魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
────どうしてこうなった。
俺達はただミアハ様からの依頼で『ユージン島』に訪れていただけだというのに……何故。
何故、キノコに寄生された皆が別人の様に変貌を遂げた様を見せ付けられているのだろうか?細波の音に混じり響き渡る姦しい声。肉を焼く音と香ばしい匂いも漂わせ、楽し気に肉に食らい付く姿から視線を外す。
頭を突き合わせて天幕の前に集まった俺達は絶望的な表情を浮かべながら沈黙していた。
「それで、【ロキ・ファミリア】の所には行けたの?」
浜辺から響く姦しい声にかき消されそうな程に小さなレーネの問いかけ。
ベルは膝を抱えたまま俯いて動かず、キューイは体を丸めて震えて動かない。フィアは目を覆ったまま口を閉ざしている為、代わりに俺が答える。
「はい、一応……ですが、ほぼ全滅ですね。生存者、という言い方はおかしいですが、正常な人が数人」
同行してくれたラウルさんとアナキティさんの二人も、森の中で奇襲されて……。
ロキ派閥の野営地の方に残った数人ももしかしたら既に全滅している可能性も高い。
「【
「というか、こっちの方では何があったんですか?」
「あの女神様が余計な事した、っていうか……」
呆れた様な表情のレーネが指差したのはヘスティア様だった。
頭にキノコが生え、別人の様にズレた
「ヘスティア様が何を?」
「記憶喪失中の【剣姫】に『キミには好きな人が居たんだ。それはヴェルフ君さ!』って嘘吹き込んだんだよねぇ」
……何してんですかヘスティア様。
強大な
「で、鵜呑みにした【剣姫】があの鍛冶師に『おかえりダーリン♪』とか言って、前で三つ指ついて『お風呂にスル? ご飯にスル? それとも、ア・タ・シ?』とかベッタベタなネタぶちかましてねぇ」
「うぅ……ぐすっ……いつの間にヴェルフと……」
「…………まあ、そこの団長君がギャン泣きしながら逃げようとして、あっちの岩場から滑り落ちて昏倒。その後は皆でガヤガヤしてたけど」
『ナンニデーモ菊』の探索に出かけたままミコトとリューさんが戻ってこない事に気付き、ヴェルフとリリが組んで捜索に向かい────森から戻ってきた時にはあんなんだった、と。
「で、森からディンケ君達が戻ってきたんだけど、まあアレだよ。うん」
「……その時既に、って事ですか」
「うん」
それを見たヘスティア様と春姫が慌てて探しに行くべきだ、と提案し始めたらしい。
レーネは止めるべきだ、と引き留めたが二人は頑なに聞かずにレーネを野営地に残したまま森の入口を見にいって……僅か数分であの調子となって帰ってきた。と……。
「……酷ぇな」
「それより、あのキノコが原因なら引っこ抜いちゃえば……」
ベルが思い切った様に立ち上がってバーベキューをしている皆に視線を向けて決意を抱いた表情を浮かべている。それを見たフィアが眉を顰めつつもベルの腕を掴んで止めた。
「いや、止めた方が良いだろ。引っこ抜いた結果どうなるかわかんねぇし」
「でも、だったらどうやって皆を治せば……やっぱ、ナンニデーモ菊しか……」
ベルが森の方に視線を向けるのを見て、慌てて止める。
「森は危険ですよ。キノコの怪物も出ますし、何より幻覚や幻聴で惑わされてしまいます」
「だな、アタシと副団長も危なかったし。ディンケ達も皆それでやられてんだぞ」
必死の制止の言葉にベルは困った様に眉尻を下げ、泣きそうな表情を浮かべた。
「だったら……どうしたら……」
「あっ、思い出した」
突然、レーネがポンと手を叩いて呟く。
どうしたのかと彼女に視線を向けると、彼女は満面の笑みを浮かべて森を指差す。
「別に探しに行って良いと思うよ~」
いや、さっきまで『幻覚』で危ないって話してたばかりだろうに。なんで行っていい、なんて言うんだか。
「気でも狂ったか?」
「いやいや、この島についてウェヌス様から聞いた事あってさ」
「え? この『ユージン島』について?」
「うん」
この無人島『ユージン島』の由来、そしてこの島が
「三人には会いたい人は居る?」
「……はぁ、それはどういう意味で?」
「私は居るよ。だから行ってくる」
「ちょっと待ってください。なんですかそれ」
ふらり、と彼女は森の方へ足を運んでいく。それを見て、フィアと共に彼女の腕を掴んで止めた。
ベルも慌てた様に立ち上がり、レーネを伺う。
「レーネさん、いきなりどうしたんですか?」
「ん~……森に入る時は一人ずつ。二人、三人で入ると滅茶苦茶になっちゃうしね」
「おい、何の話だよ」
「会いたい人と会うための方法」
何を言っているのか。会いたい人と会うための方法?
「どういう事ですか?」
「う~ん、自分で実際に感じた方が早いと思うけど……この島には人は住んで無いんだよね。だから無人島」
「は、はぁ……?」
「でも、会いたいと思った人が必ず居るから『ユージン島』」
「…………?」
何処か摩訶不思議な言い方で煙に巻こうとしているのか、レーネはクスクスと可愛らしく笑うと俺とベルの手を掴み、森の方へと引っ張り出した。
「きっと、二人ならば見つけられると思うよ。『ナンニデーモ菊』」
「え?」
「レーネさん、意味がわからないんですけど」
訝し気なフィアを他所に、レーネはゆったりとした仕草で森の奥を指差す。
「とりあえず、行ってみればわかるよ~?」
「…………?」
ベルと視線を交わし、溜息を零してこの島について思い出したらしいレーネを見上げる。
「本当に大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ。他の皆も、大丈夫。危ない事は無いよ」
本当に意味がわからない。わからないのだが、レーネに説明する気が無いのはわかった。
癪に障るが、このまま『ナンニデーモ菊』を探さないといけないのか……はぁ、意味わからん。
森の深くに入るとまたキノコの怪物に襲われる可能性がある為、ベルと共に完全武装をして森に足を踏み入れる。
木漏れ日が落ちる森の中、生命の息吹を感じられない不気味な森を進んで行く。
「ねぇ、ミリア。レーネさん、何か知ってるみたいだったけど……」
「さぁ、本人が答える気が無いみたいだしなんとも言えないわね」
「……神様達、大丈夫かな?」
「…………大丈夫よ」
しっかりと敵性生物らしき存在が居る事はベルにも伝えてある。互いに頭上にも警戒を払いながら進んでいきながら、言葉を交わす。
どこからが現実で、どこからが幻覚なのか判別が出来ない現状、何でも良いから言葉を交わし続けていないと気が狂いそうだ。
「ねえ、オラリオに帰ったらさ……また皆でダンジョンに行こうよ」
「そうね。今度はちゃんと中層制覇を目指しましょうか」
他愛無い言葉のキャッチボールを繰り広げながら、徐々に森の深部へと進んで行く。
直ぐ確認できるように手元に握った方位磁針はしかと北を示しているし、今は北を意識して進んでいるので方位磁針が狂ってもなんとか……なったらいいなぁ。
ヘスティア様達は無事だろうか。レーネは何に気付いたのだろうか。この島は何なんだろうか。様々な疑問が尽きない。
相も変わらず、不十分な光しか届かない薄暗い森にまで足を踏み入れた所で、方位磁針がクルクルと狂いだす。俺の脳内地図が間違っていなければ、それは丁度、ギルドが進入禁止区として設定していた区域に入ってすぐの位置からだと思う。
「……ベル、方位磁針が狂った」
「ミリア、こっちも駄目みたい」
同じ様に自分の方位磁針を見ていたベルも首を横に振った。彼が手にする方位磁針もクルクルと回っており、北を示す事はない。
「まるで、ダンジョンみたいだね」
「そうね……流石に一度引き返しましょうか」
方位磁針は狂ってしまったが、俺自身の方向感覚までは狂っていない。このまま真っ直ぐ引き返せば……引き返す事が出来れば、戻る事は出来るだろう。
砂浜で待機すると言っていたレーネとフィアの下へ戻るべきか、とベルと共に薄暗い森を引き返そうとして────舌打ち。
「ミリア?」
「霧が出てきた……いや、幻覚かしらね」
薄暗さに加えて徐々にだが視界が白く染まって行く。
霧、にしては湿度を感じない。不自然なその現象は間違いなく幻覚だろう。
「ベル、離れないでね」
「うん、わかってる」
互いにすぐ手の届く距離を保ちながら、方向感覚が狂う前に砂浜の方へと足を進めていく。
レーネが『大丈夫』と太鼓判を押していたが、やはりだめか。
「ベル、近くに居るわよね?」
「うん、傍にいるよ」
声を掛け合いながら着実に進んで行くが、一気に霧が濃くなり、五分もしない内に伸ばした手の先すらも見えない程の濃霧に包まれてしまった。
「ミリア、何も見えない」
「大丈夫よ、こっち、もう少し近くに」
微かに見えたベルの服の裾を掴んで引きながら進んで行く。
足元すら禄に見えない程の濃霧で、深い森の中。光量が足りないのも合わさってまともに何も見えなくなってきた。
方向感覚だけを頼りに進む途中、二度、三度と木の根に足をとられながら進んでいると、ふとベルがこけた。
「うわっ!」
「おっと、ベル、大丈夫?」
ずしゃっ、と木の根に足を滑らせたのかこけた拍子に袖を放してしまった。
声のした方に耳を澄ましながら、慎重にベルの姿を探そうとして────。
「ベル? ベル、聞こえる? ベル……おーい」
すぐ傍で転倒したはずだというのに、ベルの姿が消えた。
その場にしゃがみ込み、地面に残った足跡を探る。俺のすぐ後ろにしっかりとベルのブーツの足跡が残っているし、踏み損ねた木の根には滑った痕跡が残されている。
だというのに、転倒したはずの少年の姿は何処にも無い。
「……はぁ、レーネの言う事を当てにするんじゃ無かった」
彼女から悪意が感じられなかったとはいえ、信じたのは早計だったか。
狂っていない事を信じたい方向感覚を頼りに、時折濃霧の所為で目の前にいきなり現れる木々を避けながら進んで行く。
「ベル、ベール、ベルー! 聞こえてたら返事しなさい」
一応、呼びかけながら進んで行くが、声は濃霧に吸い込まれる様に掻き消され、返事が返ってくる事は無い。
しばし、声を上げながら歩いていると、踏み締めた土の感触が変わった。しっかりと踏み締められた獣道の様な感触だ。
ああ、幻覚だな。この土の感触は通った記憶が無い。
「はぁ、結局こうなる訳か……」
濃霧の所為で真面に視界も利かず、音もまるで吸い込まれる様に消えてしまう白に染まった世界。
正直言ってさっさと抜けてしまいたいのだが、そうもいかないか。
方向感覚は正直頼りにならないが、それでもその方向感覚しか信用できるものがない。故に、また真っ直ぐ歩きはじめる。
幻覚だとわかっていながら、何も出来ないというのは非常にもどかしいものがあるのだが。
「鬼が出るか蛇が出るか」
鬼も蛇も勘弁してくれ。出来れば猫みたいな可愛らしい奴がいいなぁ。キチ猫は勘弁だがね。
半ば投げ槍気味に足を進めていると、ふと足裏の感触が固くなったのを感じた。
思わず濃霧の中、しゃがんで足元を確認してしまう。
黒い地面だ。何処か覚えのあるそれは、アスファルト舗装のされた道路のそれだった。
「わぁお、近代的ぃ……」
濃霧の中で独り言をつぶやくと、それは何事も無かったかのように霧に吸い込まれて消える。
ここで立ち止まっていても何も進まないだろう、というのは何となくわかる。わかるのだが……進んだら何があるのかわからなくてほんの少し怖い。
後ろを振り返ってもあるのは濃霧にそまった白ばかり。頭上を覆っていたはずの木々の天蓋すらも確認出来ず、僅かながらの不安が募るばかりだ。
「ベルー? ヘスティア様ー、ヴェルフー、リリー」
片っ端から名前を呼びかけながら、前に前にと足を動かしていく。
叫び声は濃霧に吸い込まれ、誰かに届いた気がしない。暖簾に腕押しならぬ、濃霧に腕押しか。全く持って進展が無いこの状況に僅かながらの苛立ちすら感じる。
このまま帰れなかったらどうしよう、とか頭の片隅でむくむくと不安が膨れ上がり始めた頃。
真正面から突風が吹き荒れた。
「────!」
凄まじい突風だった。吹き飛ばされる、という程ではないにせよとてもではないが目を開けていられない程の風であり、思わず両手で顔を庇って目を瞑った。
ほんの一瞬の間に吹き抜けた風が収まったころになって、微かに目を開けて────思わず、本当に思わず言葉を失った。
「ぁ…………──────」
遠くに見えるのは天にまで届きそうな程のコンクリート製の摩天楼が無数に立ち並ぶ都市部。
空を見上げれば、晴れ渡った青空を捕える様に無数の電線が駆け回り、まるで網か、または檻を連想させる窮屈な空が見て取れる。
気が付けば、俺は都市部から離れた閑静な住宅街の一角に立っていた。
まるで鉛の様に重い体を捻り、すぐ横にあった古めかしい真っ赤な郵便ポストを見上げ、その横にある町内看板に乗せられた紙面の日付に視線が吸い寄せられる。
日付は、丁度────ユーノと言う人物が死んでから、十年後の日付だった。
「……はは、まさか、ね」
冗談だろう。こんなものただの幻覚だ。わかっているのだ、幻覚だと、わかっている。
だが、自然と足が動いていた。草臥れたおばちゃんが営む煙草屋の前を右に、鼻の欠けた御地蔵さんの前を左に、錆び付いたブランコが残る公園の前を駆けていく。
幻覚、だ。間違いない。
だって、煙草屋にはちゃんと店名があったはずなのに、ぼやけて見えない。他にも、記憶の中で曖昧にぼやけた部分が下手糞な水彩画の様にぼやけて見えているのだから、これが幻覚と言わずして何を幻覚と言うのか。
再現するなら、もっときれいにやってくれ。
そう、ただの幻覚。幻覚だから、それがわかっているのに……足が止まらない。
「ここ、を……曲がれば……」
迷子の犬を探しています。なんて張り紙が勝手に貼られた電柱のすぐ次の交差点を右に曲がって────あった。
俺の記憶の中にあるソレと遜色の無い建物が、其処にあった。
周囲の家々はぼやけてどこか曖昧だというのに、その家だけはしっかりと細部に至るまで再現されている。過去に車を擦って着けた塀の傷も、ペンキの塗り替えに失敗して残った手の跡も、窓の修理の時に踏み抜いた車庫の屋根の痕跡も……記憶のまんまだった。
懐かしさが込み上げてきて、同時に悲しさが胸を満たした。
ただいま、って帰るんだとずっと願っていたこの家が、知らぬ間に取り壊されていたこの家が、目の前にある。たったそれだけで、幻覚だとわかっていても手を伸ばさずにはいられなかった。
「あぁ、ただ…………た、だ……」
ただいま、帰ったよ。って言えれば良かったのに。
「はぁ、今更過ぎるだろ」
もうあの時の自分では無い。そもそも、俺はもうミリア・ノースリスだ。
まかり間違っても、この家は俺の帰る所ではないのだから『ただいま』はおかしい。だから、この
深呼吸を繰り返し、心を落ち着けて、もう一度その家を見上げた。
あの人と暮らしていた、あの日々を過ごした家だ。ずっと帰りたいと願っていて、帰る事が出来なかった、我が家。
「……はぁ、行かないと」
今はもう、帰る場所が別にあるから。
この場所に用はない。直ぐに立ち去って、『ナンニデーモ菊』を探さなくてはいけない。
そのはずなのに……。
「…………」
居る筈無い。そんな都合良く、でも、もし居るのだとしたら。
そう考えると居ても立ってもいられず、思わず、そう本当に思わずだった。俺は高い位置にあった
ピンポーン、とありきたりな音が響き渡った所で正気に戻った。自分は何をしているんだ、と跳ね回る心臓を抑えて一歩後ずさる。
「……………………」
たっぷり、一分程待っただろうか。跳ね回っていた心臓も落ち着いてきた頃になっても尚、誰かが出てくる気配は無かった。
「やっぱ、そう都合良くはいかないわ」
だから、さっさとこの場を離れ────ガチャリ、と鍵の開く音が響いた。
思わず、体が跳ねる。まさか、という思いのまま開いていく玄関扉に視線を奪われ────ガギッ、とチェーンロックに阻まれて扉が途中で止まった。
「あいたっ……あれ、開かない? ああ、こっちもあれか……」
気の抜けた様な、男性の声が僅かに開いた扉の向こうで響き、ガチャガチャともたもたした様な音を立ててチェーンロックを外し、ようやく扉が開いた。
「はいはーい、どちらさま……?」
全体的に線は細く、無精ひげが生えており、髪には多くの白髪が目立っている。何処か頼りなさそうなジャージ姿の男性が目の下に僅かな隈を作りながら眠たそうに眼を擦り、出てきた。
記憶の中にあるどの姿にも当てはまらない。だが、見間違えることはない。まるで、あの日から十年という歳月を経たであろう姿を完璧に再現した、あの人だった。
「あー、えっと? ……こ、こんにちは?」
その人が、俺を見ていた。
あの人が、俺に声をかけてきていた。
唖然としたまま、見上げてしまう。なんと声を返すべきか、そもそも出てくるなんて思っていなかったせいで頭の中は真っ白だ。
何処か戸惑った様な、困った様な表情を浮かべたあの人は、少し唸ると玄関扉を開け、サンダルを履いて出てきて、俺の前でしゃがんだ。
視線を合わせて、怯えさせない様に柔和な笑みを浮かべた彼が、ゆっくりと話しかけてくる。
「キミのコスプレ、ミリア・ノースリスだよね。良く似合ってるよ?」
──────はぁ?
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
俺の記憶にあったころと違って整理整頓されたリビングダイニング。まあ記憶にあるより、というだけで片隅にはゲーム機やカセット等が詰め込まれているケースが山の様に置いてあり、よく見ればそこら中にゲーム関連のモノが置かれているのが見て取れる。
見る人次第ではあるが、少なくとも俺の基準では『マシな方』だ。
染み一つない綺麗なテーブルクロスの上にコーヒーカップが置かれている。それは丁度、漫画版の方でミリアが愛用していたモノと同じデザインの代物だった。なんというか……はぁ。
なみなみ注がれたドス黒い液体を覗き込み、対面の席に腰掛けた男性に少し視線を向ける。
「すいません、急にお邪魔してしまって」
「ん、ああ、気にしなくても良いよ。ゲームのファンが訪ねてきたのはこれが初めてじゃないからね」
ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべているその人に、申し訳なさを感じてしまう。
幻覚だと、わかっているのだが。それでも突き放すことが出来なかったし、逃げる事も出来なかった。だから、咄嗟に『ミリカンの大ファンです』なんて素っ頓狂な発言が口から飛び出してしまったのだ。
自分でも何を言っているんだ、と後から盛大に突っ込んだし。今の俺の見た目は金髪に
推定年齢が1桁であろう少女が一人、ゲームの大ファンだからと訪ねてきたら普通、家に上げるか? コーヒーを振る舞うか? そもそもミリカンは17歳未満のプレイが一応禁止されてただろ。
もう突っ込み処がいっぱい、溢れ返る程あるのに……これがあの人の性格だったな、と納得してしまう自分も居る。
「あ、ごめん。砂糖とミルク、欲しかったよね」
「いえ、お気遣いなく」
ぼうっとしていたら、勘違いしたのか砂糖とミルクを差し出してくるあの人に、変わらないなぁ。と懐かしさと、悲しさが込み上げてくる。
幻覚だとわかっていながら、勧められたコーヒーに口を付ける。記憶に刻まれた、濃すぎて泥水かと思う程の不味いコーヒーの味が鮮明に舌から脳へと突き抜けていった。まっず。
「それで、僕に何か聞きたい事があってきたのかな?」
「え……ぁー、そうですね。いっぱい、聞きたい事は一杯あったんですけど、実際に顔を見たら何を聞いて良いか、わからなくなりましたね」
本心だ、聞きたい事は一杯ある。でも、幻覚だから意味が無い。でも聞きたい。
……が死んだ、とそんな風に聞いてからずっと何を思って過ごしていたのか。約束を破った奴の事をどう思っているのか。
────何をしたら、償いになるのか。
「あぁ~そっかぁ。うんうん、わかるよ。好きなゲームの事で聞きたい事が一杯あり過ぎて頭がいっぱいになっちゃうよね。わかる~」
「あ、はは……ですよね」
ゲームの事で頭が一杯になって、か。聞きたい事はそう言う事じゃないんだけどな。
「じゃあ、僕から質問しようかな。キミが好きなキャラクターはやっぱり『ミリア・ノースリス』?」
「え、っと、はい。そうですね。プレイ時間も一番長いですし」
今の俺の恰好は、草臥れたローブではなく、迷宮都市に迷い込んだあの日の衣装だった。ゲーム版に登場する
「そっか、嬉しいね。そのキャラ、僕が考案したキャラクターだから愛着もあってねぇ」
「そうなんですか。私も何だか嬉しいですね」
何も知らないふりをしながらの返事に、あの人は笑顔でコーヒーを啜り、無言で砂糖を追加し始めた。
何をしているんだろうか、俺は。
「他のクラスはどう? ファクトリーとか、アサルトとか?」
「そうですね、やっぱりニンフの単純強化で使い勝手の良いソルジャーとかもそれなりに使いますね」
ただのファン。俺はただのファン。
『ミリカン』が好き過ぎて製作者の家に押しかけるちょっと頭のおかしいファン。そう言う事にしておこう。そういう
ただ笑ってゲームの話をしているだけで、それがどれだけ好きかが伝わってくる。この人は本当に、一途だ。自分の夢に向かって一直線に駆けていく、一途な人だ。
思わず頬が綻び、胸の内側から引き裂かれそうな痛みを感じた。溢れ出しそうな涙を押し込み、抑え込み、呑み込んで耐えながら視線を巡らせ────ふと、リビングの一角に写真立てが置かれているのが見えた。見えてしまった。
「あ、れは……」
「ん? ああ、これかい?」
俺の向けていた視線に気づいたのか、彼は立ち上がるとその写真立てをとって戻ってきて、しっかりと見える様に俺にその写真を差し出してきた。
二人の人物が写っている。
一人は目の前の男性。線は細いままだが今より若々しい。もう一人は、顔立ちの整った少年だった。二人とも手には新作……その当時は新作だったゲーム機が握られていた。
「俺の息子だ」
違う。それは、違う。
「自慢の子だったんだけどな……」
「何か、あったんですか?」
消えて無くなった。そんな痕跡も、無くなっていれば良かったのに。
「……交通、事故だったそうだ」
悲しそうにしなくて良いのに。そんな風に、悲しまなくて良いのに。なんで? なんで、どうして? 貴方が悲しむ必要があるのか。そんなクズの為に、悲しそうな表情をしないで。
「そう、ですか……」
「……約束してたんだけどね。また、一緒にゲームをやろうって」
悲しそうに、懐かしそうに写真に写る少年に視線を落とした彼は、ふと視線を上げた。
向けられた先には山積みになっているゲーム機やカセット各種が置いてあるのが見えた。
「実は、あいつは死んでなくて、何処かで生きてて。ある日、いきなり帰ってくるかもしれない。なんて思ってるんだ。おかしな話なんだけどね」
苦笑交じりに、あの人は語りだす。
「何て言うか、出来が良かったんだ。僕って実は世間が持て囃す程の人物じゃあないんだよ。ミリカンで一躍有名になったけど、それ以外はからっきしっていうか」
「いえ、素晴らしい人だと思いますよ。少なくとも、私は貴方の事を尊敬していますし」
「そう言ってくれるとありがたいんだけどね」
もう一度、写真に視線を落とすと、彼は写真をこちらに向け、呟いた。
「この写真を見て、何か思うところはないかい?」
「何か、ですか?」
「そう、なにか」
探る様に、というよりはまるで確認をとるかのような言い草に言葉が詰まった。
端的に言えば、そう誰が見ても思うだろう。親子の写真、とはとても思えない。顔立ちが似ても似つかないから、親子写真というよりそれは……歳の離れたゲーム仲間、だろうか。
「似てない、そう思わないかい?」
「…………そう、ですね。失礼だとは思いますが、親子写真には見えませんね」
「だろう?」
くすくすと笑いながら写真を眺め、彼は懐かしそうに眼を細めた。
「血は、繋がって無いしね」
「────え?」
危うく落としかけたカップがソーサーに当たり音を立てた。
これは、幻覚だよな。全てが都合がよく出来た、心地良い気分に浸らせてくれるだけの、泥沼の様な、
何故、知っている。何故、それを口にする。何故、貴方がそれを…………。
「この子を引き取ってから暫くは本当に我が子だと思っていたよ。でも、成長していくとわかるんだ。ほら、顔立ちなんてちっとも似てない」
「…………誰か別の人の子供だったんでしょうね」
「そうだね。かもしれない、僕はあんまり頭が良くなかったけど、この子は凄く頭が良かったし。学校では友達も多かったみたいだしね。僕とは似ても似つかないよ。正直、成長すればするほどに僕とかけ離れていく様を見てるのは、辛かったかな」
「酷い言い方かもしれませんが、育てるのが苦痛だったのなら孤児院にでも預ければ良かったと思いますが」
苦痛、だったのか。俺は楽しくて、幸せだと感じていたあの日々は、この人にとっての苦痛だったのか。
────ああ、出来の悪い悪夢じゃないか。酷い悪夢だ。なんだこの
「僕の趣味がゲームでさ、子供相手にとは思ったけど大人げなくゲームでコテンパンにしてやったのさ。今でも思うよ、本当に大人げなかったって」
「それは……」
「でも、同じゲームを一週間ぐらいやっただけで……僕より上手くなるんだ。子供だから、っていうより、もう才能なんだろうね。僕とは段違いに、才能に溢れていたよ」
成績も良い。友達も多い、先生からの評判も良い。外観も悪く無い。ゲームだって上手いし、何処にも非の打ち所のない、完璧な子供。
自分と比べると余りにも惨めで、自分の子供だなんて、とてもではないが思えなくて。
「酷い子供ですね」
「はっはっは、でもね。僕にとってこの子は、僕の子供だったんだよ」
「……それはまた、どうして? 育てているのも、苦痛だったのでしょう? なのに、そんな風に胸を張って我が子だと、どうして言えるのですか?」
「笑顔だよ」
「…………笑顔、ですか」
「そう、ゲームをクリアした時とか、勝った時とか、そんな時に見せる笑顔は僕と変わらなかった」
本気でゲームが好きだ。と共感できる笑顔を浮かべていたから。
一緒に肩を並べてゲームをやっている内に、血の繋がりとか、嫉妬とか、全部どうでも良くなった。
親子、という形すらも本当はどうでも良かった。
ただ、一緒に、ゲームが出来れば。
「それだけで、良かったんだけどね」
────ああ、うん。俺も、そう思うよ、一緒に、ただ一緒にゲームが出来れば、それだけで良かったのに。
「そう、ですか。色々とお話を聞かせてくれてありがとうございました」
「ああ、無駄な話を聞かせてしまって申し訳ない」
「いえ、ためになる話でした。もうそろそろ、帰らないといけないので失礼しますね」
「そうですか。機会があれば今度はゆっくりと、ゲームでもしながら」
「……そうですね、機会があれば、是非」
『帰る家』が別の場所にあり、もう帰る事の出来ない『過去』。
もし『過去』に帰る事が出来るのだとしても、もう帰る場所がある彼女はそちらを選ぶことは無いでしょう。
決別、とは違いますが、しっかりと整理はついたはずです。