魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一七八話

 蒼い夜天を彩る星々に囲まれた金色の望月。

 響く闘争の音は高らかに響き、その音を聞き届ける彼の月は何を思う。

 そんな場違いな考えが脳裏に過るさ中、仰け反ったフリュネが震えながらレーネを見て、その眼球を一気に血走らせる。無数の青筋が顔中に浮かび上がり────ブチィッと何かが切れる音を響かせる。

 

「レェェェネェッ!? 裏切ったねぇええ!!」

「裏切り者はお前だフリュネェェェッ!?」

 

 怒鳴り散らすフリュネに、負けじと怒声響かせるレーネ。

 二人のやり取りに呆気に取られている間にも、フリュネが大戦斧を振り下ろす。瞬間、爆発した様に石材の床が弾け、無数の瓦礫片が辺りに飛び散る。

 近距離に居たレーネが平然と鞭を石柱に巻き付けて自身の体を強制離脱させ事なきを得るも、俺達はそうはいかない。飛来する石片をアイシャとベルが迎撃し、フィアが飛び上がって宙に逃げる。

 

「おい、どうする。レーネの奴はこっちと事を構える気は無いみたいだが」

 

 俺達が流れ弾に対応している間にも、レーネが石柱を圧し折ると同時に鞭で巨大な石柱を噴進弾(ロケット)の様に巨女目掛けて投げ飛ばした。

 フリュネは難無くそれを迎撃するどころか、大戦斧でソレを打ち返し、大量の破片の散弾にてレーネを撃破せんとしはじめる。

 既に冷静さを欠いた巨女の目に映っているのは、自らの顔を傷付けたレーネの姿だけだろう。故に、今から逃走すれば第一級冒険者との闘争を回避できる。

 

「ベル、選択を……このままあの戦闘に乱入するか。それとも逃げるか……」

 

 【フレイヤ・ファミリア】がイシュタル派の戦闘娼婦(バーベラ)と事を構えている内に逃げ出せれば。とも思うが、しかしフリュネは此処で息の根を止めておきたい。

 フィアは既に交戦する気でしか無く、アイシャ達はどうするのか決めかねて此方を伺っている。

 ベルはほんの僅かな戸惑いがあったのか、一瞬だけ動きを止めるが直ぐに足を踏み出し、叫ぶ。

 

「戦います!」

「あいわかった、任せろ!」

 

 光に包まれたベルが純白の光弾と化し突撃するのと同時、それを追ってフィアが空を駆ける。

 ほんの僅かに戸惑ったアイシャが眉を顰めつつも年若いアマゾネス達に声をかけ、突撃していく。

 肝心のフリュネは入口方面でレーネ目掛けて瓦礫を打ち出し、鞭を使った立体軌道で攪乱しながら交戦する少女を潰さんとしている。丁度此方に背を向け、宮殿に続く空中廊下の傍をカッ飛んでいくレーネを睨む巨大な背中に、ベルのナイフが閃き、二条の傷を刻み込んだ。

 

「ぎっ!? アタイの体に傷を付けたのはお前かあああああああああ!?」

「【ファイア】ッ!」

 

 振り向きざまに振るわれる大銀閃。ベルが身を屈めて回避するのと同時、俺が放った【高速弾】がフリュネの頬に命中(ヒット)。狙っていたのは目だったのだが、だいぶ逸れた。それに加えて、まともな損害(ダメージ)を与えられていない。

 しかし、損害(ダメージ)が無くとも顔に攻撃を与えた事で巨女の怒りが一瞬で俺に向けられるが、即座に発条(ばね)の様にベルが突貫して脇腹を浅く抉る一閃と共に彼女の脇下をすり抜けていく。

 

「あああああああああああああああああッ!!」

 

 怒りの矛先が切り替わったフリュネがベルを追って振り向こうとする寸前、遅れて突っ込んでいったアイシャの大朴刀の一撃が巨女の真正面から放たれ、フリュネは大戦斧でそれを防ぐ。

 

「悪いな、私の相手もしてくれよヒキガエルゥッ!?」

 

 火花と轟音が弾け、巨女と女傑の鍔迫り合いの拮抗は崩れ、アイシャが大きく吹き飛ばされる。大戦斧を振り抜いたフリュネの背目掛けて中空掛ける狼が鋭い牙を持っての強襲を仕掛けた。

 鋭い刺突が背中にぶち当たり────フィアが舌打ち混じりに身を捩って跳ね退く。

 

「小賢しいんだよおおおおおっ!?」

「んだよこの筋肉の化物が!? 刃が立たねぇ!?」

 

 フィアの手にしていた槍の切っ先が大きくへしゃげて変形している。元は鋭く研ぎ澄まされていたはずの刃が見るも無残な有様だ。

 俺も魔弾を撃ち込んでいくも、この『クーシー・ファクトリー』の【特殊弾】ではまともに損害(ダメージ)を与えられない。【貫通弾】ですらも貫けず、【猛毒弾】や【麻痺弾】【睡眠弾】なんかの異常魔法(アンチステイタス)系の弾丸は《対異常》で撥ね退けられる。【爆発弾】なんかは連携中のベルやフィア、アイシャやレーネの動きの阻害に繋がりかねない。

 別のクラスを使用したいが、上手く変化出来ない。

 

「フリュネエエエエ、私を無視しちゃ嫌だよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 跳ね飛ぶ様に戻ってきたレーネが鞭を振るう。

 元々、鞭は武器というよりは道具の分類に入る代物だろう。戦闘用に使うには扱いが難しいが、その一撃の威力は侮れない。鞭を振るった時に発生する大きな音は()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 当然、それを扱うのが神の恩恵を受けた冒険者ならば、更に威力は加算されるだろう。直撃(クリーンヒット)でもした日には、一撃で肉を断つ事すら可能な一撃に成り果てる。

 フリュネが初撃として食らった鞭は、近距離だった事や、空間の関係で最大威力では無かったのだろう。ほんの少し鼻が赤くなる程度の損害(ダメージ)しか与えていなかった。そして、今振るわれた一撃は最高威力の一撃だったに違いない。

 命中箇所は腕。大戦斧を握る左腕に空気をぶっ叩く甲高い音色と共にレーネの鞭が叩き込まれ────皮膚を裂き、肉を抉り、最も大きな損傷(ダメージ)を叩き出す。

 

「ぎっ、あああああああああああああああああああっ!?」

「あはははっ!? フリュネは鞭で叩くのが好きなんだよねぇ!? でも叩かれるのは嫌いかなぁあああッ!?」

 

 絶叫を上げながら更に追撃の鞭を振るわんとするレーネに対し、フリュネが即座にレーネ目掛けて前進した。鞭と言う武器の特性上、最も損害(ダメージ)を与えられる距離は中距離であり、遠距離では当たらず、近距離では目も当てられない威力に落ちる。故に、巨女が取った行動は最善手だろう。

 他に、彼女の相手が居なければ、の話だが。

 

「るぁああああああああああああああああッ!?」

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」

 

 空中を跳ねまわるフィアがへしゃげた槍では無く落ちていた棍棒で殴りかかり、背後に回り込んでいたベルが巨女の背中に更に傷を増やす。

 間髪入れずに魔弾で意識を逸らさせ、其処にアイシャが追撃を仕掛ける。其処にレーネの鞭の一撃が叩き込まれ────フリュネが絶叫を上げる。

 

「ぎあああああああああああああああああああっ!?」

 

 恐ろしい一撃だ。

 フリュネに拷問がてら鞭を使われ、俺が受けたあの傷よりも更に酷い。第一級冒険者の肌を易々と引き裂き、肉を抉る。鞭という扱いの難しい技量武装を易々と使いこなして猛攻を繰り返すレーネ・キュリオと言う冒険者がいかに優れているのかを見せ付けられ、アイシャが脂汗を流して焦った理由を知った。

 ────【呪詛(カース)】ステイタス減少の代償(ペナルティ)を受けておらず、更に恩恵有りの状態で、仲間(ファミリア)の援護があれば間違いなく、彼女は【イシュタル・ファミリア】から【ウェヌス・ファミリア】を守り切れた事だろう。

 だからこそ、真っ先に神を殺されて無力化されたのだろうが。

 

「つ、強い!?」

「まだ倒れないのか!?」

「化物より化物しやがって!?」

「あははははっ、まだまだぶっ叩いても平気そうだねェエエエ!? 皮を裂いて、肉削いで、骨まで砕けちゃうよォッ!?」

 

 猛攻を加え、確かな損傷(ダメージ)を積み重ねているにも関わらず、フリュネが倒れる気配が無い。更に付け加えると、彼女の反撃の一つ一つが一撃で此方を沈めかねない程の威力を持っている為、深入りが出来ない。

 春姫がベルに与えた『階位昇華(レベルブースト)』という恩恵。それによってなんとか食らい付くベルだが、小さなナイフで与える損傷(ダメージ)では弱すぎる。

 想定以上の実力を持っていたレーネと言う伏兵。彼女の鞭の一撃が想定以上の損傷(ダメージ)を与えるが、見た目は重傷に見えてもその実、致命傷から程遠い見せかけの傷ばかり。

 こちら側が与えている損傷(ダメージ)は、あまりにも小さすぎた。

 それでも、毎回暴れ回るフリュネを抑えてきたアイシャと言う女傑。そして武装の所為でまともな損傷(ダメージ)が出せないと分かった瞬間に攪乱に徹したフィア。序に、敵の目を引く様に妨害を加えた俺。

 三人が全力でフリュネの気を逸らす事で場を凌ぐ。

 そう、凌いでいるだけ────第一級冒険者を倒すには余りにも威力面が不足していた。

 

「付け上がるんじゃあないよォ!!」

 

 皮膚を裂き、肉を抉る一撃は激痛は与えられても、その内側の筋肉によって骨や内臓にまで傷が届かない。故に、その鞭の一撃を体で受け止めた瞬間に、鞭を掴んでレーネを引き寄せようとする。

 咄嗟にレーネが鞭を手放し、生まれた隙を埋めんと魔弾を撃つが無視される。

 徐々に命中精度が落ちていっていたためか、それともただ回避されたのか頬を掠めて魔弾が明後日の方向に消えていく。それでもフィアが頭上から鉄棍を叩き込もうとし、アイシャが次弾として詰め寄り、ベルが追撃姿勢を見せ────その攻撃全てを身に受けながら、フリュネが反撃を放った。

 

「ぬらあッ!?」

 

 無数の傷を受けながらも巨女が放ったのは、自らの足元への踏みつけ(ストンプ)

 だが、第一級冒険者が放ったその一撃は、凄まじい衝撃波を生み出し至近距離に居たベルとアイシャの三人を吹き飛ばし────レーネから奪った鞭を無造作に、それでいて全力で振り回す。中空に居たフィア目掛けて。

 

「ぬぐああっ!?」

「堕ちなああああァ!!」

 

 鞭自体の威力は大したことが無かったのだろう。しかし、回避しそこねたフィアの足に鞭か絡み付き、叩き付けようと全力で振り回し始める。

 

「【ファ────】ぐぅ……」

 

 狙いを定め、鞭を撃ち抜く事でフィアの救出を行おうとした矢先。凄まじい眩暈と共に視界が揺らぎ、詠唱中だった魔法が強制中断させられる。魔力暴発(イグニスファトゥス)には至らなかったが、失敗した。

 次の瞬間、轟音と共にフィアの体が床に叩き付けられる。パラパラと飛び散った石材片が散らばり、僅かに舞い上がった土煙の向こう側、背中から叩き付けられたフィアが喀血しながらも、ナイフで未だに足に絡む鞭を切断しようとするが、追撃と言わんばかりにフリュネが再度フィアの絡んだままの鞭を引っ張り寄せる。

 

「ぐそああああァ!?」

「死にぞこないがァ、次で殺してやるよォ!!」

 

 眩暈が収まると同時に詠唱しようとして、気付いた。クラスが変化している。

 咄嗟に頭に触れて耳の確認。その間にもフィアが引き摺られていく。ベルとアイシャが気付いてフィアを救わんと再度突撃しようとするが、一度盛大に吹き飛ばされた彼等では間に合わない。

 自身の頭に生えているのが、多分『猫耳』。つまりクラスは『ケットシー・ドールズ』。使用魔法は────。

 

「【サブマシンガン・マジック】ッ」

 

 急げ、早くしろ。このままだとフィアが死ぬ。焦燥感に埋め尽くされながらも詠唱し────不発。

 魔法円(マジックサークル)すら展開されない。異常事態。

 ボロボロのローブの隙間からぬるりと出ている尻尾も、猫のモノと酷似している。しかし、人形師(ドールズ)型の扱う銃魔法が発動しない。詠唱間違いではないはずだ。

 勢いよく、フィアの体が宙に舞う。抵抗出来ずに引き摺られていた彼女が、遠心力に任せてぶん回され、彼女の血が周囲に撒き散らされる。

 離れた位置に居た俺の所にまで届く程に、血の雫が雨の様に撒き散らされる。その鮮血の赤色が徐々に色褪せていく。まるで取り残される様に意識だけが加速し、振り回されるフィアが意識を失っている事実すら、()()()()()

 次の一撃で、間違いなくフィア・クーガが死ぬ。だが、詠唱が上手くいかない。魔法詠唱そのものを間違えた? 否、前に使用した時はそれであっていた。他に召喚(ケットシー)型のクラスを習得していない以上、【サブマシンガン・マジック】で合っているはずなのに。

 サーッ、と血の気の引く感覚に襲われる。ベルが、アイシャが、どちらも間に合わない。既に勢い良く振り回される彼女を受け止めようとすれば、彼女らのどちらかも戦闘不能に陥りかねない。そも、あの速度で叩き付けられれば既に一撃貰っているフィアで耐えれるかどうか。

 

「……ッ!」

 

 これ以上、仲間を失う訳にはいかないのに。自身の状態がおかしな所為で────ただの言い訳だ。

 咄嗟に、走り出す。せめて、その身を受け止めて自らを緩衝材(クッション)にでもすればもしかしたら、と一縷の望みに賭けんとした所で、フリュネの目掛けて何かが振るわれる。

 

「フリュネの顔面の皮をぉぉぉ~、ベリベリィッ!?」

 

 ふざけた掛け声。

 フィアを殺そうとしていたフリュネの顔面に、レーネの持つ鞭────鞭の様なモノが張り付いたと思った瞬間、夥しい量の血が撒き散らされ、フリュネの顔が()()()

 

「ぎっ────あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!?」

 

 振り回していた鞭がフリュネの手を離れ、力を失ったフィアの体が宙に投げ出され────ベルがそれを受け止めた。

 フィアを抱きとめたベルが容態を見て青褪める中、サイアが駆け寄ってフィアの体を掴むと即座に反転。後方で怯えて動けずにいる数人のアマゾネスと、春姫を守る為に腰の刀に手をかけるミコトの元へ。

 後方撤退。フィアが戦闘不能。それを確認しながらも、フリュネの様子を伺う。

 その顔は左耳から右の顎にかけて、抉れていた。大きく唇が欠けている処か、ただでさえ大きかった口は大きく引き裂かれて奥歯すら視認でき、口裂け女状態になっている。

 

「ア、アタイの顔がああああああァ!?」

 

 一体、どんな武器を使ったのかとレーネの方を横目で見て────後悔した。

 それは、きっと拷問用鞭(キャットオブナインテイル)よりも更に残虐でいて、非道な代物だろう。

 材質は金属。艶やかな金属の光沢を持つ無数の鋼糸が複雑に絡み合い、彼女の足元に垂れている。問題は、その絡み合う鋼糸の隙間にびっちりと、金属片が飛び出している事だ。

 一見すると、それは有刺鉄線にも見えるが、アレの比ではない程に棘が付いてる。否、棘と言うには不揃いだ。それでいて一つ一つはギラギラと凶悪な光沢を放っている。その一部分、先端の方が真っ赤に染まり、髪の毛や皮膚、肉片等が絡み付いている様子が見える。

 茨鞭、ではない。有刺鉄線より遥かに酷い。傷口はきっと簡単に治せず、より残虐に、より非道に、ただひたすらに対象を痛めつけ、消えぬ傷を与える為の残虐武装(デッドリー・ウェポン)

 

「レ、レェェネェッ!!」

「ふぅん、もっと抉られたいの? 良いよ! ()()()()もっと血を欲してるだろうしね!」

 

 レーネが抱く、フリュネに対する憎悪を形にした様なその武装に背筋が震える。だが、同時に羨ましいとも思えた。クラスが滅茶苦茶になって思った様に戦えず、憎悪だけが空回りする俺と違い、確実にフリュネに傷を刻んでいく彼女が羨ましい。

 集中力が乱れ、戦闘中だというのに余計な方向に思考が流れていく。状態が変だ、今のクラスが不明。もしかしたら魔法そのものが使えない状態に陥っている可能性すら有り得る。

 焦りながらも、フリュネが猛攻を加える対象がレーネになっている間になんとしてでもクラスを変更せんと意識を集中させる。

 

「待ちなぁああああああああああああァ!!」

 

 逃げ回るレーネに対し、フリュネがそれを追う。

 ズガンズガンと、振り上げては振り下ろされる大戦斧の一撃で床材が砕かれ、砕かれ────次第に視界が揺れ始める。

 クラスが変わる前兆かと身構えていた、その時だ。

 

「これ以上あのデカブツが暴れると別館が倒壊するぞ!?」

 

 グラリ、グラリと地面が揺れる。そして、下の階層から響くバキバキッと言う石材に罅が入る音。

 石造りの聖塔(ジグラット)が大きく揺れている。それは、屋上である空中庭園で巨女がその場の耐久性なんぞ考えずに暴れ狂っているからなのは確定的に明らかである。

 当然、このまま此処を戦場にしていたら、いずれ別館そのものが倒壊して全滅しかねない。

 

「【リトル・ルーキー】、なんとしてでもフリュネを宮殿の方に誘導するよ!?」

「わかりました、僕が気を引きます!」

 

 ベルが駆け出し、レーネを追うフリュネの背に【速攻魔法(ファイアボルト)】を連発しだす。

 一発目でよろけ、二発目で振り返った巨女は、怒声と共にベルに突貫する。

 

「邪魔するなあああああああああああああああァ!!」

 

 ベルが背を向けて空中廊下へ駆けていき、フリュネがそれを追おうとして大戦斧を投擲した。

 左右の胸壁を砕きながらベルに迫る一撃。狭い空中廊下が災いして、ベルには回避する手段が無かった。

 思わず目を見開く。

 逃げ場の少ない一本道である空中廊下へ足を踏み入れたのは失策だったと気付いてナイフで迎撃しようと振り向きかけ、結局振り向かずに歯噛みしたベルは更に速度を上げる。

 迎撃するには、フリュネが放った高速回転する大刃は地面を這う様に低位置を飛来している。ナイフでの迎撃は姿勢が悪く、跳躍による回避の場合は。

 

「待ちなああああああああああああああァ!!」

 

 後方より爆走する巨女の追撃が回避できない。

 故に、空中廊下を逃げ切る為に速度を上げるが、高速回転する大刃は胸壁をまるで紙切れの様に刻み壊しながら一切速度が緩む事なくベルを刻み散らさんと迫る。

 このままではベルが────魔法を使わんと手を銃の形にして大刃に向けるが、魔法が使えなければ意味が無い。

 猫耳、尻尾────人形師(ドールズ)型でなければ、なんだ。

 他の召喚(ケットシー)型か? 猫耳、尻尾、召喚。

 視界に映る景色が徐々に色褪せていく。ベルの背後に迫る超速回転する大戦斧がゆっくりとした速度で紙切れの様に胸壁を砕き壊す光景が見えた。

 空中でぶつかり合う破片が見えた。フリュネの頬から飛び散る血の雫が見えた。慌てた様子のアイシャが大朴刀を担いで追おうとしている姿が見えた。レーネが鞭を使って空中を行く姿が見え────()()()

 

 ほんの一瞬の戸惑い。けれど、同時に今の自分が何の()()()なのか確信が持てた。

 

「【早撃ち(クイックドロウ)】」

 

 ズドンッ、と非常に重い発砲音。

 事前詠唱の必要も無い。

 分岐詠唱特有の、詠唱を重ねる必要も無い。ただ、魔力が一定量失われ、指先に現れた魔法円(マジックサークル)が銃口としての機能を果たし、魔弾(だんがん)が放たれる。

 動体視力と思考速度が超加速した()()()()()で一人。焦る表情の皆をしかと目に焼き付けながら、魔弾の行く末を見守る。

 ベルの背後に迫る大刃。超速回転する大銀塊とかしたその大戦斧。その柄の部分に魔弾が直撃し────軌道を逸らした。

 横回転は縦回転に、地面を盛大に抉りながら進む大刃に、更に追撃を叩き込む。

 

「【クイックドロウ】」

 

 元来、魔法に必要な『詠唱』と言う動作を省き、ただひたすらに早く撃つ。それを極めた特殊な射撃魔法。この効果は、ベルの持つ速攻魔法とよく似ている。否、まさに速攻魔法(ファイアボルト)と同じ、速攻魔法(クイックドロウ)

 放たれた魔弾が大銀塊の軌道を逸らす。

 ベルの命を断たんとしたその大刃が軌道を外れていき、ベルがそのまま宮殿に直進。空中廊下を二人が抜けると同時に大銀塊は本拠に着弾。勢いを殺さずに一気に数階層分を打ち抜いて地上にまで届かんばかりの大きな傷を本拠に刻み込んだ。

 

「────っ!」

 

 一瞬、気を抜きかけて慌てて駆け出す。

 先に動き出していたアイシャとレーネの背中を追い、空中廊下に入りながら後ろに居るであろうミコトに叫んだ。

 

「ミコトッ! 私の()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 二人の速度に追い付くべく、足を動かしながらも思わず笑みを浮かべてしまう。

 銃使い(ガンスリンガー)型。本来ならば銃特化(クーシー)型に分類されるクラスだが、この型は召喚(ケットシー)型にも同様の名称のクラスが存在する。

 意識の外にあった。そもそも今の俺が習得しているクラスではないはずであり疑問は残るが、このクラスは()()

 

「副団長、悪い、さっきは足を引っ張った!」

 

 後ろから一気に追い付いてきたのは、応急処置したのか包帯を頭に巻いたフィアの姿。血が滲んではいるが、まだ戦えると獰猛に笑って追従してくる。

 第二回戦(ラウンド)だと意気込み────ぐらりと視界が揺らぐ。

 

「ぐっ……」

「どうした、おい大丈夫か!?」

 

 空中廊下の途中で膝を突き、眉間を抑える。

 視界が揺らぎ、眩暈でぐるぐると世界が回る。

 まるで水の中で聞く声の様に、フィアの声がぼやけて聞こえる。クラスが切り替わる感覚。

 それも数秒の出来事だった。直ぐに顔を上げてフィアに笑いかける。

 

「大丈夫です。ちょっと、調子が悪いだけですから」

 

 そう声をかけながら、今のクラスを確認する為に耳に触れようとして────心臓が早鐘を打ち始める。

 くらくらと視界が揺れ、訝し気な表情のフィアの顔が驚愕に染まる。

 

「おい、おい副団長、落ち着け、良いか? 落ち着け!」

 

 落ち着け。そう繰り返す彼女の言葉を聞きながら、吸い寄せられる様に俺は空を見上げていた。

 フィアが頭を掴んで見るなと叫ぶのが聞こえるが────駄目だ、これは。

 空に浮かぶ金色の丸。ぞわぞわと背筋が増える。

 喉の奥、腹の底から噴き出す様に何かが溢れてくる。

 静まれ、見るな、落ち着けとせわしなく告げてくる狼人の少女。

 その表情に僅かな焦りを見出しながらも、宮殿屋上から響く抗争の音色に呼応する様に、心臓が跳ねまわる。

 今すぐにと、早く行けと──────獲物を奪われるぞと。

 宵闇に浮かぶ望月が告げた気がした。

 

「副団長、おい!? 聞こえてるか!?」

「……フィアさん」

「大丈夫か!? 一度、小人族(パルゥム)に戻った方が────」

「大丈夫ですよ。ええ、大丈夫です」

 

 なんたって、こんなに気分が良いのは久しぶりだ。

 

 

 

 

 

 屋根を、外壁を、足場を次々に粉砕しながら追撃を繰り返す巨女を相手に、少年が回避と反撃を試みる。

 そのどれもが軽く、フリュネに一歩届かない。せめて得物が違えば、と少年が内心焦りながらもフリュネの顔を直視し、表情を強張らせる。

 顔を斜めに、左耳から右の顎にかけて肉が抉られ、もともと醜かった顔が更に醜悪になっており、其処に憤怒の表情を混ぜ込んだせいで、とてもではないが見れたものではない。

 

「ぐぅッ!?」

「ぬらあッ!?」

 

 フリュネが破壊した建材をベル目掛けて投げ飛ばし、ベルが回避した先に回り込んで蹴りを見舞う。

 防御姿勢で受けたにも関わらず凄まじい衝撃が少年の体を突き抜け、一気に打ち上げる。

 女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)最上階、歓楽街で最も大地から遠い宮殿の屋上で、ベルとフリュネは交戦していた。

 半壊する以前であれば、神の庭と言っても過言ではない程に整えられた植栽に人口の湖だった場所。

 闘技場(コロシアム)に匹敵する程の広い空間を、中央に聳え立つ監視塔の様なイシュタルの住居の周囲を回る様にベルとフリュネは交差し続ける。

 得物を失ってなお、巨女が振るう拳は凶悪な威力を持ってベルを狙う。両手に握るナイフがなんと心もとない物かと擦り切れる戦意を維持せんとベルが息を呑みながらも歯を食い縛る。

 

「ゲゲゲゲッ! やるじゃないかァ!?」

 

 左耳から右顎にかけて走る抉れた傷ごと表情を歪めながら、血走った双眸をぎょろぎょろと蠢かし迫るフリュネ。

 限界を振り切れた憤激に染まる瞳は、震えるような殺意と悍ましい愉悦の色を滲ませながらベルを捉えて離さない。

 

「どうだァ、素晴らしいだろおおォ~~~!! その春姫の妖術(ちから)は!?」

 

 春姫の魔法によって授かった階位昇華(レベル・ブースト)の効果は凄まじい。まがりなりにも第一級冒険者と一対一で渡り合い、仲間の援護を受けた状態であればフリュネを押してすらいたのだ。

 しかし、それでも第一級冒険者という高い壁に届きうるかと言えば、否。

 力は遠く及ばず、限りなく肉薄した速度ですら一段上。

 反則級の恩恵を以てしても、その高みの足元に手をかけるので精一杯。超える事等、夢のまた夢。

 激増した能力を御しながらも、都市の一線級の力を振るうフリュネに食らい付く。

 

「その力さえあれば、Lv.6だろぉと関係なァいッ!! 【剣姫】と言う小娘もねェッ!?」

「……!!」

 

 ベルに対して猛攻を続けながら、フリュネが感情高ぶるままにこの場に居ない少女に怨嗟の声をぶつけた。

 

「あんな人形女が最強で、美しいだってェ!? 冗談じゃないよォ!!」

「……ッ!」

「つくづく腹が立つよォ、オマエの戦い方はァ!? あの女の顔が一々ちらついて見えやがるゥ!?」

 

 主神(イシュタル)美神(フレイヤ)に嫉妬していた様に、眷属である団長(フリュネ)もまた特定の人物に敵愾心を抱いていた。

 女神の如き金髪金瞳の美貌、そしてフリュネを追い抜きLv.6へ至った実力。その事実に憎悪の炎を燃やしている。そのアイズに師事した事のあるベルから、その面影を見出したのか、更に激昂して攻撃が加速していく。

 

「その力さえあれば、あの不細工どうってことないんだよおおおおおォ!?」

 

 ベルの中に見えるアイズの幻影を叩き潰さんと、フリュネが両腕を頭上高く振り上げ、握り締めた両拳を振り下ろす。

 屋上の一部を粉砕して有り余る威力を見せ付けたその一撃を、横っ飛びで回避したベルは眦を吊り上げる。

 家族に対し行われた残虐な仕打ち、仲間の命を断った怨敵、其処に憧憬の存在を貶めるという行為まで加わり、少年の心を完全に搔き乱す。

 

「うわあああああああああああああああああああああああッ!!」

「ぬっっ!?」

 

 怒涛の猛攻。

 一方的に責め立てられるだけだったベルの反撃に、一対一にもつれ込んでから初めて、フリュネが防御した。

 付与された夥しい光粒を引き連れ放たれる連続斬り。フリュネの腕に刻まれる無数の傷。

 無数に閃く紫紺と紅緋の斬閃にフリュネが僅かに怯んだ。

 先のお返しと言わんばかりに振るわれたベルの一閃が、フリュネの腕に一際大きな傷を刻む。元々レーネに与えられていたその傷を、更に抉る一撃。

 

「────つけ上がるんじゃないよォ!!」

「っ!?」

 

 回避に専念していた少年が突然、感情に任せて攻勢に出た事で生まれた綻び。

 その一瞬の隙を突き、少年の体にフリュネの前蹴りが突き刺さる。

 咄嗟に膝で防御するも、ベルの体は呆気なく吹き飛ばされ、屋上の鉄柵にぶち当たる寸前で鞭に絡みとられて動きを止めた。

 

「はぁ……はぁ……追い、追い付いた!」

 

 荒い息を零しながら、移動用の鞭を片方失って不便な想いをして到着したレーネが吹き飛んで落ちかけたベルを救うと同時に、フリュネの方に視線を向けて笑う。

 

「裏切り者のフリュネぇ~、イシュタル様のお膝元で殺されたいなんて殊勝な心掛けだねぇ~」

 

 軽口を叩きながら、レーネが残虐武装(デッドリーウェポン)をズタボロになった庭園の地面に垂らす。

 ベルも痛みを堪えながら立ち上がり、ナイフを構えた。瞬間。

 

「月が綺麗ですね」

 

 フリュネの目の前に、忽然と少女が姿を現した。

 

「ミリアッ!?」

「うん? ……うん? 何処から……いや、ほんと何処から現れたの?」

 

 ベルが瞠目して少女の名を呼び、レーネが目を白黒させる。

 そんな反応を他所に、小人族(パルゥム)の中でもとりわけ小柄な少女は狼を思わせる耳と尻尾を揺らしながら、両手に輝く魔法円をフリュネに差し向ける。

 

「ゲゲゲッ、残念だったねェ。お前の攻撃なんか痛くも痒くも────」

「【ファイア】」

「────ごぶァッ!?」

 

 ズガンッ、と轟音にも等しい音と共に、真正面で余裕ぶっていたフリュネが()()()()()

 巨体が中を滑り────フリュネの傍に金髪の少女が現れる。そして、追撃。

 

「【ファイア】」

 

 吹き飛ぶフリュネに対し、その場から一歩踏み出し────フリュネの傍に()()。更なる追撃を放つ。

 吹き飛ばし、転移して接近、追撃して更に吹き飛ばす。

 あっという間にフリュネの体を宮殿屋上から突き出し、突き落とした。

 

「うわぁお、あの威力最初っから使えるなら使えばよかったのに……」

 

 唖然とするベルと、ほんの僅かに不機嫌そうに声を漏らしたレーネ。その二人の眼の前から、ミリアが()()()

 重心を前に傾ける様に身を投げ出した瞬間、その場から忽然と姿を消したのだ。そして────更に轟音が響く。

 ズガンッ、ズガンッ、と徐々に離れていく音色にレーネが溜息交じりにその音を追うべく鞭を使い離れていき、ベルもまた追うべく足を踏み出そうとして、気配に振り返る。

 咄嗟に振り返った先には、丁度着地したフィアの姿。その背にしがみつくサイアの姿もあった。

 

「フィアさん、サイアさんも……ミリアの様子が何か変でした、何が……」

「知ってる。糞、追い付けねぇ……」

「んー、団長君は春姫ちゃんだっけ、そっちの方に行ってあげた方が良いと思う」

 

 焦りの表情を浮かべたフィアが舌打ち混じりに答え、背負われていたサイアが呟く。

 

「春姫さんが……でも、ミリアが、フリュネさんと」

「そっちはアタシらで行く。それに、今から飛び降りておいかけんのは流石の団長でも無理だろ。アタシは行くからな」

「団長は春姫ちゃん連れてきてねー」

 

 返事を聞くより前に、フィアが駆け出していき、フリュネが破壊した鉄柵の向こう側へ躊躇なく飛び出していく。その背を追おうと足を踏み出しかけ、壊れた柵の傍から下を見下ろして息を呑んだ。

 宮殿正面広場。其処にフリュネが着弾したらしい土煙が上がっているのが見える。

 その高さは、四十階以上。当然、対策なしで飛び降りれば一溜りも無い。

 

「……春姫さんと合流して、急いで向かわなきゃ」

 

 ベルはフリュネによって破壊された痕跡を頼りに空中庭園に向かうべく足を踏み出した。




 異変によって今まで未収得だったクラスを一時的に使用可能にぃ……代償でっかいからね、その分景気良くぶっぱなすよ(グルグル目)
 ガンスリンガー型は二種類。クーシー型とケットシー型。
 前者は想像通り。二丁拳銃に跳弾を使いこなすガンスリンガー。シンプル。
 後者は偽者、跳弾が使えない代わりに別の魔法で代用してるクラス。まあ、召喚型で察しはつくでしょう。……銃口を多重召喚して魔弾の雨を降らすよ()



 レーネが持つ残虐武装(デッドリーウェポン)について。
 有刺鉄線の様な鞭。傷口がえげつない事になるので現実だと非人道的な拷問器具でしかないですな……。見た目が凶悪極まりない代物ですが、不揃いな金属片は元々【ウェヌス・ファミリア】の眷属達が持っていた武装が壊れたモノ。
 イシュタル派の襲撃の際、恩恵を失って振るう事も敵わずに破壊された武装の欠片を搔き集めて一つに纏め上げた代物であり、レーネの隠し武装。
 みんなのおもいがつまってるよ()



 無限短距離転移(アサルトステップ)散弾魔法(ショットガンマジック)の活用法。
 吹き飛ばして転移で接近して追撃。吹き飛んだらさらに転移で接近して吹き飛ばし。無限ループって怖くね?
 転移制限が無いからこそ出来る戦法。ゲームだったらハメ技だから禁止されますね。



 あと、ミリアちゃんが『月が綺麗ですね』って言って現れたのにはちゃんと意味があったりします。

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