魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一九〇話

 晴れ渡った爽快な青空に鳶の鳴き声が響く。

 きゃっきゃとはしゃぐサイアを他所に、解説席に座ったリューさんが横に座るレーネに対抗心を燃やしているのを、レーネ本人は困った様に頬を掻いて視線を逸らしていた。

 そんなやり取りを他所に、司会者のヴェルフがはりきった様子で声高らかに宣言する。

 

「さぁ~、ここからはいよいよ、審査の対象です」

 

 順番はヘスティア様、リリ、春姫の順か。最後の一人、というか一匹は忘れたい気もするが……。

 若干、この後の問題に頭を悩ませていたら、ふと気づいた。ヘスティア様って水着投げ捨ててなかったか? ……何着てくる気なんだろうか。

 

「最初はこの方、張り切ってどうぞ!」

 

 バナナをマイクの様に持ったヴェルフがすっと横に逸れる。

 それを合図とし、高座(ステージ)中央に女神が躍り出る。

 

「ふっ……」

「……え?」

「水着じゃない……」

 

 自信満々に胸を張り、顎を引いて不敵な笑みを浮かべたヘスティア様を見たベルが驚愕し、リューさんがあたかも今知ったかのように驚く。

 

「……痴女じゃない?」

「出ましたーッッ! これぞ神っ! まさに神っ!! 地上の楽園ユージン島に実ったたわわな我儘果実だぁーッ!!」

 

 その横、レーネが無遠慮に指摘の言葉を零す。が、その言葉はヴェルフによって掻き消された。

 ヴェルフの声を皮切りに、ヘスティア様が真っ直ぐ高座(ステージ)を進んでくる。

 陽光を浴びて白い肌が目に眩しく、その肌を際どく隠すのはなんらかの植物の葉と蔓を絡めて作成されたらしい、天然素材の水着、の様なモノ……。

 腰回りに巻かれた大きな葉っぱのスカートには元の水着の腰巻を利用しているみたいだが、上半身の胸を隠すのは天然素材の葉っぱと蔓のみ。いつもの胸の下を通す紐代わりの蔓。こういう言い方はよくないが、際ど過ぎる気はする。

 

「どうだいどうだい、ベル君」

 

 高座(ステージ)前方ギリギリに立ったヘスティア様はおもむろに腰巻の紐を緩め始める。

 まさか、と顔を引き攣らせていると、女神は臆する事なく腰巻として巻いていた布地を取り払った。

 

「遠慮なく感想を言ってくれていいんだよ」

 

 腰巻を外した下には、小さくギリッギリまで面積を減らした攻め過ぎな紐ビキニが……葉っぱで作られている様だが、ふとした拍子に外れそうなんだけど。

 感想を聞かれたベルの方に視線をやると、頬を赤らめながらもしっかりと見やって呟きを零した。

 

「す、素敵だと、思います……」

「おおっと、これは初っ端で決まりかァーッ! 解説のお二方、どうでしょう!」

 

 司会進行のヴェルフの言葉にリューさんの目が一瞬だけレーネを捉えてきらりと光り、レーネの方は半眼で深い溜息を零した。いや、レーネの感想はさっきの『痴女じゃない?』で終わってるし聞かないでやってやれよ。

 

「体と胸のそぐわなさが暴力的ですね。水着代わりの葉っぱも派手過ぎず、下品過ぎず。()()()()()()()()()()()()()()()ですね」

「え?」

 

 ────リューさん、今最後になんて言った?

 『私も着てみたいと思わせる完成度』って、あの人本当に大丈夫か? クールな印象が今消し飛んだ気がするんだが。いや、実際、体の起伏が激し過ぎるヘスティア様よりはリューさんの様なスレンダーな方が似合いそうな水着……水着? ではあるが。エルフ的にそれはアウトでは?

 

「ねぇ、これ私も何か言わなきゃだめ?」

「当然、何のために解説席に座ってるんだ」

「いや、座らされたんだけど……はぁ、まあそうだね。うーん……まあ女神様だし。体付き(プロポーション)とか顔立ちとかはよほどの神じゃない限りは綺麗なのは当然として、水着の着こなしは……正直、痴女じゃないの? とは思うよ。ただ、神が着る分には良いと思う。普通の娘が着たらただの痴女水着でも、神が着れば立派な着こなし(ファッション)になるしね」

 

 うわぁ、凄いマジレスで辛辣な意見が飛び出してちょっとびっくり。いや、ヘスティア様だからこそ似合う、と言えば褒めてるんだろうけど……。

 

「……痴女? 私が?」

 

 横に居たリューさんが驚愕の表情でレーネを見ていた。うん、横で『着てみたいと思わせる』とか言ってる解説者(エルフ)が居る横で、普段着が痴女っぽいアマゾネスのレーネが『痴女水着』と断言すればね?

 もうリューさんの表情が凍り付いて硬直してんだけど、あの人大丈夫か? マジで。

 

「ふっふっふー、これでボクが一番なのは確実だな! さぁ、次の子にいってくれ、ヴェルフ君」

「お任せくださいヘスティア様。っと、席はそちらにありますので、どうぞ」

 

 ヘスティア様が高座(ステージ)からひょいっと飛び降りると、とてとてーと駆けてきてミコトの横に座った。飛び下りる時、駆ける時、そして座った時。その胸にぶら下がる脂肪が凄まじい存在感を放ち、ベルの視線を完全に奪っていた。

 確かに、吸引力だけは一番だとは思うが……。

 呆れの視線をヘスティア様に向けている間にも、ヴェルフが次のリリを呼ぶ。

 

「さぁて、続いてはこの方、どうぞっ」

 

 掛け声と共に岩陰から橙色のワンピース水着を着こなしたリリが、ピンク色の大き目のバランスボールを抱えて飛び出してくる。そのままヘスティア様のような余裕のある仕草をとるでもなく、一気にてしてしと高座(ステージ)前方まで駆けてくると、ボールを置いた。

 

「おぉ……?」

 

 そのボールに背を乗せ、上体を大きく逸らす。何処かグラビアアイドルのイメージ映像等でありがちな姿勢をとった。

 ボールの上で器用にバランスをとるその姿勢は、上体を大きく反らす事で胸が強調され、より鮮明にその胸の柔らかさなどを視覚的に伝える事が出来る技法だ。

 多分だが、着替えの時に持っていた大荷物の中に入っていたのだろう。

 ────いったい、リリがいつ、どこでこんな技法を覚えたのかはもう突っ込む気にもなれん。

 

「な、なんとぉ~ッ! これは水着大会定番のアレだぁ~!! わざとらしい小道具まで持ち込み、流石は策士、用意周到ッ!! 解説のお二方!」

「なんという一定数の需要でしょう。ツルペタ路線なのに、ペタでない所は倒錯の妙と言えます」

小人族(パルゥム)っていう利点(アドバンテージ)にも欠点(ハンデ)にもなりそうな部分だけど、それを(メイン)にするのは賭けが強い気がするよねぇ~。まあ、団長くんは反応してるっぽいから良いんじゃない?」

 

 リューさんが若干壊れ気味な気がしていたが、死んだ目でそれっぽい事をそれっぽく言って、それっぽく振る舞い始めたレーネの方はもう諦めたのだろう。もう少し粘って欲しかった気もするが。

 

「ベル様~」

 

 ボールを横に転がしたリリが高座(ステージ)を飛び下り、わざわざ審査席のベルの前にまで歩み寄ると、どこからか取り出したぺろぺろキャンディ(ロリポップ)を取り出し、舌先で舐め回し始めた。

 艶めかしく、何処か卑猥さを感じさせる舌先の動きで飴を(ねぶ)る姿を直前で見せつけられたベルが一気に茹で上がった様に真っ赤になる。

 何処か荒い息遣いになったベルを他所に、リリは流し目でベルを見やるとチロリと舌を見せてからヘスティア様の隣までとことこと駆けていく。

 皆の視線が若干興奮した様子のベルに集まるが、一人レーネだけは呆れた様子で肩を竦めていた。

 

「ふふん」

「いつの間にそんなものを……」

「そなえあればなんとやら、です」

 

 何事も無かったかのようにヘスティア様の横に座ったリリが、そのまま飴を舐め続けているのをヘスティア様が半眼で見下ろす。

 

「さぁ、いよいよ、最後の出場者です」

 

 今までと打って変わって、神妙な面持ちのヴェルフが高座(ステージ)の奥へ声をかけた。怖がらせない様にという気遣いの積りだろうか。

 自信満々のヘスティア様、小細工を弄したリリに続いて出てくるのは春姫だ。

 

「…………」

 

 何を言うでもなく、両手で胸を隠し、尻尾で股を隠した春姫がおずおずと出てくる。

 着ているのはなんの変哲もない白い無地の水着。だが着た本人は恥ずかしそうに身を縮こまらせながら恥ずかしそうに高座(ステージ)を進んでくる。

 特に何かするでもなく、ただ歩んでくるだけではあるが……なんというか春姫が持つ雰囲気の所為だろうか。どことなく艶っぽく見える気がする。

 

「おぉ……」

 

 その姿にはベルも僅かに身を乗り出すぐらいの反応を見せた。今までの恥ずかしがるだけの様子よりはよほど積極的に見える当たり、ベルの好みは清楚系なのだろう。

 痴女系ヘスティア様、策士系リリ……そして清楚系……清楚系? いや、春姫って妄想系では?

 

「おおっとぉ!? これは却って新鮮!」

 

 ヴェルフが一瞬驚いた後に反応を見せるが、これは新鮮、というよりは……ただ他の面々が濃すぎただけな気もするが。

 

「何の変哲もない水着で、ごく普通に登場だぁ~ッ!!」

「清楚ですっ、清楚の塊ですっ。友達が勝手に応募しちゃったやつです!」

「恥ずかしいなら無理しなきゃいいのに」

 

 思わず、と言った様子でリューさんが声を上げる横で、レーネは若干冷めた様子で春姫を見ていた。

 おずおずと高座(ステージ)の前方にまで歩み出てきた春姫は、それでも体を見せようとはせずに腕と尻尾で隠す様に縮こまったまま動きを止めた。

 なんらかの行動(アクション)強調(アピール)をするでもない。清楚というか、恥ずかしがりやの反応だ。

 

「隠されれば隠される程、エロが強調されてます。これにはベルも驚き……」

「──────」

「目が釘付けでーすっ! まさかのこれで決まりかァーッ!?」 

 

 ヴェルフの言葉を聞いて、皆の視線がベルに集まった。

 真っ赤な顔で春姫に視線を釘付けにされたベルの姿が其処にあった。

 

『『異議有り!!』』

 

 次の瞬間、ヘスティア様とリリが同時にベルの視界を塞ぐ様に前に飛び出して騒ぎ出した。

 

「あざと過ぎますーッ!!」「狙い過ぎだよ春姫君ーッ!!」

 

 今日の『お前が言うな』は何度目ですか……? ちょっと自分の事を棚に上げすぎだと思います。特にリリ、キミもあざとい事していたじゃないですか。

 まあ、口にはしないけど。巻き込まれたく無いし。

 騒ぎ立てた二人はそのまま高座(ステージ)の端にしがみ付いて春姫を見上げて文句を零し始めた。

 

「ど、何処がいけなかったのでしょうか……」

「その態度が既にあざといですーッ!」

「そ、そんなつもりは……」

 

 困った様におろおろしだす春姫に二人がかりでケチつけていくヘスティア様&リリ。ちょっとイジメみたいになってるからやめてあげた方が良いと思うんだが……。

 

「ち、違います! 春姫殿はそこまで天然ド淫乱ではありませんッ!!」

「何処がですかっ!」「存在そのものが淫乱じゃないかっ!」

「そ、そんなぁ……」

 

 ミコトの援護射撃が春姫の背中を貫いた気がするんですが……はぁ。

 暫くは騒ぎは収まらんだろうなぁ、と溜息を零しているとレーネの呆れた様な呟きが響く。

 

「処女の癖に無理し過ぎだっての……はぁ~」

「……んぁ? あの子ってしょう……ぁー、【イシュタル・ファミリア】だったんだろ? それなのに、その、経験無しなのか?」

 

 後ろで聞いていたディンケが言葉を濁してレーネに問いかけると、リューさんも気になったのか彼女の話に耳を傾け始めた。

 というか俺も少し気にはなるんだが。娼婦やってた春姫が処女ってのはどうなん?

 

「ん、確かに春姫は娼婦だったけど、あの子はいわゆる高級娼館の中でもとびっきりの高額の娼婦だったんだよね。本当にごく一部、お金を奮発できる人しか入れない高級な所の子ね」

「はぁ……?」

「当たり前だけど、娼婦って商品だから傷付けたりされたら【イシュタル・ファミリア】が動く訳よ。まあ、春姫の場合はアイシャが主に動いてたかな」

 

 男性客を部屋に招き入れ、服を脱がせている途中で鎖骨を見て気絶する生娘。

 そのまま気絶した春姫を相手に事に及ぼうとする者も居ただろうに、と思ったが少し考えてみるとそれは無いな、と思う。

 というか、いきなり娼婦が気絶しましたーってなったらビビるだろ。ましてや【イシュタル・ファミリア】は都市有数の大派閥。下手に問題(トラブル)起こした日には報復がどうなるやら……。

 

「まあ、基本的に高級娼婦相手に下手な事すると()()()()()()()にされてたしねー」

「……待ってください。それはどういう意味ですか」

「え? だから、娼婦相手に乱暴な事したりした客は、縛り上げてフリュネの所に連れて行くんだよ」

 

 ………………。

 え? 娼婦に乱暴した男性客ってフリュネ(ヒキガエル)の餌にされてたん?

 それは……客も下手な事出来ないわなぁ。というか、それとは別に気になったんだが。

 

「春姫自身は自分が処女だと思っていないみたいですけど、どうしてです?」

「ん? ああ、客がお金置いて行ってたからじゃない?」

 

 気絶した春姫を見た客は、大変な事を起こしたと焦り慌てて金だけ置いて逃げ帰る事が多かったらしい。まあ、客側からすれば金は置いてくからヒキガエルの餌はやめてくれ、って感じではあるんだろうが……。

 

「春姫は楽で良いよねぇ。男の子連れ込んで気絶すればお金貰えるし。私なんか【ファミリア】の納金(ノルマ)でヒィヒィ言ってたのに」

 

 半ば死んだ目をしたレーネの言葉に、ディンケやイリス、リューさんが首を傾げた。

 

「いくらあの派閥とはいえ、そこまで厳しい金額じゃないだろ? それにLv.3ならダンジョンで稼げるだろうし」

「無理だよ。私達、えっと他派閥から強制的に改宗(コンバージョン)させられた子達っていうのは、下手に能力(ステイタス)を上げられて反抗されても面倒だからって事でダンジョンに行くの禁止されてたんだよね」

「あー……」

 

 下手に力を付けて反抗されても面倒。って、まあ納得は出来る。

 加えて、汚れ仕事を引き受けさせられている影響もあって、常に監視下におかれており下手な行動も出来ない。と……つまりダンジョンで稼ぐのは無理だった訳か。

 

「じゃあ、男と寝ればよかったんじゃない? 稼げるんでしょ?」

「私も最初はそうやって稼ごうと思ったんだけどねぇ? 私達が捕まえた客って必ずフリュネの所に連れて行かなきゃいけなくて、()()()()()されて壊れちゃうんだよねぇ」

「…………」

 

 娼婦として真っ当に稼ごうにも、他派閥から引き入れられた娘達と言う事でフリュネの嫌がらせ対象として命令がいくつか下されていた、と。

 一つ、男を捕まえたら、必ずフリュネの元へ連れて行くこと。

 二つ、フリュネが()()をした客しかとってはいけないこと。

 ……もうこの二つの時点で察したわ。客なんかとれねぇよ。

 

「え? じゃあどうしてたんだよ」

 

 冒険者としてダンジョンで稼ぐ事も出来ない。娼婦として男性客もとれない。他に稼ぐ方法はいくらでもあるだろうが、基本的に【ファミリア】の領域(テリトリー)からも出れない、と。

 それなのに納金(ノルマ)が定められており、常々苦労していたらしい。酷いな。

 

「うん、だから専用の娼婦として客をとってたよ」

「……? 客は【男殺し(アンドロクトノス)】が味見しちゃうから駄目って言ってなかった?」

「ああ、男はね、流石に()()()()()()()()()し」

 

 ────はぁ?

 

「意外と皆知らないかもだけど、結構女の子も娼婦を買いに来てたんだよね。そういった子達を対象(ターゲット)にすれば、一つ目の命令の穴を突けるんだよね」

 

 つまり……レーネってもしかしてなんだが……?

 

「女性専門で客をとる娼婦だった、と?」

「うん」

 

 恐る恐る質問したディンケが気まずげに視線を逸らし、レーネの隣に座っていたリューさんがすすーっと彼女から距離をとった。

 その様子を見たレーネが溜息交じりに弁明を述べる。

 

「はぁ……別に女の子が好きって訳じゃないよ」

 

 あ、ああ……あくまで『客』としてとってただけで、同性愛者(レズビアン)って訳ではないのか。うん、ほんのりと彼女から離れた分だけ元の距離に戻しておく。

 …………というか、ふと気づいたんだが、俺って初めて歓楽街に行った時、彼女に声かけられてるよな?

 

「……あの、レーネさん」

「どしたの、そんなに改まって」

「いや、一つ気になった、というか……レーネさん、歓楽街で私に声をかけてきたのって」

「ん? あー、あの時かぁ」

 

 少し考え込んだ後、ぽんと手の平を打った彼女は何処か懐かし気に目を細めて呟いた。

 

「いやぁ、あの日は情報屋の女神様が客として来てるって聞いて慌てて行ったんだけど他の娘にとられちゃってね。他に客いないかなぁ~って探してたら【リトル・ルーキー】を目当てに他の娼婦がどんどんいなくなってて、フリュネの目もないからいけるかなぁとか思ってたんだけどね」

 

 でも、命令には背けないから結局男の子じゃなくて女の子を客としてとらなくてはいけない。と考えながらうろついていると、慌てた様子で駆けていく小さく幼い少女の姿。

 歓楽街に子供なんか来るはずもなし。それで小人族だろうな、と当たりをつけ────。

 

「客としてとろうかな~って近づいたのはあるよね」

 

 ああ、予想通りだったよ。あの日、あのまま俺を助ける序に客として何処かの部屋に連れ込んで色々と()()()()しようとしていたらしい。

 

「興味あったら声かけてくれれば相手してあげるけど」

「遠慮しときます」

 

 止めてくれ。娼婦抱くのも、娼婦に抱かれるのも御免被る。

 きっぱりと断ると、レーネは気にした様子もなく肩を竦めた。

 

「しかし、歓楽街で、ですか……ミリアさん、欲求不満なのですか?」

「リューさん、誤解を生む発言は止めてくれませんかね」

 

 欲求不満どころか、欲求不明だよ。自分でもその辺りよくわかんないから放置してるってのに。

 リューさんの惚けた様な発言を捌いていると、ヘスティア様達の話し合いが一通り終わったのか、声がかかった。

 

「よしベル君、そろそろ決めたらどうだい?」

「え、あ……あの……」

 

 ベルの前にヘスティア様、リリ、春姫の三人が並び立って選択を迫りだす。

 

「羨ましいが、あの場に立ちたくないなぁ」

「誰か一人を選べば角が立ち、三人全員選べば地獄が待っている」

「どっちも地獄じゃないですか、それ……?」

 

 ディンケ、エリウッド、メルヴィスの三人の呆れた様な傍観者の声が響く中、ヘスティア様達はずいずい、とベルに迫っていく。

 

「優勝はこのボクなんだろう?」

「リリですよね。ベル様」

「もしよければ(わたくし)を」

「いいや、ボクだ!」

「あ、私でも良いよー!」

「サイア、止めとけ火傷すんぞ」

 

 燃え滾る溶岩に飛び込む様にサイアが手を上げるのをフィアがそれとなく止めるさ中も、ヘスティア様達がじりじりとベルに距離を詰めていく。

 

「ほぉらベル君、ボクが一番だろ」

「リリを選んでいただければあーんな事やこーんな事だって」

「わ、(わたくし)も、せ、先輩方に教えて頂いたご奉仕を……」

 

 どんどん過激化(エスカレート)していく強調(アピール)にベルが完全に引き気味となっているのだが。

 

「あー、えっと、じゃあ、皆素敵でしたから────」

「こんな時、皆が一番です。なんて優柔不断な事を言うとシラけますよ」

「うぐっ……」

 

 優柔不断な回答で誤魔化そうとしたベルにリューさんがしれっと耳打ちをかます。

 至極真っ当な事を言ってはいるのだが、優柔不断な少年の背中をぶっ刺す真似は止めた方が良いと思うんだがね。もしもベルが返答に困るなら俺とかフィアとかサイアでも良いんだぞ。────俺は無いな。

 

「さぁ、いよいよ運命の瞬間です。今日一日、ベルを独占できるのは一体誰なのかぁ~~ッ!!」

 

 追い詰められたベルを更に崖っぷちから突き落とさんとヴェルフが場を盛り上げ始めた所で、悲鳴が響いた。

 

「キュッ、キュィィイイイイイイイイイイイイイイッ!?」

 

 甲高く響くキューイの悲鳴に場が凍り付く。

 響いた場所は高座(ステージ)の脇幕の奥。大会参加者の待機場所から聞こえた。

 

「今のはっ」

「誰の声? 全員この場に居るよね」

 

 一瞬の内に立ち上がったリューさんが木刀を構え、レーネが何処からか取り出した鞭を揺らす。

 遅れて立ち上がろうとした所で、岩陰からキューイが飛び出してくる。

 乱れた、というか上半身の水着が外れかけた状態のまま、涙目で助けを求める姿に警戒していたリューさんとレーネの二人が目を真ん丸に見開いて硬直する。

 他の面々も痴態を晒しながら現れたキューイの姿に唖然として反応は遅れた。

 

「キュ、キュイキュイキュ────キュギュッ!?」

 

 飛び出し、此方に助けを求める様に手を差し出していたキューイの体が砲弾の様に吹き飛ぶ。というか俺達の頭を飛び越えてぶっ飛んでいった。

 何事だよ。いや、本当に何があったし。

 ズンッ、ゴロゴロー、と砂浜に着弾して砂埃が立ち昇った。

 

「な、今の……」

「待って、今の変な翼とか尻尾とか、いやそれより……でも、なんで?」

 

 困惑して目を白黒させる面々。ついでに俺も状況が理解できない。意味がわからない。

 もしや高座(ステージ)の方から敵が近づいてきているのか、と森の奥を見やるが何も来ない。リューさんやレーネも警戒しながら森の奥を見据えていると────背後の砂浜からごそごそと音が響く。

 キューイが起き上がった音かと思えば、キューイの鳴き声が響く。

 

「キュイッ! キュッ、キュイキュイッ!?」

 

 はなせ! た、助けてぇ!? という情けない叫びに思わず振り返る。

 立ち昇っていた砂煙が徐々に晴れていくさ中、砂煙の向こう側から声が響く。

 

「かわいいデース! この(はね)はどう動いてるですカー!」

「キュッ、キュィイイイッ!?」

 

 ──────いや、声には聞き覚えがあるような無いような。

 語調(イントネーション)に違和感を覚えるが、声そのものは聞いた事がある様なモノだ。というか、俺の耳がおかしくなっていなければ、アイズ・ヴァレンシュタインの声の様な……?

 

「あれ、この声……」

「うん? 聞いた事ある声だが……?」

 

 ベルとフィアが眉を顰める中、砂煙が晴れた先に居たのは……。

 

「キュイッ!」

「オーウ、暴れないでくだサーイ!」

 

 金髪竜人幼女を砂浜に押し倒している【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインの姿があった。

 上半身はチェストプレートのみ。下半身は一応水着のようだが……頭に不自然な丸い半球状のモノが乗せてある。そんな恰好のアイズさんが素っ頓狂な語調(イントネーション)と、似合わない笑顔でキューイの体をぺたぺたと触って弄繰り回している光景はとてもではないが信じられない。

 

「──────アイズさん?」

「な・な・なんとォ~~ッ!! 優勝は伏兵、【剣姫】ィイイイイイッ!!」

『『『エェッ!?』』』

 

 ベルがアイズさんの名を呟くと同時、思考停止していたヴェルフが即座に反応して叫び出した。

 それにつられてヘスティア様達が驚愕して活動を再開する。というか、あまりにも唐突な出来事過ぎて頭が回ってないだろ、全員。

 

「意外な人物の名が飛び出したァー!!」

「こんなの無効だよ! アレ水着じゃないしー!」

「でも、ベルが決めてますし」

 

 駄目だ、ヘスティア様達が役に立たない。俺もどう動くべきか迷っていると、ベルが駆け足でアイズさんとキューイの元へ近こうとして────動きを止めた。

 暴れ過ぎて上半身の水着が吹っ飛んだキューイと、暴れるキューイを抑え込もうとして上半身を守っていたチェストプレートが吹き飛んで、二人とも上半身裸でいちゃこらしているのだ。其処にベルが足を踏み入れるのは厳しいだろう。

 というか大慌てで二人に背を向けて鼻を抑えていた。

 

「……えっと、リューさん、レーネさん。あの竜の娘については後で一杯説明しますんで、少し待ってくれませんかね」

「…………え、ええ構いません。というかコレは夢ではないのでしょうか?」

「うーぅー……ほっぺ抓ったら凄く痛いんだけど。最近の夢って痛覚じゃ判断できないんだね」

 

 ああ、戦力になりそうなリューさんはもうだめだし、常識人枠だったレーネも完全に駄目だこれ。

 仕方が無いので代表して二人の下へ近づいていく。その途中、落ちていたキューイの上半身用の水着を拾いつつ、ベルの横を通り過ぎて二人の間近に近づいた。

 

「えっと、こんにちは~……?」

「…………」

「キュイッ!!」

 

 ぴたりと動きを止めてこちらを真ん丸な瞳で此方を見上げた。その下で抑え込まれているキューイが助けて、と呟くのを聞き流していると────。

 

「ハーイッ、私の名前はアイズ・ヴァレンシュタイン、デースッ! テヘッ」

 

 にへらとアイズさんが破顔して似合わない満面の笑みを浮かべ、どこかズレた語調(イントネーション)で挨拶をかましてきた。

 なんといいますか、此処まで似合わない笑顔というのも珍しいというかなんというか……。

 

「あー、えっと、ハーイ、ミリア・ノースリス……デス」

「ミリアって言うのデスか! この子と似ていますネー!」

「キュッ、キュッ!」

 

 無遠慮にベタベタとキューイの体を触っていき、キューイが身を捩って逃げようとするが第一級冒険者パワーの前に無力。抜け出す事も出来ずに藻掻く事しかできない。

 

「あー、まあ、その……」

 

 ナニコレ、ねぇナニコレ?

 アイズさんだよね? 少なくとも容姿はアイズさんなんだけど。

 というか胸が丸出しなんだけど。キューイもアイズさんも、どっちも丸出しポロリなんだけど。何? 水着大会の『~ポロリもあるよ~』ってコレの事?

 ……頭痛い。お腹も痛くなってきた。ナニコレ、バカンスじゃねぇの? 何が起きてんの?

 

「…………アイズさん、とりあえず上、隠してください。後、その子放してやってくれませんか」

 

 後、キューイの事をリューさんとレーネにどう話そうかずっと模擬訓練(シミュレーション)してた俺の苦労返して!




 あぁ……きてしまった。地獄の始まりが……。

 『こんなのアイズさんじゃない』って思った方へ、彼女は『OVAアイズさん』とでも思ってください。すっごい笑顔で『デース』とか語調が変ですが、アイズさんです。

 もうね、この時点で嫌な予感がするよね。ダンジョン温泉回は良かったのになぁ……。



 OVAⅢってどうなるんですかね(現実逃避)
 流石にⅡより酷くはならないと思いたいですけど……そもそも出るのかな。

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