魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
フリュネの処刑からはや三日が経とうとしている。
淫都の崩壊は数多くの影響を都市に与え、冒険者、派閥、商人、ギルド、神々と例を挙げると枚挙に暇がない程だ。
『『『『何やってんですかフレイヤ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ……!?』』』』
その中でもとりわけ悪目立ちしていたのは歓楽街の常連だった男神連中だろう。彼らは揃いも揃って半壊または全壊した第三区画の歓楽街廃墟にて四つん這いになり、痛哭の悲鳴を上げていた。
地面を叩き続ける彼らと、そんな主神を羞恥と怒りで顔を真っ赤にしながら引き摺って行く眷属達の姿は市民の記憶にしかと焼き付いた事だろう。
大多数の死者を出した此度の一件は迅速な対応で非戦闘員の娼婦を【ガネーシャ・ファミリア】が救助した事によって大幅な死者の軽減が出来たとのこと、序に大火事になりかねなかった炎も即座に鎮火されたことによって被害は大幅な軽減が見込めたらしい。
しかし被害は被害、一度破壊され尽くしたと言っても過言ではない第三区画の一帯の復旧にはかなりの時間を要する事だろう。
当然、此度の一件において深くかかわった処か主犯格でもある【フレイヤ・ファミリア】の主神は、いくら都市最強派閥とは言えギルドに召集され、多額の罰金と膨大な
ちなみに、件の銀髪の女神はただ一言。
「そう」
とだけ返して終わりだったそうな。
大派閥の主神を送還し、罰金と
全く動じない彼の女神は今や白亜の巨塔の最上階へと戻り、今日もまた迷宮都市の頂点に君臨していた。
────主犯格の女神フレイヤがそんな様というのに【ヘスティア・ファミリア】は日常に戻るにはいささか問題が多発し過ぎていた。
救出された春姫の今後の身の振り方。ヘスティア様が拾ったレーネの扱い。そして此度の一件で発生したキューイの変態について。
もはや抱えきれない程の大きさ故に俺は即日ガネーシャ様の下へ泣き込んだ。助けてガネーシャ様、と。
「ふむ、なるほど。全くわからん!」
威勢は良いのにガネーシャ様の冷たい返事に崩れ落ちかけた俺だが、彼の象神様はしかと手を打ってくれた。シャクティさんが頭を抱えて震えていたが。
まず行われたのはキューイの身体検査。参加したのはディアンケヒト様とアミッドさん、それからヘスティア様とガネーシャ様。
容姿がまんま少し大きなドラゴニュート型の俺という事もあり色々と問題はあったものの、素材の質には変化が無いらしい。もっと言ってしまうと、キューイは人型にはなっているが、完全な人間ではないらしい。
そも、キューイがどうして人型に近づいたのかという疑問から説明しなければならないだろう。
まず大前提として、キューイは『飛竜』だった。正確には飛竜になり切って居たらその性質を完全に再現した飛竜モドキだった訳だが、これは俺の記憶に基づいた『飛竜の在り方』を再現した影響らしい。
強靭な再生能力もその一つな訳だが。ともかく、キューイは『飛竜』になっていた訳だ。ただ、今回の一件に於いて、キューイは俺を庇う為に一度『飛竜』ではなく『クーシー・スナイパー』という
その結果、キューイが持っていた
一方的にキューイが俺の性質を複製した訳だ。結果としてキューイは俺の姿を模倣した様な形へと至った訳だが、飛竜としての性質が完全に消滅していない為、中途半端に半人半竜という状態で固まったらしい。
結果として、血や鱗、牙や爪といった竜の性質部分は元のまま、姿形だけが人に近づいた、と。
────ただ、俺と似た容姿の少女が自分の指を食い千切って空き瓶に血を満たす光景は【ディアンケヒト・ファミリア】の面々も含めて、全員がドン引きしていたのが難点っちゃ難点か。
「はぁ……血が採取できるだけ、マシかぁ」
「キュイ?」
応急処置としてキューイは俺の部屋に監禁している。
質素なベッドとデスクが置いてある俺の部屋の一角、床にズドンと置かれた木箱に腰掛けて両手に持った林檎をもしゃもしゃと頬張るキューイを見ていると、何処か気が抜けそうだ。
実はベル達にはまだ説明が出来ていない。知っているのは俺とヘスティア様、後はガネーシャ様と神ディアンケヒト、そしてアミッドさんと数人の団員。加えて神ロキとフィン。
見に来たロキは一見したのちに大慌てでキューイの血の検査を行う様に指示を出した後、『竜の血』には何の問題も無いと知るや否や他人事だと大笑いして転げ回っていた。
派閥の仲間達は此度の抗争でかなりの重傷を負った者もいて、完治した訳では無いのだ。そのため、ここ三日は皆休息している────その皆が休息している間中、俺はキューイ問題で死ぬほど駆けずり回っている訳なんだがね。
軽く欠伸しつつも【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】から送られてきた返信の手紙に手を伸ばそうとした所で、ノックの音が響いた。
「はいはい、どちら様ですか」
「ボクだよ、ミリア君。開けてくれないかい?」
ヘスティア様か。
扉の鍵を開けてヘスティア様を招き入れる。
艶やかなツインテールをたなびかせながら入ってきたヘスティア様は入室一番に目に入ったキューイを見て額に手を当てた。
「やっぱり、元には戻ってないかい」
「ですね……ガネーシャ様曰く、もう元に戻る事は期待しない方が良いらしいです」
「だよねぇ」
ヘスティア様の深い溜息。それを聞きながらも手紙の一つを開封し中身を閲覧する。
「……どうだい? なんとかなりそうかい?」
にじり寄ってきたヘスティア様の胸に押されながら、中身を斜め読みした結果を端的に告げる。
「ガネーシャ様に妙案があるみたいですね」
「……その手紙からそんな事が読み取れたのかい?」
手紙の表面にでかでかと刻まれたガネーシャ様の派閥の刻印。本文にも所々『俺がガネーシャである』や『俺がガネーシャだ』等と神ガネーシャが書いた手紙である事がこれでもかと強調された暑苦しい手紙ではあるが、内容は割とまともである。
まとも、どころか多分だが現状取れる手の中で最も良案なのは間違いない。
「此度の一件、【ヘスティア・ファミリア】が関わっていた事は都市の中でもまことしやかに囁かれてますよね」
【イシュタル・ファミリア】崩壊の原因の一端として【ヘスティア・ファミリア】の関りが云々。情報をいくつか探る為に動いていたのが仇となったのか、ほんのりと囁かれる程度だが噂にはなっている。
まあ、深く関わりの有る【ガネーシャ・ファミリア】と【ロキ・ファミリア】が大きく動いた為、その噂の信憑性が増している訳だが────これを利用する形でいこうと思う訳だ。
「どうするんだい?」
「まあ、そりゃあ……女神イシュタルの悪事を白日の下へ晒しつつちょこちょこ~っと都合の良い嘘を混ぜる形で……」
もしこの作戦が成功すれば、春姫という超特大級の爆弾から注目を逸らす事だって可能だろう。
「うーん、それしか方法は無いかぁ。それで、具体的にはどうするんだい?」
「まず、【イシュタル・ファミリア】が『儀式』を執り行おうとしたことを暴露します」
「え? それは不味くないかい?」
春姫と俺を生贄にした儀式の実行を行おうとし、フレイヤ様が突然激怒して強襲をしかけてきた此度の一件。事実をそのまま広めてしまえば春姫の身が危うくなる。
ならば、春姫の事を隠してしまうのはどうだろうか?
「生贄にされそうになっていたのは私一人、それを知った【ヘスティア・ファミリア】がロキ派閥、ガネーシャ派閥への救援を頼んだところ、横槍として【フレイヤ・ファミリア】が【イシュタル・ファミリア】を襲撃……といった形ですね」
「それとキューイ君をどう絡めるんだい?」
「簡単ですよ。此度の『儀式』の悪影響でキューイの姿が人になってしまった、と噂を流すんです。序でにギルドに頭を下げにいかないといけませんが」
あの糞ギルド長、今回の一件で大赤字になってる都市経済の立て直しで大忙しだろうし蹴られそうなんだがね。フレイヤ様から支払われた罰金ではとてもではないが賄いきれなさそうだし。
歓楽街の崩壊の影響は計り知れない処か、多分だが暫くの間は都市経済が傾く被害が出る事だろう。どう考えても都市の収入の一角が一瞬で消えたんだから影響が出ない筈が無い。
「なるほど」
ぽん、と手を打ったヘスティア様が納得した様に頷く姿を横目で見つつ、手紙に返信する為に便箋を取り出したところで、ノックの音が響いた。
「ミリア、タケミカヅチ様が来てるんだけど」
「────、ヘスティア様」
「わかってる!」
部屋を訪ねて来たのはベルだったらしい。まだキューイの事を隠しているし、今ここで会わせるとややこしい事になりかねない。
即座に俺は林檎にかぶり付くキューイの腕を掴んで
「キューイ、暫く大人しくしていてください。お願いですから」
「キュイキュイ」
林檎をもっしゃもっしゃ食べ続けており話を聞いているのかわからん。つか、俺の顔ってこんなにムカつく顔だっただろうか? 何処か間の抜けたような表情をしている鏡映しの顔に若干イラッとしながらも戸を閉じ、急いで扉を開けた。
「おはよう、ベル。早いわね……それで、タケミカヅチ様が来てる、ですか?」
「あ、うん。春姫に会いたいって言ってて……えっと、林檎食べてたの?」
すん、と部屋の匂いを嗅いで充満していた林檎の匂いに気付いたのかベルが首を傾げる。後ろを振り返るとキューイが腰掛けていた木箱が目に入った。林檎がたっぷり詰まった木箱である。そりゃ部屋に匂いも充満するわ。
「え、ええ、そうなるわね」
「ベル君じゃないか。もう起きて大丈夫なのかい?」
曖昧に笑って誤魔化すさ中、さも今気づいたと言わんばかりにヘスティア様がベルを見上げた。
「ヘスティア様も居たんですか?」
「まあ、そうなるね」
「そうなんですか。…………何か隠してませんか?」
二人で視線を僅かに絡めると。後ろで
「わわっ、どうしたんですか二人とも」
「ベル君、親しき中にも礼儀ありさ。ボクの部屋ならともかくミリア君の部屋をあまりじろじろ観察するんじゃない」
「ヘスティア様の部屋もどうかと思いますが、部屋の匂いを嗅がないでください」
部屋が閉じる瞬間、ガタリと
「うぅん……?」
やっぱ気付いているのかもしれない。閉じられた俺の部屋を見て首を傾げているベルに笑いかけてから、部屋に戻る。
「ベルは先に春姫をタケミカヅチ様の所に連れて行ってあげて。私は、えっと……着替えてから行くわ」
「そっかぁ~、じゃあボクはベル君と先に行ってるよ」
ラフな部屋着のシャツと短パンから、いつものローブに着替えてから行く。そう言い訳してベルとヘスティア様を送り出す。
腕を組んだヘスティア様がベルを連れて行くのを見送り、部屋に戻るとキューイが何食わぬ顔で林檎を頬張っていた。
「……キューイ、それ、何個目ですか」
「キュイ?」
まだ十五個? こいつどんだけ喰うんだよ。体格的にそんなに食える訳ないと思うんだが。やはり見た目こそ人の姿に近づいたが、中身は竜のままという事だろうか?
……食費的に中身も人になった方が……いや、そうなると『竜の鮮血』が採取できなくなる。それにしても朝からキューイが横で林檎を貪り続けている所為で食欲が失せるだろうが。
うららかな日差しが目に突き刺さり、泣きそうな程に強い日差しを浴びながら正面玄関から外に出る。
見回したそこにはヴェルフやリリ、ミコト、【ファミリア】のほぼ全員が揃っていた。少し離れた個所でタケミカヅチ様と春姫が二人で話しており、その傍では桜花と千草が待っていた。
肝心のベルは何処かと視線を巡らせると、前庭でアイシャさんに絡まれているのが見えた。
「ベル・クラネル、それじゃあしっかりやんなよ。あんだけ見柄を切ったんだ。あのヘッポコにもしもの事があったら、ただじゃあおかないからね」
「は、はいっ……!」
「どうも、アイシャさん数日ぶりですね」
「ミリア・ノースリスか。久しぶりだね、レーネの様子はどうだい?」
「あの人なら、まあ元気ですよ」
レーネ・キュリオは泥の様に眠った後は起きてすぐにヘスティア様に頭を下げ、感謝を伝えてきた。その上で、彼女は改めて『恩恵』を欲した。ただし、それは【ファミリア】への参加を希望するものではない。
自身が、女神ウェヌスが望んだ『偉業』を成し遂げるのに必要だから。『神の恩恵』が欲しい。そんな邪まな考えの元に恩恵を欲する訳だから【ファミリア】として扱わなくても良い、と彼女は言った。
────ヘスティア様は快く彼女に恩恵を授けた。
更新の度に
それでも、ヘスティア様は彼女にこう告げた。
『もし寂しくなったらいつでも
対し、レーネは涙を溢れさせながら笑っていた。
「……そうかい。なら良いよ、安心した」
「それなりに気に掛けてましたか?」
「まあね、いつか決着を着けたい相手ではあった」
アイシャさんが肩を竦めていると、話が終わったのか春姫がとてとてと此方に駆けてくる姿が見えた。
「もう、いいのかい?」
「アイシャさん」
笑いかけるアイシャさん、春姫を見て頬を綻ばせるベル、他の面々も何処か嬉しそうだ。俺も一応は笑顔を浮かべて彼女を迎え入れる。それを見た春姫も微笑みを返してくれた。
彼女が悪い訳では決してないが、それでも失ったグランやルシアン等が脳裏を過る。
「はいタケミカヅチ様とのお話は済みました。……あのアイシャさん、今まで本当に」
「辛気臭い話は止めな。そういうのは嫌いなんだ。それに私はやりたい様にやっただけさ、お前に感謝される謂れは無いよ」
礼を言おうとする春姫を遮り、アイシャは鼻で笑い飛ばした。
アイシャは春姫の為に、そして生き残った年若い妹分のアマゾネス達の為にその身を差し出す事を選んだ。彼女に与えられた罰は、反省し生きる事。
春姫のあずかり知らぬ所で罰を与えられた彼女は、そんな事をおくびにも出さずに、おろおろする春姫を前に真剣な表情を浮かべた。
「幹部や
「アイシャさん……」
何処までも妹分の為に動く姿に感嘆を抱きつつも、アイシャさんの手をちょいちょいと引く。
「どうしたんだい。ノースリス」
「ミリア、でも構いませんよ。それより一つお願いがですね」
「何をすれば良いんだい?」
即座にしゃがんで耳を傾けてくれるアイシャさん。気が利くというか、本当に出来た人だと思う。若干、男漁りの悪癖を持っているみたいだが、それが気にならないぐらいに素敵な人だと思う。
「春姫の一件について、それを伏せて私が狙われて『儀式』が執り行われたと噂を流して貰えませんか?」
「……なるほど、嘘じゃないけど全部は流さない。確かに春姫の
「私はもう手遅れな程に悪目立ちしてますので。それで春姫の平穏が守れるなら良いかと」
「ふうん、任せな。しっかりとやっとく、他の幹部や
「お願いします」
持つべきものは理解力と行動力に満ちた同じ目的を持つ者だろう。春姫の平穏を守る序に、キューイに起きた異常事態を大騒ぎを起こさずに軟着陸させるためだ。
問題のいくつかが解消されたことに安堵していると、ベルが恐る恐る口を開いた。
「あ、あのー? ……結局、フリュネさんって、どうなったんですか……?」
ベルの一言にヴェルフやリリ、ミコトが表情を険しくしてアイシャを伺った。短期間とはいえ、濃密な戦争遊戯で仲間になったグランやルシアンの命を奪った張本人。フリュネに対し思うところがあるに決まっている。
ベル達にフリュネの処刑の話はしていない。ヘスティア様が僅かに身を強張らせているのを見て、誤魔化すべきかと思いアイシャさんに視線を向ける。彼女は僅かに頷くと立ち上がった。
「ああ、あのヒキガエルなら前庭でボコボコになっててね。より一層酷い面になってたよ」
フレイヤの連中に酷くやられたみたいだ、とアイシャがけらけら笑って誤魔化す。
「もう二度とあの面を拝む事は無いだろうね。少なくとも人前に出れないぐらいになっちまったんだから」
姿を見なくとも違和感を感じない様に、とアイシャがどんな酷い有様になっていたかを語ってくれる。それは嘘ではないのだろう。アイシャとレーネが初めてフリュネを見つけた時の状態の事を軽い調子で語っていく。
その時の有様を聞いたヴェルフ達の溜飲が下がったのか、表情から険しさが取れるのが見えた。このまま誤魔化しきろうかとした、その時。
「フリュネ・ジャミール君はボクが処刑したよ」
『『『『え?』』』』
後ろで口を閉ざしていたヘスティア様が、暴露した。
その言葉を聞いた全員が唖然とした表情で女神を見やる。
「か、神様? それって、どういう……」
「あの子は、反省もせずに赦しを請うた。ボクに出来る事は彼女を赦してやる事だけだったんだ」
だから、殺した。神にとって、死とは魂の循環に他ならない。
故に、フリュネに死を与え、魂を浄化して『赦す』事にした。女神は静かにそう告げて頭を下げた。
「ごめん。皆の意見を聞くべき所を、ボクが勝手に裁定を下した。謝るよ」
真摯に頭を下げる姿に、真っ先に動いたのはベルだった。
「神様、ありがとうございます」
「ベル君……」
「僕は、きっとフリュネさんの事を赦せなかったと思います」
ベルだけではない。ヴェルフも、リリも、ミコトも、当然俺だって同じだ。たとえフリュネの哀れな末路を聞いて溜飲が下がったとしても、グランやルシアンの事を思い出せばすぐに憎悪の炎は再燃し始める事だろう。
たとえどんな苦行をフリュネに味わわせたとしても、失われた仲間は帰ってこない。一生、憎しみと恨みをフリュネに向け続ける事になるのだろう。だからこそ、女神の裁定が下されたのであれば、自分達もそれに従える。
「だから、ありがとうございます。僕達に代わって、フリュネさんを処してくれて」
「ああ、俺もそうおもう。ベルの言う通りだ」
「リリは相談して欲しかったです。ですが、ヘスティア様が下した裁定に文句はありません」
「自分も、女神が下した裁定ならば納得がいきます」
皆が快く受け入れたのを見て、ヘスティア様が困った様に笑う。
春姫が僅かに顔を俯かせていたが、アイシャがぽんぽんと頭を撫でている。
「さて、私もとっとと仲間に入れてくれそうな【ファミリア】を探すよ。
女神イシュタルが天界に送還された事で、『魅了』の呪縛が消えたアイシャさんはレーネ同様にどこか清々しい表情を浮かべて晴天を見上げた。
彼女は、最後の最後、ごたごたしていた土壇場という場面ではあるが自身が今まで仕えていた主神を裏切る選択をした。それは、今後の【ファミリア】探しで大きく足を引っ張る要因になる事だろう。
主神に対して裏切りを働く眷属を受け入れる主神は、ほぼいない。【アポロン・ファミリア】に所属していたルアン・エスペルが未だに場末の酒場で
アイシャはそういった色々と不利な条件を背負ってしまっている。それでも、その背中を見れば真っ直ぐと歩いていくのだろう事は容易に想像できた。
アイシャと並んで春姫が空を仰いでいた。
「……まぁ、何かあったらおいで。相談くらいには乗ってあげるよ」
アイシャに告げられた言葉を反芻しているのか、ほんの少し考え込む春姫。
彼女も、今まではイシュタルによって築き上げられた堅牢な檻に閉じ込められていた不幸な少女であった。しかし、同時に外界の悪意や危険に晒される事なく、春姫を守っていたのもまた、イシュタルという恐ろしい檻だった訳だ。
鳥籠の鳥にとって、鳥籠に囚われている事は不幸だろうか。そこから飛び立てば過酷な現実が待っていると知りながら、飛び立たせるのは果たして正解なのか。ただ一つ、言える事はある。
彼女は檻を飛び出し、悪意と危険に満ちた世界に降り立った。身の振り方一つで富にも破滅にも続く、無数に交差するこの世界へ。今後どうなるかは彼女次第。もちろん、家族として迎え入れる俺達次第でもある。
「……ありがとうございます。アイシャさん! 今までありがとうございました」
春姫の上げた礼の言葉を背中で受け止めながらアイシャは歩いていく。振り返る事なく片手を上げて歩く彼女は館の敷地から出る直前に背中越しに語り掛けてきた。
「ベル・クラネル、ミリア・ノースリス……私の手が必要ならいつでも声をかけな。春姫を頼んだよ」
僅かに潤んだ瞳でアイシャの後ろ姿が消えるまで見つめ続けていた春姫は、ゆっくりと俺達へと振り返った。
「そ、それでは……
「あー、堅苦しいことはいい。俺もまだ入団して浅いが、よろしくたのむ。ヴェルフ・クロッゾだ。下の家名では呼ばないでくれ」
「こちらこそよろしくお願いします、春姫様。リリルカ・アーデです」
「ふふっ、自分も改めまして、若輩者ですが、ヤマト・ミコトです。これからはしっかりと貴女を守りますので、よろしくお願いします、春姫殿」
「此方こそよろしく。ミリア・ノースリスよ。一応、副団長って事になってるわね」
見知らぬ顔もあれば、見知った顔もある。そんな人たちとのちょっとした名前交換と挨拶にも嬉しそうに「はい!」と元気良く返事を返す春姫。
「他にも何人か居るけど、その子達はまだ休んでるから別の機会にね。おっほん……それじゃあ改めて。昨日色々あったし知ってるとは思うけど、ボクがヘスティアさ。君を眷属として歓迎するよ」
言葉通り、春姫は【ヘスティア・ファミリア】に所属する事を望んだ。
それは、ベルが助けた事もあるだろうし、彼女が恩を返したがった事もある。ただ何より、彼女がこの【ファミリア】に入りたいと願ったからこそだ。
春姫がぺこぺこと頭を下げているのを微笑まし気に見ていると、ヘスティア様がずいずい、と迫っていった。
「それで、春姫君。キミはどうやらベル君に
「は、はぇ?」
────ヘスティア様はヘスティア様だわ。良い意味でも、悪い意味でも。
神らしくどこか俯瞰した視点で俺達に接するのではなく、傍に寄り添って生きてくれている今の方が、俺は好きだな。
そのやり取りに自然と頬が綻んだ。フリュネに裁定を下した、神ではなく、俺達に寄り添い生きる素敵な女神。それがヘスティア様だ。
「馬鹿なこと言わないでくださいっ、誰が育てたんですか!? ヘスティア様なんて借金だらけでベル様とミリア様に養ってもらっていただけじゃないですか!!」
「こ、こらー!? 新入団員の前で神の威厳を損なうことを言うんじゃなーい!!」
「大丈夫ですよヘスティア様、威厳が無い方が私は好きですよ」
「ミ、ミリア君……」
「いや、別に擁護してませんよね。むしろ暗にヘスティア様に威厳なんかないって言われてますよ」
「ミリア君!?」
ヘスティア様とリリがぎゃーぎゃーと喚き合うのを眺めていると、ミコトが春姫と笑い合っていた。
「春姫殿、この【ファミリア】はとても良い所です」
「うん、とてもいい所だと思う」
何処か近い距離で、二人の少女は子供の様に笑顔を浮かべていた。
「……ベル様、本当にありがとうございます」
言い争うヘスティア様とリリを他所に、春姫は改めてベルと向かい合うと頭を下げた。
くすぐったそうに、何処か照れたように、けれども何処か影を含んだベルが笑みを浮かべた。
「今日から、僕達は
一瞬、破顔しかけた春姫は僅かに微笑みながら再度頭を下げた。
「こちらこそ……ベル様、どうか末永くよろしくお願いいたします」
深々と下げた頭を上げた春姫の表情は、まるで桜の花の様な満面の笑みを浮かべていた。
「ちょっと待つんだ春姫君っ、いま変な言い回しをしなかったかい!?」
「そうです、今何かがおかしかったです!!」
「それは、私も思ったわ。嫁入りじゃないんだから」
「そ、そうでございますか?」
「ま、まぁまぁ、ヘスティア様、リリ殿、ミリア殿」
「そんな事よりも……新しい入団者だ、今日は羽目を外しても良いんじゃないか?」
「おっ! 話が分かるじゃないかヴェルフ君、よしっ、今日は春姫君の歓迎パーティーだ!」
「や・め・て・く・だ・さ・い!? ただでさえ散財癖があるっていうのにこれ以上酷くなったらどうするんですか!?」
「まぁまぁ、リリ、今日ぐらいは良いでしょう。家族が増えた日なんだし、嫌な事を忘れるって意味も兼ねて」
「ミリア様は新入団員にどれだけ甘いんですか!?」
「ほら、ミリア君だって言ってるだろう? 固い事言うなって! ベル君もパーティーを開くべきだと思うだろ!?」
「そう、ですね。春姫さんのために、やっぱり」
「ベル様ぁー!?」
「よ、よろしいのでしょうか?」
「いいのです、春姫殿! こうなったらタケミカヅチ様達もお呼びしましょう!」
迎え入れた新たな
パーティーを行って気分転換でもしなければ、やっていけない。ディンケさん達も誘って、嫌な事全部忘れて騒ごう。
真っ先に本拠に戻ろうとするヘスティア様と、それを引き留めようとするリリ。ノリノリで笑みを浮かべたヴェルフと、釣られて笑うベル。春姫の手を引いて歩くミコトの背を見て、俺も続く為に足を踏み出そうとし────ドパンッ、と盛大な音を立てて本拠の玄関扉が開かれた。
「キュイキュイ!!」
林檎無くなった、と仁王立ちする貫頭衣姿の俺に似た少女。それも竜の尾と翼を生やした異常な人物の登場に、知っていたヘスティア様や俺も含めて全員が硬直する。
ヘスティア様と俺だけは完全に硬直して冷や汗を流し、キューイの異常を知らぬ皆は何度も俺とキューイを見比べ始める。
「は……は? ミ、ミリアが二人?」
「ミ、ミリア様とそっくり……?」
「いや待て、あっちのミリアの方が背が高いぞ」
「あ、え……ミリア殿、双子の姉がいらっしゃったのですか?」
「あの翼と尾は……ええ?」
──────。
「ミ、ミリア君どうしよう」
────。
「ミリア君? ミリア君!?」
ああ、胃が痛くなってきた。吐きそう。
ミリアちゃんの胃がーっ! 胃がーっ!?
そのうち喀血しだしそう。
次回、皆が超楽しみにしてた無人島編に入りまーす。
みんなも、きたい、してたでしょう?(偏見)
きのこだよ? きのこ。みんな、きのこ、すきだよね?(グルグル目)
ちなみに私は大のキノコ嫌いです。