魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一九一話

 眩しい日差しが降り注ぐ砂浜。真っ白な砂地は日の光を照り返して輝いて見える。押し寄せては引いていく細波の音色は心地よく、青く透き通った海は何処までも続いていき、視線を上げていけば果てに空と海の境界が見て取れる。

 その風景に混じる異物の存在さえなければ、いつまでも見ていられるその光景を見やる。

 浅瀬となっている砂地に居たナマコを木の棒で突きまわしているアイズ・ヴァレンシュタインと、その後ろを付いて回るベルの姿があった。

 

「────簡単な検査をしましたが、【剣姫】は自分の名前以外、一切の記憶を失っている様子です」

「記憶喪失って事か……」

「あの見るからに似合わない笑顔もその所為で……」

 

 野営地として設営した簡易天幕の元に集まって額を突き合わせて全員で此度の異常事態についての話し合いを行っていた。

 

「きっと何かの最中に頭を打ったのでしょう。あの瘤が証拠です」

「今時、あんなたん瘤って出来るんだな」

「流石はユージン島ですね」

 

 リューさんが指差したのはアイズさんの頭の上にある白い瘤の様なモノ。ヴェルフが真顔で突っ込みを入れているが、そもそもあれは『たん瘤』と称していいのだろうか? そして春姫は何が『流石はユージン島』なのかね。

 普通に頭が痛い状況だ。明確な原因が不明なのだ。

 ふとベルとアイズさんの方に視線を向けると、アイズさんがベルに木の枝に突き刺したナマコを差し出していた。

 

「見てくだサイ。ナマーコ」

「うげっ……」

「あははー、キモイデース!」

 

 ぽいっ、とナマコを放り出したアイズさんがおもむろに立ち上がると、ベルの手を取って引っ張っていく。

 

「キミも一緒にヤリまショー!」

「えっ、あの、アイズさん生き物で遊ぶのは……」

 

 ふと、アイズさんの上半身を守っていたチェストプレートがポロリと落ちる。ぱしゃんと水飛沫を立てて落ちたそれをボケっと見るアイズさんと、完全に表情を強張らせて目の前で揺れる無防備な胸を見たベルが無言で落ちたソレを拾い上げてアイズさんを見ない様にしながら差し出していた。

 

「エルフ君、なんとかならないのかい?」

「早く【剣姫】様の記憶を取り戻さないと【ファミリア】の力関係にも影響してくるでしょう」

「治す方法はただ一つ。例の幻の薬草『ナンニデーモ菊』しかありません。あれさえあればなんでも治るはずです」

 

 真顔のリューさんの言葉にヴェルフとリリが若干疑わし気な表情を浮かべる。

 ヘスティア様は考え込み始め、レーネが大きく首を傾げていた。

 

「んー? 『ナンニデーモ菊』……? どこかで聞いた気が……なんだっけなぁ」

「とりあえず、【剣姫】がこの島に居るという事は【ロキ・ファミリア】の本隊もこの島に居ると判断しても良いと思います」

「確かに、いくら第一級冒険者でも単独で無人島に来るのは考え辛いです」

 

 島の地図を取り出して皆に見せる。

 それなりの大きさのこの島には、複数の上陸地点が存在していた。

 一つは俺達【ヘスティア・ファミリア】が上陸した砂浜。もう一つは島の反対側、森を抜けた先にある場所。他の個所は切り立った崖や岩場等で上陸には適さない。

 

「一応、可能性としてはこのもう一つの上陸地点に【ロキ・ファミリア】が居る可能性はゼロじゃないかと」

「ふぅむ、確かに。でしたら班をいくつかに分けるのはどうでしょう?」

 

 一つはこの野営地にて待機。

 一つは『ナンニデーモ菊』の捜索。

 一つは島の反対側の調査。

 

「ふぅむ、ならLv.1の非戦闘員はこの場待機が良いだろうな」

「リリと春姫様、それにヘスティア様ですか。後はレーネ様も待機ですかね」

「捜索隊はエルフ君を筆頭にベル君とヴェルフ君、ミコト君、サイア君で」

「じゃあ調査の方には私と、ディンケさん、エリウッドさん、メルヴィスさん、フィアさん、イリスさんの六人で」

 

 キューイは待機組に編成。異常発生時には即座に声をかけてくれ。アイズさんの餌食にならない様に隠れてるのは別に構わんから。

 

「キュイ……」

 

 草臥れてしなびた様子のキューイがどんよりとした空気を纏って簡易天幕の隅っこで膝を抱えながら返事を返す。

 リューさんとレーネの二人には一応、納得はして貰ったので大丈夫だろう。

 

「では、各自単独行動は絶対に避けて二人一組で行動する事を念頭に置く事」

 

 こういった場合の単独行動はただのフラグだからな。

 

 

 

 

 

 水着のまま森に入るのは流石に危ないのでいつものローブに着替え直してからの出発。

 此度の目的は島の反対側の上陸地点の確認。少なくとも、【ロキ・ファミリア】か、彼の派閥に依頼を出して【剣姫】が派遣される程度に親しい派閥が居るはずだ。

 先頭には鉈を持ったディンケ。その後ろにメルヴィス、俺、フィア、エリウッド、イリスと続いている。

 ディンケが草木に埋もれかけた獣道を鉈で切り開き、それに続いていた。

 

「それにしてもそこらに生えてる草木の殆どが薬草とはな」

「これも、これも、こっちのこれもそうですね。まさに『薬草の宝庫』という言葉に偽り無しです」

「ふぅん、どれも同じ雑草にしか見えないけどねぇ」

 

 感心した様なエリウッドとメルヴィスの言葉に、イリスさんが肩を竦めて最後尾で呟く。

 まあ、知識の無い者からすれば薬草も雑草も同じモノだろう。物の価値というのは総じてその物への知識と理解が無ければ生じない代物だから仕方が無いだろう。

 

「んで、後どれぐらいかかりそうだ?」

「島の中央部の山の麓を大回りしてるので、そうですね……後四半刻程でしょうか」

 

 地図上では島の反対側まで冒険者の足であればほぼ半刻程度で着くぐらいの距離なのだが、島の中央部に山があるのでそのまま突っ切るのは流石に不可能。そのため、山の麓に沿って進んでいるが、今の所は順調だ。

 

「そういえば、さっきから変に曲がりくねった道を進んでないか? 何かあるのか?」

「あー、なんかギルド指定の進入禁止区がいくつかあるんですよ。要するに採取禁止期間区域ですね」

 

 常に同じところの薬草ばかりとっていれば、そこだけ植生が変わってしまう。だからこそ、一定期間毎に区域別に分けて採取許可を出す事でこの島全体の植生に悪影響が出ない様にかなり気を使っているらしい。

 そのためか、島の中央部には数多くの進入禁止区が存在する。

 ぶっちゃけ、地図をしっかりと確認しておかないと知らぬうちに迷い込みそうなのが困りどころだ。

 

「緊急時なんだし突っ切っちゃ不味いのか?」

「今【ヘスティア・ファミリア】はギルドから睨まれてますからね。理由があったとしても文句を言われる可能性はゼロじゃないんで極力、違反になりかねない行為は避けたいんですよ」

 

 本当に面倒な事だ。ギルドが口うるさくさえなければ、禁止区を突っ切ってでも真っ直ぐ進んでやるのに。

 とはいえ、文句を言っても始まらない。禁止区を避ける程度ならば遅れは多く見積もっても二、三十分で済むだろうし。

 鉈で枝草を切り払う音を聞きながら、時折方向指示だけをして進んで行く。

 空気は澄み渡っているとは言い難く、分厚い木々の天上から僅かに差し込む木漏れ日だけが光源となっている鬱蒼と生い茂る森林は、昼間だというのに何処か薄暗い。それに加えて濃密な草木と湿り気を帯びた土の香りが混ざり合って、不愉快ではないがなんとも言い難い空気に満ちている。

 自然と口数が少なくなる中、ふとメルヴィスが声を上げた。

 

「……あの」

「どうした?」

「何か、この森、変じゃないですか」

 

 どこか変だ、と曖昧な言葉を放ったエルフの言葉を聞いた皆が足を止める。

 枝草を切り払う音や足音等が途絶え、僅かに駆け抜ける風によって揺れる草木の音のみが場を包み込んだ。自身の息遣いすら聞こえそうな程の森の静寂に包まれ、イリスが肩を竦めた。

 

「気のせいじゃない?」

「いえ、ですが……何かおかしい気がします」

「……同感だ。この森は何かおかしい」

 

 言い知れぬ違和感を感じたらしいメルヴィスに同意する様に、エリウッドが声を上げた。

 俺も耳を澄ましてみるが、聞こえるのは木々の擦れ合う音と自分たちの呼吸音ぐらいで────待て。

 

「待ってください。一つ聞きたいんですが、此処に来るまでに野鳥や野生生物の類ってみました?」

「っ、それです! この森、生物が居なさすぎなんです」

「確かに、虫一匹見てないぞ」

 

 気付いてしまえば途端に森の静寂が恐ろしいモノに聞こえてくる。

 本来あるべき森の生命たちの息遣いが存在しない。野鳥の鳴き声も、野生動物が息を殺す静寂も、何も無い。この森には生命感が感じられなかった。

 ダンジョンですらモンスター達の息遣いに満ちているというのに、この森は不自然だ。視線を彷徨わせれば何処かしこに薬草として知られる植物が生い茂る島。だが、生き物がさっぱりいない。

 

「……戻るか?」

「いえ、進みましょう。後十分もすれば目的地ですから」

 

 より一層、警戒を深めながら、俺達は更に進んで行く。

 それから数分もすると、木々の間隔が徐々に広がっていくのが確認できた。

 昼間だというのに薄暗かった森を抜け、十分な木漏れ日が差し込む明るい森に出た当たりで、フィアさんが何かに気付いた様子で鼻を鳴らした。

 

「ん……この匂いは、肉か?」

「肉? 獣か?」

 

 野生動物が仕留めた獲物の匂いか、とエリウッドが問うと、同じく鼻を鳴らしたディンケが肩を竦めた。

 

「いや、肉を焼く臭いだな。後、火の匂いもする」

 

 先ほどまでホラーゲームにありがちな薄暗い森を進んできたからか、『肉を焼く臭い』と言われて思わず恐ろしい想像を巡らせてしまう。まさか、まさかな?

 

「それはホラー的な匂いですか?」

「んだよ、ホラー的な匂いって……普通にバーベキューの匂いだな。しっかりと血抜きした普通の肉の焼ける匂いだ」

「もしかしてあれですかね」

 

 フィアの言葉を聞いてメルヴィスが風上方面に目を凝らし、見つけたのは立ち昇る煙。

 火を扱っていれば必ず出るその煙が複数確認できた。方角は丁度目的地の方向だ。

 

「ああ、よかった。人はいるみたいだな」

「どの派閥かまでは不明ですがね。行きましょうか」

 

 ああ、安心した。人が居るのであれば一安心だ。

 この状況について話し合いを行って、解決策を見つけ出すか何かしなくては。

 先までの沈んでいた空気が嘘の様に張り切り、皆して駆け足気味にその煙が立ち上る野営地らしき地点に向かっていく。

 視界が開けた先には複数の天幕。

 海岸から少し離れた岩場、丁度切り立った岩が天然の防壁として機能しそうな間に無数の天幕が設営されていた。

 

「おい、あのエンブレム」

「間違いないですね。『笑う道化師』、【ロキ・ファミリア】です」

 

 一際大きな天幕に掲げられた徽章。揺れる旗印に描かれていたのは『笑う道化師』のエンブレム。

 間違いない【ロキ・ファミリア】の野営地だ。

 中心部からバーベキューの煙が立ち上っているらしく、姦しい喧騒が聞こえてくる。

 

「楽しそう、だな」

「おいおい、【剣姫】が大変な事になってんのに、呑気なことで」

 

 野営地入り口にまで近づいた所で、眉間に皺を寄せたフィアが立ち止まる。

 

「待て、変だ」

「どうしました?」

「いくらなんでも見張りを一人も立てずに騒ぐのはおかしい」

 

 フィアの言葉を聞いたイリスの目付きが鋭くなり、全員が足を止めた。

 フィアの言う通りだ、彼の【ロキ・ファミリア】が見張りを一人も立てないのは不自然と言えば不自然だ。無人島だから、と理由は考えられなくはない。しかし元【ロキ・ファミリア】のフィアやイリス、メルヴィスがそう感じるのならば間違いなく不自然だ。

 

「どういう事でしょう」

「……なあ、これ」

「おい、その槍は」

 

 入り口横の岩の所に転がっていたらしい槍を拾い上げたディンケの言葉に、違和感は更に増した。

 いくらなんでも武器を其処らに転がしておくような真似はしないだろうし、フィンや幹部達はそれを許さないはずだ。

 未だに野営地中心部は視認できないが、嫌な予感がしてきている。

 

「……行きましょう」

 

 息を呑んでから、足音を抑えめにして野営地の中へと侵入していく。

 入り口付近の天幕はもぬけの殻となっており、奥の方にある数個の天幕からは寝息が聞こえてくる。そして、野営地の奥まった所に人が集まっていた。

 中心部には島の反対側、俺達が利用していたのと同じ岩で構築された高座(ステージ)らしきものがあり、その周囲には砂岩煉瓦で組まれた複数の炉。炉それぞれに5~6人が座れるこれまた砂岩煉瓦で組まれた椅子。

 炉には火が焚かれており、金属串で貫かれた肉や野菜が並べられて焼かれている。

 

『バーベキュー♪ バーベキュー♪』

『大きい肉入りマース!』

『大きい肉焼きマース!』

『大きい肉食べマース!』

 

 全員がノリノリで同じ言葉を呟きながら肉を焼き、食らい付く。というか、あそこで肉に食らい付いているのは【凶狼(ヴァナルガンド)】では?

 

『大きい肉美味しいデース!』

 

 ────誰だあれ?

 離れた位置からその様子を見ていた俺達は完全に凍り付いていた。

 まるで酔っ払っているかのように全員が素っ頓狂な語調(イントネーション)でデースマースと口にしている。

 

「酔って……る? いや、酒の匂いがしねぇ」

「嘘ですよね。あれって団長ですか……?」

 

 騒ぎ立てる者達に囲まれた高座(ステージ)の上に居た。

 【ロキ・ファミリア】団長【勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナが。

 

『ナマーコ!』

『WOW! ナマーコ!』

 

 高座(ステージ)上で海パンにシャツを着たフィンが長めの木の棒の先端にナマコらしきものをぶっ刺したモノを神々しく掲げ、高らかに叫ぶ。すると観客となっていた者達が一斉に叫び出す。

 その観客の最前列には【怒蛇(ヨルムガンド)】の姿がある。

 そして、よくよく見てみるとバーベキューの一角には【大切断(アマゾン)】が両手に串を持って肉をカッ喰らっていた。

 

「……なんですかこれ、新手の宗教か何かですか?」

「副団長、気を確かにもて」

 

 オーウ、ワーオ、アタマオカシイデース。

 ……俺は何か思い違いをしていたのかもしれない。

 【剣姫】がおかしくなった、のではない。【ロキ・ファミリア】がおかしくなっていたのだ。

 何よりもそれを決定づける証拠として、彼等の頭には共通して白い瘤の様なモノが生えているのだから。

 

「どうします、一旦戻りますか」

「この状態の皆を放っておくのは……正直、気が引けます」

「とはいえ、治療法がわからない事には……」

 

 困惑して顔を見合わせる俺達だったが、ふいに背後から小声で囁きかけられる。

 

「あのー」

「ん? ……ラウルさん?」

「あ、もしかして話が通じたりします?」

 

 岩と同じ柄の布地で体を覆い、頭だけちょこんとだして此方を伺う【超凡夫(ハイ・ノービス)】ラウル・ノールドの姿が其処にああった。

 

 

 

 

 

 ラウルさんに連れられてきたのは【ロキ・ファミリア】の野営地から少し離れた地点にある洞穴だった。

 

「いやぁ、よかったっす。皆おかしくなっちゃって困ってたんすよ!」

 

 泣きそうな表情でそうぼやく彼が案内した洞窟には数人の冒険者の姿がある。

 

「ちょっとラウル、泣かないでよ」

「泣いてないっすよ」

 

 肩を竦めるのは【貴猫(アルシャー)】アナキティ・オータムだ。

 よくよく見てみればこの場に居るのは第二軍の面々だった。

 

「お久しぶりです。アキさん」

「久しぶり。フィアもイリスも、元気そうで何よりだわ」

 

 気さくに挨拶を交わす彼女らを他所に、項垂れた様子のラウルさんに問いかける。

 

「あの、何があったんですか? こっちはアイズさんを発見して……えっと、発見した時にはあの状態といいますか」

「あ、アイズさんもあの状態なんすか……そんなぁ……」

 

 アイズさんの話を聞いた途端、ラウルさんは更に項垂れてしまう。かなり消耗しているのがぐったりしている。他の面々も同様に疲労がたまっている様子であり、唯一アナキティさんだけは背筋を伸ばして腕組をしていた。

 

「えっと、アナキティさん。話を聞いても?」

「ええ、そうね。アイズさんはそっちで保護してくれているって事で良いのよね? それで、団長達と同じ症状である。と」

「そうなりますね」

 

 此方からの簡易な事情説明。

 砂浜ではしゃいでいたら様子のおかしい【剣姫】が現れたため、島の反対側に位置するこの場所の調査に訪れた事を告げると、アキさんは困った様に眉根を寄せて事情を説明してくれた。

 

「まず、あの症状が出たのはベートさんだったわ」

「……ベートさんが?」

 

 【ロキ・ファミリア】は【ディアンケヒト・ファミリア】の依頼でこの島を訪れており、薬草採取の前に神ロキが『水着大会やー!』とテンションアゲアゲで女性陣に水着を着る様に強要。

 男性陣もノリノリで準備を進めていくさ中、ベートさんは興味なさげに振る舞いながら森を見てくる、と一人で探索に出かけたらしい。

 んで、戻ってきたらあの状態だった、と。リヴェリア様の診断曰く『寄生状態』であり、あの頭の上にある瘤の正体はキノコなのだという。

 ただ、問題はその状態を治療する方法が全くの不明であったらしい。

 

「それでロキが『ナンニデーモ菊』なら治せるはずや! って言って全員で捜索することにしたんだけど……」

 

 捜索途中で幾人かが行方不明になったらしい。その一人がアイズさんであった、と。

 事を重く見たフィンが流石に自分も動こう、と捜索隊を結成して四人一組で動く様に指示を出し、自らも捜索に加わった。

 その後、ラウルさん、アナキティさん達は一つの班として海岸線を捜索していたが何も見つけられずじまい。捜索を一時中断して野営地に戻ってみればあの様だった、と。

 

「私達が野営地を離れている間に、あんなふうになってて」

「……他の生存者は?」

「見ての通り、二つの班だけ。貴方達が来るまで他には誰も……」

 

 この場に居る八人だけが感染を免れた、と。もしかしたら感染する系統なのかもしれない、との事で少し離れた地点で救援を待っていたらしい。

 ヘスティア様達にも感染している可能性があるのか? だとするならばすぐに戻らなくては。

 

「【ロキ・ファミリア】の迎えはいつに?」

「二日後よ」

 

 俺達と同じか……。

 

「……第一級冒険者にすら寄生するキノコってなんだよ」

「というか、神ロキは?」

「…………ロキも、感染済み」

 

 ────神にすら感染するのか。

 おい、この島なんなんだ? 薬草の宝庫、だけじゃ説明が付かないだろ。

 

「……とりあえず、私達は一度自分達の野営地に戻りますが、貴方達はどうしますか?」

「団長達を放置は出来ない。でも……」

「でしたら、自分達が。ラウルさん達は【ヘスティア・ファミリア】に同行して貰っても構いません」

「でも、うーん」

 

 この場に残り寄生された【ロキ・ファミリア】の面々を監視する約目に六名。俺達に同行して【ヘスティア・ファミリア】の野営地に行くのはラウルさんとアナキティさんの二人のみ。

 

「団長、皆……俺、皆を元に戻してみせるっす」

「……行きましょう、ラウル」

 

 固い決意を抱いた二人を加え、俺達は来た道を戻り始めた。

 

 

 

 

 

 それは、【ロキ・ファミリア】の野営地を後にしてから数分後の出来事だったと思う。

 来た時と変わらぬ鬱蒼とした森林を歩んでいるさ中の事だった。ガサガサ、と木の葉が擦れる音が不気味に響き渡った。

 

「待て、なんか居る」

「何すか」

 

 真っ先に反応したのはLv.4の二人。即座に剣を抜いて警戒姿勢をとった二人が左右に展開し、遅れて他の面々が反応して各々の武器を構える。

 薄暗く視界の悪い森の中、各自が警戒をしている中────ガサリッ、と頭上の天幕が大きく揺れた。

 

「っ……上!」

「危ないっす!」

 

 ラウルさんの叫びに反応して急ぎその場を離れようとするが、遅い。

 頭上の枝葉を押し退けながら落ちてきたのは巨大な白い影。真ん丸に不気味に開いた穴が、俺の頭上から丸呑みにせんと襲い掛かってきた。

 回避が間に合わないか、と魔法を向けるにも遅い。そんな絶妙な奇襲を前に、突然腕を掴まれる。

 掴んだのはラウル・ノールド。ギリギリの所で俺を攻撃範囲外へと引っ張り出した彼は剣を構えて距離をとった。

 

「大丈夫っすか!」

「助かりました」

「おい、なんだこいつ!」

「……でっかい、キノコ?」

 

 礼を言う間にも、隊列中央に堕ちてきたそれは短く小さな手足でゆっくりと起き上がる。

 巨大な笠に太い柄、まるで絵に書いた様にデフォルメされた様な見た目のキノコの怪物だった。ただ、不気味な事にそのキノコには目や鼻は無い。口の様な真ん丸な穴が大きくなったり小さくなったり、とまるで嚥下する様に脈動しているだけだ。

 

「もしかして、団長達がおかしくなったのはこいつらの所為?」

「俺達、全員海岸線の調査をしていたから森に入ってなかった。だからこいつと出会わなかったのか!」

「来た時にはこんなやつ見てないぞ!?」

 

 行きと同じ道を辿っていたはずだが、行きにはこの化け物を見なかった。何か理由があるのか……それに、こんなモンスターが居るなんてギルドの情報にも無かった。

 いや、そういったもろもろは後だ、まずはこの怪物を撃退するなりしなくてはいけない。

 

「全員気を付けて、どんな方法で寄生させてくるかわからないわ!」

「俺が行くっす」

 

 真っ先に斬りかかったのはラウルさんだった。

 短い手足で鈍重に動くキノコのモンスターに一気に斬りかかる。大きく振りかぶられた剣はその身に直撃し────ぽよんっ、と柔軟な体に跳ね返された。

 

「ぬぁっ!? 斬れないっす」

「ラウル! 斬撃が効かない? 打撃も効き目が薄そうね……」

「でしたら私が、【ピストル・マジック】【リロード】【ファイア】!」

 

 素早く詠唱し、放たれた魔弾がそのキノコの柄の部分に直撃────貫通どころか、ぽよんっ、と体表を波立たせただけで魔弾は防がれた。

 

「魔法も効かない!? っていうか何なのあのキノコッ!?」

「動きは鈍そうだぞ、逃げちまうのがいいんじゃねえのか?」

 

 フィアの提案の通り、この場は逃げるのが良さそうだ────同意できる。出来るのだが。

 

「フィンさんも同じ考えに至るはず。なのに、全員が寄生されてた……」

 

 第一級冒険者ですら敵わなかった。その時点で察する事も出来るのだが、このキノコのモンスターは俺達の手に負えない。

 だが、逃げるだけならその鈍重な動きから簡単そうに感じるというのは不自然だ。何せ、第一級冒険者ですら逃げられた前例が無いのだから。

 違和感がぬぐいきれない。かといってこのまま手をこまねくのも違うか。

 

「全員、撤退しましょう」

「そうね、いまは【魔銃使い】のいう通りにするべきだわ。ラウル!」

「わかってる! ディンケさんとエリウッドさん、ついてきてくださいっす!」

 

 ラウルさんが瞬時にキノコの怪物を打つ。斬るのではなく、打ち上げて転がす形で。

 短い手足も相まって、見事に転げた怪物を見やりつつも全員で転進。先頭のディンケが鉈で道を作るさ中、追い抜いたアナキティさんが剣を振るって倍以上の速度で道を抉じ開けていく。

 

「こっち、遅れないでね」

「──アキッ!」

 

 先頭を行っていたアナキティさんの頭上の木々が揺れ、先の怪物が降ってくる。

 ラウルさんの放った言葉に反応した彼女は即座に頭上から落ちてくるキノコの怪物を打ち払った。瞬間。

 ボフンッ、とそのキノコが爆ぜる。

 

「なっ!? ゲホゲホッ、これは……」

 

 降り注いだのは大量の煙────いや、胞子かッ!?

 その粉塵は丁度真下にいたアナキティさんを包み込み、一瞬だけ俺達の視界から彼女の姿を消す。

 だが、不思議なことにその粉塵は数秒もすればきれいさっぱり消えてしまう。まるでモンスターの灰の様だが、それとは別物に見えた。

 

「アキ、大丈夫っすか!」

「………………」

「アキ? アキ、どうしたっすか!」

 

 ふらふら、とアナキティさんがよろめいて膝を突いた。

 後ろを振り返ると、転倒させていたキノコの怪物がゆっくりと起き上がっている光景が目に映る。いや、それだけじゃない、無数のキノコの怪物が森の木々の間に揺らめいているのが見えた。

 

「不味いですよ副団長、囲まれます」

「アキさんを連れて行きましょ」

 

 イリスさんが手早くアナキティさんに肩を貸し、ディンケとエリウッドが先導して進もうとするが。

 ああ、嫌な予感は的中していそうな気がする。

 イリスに肩を貸されたアナキティさんの頭ににゅっと白い瘤が出てきた。それを見て、全員が表情を強張らせる。

 

「ア、アキ? 嘘っすよね? アキ、その……頭の上の……」

 

 イリスさんがそっとアナキティさんから離れる。ぺたんと座り込んだ彼女を前にし、ラウルが震える声で問いかけた。すると、彼女はぱっと顔を上げた。

 満面の笑みを浮かべた、アナキティ・オータムがラウルさんの顔を見て、言い放つ。

 

「私の名前はアナキティ・オータムデース!」

「う、うわぁああああああっ!? アキまでおかしくなっちゃったっす!?」

 

 ラウルさんが悲鳴を上げる間にも、無数のキノコの怪物がじりじりと距離を詰めてくる。このままだと囲まれてしまう。

 

「っ、全員、アキさんを担いででも行きますよ!」

「……いや、皆そのまま走るっす」

「ラウルさん」

 

 何処か諦めた表情をしたラウル・ノールドが剣を握り締め、足を震わせながら呟く。

 

「俺が道を切り開くっす」

「でも」

「もう囲まれてるっすよ」

 

 彼に言われて周囲を見回し、気付いた。木の上からぼとっ、ぼとっ、とキノコの怪物が落ちてきている。

 周囲一帯には大小様々なキノコの怪物が蠢いていた。小さいモノは俺の腰ほどの大きさ、大きいモノは成人男性すら丸呑みにしそうな程に大きい。

 この怪物のどれもが同じ性質────撒き散らされた胞子を吸っただけで寄生される。という特性を持っていたのなら、不味い。

 

「足手纏いを連れて行く余裕はないっす。アキは俺がなんとかするから、皆は行って欲しいっす」

「ラウルさん……」

「こう見えても、俺、第二級冒険者っすから」

「ラウル、キモイデース!」

 

 横でニコニコ笑顔でアナキティさんが呟く。その言葉にラウルさんは僅かに涙を零し、それでも剣を構えた。

 

「切り開くから、皆は行くっす」

「……わかりました」

 

 ここで全滅するよりはマシか。

 少なくとも、フィン達を見る限り、寄生された後即座に殺されるわけではないはずだ。

 だから、彼等を置いて行っても問題は、無いと思いたい。

 

「ご武運を」




 頭をキノコに侵食されている気がしてならない。

 私はタケノコ派だというのに()




 コラボ募集しますぁー。したい方はTwitterの方に連絡をぉー。
 キノコに侵食され過ぎてきついから気分転換したいです。

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