魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一八八話

 眩しい日差しが降り注ぐ砂浜。真っ白な砂地は日の光を照り返して輝いて見える。押し寄せては引いていく細波(さざなみ)の音色は心地よく、青く透き通った海は何処までも続いていき、視線を上げていけば果てに空と海の境界が見て取れる。

 この風景に関しての感想としては、想像以上。だろうか。

 ナァーザさん曰く美しい景色が楽しめる、とのことだったが俺が過去に訪れた景観よりも更に数段上の景色と言えるだろう。何より、人が居ない。

 いくら美しい海とはいえ、無数の人で溢れ返ればただの雑踏。そういった余計な要素が何一つ存在しないこの景色には万金の価値がある。

 

「眩しい太陽!」「青い海!」「白い砂浜!」

『『『来たぞ、ユージン島!』』』

『『イェーイ!』』

 

 砂浜に並んで海を見渡し、テンション上げているヘスティア様、ヴェルフ、春姫、リリ、ミコトの五人の背中を見ながら、簡易天幕の中でベルとリューさん、俺の三人で並んでくたびれた様子で呟く。

 

「本当に来ちゃいましたね。無人島の『ユージン島』」

「ええ、最初聞いた時は何の冗談かと思いました」

「意味のわかんない島の名前については、神々が考えたそうですよ」

 

 むしろ神々のセンスで名付けるでもない限り、こんな妙な島の名称にはしないだろう。

 

「なぁ、天幕の数が足りないぞ。三つしかない」

「やはり大急ぎで準備してきたからいくつか足りない物が出てきているな」

 

 別の個所、地盤のしっかりした所で野営用の天幕を張っていたディンケとエリウッドの言葉に小さく頭を抱える。

 こうなる事は予測出来ていたとはいえ、昨日の今日でこの無人島に訪れたのは無理があった。

 ────更に悪い事は重なるモノで。

 

「うぇ……し、死ぬ……」

「フィア、大丈夫ですか?」

 

 もう一つの天蓋の元、体調を酷く崩したフィアがメルヴィスに膝枕されていた。まあ、此方はただの船酔いだから良いのだが。

 

「それで、リューさん……事情を説明していただけますか?」

「…………レーネさんの事ですね」

「はい」

 

 首を回して視線を向けた先、リューさんに文句有り気な視線を送るレーネの姿があった。頭や足に包帯を巻き、腕を吊った重傷人の姿になった彼女の姿に思わず眉間を揉む。

 ヘスティア様がレーネの捕獲をリューさんに頼んだらしいのだが、彼女は集合場所に半殺し状態のレーネを担いで連れてきた。

 

「数日前に【ヘスティア・ファミリア】が【イシュタル・ファミリア】の抗争に巻き込まれたと聞きまして……その上、死者まで出た、とも」

「それで?」

「……【イシュタル・ファミリア】の幹部であるレーネ・キュリオを捕まえてほしいと言われたので」

 

 ────ヘスティア様が『大至急、明日の朝までに頼むよ』等と安易な事を宣ったらしい。

 それを聞いたリューさんは、彼女が仲間の命を奪った復讐対象であると認識。結果として、リューさんは本気で行動を開始し、居所の宿屋を特定した半刻後、丁度レーネが寝静まった所に強襲をしかけた。

 ただ、レーネ側も元【イシュタル・ファミリア】と言う事で最低限警戒しており、強襲に勘付くと同時に逃走しようとした────が、Lv.3の彼女ではLv.4のリューさんの追跡を振り切れず、最終的に逃走や反撃が出来ぬ様に片腕片足を圧し折られて、拘束と。

 

「……ヘスティア様、申し開きはありますか?」

「えっと……その、ごめん。説明不足だったよ」

「レーネさん、どうですか?」

 

 流石に今回の件において彼女は完全な被害者である。

 リューさんの勘違いについては、事情を知らぬ者が聞けばそう勘違いしても仕方が無い状態だったのが致命的で、根本的な意味でヘスティア様の説明不足が招いた悲劇な訳だ。

 腕を吊った重傷人状態のレーネは半眼でリューさんとヘスティア様を見やり、呟く。

 

「今まで悪い事一杯してきたし、これぐらい仕方ないかなぁって思うよ。でも……うーん」

「すいませんでした」

 

 時間に余裕を持って行動しないと碌な事にならない。現にレーネが被害者として半殺しにされた事もあるし、天幕の数が足りないのもある。せっかくの長期休暇(バカンス)の出だしから気分最悪という事態になってしまう訳だ。少なくともレーネはキレて良いと思う。

 

「はぁ、私はしばらく寝てるね。まだ腕の骨くっついてないみたいだし」

 

 三つの内の一つの天幕に足を引き摺ってレーネが入っていく。かなりぐったりした様子にリューさんが申し訳なさそうな表情をしている。

 

「彼女にも色々と事情があったのですね。聞いた話では自らの主神を裏切って……」

 

 街中に流れる彼女の噂については俺も聞いた。情報屋を通じて調べても同じ様な内容なのでリューさんも完全に勘違いしていたんだろう。

 女神イシュタルがレーネの心を折る為にか、周囲からの彼女の噂に色々と小細工をしていたみたいで、彼女の境遇は殆ど知られていない。

 その所為でもある訳だが……。

 

「あんま気にしないで良いよ。私の自業自得だし」

 

 ちらりと、天幕から顔を出した彼女がそう呟いて中に引っ込む。

 冒険者であるし、治療用の道具類もいくつかあるので完治するまでに半日程度もあれば良いだろう。

 

「ま、まあレーネ君もああ言ってる訳だし。せっかく海に来たんだ! エルフ君も楽しんでいけばいいさ」

「ヘスティア様がそれを言いますか……?」

 

 流石にレーネの状況に同情したリリが半眼でヘスティア様を見やっていると、海の方から雄叫びが響いた。

 

「大物ぁああああああ!」

「夕食ぅうううううう!」

 

 岩場から海に飛び込む二人の褐色娘。アマゾネスのイリスとサイアの二人組が銛を手に海へと飛び込む光景が目に入ってきた。

 

「……ま、まあ夕食の確保はあの子達に任せようか」

「はぁ……大急ぎで出てきた所為で食料を忘れるだなんて……」

 

 ああもう、滅茶苦茶だよ。昨日の今日で大急ぎで準備したせいで忘れ物やらやらかしが目立つ。

 足りない天幕、忘れた食糧。挙句の果てには勘違いで半殺しにされたレーネ。もう擁護できないよ。

 

「と、とにかく気分を変えようじゃないか!」

「ああ、こんな雰囲気じゃせっかくのこの景色も楽しめないしな」

 

 前向きにヴェルフが笑い海を見やる。丁度、イリスらしき人影が一突きにした魚を掲げて手を振っているのが見えた。

 アマゾネスという種族の中には海辺で集落を形成する場合もあるらしく、その場合は海で漁をして糧を得る事が多いらしい。ちなみに森に住まう場合でも、男に関してはどちらも街から攫ってくるのだという。

 そしてあの二人は海の経験は一応あるらしい。

 島に上陸する直前に【ニョルズ・ファミリア】の主神、ニョルズ様が銛や竿なんかを貸してくれたので彼女らに任せておけば問題は無し。後は食べれそうな木の実でも探しておけばこの島で過ごす数日間は何とかなるはずだ。

 

「しかし、凄いもんだな。この島全体が希少な薬草の宝庫なんだろう?」

「そうらしいわね」

 

 しみじみと呟くヴェルフの言葉に頷く。

 本当に不思議な事だ、ギルドが管理を申し出るのもわかる気がする。砂浜と森の境目の部分から既に目につく所に薬草として知られる植物が繁茂しているのだ。

 奥に進めばもっと希少な種類の薬草が数多入手できるというのであれば、この島の希少性にも頷ける。

 

「入島できる期間(シーズン)が決まっていて、それ以外の時期に入島した場合は重い罰則(ペナルティ)を課せられるみたいよ」

「へぇ、凄い島なんだね」

「幻とされる究極の薬草『ナンニデーモ菊』もあるとの噂です」

 

 補足する様に呟かれたリューさんの言葉に皆の視線が集まる。

 ────『ナンニデーモ菊』?

 思わず手荷物を探って薬草の図鑑をパラパラと捲ってみる。しかし、そのような名称の薬草は図鑑には載っていなかった。

 

「なんだい、それは?」

「名前の通り、とにかく何にでも効く薬草だそうです」

『『『ダジャレかよ!?』』』

 

 ヘスティア様、リリ、ミコトの三人の強烈な突っ込みが入る中、もう一度図鑑を調べてみるが、本当に見当たらない。

 『ナンニデーモ菊』は俗称で、正式名称でもあるのだろうか? だとしたら、菊または菊とよく似た見た目の植物だろうか……?

 

「持っているだけで恋人ができた。とか、持っているだけで金貨でいっぱいの風呂に入れた。とか」

「へぇ~、すごい!」

 

 リューさんの言葉にベルが目を輝かせ始めた。主に『恋人ができた』当たりで。

 そんな話を聞いたベルを除いた全員の表情が呆れに染まる。

 

「嘘臭いですね」

「怪しさしかありません」

 

 ただの噂話だろう。図鑑には『どんな難病にも効く薬草』というのは無くはない。だが産地はダンジョンの深層の奥深くに()()()()()()()()とか言う、要するに誰も見た事が無い架空の薬草として書かれているのだ。

 ────っていうか、図鑑に架空の薬草なんか載せんなよ。

 

「とにかく、せっかくの依頼ですし。沢山薬草を集めましょう」

「一部薬草は採取制限がかかってるんで注意してくださいね。取り過ぎると罰金とられます」

 

 まあ、とにもかくにも、いくつもトラブルが起きてごたごたしてる強制依頼(ミッション)とはいえ、依頼は依頼だ。

 罰金対象の過剰採取禁止植物と繁茂区域進入禁止の薬草類など、採取し尽くしてしまわない様に色々と規則があるので注意はしないといけない。

 

「うん、まずは手分けして行動しましょう。僕とヴェルフは森の中を、リューさん達は海岸線の方を探してください。ディンケさん達には野営地の準備を任せても良いですか?」

「任せてもっていうか、もう準備してる。暗くなってからじゃ遅いしな」

 

 ベルが頷いて早速依頼を片付ける為に人員の振り分けをするが、入島直後に振り分けはした。したというか、適材適所でガネーシャ組が野営地準備、アマゾネス二人が食糧調達、フィアとレーネは行動不能でメルヴィスが看病している。

 こういった集団行動に慣れていない俺達は殆ど何かをする前に彼等が自主的に動いてくれている訳だ。何と言うか、経験者が居ると心強い事この上ないな。

 

「はい、ありがとうございます。ディンケさん。それじゃあヴェルフ。僕達も行こうか」

「おいおいベル、お前何言ってるんだ?」

 

 腰を上げようとしたベルに、ヴェルフが呆れた様な声を上げた。

 そのやり取りを見ていると、ふと何かを忘れている気がした。が、忘れ物は一杯したし今更か。

 

「せっかくユージン島に来たんだ。依頼の前にひと泳ぎじゃないかー!」

 

 ヘスティア様が号令を上げると、野営準備で三つ目の天幕の設営をしているディンケとエリウッドがちらりと此方を見てきた。

 

「……手伝いましょうか?」

「いや、手伝わんでいい。というか、慣れてない奴らに手伝わせるぐらいなら慣れてる俺達だけでやっとくから、遊んでてくれ」

 

 ────遠回しに邪魔だから遊んでろって言われたんじゃが?

 ま、まあ彼らがそれで良いなら良いか。本当は彼らのアレコレが終わってからの方が良い気がするが、彼等が進んでやってくれる上、遊んでていいとお墨付きまで貰ってヘスティア様はじっとしていられないだろう。

 

「と言う訳だ、ベル君。海にいこうぜ!」

「えっ、でも僕、水着とか持ってきてないですけど」

『『『えぇっ!?』』』

 

 ちなみに俺も水着は持ってきてない。

 準備が昨日の今日だったので忘れてきた。そういえば何か忘れてると思っていたが、水着の事だったのか……水着の、事か? ……まだ何か忘れてる気がするが。

 

「何を考えているんだい、ベル君!」

「見損ないましたよ、ベル様!」

 

 ヘスティア様とリリが声を上げ、ミコトや春姫があからさまに落胆した表情を浮かべる。なんだかんだ言いつつも皆楽しみにしていたらしい。

 俺個人としてはどうでも良いんじゃが。

 

「ご、ごめんなさい! なんかよくわかんないけどごめんなさいっ!」

「そうだぞベル、とにかく謝っとけ」

 

 ヴェルフが呆れた様に肩を竦めている。ヴェルフも楽しみにしてたのかよ……。

 

「だったら僕、ディンケさん達の手伝いを────」

「団長、遊んでてくれ」

「あっ、はい」

 

 テキパキと野営地の準備を進めているディンケとエリウッドの二人から戦力外通告されたベルがしょんぼりした。あの二人、何か拘りでもあるのだろうか?

 いや、まあ、野営地の経験の無い俺達だと指示貰わなきゃ動けんしなぁ。

 

「う~ん……よし、じゃあこうしよう!」

 

 妙案を思い付いた、とヘスティア様が満面の笑みを浮かべてリューさんとベルの間に入り込み、ベルに寄り添って皆を見上げた。

 

「皆は泳いできてくれ。ボクはベル君と()()()留守番をしていようじゃないか」

 

 やけに『仲良く』と強調したヘスティア様の台詞を聞き、リリがカチンときたのか頭から二人の間に突っ込み、強引に間に割り込もうとしはじめた。

 

「ヘスティア様こそ泳ぎたがっていたでじゃないですか! ベル様の()()()はお任せください!」

「キミだって潮干狩りしたがっていたじゃないか!」

 

 別に、リリに世話されなくてもベルは平気じゃないかな。とか言ったらリリが激怒しそうなので黙っておこう。

 それと、この砂浜って潮干狩りできるのか? 薬草の宝庫とは聞いたが、貝類がとれるとは聞いた覚えが無い。

 二人の姦しいやり取りの横から、ちょこんと小さく控えめに手を上げた春姫が呟く。

 

「あの、ベル様のお世話でしたら(わたくし)が────」

『『抜け駆け禁止ィッ!!』』

「は、はいぃ……」

 

 控えめな春姫の発言はヘスティア様とリリの二人に叩き斬られる。

 あの、その禁止されてる抜け駆けを堂々と行おうとしてる二人が言っていい台詞じゃないよな?

 ベルを巡ってヘスティア様とリリが額をぶつけ合い、視線で火花を散らしまくっている。その様子を遠くから見ていたディンケとエリウッドが呟くのが聞こえた。

 

「あ~あ、ああなるってわかってたから手伝いは断ったんだよ」

「酷いな。だが男の甲斐性を見せる所だ。団長、密かに応援だけはしよう。だが捥げろ」

 

 若干、呪詛混じりの声を上げているのが気になるが。まあ、確かに。

 ベルが手伝いに行っていたらヘスティア様やリリ、春姫なんかが名乗り出て滅茶苦茶になるのは想像に易い。あの二人はその辺りを見越して断ったのだろう。

 …………じゃあ、俺が手伝っても良くない?

 

「……副団長、お前はさぁ、働き過ぎんだよ。少し休んでろよ」

「見てるこっちが心配になるからなあ」

 

 ────生暖かい呆れの視線が降り注ぐ。

 居心地の悪い視線から逃れんとリリとヘスティア様の方へ視線を向けると、四つん這いになって雌豹の様な恰好の二人が睨み合っている光景が目に入ってきた。

 二人とも何やってんのやら……。

 

「こうなったらベル君に選んで貰おうじゃないか!」

「えっ?」

「そうですね。リリもそれで構いません」

「えっ、えっ?」

「水着コンテストだ!」

 

 すぐ真横で戸惑うベルを置き去りにし、額を押し付け合ったヘスティア様とリリが意気投合する。

 しかし、水着コンテストか。なんという企画を……ヘスティア様も神だった、と言う事か。神はお祭り騒ぎが好きだからね……。

 

「ヴェルフ、どうしよう……」

「ベル、黙ってろ。良い流れなんだからな」

「えぇ?」

 

 ベルが兄貴分に助けを求めるも、期待に胸を膨らましているらしいヴェルフに切り捨てられて捨てられた兎の様にしゅんっとなる。横に居たリューさんはその様子を見て、ヘスティア様に視線を向け、すぅっと視線を逸らしていった。

 

「優勝したら今日一日ベル君と二人きりで遊べる。ってどうだい?」

「望む所です!」

「わ、(わたくし)も参加してもよろしいでしょうか……」

 

 完全に対抗意識が燃え上がった(ヒートアップ)した二人はベルを置き去りにして事を進めていく。それに控えめに離れた位置にいた春姫が小さく手を上げて参加表明をしていた。

 せめてベルの意見を聞いてからにするべき、だとは思ったがお人好しのベルの事だ、押し切られるのだろう。

 

「はぁ、ベル、やりたくないなら私が止めますが」

「ミリア、お前は何を言っているんだ。せっかく水着姿が見れるのにそれを止めようだなんて。男心がわかってないなぁ。なあ、ベル」

「えっ、ああ、うん。まあ……」

 

 がっしりとヴェルフに肩を組まれて肯定させられるベル。嫌々というよりは、ほんのりと恥ずかしそうに頷くあたり、一応水着姿には淡い期待を抱いているのか。

 本気で嫌がっていないのなら良いか。

 

「よーし、じゃあ三十分後! 待っていてくれよベル君。ボクが一番だって君に証明してみせるよ!」

「ふんっ、いくら神だからって調子に乗り過ぎです。きっとベル様はリリを選ぶに違いありません!」

「わ、(わたくし)も、その……がんばります」

 

 ふんすっ、とバチバチ火花を散らしたヘスティア様とリリがずんずんと天幕に入ろうとして────ぬっと中から顔を出したレーネが二人を睨み、親指で近くの木陰を指差して一言。

 

「五月蠅い。あっちで着替えて」

「あ、うん」

「すいません」

「ご、ごめんなさい……」

 

 まあ、レーネは怪我人。むしろ強引に連れてこられて機嫌が悪そうなので仕方なし。

 迷宮の温泉の時同様に岩陰で着替えるしかないだろう。一つ目は怪我人のレーネが使用中でもう一つの天幕は男用、最後の一つは現在設営中。

 

「おーい、皆なにしてんのー?」

「大漁大漁」

「うぉっ!?」

 

 元気一杯の声が砂浜に響く。

 海の方から魚を編み籠一杯に入れて背負ったサイアと、大きな鮫を担いだイリスが戻ってくる姿が見えた。

 待って、鮫、サメじゃん。それ、すっごい扱いが難しくて滅茶苦茶調理が大変だぞ。食う気か?

 

「そのサメどうしたんですか……?」

「ん? ああ、なんかじゃれついてきたから(シメ)た」

「……食べる気ですか?」

「ん? まあ食べるけど?」

 

 食べるのか……。

 高濃度の尿素が蓄積してて、独特のアンモニア臭がしてとてもではないが食えたものではない。一応、レモン汁や酢なんかでマリネすればマシにはなるが……そんな調味料無いぞ?

 

「普通に焼いて食べるのよ。調味料なんて無いし」

 

 せ、せめて香草焼きにしようぜ。食えないから、マジで食えないから。

 食事の時間になったらそれとなくサメ肉は回避しようと思う。もう料理と言いながら丸焼き出してきそうなイリスさんのサメ肉は本当に遠慮させてもらおう。

 

「それより、ヘスティア様とか何処いったの?」

「ああ、今から水着コンテストをやるんだ。サイア達もやらないか?」

「水着コンテスト?」

 

 ヴェルフが鼻息荒く二人に声をかける。そんなに水着姿見たいんかい。

 

「面白そうだねー! 私も参加したーい! フィアとメルヴィスも誘おうっとー」

「今あっちで着替えてるから、水着を持っていくと良い」

 

 ……ヴェルフが鞄を手渡すと、サイアが笑顔でパタパタと女性用の天幕に飛び込んだ。

 サイアが入って数秒すると、若干顔色の良くなったフィアの腕を掴んでサイアが岩陰に駆けて行く。

 一人、メルヴィスが苦笑しながらも手を振って見送っている所を見るに、フィアはサイアと共に参加し、メルヴィスはレーネの看病をしてくれるのだろう。

 

「イリスさんもどうです?」

 

 ヴェルフが若干鼻の下を伸ばしながらイリスに声をかける。

 

「いや、私、サメの下処理しないといけないし無理」

「……そうですか」

 

 きっぱりと断られて残念そうなヴェルフが俯いて落ち込み始めた。

 

「ミリアもどうだ?」

 

 いや訂正、落ち込んでも居ないし懲りてもいない。

 そもそも俺は水着なんてもってきてないぞ。

 

「そもそも水着を持ってきてないので無理ですってば」

「いや、水着ならここにある」

「はぁ?」

 

 自信満々にヴェルフが差し出してきた小さめの鞄。中を覗き込むとあの迷宮の温泉で()()()ものと同じ水着が入っているのが確認できた。

 思わず胡乱げな視線でヴェルフを見上げる。

 

「これ、どうしたんですか……?」

 

 頭の片隅に爽やかな笑顔を浮かべたヘルメスの顔が過る。まさかな……だって昨日の今日だぞ? ありえん。

 

「ああ、ヘルメス神が『これを持っていくと良い。きっと良い思いが出来る』っていって渡してくれたんだ」

 

 あの糞ヘルメスゥウウウウウウウウウウウウウッ!!

 ズバンッと鞄を地面に叩き付けると、中から水着が飛び出した。踏み潰してやろうと足を振り上げた所で、リューさんが待ったをかける。

 

「待ってください。水着が二着入っている様ですが……」

「はぁ? なんですか……」

 

 リューさんが摘まみ上げたのは黄色の水着。

 しげしげとその水着を観察していたリューさんの視線が俺の胸元と水着をいったりきたりしはじめた。

 

「これは、しかし……」

「なんですかリューさん。胸が小さいとでも言いたいんですか。リューさんもぺちゃんこの癖に」

「私の胸は平らではありません。ですが、ミリアさんの胸が小さいのは事実です」

 

 ────表情も変えずにしれっと言い切ったよこのエルフ。

 恩人ではあるが超えてはならない一線というものがあるんじゃなかろうか。時々ポンコツと化すのは知っていたが、それは許されない。赦されてはいけない。

 

「リューさん、私、今滅茶苦茶ムカついたんですけど」

「いえ、勘違いさせてすいません。この水着が大きいのだと思います」

「ああ?」

「待てミリア、落ち着けって。ほら、小さくても需要は────げぶぇっ!?」

 

 余計な口を言うヴェルフの口は閉じましょうねー。口は災いの元って言うんですよー?

 横っ腹に肘打ちを叩き込み、悶絶した所で頭を抱きかかえる(ホールド)。そのままギリギリと締め上げる。

 

「女を捨ててる事は否定しませんが。それでも小さいとか言われると腹が立つんですよ……?」

「いででででっ、あっ、小さいながらも少しやわら────ま、待て、ミリアが魔術師とはいえLv.3の力は洒落にならんっ!!」

 

 ぐぐぐーっと力を加えていく。なあ、ヴェル吉やい。Lv.2のお前さんと、Lv.3の俺。たとえ力が弱かろうが俺の方が強いのは自明の理だよなぁ? 言っただろ、口は災いの元だって。

 横のベルは口を塞いで何も言わない様にしてるだろう? 余計な事を言う口はこの口か?

 

「ぐぁああああっ、ギブッ、ギブッ!」

「……やはり、この水着、ミリアさんにはサイズが大きすぎる」

 

 タップして降参するヴェルフを他所に、リューさんが黄色の水着をしげしげと観察して呟く。

 俺の胸が小さすぎると言いたいのか? ヴェルフを解放して砂浜にポイ捨てしつつ

 

「いえ、ですから、こちらの赤い水着は前回と同じ大きさかと。つまりミリアさんにピッタリです」

 

 …………前回から胸囲が一切成長していないと? キレそう。

 

「もしや、この水着はミリアさんではない別の人の水着なのでは?」

「はぁ? そもそもそのサイズだと私以外の誰が使うって言うんですか」

「ミリアさんはもっと小さいでしょう」

 

 ────リューさんって時々本当に喧嘩売ってるんじゃないかって思う時があるんだけど。これ天然で言ってんだよね。

 とはいえ、リューさんの言う黄色い水着がいったい誰のモノなのか、という問題については少し気にはなる。

 サイズ的には小人族用、または子供用程度の大きさ。この場に居る面子でその黄色い水着を装着できる胸囲の女性はいない。

 俺は、残念ながらその大きさだとスカスカである。パッドか何かあれば……水着でパッドは目立つ。無し。リリは……口惜しいが俺よりはるかにサイズがある。収まらん。

 ヘスティア様、春姫、ミコト、イリス、サイアは論外。あの巨乳共めが……。

 フィア、レーネの二人は標準的。装着不可能。

 リューさんとメルヴィルの二人はスレンダーだが、そもそも子供用が着れる訳も無い。

 

「……? 本当に誰の水着なんですか、これ?」

 

 着れる奴、居なくね?

 砂に塗れた鞄を拾い上げ、中身をもう一度確認していく。

 俺用らしい深紅の水着と、黄色い水着───の下を取り出した所で顔が引き攣った。

 俺が鞄から引っ張り出したソレを見て、ヴェルフやベルが息を呑み、リューさんが信じられないといった風に半口を開けて硬直する。

 

「これ、は……」

「ひ、紐?」

「は、破廉恥な……」

 

 紐だった。前側は逆三角形だが、それ以外が全部紐。後ろ側も紐。もう尻丸出しじゃねっていうぐらい紐。

 なんだこれ、どんな痴女が身に着ける水着だよ。アマゾネスだってここまで酷くねぇ。

 これは水着では無くアダルトグッズの穴空きパンティの様な代物なのではないか。こんな物を水着として入れてきたヘルメスとかいう神にはオラリオ帰還後に痛い目を見て貰う必要があるらしい。

 サメ肉を焼いているイリスさんの所の簡易炉の中に放り込もうと一歩踏み出した所で────気付いた。

 

「あっ、キューイ」

 

 キューイ。そう、キューイである。

 あの人型になった飛竜、キューイ用だ。

 俺の胸のサイズより若干大きいのは、キューイの方が若干大きいから。この前面部分だけが逆三角形で他の部分が紐になった設計。これ、尻尾があっても着用出来る様にしてあるのではないか?

 もう一度広げて確認してみると、構造がだいぶ変態的に見えるが、尻尾に干渉しない様に工夫が凝らしてあるのが確認できた。材質もしっかりしており、竜鱗で破れる心配も無さそうである。

 ────糞ヘルメスがどうしてキューイの事を知っているのか、と言う疑問はあるものの、あのヘルメスならやりかねない。

 

「わかりました。キューイ用ですねこれ」

「何? ……いやでも、確かに。その水着、キューイ用なら納得がいくな」

「……二人とも、頭でも打ちましたか?」

 

 リューさんが表情を顰めて呟くのを聞きつつ、ふと気づいた。

 キューイ、何処だ?

 

「………………ヴェルフ、ベル、キューイ見ませんでしたか?」

「あん? 見てないが……そういや、居ないな」

「あれ、オラリオから出る時に木箱に入って貰ってなかったっけ……? 船から下りてから見てないきがするけど……」

 

 オラリオから出る際、そのまま馬車に乗せるのも船に乗せるのも無理だったから、ギルドが用意した専用の木箱に入って貰って──────。

 

「ヤバいですね。忘れてました」

 

 ヤベェ、木箱に入れたキューイの事ずっと忘れてたわ。

 視線を野営地の方に向けると、人一人をすっぽり入れる事が出来る木箱が荷物の片隅に鎮座しているのが見える。動きは全く、無い。…………絶対、怒ってるだろうなぁ。

 

「あの、大丈夫ですか皆さん……その破廉恥な水着をあの飛竜用だなんて。変な空気に当てられましたか?」

「いや、キューイは今────あっ」

 

 心配そうなリューさんの言葉にベルが返事をしようとして表情が固まった。

 あっ、俺も気付いた。リューさんにキューイが人型になってる事、何の説明もしてないんだけど。

 

「……どうしよう、ミリア」

「おい、不味いんじゃねえか?」

 

 待って、リューさんにキューイの事説明しないといけないじゃないの? ヘスティア様、説明不足だったし絶対リューさんにこの事話してないよね?

 ………………うわぁん、胃が痛いよぅ。




 不幸体質レーネ・キュリオ。
 割と酷い目に遭う。多分、今後もこの調子になるんじゃないかなぁ。


 まぁたミリアの胃にダメージ入ってる。この後のキノコで止めになりそう。



 『ユージン島ヘスティア・ファミリアの水着大会 ポロリもあるよ!!』
 ・参加者
 女神ヘスティア
 リリルカ・アーデ
 サンジョウノ・春姫
 ・特別枠
 ヤマト・ミコト
 フィア・クーガ
 サイア・カルミ
 ミリア・ノースリス&キューイ(?)

 全員分描写したらそれだけで一話かかりますねぇ。
 後、ミリアは参加し無さそうだし。キューイはそもそも水着大会の趣旨を理解しなさそう。


 ところで、OVAⅡのヴェルフが着てる赤い燕尾服は何処から出てきたんですかね?

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