魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

181 / 218
第一八〇話

 ベルが辿り着いた空中庭園には、すっかり人気が無くなっていた。

 数多くの破壊の痕跡が残る其処は、今や遠方より響く抗争の音以外に響く音は無い。

 殆ど破壊され尽くした月嘆石(ルナティックライト)の石板は淡い輝きを宿すのみ。天に上っていた月が欠け始めたか、それとも単純に破壊されたが故にか、その光は淡くうっすらとしていた。

 既に皆が避難した後かとベルが視線を巡らせると、庭園の中央、祭壇に、彼女は居た。

 

「来たね」

 

 長髪の女傑、アイシャが腰掛けていた石板から立ち上がる。

 彼女の直ぐそばには春姫が居た。気絶した彼女は石板に寝かされており、他の人の姿は消えていた。

 自身を待っていたであろう言葉を聞きながらも、ベルは彼女の前に駆けよる。

 

「アイシャさん、他の人は……?」

「逃がした。【絶†影】は『石』探しだとよ」

 

 地面に突き立てた大朴刀に手をかけ、女傑が鋭く少年を見据える。

 その眼光にベルが僅かに怯んだ瞬間、アイシャが大朴刀を地面から引き抜きざまに振るう。

 当てる気の無い、大気を引き裂く一撃。間合いの中に居たベルが大きく飛び退いて驚愕の声を響かせた。

 

「な、なにを!?」

「何を、ね……逆に聞いてやる。何しに来た?」

 

 鋭く、ベルの瞳を真っ直ぐ穿つアイシャの目には、ほんの僅かな敵意が見て取れる。

 【イシュタル・ファミリア】を裏切り、【ヘスティア・ファミリア】に寝返った女傑が、再度寝返りイシュタルの元へ返り咲いたのかとベルが危惧し、ナイフを構えるさ中だった。

 アイシャが呆れた様な、酷く落胆した様な声を響かせる。

 

「アンタ、良い顔になったよ。本当に……だから残念だったよ」

 

 その言葉にベルが訝し気な表情を浮かべる。

 

「どうして、何が残念って」

「【リトル・ルーキー】……あんた、【魔銃使い】を()()()()()()()

 

 女傑の放った言葉の刃が、少年の胸を穿ち抜く。

 表情を強張らせた彼は、けれども言葉を返すべく口を開いた。

 

「今から救うんです。力を貸してください!」

 

 ベルの言葉を聞いたアイシャは、静かに大朴刀の切っ先でベルの横を指示した。

 

「武器は其処にあるよ。好きな得物を持っていきな」

 

 ベルの横、綺麗に並べられた各種得物の数々。

 大剣、大斧、長槍、曲剣、長剣、短剣、短槍、手斧、大棍棒、棍棒、槌矛。

 一部の戦闘娼婦(バーベラ)が使っていた得物が並べられている光景が広がっていた。

 

「……アイシャさんは手伝ってくれないんですか」

「【リトル・ルーキー】、良い事を教えてやる」

 

 鋭く、敵意を孕んだ双眸と、大朴刀の切っ先をベルに向けた悍婦が、この世の真理とでも言う様に囁きかける。

 

「守れるのは一人だけだ」

「どういう意味ですか」

「わからないかい? 一人の人間に守れるのは、たった一人だけって事だよ」

 

 唐突な言葉に理解が及ばない少年は、けれども手持ちのナイフでは威力不足だと理解しており、即座に大剣へと手を伸ばして調子を確かめだす。

 刻一刻と過ぎ去る時間に焦りを感じながら応答する少年の姿に、女傑が顎で空中庭園の入口を示した。

 

「行きな、【リトル・ルーキー】」

「アイシャさんも来てください」

 

 ベルが大剣を手に声をかけた瞬間、アイシャが大朴刀で儀式場の床を切りつけた。

 少年と悍婦の間に、越えられぬ一線とでも言う様に敷かれた切り傷。ベルが硬直する間に、アイシャが鋭い視線を向けて、宣言する。

 

「私は行かない。そして、春姫も行かせない」

 

 突き付けられた言葉に、少年が瞠目し、叫ぶ。

 

「どうして!?」

「決まってんだろ。アンタは春姫も、【魔銃使い】も救おうとしてる」

 

 たった一人の人間の癖に、欲張りにも何人もの人間を同時に救おうとしている。

 

「何度も言わせるな。────あんたは【魔銃使い】を救えてない

 

 言わなければわからないか、指摘しなければ理解も出来ないか。

 女傑から放たれる苛立ちと圧が交じり合った言葉に、少年が意図せずして大剣の切っ先をその女に向けた。

 

「アンタは春姫を救いに来た。ああ、良い顔になった。自分の信念を貫こうとする決然とした英雄(おす)の顔になった」

 

 だが、足りない。

 一人の人間に救えるのは一人だけ。

 

「おまえは【魔銃使い】を救えていない。一人を守ってる間に、他の奴が傷付き、命を落とす」

 

 一人の少女が居た。他の者に比べて上手く鞭を振るう事が出来て、雲の様に捉えどころの無い女戦士。

 恩恵を失って尚、彼女は気高く最前線に立って仲間を庇おうとした。幾人もの戦闘能力を失った仲間を庇い、戦おうとした彼女は、けれども守る者の多さに四苦八苦してその大半を失った。

 負傷した二人の仲間を一人で庇おうとして、二人ともを失った戦闘娼婦(バーベラ)が居た。

 何度でも繰り返そう。一人の人間に救えるのは一人だけ。

 

「……春姫は、イシュタル様の派閥(ファミリア)から抜け出しても、その『力』を聞きつけた誰かがまた同じことを繰り返す。よりクソッタレな連中に囲われるかもしれない」

「だから、僕達が春姫さんを救って────」

「なあ、何度も言わせるなよ。それとも、ちゃんと言わないとわからないかい【リトル・ルーキー】」

 

 完全な敵意に満ちた眼光を宿した双眸が少年を射抜く。

 

「春姫と【魔銃使い】、どっちを選ぶって聞いてんのさ」

 

 ────少年が瞠目し、その言葉の意味を知った。

 一人の人間に救えるのは、一人だけ。

 二兎追うものは一兎も得ず。

 此度の騒動。春姫の為に【イシュタル・ファミリア】に喧嘩を売ろうと心に決めて挑んだベルとミコト。

 そんな彼らの決意を他所に狙われたミリアが儀式の贄にされてしまった。

 だから、途中で目的が変わった。春姫の救出から、ミリアを助ける事に。

 

「悪いが、二兎を追おうとしてるアンタに力を貸す気にはなれない」

 

 貫くなら最後まで、今後狙われるであろう春姫を救う所までやり切れ。

 ミコトは、それを捨てた。途中、春姫をアイシャに任せてミリアの為に動いた。

 春姫を任せた。

 

「私が、信用できる、ね。馬鹿馬鹿しい……」

 

 妹分達の罪を背負って処断される自身に、交渉材料にしかならないであろう春姫の身柄を預けた。

 簡単に信用し、簡単に任せた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 今後何かあった時、春姫を切り捨ててミリアをとるのではないか。

 一人の人間が救えるのは一人だけ。その一人が春姫ではない誰かになるのではないか。

 

「はっ……本当に馬鹿馬鹿しいだろう?」

 

 春姫を本当に救ってくれるのか、今更になって疑問を覚えてしまった。

 女傑は、一人の少女を救うために【ファミリア】に、血の掟に背いた。

 その鋭い眼光は────お前は春姫を救う気はあるか、と問いかけていた。

 

「……その気があるなら、構えな。男が女を連れ去っていくときは、力ずくだって、相場が決まってるのさ」

 

 自身の未来は無い。その覚悟の前に少年が抱いた決意を試される。

 背負った罪の元に断罪され尽き果てる命運を前に、女傑は最期に救いたい一人を託すに値する英雄(おす)を求めた。

 敵意と共に笑みを浮かべたアイシャの表情に、ベルはやるしかないと決意を固める。

 その意志に応える様に、大剣の切っ先を彼女に向けた。

 

「時間が無いんだろ、さっさと終わらせて……どっちも救いに行ってみな」

「いきます!」

 

 

 

 

 

 響き渡る破砕音が木霊し、宮殿全体に振動を響かせる。

 【イシュタル・ファミリア】本拠『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』前庭。

 元団長であった巨女、フリュネが放つ拳の連撃が辺りに転がる瓦礫を次々に打ち出し、近づこうとしていた者達に散弾の様に打ち出される。

 

「ふるぁああああああああああああああああ!!」

 

 口裂け女の様に左耳から右顎まで醜く抉れた醜悪なヒキガエル顔。

 レーネが振るう残虐武装(デッドリーウェポン)の鞭の一撃で背中や腹、腕や足にも惨たらしく抉れた傷がいくつも残る化けガエル。

 そんなフリュネを取り囲んで撃滅せんとしているディンケ達は、舌打ちと共に彼女の猛反撃から隠れるべく大柄な瓦礫に身を隠す様に走り回っていた。

 最も注意を引いているのは、空を駆けるフィアだ。普段注意のいきにくい上空からの奇襲突撃を行う厄介さゆえに、フリュネが真っ先に潰そうと猛攻を仕掛けた対象。

 

「るぁあああああああっ!?」

「邪魔臭いんだよぉおおおおおっ!!」

 

 機敏に空を駆けているのに加えて、空を駆ける等という奇怪(トリッキー)な相手と戦った経験がフリュネに無い事が幸いしているのだろう。

 横合いからレーネが搔き集めていた魔剣の炎球や風の刃、氷の槍等がぶつけられて集中力を乱されているのもあり、更にはフリュネの動きがほんの僅かに鈍っているのも大きい。

 今まで蓄積された損傷(ダメージ)が無駄ではない事の証明で────そして、絶望的な耐久を誇る事の証明でもあった。

 

「クソっ、副団長は復帰できそうか!?」

 

 残りの使用回数が少なくなり罅が入り始めた赤い魔剣を手にしたディンケが叫び、吹き飛んだ宮殿の入口部分の陰でフリュネから隠れて頭を押さえているミリアを伺う。

 強襲(アサルト)型から飛翔(ドラゴニュート)型に変化して竜の翼と尾を手にした彼女は戦線離脱していた。連続転移の反動なのか、それとも別の原因か彼女は頭痛と吐き気で戦えなくなっている。

 暴れ狂うフリュネを見たメルヴィスが冷や汗を拭いながら、レーネとフィアを中心にして時間稼ぎを行っている戦場中心に視線を向ける。

 

「……階層主戦みたいですね。本当に」

 

 エルフの呟きに、傍で倒れていたアマゾネスの指が震える。

 イリスは途切れかけた意識を繋ぐ様に歯を食い縛り、身を起こす。

 

「イリスさん、直ぐには動けません。もう少し待って……」

「待てない、待てるわけが……フィアが、戦ってるのよ」

 

 フリュネの放った瓦礫の散弾を浴びて負傷した彼女は、回復薬(ポーション)での治療が終わってはいても全快した訳ではない。そもそも、数時間にわたって鎖で拘束されていた彼女は戦闘開始以前から本調子とは言えない。

 

「……アタシに、もっと力があれば」

「イリスさん、場所を移動します」

 

 メルヴィスに抱えられ、痛む体を引き摺られて移動するさ中。

 爆音が響き、フィアが真上に吹き飛んでいく姿がイリスの視界に映った。

 

 ────歯を食い縛る。

 

 エリウッドが放つ矢が、呆気なく振るわれた拳の()()()吹き飛ぶ。

 ディンケが放った魔剣による魔法が、その肌をほんの少し温めて掻き消える。

 必死の表情のサイアが近づけずに魔剣を握ったまま物陰に隠れている。

 吹き飛んだフィアが戻ってきて攻勢を仕掛けようとし、反撃を浴びかけて離脱していた。

 ミリアは復帰したのか、竜人から獣人の姿に変化して銃撃を放っている。効果は無い。

 唯一、元敵対者であったレーネが放つ攻撃が、フリュネの肉を抉り血を流させている。

 レーネの姿を捉えたイリスの脳裏に、ほんの数時間前に語り掛けられた言葉が蘇った。

 

 

 

女戦士(アマゾネス)が強い所以って知ってる?』

 

 鎖で縛られたまま、ベッドに寝かされた状態で語られたレーネの言葉。

 怨敵の仲間であり、怒りを向けるべき対象からかけられていた言葉にイリスは耳を貸す気は無かったが、彼女のゆるりとした雰囲気と語り口に自然と耳を傾けていた。

 

『んー、と……フリュネって第一級冒険者なんだけど、アイツって弱いんだよね。ほら、貴女も知ってるアマゾネスより弱いでしょう?』

 

 例えば【怒蛇(ヨルムガンド)】、例えば【大切断(アマゾン)】。

 あの二人に比べ、同じアマゾネスと言う種族でありながら【男殺し(アンドロクトノス)】ってそこまで強く無いんだよね。

 でも、フリュネは力と耐久は実はあの二人とそう大した違いはない。

 

『なのに何が違うのかっていうと、【大切断(アマゾン)】はスキル構成が違うから一概には言えないけど、【怒蛇(ヨルムガンド)】とは割と似てるんだよね』

 

 アマゾネスの固有スキルとして『バーサク』と言うものが存在する。

 同名であったとしても、個々でスキルの詳細は変化するものの、大きく分類すると三種類程に分けられる。

 一つ目が『怒り』という感情の丈に応じて基礎アビリティの『力』に補正がかかるもの。

 二つ目が『負傷(ダメージ)』に応じて基礎アビリティの『力』に補正がかかるもの。

 三つ目は上記の『怒り』と『損傷(ダメージ)』の双方に応じて『力』に補正がかかるもの。

 一つ目は【怒蛇(ヨルムガンド)】、二つ目が【大切断(アマゾン)】。

 フリュネは一つ目、『怒り』の丈に応じて『力』に補正がかかる。

 

『同じスキルだから、差はそれなりにあるけど同レベルの場合は差が少ないはずなんだよね……でも、【怒蛇(ヨルムガンド)】とフリュネが殴り合ったら、一度目は()()()()()()()。そして、二度目以降は何度やっても()()()()()()()()

 

 理由、わかるかな?

 ああ、暴れないで。教えてあげるからさ……『我慢』してるか、してないかだよ。

 どういう意味かって? 文字通り、『我慢』してる【怒蛇(ヨルムガンド)】の方が強い。

 

『そもそも、()()って感情は燃やすモノでしょう?』

 

 フリュネは短気だ。直ぐに怒るし、直ぐに怒鳴るし、我慢出来る様な人物じゃない。

 ティオネは短気ではあるし、直ぐに怒りそうになるし、直ぐに怒鳴りそうにもなる。けれども好きな団長(ひと)の前ではおしとやかにしようと我慢出来る。

 

『短気は悪い事ではないんだけどねぇ。少なくとも、直ぐに『バーサク』の恩恵を受けられるので初っ端から全力で行けるって事だし』

 

 だからこそ、【怒蛇(ヨルムガンド)】とフリュネが戦うと、一発目の力はフリュネが勝つ。

 でも、二回目以降は違う。

 一回目に我慢して『怒り』を溜め込んだ【怒蛇(ヨルムガンド)】と、一回目から我慢を知らずに怒りを発散し続けるフリュネじゃ勝負にならない。

 

『だから、その『怒り』、ちょっと我慢してみようよ』

 

 今この瞬間、無駄に『怒り』を燃やし続けるんじゃなくて、少し貯めておこう。

 必要な時に、必要な場所で、全て一気に燃やしてしまおう。

 必要じゃないときに無駄遣いしても勿体無い。その怒りは霧散させていいものじゃない、溜めて、我慢して、耐えて────ぶつけるべき相手に対しての一撃に込めた方が良い。

 

『辛くても、苦しくても、気が狂いそうでも、我慢して、耐えて、堪えて……ムカつく奴を一発殴ったらきっと凄く気持ち良いに決まってるからさ』

 

 

 

 目の前で行われる戦闘。暴れ狂うフリュネと言う、仲間の仇である人物。

 奥歯が砕けかける程に歯を食い縛り、イリスは拳を握り締める。

 一度『バーサク』が発動すれば、理性が消失して何が何でも敵を殲滅せんと暴れ狂ってしまう欠点を持つ。だからこそ、有利不利、戦術的行動が苦手だった。

 パーティで戦う時も、いついかなる時だって、怒りで我を忘れて突撃を繰り返す。

 それが原因で、仲間を失った。

 

「ああ、あの時……」

 

 グラン・ラムランガと言う男が死んだあの時。

 イリスが我武者羅にフリュネに突撃するのではなく、もっと考えて動けていれば、もしかしたら結末は違ったのかもしれない。それがわかるがゆえに、彼女は『怒り』を覚える。

 ぐつぐつと煮え立つ灼熱の溶岩の様な、憤怒。

 

「イリスさん?」

 

 側に立つメルヴィスの怪訝そうな声を聞き、イリスは息を殺し、怒りを()()()()()()

 

「メルヴィス、合図をお願い」

「それは、どういう」

 

 驚愕の表情を浮かべたメルヴィスに、イリスは引き攣った表情で応える。

 

「合図してくれたら、あのヒキガエルに一撃入れるから」

 

 

 

 

 

 酷い頭痛と吐き気に襲われながら、翼で扉の片割れを引っ掻く。

 金属製の両扉の片割れを引っ掻く爪から伝わる不愉快な音、普段なら耳を塞ぎたくなる様な音色を聞いて心を落ち着けながら、喉の奥から溢れてきた酸味を伴う液体を吐き────ぼふっと自身の口から火の粉が吐き出された。

 

「げほっ……ちょっと、ナニコレ……」

 

 胸の奥が熱い。

 いざ最終決戦と決め込んで戦い始めて数分、いきなりクラスが変化してフェアリー・ドラゴニュート型に変化したかと思えば、吐き気と頭痛で戦線離脱せざる負えなくなった。

 気分が悪く、吐き気に伴って喉の奥から酸味の強い液体が飛び出し────口から火を噴いた。

 未だに響く戦闘音と、魔剣から放たれる魔法の音が仲間の無事を伝えてくれる。

 二度、三度と口から火を噴くと吐き気が綺麗に消えていく。頭痛の方は自らの口から放たれた炎を目にする度に、焼け付く様に消えていく。

 戦闘離脱から五分ほど、吐き気と頭痛が消え去り、胸の奥に宿る熱さだけがそのままにようやく動ける程にまで回復した。今まで竜人(ドラゴニュート)形態において『火を噴く』事をした事が無かったため、実は元から付いていた隠し機能だった可能性も否定できないが、それでもいきなりの事で困惑は隠せない。

 しかし、これ以上、戦線から離れる訳にはいかない。多少の違和感は覚えるが、フリュネの撃滅に加わるべく扉の影から顔を出そうとし────眼の前に迫ったメルヴィスさんの胸に頭突きをかました。

 

「ごふっ!?」

「いっ……すいません!?」

 

 胸を押さえて咳込むメルヴィスさんが正面玄関の影に入り込んできて、此方を伺った。

 

「副団長、無事でしたか。体調は?」

「なんとか、回復したけど他の皆は?」

 

 一際大きな轟音が響き、無数の瓦礫片がエントランスに飛び込んでくる。

 咄嗟に玄関脇の瓦礫から前庭を覗くと、フリュネが柱を引っ掴んで振り回している様子があった。レーネが器用に回避して挑発を繰り返し、ディンケとエリウッドが様子を伺う様に瓦礫の影に隠れている。

 サイアが何かを運んでおり────イリスさんがフリュネの傍の瓦礫の影で隠れていた。

 

「……イリスさんが、隠れてる?」

 

 『怒り』で我を忘れて突撃してしまう悪癖を持つ彼女が?

 戦争遊戯中はその悪癖を必死に耐えたと聞いていたが、それ以降の探索ではどうしても突撃癖が出てしまうと愚痴を零しており、更に怒りで我を忘れて手が付けられなくなる彼女が?

 

「イリスさんは負傷してますか?」

「いえ、今は全快とまではいきませんが、ほぼ好調です」

 

 イリス・ヴェレーナの人物像的に不自然な行動をとっているが……。

 

「副団長、一つ作戦がありまして……」

「作戦?」

 

 要点を掻い摘んで語られた作戦は、なんとも即席的な代物ではあった。

 しかし、現状の攻撃能力を鑑みても、それしかフリュネを()()方法が無い。ただ……。

 

「イリスさんは大丈夫なんですか? 後、レーネさんの言う『武器』って……」

「大丈夫、だと……思います」

 

 イリスが()()()()()()()()()()()()()()と言うのは信じがたい。

 更に、今のフリュネを殺せるだけの武器が無い。魔剣は中級や下級ばかりで、損傷(ダメージ)としては小さすぎるし、レーネの用意したらしい武具はどれも量産品も良い所。

 せめて一級品が欲しいのだが……それを用意できているとは考え辛い。

 しかし、敵対派閥に所属していたレーネに対し、イリスが話を聞く程度には信じているので、平気だと彼女が語る。

 不確定要素と言うか、此方の知らない情報がちらほら混じっていて若干心配ではあるが、フリュネを殺したいという気持ちは共有している状態だ。此方を裏切る真似は、しない……はずだ。

 

「では、私は作戦位置に付きます。副団長もお気を付けて」

 

 低い姿勢のまま素早くその場を後にし、持ち場に向かった彼女の背中を見送りながら、俺もフリュネの気を引く為に移動を開始する。

 怒り狂って暴れ回るフリュネは、周囲がどんな状態になっているのかまでを見る余裕は一切無いらしい。

 目の前で鞭を振るって注意を引くレーネ以外の俺達がこそこそしてても気付く様子が無い。

 

「レェエエエネェエエエエエエエエエッ!!」

「わはぁ、私ってばモテモテェ~。でもヒキガエルはNGでー」

 

 口裂け女の様な状態のフリュネの顔ばかり注目していたから気付かなかったが、いつの間にか右足の肉がかなり抉れている。かなりの量の血を流したのか、フリュネの足元は血塗れになっている。

 対して此方はイリスが一発良いのを貰ったのを、フィアが一撃掠った程度で済んでいるのか。

 

「……なんというか、本当に周りが見えてないなアレ」

 

 完全にふらふらな状態(グロッキー)な俺を無視して、挑発しながら逃げてるレーネを狙う辺り駄目過ぎるな……。

 サイアが戦場の各所に放り出した木箱の一つに辿り付き、中身を覗き込む。

 魔剣が二本と、回復薬(ポーション)、後は予備の武器が数本。杖は無いが、使えそうなショートソード型の魔剣だけでも持っていくか。

 魔剣を取った瞬間、ディンケの叫びが響く。

 

「副団長、そっちに行ったぞ!」

 

 慌てて木箱からもう一本の魔剣だけでも引っこ抜いて飛び退いた瞬間、瓦礫が砕け壊れてフリュネの拳が木箱を砕き潰した。

 

「逃がさないよォオオオオオオオオオオッ!!」

 

 俺を捕捉したのかと警戒して翼で飛ぼうとした所で、フリュネの目に俺は映っていなかったのか直ぐに別の方向を向いて拳を突き出した。

 その先にはエリウッドの姿。フリュネが殴り飛ばした瓦礫片が散弾の様に彼に迫り、慌てた様子で回避して逃げていく。

 

「貴女の相手は、わ・た・しぃ~」

 

 楽し気な声を張り上げたレーネの残虐武装(デッドリーウェポン)がフリュネに迫る。

 瞬間、振り向きざまに巨女が右腕でその一撃を受けた。瞬時に皮膚がずたずたに引き裂かれ、肉を抉っていく一閃。その攻撃を受けたフリュネは微塵も揺らがずにレーネ目掛けて一直線に駆けていく。

 両拳を我武者羅に、駄々を捏ねる子供みたいに振り回しながら彼女目掛けて一直線。その間に、パチンッと硬質な音が響く。

 作戦決行の合図。

 手にしたのは黄色に彩られた装飾過多な魔剣と、緑色に彩られた簡素な魔剣。

 前者は黄色の中級魔剣、後者は風属性の下級魔剣。

 魔法効果を即時に発動させる希少かつ強力な武器。ただし、ある程度損耗しているとはいえ、第一級冒険者相手に使用するには、せめて上級、もっと欲張るならば最上級の魔剣が欲しかったが……。

 作戦が上手くいけば()()()()()()()()効くはずだ。

 

「【多銃身式機関銃(ガトリング・マジック)】【弾帯式(ベルト・リング)】【リロード】【リロード】【リロード】【リロード】」

 

 飛行(ドラゴニュート)型の魔法は、詠唱に少し時間がかかり過ぎるのが難点か。後、自動射撃(フルオート)なので精密射撃に向かない事か。

 制圧射撃が主な仕事で、帝国兵相手に薙ぎ払う戦闘は出来るが……相手が『筋肉兵』相当のフリュネ相手だとただの豆鉄砲。仲間に当てると問題があるが、威力と精度重視で連射速度(ファイアレート)と弾薬効率を落とせば重機関銃(ヘビーマシンガン)ぐらいにはなる。

 ……扱いが難しいのはそのままだが。

 距離を取りつつ、左手に魔剣、右手に魔法を保持したまま移動。射撃位置に付いて下級魔剣を一閃。

 刀身が煌めくのと同時、風の矢が生み出されて一直線にフリュネに迫り、肩に命中し────霧散し消えた。

 損傷(ダメージ)ゼロ。無意味な行動にフリュネが哄笑響かせ、周囲から飛来する風、氷、炎の魔剣の攻撃を浴びた。

 

「効かないよぉッ!!」

 

 一括と共に足元に対し踏み付け(ストンプ)を見舞い、衝撃波と瓦礫片を撒き散らしてきた。

 まるで制圧射撃の様な一撃に身を隠しつつ、飛来物が通り過ぎたのを確認してから顔を出せば、フリュネの前にレーネが立っていた。

 

「よし、じゃあ頑張ろっかぁ~」

「っるさいねぇええええええええええええええッ!!」

 

 巨女を引き付けたレーネが振り上げられた拳弾を回避した瞬間、傍に瓦礫に隠れていたイリスが飛び出した。

 散々挑発を繰り返され、幾度となく鞭でその肉体を抉り続けたレーネに気を取られたフリュネはその奇襲に────気付いた。

 

「馬鹿だねェエエエエエッッ!?」

 

 気付かれた。

 即座に迫るイリスの方に向かって拳を構え、剛腕を振るう。

 膨張する様に膨らむ筋肉の動きが、肉が抉れている事で直接目に入る。既に前傾姿勢で飛び込んだイリスは回避は間に合わない。

 ────計画通り。それで良いと分かっていても、背筋の震えは止まらない。

 

「【ファイア】ッ!!」

 

 フリュネが振り上げた腕────では無く、幾度となく肉を抉られた足に射撃を叩き込む。

 Lv.3に至り、マガジン辺りの弾薬数は80発、四つで320発……の効率が下がってるので五分の一。つまり64発の高威力の魔弾が一瞬でフリュネの軸足である右足に命中し、ほんの少しだけ拳の軌道が逸れる。

 大幅に威力を落とした第一級冒険者の拳と、表情を殺したイリスの拳が真正面から激突する軌道を描き、振るわれ始めた。

 

「ッッッ!!」

「小賢しい真似をッ!?」

 

 次の射撃再開は不可能。装填する余裕は無い為、即座に魔法解除して黄色の魔剣を握り締める。

 メルヴィスとエリウッド、俺の三人が同色の魔剣を構えて完全に待ちの姿勢。俺に出来るのは祈る事のみだった。

 

「ふッ……!!」

 

 イリスの身長は170はあるはずだが、2Mを超える巨躯を誇るフリュネの前ではまるで子供の様だ。

 相手は第一級冒険者、対してイリスは第二級冒険者。

 腐っても、負傷し損耗していても、それでも勝ち目が見えないその拳の交差は。

 

「ぐっっ、おおおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 ほんの一瞬の拮抗、小さな拳と巨大な拳がぶつかり合い、凄まじい衝撃波が撒き散らされ────巨女が押し負けた

 思わず息を呑む光景が広がっていた。

 内側から弾ける様に白い欠片を飛び散らせながら腕をへしゃげさせながらも、イリスの一撃は巨女の、第一級冒険者の拳を押し返し、そのまま()()()()()

 

「ぐ、ぐっ……ぎっ……!?」

 

 驚愕に染まるフリュネの表情。よもや力負けする等と思っていなかったのであろう彼女の想定外。

 弾かれた反動によって泳ぐフリュネの右腕は空を泳ぎ、軸足であった右足は今までの微細な損傷(ダメージ)の蓄積と、大地を染める赤い血で滑る。

 だが、腐っても第一級冒険者。即座に姿勢を立て直さんとして────ディンケが振るった鎖と、レーネが振るう鞭が大地を踏み締めた左足に絡み付き、綱引きの要領で引っ張られる。

 

「いっせぇーのっ、せぇええええっ!!」

「くっ、おおおおおおおおおおおっ!!」

 

 左足が外れ、フリュネの体が完全に宙に浮いた。

 左腕を大きく掻いて即座に地面を捉えようと身を捩る巨女。

 そして────『銀の装飾の成された槍』を突き出して流星の如く落下してきたフィアの一撃がフリュネに突き刺さった。

 轟音と共に土煙が弾け、視界を塞ぐ。

 落下の速度と加えてフィアの『空を蹴る』行為で加速し、出処不明の一級武装の槍の切っ先への一点集中する事でフリュネの耐久を抜いて穿つ作戦。これに失敗した場合は、考えたくは無い。

 

「ぐ、ぎっ……お、惜しかったねぇ?」

 

 土煙の中から声が響き、フィアの唸り声が響く。

 誰かが振るった風の魔剣によって風が吹き抜け、土煙が吹き飛んだ先。背中から地面に叩き付けられた巨女は、フィアが全身全霊を賭けて突き出した銀槍の穂先を掴んでいた。

 穂先が僅かにフリュネの胸筋に刺さってはいるが、浅すぎる。

 よもや失敗か、と背筋が泡立った瞬間────イリスが声を張り上げた。

 

「死ねッッ!!」

 

 槍を押し込もうと力を加えていたフィアの背後、イリスが壊れた右腕に変わって振り上げた左腕を、全力で石突に叩き込む。

 まるで手動式杭打ち機(パイルバンカー)を思わせる様な連携攻撃を前に、フリュネが身を捩るのが見え────二度目の轟音。

 

「ぎっ──ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」

 

 耳朶を震わせるしゃがれた絶叫が響き渡ったと同時、肉を打つ鈍い音が響く。

 土煙を突き破り、フィアとイリスが吹き飛んで外壁を突き破っていった。

 至近距離で巨女の一撃を受けたであろう二人が心配だが、即座に黄色の魔剣を構えていつでも振るえる様にして土煙の向こう側を睨んだ。

 

「ぎひぃぃ……!? ア、アタイの肩にぃ……ッッ!!」

 

 ────心臓一突きで死んでくれれば良かったんだが。

 土煙が晴れた其処には、左肩に銀槍が突き刺さったフリュネの姿があった。

 槍は完全に貫通しており、折れてもいない。生半可な武装だったら絶対に折れていたであろうあの杭打ち機(パイルバンカー)方式でも傷一つない一級品の武装。何処から手に入れたのか若干気にはなるが、最高の機会(チャンス)をくれた。

 

「今だよっ!」

 

 喜々とした表情で獲物を指し示し、黄色に染まった槌型の下級魔剣を手にしたレーネが叫ぶ。

 下級、中級の黄色に染まる魔剣を手にしたレーネ、俺、メルヴィス、エリウッドが同時に魔剣を振るう。

 対するフリュネは貫かれた槍を抜こうとするのを止めて防御姿勢をとる。

 

「中級魔剣程度でアタイが傷付く訳が────ッ!?」

 

 確かに、普通なら下級、中級の魔剣程度では第一級冒険者に損傷(ダメージ)は与えられまい。

 その体表、筋肉に阻まれ内臓や神経といった重要器官にまで魔剣の一撃が届く事は無く、上級の魔剣でもなければ全くの無意味。今まで放った氷も、風も、炎も、その全てが弾かれてきた。

 だが、今回は別。

 黄色の魔剣は、例外的だ。

 何せ…………。

 

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?」

 

 声にならない絶叫が巨女の喉を震わせる。

 喉だけではない、その全身を酷く痙攣させたヒキガエル。

 『ガルヴァーニの発見』もこのような形で見つかったのだろうか。痙攣するヒキガエルは、体内に銀槍(電極)をぶち込まれ、其処に下級や中級とはいえ電撃と言う防御力無視、防御不可能な猛攻を受けて行動を停止した。

 そう、電撃。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)のさ中、絶対的な防御性能を誇ったはずの重装竜(アーマードドラゴン)が倒れ伏す原因となった攻撃。あの場で用意された中級魔剣十本以上の砲火とは異なり、完全に命を断つには足りないが、それでも動きを止める事には成功した。

 高位の《対異常》があろうが、直接神経に電撃を喰らえば数秒から数十秒の硬直は確実。

 

「よし、巻けっ!」

 

 ディンケとメルヴィス、サイアが駆け出していきフリュネに鎖を巻き付けていく。

 口を不気味に痙攣させているフリュネは、それでも余裕そうな表情は崩さない。

 鎖で拘束したとしても、即座に逃げ出せるとでも考えているのだろう。雷属性の魔剣による行動阻害もせいぜい数十秒が限界。その後は全員纏めてぶち殺せるとでも……思ってるのだろうなぁ?

 

「巻き終わった!」

「離れろ!」

「副団長、頼みます」

 

 口裂け女の様に裂けた口に、ぎょろぎょろと蠢く目玉、頭皮も半分近く抉り削られて化物としか形容できない容姿。体中にズタズタに抉られた凄惨な傷、その下には剥き出しの筋肉。

 左肩に突き刺さる銀槍。雷属性の魔剣に穿たれ痙攣する姿はまるでパニックホラー系のゲームに登場する敵役の様だ。

 そんな彼女は今や全身に精錬金属(ミスリル)の鎖が巻き付けられている。

 

「よし、ほいっとー!」

 

 陽気な掛け声と共に、レーネの持つ残虐武装(デッドリーウェポン)の先がフリュネの体に巻き付く。肉を抉り取る為に引き戻すのではなく、そのまま巻き付けたままレーネが動きを止めた。

 しゃがれてくぐもった悲鳴を零すフリュネに視線を向けつつ、レーネに近づいて()()()()()()()()()()()()()

 

「じゃあ、止めをよろしく」

「ええ……」

 

 受け取った瞬間に立ち眩みの様な感覚を覚えると同時、足が縛られた様に動かなくなる。

 考えるまでも無く、今の自身のクラスは治療(サンクチュアリ)型だろう。なら、詠唱は一つのみ。

 

「【サブマシンガン・マジック】」

 

 低品質(ロウ・クオリティ)で使い物にならない、攻撃性能ゴミ屑の攻撃魔法。

 こんなもので止めだなんて、笑える所だろう。

 

「フリュネ、遺言は? まあ、聞く気なんてさらさらないけど」

 

 痺れが収まり始めたのだろう、拳を握って鎖を引き千切らんと徐々に力を込めているのが見える。

 その瞳に映るのは……自身をここまで痛めつけた憤怒、そして憎悪。

 

「……【リロード】」

 

 憎悪を向けられるべきはお前だろう。憤怒を抱くべきは俺達だろう。

 弾倉(マガジン)を装填。残虐武装(デッドリーウェポン)を通じて、()()()()()()()()()()()()

 

「【リロード】、【リロード】」

 

 完全に痺れが取れていないのであろう、フリュネが驚愕の表情で自身を拘束する鎖を見て────痙攣しだす。

 

「~~~~~~~~~~~~~ッッ!?」

 

 巨大な化物を拘束する鎖が、赤熱していた。

 ジュウジュウと肉を焼く音が響き、今にも爆ぜそうな魔力の塊が巨女の肩に刺さる槍に蓄積されていく。

 

「【リロード】、【リロード】、【リロード】」 

 

 魔力を込める度、精錬金属(ミスリル)が反応して熱を放つ。

 魔力伝導率の良い金属であるがゆえに、その全身を拘束するそれらは導火線であり、同時に感知器(センサー)だ。

 もし鎖素子の一つでも破損した瞬間、込められた魔力塊が一瞬で魔力暴発(イグニスファトゥス)と言う現象を引き起こすだろう。

 

「【リロード】、【リロード】……」

 

 8つ目の魔力塊(マガジン)を装填したところで、限界を迎えた。

 これ以上込めようとすると、俺も巻き添えを喰らうだろう。

 だが、十二分だ。

 考えてもみろ、体の内側に捻じ込まれた銀槍は魔力塊が満ち満ちているのだ。それが起爆したらどうなろうだろうか? …………汚い花火が見れそうだな。

 そういえば、もう一度、あの台詞を伝えておくべきか。

 

「フリュネ」

 

 恋愛映画を共に見ていた部下だった少女と交わした会話。

 『月が綺麗ですね』という台詞への返しとして、有名な返しが存在する。『死んでもいいわ』と言う台詞だ。『月が綺麗ですね』と言う台詞は相手に『死んでもいいわ』と返して欲しくてする言葉であろう。と解説したのが懐かしい。

 言葉を曲解した彼女は、こう言ったのだった。

 

 ────このやり取り、情熱的(ロマンチック)愛の告白(ラブ・コール)というより、狂気的(クレイジー)殺害宣言(キリング・コール)だと思うのですが?

 

 文学表現とは、正しく理解できる知識が無ければ狂気的なやり取りにも聞こえるのだと、その時初めて学んだ。

 

私の為に死んでください(月が綺麗ですね)

 

 魔力の制御を手放し、近くに居たレーネの腕を掴んで緊急離脱。

 直後、巨女を全身に巻き付き魔力に反応して赤熱していた鎖と、レーネの残虐武装(デッドリーウェポン)、そして肩に突き刺さっていた銀槍が込められた魔力の暴走によって魔力暴発(イグニス・ファトゥス)を引き起こした。




 『月が綺麗ですね』が『あなたの事が好きです』と言う告白の意味があり。
 『死んでもいいわ』が『わたしも好きです』という返事の意味がある。

 『月が綺麗でした』で『ずっとあなたの事が好きでした』という返事。

 『あなたと見る月だから』で『あなたの事を特別に思っている』とか……。

 文学表現って難しいですよねぇ。
 受け取る側が正しくそれを認識できるだけの知識が無ければ、意味が無いですし。


 ちなみに他には
 『夕日が綺麗ですね』には『あなたの気持ちを教えてほしい』という意味が。

 『星が綺麗ですね』には『あなたに憧れています』という意味があるみたいですね。
 此方はタロットカードが元ネタで、タロットの『星』は『希望』や『憧れ』を表す意味だからだそうです。いやぁ……知識量がモノをいう世界ですね。



 ちなみに、『明日の月は綺麗でしょうね』の意味は……()。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。