魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一七九話

 第一級冒険者が暴れ回り、見る影もない程に荒れ果て空中庭園。

 ミコトは春姫を抱えて周囲の女戦士(アマゾネス)達を見回していた。

 ベルがフリュネをこの場から引き剥がすべく行動して、残された者達が焦った様子で呟き、ミコトを伺う。

 

「フリュネが居なくなったぞ」

「このまま此処に居たら【フレイヤ・ファミリア】に殲滅されちまうよ……」

「なあ、もう逃げて良いよな!?」

 

 焦燥に満ちた表情でミコトに詰め寄るアマゾネス。

 その表情を見たミコトはほんの少し迷いながらも、言葉を返した。

 

「……確かに、此処に残るのは危険でしょう。残る意味もありませんし、逃げましょう」

 

 アイシャの妹分達らしき年少の者達も含め、数十人の集団で本拠へと続く空中廊下へと足を踏み入れる。

 その間、ミコトは最後にミリアに頼まれた事を思い浮かべながらも、自らが抱える意識の無い春姫を見ては葛藤していた。

 此処で春姫を預けるには、アマゾネス達に対する信用は足りない。彼女らが【ヘスティア・ファミリア】に寝返ったとはいえ、今度は自分達を裏切らないとも限らない為だ。

 かといって、春姫を抱えたままミリアの『殺生石』を探しに行く事は出来ない。

 春姫を優先すべきか、ミリアの頼みを優先すべきか。

 自分達が此処に訪れた理由は、春姫を救うため。しかし、ミリアの方は儀式を執り行われ、異常が出ていると思わしき状態。どちらを優先するべきか、そんな葛藤を繰り返しながらも宮殿内に足を踏み入れたミコトは、足を止めた。

 

「……アイシャ殿、此処で何を……?」

「ああ、あのヒキガエルが上へ続く階段をぶち壊してくれたせいで立ち往生だ」

 

 フリュネが放った大刃の一撃は、丁度上階へと続く階段を粉砕する位置に着弾していたらしい。

 アイシャが指示した先は大きく崩壊しており、とてもではないが上の階には進めない。他の面々は各々の能力(ステイタス)や魔法、スキルを十全に駆使して登って行ったのに対し、アイシャは足止めを喰らっていたのだ。

 

「クソ……上の階での戦闘が静かになりやがった。下では大騒ぎか……」

 

 顎に手を当てて考え込み始めるアイシャを見て、ミコトは静かに彼女の横顔を見つめる。

 【イシュタル・ファミリア】の幹部。戦闘娼婦(バーベラ)を率いる実質的な副団長にして、Lv.3の第二級冒険者。二つ名は【麗傑(アンティアネイラ)】。

 ────春姫の為に主神を裏切る行動に走った人物。

 

「アイシャ殿」

「なんだい【絶†影】」

「春姫殿を頼んでも良いでしょうか」

 

 ミコトの言葉にアイシャの眉間に皺が寄る。

 助けに来たと豪語しておきながら、よもや自身に春姫の身を任せる積りかと、アイシャはほんの僅かに殺気を放ちながら腕を組んだ。

 

「へぇ、春姫を捨てる気かい」

「いえ、違います。自分はミリア殿の『殺生石』を探しに行きたい。しかし、信用できる相手がおらず春姫殿を預けられない……ですが、貴方なら信用できると判断しました」

「……私を、信用ねぇ」

 

 ほんの少し口元を緩めると、アイシャは溜息を零して口を開く。

 

「預かってやる。ただし、レナ達はもう逃がす。それが条件だ」

「私達は、って…………アイシャはどうするの!?」

 

 結わえた長髪を揺らして詰め寄るレナと呼ばれた少女。彼女から視線を外したアイシャは、ミコトに抱えられた意識の無い春姫を見やる。

 

「私には、まだやる事が残ってる」

「……春姫殿をお願いします。残りの皆さんは、逃げてください。自分は『殺生石』を探しに行きます」

 

 

 

 

 

 宮殿内を支配する斬撃音と飛び散る血飛沫。

 決死の表情を浮かべ侵入者へと斬りかかる女戦士達を無造作に切り捨てていく【フレイヤ・ファミリア】の冒険者。

 破砕された壁材が散乱する廊下を覚束ない足取りで進んでいた青年は、青ざめた表情で階段を見上げた。

 

「イシュタル、様……いま……」

 

 階段の手摺に凭れ掛かり動かなくなっている戦闘娼婦(バーベラ)には見向きもせず、青年はただ女神(イシュタル)の命に従うべく足を動かしている。

 彼が抱える荷物は、女神が求めた代物────【魔銃使い】の魂を封じた『殺生石』だ。

 三十一階にて待機しているイシュタルへと運ぶはずだったソレは、彼がその場に足を踏み入れた時には既に鎮圧された女神の護衛達が倒れているだけの光景が広がっていた。

 同じくその場に駆けつけた戦闘娼婦達と驚愕し、身を強張らせていたその時だった。丁度【フレイヤ・ファミリア】の戦闘員と邂逅し、運悪く発見されてしまった。

 彼のレベルは2だった。対する相手はLv.5の化物。勝てる筈が無いと頭を抱えて怯えていると────無視されたのだ。

 彼らは戦闘員の排除を命じられている。非戦闘員に関しては無視していた。

 故に、運よく非戦闘員の愛玩用の眷属だと思われた事により命拾いした彼は、けれども殲滅の為に放たれた魔法の余波で吹き飛ばされ、ほんの数分間意識を失っていた。

 目を覚ますと、荒れ果てた大部屋の中に倒れ伏す無数の戦闘娼婦。敵の姿は消えていた。

 その後、彼は必死に主神(イシュタル)の姿を求め、階段を上がっていっているのだ。

 

「……役立たず共が!」

 

 主神の姿を探しながら、倒れ伏すイシュタルの眷属達の姿に、彼は不快感を露わにして彼等彼女らを蹴りどかす。

 

「レーネが居れば……レーネが味方になってくれていれば」

 

 元【ウェヌス・ファミリア】の冒険者。

 女神ウェヌスに見出され、彼女の派閥に加わった獣人。

 彼を表す言葉は、そう────『裏切り者』だ。

 

「どうして、レーネはわかってくれないんだ!」

 

 激情のままに叫び、倒れ伏す眷属の側頭部を蹴り抜く。

 【ウェヌス・ファミリア】に居た頃、幼い頃に入団した彼の派閥の団長。その一人娘である少女とは友好的な付き合いをしてきていた。

 将来、自分は彼女の伴侶になるのだろうと、幼いながらに朧げな未来を描く程には慕っていた少女。

 そんな彼女との決別のきっかけは、少年が女神(イシュタル)に魅了された事が原因だろう。

 

「ウェヌスなんかより、イシュタル様の方が美しいのに……どうして」

 

 ある日の事、少年は()()()に出会った。

 女神の集まりとして茶会を開こうとウェヌスが主催し、本拠内に女神達を招いた日。招待状を送る事を取りやめた美の女神が本拠を訪ねてきた。

 ウェヌス曰く『空気が読めない神』『せっかくの地上を楽しめない無粋な女神』『話してて楽しくない奴トップ』等、散々な言われようで今度から茶会に誘わないと断言されたその女神の名は、イシュタル。

 玄関口で彼の女神を出迎えた少年は、一瞬でその女神の虜になった。

 一目で堕ちた彼は、共に出迎えた少女とその美しさを共有すべく口を開き────驚愕したのだ。

 

『ああ、なんて美しい女神様なんだ……』

『そうかなぁ? なんていうか、くさそう?』

『は? キミは一体何を言ってるんだ!?』

『うーん、ウェヌス様が高嶺の花、フレイヤ様が棘のある花だとすると、あの女神様は臭い花みたいな?』

 

 触れるのも躊躇われる美しさを持つ女神ウェヌス。

 美しさに惚れて不用意に触れようとすると棘に撃退される女神フレイヤ。

 その独特の香りから毛嫌いする者も居れば、好む者も居るであろう女神イシュタル。

 各々の美の女神の特徴を語ったレーネは『どの女神も綺麗だし美しいよね』と優劣は無いと言い切った。そんな彼女の言葉に少年は信じられないと頭を振った。

 

『最も美しいのは、間違いなくあの女神イシュタルだよ』

『キミがそう思うならそうなんじゃない?』

『レーネはどう思うんだい?』

『私の一番はウェヌス様。それは絶対だよ』

 

 あの時、もっとしっかりとレーネを説得できていれば。

 そうであれば、今この時、イシュタル様の為に共に立ち上がる事が出来たのではないか、そんな考えを浮かべた青年は大きく頭を振ってその考えを吹き飛ばす。

 

「いや、レーネは裏切ったんだ……せっかく、ウェヌスから解放してあげたのに」

 

 改宗(コンバージョン)したい。

 普通ならそんな簡単に派閥を抜けたり等出来る筈が無い。しかし、ウェヌスは違う。

 彼女は地上の人類(こども)を愛しており、自身の勝手な都合で縛りたくないと真に思っていた。故に、眷属が改宗(コンバージョン)を願うと、あっさりと眷属を送り出す。

 その割には、自らの元を離れる眷属が居ると、次の日には丸一日部屋に閉じこもって自分の何が悪かったのかを考えて塞ぎ込む程には繊細であったが。

 だからこそ、だろう。

 ────女神ウェヌスは、何処か警戒心が薄い女神だった。

 改宗(コンバージョン)を願い出てみれば、とんとん拍子でイシュタルを本拠に招き、自室にまで迎え入れ────結果、ウェヌスはイシュタルの手で殺された。

 その改宗(コンバージョン)を言い出したのが、彼だ。

 改宗(コンバージョン)────裏切りの前日。

 少年は、自身と共にイシュタルの元へ行こうとレーネに持ち掛け、断られた。

 

『レーネも、イシュタル様の所に行かない?』

『うーん、私はいいかな。ウェヌス様が泣いちゃうし』

『でも、あんな女神よりイシュタル様の方が────ガフッ!?』

『ウェヌス様の元を離れて泣かせるだけじゃなくて、侮辱までするの?』

 

 結局、レーネ・キュリオという少女は少年の説得に聞く耳を持たなかった。

 

「僕が、イシュタル様にお願いしたんだぞ……」

 

 廊下を染める無数の血溜まり。それらに沈む無数の戦闘娼婦。

 あの日【ウェヌス・ファミリア】で少年が目にした光景と同じ光景。

 鋭敏な嗅覚に突き刺さる血と臓物の臭いに、青年の脳裏に過去の光景が一瞬だけ浮かび上がる。

 本来なら【ウェヌス・ファミリア】の中で生存を許されたのは自分だけ。

 裏切りの手引きを行い、イシュタルへと勝利の美酒を注ぎ従者へと至った獣人の青年だけだった。

 だが、どうしてもレーネだけは生かして欲しいと懇願し、イシュタルは自身の手駒に堕ちるのならば良しと認めた。認めて、頂けたのだ。

 

「なのに……」

 

 レーネ・キュリオは未だにウェヌスを信仰している。

 その信仰を捨てさり、イシュタルへと帰順すれば良いものを、頑なに拒み続け、痛めつけられ続けている。

 

「クソッ、どうしてなんだよ……!!」

 

 最も美しいイシュタルという美神に仕えられる幸福を分け与えてあげたというのに、と獣人従者が舌打ちを零して階段の一段目に足をかけて顔を上げ────たなびく銀髪を目にして硬直した。

 

「────ッ!?」

 

 直ぐに視界から消えていった銀の長髪。

 見紛う筈も無い。常にこの都市(オラリオ)頂点(トップ)として持て囃されている女神の後ろ姿だった。

 その姿も、獣人従者が硬直している間に上階へと消えていく。焦っている訳でも無く、ただゆったりと優雅に、けれどもどこか背筋が凍える様な寒さを伴って、その女神(フレイヤ)は彼の視界から消えた。

 そして、次に響いた声に目を見開く。

 

「どこまで行くの、イシュタル?」

「ひっ……!?」

 

 フレイヤの問いかけと、それに怯えた様な声。

 聞き間違えるはずもない。鋭敏な獣人の聴覚でなくとも、その声を聞き逃すなどありえない。有り得てはいけない。

 自らが恋慕う美神(イシュタル)の声を、その眷属である彼が聞き間違うはずがない。

 

「イシュタル様、いま……!」

 

 『石』を抱え直し、獣人従者は痛む体を引き摺って階段を上り始めた。

 

 

 

 

 

「────んだよこれ、また階段が破壊されてやがる!?」

「仕方無い、別の道を探すぞ」

 

 抜き身の半月刀を片手に舌打ちを零すディンケと、大刀を担ぐヴェルフ、大斧を担ぐ桜花。

 襲撃されて大炎上し始めた歓楽街の様子を見てベル達の身を危ぶんだ彼らは、女神達から先行して通路を駆けていた。

 戦闘娼婦(バーベラ)達────女神(イシュタル)が精鋭達を瞬く間に制圧していく襲撃者たちはディンケ達に見向きもしない事が幸いし、殆ど交戦も無く二十階まで駆け上がる事が出来た。

 しかし、上階へと続く階段の悉くが破壊されており、通行不可能に陥っていたため、この階層で足止めを喰らっていたのだ。

 

「不味い、戦闘娼婦(バーベラ)だ!?」

「見つかったか!?」

 

 敵を避けて進んでいたディンケ達の目の前に、数名の悍婦達が立ち塞がる。

 先頭の悍婦は既に血塗れで、脇を抑えながらも反対の手で棍棒を担いでいる。その背後の者達は何人かが負傷しているアマゾネスを担いでいるのが目に入った。明らかに襲撃を受け、撤退中であろう戦闘娼婦(バーベラ)の集団。

 交戦を回避できるかもしれないとディンケが口を開くより前に、侵入者の区別が付けられない悍婦達が半狂乱気味に叫びながら突っ込んでくる。

 

「うっ、うぁああああああああああああああっ!?」

 

 恐慌状態に陥っているらしい血走った瞳を見て、ディンケ達が即座に迎え撃つべく構える。

 振るわれる棍棒の一撃を受け止めんと桜花が前に出て────その一撃で桜花の体が浮き上がった。

 

「────ッ!?」

「大男!?」

「下がれっ、Lv.3だ!?」

 

 続く他の悍婦の攻撃をディンケが受け流し、ヴェルフが吹き飛んだ桜花の元へ慌てて下がっていく。

 手負いの相手であるにも関わらず押される有様に、ヴェルフが、くそったれ、ふざけろ、とLv.差に対し悪態をぶちまける間にも、ディンケが一人で手負いのLv.3達を足止めする。

 

「ぐっ、この、こいつら『狂化状態(バーサク)』入ってやがる!?」

 

 アマゾネスと言う種族特有のスキル。

 効果は単純明快、『基礎アビリティ力に対する補正』怒りといった感情の丈や、自身の負傷が大きくなれば効果が大きくなり、同時に理性や知性を失う事もある狂化スキル。

 大きく跳ねあがった力で負傷していながらも、無傷のディンケを大きく押していく様子にヴェルフ達が焦り、大刀や斧を構えていざ突撃しようとした、その時。

 突如、通路側面の壁が吹き飛んだ。

 

「ぐぇっ!?」

「!?」

 

 瓦礫が直撃したディンケが反対側の壁を打ち抜いて吹き飛び、巻き込まれた二人の悍婦が廊下に転がって倒れ伏す。

 残った悍婦達とヴェルフに桜花は、今まさにぶち明けられた穴を見て硬直していた。

 無数の瓦礫に交じり、廊下に投げ出されたのは瀕死の重傷を負ったアマゾネス。

 

「手間かけさせんじゃねぇ、娼婦が」

 

 瀕死とかした少女に続いて大穴から姿を見せたのは、一人の猫人(キャットピープル)の青年。

 血に濡れた長槍を持つ小柄な冒険者は、手負いの戦闘娼婦(バーベラ)達に冷酷な色を宿した瞳を向けた。

 

「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 棍棒を持っていた悍婦が一瞬で戦意喪失して棍棒を投げ出し、逃走を図る。他の残った面々の内、一人が剣を手に飛び掛かかっていく。

 ヴェルフ達が知覚できない程の速度を以てして、斬りかかった悍婦がすれ違いざまに切り伏せられ、逃げようとした悍婦達の肩に、次々と長槍の柄を叩き込んでいく。真横から殴打された悍婦達は左右の壁に激突し、先ほどの光景を繰り返すかのように次々の左右の壁に大穴を刻み込んでいく。

 自分達が苦戦していた相手を、まさに鎧袖一触で片付けていった彼の様子に、ヴェルフと桜花が立ち尽くしていると。

 猫人の青年が二人を一瞥した。

 

「なんだ、てめぇらは」

 

 圧倒的強者からの鋭い視線に対し口を開けない中、青年はヴェルフの纏う気配が冒険者のモノではない事に気付いたのか、唾棄した。

 

鍛冶師(スミス)如きが……大人しく鉄遊びでもしてろ、三下」

「なっ……て、てめぇっ!?」

 

 鍛冶師(スミス)としての矜持を傷付けられたヴェルフが吠えるが、青年は見向きもせずに移動し始める。

 軽い足音と共に大穴の向こう側へと消えていったその姿に、慄いていた桜花が息を吐く。

 

「くそ、二人とも無事か!」

 

 真っ先に瓦礫諸共吹き飛ばされ壁に大穴をこさえたディンケが、穴の淵を掴んで這い出てくる。

 即座に半月刀を構えて周囲を警戒し、無数の大穴が開いた通路を見て目を見開いた。

 

「何があったんだ……?」

「Lv.6、【女神の戦車(ヴァナ・フレイヤ)】……アレン・フローメルだ」

「あん……って事は、さっきのは流れ弾かよ」

 

 先の攻撃は、ディンケを狙ったモノではなく、別の悍婦を狙ったモノだったのだろう。

 故に、ディンケ自身の損傷(ダメージ)は想定程酷くはない。それでも瓦礫片塗れになったディンケは悪態混じりに欠片を払い落とす。

 

「クソ、ひでぇめにあったぜ……急ごうぜ、本当に流れ弾で殺されかねん」

 

 ディンケの言葉に二人が頷き、先に進もうと足を動かしだし。

 ふと、魔力の流れを感じ取った桜花とヴェルフが足を止めた。

 

「この魔力の感じは……」

「どうした?」

「間違いない、ミリアだ! 場所は」

 

 僅かに感じた魔力の余波。魔法発動時にほんの少し漏れ出る魔力の波長。

 鋭敏な感覚で桜花が気付き、長く付き合いのあったヴェルフがそれを感じ取り、誰のものかを断定する。

 ミリアの扱う魔法の余波はそこまで大きくない。大規模な砲撃魔法であるならまだしも、通常の射撃魔法であればそこまでの遠距離では感じ取るのも難しい。

 逆説的に、ミリアが傍に居るという事になるのだが。

 

「もう感じねえ、でも確かにミリアの魔力だったぞ」

「どっちに行ったかわかるか?」

「いや、()()()()()()()()()()()()()()

「なんだそりゃ……クソ、とりあえず方向だけ教えろ」

 

 悪態混じりにヴェルフと桜花が示す方向、先ほど大穴を開けて飛び込んだ部屋にディンケが駆け戻り、窓を開けて上を見て、下を見て。

 立ち昇る土煙と、それを見やる金の長髪を揺らす小さな獣人の姿を見て、口を半開きにして呟く。

 

「おい、あれ副団長(ミリア)か?」

「何!?」

 

 二十階から見下ろした正面の庭園。

 その中央部から立ち上る土煙と、それを眺める様に立っている獣人。

 獣人にしては小さい、小さすぎるその体躯。そして魔法円(マジックサークル)を展開しながらもゆらゆらとゆらめくその姿。

 既視感のある姿を見たヴェルフが目を凝らし、その姿が掻き消えた。

 

「消えた!?」

「いや、あれは……短距離転移(アサルトステップ)だったか」

「なんだそりゃ!?」

 

 驚愕を露わにディンケが叫ぶ間にも、轟音と共に土煙が吹き飛び、中から巨影が飛び出す。

 

「────フリュネだ」

 

 遠目に見ても血塗れ、どころか体の一部が不自然に抉れた様子が確認できる【イシュタル・ファミリア】の団長。Lv.5の第一級冒険者、二つ名は【男殺し(アンドロクトノス)】。

 数多くの男を再起不能にしてきた、醜悪な容姿をした、下劣な品性を持つ冒険者。

 そして────仲間の(かたき)である人物。

 

「……ヴェルフ、桜花、お前らはベルとミコトを探しにいけ」

「ディンケ、お前はどうする気だ」

「勿論、副団長(ミリア)を助けにいく。んで、ついでに────復讐だ」

 

 言うや否や、ディンケは窓枠に足を掛けるとそのまま身を乗り出して下の足場を確認ようとして。

 瞬間、傍の壁に少女が叩き付けられた。

 

「ぐぺっ!?」

「っ……!?」

「い、いたぁ……ちょっと、外壁壊され過ぎて普段通りにいかないし……って、アレ?」

 

 窓のすぐ横の壁、鞭でぶら下がったまま壁に激突したレーネと、窓枠から身を乗り出していたディンケの視線が交わる。

 数秒の間をおいて、前庭で巻き起こる轟音にレーネが視線を向けた瞬間。ディンケが彼女の腕を引っ掴んだ。

 

「おい薄汚ねぇ売女!」

「……何?」

「俺を下まで運べ!」

 

 ディンケの叫びにレーネが眉を顰めるも、直後に地上から響いた轟音に彼女は溜息を零すとディンケの腕を引き寄せる。

 

「さっきの見てわかると思うけど、落ちて死んでも恨まないでね」

 

 襲撃の所為で普段外壁の移動に使っていたでっぱり等が粉砕されており、思った通りに上下移動が出来ないとぼやきつつも、レーネはディンケにしがみ付く様に言ってから、身を投げる。

 唖然としていたヴェルフと桜花が慌てて窓から下を覗き込めば、はるか下の階の窓を打ち抜いて室内へと消えていくディンケとレーネの姿が微かに見えた。

 

「大丈夫なのかあいつら……」

「待て、あそこ……間違いない! 仲間(ファミリア)がいるぞ!?」

「何?」

 

 同時に、円形の前庭を粉砕しながら戦うフリュネと、その巨女の傍に現れては消える小柄な獣人の姿。

 そんな二人の戦闘から視線を外した先、桜花が指示した其処には、瓦礫と化した前庭の柱の陰に数人の人影が確認できる。

 人質として捕らわれていたところを救出され、タケミカヅチの眷属達と共に先に離脱する為に離れたメルヴィス達が、前庭の瓦礫に隠れてやり過ごしている姿があった。

 

「何で逃げなかったんだあいつら!?」

「【フレイヤ・ファミリア】が外周部を包囲していて逃げられなかったのか……」

 

 今まさにミリアとフリュネの激戦繰り広げられる前庭。

 加勢すべく向かったディンケと、敵か味方か不明なレーネ。

 其処に取り残されているメルヴィス達。

 そして、二人の眼の前を落下していくフィアとサイアの二人。

 

「フィア!?」

「あの二人は!?」

 

 二人の驚愕の反応も置き去りに、フィアが空を蹴り更に加速して地上を目指す。

 その様子を見ていたヴェルフと桜花が視線を交わし、即座に頷く。

 

「直ぐにベルとミコトを探すぞ!?」

「ああ、あのままだと不味い!」

 

 自分達が行っても足手纏いだと判断し、彼等はベルとミコトを探すべく上の階への階段を探し始めた。

 

 

 

 

 

 砂漠に聳え立つ宮殿を思わせる威容は打ち砕かれ、金に輝く外装も剥がれ落ち、燃え上がる歓楽街の炎の赤に染まった【イシュタル・ファミリア】本拠。

 荘厳な宮殿に見合う程の、荘厳()()()前庭。

 正面門は魔法によって粉砕され、その後の【フレイヤ・ファミリア】の襲撃で血に染め上げられたその場所を、更に滅茶苦茶にする巨大な影があった。

 

「うぬらぁああああああっ!!」

「大振り、醜い、当たらないわよ。その攻撃」

 

 衝撃波と轟音、瓦礫を大量に生み出す巨女の一撃。それをすり抜ける様に、『短距離転移(アサルトステップ)』で回避し、直後に【散弾魔法(ショットガン・マジック)】での反撃(カウンター)を叩き込み。

 小人族(パルゥム)らしく小柄な体躯のせいで直ぐに吹き飛ばされるも、即座に至近距離に転移してくる。それを鬱陶しく思いながらも、対応出来ずにいるフリュネの怒りが更に跳ね上がっていく。

 対してミリアの方も飄々とした雰囲気を作りながらも、内心で酷く焦っていた。

 四十階、高さにしておおよそ200M近い高所から地面めがけて叩き付けたのだ。それも、【散弾魔法(ショットガン・マジック)】を利用して加速させた上での話だ。

 激情の暴れ狂うままに最高効率で損傷(ダメージ)を与えられる方法を駆使したにも関わらず、フリュネは立ち上がってきた。

 

「本当に、見た目だけじゃなくて中身(スペック)まで化物じゃない」 

 

 悪態をつきながら、ミリアは再度空間を跳躍して攻撃を回避する。

 完全に凶化状態(バーサク)が入ったフリュネに対し、有効な攻撃手段を失ったミリアは、けれども撤退しようとは思わなかった。否、思えなかった。

 頭上高く、夜天に抱かれる望月がそれを許さない。

 月光がその身を焦がす様な憎悪へと誘い、目の前の獲物を仕留めろと囁き叫ぶ。

 一度月夜を見上げれば、狂おしい金色の月より降り注ぐ青白い光が瞳を焼き尽くす。

 意図せずとも吊り上がっていく口角に、精神が引き摺られて唸り声を響かせる。

 

「五月蠅いガキだよぉおおおおおおおお!?」

「アンタは喧しいわね」

 

 振り向きざまの大きく薙ぎ払う攻撃。

 回避、同時に魔法での反撃。

 相手を吹き飛ばす、または姿勢を崩させるほどの威力はあれど、損傷(ダメージ)にまでは至らず。

 最初の高さ四十階からの叩き付け攻撃が効かなかった時点で引くべきだというのに、月光がそれを許さない。

 

(やか)しいと言えば、あの月も本当に(やか)しい」

「五月蠅いんだよこの気狂いがああああああああああああああっ!!」

 

 轟音と爆音が理性を呼び起こす。

 ほんの束の間の空白。

 暴れ狂うフリュネから離れた位置に転移。

 装飾として飾られていた崩れ壊れた巨大な石像の掌の上に着地し、ミリアは僅かに息を吐いた。

 完全に横倒しになった石像は、丁度手の平を月に向けて突き出す様な形で倒れている。

 相も変わらぬ狂おしくも喧しい月光に照らされるも、先の猛攻で頭が冷え理性を取り戻した彼女は、遠く離れた位置で未だに暴れ狂うフリュネの様子に舌打ちを零す。

 両腕をやたら目ったら我武者羅に、まるで癇癪を起した子供の様に振り回す様は、駄々を捏ねる子供そのもの。しかし、その両拳が当たったものは材質の硬度等意に介さずに全てを瓦礫に作り替えていく。

 戦術や技量を全て投げ捨て、力と耐久に極振りしている。其処に技や駆け引きは存在せず、ただただ本能に基づいて暴れ狂う化物そのものの戦い方。

 

「厄介ね……さて、後はどうやって殺そうかし……ん?」

 

 視線を感じたミリアが足元の倒れた巨大な石造の影に視線を向ける。

 其処には、唖然とした表情を浮かべたメルヴィスと、その傍で膝を突いていたエリウッドの姿がある。

 それだけではない、鎖で雁字搦めになっているイリスの姿に、タケミカヅチの眷属達の姿まであった。

 

「……そこで何してんの?」

「えっと……に、逃げ損ねて……」

 

 引き攣った表情で答えたメルヴィスの姿にミリアが眉間を揉み、暴れ狂っていたフリュネが動きを止め石造の掌の上に立っているミリアを見据えている。

 どう行動を起こすべきか一瞬迷った所で、ズガンッと轟音と共にミリアとフリュネの間に着弾した誰かが咳込む音が響く。

 

「げほっごほっ……ああ、死ぬかと思ったじゃん!」

「そりゃこっちの台詞だ糞売女! だが、良い所に来れたじゃねぇか、其処だけは褒めてやる」

 

 次の瞬間、振るわれた鞭によって土煙が吹き飛んだ。

 半月刀を手にしたディンケと、残虐武装(デッドリーウェポン)を手にしたレーネの二人の姿が露わになる。

 遅れて、空よりミリアが足場としている女神像の頭を踏み締め、フィアが降り立った。背中にしがみ付いていたサイアを放り出し、フィアが槍を構える。

 

「副団長、少しは理性を取り戻してくれたか?」

「……ごめん、少し()()でたわ。けど今は平気」

「おう、なら良い」

 

 ────鎖の千切れる音が響き渡る。

 イリスを拘束していた鎖が引き千切られ、彼女は石像の影から姿を現し、暗く澱んだ瞳で巨女を捉える。

 

「……見つけた。見つけた、見つけた!」

 

 メルヴィスとエリウッドが冷や汗を流し、視線を交わして同時に動き出す。

 レーネの隠れ家で手にした武装を手に飛び出す。

 

「フリュネ・ジャミール……グランさんの仇は討ちます」

「我が友、ルシアン・ティリスの仇」

 

 迷宮内で呆気なく撃破された者達。加えて、過去に奪われた復讐者。

 揃った面々を見たフリュネは憤怒のままに血の滴る頬を引き攣らせ、吠える。

 

「五月蠅いんだよ、アタイは今機嫌が悪いんだぁ」

 

 その言葉を聞きいたディンケとフィアが嘲笑を零し、半月刀と槍を構える。

 

「そりゃこっちの台詞だ、ヒキガエル」

「お前の機嫌なんて知ったこっちゃねぇよ」

 

 巨女が身を震わせ、憎悪と憤怒を綯い交ぜにした双眸でディンケとフィアを睨んだ。

 

「アタイの顔を見なァ!? 酷い傷だろゥ、レーネと其処のガキが付けたのさァ!!」

 

 美しかったはずの美貌が傷付けられた。お前達の()()()には付き合ってられない。そう吐き捨てる巨女に、メルヴィスとエリウッドが失笑して、弓を構えた。

 

「いえ、とても良い顔になったと思いますよ」

「お似合いな顔だ。むしろまだ足りないな」

 

 フリュネから放たれる圧が更に強くなる。既に、この場に居る全員を逃がす気は無いとその双眸が雄弁に語っていた。

 

「醜い不細工共が……アタイの強さと美しさに嫉妬しやがって!?」

 

 自意識過剰が過ぎる巨女。

 何処までいっても、何を言われても自身に向けられる感情は全て『自分の強さや美しさへの嫉妬』だとしか思えない異常性。それを目の当たりにしたイリス、サイアが溜息を零して、拳を握り、大剣を構える。

 

「怒る気も無くなりそう。でもとりあえずぶっ殺す」

「えー、アレ本気でいってるのかな。ちょっと、恐いかも」

 

 全身から蒸気を散らし、フリュネが拳を握り締めた。

 

「お前等全員、皆殺しだよぉおおおおおおお!?」

 

 怪物の咆哮。

 まるで階層主を思わせる様なその咆哮に、レーネとミリアがが叫び返す。

 

「まだ足りない? もっと皆血を欲しがってるから────殺すね?」

「私達が、貴女を殺すのよ」

 

 レーネが残虐武装(デッドリーウェポン)を手にし、ミリアが【射撃魔法(ガン・マジック)】の銃口をフリュネに向けた。




 復讐の時間だよ、全員集合。
 とはいえ、火力面でベル君すら居ないから、レーネの鞭で痛めつけて戦意喪失……難しそうですねぇ。フリュネが怯む相手はオッタルぐらいしか居ませんし。

 一応、秘策有りですがね。レーネがしこたま集めた魔剣と……もう一つ。
 【フレイヤ・ファミリア】の贈り物がありますね。宮殿に突き刺さってます。
 戦争遊戯編でのアレコレも活躍しますな。



 アニメ版、第三期放送中ですねぇ。
 ダンまち×TSロリの作品、増えないかなぁ。増えると良いなぁ。皆も書こうよ。
 最近、書くの疲れたし、誰か代わりに書いて欲しいんじゃぁ~。



 ウィーネ可愛いなぁ、めっちゃ可愛いなぁ。でもレイの方が好き。
 異端児編に早く入りたいんじゃぁ……イシュタル編終わったら、幕間で色々とやんないとだし、一応OVAⅡ(キノコ)もやる予定……。
 順番的にはイシュタル編→OVAⅡ(キノコ)編→8巻の幕間→異端児編の予定。

 キノコ編とか気が狂いそう()

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