魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一八三話

 天上を焦がさんと燃ゆる歓楽街の中心より、夜空目掛けて立ち昇る光の柱。

 都市中の全ての神々、そして人々が今宵の乱闘騒ぎの決着を察するには十二分に過ぎる合図であるソレ。

 下界という名の遊戯盤(ゲーム)に、一柱の女神が敗北して天界へと『送還』された事を知らせる光柱。

 敗北し送還された神々は二度と下界と言う名の遊戯盤(ゲーム)に参加を許されない。つまり、今宵の敗北者たる淫都の王たるイシュタルが握っていたであろう情報の数々は二度と下界において手にする事は叶わない事を意味する。

 それ即ち、【ロキ・ファミリア】が立てた作戦の一つが失敗に終わった事を意味していた。

 

「う……」

「ロキ?」

 

 目に焼き付く美しさと荘厳さを感じる光の柱が立ち消え、余韻をすら消え去った庭園。ようやく対峙していた女神達が顔を突き合わせる。

 引き攣った笑みを浮かべる神ロキと、それに微笑を湛えて向き合うフレイヤ。ロキの傍に控えるガレスは無言で腕組をして美神の『魅了』を受けまいと目を閉じていた。

 

「フ、フレイヤァ……」

「どうかしたかしら?」

 

 いけしゃあしゃあと、さも動じた様子の無いフレイヤが表情を変えずにロキを見やる。

 その対応にロキがわなわなと震え、暫くして抱いた激情を飲み込み、笑みを浮かべてフレイヤと視線を絡め合う。

 

「…………」

「…………」

 

 ほんの束の間の睨み合いを繰り広げ、ロキが口を開く。

 

「なあ、なんでイシュタルを送還したんや」

 

 問うまでも無い問いかけだった。

 目の前の美神(フレイヤ)とは旧知の仲。天界では共に策謀を立てたり、時に敵対したりとやりたい放題していた悪友の間柄とも言える。故に、美神が起こした此度の抗争の原因が『男』にある事ぐらい察しがつく。

 ある程度予測をしていたとはいえ、あまりの時機(タイミング)の悪さだった。

 

「別に、最初は送還する気なんてなかったわ」

「何?」

 

 銀髪をたなびかせて微笑む女神の答えに、ロキは糸目を更に細めた。

 何を考えているのか、その言葉の先を予測せんとしていた女神は、返答を受けて瞠目する。

 

「ただ、()()()()()()()使()()だけなら良かったのよ」

 

 余りにも予想外の台詞。

 詳細は情報屋を営む藍色の女神より引き出してあった。

 今宵のイシュタルの暴走、数多の派閥と懇意にしており替えの利かない重要人物であったミリアに手を出す等と言う蛮行に及んだ理由。『殺生石』という魂を道具に利用する禁忌の代物を生み出す為ということはロキも知っている。

 そして、目の前の女神もまたその()()について知っていたと宣う。

 

「待つんや。それは、どういう意味や?」

「それって、もしかしてミリアを『殺生石』の儀式に使う事かしら?」

 

 今度こそ、ロキは言葉を失った。

 本当にフレイヤはイシュタルの企みを知っていたのだ。その上で、泳がしていたという事に他ならない。

 

「ミリアの事、気に入っとったんちゃうんか!?」

 

 お気に入りの人間(こども)とし、二つ名すら授けるに値すると判断された小人族の少女。

 魂の変質等と言う異質極まりない特異な能力を使いこなす人物。その魂の中心に据えられた家族への想い。フレイヤが気に入るに値するだろう、とロキですら判断しうるその人間(こども)

 そのミリアが儀式に使われるだけならば、イシュタル送還する気は無かった。とフレイヤは言ったのだ。

 

「ええ、お気に入りの一人よ。ベルをより一層輝かせてくれるし。あの子自身も綺麗だもの」

「ならなんでや。魂を引き摺りだすっちゅう行為がどんな苦痛を伴うか、それで魂ぶっ壊れてもしゃあなしなんやぞ!?」

 

 普通の人間(こども)が魂を強引に肉体(うつわ)から引き摺りだされなんぞすれば魂は壊れる。

 もし『殺生石』に封じられた魂を元の肉体に戻したとしても、それは元通りとまではいかない。必ずどこかに異変が起こる。性格が捻じれ曲がるか、はたまた記憶障害か。なににせよまともな末路にはなり得ない。

 フレイヤはそれを容認するとすら言い切ったのだ。

 

「ロキ、貴女は何を見てきたのかしら?」

「なんやと?」

 

 不快感を露わにして言い募っていたロキに対し、フレイヤは動じずに問いかけを返す。

 僅かに抱いた困惑を見せまいとロキがすかさず返答すれば、銀髪の女神は双眸を細めて懐から『石』を取り出した。

 

「あの子を最初に見つけた時。もう──────?」

 

 吹き抜ける風が長い銀髪を攫い、その口から放たれた言葉を掻き消しロキの元まで届かせない。しかし、フレイヤが取り出した『石』を目にしたロキはすかさずそれが何であるかを察した。

 儀式の時刻まで余裕は無かったとはいえ、儀式に入る前に騒ぎが起きていた事から失敗に終わったであろうと判断していた彼女を驚愕させるに値する代物。

 

「それ────ミリアの『殺生石』か」

「ええ、そうね」

 

 美神の手に乗せられたそれは、僅かに光を帯びた幻想的な、見る者次第で不気味さすら感じられる石であり。今宵の騒動の末に生み出された、禁忌の道具。

 

「ッ────!」

 

 その石を一目見てロキの表情が強張った。

 石の内側、鎖に繋がれた()()()()を神の瞳が確かに捉えた。注視せねば見落としかねない様な、小さく千切り取られた魂の一部。

 

「……た、魂が千切れて……な、何しとんのやお前!?」

「私じゃないわ。イシュタルよ」

 

 自分がやった訳ではない、と言い放った美神(フレイヤ)は愛しむ様にその『殺生石』を撫でる。

 ロキはただただ天を仰いで震えていた。その事態にガレスが囁くように主神に問いかける。

 

「魂が千切れとる、とは不穏な話が聞こえたがどういう意味だ」

「…………そのままの意味や。ミリアの魂の一部、欠片があの石っころの中に入っとる」

 

 顔を手で覆い、イシュタルがしでかした事にロキが震え、悪鬼の如き表情でフレイヤの手の内に収まる『石』を見て呟いた。

 

「もう、元には戻らん」

 

 天界においては地上で負った数多の傷や汚れを落としてもう一度、下界に産み落とされる様にと輪廻転生の中にある物であり、そう珍しい物ではない。

 世界によって生み出され、常に循環しているものであり、人の精神を宿す器そのもの。

 下界に神々が降り立って以降、悪戯に魂を壊す神も居た。その壊れた魂に共通する事は一つ。

 

「廃人確定」

 

 魂とは非常に繊細であり、ちょっとした事で傷を負ってしまう。

 下界で過ごす内にその魂は汚れを溜め、黒く染まり、死後になって天界に送られる。

 その天界で汚れを落とす事は出来る。小さな傷ならば自然と癒えていく。しかし、完全に壊れた魂は別。一度壊れた器は元には戻らない様に、一度死んだ人間が蘇らない様に、一度壊れた魂は、元には戻らない。

 

「……フレイヤ、どういう積りやおまえ」

 

 ましてや一部を強引に引き剥がすなんて真似をされた魂が、元に戻る事なんてありえない。

 お気に入りであったはずのミリアを壊される事を容認したとでも言うのか。

 

「どうって……貴女、まだ気付いてなかったのかしら?」

 

 人間(こども)一人の魂を破壊した。

 それは命を奪う事よりもよほど重い罪であろう。例え重罪人であったとしても魂を破壊する程の咎を負わされる事は無い。だというのに、フレイヤは僅かに首を傾げてロキを見据えるのみ。

 

「気付く? 何をや? お前が気に入った魂をぶっ壊して喜ぶ加虐趣味(サディスト)やったって事か?」

「……はぁ」

 

 侮蔑の視線を送り付けていたロキに対し、フレイヤが心底呆れたと肩を竦めて『殺生石』をロキに差し出した。

 

「ロキ、貴女は不思議に思わなかったのかしら?」

「何をや? 腐れビッチやってのは知っとったけど他にも何か隠しとったんか?」

「私の事ではなくて、ミリアの事よ。いや、正確に言うなら……()()()()()()()()

 

 僅かな呆れと軽蔑の混じった視線を返されながら、同時に伝えられた名にロキは眉を顰めた。

 ミリアは言わずもがな。フレイヤが【魔銃使い】と言う二つ名を与える程に気に入っている小人族の少女。迷宮都市(オラリオ)に現れてまだ半年かそこらで複数の偉業を成し遂げ、同派閥に所属する少年ともども世界記録(レコードホルダー)を書き換えて話題沸騰中の人物。

 そしてキューイ。此方は有名な少女と共に知られてはいるが、その名を口にされても首を傾げる者が多いだろう。

 ミリアが連れている赤飛竜(レッドワイバーン)の愛称であり。ミリアに従う竜種の一匹。其処まで言えばおおよその者がなるほどと頷く。

 

「ミリアはわかる、せやけどキューイやと?」

 

 キューイ。

 赤飛竜(レッドワイバーン)と言う種族()()()赤い飛竜。

 【ロキ・ファミリア】とミリアが初めて出会った日に、彼女が隠し連れていた怪物。

 

「ねえ、ロキ────ミリアは何処でキューイと出会ったのかしら? いや、契約を交わした、と言うべきかしら」

 

 ミリア・ノースリス。

 彼女が有名な理由として、調教(テイム)難易度が非常に高い竜種を従えている事が上げられる。

 しかしそれには仕掛け(タネ)があった。彼女が神の恩恵(ファルナ)を授かった際に手にした特異なスキルによるもの。

 自身の周囲で死した竜種の魂の簒奪。自らのレベルと同数の竜種を強制的に自らの知配下に置く能力。それを使い、彼女は【竜使い(ドラゴンテイマー)】の異名を持つ。

 そんな彼女が、【ロキ・ファミリア】と出会う以前に調教(テイム)した飛竜────それがキューイだ。

 

「いや、待て……何処で……?」

 

 【ロキ・ファミリア】とミリア・ノースリスの関係の始まりは決して好ましいものではなかった。

 とある派閥が深層遠征の期間途中。中層のミノタウロスの群れを逃がして上層にまで侵入を許した事によって、死に掛けた冒険者。それがミリアであり、とある派閥というのがロキの派閥だった。

 そして、あの頃のミリアは冒険者になって一ヶ月も経っていない駆け出しも駆け出し。

 ────そんな少女が、一匹の飛竜を連れていた?

 

「……フレイヤ、アンタは何か知っとるんか」

「予測でしかないけれど、でも確信してるわ」

 

 確信を得ているというフレイヤの返答に、ロキは眉間に皺を寄せた。

 確かに、ミリアが連れているキューイという名の飛竜、その出処には不鮮明な点がある。だがそれを口にするならばまずミリアの経歴も不鮮明が過ぎる。

 年齢は13か14歳ごろの小人族(パルゥム)の少女。年齢に対して未成熟が過ぎる肉体、反して精神は成熟しきり、ともすれば擦り切れた様な様すら見せる。

 冒険者になる以前から完成していたであろう戦闘形式(バトルスタンス)に加え、軍属であったであろう戦闘思考。加えて、騙し騙されの裏側で生き、魂が壊れる寸前にまで至った人物。

 もはや生きている事が奇跡とも思える様な経歴の数々。魂に刻み込まれる程の壮絶な彼女の人生は、けれども迷宮都市(オラリオ)から伸ばした調査の手が何処にも付かない程に不明。いつ、どこで、どのようにしてこの都市に訪れたのかすらわからない。

 

「いや、待て。そもそも今回の件と何の関係があるんや」

 

 ミリアの過去に対する詮索は、彼女の状態を考えると無粋に過ぎる。が、それ以前に此度の『魂の破壊』に関して言えば全くの無関係に感じられるだろう。

 故にロキが問いかければ、フレイヤは僅かに溜息を零した。

 

「イシュタルもロキも、そしてヘスティアも……どうして誰も気付かないのかしら。それとも、ミリアがよほど隠すのが上手いのか」

「何の話やねん」

 

 薄淡い輝きを宿した石をロキに見せる様に差し出し、フレイヤは呟く。

 

「キューイは何処から来たの? そもそも、あれは本当に()()()()()()()?」

「────はぁ?」

 

 銀髪の女神の呟きにロキは盛大に呆れの表情を浮かべた。

 

「飛竜なのか否かって……そりゃ飛竜やろ。むしろそれ以外の何やねん」

 

 何処からどう見ても。神々が見て『これは飛竜だ』と言える()()()()存在。それがキューイだ。

 肉体がミリアの魔力によって構築されており、ミリアが死ぬかステイタスを封じられれば即座に消滅する()()()の飛竜。

 ロキの認識ではそうだ。そして神々もそう認識した。神会(デナトゥス)で全ての神々が同意し、街中でも連れ歩ける特例的な存在としてソレを認めたのだから。

 

「ロキ、貴女はいままで何を見てきたのかしら……()()()()()()()()()()()のよ?」

 

 フレイヤが放ったその一言は、余りにも強烈な代物だった。

 

「何を言うて……まて」

 

 ミリアは魂を模倣出来る。その言葉を否定しようとして、即座にその否定を飲み込んだ。

 彼女が持つ魂の模倣、すなわち【魂の模倣(クラスチェンジ)】それの事に他ならない。

 誰がどう見ても小人族(パルゥム)の少女であると言い切るであろう少女。その人物がそのスキルを使用する事で全く別の種族へ────魂そのものからの変質を起こす。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)中に見せた狐人(ルナール)という種に変質した事は都市全ての神々の記憶に新しい。

 

「…………まさか、せやったら……でも、んなことが」

「気付いたかしら?」

「いや、それでも、魂の一部やろ? それやったら、ずっと……ミリアは……」

 

 フレイヤの言葉に導かれ、ロキもまたその予想に辿り付いた。

 ミリアが持ち得る魂の変質。そして、キューイと言う()()()()()()

 ロキとミリアが初めて顔を合わせたのは行きつけの酒場での一件。ただでさえ好ましい関係から始まった訳ではないそれに止めを刺す様に、()()()()()()だった少女との出会い。

 だが、それでは、その予測が正解だとすれば、この半年間、ミリア・ノースリスという人物は────。

 

「貴女が何処でミリアと出会ったのか知らないけれど、あの子いままでずっと()()()()()()()()でしょう?」

「────」

 

 フレイヤの瞳は魂についてを他の神に比べてより詳細に知る事が出来る。

 そんな女神が見た、ミリア・ノースリスの魂は、欠けていた。それも、ずっと、最初から。

 

大賭博場(グラン・カジノ)の一件で気付いたのよね」

「なんやそれ」

「あら、ロキには報告が言ってないかしら」

 

 『殺生石』を愛しむ様に撫でながら、フレイヤは告げた。

 

「この『殺生石』の中に入っているのはキューイという名の、ミリアの魂の一部

 

 赤飛竜(レッドワイバーン)、キューイと言う愛称を付けられた怪物。ミリアによって肉体(うつわ)を与えられなければ存在出来ない()()()()()()()()()()()()()()()()

 その正体は、ミリア・ノースリスの魂の一部。

 

「あの子は、自分の魂の一部を切り分けた。多分、ヘスティアの所に転がり込んで恩恵を授かり、その魔法を使用したその瞬間に」

切り分けられた魂の欠片は、与えられた役割である『飛竜』としてその魂の形を変えた

「あの子は自分で作ったのよ」

 

 自由奔放に振る舞いながらも、決して自分を裏切らない。

 口論に発展したとしても、決して自分を騙さない。

 自分だけの、自分にとって都合の良い存在を、無自覚に、無意識に自分の魂の一部を使って作り出した。

 

「それがキューイ、あの子が可愛がっていた存在」

「…………」

 

 魂の変質。普通なら有り得ないであろうそれが成立するがゆえに、ミリア・ノースリスは魂そのものを『飛竜のもの』に変質させて、従えていた。

 キューイとは、どれだけ口では生意気を言おうが、何をされようが、決してミリアの事だけは裏切らず、ミリアの指示に従い、ミリアを命を賭して守り抜く守護竜────その様に作られただけの存在()()()

 本来ならば有り得ない、けれども特殊な状況下で生まれた、生み出された飛竜(人格)

 

「けれど、それに不具合が生じた」

 

 フレイヤは眦を下げ、悲し気な表情を浮かべ。静かに『殺生石』をロキに差し出した。

 

「ロキは知っているでしょう。あの子、最初は()()()()

「そうやな」

 

 出会ったその日、酒場で見た彼女の魂を忘れる事は難しいだろう。

 どれほど言葉をかけても、どれだけ愛しんでも、どれだけ慈悲を与えてもあの魂は救えない。そう思ってしまう程に、壊れた魂。

 

「それを、ヘスティアが癒し、治した」

 

 壊れていたそれを治した。奇跡的に、歪に歪み切った彼女そのものを女神(ヘスティア)は受け入れた。故に、彼女は、本来ならば治る筈も無い、不可逆を踏み越えてその魂は蘇った。

 ────その時に、不具合が生じたのだ。

 

「あの子は、ミリアはその時にはもう、キューイと言う存在を生み出していた」

「ああ、フィンも言っとったわ。ミリアの服の中に幼竜が居ったってな」

 

 ミリアの魂が蘇り、元に戻る以前。キューイという存在はこの世界に産み落とされていた。

 本来ならば、その肉体が破壊される度にミリアの魂へと還元されるべき、魂の欠片。それが、元に戻らなくなった。

 あるべき形から外れ、飛竜と言う小さな器の中に閉じ込められた、魂の欠片。

 

「ミリアの魂は、ずっと不完全のままだったわ」

「普通なら、そんなん成立せん」

 

 キューイという飛竜を、自身の魂の欠片を切り離したその瞬間から。ミリアがミリアとして、女神(ヘスティア)に救い上げられたその傍で、別の存在として切り離された『魂の欠片』はずっと、救われずにそのままだった。

 魂の変質。ミリアが持つ特異な能力。

 己が魂を狐人(ルナール)に近づけた。故に、彼女は此度の狐人(ルナール)専用の儀式すら適応した。それ以外にも狼人(ウェアウルフ)犬人(シアンスロープ)等、複数の種族の魂に適応できている。

 神々ですら、その変質の瞬間を見ていなければ気付けない程に完璧に、他の存在へと成り果てる。それが可能であったが故に、ミリアが無意識に切り離したその欠片は、飛竜の魂に成り代わり活動していた。

 そして、魂が欠けているはずのミリア自身も、その欠片でしかないキューイも、どちらもそんな事実を神々に悟らせない程、完璧に────演じていた。否、()()()()()()()()()()()()()()

 

「フレイヤ、まさかアンタ……」

 

 その演技を、未だに続く、無自覚のソレを終わらせる為。

 此度の儀式、魂を引き摺りだすそれを駆使すれば必ず。必ず、キューイというミリアの絶対守護を目的として生み出された存在は動く。動き、ミリアに替わって『殺生石』に封じられる事を選ぶ。

 そして、ミリア自身はようやく自覚するのだ。無意識に、魂レベルで行われていたその行為に。

 その段に至って漸く、彼女は自身の魂を元に戻そうと動き出す。少なくとも、欠けた一部を取り戻そうと無意識に魂は求めだすだろう。

 

「ようやく気付いてくれたかしら。私は別にあの子の魂を壊す気なんてないわ」

 

 フレイヤは、イシュタルを送還する気は無かった。

 ミリアを儀式に使う事自体は、別に気にしていない。むしろ、その行いの末にミリアが自身の()()を自覚し、自ら元に戻ろうとしてくれれば良いと思っていた。

 しかし、誤算があった。よもやイシュタルがベルに目を付けるとは思っていなかった。

 自身の思惑の上で動くだけなら、ちょっとお仕置きだけしてミリアの魂の一部を封じた『殺生石』を取り戻すだけ取り戻して、お終いで済んだ。だが、(ベル)にまで手を出されては黙っていられない。

 

「それに、この程度の事であの子の魂が砕けて壊れるなんてありえない」

 

 繰り返される地獄の日々を乗り越え、女神(ヘスティア)の下へ辿り着いたあの魂が。家族を手にし、より硬い決意と結束に縛られたミリア・ノースリスの魂は、この程度では壊れない。

 例え、殺生石が砕かれた所で問題はない。普通なら砕け散れば廃人確定であったとしても、ミリア・ノースリスだけは別。魂が砕け散っても精神が死ななかった彼女なら、欠けた状態でずっと過ごしてきた彼女なら、絶対に大丈夫だと信じられる。

 

「そういう訳だから、この『殺生石』をあの子に返してあげてちょうだい」

 

 フレイヤから『石』が手渡されたロキは、僅かに表情を引き攣らせた。

 イシュタルが企んだ悪戯は、そもそもフレイヤに筒抜け。それすらも楽しむ処か利用して意図した通りに事を運ぼうとしていた────つまり、それは。

 

「なあ、フレイヤ」

 

 俯き、表情を隠したロキが問いかける。

 

「何かしら?」

「アンタ、もしかして────ウチの眷属()が巻き込まれて死ぬんも想定通りって事か」

 

 此度の一件に於いて、不幸にも巻き込まれ命を落とした神ロキの眷属。ヘスティア派への改宗(コンバージョン)を行い、力添えをしていた一人のドワーフ。大盾と槌矛を駆使する前衛壁役の男。

 大の酒好きで事あるごとに酒を口にしていた陽気な人物。こっそり主神とも酒を酌み交わし、共にリヴェリアに雷を落とされる事もあった、そんな男。

 そんな、グラン・ラムランガが命を落とす事すら、フレイヤの想定通りだったというのなら。

 

「ウチ、このまま本気で事を構えるで?」

 

 このまま、この都市が滅茶苦茶になっても構わない。

 【フレイヤ・ファミリア】と言う、眷属(こども)の仇を打ち滅ぼす。

 顔を上げたロキは、悪鬼羅刹の如き表情でフレイヤを睨んだ。傍に控えていたガレスが無言で武器を手にし、構える。

 一触即発の状況。不用意な発言をすれば即座にこのまま終結に向けて進み行くはずの【イシュタル・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】の抗争は、次の瞬間にはグランへの弔い合戦と化すだろう。

 

「……それについては、ごめんなさい。私にも想定外だった」

 

 フレイヤは、素直に頭を下げた。

 事、この一件の中で出た死者、【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)していたロキ派のグランと、ガネーシャ派のルシアンの二人については彼女にも想定できなかった。

 そも────。

 

「まさかイシュタルが、眷属(フリュネ)の手綱すらまともに握れないなんて、思ってなかったもの」

「────」

 

 自らの眷属、【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールの手綱すらまともに握れず、暴走させてしまうなんて予測できなかった。

 フレイヤやロキの様な忠誠や忠義に満ちた派閥ならその様な事起こり得ない。だが、イシュタルはまともに手綱を握っていなかった。それが想定できなかった、と宣うフレイヤ。

 対し、ロキは静かに拳を握り締めた。嘘だと断じる事も出来る。

 だが、眷属(こども)の死そのものは本当に想定外の事だったのだと察する事も出来てしまったのだ。

 

「さよか……」

「ええ、本当にロキの眷属に被害が出るのは想定していなかった、それだけは断言出来るわ」

 

 ロキが静かに俯き、手にした『殺生石』を見て僅かに表情を歪める。

 

「……フレイヤ、これからどうする気や」

「どうもしないわ」

 

 さも当たり前の様に、未だに小火が残る歓楽街を見下ろしたフレイヤは告げる。

 

「ロキ、直ぐに此処から立ち去りなさい」

「そら出来ん相談やな」

 

 イシュタル本人を捕まえる事は叶わずとも、その周辺は探る。

 破壊され尽くして尚、残るこの宮殿内部には必ず、自分達の求める物がある、とロキが引き下がる事を拒否すると、フレイヤは肩を竦めた。

 

「此処に残っていると、都市管理機構(ギルド)が五月蠅いわよ」

「……何が言いたいんや」

 

 フレイヤは振り返ると同時、ロキの持つ『殺生石』を指し示して告げる。

 

「直ぐに、それをあの子の下へ送り届けて頂戴」

「なんでウチが使いっぱしりなんかせなあかんのや!?」

 

 歓楽街を支配していた【イシュタル・ファミリア】の消滅は、間違いなくあらゆる者に多大な影響を与える事だろう。

 当然、都市に大損害が出る事も間違いなく、そうなれば都市管理機構(ギルド)は関わった全ての派閥を追求するだろう。この場に居るという理由だけで、多額の罰金と罰則(ペナルティ)を掛けられる事は間違いない。

 そうなれば【ロキ・ファミリア】や【ガネーシャ・ファミリア】も罰金や罰則(ペナルティ)等が課せられる。

 フレイヤはこう言っているのだ。

 

「代わりに、此処で起きた騒動は全て私の派閥で責任を取る」

 

 ロキ派、ガネーシャ派はあくまで襲撃を受けたヘスティア派の救出の為に関わっただけ。

 大派閥(イシュタル・ファミリア)完全消滅およびに女神(イシュタル)の送還の責は全て【フレイヤ・ファミリア】にある、と。

 

「どうする? 私としてはその『石』を一刻も早くあの子に届けてほしいのだけれど」

「…………」

 

 無言の睨み合いの末、ロキは舌打ちを零して呟く。

 

「そもそも、この『殺生石』の中身、どうやってミリアに返すんや。また儀式でもやれっちゅうんか」

「必要無いわ。あの子が触ればそんな脆い封印、勝手に壊れるもの」

 

 本来ならば器と魂の間にある繋がりを全て断ち切った状態のモノが封じられるが故に、石から魂を取り出す事は不可能。だが 人の魂がまるまる封じられている訳でも無い為、魂が引き合う力に任せてしまえばおのずと封印等解ける。

 魂を分割して封じてしまえば、元の魂が壊れてしまうがゆえに今までの実行例が何一つ存在しないだけで、封印そのものは緩い代物でしかない。解く手順も無く、ミリアが触れれば元通りだと。

 

「魂が欠けた状態を自覚した以上、あの子の魂はその欠けた魂を求める。触れれば問題無いわ」

 

 それに加えて、イシュタルが事を急いで不完全な状態で儀式を強行させたがゆえに、封印そのものも弱い。

 

「……一つ聞かせぇや」

「何かしら?」

「キューイはどうなるん?」

 

 ミリアが無自覚に生み出したとはいえ、その存在は彼女の助けになっていた事は間違いない。

 だが、それ以上にあの飛竜が生み出す『再生薬』の存在もまた大きい。それがどうなるのか、というロキの問いかけに、フレイヤは静かに肩を竦めた。

 

「さあ、私にもどうなるか予測もつかないわ」




 キューイの魂は元々ミリアが無自覚に自身の魂を切り分けたモノ。
 んで、切り離された魂はは『飛竜』と言う()()()になり、ずっとそれを演じていた、と……。
 ちなみに竜語バグはキューイの方の知識方面が割と壊滅的になってたから。

 途中、召喚された状態でミリアが『ミリア・ノースリス』として完全に確定した為(第二十三話)、魂の一部(キューイ)は元の形に戻る事が出来なくなり外に取り残されたままになっていた、という感じ。

 故に端から魂が欠けた状態でここ半年間、割と普通に生活してたって訳ですね()

 クラスが滅茶苦茶になったのは『クーシー・スナイパー』を奪われたから、だけです。


 端的に言うとキューイはミリアの二重人格の片割れだったって認識でオッケー。

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