 まず、敵対者達。

 Lv.5【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミール

 Lv.3【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルガ

 幹部級のサミラ以下五名。

 Lv.3の上位戦闘員百名ほど。

 Lv.2の下位戦闘員十名ほど。

 後は戦力外のLv.1、春姫。

 

 対し此方の戦力。

 Lv.3【未完の少年(リトル・ルーキー)】ベル・クラネル

 Lv.2【絶†影】ヤマト・ミコト

 Lv.3【蒼空裂砕】フィア・クーガ

 Lv.2【幼豪】サイア・カルミ

 Lv.3【魔銃使い】ミリア・ノースリス

 

 …………。

 フィアは『獣化』でLv.4に喰らい付く程度には強くなってるだろうが……ベルとミコトは満身創痍。

 次にサイアも再生したてだろうし戦力になるか不明。

 最後に俺、自身の状態が完全に不明。生贄に捧げられたけど無事でした、だけならまだしもクラスが設定されたモノと違う────むしろそのおかげであっさりとベルとミコトを救助できたので悪い事ではないが。

 それに、『クーシー・アサルト』になったおかげで、『ウールフヘジン』もどきの月光を浴びる間、発展アビリティ《精癒》が発現してるのと同等なぐらいに魔力が回復していくのもあって、やりやすそうだ。

 それでも、戦力比は圧倒的に相手が上。まともにぶつかりあって勝てる訳も無し。

 

「ミリア、無事、だったんだ……」

「……まあ、多分ね」

 

 ベルの言葉に曖昧に笑みを浮かべ、フィアの後ろに付く。

 

「サイアさん、ベルとミコトをお願いします」

「え、ああ、うん……えっと、副団長、大丈夫?」

 

 大丈夫、かどうかはさっぱりわからん。それでも、反撃の機会(チャンス)だ、逃す訳にはいかない。

 この機会を活かさんと武器を構えた所で、春姫の声が響いた。

 

「今すぐ、今すぐ『殺生石』を取り返してください!」

 

 悲痛そうに、未だに祭壇で生贄に捧げられる寸前にも拘わらず、他者を慮る事を口にする。心優しい、他者を想う事が出来る、少女だ。

 ────人質と言う名の(しがらみ)が消えた今、すべきことはそう多くない。 

 春姫を救って、それから序に『殺生石』も取り返せたら取り返すぐらいの感じで良いと思う。少なくとも今の所、()()()()()()()()()()()()()()し。

 【散弾魔法(ショットガン・マジック)】の【二丁持ち(デュアル)】で両手の指先に大き目の魔法円(銃口)を生み出し、フリュネを真正面から睨み付ける。

 

「状況がわかんねぇけど、副団長は無事って事で良いのか?」

「ええ、そう思って構わないわ」

「……違います! ノースリス様は魂の()()()奪われているのです! 早く取り返してください!?」

 

 ベルとミコトが僅かに動揺し、フィアが尻尾を揺らす。

 後ろでサイアが持ち込んだらしい万能薬(エリクサー)をぶっかけているのを見て、溜息一つ。

 春姫の願いは、自身を見捨てて俺の『殺生石』を優先して欲しいというもの。

 対し、俺達の願いは春姫を救う事……後、フリュネをぶっ殺す事だ。

 

「シェリィを殺しやがったんだぞ」「犬っころ、てめぇは此処で殺す」「逃がさない」

 

 殺気立つ戦闘娼婦(バーベラ)達。そんな彼女らに対してフィアが鼻で嗤った。

 フィアの足元に転がる頭部を粉砕されたアマゾネスの躯────シェリィという名だったらしい躯を、怒り心頭の狼人は蹴りとばし、戦闘娼婦(バーベラ)の人垣と俺達の間に転がす。

 既に体の血があらかた抜け落ちた後だったのか、僅かに血を零し止まったその躯を見て、戦闘娼婦(バーベラ)の一部が吠えた。

 

「フリュネ、アイシャ!? 仲間を殺されたんだ、こいつらを殺させろよ!?」

「ああ、我慢ならねぇ!? 殺して良いよなぁ!?」

 

 ────先に、手を出してきたのはお前達だろうに。

 

「……ミリア・ノースリスは生け捕りにして、他は好きにしなァ」

 

 この期に及んでなお、俺を生け捕り。成る程、舐められてる。

 だが、それほどまでに戦力比があるのだから、仕方ないのだが。

 

「ベル、もう大丈夫? 戦える?」

「うん、ごめん……」

「……自分も、戦います」

「わたしも戦うよー」

 

 サイアが持っていた万能薬で完全回復したベルとミコト、そしてサイアがフィアと肩を並べ武器を構える。

 春姫の懇願が響く中、仲間を殺されて殺気立つ戦闘娼婦(バーベラ)が武器をこちらに向けて────此方を完全に見下して嘲笑するフリュネが、腕を振り下ろした。

 

「…………殺っちまいなァ!?」

 

 巨女の大号令。

 圧倒的戦力比を以てして、此方をただ蹂躙する為だけに、一斉に戦闘娼婦(バーベラ)が動き出す。

 向かってくる人数はおおよそ二十名。四十が壁として立ち塞がり、残る四十が祭壇周囲を警戒している。

 フリュネはその場から動かずに高見の見物だろうか。否、俺の動きをつぶさに観察してきている、最初の『短距離転移(アサルト・ステップ)』で警戒されたか。

 アイシャは祭壇の傍でLv.2の者達を引き連れて警戒しているのみ。彼女は祭壇の防衛が目的だろう。

 

 一足早く、最も敏捷の早いベルが戦闘娼婦(バーベラ)の群れに突っ込み、二振りの短剣にてその隊列を刻み抉じ開ける。続くフィアは────()()()()()

 文字通りだ、跳躍したと思った瞬間、彼女は()()()()()()()()()()更に上昇。そこから虚空を踏み締め、上空から凄まじい速度で突きを放ち、瞬く間に数人のアマゾネスの頭部に風穴を抉じ開ける。

 

「おおおおおおおおおおおおおおっ!?」

「るぁああああああああああああっ!?」

 

 二人に続いて、ミコトがアマゾネスの足を払い姿勢を崩させた所に、サイアの大剣が無遠慮に振り下ろされる。囲まれれば危ないと理解しているであろう二人の連携。というよりはミコトがサイアの為に合わせてる戦い方だ。

 その様子を────祭壇の上から見下ろす

 

「【魔銃使い】が消えたよォ!? 何処に行ったァ!?」

 

 フリュネが真っ先に反応する。即座に周囲を見回して、祭壇の上、春姫の後ろに立つ俺を見て目をひん剥いた。

 『短距離転移(アサルト・ステップ)』。

 ミリカンと言うゲームで猛威を振るい、数多くのプレイヤーに消えぬ心の傷を刻み続けた強襲戦法の主要魔法。視界に捉えた対象の傍に一瞬で移動する事が出来る、特殊スキル。

 鎖で動けぬ春姫がフリュネの血走った目を向けられて震えるのを見つつ、彼女に謝る。

 

「五月蠅かったらごめんなさいね……【ファイア】」

 

 春姫の傍、儀式用の剣を手にしていたアマゾネスに至近距離から散弾をぶち込む。

 

「シャレイッ、後ろだぁあああああああああああああっ!?」

 

 異変に気付いたフリュネの怒声が響くが、しかし遅い。振り向いたシャレイと言う名らしいアマゾネスの胸目掛けて撃ち込まれた散弾は、一切の威力軽減なくそのアマゾネスを吹き飛ばした。

 その手から零れ落ちた儀式剣を奪い取り、祭壇の下に居る皆を見下ろして、叫ぶ。

 

「全員、戦闘を止めなさい」

「あァ? 何を────っ!? 全員、今すぐ止まれェ!?」

 

 アイシャの大号令に戦闘娼婦(バーベラ)が動きを止め、ベル達が息を整える様にアマゾネス達から距離をとって停止する。

 さて、此処で問題。俺の手の中には、儀式用の剣、そして『殺生石』があります。

 んで、現在の【イシュタル・ファミリア】の状況を鑑みて、コレがもし今破壊された場合。どうなるでしょうか?

 

「アイシャァッ!? 何勝手な事をしてるんだぁあああ!?」

「馬鹿か!? あの『殺生石』を今壊されたらどうなると思ってんだ!?」

 

 怒気を孕ませ喚く蛙女と、冷静に現在の状況を理解して即座に命令を下す女傑。戦闘娼婦(バーベラ)達も何が起きたのかわからないのか目を白黒させ、俺の姿を見て瞠目する。

 

「い、いつの間にっ!?」「なんなんだあのガキィッ!?」

「ノ、ノースリス様……?」

 

 鎖で繋がれ、耳を塞ぐことができない状態で至近距離で散弾ぶっぱの音を聞かされた春姫が朦朧としながらも俺を見て、はらりと涙を零した。

 手にした儀式剣から『殺生石』を外して弄びつつ、フリュネ達を見下ろす。

 

「クソォ、どんな手品使ったのか知らないけどねェ。【リトル・ルーキー】達を挽肉(ミンチ)にされたくなかったら、今すぐソレを返しなァ!?」

「あら、お断りよ。それより、全員武器を捨てなさい」

 

 どちらが優位にあるのか、察して欲しいモノだがね。

 此処まで派手に暴れておいて、ロキ派、ガネーシャ派が感づいていないとでもいう積りか? 仲間を、殺されたんだぞ? 既に俺を『生贄』に捧げたんだろ?

 その上で、春姫の儀式に失敗した場合……どうなっちまうんだろうなぁ?

 

「ガキィ……調子に乗るんじゃないよォ!?」

 

 頭に血が上ってるのか、話を聞く気が無いのか。どっちにせよ、巨女じゃ話にならん。

 此処から交渉の場に引きずり込みたかったが、無理か。

 ────と、なると、だ。

 

「じゃあ、こうするしか無いわけか」

 

 これ見よがしに『殺生石』を手に、大きく振りかぶる。

 投手(ピッチャー)、大きく振りかぶってぇー。

 

「な、何を────」

「私にも()()()()()()()()()()()()()? お返しにね?」

 

 だから、お前も取ってこい。

 全力で『殺生石』を()()()

 フリュネ達が居る方向とは違う方向へ『殺生石』が飛んでいき────フリュネが動いた。

 巨体が想像以上の速度で石を追って動き出す。それに続いて戦闘娼婦(バーベラ)達も遅れて石ころを追っていくのを尻目に、春姫の腕を掴んで転移(ステップ)

 自身と、自身の掴んだ人物や物質も含め転移を行う。普段だったら転移酔いで倒れるだろうが、『ウールフヘジン』の効果で転移酔いは起きない。

 一か所に全員を集め、庇護対象の春姫を背にしながら、クラスを『ニンフ』に戻そ────ぐにゃりと視界が歪む。

 転移酔いは起きないのではないか、と不快感を抑えつつクラスチェンジを終え、違和感を感じた。

 

 ────犬人(シアンスロープ)の様な耳と尻尾が生えてる。

 

 ……『クーシー・ファクトリー』? 先ほど『クーシー・アサルト』になっていて、『ニンフ』に戻ろうとしたら『ファクトリー型』になった。

 明らかに俺はおかしくなっている。

 いや、それよりも早く『殺生石』を破壊しなくてはいけない。

 

「【ピストル・マジック】【高速弾(リロード)】────」

 

 詠唱と共に照準を定める。

 巨大な蛙女が両手を伸ばし、今まさに捕まんとしていた『殺生石』。

 その石ころを、撃つ。

 

「…………【ファイア】」

 

 銃声一つ。

 音を置き去りにする高速の魔弾が、フリュネの手に収まりかけた『殺生石』を穿ち抜く。

 ガギィンッと言う、石の砕ける音。

 

「──────」

 

 手を伸ばし、今まさに捕まんとした姿勢のままフリュネが石材の床を踏み締めて着地した。

 祭壇に背を向けた巨女(フリュネ)は、その姿勢のまま動きを止め、他の戦闘娼婦(バーベラ)も表情を強張らせて固まる。

 嫌な静寂が満ちる。

 先までの喧騒が嘘の様に、全員が息を呑んで状況を見守り始め────地の底から響く様な悍ましいしゃがれた声が響いた。

 

「やってくれたよォ……!?」

 

 一歩、一歩と踏み締める度に地響きが響いているのではと誤認しそうな程の圧を放ち、巨女が此方を向き、迫ってくる。

 フィアが槍を、ベルが二刀を、サイアが大剣を構える。ミコトに春姫を預け、フリュネを見やる。

 七十近い悍婦達が怒気を孕ませてフリュネに追従して此方を半包囲してくる。背後には何もなく、逃げ場はない。

 『短距離転移(アサルト・ステップ)』で逃げるのも、無理だ。あくまで対象(ひと)の近くに転移するのであって、誰も居ない所には転移出来ない。

 

「ガキィ……よくもぉ……!」

 

 フリュネの大きな手に残された『殺生石』の破片。溢れ出ていた不気味な赤い輝きの残滓が、霧散し消えていく。

 その残滓が巨女の手で握り潰され、フリュネは血走った両目をギラギラと輝かせ、此方を睨む。

 

「どう落とし前をつけてくれるんだッ、『殺生石』を壊しやがってェ!?」

「逆よ、私を『生贄』にした落とし前を付けただけなんだけど?」

 

 腹の底に響く様な大音声に、ベルがほんの僅かに仰け反りかける。

 俺の反論に巨女の顔が真っ赤に染まる。また怒声でも上げるのかと身構えていると、フリュネは別の方向に視線を向けて空気を震わせる大喝を響かせた。

 

「アイシャアアアアッ!? 何してるぅ、早くこのガキ共を八つ裂きにするのを手伝いなァ!」

 

 半数近いアマゾネス達も剣呑な輝きを瞳に宿して此方を睨む中、アイシャは溜息を零して肩の力を抜いていた。

 周囲の若いアマゾネスの少女達は絶望した様に表情を青褪めさせ、俺達の包囲を行っていない他の戦闘娼婦(バーベラ)に至っては武器を取り落として頭を抱えて蹲る者すら居る。

 

「アイシャ、早く手伝いなァ!?」

「……フリュネ、止めにしないか?」

「あァ!?」

 

 アイシャの口から零れ落ちた台詞は、妙に落ち着いていた。

 

「もう、詰みだよ」

「何を言ってるゥ? たかが『殺生石』を壊されただけだろォ? もう一度用意すればいい事さァ。それはそれとして、そこの生意気なガキは皮を剥いで殺してやるよォ!」

「ああ、確かにな……まだ儀式場も壊れてない。『殺生石』があれば、な……」

 

 何処か諦めきったような言い方に、フリュネの額に青筋が浮かぶ。

 

「何が言いたい?」

 

 この期に及んで、まだフリュネは気付いていないのか。

 もう、【イシュタル・ファミリア】は詰んでる。

 

「次の『殺生石』がすぐ手に入ったとしても……次の満月まで一ヶ月だ。その間、春姫の『殺生石』無しで、【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】を抑えておくって? 冗談じゃない」

 

 人質は、奪還済み。

 ベルがそう言ったのだ、ベルの言う事に間違いは無いだろう。

 人質も奪還され、ロキ派、ガネーシャ派の猛攻に一ヶ月も晒される事が確定した。

 あるのは、成功したかどうかもわからない俺の『殺生石』のみ。

 

「詰んでるのさ、もう【イシュタル・ファミリア】に明日は来ない」

 

 絶望して武器を取り落とし、戦意を喪失した戦闘娼婦(バーベラ)達は、それに気付いてしまったのだろう。

 

「フリュネ、お前が無駄に眷属殺しなんてしたせいで……どっちも加減無しで襲ってくるだろうね。港町(メレン)みたいに、生きて帰れるとは思わない方が良い」

 

 当然、【イシュタル・ファミリア】に所属する全ての戦闘娼婦(バーベラ)も対象だろう。

 その説明を聞いたフリュネが身を震わせる。他の戦意を失わなかった女戦士(アマゾネス)達は武器を手にしたまま固まる。

 交渉するなら、今だろうか。折を見て口を開こうとし────先んじてベルが一歩踏み出して口を開いた。

 

「春姫さんを解放してください」

 

 ベルが言葉を放つのと同時、七十近い戦闘娼婦(バーベラ)の怒気が復活する。

 アイシャが目を細める中、フリュネが笑声を上げた。

 

「ゲゲゲゲゲゲッ!? 面白い事言うじゃないかぁ、【リトル・ルーキー】!」

 

 心底面白いとでも言いたげに笑い、一拍後にその表情を豹変させる。

 巨大な目玉で、今にも射殺さんばかりの眼光でベルを睨み付けた。

 

「調子に乗るんじゃないよッ、糞ガキがァ!? お前は何様のつもりだアア!?」

 

 目玉が飛び出るのではないかと言う程に血走った目を見開き、より一層、蛙の様に見える醜悪な顔でフリュネが吠える。

 

「それはアタイ達の道具だ!? フレイヤの連中を潰す為のねぇ!? 他派閥のもんが口を挟むんじゃあない!?」

 

 闘争に飢え、迷宮都市の玉座を目指さんと外法すら手に染めんとする者達に、言葉は届かない。

 目の前の武器を手にし続ける戦闘娼婦(バーベラ)達は、むしろ今から起こるロキ派、ガネーシャ派からの猛攻を耐え凌いででも、春姫を使った儀式の再開を狙っている。

 

「だったら、他派閥の私に手出しするべきでは無かったわね。語るに落ちてるわよ」

「黙りなアアッ!?」

 

 揚げ足をとった瞬間、凄まじい大声量で喚かれる。

 図星を突かれたら即座に大声を上げるのは、妙な自尊心(プライド)に溺れた奴にありがちな特徴だ。

 

「そもそも娼婦としても役立たずのその不細工を、穀潰しを養ってやったのは誰だと思ってるんだァ……そいつには、アタイ達に体を張って尽くす義務があるのさァ」

「それ、私には無かったわよね」

「るさいねぇ、ガキは黙ってなァ!?」

 

 一々、大声量を上げねば気が済まぬのか。

 いや、俺もわざわざ見え透いた地雷に足をかけてるから悪いっちゃ悪いが、突っ込みどころが多すぎるのが、悪い。

 聞いてて反吐が出る理論だ。身勝手で、誰かを食い物にして、貶める……ああ、こんな奴に、グランもルシアンも殺されてしまったのか。

 

「春姫ぇ? お前も言ってやりなァ」

 

 本人は猫なで声の積りなのだろうが、聞いてる側からすれば反吐が出そうなしゃがれた声に、春姫が息を呑んだ。

 

「春姫殿」

「春姫さん」

 

 ベルとミコトが、彼女の名を呼ぶ。

 春姫は微かに身を震わせると、ミコトの手を押し退けて立ち上がり、自らの身をぎゅっとかき抱いて震える。

 

「クラネル……様、ミコト様……ノー、スリス様……」

 

 怯える様に、彼女は顔を上げて俺達に視線を向ける。

 フリュネの手から離れ、それでも彼女の恐怖から逃れ切れていない春姫は、震える声で告げた。

 

「帰って、くださいませ……春姫は、大丈夫です」

「そんな、春姫殿!?」

 

 ミコトが春姫の肩を掴み、必死に説得しようとするが春姫は隠し切れない恐怖に揺れる双眸で彼女を見つめ、告げる。

 

(わたくし)の事は………………お願いですから、もうお気になさらないでください」

「どうしてっ!?」

 

 一際大きく、ミコトが叫びかけるのと同時────春姫がミコトを突き飛ばした。

 レベル差を考えれば、痛くも痒くもない突き飛ばしに、ミコトが呆然とした表情で春姫から離れる。

 俯き、涙を零していた春姫は、顔を上げると慟哭を響かせる。

 

()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 今まで抑え込んでいた感情が決壊した様に、瞳から涙を零して叫ぶ。

 

「好きでもない人に体を捧げて、売って、お金を貰って!? ミコトちゃんはそんな自分を許せる!?」

 

 何処か大人びた少女が、童女の様に泣き叫ぶ。

 

(わたし)は、娼婦だよっ!?」

 

 叩き付けられた現実に、春姫が思い悩んでいた事に、その事実に気付いたミコトが言葉を失って硬直する。

 俺は男だから、正直毛ほども気にしない。その手の需要がある以上、売り手が一定数は居る訳だし。だが、春姫には受け入れられなかった。それだけの話といえばそうだが……。

 駄目だな、俺には説得できそうにない。同情を誘う様に、俺も娼婦だったと嘘を吐いて説得すればなんとかはなるだろうが────俺が嘘を吐く必要は無い。

 

「英雄譚」

「……え?」

「春姫さん、貴方が語ってくれた英雄の話を思い出して、決めたんです……貴方を助けてみせるって」

 

 突然のベルの言葉に、春姫が涙を零しながら顔を上げる。少年は、その年に見合わない程に芯の通った、真っ直ぐでいて、決して揺らがない言葉を放つ。

 

「なに、を……」

「助け出して、貴方の言葉は間違ってるって……そう言ってやるって決めました」

「っ! 英雄にとって娼婦は────」

 

 なおも言い募ろうとする春姫に、ベルは微笑んだ。

 

「知ってます……()()()()()なんですよね」

「だったら、どうして……っ」

 

 遮られ、先んじて言いたい事を言い当てられた春姫がうろたえる。

 

「僕と貴方が憧れた英雄は────そんなんじゃない!」

 

 フリュネ達が鼻で嗤う声が響く。

 肩を揺らし、少年が語る青臭い理想像を嘲笑する。

 そんな理想を語る事を嗤う醜女どもが、腸が煮えくり返りそうな程にムカつく。

 

「たとえ娼婦でも、破滅が待っていても、『英雄』は見捨てない!」

 

 少女が息を呑む。

 

「恐ろしい敵が待ち受けていたって、『英雄』は戦いにいく!」

 

 少女の瞳が揺れる。

 

「そんな『英雄』に憧れた僕がっ、僕達が貴方を守ってみせる!!」

 

 真っ直ぐ、ただ真っ直ぐ。

 怯えも、恐怖も、迷いも、不安も、全てをかなぐり捨ててぶつけられる大言。

 人によっては大言壮語だと嘲笑するだろう。けれども、少年の言葉には、不思議な程に説得力に満ちているのだ。少し足りない所も多い、実力だって不足してる────それでも、()()()()()()()()()()()()()()という、何かが少年の言葉にはあるのだ。

 

「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ、ガキの英雄気取りかぁ!?」

 

 遂に堪え切れなくなったとでもいうように、巨女(フリュネ)が、狂戦士(アマゾネス)共が、哄笑を響かせる。

 そして、言葉をぶつけられた春姫は、怯える様に顔を左右に振り、自分を掻き抱いて膝を突く。

 

(わたくし)はっ……(わたくし)は娼婦です!?」

 

 己に課せられた消えぬ呪縛の言葉。

 ────俺は、人を騙した犯罪者だ。

 

「貴方達の重しになりたくない!? 汚れている私に、そんな価値はない!!」

 

 少女が響かせる哀哭。

 俺も、同じように考えている。けれど違う、違うんだよ、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「自分に価値が無いとか決めつけるなよ!?」

 

 少年がぶつけたのは、怒声だ。想いを、その心に抱いたそれを、真っ直ぐ揺らがずにぶつけていく。その衝撃はいかなるものか────春姫が言葉を失う。

 

「馬鹿にされても指をさされても、汚れていたって、それは恥ずかしい事じゃない!」

 

 恥ずかしい、とは少し違う。

 罪悪感と言うのは、羞恥心とは全く違うとは思う。けれども、ベルの言葉は深く刺さる。それだけの重みと、何かが……想いが込められた言葉は、重く、深く、心に響くのだ。

 

「一番恥ずかしい事は、何も決められずに動けないでいる事だ!!」

 

 春姫の瞳が大きく見開かれる。

 そして、同時に、ベルの言葉は俺の心に大きな波紋を生んだ。まさに、その通りだったから。

 

「僕は、僕達はまだ、貴方の願いを何も聞いちゃいない!」

 

 言葉を、心を、想いを、全てを真っ直ぐ伝えるベルが、その背を春姫に見せつけて強大な壁(フリュネ)と相対する。

 

「貴方の本当(ほんとう)を教えてください!!」

 

 頭上に広がる望月を抱く蒼い闇と、足元の石板から立ち上る紅い光。

 響き渡った少年の言葉は────間違いなく届いた。




 ダンまちアニメ第三期、もうすぐですね。
 OVAⅡが『ダンメモ』の方で無料配信されてるので、見て無い方は見て、どうぞ。
 そして『キノコ』の意味を知ると良い……『キノコ風情が吠えるなぁ!?』とか『キノコは引っ込んでろ!』とか『キノコはキノコ、殲滅するだけだ!』とか……。
 皆もOVAⅡを見てキノコに怯えろぉ……(グルグル目)

 『ダンメモ』やってる人は絶対見ようね!
 OVAⅡ『無人島に薬草を求めるのは間違っているだろうか』




 そういえば、初めて粘着行為で対処してもらったのですが、『評価』と『お気に入り』も強制的に消されるっぽいですね。
 相手からこの作品、見えなくなってるんですかね。だとしたら相手にとっても良い事だと思うんですよね。本作は読んでて気持ち悪くなっちゃうぐらいの作品らしいですし、そこまでいうなら除外小説に登録すれば良かったと思うんです。
 というか粘着なんてするぐらいだったら、自分でTSロリ作品書けば良いと思うんですけど。そっちの方が自分好みの作品が読めますよ?
 ……読む為には『書かないと』いけないんですけどね。

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