魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一八四話

 未だに煙立ち昇る歓楽街。外周部を包囲していた【フレイヤ・ファミリア】の兵が引き、朝日に照らされた其処は大きく変わり果てていた。

 一部区画は原型を留めていたり、火災が小さかった所はあれど、その大部分が此度の強襲にて倒壊、または半壊している。

 激戦区であった本拠(ホーム)の片隅。

 瓦礫の隙間から褐色の少女が這い出てくる姿があった。

 

「……あ~……死ぬ、死ぬかと、思ったんだけどなぁ~」

 

 フリュネとの戦闘の際、【ヘスティア・ファミリア】の眷属と激突して意識を失っていたレーネは変わり果てた本拠の前門を見て頭を掻き、自らの掌を見つめた。

 

「……恩恵、無くなってる」

 

 神の恩恵(ファルナ)が封じられている。その感覚を味わうのは、彼女にとって二度目の事である。

 一度目は、敬愛した主神を失った日に。

 そして二度目である今回は、自らを拘束していた仇が消えた事を意味していた。

 

「そっか、そっかぁ~……~~~~~~~!!」

 

 ふるふると身を震わせ、口角が吊り上がる。一杯に息を吸い、歓喜の咆哮を上げようとした所で体中の鈍痛を認識し、レーネはその場で蹲り悶える。

 

「い、いったぁ~……あー、でも、これでようやく、終わりかぁ」

 

 長く苦しい時が終わった事をしみじみと噛み締め、彼女は上り始めた朝日に眩む歓楽街に視線を向ける。

 背後から近づいてくる足音に気付きながらも視線はそちらにやる事無く、レーネは問う。

 

「アイシャ、あなたはこれからどうするの?」

「……てっきり死んでるもんだと思ったけどね。どうするもこうするもないさ、私はケジメを付けにいくだけさ」

 

 黒の長髪をたなびかせた女傑はレーネの前に回り込んで、蹲る彼女を見下ろした。

 

「で、逆にアンタはどうする気だい」

「んー、復讐の続き。今からアイシャを殺すとか、どう?」

 

 視線をアイシャに向ける事無く、僅かな殺気だけを差し向けるレーネ。そんな彼女の様子にアイシャは肩を竦めた。

 元【ウェヌス・ファミリア】の眷属であるレーネから見れば、【イシュタル・ファミリア】の『戦闘娼婦(バーベラ)』の指揮を行い、実質的な副団長の立場にあったアイシャは復讐対象の一人であっても不思議ではない。

 しかし。

 

「悪いな、先約があるんだ」

「先約?」

「【ヘスティア・ファミリア】……レナ達の分まで罪を背負わなきゃいけないしな」

 

 そっか、と嘆息したレーネが、くすくすと肩を揺らして笑う。

 

「ねえ、アイシャって優しいよね」

「何を言ってるんだか」

「……だって、割と私の事庇ってくれてたじゃん?」

 

 事ある毎に主神(イシュタル)団長(フリュネ)のストレスの捌け口として理不尽な命令や暴力を振るわれていたレーネに対し、なんやかんやと口添えをしたり、手助けをしたりと世話を焼いていた事もある。それ故に、レーネはアイシャに恨みをぶつける気にはなれなかった。

 

「……アンタの派閥を滅ぼした時、戦闘娼婦(バーベラ)の指揮をしてたのは私なんだけどね」

「だよね、知ってる」

「だったら、恨まれて当然だろうに」

「……アイシャってさ、あの時……なんか予想外って顔してたよね」

「…………」

 

 【ウェヌス・ファミリア】本拠にて、改宗(コンバージョン)を望んだ獣人の少年を改宗(コンバージョン)させる為の神々の手続きを行うとみせかけ、そのまま奇襲を行い相手派閥を殲滅する作戦。

 その計画を聞いたアイシャやサミラ、派閥幹部の者達は喜々として武器を取り、血で血を洗う抗争に沸き立ちその時を今か今かと待っていた。

 結果として、戦闘娼婦(バーベラ)達が求めていた戦場は其処には無かった。

 

「ああ、私も、サミラも……皆そうだった」

 

 第一級冒険者も混じり、精強な派閥として知名度もあった【ウェヌス・ファミリア】という派閥。

 一人一人の忠誠心が高く、相応にステイタスも高い冒険者が揃っているがゆえに、苦戦する事を想定されていた。

 合図があるのと同時、本拠を取り囲んでいた戦闘娼婦(バーベラ)は一斉に窓を、扉を、壁を蹴り破って室内へ侵入。目に付く精鋭へと斬りかかり────呆気なく血の海に沈んだ敵の姿に困惑した。

 

「聞いてなかった。……恩恵を封じる事で相手の戦力をゼロにするなんてね」

 

 血が沸き立つ様な闘いは無く。ただただ歯応えの無い者を潰すだけの行為。

 強豪派閥との抗争。その期待は瞬く間に消え失せ、せめて、本気の相手とやり合いたかったという、燻る想いが残った。そして、一人の冒険者が捕らえられ、洗脳をされたのを見て。

 

「贖罪、だったのかね」

「へぇ……意外、アイシャってその辺り気にしない奴だって思ってたのに」

 

 ようやく顔を上げたレーネに対し、アイシャが手を差し伸べる。

 その手を掴み、レーネが立ち上がった所で、二人の耳に呻き声が届いた。

 

「…………アイシャ、なんか聞き覚えのある声が聞こえる気がするんだけどぉ~」

「…………ああ、私にも聞こえるな。死んだんじゃなかったのか?」

 

 二人が振り返った先、激しい戦闘の痕跡が刻まれた前門。爆発によって皿状に抉れた中心部。

 恐る恐る二人が近づき、端から覗き込んだ先に、その人物は居た。

 

 

 

 

 

 【イシュタル・ファミリア】の策略によって嵌められ、激しい抗争に至った今回の出来事。

 【ロキ・ファミリア】と【ガネーシャ・ファミリア】の救援の到着によって俺達と、ヘスティア様達、別行動していたベルやミコト等、全員が無事に救助される事となった。

 被害としては、ミコトが半死半生状態。第二級冒険者数名相手に奮闘するも、辛くも敵わず。救援が間に合ったからよかったものの、後少し遅れていたら危なかったとの事。

 ベルが全身打撲。春姫を救う事には成功したものの、最後の最後でアイシャさんと決闘紛いな事をしていたらしい。詳細は知らん。ベルはだんまりだし。

 イリスは両腕の粉砕。文字通り、自身の耐久を超える力を発揮して無茶を通した結果、彼女の両腕は文字通り『粉砕』してしまい、再生薬による治療を行う事に。

 他は重軽症。一番軽いのがエリウッドで、足場からの転落による昏倒で済んだらしい。

 例外として、レーネについてはそもそも回収すらされず、状態不明。死んでるかもしらん。

 派閥を裏切り此方に協力姿勢を見せていたとはいえ、彼女はイシュタル派閥の団員。事情を知らないフィン達からすれば敵なので構う事すらしなかったのだろう。

 

 そして、俺の場合は……まず、フリュネによる拷問行為によって負った傷。此方は完治するらしいが、触覚に不具合が生じたらしく痛覚がだいぶ鈍った。痛みに強くなったと前向きに捉えるか、負傷に気付きにくくなったと後ろ向きに捉えるかはこの際置いておくとして。

 一番の問題、あの儀式を受けた事であったのだが……こちらについては解決の目途が立ったので放置。

 【フレイヤ・ファミリア】が俺の魂の一部を封じた『殺生石』を神ロキに引き渡してくれたらしく、俺の元へ帰ってきたのだ。

 

「………………なるほど」

「なるほど、じゃないわぁ!? 妙に落ち着いとるな!?」

「いや、割とびっくり。ですよ?」

 

 俺が今まで相棒として過ごしてきていたキューイ。彼女は…………どうやら俺が生んだらしい。

 あの我儘でポンコツで人の話を聞かない事もあるあのキューイは、なんとなんと驚くべきことに俺が自己防衛の為に生み出した二重人格の様な存在だったのだ。それも、俺の魂の一部を使用して生み出された存在だったらしい。

 ────あのキューイが、俺の一部だった、らしいのだ。

 あの、()()キューイが? いきなり雌になったりするんやぞアイツ、あれ、俺の一部だったん?

 

「あんの腐れ商会もふざけおって……」

「もう既にギルドが庇う姿勢をとってるからね。僕達も手出しが出来ない」

 

 【ヘスティア・ファミリア】本拠『竈火の館』客室。時刻はお昼を少し過ぎたぐらい。

 卓の上に置かれた『殺生石』を挟んだ対面に座る神ロキが怒髪天を突く勢いで喚きのを聞き流しつつ、概要をフィンがまとめて教えてくれた。

 まず、此度の一件において俺達を嵌める為に出された冒険者依頼(クエスト)について。

 依頼してきた商会は担当していた人物が既に他界しており、自分たちは知らないと此度の一件の一切を知らぬ存ぜぬと言い切った。質が悪いのは、神であるロキやガネーシャ様が『嘘は無い』と言った事だ。

 とはいえ、此度の一件、脅されていたにしろ利用されていたにしろ、けじめはつけるという事で依頼未達成の状態ながら依頼料の全額支払いをしてくれた。一方的に、この金額を支払うからもう関わってくるな、と締め出されたのだ。ぶっ殺してぇ。

 ディンケ達が受けていた本来の依頼額と、俺達が受けてしまった罠の依頼。それに色を付けて二五〇〇〇〇〇〇ヴァリスが本拠に届けられたが……仲間二人の命と引き換えに、と考えるととてもではないが割りに合わない。

 何より最悪なのは、既にギルドに被害届を出してやがる事だ。【イシュタル・ファミリア】に脅されて利用されていたと、被害者面してやがる。その所為でギルドが動いていてこっちから手出しや口出しが出来ん。いつか滅ぼしてやる。

 

「……それで、ミリア君の魂は元に戻るのかい?」

「戻る、らしいで? フレイヤ曰くやけどな」

「それは、どうにも困るね」

 

 その、らしい、なんて曖昧な表現をされると割と怖いのだがね。

 

「それで、どうやって戻せば良いんだい!?」

 

 疲れているであろうヘスティア様が神ロキに詰め寄り、元に戻す方法を尋ねる。

 

「その『殺生石』をミリアが触れば一発らしいで?」

「は? そんなに簡単なのかい?」

「ま、触ればわかるやろ。ほれ、さっさと元に戻しい。自分も辛いやろ」

 

 辛い、と言えば辛い。否定はしないが……。

 元に戻して良いモノだろうか。俺の使う魔法が他の人にも気楽に使える状態の道具なのだとすれば、割と役に立つ代物ではあると思う。

 いや、でもこの『殺生石』を戻さないとキューイが呼び出せない訳で。既にヴァンとクリスは召喚して確認したのだが、キューイだけは何度呼びかけても答えが返ってこない。本当にキューイがこの殺生石に封じられているのは間違いない。

 キューイが居ないのは割と致命的ではあるのだが、でも……。

 

「あの、キューイってどうなるんです?」

「……わからん。予測も付かんわ」

「じゃあ、キューイ君は……」

 

 キューイが消える。それは、非常に困るな。

 『再生薬』の事を考えると勿論そうなんだが、キューイはなんだかんだで俺を守ってくれた守護竜としては最高の存在だった訳で……でも、()()()()()()と定めたのは俺な訳で。

 アレも俺の一部で、演じる様に強要していたのも俺で…………今までのキューイに対する接し方を想うに、最低な事をしていた気がする。

 そんなキューイが、消えるかもしれない。

 

「……ミリア君、大丈夫さ。あのキューイ君だぜ? なんだかんだ言って戻ってくるに決まってるだろう?」

 

 励ましてくれるヘスティア様の言葉に頷きつつ、卓に置かれた殺生石に手を伸ばす。

 うすぼんやりとした光が宿るその石。指先を近づけると、ほんの僅かに振動し始めた。

 触れるか触れないか、その瀬戸際に至り────ピシリッ、と石に亀裂が走る。

 

「…………」

 

 ロキもフィンも、ヘスティア様でさえ黙り込んで成り行きを見守る。

 亀裂をなぞる様に指を滑らせ、今度こそその石に触れた。ぼんやりとした光の煙が殺生石から漏れ出し、俺の手に纏わりついて、消えていく。

 するすると、負傷とは別に残っていた違和感の様なモノ。まるで開いていた穴が塞がる様に、その違和感が消えていく。静かに、思ったよりもあっさりと、確かに俺の中にキューイは、帰ってきた。

 卓に置かれた殺生石からは輝きが消え去り、ただの割れた石ころになりはてている。

 キューイ、其処に居るのか?

 

 ────。

 

 返事は返ってこない。

 

「ミリア君、どうだい?」

「眠ってるんですかね。返事が無いです」

 

 これで、ルシアン、グランと続いてキューイまでもが居なくなった事になるのか。

 いや、キューイが居なくなるのはある意味で仕方のない事だったのかもしれない。そうでなくては俺は壊れたままだったらしいのだから。だから、きっと、別の時期が来た時に消える定めという奴だったのかもしれない。

 

「召喚魔法を試してからでも判断は遅くないんじゃないかな」

「それも、そうですね」

 

 フィンに指摘され、確かにその通りだと思った。

 もしかしたら寝こけていて呼び掛けに気付いていないだけかもしれないのだ。

 そうと決まれば話は早い。早速召喚する為に広い場所に向か────。

 

「団長、ロキ、すいません。急用です」

「何があった?」

 

 部屋に飛び込んできたのは現在、竈火の館の周囲を警戒してくれていたロキの眷属の一人。

 

「【イシュタル・ファミリア】の残党が訪ねてきています」

「……戦闘の意志は?」

「無い様子です。ですが、『約束を果たしに来た』と言っていまして……」

 

 約束。ああ、約束か。

 

「律義な事で……アイシャさんですよね。フィンさん、さっき話したと思うんですが」

「わかってる。その辺りも考慮して対応をするよ」

 

 フィンにあの時アイシャさんとした約束の話は伝えてある。

 抗争途中、派閥を裏切り此方に着いた少数のアマゾネスについて。加えて【イシュタル・ファミリア】の犯した行為、【ヘスティア・ファミリア】に対する強襲、そして団員の殺害等の罪は全て【麗傑(アンティアネイラ)】アイシャ・ベルガが背負う事。

 その対価として妹分達は許して欲しい事等、これを飲むかどうかはロキ派閥、ガネーシャ派閥次第ではあるが。

 

「あの、実はですね……」

 

 言い淀む様に伝えに来ていたその男性は口元を強張らせ、信じられない名前を上げた。

 

「フ、フリュネ・ジャミールも、居ました」

「──────」

 

 一瞬、視界にパチッと火花が散った様な感覚に囚われる。

 瞬間的に沸騰したかのように体が熱くなり、居ても立ってもいられずに長椅子から立ち上がり、男を押し退けて屋敷正面門に駆けていく。

 

 

 

 

 

 玄関門を抉じ開けて飛び出してすぐ目につく、憎たらしい程に晴れ渡った爽快な澄清。

 その蒼穹の元、【ヘスティア・ファミリア】本拠の前庭。噴水の前で周囲を取り囲まれた見知った顔を見つけ、一瞬だけ冷静さを取り戻した。

 

「あ、ミリアだ。やっほ~」

「……約束通り、罪を償いに来たよ」

 

 簡易な手当てだけをしただけの姿のレーネとアイシャの二人。

 そして、その二人の間に転がされた人物。全身に包帯が巻かれて木乃伊(みいら)の様な巨女の姿があった。顔は見えないが、その包帯の隙間から漏れ出るしゃがれた声には聞き覚えがある。

 

「ひぃ、ア、アイシャ、アタイをどこに連れてきたんだい!?」

 

 目が見えないのか、もぞもぞと蠢いていた。

 目が見えないだけじゃない。左肩は俺達で爆破して吹き飛ばしたのはある。片足も大きく抉ってやった、それでもまだある程度原型は残っていた覚えはあったのだが。

 

「あぁ、これ? 正門前に落ちてたから拾ってきたんだよねぇ~」

 

 レーネが爪先で突いたその人物。

 第一級冒険者【男殺し(アンドロクトノス)】フリュネ・ジャミールだ。

 だが、その両足は膝から先が無かった。胴体もかなり細くなっているし、両腕も無い。顔の形も大きく変わっており、もはや別人と言っても差し支えない状態であった。まるで、達磨だ。

 とはいえ、生きていたのかこいつ。あの時、絶対に殺されるもんだと思っていたのだが、再起不能にされただけで済んだ、と……。

 

「……むしろ、死んでた方が幸せだったと思うんですけどねぇ」

 

 追いかけてきたヘスティア様が転がるフリュネの様子を見て表情を曇らせる。フィンとロキは冷めた目でフリュネを見下ろし、俺は自然と吊り上がる口角を下げようとして、引き攣った笑みを浮かべていたと思う。

 どんな方法で殺してやろうかな。

 

 

 

 その後の動きは非常に迅速だった。

 とりわけ、此方に協力する姿勢を見せたアイシャ、共闘したレーネは元より、最初から最後まで身勝手に行動し、仲間の命を奪ったフリュネについては即死刑でも良いとは思ったが、それでも簡易裁判はすべきとガネーシャ様が止めたのだ。

 あのヒキガエルが未だに呼吸をしている事が不愉快極まりない。ロキやフィン、ロキ派閥の者達も即死罪で十分だと主張していたが、それでも罪を公平に裁く場を設けるべきという主張は通った。

 噴水を背にし中央に並ぶ三人のアマゾネス。一人は腕を後ろにし胸を張った女傑、一人はへらへらと締まりのない笑みを浮かべた小娘、一人は自力で立つ事も出来ない死にぞこない。

 集まったのはヘスティア様、ガネーシャ様、シャクティさん、神ロキ、フィン、俺、それから見張りの数人を除けば他に人は居ない。

 

「さて、まずは……言い分を聞く所からだな!」

 

 ガネーシャ様の一言を聞き、さっそく口を開いて喚いたのは既に死に体のヒキガエルだった。

 

「ア、アタイが悪かったよぉ。許しておくれよぅ」

 

 反省している。今後同じことはしない。だから許してくれ、と喚きだすヒキガエル。両手両足に視覚すらを失ってもぞもぞ動く達磨状態という惨めな姿で許しを請うその光景に、慈悲の類は一切わかなかった。今すぐその口を閉じろ、呼吸を止めろ、鼓動を止めろ、死ね。と言う感想しか出てこない。

 

「……わかった。もう良い、他の二人は何か言い分はあるかい?」

 

 フリュネの言葉を遮り、ヘスティア様が問いかける。

 一瞬、レーネとアイシャが視線を交わしてどちらが先に答えるかを確認し合い、先に口を開いたのはアイシャだった。

 

「私の言いたい事は一つ。レナ達の事は許してやってくれ。私はどうなろうが知った事じゃない」

 

 毅然と言い放った彼女は、これ以上口を開く気は無いと示す様に背筋を伸ばしたまま口を閉ざした。

 自然と、最後の一人であるレーネの方に視線が向く。場に居る者達の視線を浴びた彼女は、にへらと締まりのない笑顔をより破顔させて口を開いた。

 

「うん、言いたい事は無いかな。仰せのままにーってね」

 

 死ねと命じられたら、喜んで死ぬ。そんな雰囲気すら感じられる彼女の様子にフィンが眉を顰め、ロキが口を引き結んだ。神ガネーシャとシャクティさんは真剣な表情で三人を見回している。

 ヘスティア様はどこか悲し気に三人のそれぞれに視線を向け、一歩前に出た。

 

「ガネーシャ、此処はボクに任せてくれないだろうか」

「……うむ、本来ならばヘスティアがすべき事だからな。俺、ガネーシャは一歩引いた所で見ていよう!」

 

 場を譲る様にガネーシャ様は下がり腕組をして成り行きを見守り始める。ヘスティア様は他の面々も見回してから、三人に視線を向けた。

 

「さて、今からボクが三つ、質問をさせてもらう。嘘偽りなく答えてくれ────その答え次第で、キミ達の裁きを決める」

「わ、わかったよぉ。だから許しておくれよぅ」

 

 奥歯を噛み締め、喚くヒキガエルの言葉を聞き流す。直ぐにでも殺してやりたい。この期に及んで、未だに()()()()()()()なんて考えているのは不愉快極まりない。

 前に出たヘスティア様は、ゆっくりと左に立つレーネに顔を向け、口を開いた。

 

「キミは、自分の犯した罪を反省しているかい?」

「……してるよ。してる、ずっと、反省してる。後悔も、反省も、一杯した」

 

 破顔していた笑みが、壊れる。ゆるい笑みが引き攣り、なんとか笑おうとしながらも、笑顔になり切れない、そんな壊れた表情。レーネが自らの頬を揉んで、表情を取り繕う中、ヘスティア様はアイシャさんに視線を向けた。

 

「キミはどうだい?」

「反省してる。ただ……いや、良い。何を言っても言い訳にしかならないからね」

 

 口に出そうとした言葉を取り消し、アイシャは静かに瞼を閉じた。

 最後、声を聞くのも不愉快極まりないヒキガエルは、反省している、許してくれと連呼し続けるのみ。まるで壊れた受信機(ラジオ)の様だ。

 

「二つ目の質問だ、キミ達は罪を償う気は────」

「あるぅ、あるよぉっ!?」

 

 ヘスティア様が問うより前に、ヒキガエルがしゃがれた声で喚きたてる。その言葉に不愉快そうにフィンやシャクティさんが眉を顰め、ロキとガネーシャ様は眉間に皺を寄せた。

 ヘスティア様は特に反応するでもなく、他の二人に視線を向ける。

 

「キミ達は?」

「ある。どんな方法でもね」

「うん、どんな償いでもするよ」

 

 真っ直ぐ芯の通った言葉を返すアイシャと、表情は何処か緩いが言葉の中に確かな芯を感じさせるレーネ。二人の返答を聞くと、ヘスティア様は静かに深呼吸をして、三つ目の質問を投げかけた。

 

「これが、最後の問いだ。キミ達は────()()()欲しいかい?」

 

 なんという、問いかけをしているのだろう。

 許して欲しいか否か等、答えは一つだ。

 

「ゆ、許して欲しいよぉ!! 見ておくれよ今のアタイを、人前に出る事も出来ないぐらい痛めつけられたこのアタイの体を! ここまでされたのに許されないなんておかしいよぉ!?」

 

 ────ああ、聞いているだけで虫唾が走る。

 なんなんだこのヒキガエルは、どうしてそこまで喚ける。大人しく、静かに、息をせずに死を待て。見ているだけで、聞いているだけで、存在しているだけで不愉快だ。

 思わず魔法を詠唱しようとした所で、フリュネの鼻先数セルチの所に槍が突き立った。

 

「ひっ、ひぃいいいいいいいいいいっ!?」

「不愉快だ、頼むから僕が我慢の限界を迎える前に黙ってくれないか」

 

 フィンが突き立てた槍を回収し、無言で元の場所に戻っていく。フィンがやらなかったら、きっと俺がやっていた。同時に、多分だがシャクティさんもやっていたと思う。目付きがもはや人に向けるそれではない。

 

「……二人はどうだい?」

 

 ヘスティア様が残る二人に問いかける。彼女らはフリュネに向けていた冷めた目を上げ、ヘスティア様を真っ直ぐ見据えて応えた。

 

「許されたいなんて考えた事無いね」

「有り得ないよ。許されるなんて」

 

 真っ直ぐ、嘘偽りの一切無い、心底そう思っているであろうその言葉に思わず目を見開いた。

 最期の最後まで諦めずに喚き散らすいっそ醜いフリュネの様な奴が居る横で、自らが定めた一本芯を通し続ける二人の姿に感嘆すら感じられる。だが────

 

「許されて良い筈無いじゃん」

 

 ────何処か、レーネの姿に既視感を感じた。

 何故、そんな事を感じたのか。その原因に想い馳せかけて、頭を振って意識を戻す。

 三つの問いは終わった。先の問いは神の問い、嘘など吐けるはずがない。例え嘘を吐いても看破されるのだ。

 彼女らには問いの結果を踏まえ、ヘスティア様が沙汰を下すのだろう。

 祈る様にヒキガエルが許しておくれ、許しておくれと不愉快な言葉を呟き続けるのを聞きながら、ヘスティア様の後ろ姿を見ていると、女神はゆっくりと顔を上げた。

 

「まず、アイシャ・ベルガ……ボクはキミを許さない」

「……だろうね」

 

 至極当然の判断だと、アイシャは頷いて目を伏せた。この後どうなろうと、彼女は真っ直ぐ背筋を伸ばして曲がる事は無いのだろう。

 

「次に、レーネ・キュリオ……キミもだ、僕はキミを許さない」

「あはは、知ってた!」

 

 此方は打って変って、締まりのない笑顔のままその言葉を受け入れた。

 そして、最後の一人。いや一匹、不愉快な二酸化炭素製造機。

 

「最後に……フリュネ・ジャミール。ボクはキミを────許すよ

 

 ────は?

 今、いまヘスティア様はなんて言った? ゆるす? ゆる、す? 嘘だろ?

 

「ヘ、ヘスティア様!? 冗談ですよね!」

「冗談じゃないよ。ボクは彼女を許す事にした。そうする事しか、出来ないからね」

 

 何処か悲しそうに、悔しそうに、ヘスティア様が告げる。

 信じられない、こいつは、そのヒキガエルは、仲間を、グランを、ルシアンを、殺した奴なんだぞ。

 言葉を失い立ち尽くす間に、しゃがれた歓喜の声が響く。

 

「ゲゲゲゲェッ、許された、アタイは許されたよぉ!!」

 

 こいつを、許す? 俺には出来ない。

 魔法の詠唱をしようと魔力を練りはじめた所で、ヘスティア様がヒキガエルに向き直り、告げた。

 

「キミは、嘘を吐いた。反省なんてしていない、キミは嘘を吐いた、罪を償う気になんてない」

 

 ────この場で、神の問いかけに嘘で答えたのか、あのヒキガエルは。

 だったら、尚の事、そのヒキガエルを許す理由がわからない。

 

「そして、キミは本気で、心の底から『許して欲しい』と願っている」

「そうだよぉ、許して欲しいんだよぉ!」

 

 女神は、悲し気に目を伏せて、小さく呟いた。

 

「だから、ボクは……キミを────(ころ)そう」

 

 ────。

 即座に魔法を撃てる様にとしていた詠唱準備を思わず止めてしまった。

 

「────はぁ!? ゆ、許してくれんじゃぁないのかい!?」

「ああ、ボクはキミを許そう。キミに反省しろなんて命じない。キミに罪を償えなんて命じない。ボクはキミを許す」

 

 反省を命じない。償いを命じない。キミを許そう。

 キミに反省を命じた所で意味が無い。そも、反省は命じられてするものではない。

 キミに償いを命じた所で意味が無い。そも、償いは命じられてするものではない。

 キミを許そう。

 

「ボクはキミを許そう」

 

 反省は、生きていなければできない。

 償いは、生きていなければできない。

 そして、反省も償いもしない者は一生許されない

 一生許せない。だから、この場で殺し、この場で許す。

 

「だから、ボクはキミを(ゆる)そう

 

 死後、キミの魂は浄化され、罪は消える。

 本来なら、キミに反省と償いを求める所だろう。けれど、命じられて行われるその行為に意味なんてない。

 だから反省も、償いも、命じたりなんてしない。安心して(ゆる)されてくれば良い。

 

「死後、キミの罪は漂白され、新たな生を受ける時にはきれいさっぱり無くなる。キミは許されるんだ、()()()()()()()()()

 

 女神に告げられた言葉を、ヒキガエルは包帯越しにでもわかる程に唖然とした表情で聞き届け────次の瞬間、放たれた矢の如き勢いでフィンが槍でフリュネの眉間を貫く。

 

「──────」

 

 元、第一級冒険者。

 今まで幾人もの男を再起不能に追いやり続けた醜女。

 派閥の団長とし横暴に振る舞い続け、終いには主神すら裏切り己が道を歩まんとした高慢にて傲慢、そして不遜な巨女。

 そんな化けガエルの末路としては、あまりにもそっけないモノだった。




 後はアイシャとレーネの沙汰を告げて、キューイがどうなったのかをやって……ちょっとしたごたごたを片付けて無人(キノコ)島ですね。



 キューイ、キューイねぇ……私が考えてるキューイの今後の展開を予測できる人なんかおらんやろ。
 もし出来る人が居たら、本作の更新速度落とす事無く、もう一本別作品上げてもええで!

 せやな、もし投稿するならTSロリが不足してるし、もう一本匿名で別人のふりしてTSロリ週一更新をして水増しやな()

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