魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一八二話

 1柱の女神が息を切らしながら宮殿の最上階を駆け上がる。

 この宮殿の主たる女神の火照る身体を包み込む夜気は月夜に濡れていた。

 激しい戦闘の跡が刻み込まれた屋上には、赤く染まる歓楽街の光景が広がっている。

 

「どこまで行くの、イシュタル?」

「フ、フレイヤァ!」

 

 自身の後に続いて階段から現れたフレイヤの姿に、イシュタルの表情は怖気の一色に染まる。

 迫りくる超然とした微笑みを浮かべながら自身を追い詰める銀髪の女神の姿は、いっそ暴君の様な圧すら伴っている。その姿にイシュタルは敵愾心を打ち砕かれ、恐怖に囚われていた。

 己が領域(テリトリー)を踏み壊し、眷属(ファミリア)を蹴散らして、美神(イシュタル)が持つ全てを蹂躙しながら迫りくる並ならぬ神意を放つフレイヤから、まだ逃げ惑う。拳弾と踏み込みにより見る影も無いほどに破壊され尽くした(おのれ)の庭を横断し、櫓のように立つ自室へと駆け込もうとした。

 

「な……!?」

 

 その目論見は、しかし脆くも崩れ去る。

 林と泉を迂回して自室へと回り込む道、その宮殿の一角はまるで抉り取られたかの様に断崖へと姿を変えていた。その崩落の原因が、眷属(フリュネ)による一撃だとは女神(イシュタル)には知る由も無い。

 退路を突然断たれ、呆然と立ち尽くすイシュタルのもとへ、こつ、こつ、と優雅さすら、いっそ無慈悲さを感じさせる歩みの音を響かせたフレイヤがとうとう追い付く。

 

「追いかけっこは終わりね。私、もう疲れちゃったわ」

「ひっ!?」

 

 イシュタルが悲鳴を押し殺して慌て振り返った先。

 微笑むフレイヤの後方には無数の抉れた地面が広がっている。ベルの踏み込みによって幾度となく抉られた跡だった。当然、二柱の女神は知る由もない。

 十歩分の距離も無い程の間合いにて、美神(イシュタル)美神(フレイヤ)が対峙した。

 

「で……出来心だったんだ、フレイヤ? アンタがあの坊やと娘にそこまでこだわっていたなんて知らなくて……も、もうしないよ。許してくれ」

 

 宮殿内の殆どの眷属は鎮圧された。例え残っていたとしても目の前の美神(フレイヤ)の『魅了』を前に膝を屈する事だろう。故に、駒は完全に失われたと言っても過言ではない。

 打つ手を失ったイシュタルは引き攣った笑みをうかべつつ、許しを請う。

 美しい銀髪を夜風に揺らされるフレイヤは、微笑みを浮かべた。

 

「イシュタル? 貴方のする悪戯は今まで笑って許してあげたけど……今夜だけは、駄目。許さないわ」

 

 浮かべられる表情とは異なり、揺らがぬ絶対零度を宿した瞳がイシュタルを射抜く。

 

「あの子達は絶対に、()()()()にする」

 

 瞳に宿る絶対零度の色が揺らぐ。しかしそれはイシュタルが期待していた温情や慈悲のそれではなく、美神(フレイヤ)が秘めたる激情の片鱗だった。

 

「私のモノに手を出す女神(おんな)は、絶対に許してはおけない」

 

 横暴なまでの独占欲とあの二人の人間(こども)に対する執着心を晒したフレイヤに、イシュタルは言葉を失った。

 フレイヤに対して嫉妬していたイシュタルが瞳に黒い炎を宿していた様に、フレイヤの銀の瞳には執着心という名の黒い炎が宿っていた。まるで二人のそれは鏡合わせの様であった。

 静かな怒りを放つフレイヤは、瞳を細めると。

 

「貴女────潰すわ

 

 女神の死刑宣告を告げられ、イシュタルは青褪めた。

 

 

 

 

 

 屋上に続く大階段。息せき切らせて駆け抜ける獣人の青年を、一人の人間の少女が追う。

 駆け抜ける獣人の体には無数の打撲痕。その後ろを追う少女は体中に刀傷を負いながらも瞳に決意を抱いていた。

 

「待てぇええええええ!!」

「ぐぅっ……!」

 

 一歩、階段を踏み締める度に体中の打撲痕から響く鈍い痛みが全身を駆け抜ける。それでも彼は速度を緩める事無く階段を数段飛ばして己が主の下へと『石』を届けんとしていた。

 対し、少女はその『石』を取り戻さんと青年を追う。

 彼らの追いかけっこに、乱入者が現れる。

 

『行かせんっ!』『早く行け!』

 

 【フレイヤ・ファミリア】の襲撃に怯え、部屋に隠れていた愛玩用の眷属である男達。彼らが決死の表情を浮かべ、少女、ミコトの行く手を阻まんとする。

 目的の物を抱え持ち逃げる青年の背を前にし、ミコトは歯噛みをするのと同時に踏み込み、刀身閃かせた。

 刃が敵対した男に届く寸前、ミコトは刃を翻してその横を駆け抜ける。愛玩用であり、そのレベルも下級冒険者でしかない彼等からすれば、その一撃は当たる事無くとも()()()()と誤認するのも必然。

 刃を血の一滴すら汚す事無く、次々にミコトは男たちを無力化していく。

 絶技を繰り広げる彼女は、けれども確実にその歩みを遅らせられる。その間にも、『石』を抱える青年が階段の奥に消えていく。

 

「く、このままでは!」

 

 追い縋る事すら出来なくなるという焦燥感が、ミコトの絶技を鈍らせた。

 ほんの僅かに、その刃が男の一人に届く。Lv.2の少女が放った刃が、斬る積りの無かった男の首筋を僅かに裂き────噴水の様に血が噴き出し、視界を奪う。

 

「しまった────っ!?」

「ごばっ────」

 

 階段を駆けながら、斬る寸前に刃を返す事で相手に斬られたと誤認させて意識を奪うという絶技を放つ。それを大切な物を持ち逃げる相手を追いかけながらと言う状況で行っていた彼女の、一つの失態(ミス)

 返り血を浴び、声にならぬ絶叫を上げて首を抑える男に気を取られた瞬間。

 

『るぁあああああああああ!!』『イシュタル様の下へは行かせない!!』『死ねぇえええええっ!?』

 

 数少ない生き残りであろう女戦士(アマゾネス)がミコトの頭上より躍り出る。

 動揺の瞬間を突かれた強襲に、けれども彼女は身を捩り回避する。大きく裂けた右袖が宙を舞い、追撃とし放たれた鉄棍に薙ぎ払われ襤褸と化す。

 

「まだ生き残りが居ましたか……」

「悪いが、行かせないよ」「ああ、此処は通さない」「『石』があればまだフレイヤ派を蹴散らせる!」

 

 立ち塞がる三人の悍婦。その全員が血塗れでぼろぼろに傷付いている。一人は腕が折れてぷらぷらと揺れている鉄棍を持った女、一人は腹にくっきりと打撲痕が刻まれ体が揺れ重心の安定しない女、一人は片目が潰れて足に矢が刺さった女。

 その全員が重傷を負っている。しかし、彼女らの放つ風格はLv.3のそれだ。

 既に『石』を抱えた青年の姿はミコトの視界から消えている。追い付く事に失敗しながらも、彼女は血に濡れた刀を構えた。

 

「申し訳ありません。貴方達を相手に加減する余裕はありません」

 

 Lv.1の格下相手ならまだしも、手負いとはいえLv.3の格上。ただでさえ集中力が切れかかった状況で、更に人数も相手の方が上。あの絶技で切り抜けられる状況ではなかった。

 ミコトは覚悟を固め悍婦達を睨んだ。

 

「故に────切り捨てましょう」

「はっ、吠えるなヒューマン!!」「加減なんてふざけた事言ってんじゃねぇ」「挽肉(ミンチ)にしてやるよ!!」

 

 

 

 

 

「ま、待ってくれ!」

 

 フレイヤの正面に立ち尽くしていたイシュタルは、起死回生の一手を見つけ叫んでいた。

 その一手は女神(フレイヤ)の背後、無数の抉れた跡の残る道を褐色の美青年がふらつきながらも歩んでくる。

 タンムズだ。血反吐を付着させ、いくつもの打撲痕を刻まれぼろぼろの彼は、オッタル達にやられてもなお主神の危機に駆け付けてきたのだ。

 表情に出す事無く、内心で歓喜したイシュタルが必死に時間稼ぎの為に言葉を続ける。

 

「フレイヤ、面白い事を教えてやる!?」

 

 幾つもの抉れた跡の刻まれた地面にタンムズが足をとられ転倒する。その音を掻き消さんとイシュタルは声を張り上げた。

 

「あの子供には、ベル・クラネルには美神(わたしたち)の『魅了』が効かない! 秘密を知りたくないか!」

 

 ぴくり、とフレイヤが細い片眉を動かす中、タンムズが音を立てまいと慎重に立ち上がろうとする。

 

「あら? 貴女、地上に下りてそれなりに経つって言うのに────まだ気付いていなかったの?」

 

 ほとほと呆れたと言いたげなフレイヤは、僅かに肩を竦めた。

 

「私の可愛い眷属(こども)達もそう。ウェヌスの眷属、レーネ・キュリオだってそうだった。そして、ヘスティアの所のベル・クラネルに……ミリア・ノースリス。貴女はまだ気付かないの? 貴女の所にもそういう子がいるでしょうに」

 

 呆れ果て、かける言葉も見つからないとでも言う様にフレイヤは微笑みを消した。

 その背後、タンムズが慎重に距離を詰めていく。

 

「地上には、美神(わたしたち)の『魅了』()()()効かない人間(こども)が数多、居るわ」

 

 さも当然とでも言う様に、美神(フレイヤ)は自身が持つ神の権能、『魅了』の絶対性を否定した。

 その事に、その事実に、美神(イシュタル)は完全に言葉を失う。

 

「な、何を……何を言っている!?」

 

 私達神は、超越存在(デウスデア)は、生まれたその瞬間に、この世に存在し始めたその瞬間にその『絶対性』が定められている。故に、たかが下界の人間(こども)程度が犯せる領域ではない。

 『魅了』を始めとし、『予知』や『武技』、『学術』に『知識』、神が持つ権能であるそれらは、まさに神の御業と謳われる程の技能。

 武神であるタケミカヅチの持つ神技と謳われる武術。医神であるディアンケヒトやミアハが持つ医学の知識。それらは人の子が辿り付けない高みにあると言っていい。それらを、人の子如きが超えて良いモノではない。

 そう、イシュタルは信じ込んでいる。たかが人の子が、神である、超越存在(デウスデア)が、地上に下り全知零能に堕ちて尚、越えられ、犯される事の無い領域。

 美神(イシュタル)の────存在理由(レゾンデートル)

 

「馬鹿な、そんな事があっていいはずが────」

「だから、貴女は駄目なのよ」

 

 己の美貌がもつ『魅了』と言う権能。生まれ落ちた瞬間から、この世に存在し始めた瞬間から、体の一部として当たり前に存在するソレ。その『魅了』に真っ先にウェヌスは絶望していた。

 呼吸し、鼓動し、腕が動き、足が動き、瞳で景色を捉える。そんな当たり前の動作の一つに『魅了』があった。一度(ひとたび)それを使えば、全ての人間(こども)が跪く。そんな、当たり前の代物。

 だからこそ、その『魅了』に絶望した女神も居た。

 本当の意味で、下界の人間(こども)と向き合う事すら出来ない女神が居た。

 女神と人間(こども)の間には、常に『魅了』という権能(かべ)が立ち塞がり、真の意味で、何の気兼ねも無く触れ合う事が出来ない。

 

「ウェヌスは、美神の中でも変わった娘だったけど……貴女はあの子の有り方から理解出来なかったのね」

 

 自身の『魅了』を存在理由(レゾンデートル)にしたイシュタル。

 自身の『魅了』を忌むべきモノとして否定したウェヌス。

 フレイヤからすれば、どちらもくだらないと切り捨てるが、どちらがましかと言われれば、ウェヌスの方を選ぶだろう。

 

「あの子が真っ先に気付いたのよ」

 

 真っ先に地上に下り、己の『魅了』に絶望しきったウェヌスが、下界の人間(こども)に可能性を見出した。自身の『魅了』すらものともせず、真の意味で全知零能として向き合える眷属(ファミリア)を得た。

 人間(こども)に絆され、眷属を溺愛し始めたウェヌスと言う美の神。彼女の有り方は、ある意味、神としては歪み切っていたが、けれども人間の可能性を最も尊んだ有り方だった。

 ウェヌスを囲む眷属(こども)達は全て彼女の『魅了』を超えて彼女を理解した者達だけだ。故に、その子達全員をフレイヤは欲した事もある────当然、ウェヌスがブチギレて派閥抗争にすら発展しかけた事すらあった。

 

「だからこそ、良いのよ」

 

 ────下界の人間(こども)は、神の権能すら、もしかしたら神そのものすら超える()()()を秘めている。

 そんな当たり前な、地上に降りた神々が真っ先に気付くべき、地上を愉しむ為の前提条件。己が持つ『魅了』という、高い壁を越えて女神の下へ辿り着けるほんの一部の人間(こども)達。

 ウェヌスは、『魅了』の壁を越えて自身の下へ辿り着いた事だけで満足していたが、フレイヤはそこに英雄の輝きすら求めた。その差はあれど、どちらも『魅了』に左右されずに己が意志を持てる人間(こども)を愛した。

 そしてイシュタルは『魅了』を踏み越えて自身の下へ辿り着く人間(こども)を許さなかった。その事実を再認識したフレイヤは、呆れ果てながら呟く。

 その背後に、タンムズが息を殺して忍び寄る。

 

「だから、貴女の『魅了』は()()()()なのよ」

 

 そう言って、フレイヤは振り返った。まるで、端から背後に忍び寄る青年従者に気付いていたかの様に。

 長々と既に脱落した女神の事を語る間抜けな美神の姿に、馬鹿がっ! と禍々しい嘲笑を送り付けていたイシュタルが凍り付く。

 今まさに飛び掛からんと背後に忍び寄っていたタンムズは、眼前に現れた女神の美貌に瞠目し、ぴたりと完全に動きを止めた。

 イシュタルが言葉の意味に辿り付くより前に、フレイヤはタンムズに歩み寄り、その頬を撫で、微笑んだ。

 

「あ、あぁ……!」

 

 瞬間、タンムズの腰が砕ける。

 恍惚に彩られる瞳、上気した頬、そして半開きの口。

 イシュタルの寵愛を受け続けてきた青年従者は、瞬く間にフレイヤに『魅了』された。

 

「あっちへ行っていて?」

 

 女神の言葉に何度も頷くと、彼は砕けた腰を引き摺ってこの場を去っていく。

 その光景に、イシュタルは時を止めていた。

 自身の男を奪われた事実に、立ち尽くしていた。

 女神の『美』に惹かれて忠誠を誓う青年従者は、その寵愛を一身に受けイシュタルに陶酔していた。既に彼女が『魅了』し完璧な『(しもべ)』となっていた。外部から『魅了』を受け付ける余地など無い。

 そのはずだったにも関わらず、フレイヤは彼を従えた。

 『魅了』の上書きに他ならない。それすなわち────フレイヤの『美』がイシュタルの『美』を上回る事と同義。

 イシュタルの中から矜持が砕け散る音が響く。

 

「…………して、だ」

 

 呟き、わなわなと震え出す。

 歯が砕けんばかりに噛み締め、両手は爪が食い込み血が零れる程に握り締められる。

 その褐色の肌も、豊満な体も、美貌も怒りに染め上げる。

 

「どうしてだ!!」

 

 イシュタルは、全身を真っ赤にして叫んだ。

 周囲の名声、『美』を称える男の数、どちらもフレイヤの方が上。

 己が寵児すらも『魅了』を上書きされ、彼女に奪われた。

 同じ『美の神』であるはずなのに、何故ここまで違う。

 目の前で超然とたたずむフレイヤの姿に、イシュタルは怒鳴り散らそうとた。

 

「イシュタル様っ!!」

 

 瞬間、息せき切らせた獣人従者が胸に小包を抱えて二人の間に割り込んだ。

 フレイヤを正面に捉え、イシュタルに背を向ける獣人従者。

 ウェヌスを裏切り、イシュタルの下へやってきた男。ウェヌスの『美』より己が『美』が上回っている事の証明とし、傍に置き続けた、戦利品(トロフィー)でしかない眷属。

 彼の登場にフレイヤが微笑み、イシュタルは絶望した。ウェヌスより自身が上回る証明が、またしても奪われるのかと、防ぐ為に彼の肩を掴もうと手を伸ばし────既にフレイヤに微笑まれている事実に硬直した。

 直ぐにその体が震え出す。

 

「……たか、また、私から」

 

 奪うのか。そう呟きかけたイシュタルは、フレイヤを睨もうとし────獣人従者に差し出された小包を見て、震えが止まった。

 

「イシュタル様、どうぞお納めください」

「────あら?」

 

 フレイヤの微笑み、『魅了』を真正面から受けたはずの彼は、けれども『魅了』をものともせずにイシュタルにその小包を差し出した。

 その瞳は、イシュタルだけを見て、イシュタルだけにその忠誠を向け続けている。

 

「な、なにを……」

「『殺生石』です! 【魔銃使い】の儀式を早め、成功した代物です!」

 

 尻尾を大きく振ってイシュタルの前に跪くその姿はまるで大型犬の様だった。

 唖然としながらその青年を見下ろしていたイシュタルは、口を半開きにしたままフレイヤを見据えた。

 微笑みが消え去り、表情すら絶対零度の色を宿したフレイヤが、イシュタルを見据えて呟く。

 

「貴女にも居るじゃない。貴女だけを見て、貴女だけを信じて、貴女だけに忠誠を向ける。()()が」

 

 元は他の美神(ウェヌス)の下に居ようと、真の意味で自身が忠誠を誓う者を見つけ、ウェヌスの『美』を振り切り、イシュタルの下へと参じる程に、『魅了』に左右されずに女神に忠誠を誓える。そんな、本物の眷属がイシュタルにも居た。

 

「ま、さか……これが?」

 

 ただの己がウェヌスに勝利した証明である戦利品(トロフィー)でしかない獣人従者が。

 天界で歯噛みしているであろうウェヌスへの当てつけとし、時折寵愛していた程度の人物。能力(ステイタス)は低く、戦いの才能は無い。ともすれば、戦利品(トロフィー)以外の価値すらない、そんな青年が。

 他の『魅了』すら撥ね退けてイシュタルに忠義を誓う程の魂を持っていた。

 その事実に、イシュタルは。

 

「ふ、ふはは、ははは、はっはっはっはっ! よくやった!」

「……はあ」

 

 獣人従者を抱き寄せ哄笑を響かせるイシュタルに、フレイヤは溜息を零した。 

 

「形勢逆転だなフレイヤァ!!」

 

 例え獣人従者のレベルが1で、その能力(ステイタス)がランクアップに必要な最低値のDにすら届かず、戦闘の才能が欠片程も無い愛玩用でしかない眷属(ファミリア)だったとしても、神の恩恵(ファルナ)を授かっている以上、ただの人間と同じ身体能力しか持たないフレイヤでは対抗できまい。

 頼みの綱である『魅了』が効かない。ただそれだけの理由で、フレイヤはイシュタルに敗北するのだ。

 

「お前が信じる地上の人間(こども)の可能性に、お前は敗北したんだ!」

「……ええ、そうね」

 

 フレイヤは、一歩、二歩と後退していく。その表情に焦りの色は一切無く、どんな行動を起こすのかをただ見据えている。

 

「さて、貴方は何を見せてくれるのかしら」

 

 銀髪の女神が視線を向けたのは、イシュタルではなく獣人従者。その魂は控えめに言っても、酷い。

 まともに磨かれておらず、ただただイシュタルの寵愛を受けて腐り果てている。もし、イシュタルがもう少しまともにその獣人従者を鍛える事に専念していれば、オッタルとまではいかずともミリア程にまで成長できる『可能性』はあっただろう。だが遅きに失する。

 

「さぁ、フレイヤ。お前の最期だ、気に入っていたんだろう? ミリア・ノースリスという小娘(ガキ)を! その魂を封じ込めた『殺生石』で、屠ってくれるわ!!」

 

 抱き寄せていた獣人従者を放し、銀髪の女神へとそれを使う様に指示を出すイシュタル。

 指示された直後、何の迷いも無く青年は小包から『石』を取り出して主神の指示通りに向けた。

 

「……それ、止めた方が良いわ」

 

 焦るでもなく、怯えるでもなく、銀髪を夜風に揺らすフレイヤはほんのりと忠告を告げる。

 それを見柄を張った余裕だと切り捨てたイシュタルは死刑執行を告げた。

 

「やれぇっ!!」

「御意」

 

 獣人従者がその『石』を、『殺生石』を使うべく意識を込める。

 瞬間、彼の足元に魔法円(マジックサークル)が浮かび上がり、手にした『殺生石』からフレイヤの方に向けて、連なる五つの魔法円が現れる。

 その光景を見て、イシュタルは勝利を確信した。

 発動したその『魔法』は、見間違う事などありはしない。戦争遊戯(ウォーゲーム)のさ中、【魔銃使い】ミリア・ノースリスが放った超遠距離砲撃魔法だ。

 

「どうした、フレイヤ────負け惜しみは言わないのか?」

「必要無いわ」

 

 その砲口の直前にて、向けられた魔法円(マジックサークル)の光によって銀髪を艶めかしく輝かせるフレイヤは、ただ獣人従者を見て瞳を細めた。

 

「今すぐ、止めさせた方が良いわ」

「馬鹿め、止める理由が何処にある!!」

 

 一つ目の魔法円が輝く。僅かに空気が揺らぎ、青年を中心に渦巻きだす。

 既に女神を射抜くのには十二分に過ぎる程の威力であろう事は想像に容易い。しかし、やるなら徹底的に、全力の、最高の威力にてこの下界から消し飛ばしてくれる、とイシュタルが更に続ける様に指示を出した。

 

「もっと、もっとだ」

「……イシュタル、本当に、止めなさい」

 

 二つ目の魔法円が輝く。空気の揺らぎは確かなモノとなり、庭園そのものが振動しだす。

 絶体絶命の危機的状況に陥りながらも逃げる事をしないフレイヤを、イシュタルは嘲笑した。

 

「助けに来る眷属は居らず、か……フレイヤ、眷属に見限られたか」

「あの子達なら来ないわよ?」

 

 平然と、焦りも恐怖も一切見せず、変わらぬ超然とした立ち振る舞いを続ける銀髪の女神を前に、イシュタルは僅かな違和感を抱く。

 何故逃げないのか、何故焦らないのか、何故恐怖しないのか。そんな小さな違和感は、強がって隠しているだけだと取り合わずに無視した。

 三つ目の魔法円が輝き出し、振動はなおをも大きくなりはじめ────フレイヤが鋭く声を上げた。

 

「今すぐ止めさせなさい」

「何を────」

「その子、死ぬわ」

 

 フレイヤの指摘に、イシュタルが眉を顰めた瞬間。

 びしゃびしゃっ、と液体の零れ落ちる音が響き渡る。音の出処に視線を向けたイシュタルは、表情を強張らせた。

 

「な……なにが!?」

 

 両手で『殺生石』を持ち、今まさにその効力を駆使して魔法を行使している獣人従者。その目、鼻、口、耳、体中の穴と言う穴から鮮血が零れ落ち、瞬く間に彼の踏み締める地面を真っ赤に染め上げていく。

 

「何が起きている!?」

「貴女、あの子の使う魔法の性質すら理解していなかったのね」

 

 硬直したイシュタルを他所に、フレイヤは未だに魔法の発動状態を維持している獣人従者に視線を向ける。

 

「止めなさい」

「────」

 

 『魅了』を駆使し、その眷属の蛮行を止めんとしたフレイヤは、けれども『魅了』を弾く程の忠誠を向けたイシュタルの指示にのみ従わんと使用を止めようとはしない。

 イシュタルに止める様に忠告を繰り返したにも関わらず、彼女は唖然としたまま立ち尽くすのみ。

 

「……イシュタル、貴女、最低ね」

 

 次第に砲身である魔法円(マジックサークル)に灯っていた光が消えていく。三つの輝きは二つに、一つに、そして終いには足元に広がるソレすらも掻き消え────獣人従者が血の泉に沈んだ。

 『殺生石』が青年の手から転げ落ち、フレイヤの爪先で止まった。

 

「馬鹿、な……私の、私が……」

 

 逆転勝利を確信していただけに、突然の出来事に思考を埋め尽くされ立ち尽くす事しかできないイシュタルを前に、血に汚れた『殺生石』をフレイヤが拾い上げ、丁重に服の袖で血を拭っていく。

 

「磨けば輝けたのに……勿体無いわね」

 

 フレイヤは僅かな呆れと、同時に磨かれておらずとも確かな輝きをイシュタルに向け続けていた獣人従者にほんの僅かな欲を見せ、直ぐに掻き消した。

 手にした『殺生石』を懐に納め、イシュタルを見据える。

 

「そういえば、さっき何か言いかけていたけれど何かしら?」

 

 普通に獣人従者を嗾けていれば、そのままイシュタルの逆転勝利に終わっていたであろう。

 しかし、勝利の方法に拘ったがばかりに、その逆転の一手すら無駄にした。その事実にイシュタルの表情が蒼くなり、赤くなり、コロコロと顔色を変えていく。

 

「言う事が無いなら、さっさと潰されてくれないかしわ。貴女の存在そのものが不愉快だわ」

 

 磨けば輝く魂すら無駄に擦り減らし、潰した。その事にフレイヤが瞳を細め、すぐに天界へと送還されろと横暴に告げる。

 イシュタルは蒼くしていた顔色を真っ赤に染め、吠え散らした。

 

「黙れ! 私とお前、何が違うというんだ!?」

品性

 

 銀髪の女神が断言した瞬間────イシュタルの足場が崩れる。

 

「────ッ!?」

 

 先の『殺生石』による魔法発動。その余波として発生していた振動は、魔法の性質を理解もせずに使用した獣人従者の引き起こした代物に他ならない。

 本来ならば、ミリアが扱う『砲撃魔法』は分岐詠唱魔法という特殊な代物だ。

 一つの魔法では完結せず、複数の魔法やスキルが複雑に絡み合い完成した、歪でいて美しい。芸術とも言える程にまで昇華された、絡み合う複雑な魂を構成しているミリアに相応しい魔法。

 だからこそ、彼女のそれは一つの魔法()()抽出できない『殺生石』では扱い切れない。

 

「落ちたかしら?」

 

 ミリアの魔法は全てにおいて『間接消費型』だ。一度『魔力塊(マガジン)』として形成した特殊な魔力を用いる事によって、威力に対し詠唱がそこまで長くない特徴を持つ。

 故に────『魔力塊』を作り出すスキルを持たない眷属には扱えない代物だ。

 『殺生石』の使用者から強制的に『魔力塊(マガジン)』を吸い出そうとして、スキルが無いがゆえにそのままの『魔力』を吸い出された。そして、対応していないが故にその吸い出された魔力はそのまま余波として周囲に撒き散らされ、旋風や振動といった異常を引き起こしていた。

 

「あら……?」

 

 激しい戦闘によって既に酷い損傷を受けていた神の庭は、ほんの僅かな振動によって崩落を起こしたのだ。

 イシュタルの足元が崩落し、転落する様子を見ていたフレイヤは足場に気を付けながら、崖の際から下を見下ろす。

 

「あら、しぶとい」

「────ッ!」

 

 断崖の際にしがみ付く褐色の両手。見下ろした其処には必死の表情でしがみ付くイシュタルの姿があった。

 

「フ、フレイヤァ、た、頼む、助けてくれ」

 

 落ちれば地上まで真っ逆さま。第一級冒険者のフリュネは耐えたが、たかが人の子と同程度の身体能力と身体強度しか持たない神の身がこの高さから落ちれば、確実な死が待っている事だろう。

 必死の表情で懇願するイシュタルに、フレイヤは美しい微笑みを浮かべ────爪先でしがみ付くイシュタルの右手を踏み付けた。

 

「ぐっ、ああああああっ!?」

 

 踏み付けられた痛みから、イシュタルは右手を放してしまう。

 片手で崖っぷちにしがみ付く彼女は、自然と下を見てしまい、その余りの高さに眩暈すら覚え涙を浮かべながら、フレイヤを見上げた。

 銀髪の女神は変わらぬ微笑みを浮かべ、冷たい瞳でイシュタルを見下ろしていた。彼女は確実に、何があろうがイシュタルを天界に送還する気だと、確信する程の瞳に射抜かれ、イシュタルは完全に言葉を失った。

 

「私、しぶとい女神(おんな)は嫌いなの」

 

 だから早く落ちてくれないかしら。そう呟き、残る左手を踏み締めんとフレイヤが足を上げた。

 

「フレイヤァアアアアアアアアアッ!?」

 

 瞬間。

 女神の絶叫と共に、庭園の噴水を飛び越えて一人の女神を背にしがみ付かせたドワーフが姿を現した。

 フレイヤが上げていた足を一度下ろし、振り向いた其処には朱色の髪を滅茶苦茶にした女神と、その女神を背負うドワーフの姿。

 【ロキ・ファミリア】の主神である女神ロキと、その眷属である【重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロックの二人だった。

 

「ま、間に合ったか!?」

「ふむ、イシュタルの姿が見えんのう。何処かに居るのか、はたまた……既に始末されたか」

 

 焦った様子のロキと、周囲の戦闘の痕跡から何があったかを読み取ろうとするガレス。

 二人の様子を見たフレイヤは微笑みを浮かべて彼女らを出迎えた。

 

「あら、ロキじゃない。どうしてこんな所へ?」

「フレイヤ、アンタ男にちょっかいかけられてキレてイシュタル潰しにきたんやろ」

 

 それ、一旦止めてえな、とロキが笑いかけると、フレイヤは微笑みを消して肩を竦めた。

 

「嫌よ」

「んな事言わずにぃ~。ほんのちょびっと、先っぽだけやからぁ~」

 

 少し話を聞いたら、後はフレイヤの好きにしていいから。とロキが交渉に持ち込もうとするのを、フレイヤは冷めた目で見据えていた。

 

「怒るんはわかるで……ウチも怒っとるしな。んでも、その前に話も聞かなあかんのや」

「あら、そう。でも嫌よ。あんなのが未だに下界で息をしてるのは我慢ならないわ」

 

 すげなく主張を切り捨てたフレイヤの様子に、珍しくロキが焦る。

 かなりご機嫌斜めだと察し、すぐにイシュタルを確保しなければ、とロキが思考を切り替えた。

 

「んで、イシュタルは何処や? もしかしてあそこに引き籠っとるんか?」

 

 櫓のようになっている最も目立つ高階の一室。間違いなくイシュタルの私室だと目聡くロキが指摘したのを見て、フレイヤは肩を竦め、自身の足元、崖っぷちを指さした。

 

「イシュタルならここに────あら?」

 

 フレイヤが視線を向けた先。

 しがみ付いていたはずの褐色の手が完全に消えていた。

 銀髪の女神が下を覗き込むと、今まさに地面に叩き付けられる寸前の褐色の女神の姿があった。呆然とこちらを見ているイシュタルに、フレイヤは微笑んだ。

 

「ロキ、イシュタルが落ちたわ」

「────は?」

 

 ロキが呆気にとられた表情を浮かべた瞬間────ドンッ!! と轟音が響き渡った。

 更に大瀑布の様に地上から天に向けてな光柱が立ち上る。

 神が『天界』に送還される際に発生する、光の柱だった。




 えっと……大変誠に申し訳ございません。
 予定通りにいかない事に()()のある『魔法少女()』の見通しの甘さ故に、予告通りにミリアの魂関連の話まで入れられなかったことをここに謝罪申し上げます。
 本当にごめんなさい。



 三年頑張ったし挿絵とか支援絵とかください(願望)
 ミリアが使ってる武装単体の絵でも……『銃剣型の杖』とか『蒼と紅の双剣(戦争遊戯編)』とか、初期の方に使ってた『無名のショートソード(第四十一話の)』とか?

 後は、あとはー……コラボとか、三次創作とかですかね。コラボは募集続けてますよ。
 ……三次創作はね、一つあった気がしますがね、一時凍結後そのまま削除されたっぽいですしね。悲しいネ(白目)

 オリ主ぶち込んでミリアちゃんをひたすらに幸せにしてってもええんやで。
 『ミリカン』設定も自由に使ってええんやで。
 ミリアの前世で、ミリカン最強の狙撃手として立ち塞がったプレイヤーをオリ主にしてもええんやで。

 流石に二作品同時投稿は週一でもきついし私は、やれないんですがね……。

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