魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一九六話

 大量の魔石やドロップアイテムを搔き集めて地上へと戻ってみれば、地上は夕焼けの赤い色に染まっていた。

 摩天楼施設(バベル)の換金所で戦利品を金貨へと換えてから、多くの同業者はギルド本部や酒場へと足を運んでいるのを横目に、本拠を目指す。

 道中、数多くの人々が俺の後ろでヴァンに跨って上機嫌にキュイキュイ鳴いてるキューイを見やってひそひそと小声で話しているのを見やり、溜息。

 

「ミリア、大丈夫?」

「ん? あー、大丈夫よ。注目され過ぎてちょっと疲れただけ」

 

 心配そうに此方を伺うベルに返事を返すと、ヴェルフとミコトが視線を遮る様に壁となってくれた。

 正直、ダンジョン内でいつモンスターに襲われるか警戒している時より、地上で人々が織りなす無意識の悪意に晒される方がきつい。

 ……正直、この世界に来た当初は此処まで目立つ積りなんか微塵も無かったんだがなぁ。

 自然とヴァンとキューイの姿を見て避けていく人混みを潜り抜け、俺達は本拠へと帰った。

 

「おっ、帰ってきたな」

「タケミカヅチ様!」

 

 鉄柵の正門、前庭を抜けて玄関をくぐって館に入ると、角髪の男神が出迎えてくれた。

 おかえり、と笑いかけてくるタケミカヅチ様に、破顔したミコトが駆け寄っていく。

 

「すいません、タケミカヅチ様……本拠の留守番をして頂いて」

「気にするな、ベル・クラネル。今日は桜花達も迷宮(ダンジョン)に行かず休息日に当てていたからな」

 

 つい数日前から、ヘスティア様を通じて【タケミカヅチ・ファミリア】には本拠(ホーム)の留守番を頼んでいる。

 前までの教会の隠し部屋や、タケミカヅチ様が暮らす寂れた集合住宅とは異なり、立派な新居を手に入れた【ヘスティア・ファミリア】は、増えた団員の能力からしても立派な中堅【ファミリア】だ。

 主神や眷属が全員出払って無人となってしまえば、泥棒や他勢力の者に侵入されて資産や情報などを漁られてしまう。目立たない下級派閥だった頃とは違うのだ。

 特に今日は俺達のダンジョン探索に加えて、ディンケ達は別件の依頼を受けて動いている。ヘスティア様はバイトに出かけて、と無人になりかけていたところを懇意派閥として【タケミカヅチ・ファミリア】が館の門番や警備を務めてくれたのだ。

 今後も彼等や【ミアハ・ファミリア】の手も借りる事になるだろう。とはいえ、無償で、となるとベルが恐縮してしまうのは仕方が無い。

 過去の俺であれば、何らかの疑念を抱く所ではあるが。タケミカヅチ様やミアハ様に限ってそういった悪意や裏切りの意志が無いのははっきりしている。いるのだが……。

 

「ミリア・ノースリス。見返りにしっかり風呂には入らせてもらったからな」

 

 爽やかな笑みで、使った後はちゃんと洗ったぞ。と付け足す男神。

 警戒する事すら無礼だというのに、気にした様子のないタケミカヅチ様に深く頭を下げた。気が抜けないというより、癖として調べてしまうのはどうしても抜けない。

 失礼な事をしてしまったなぁ……。

 

「この後の夕餉も楽しみにしておくと良い」

「はい、ありがとうございます」

「じゃあ、部屋に戻って装備外してくるか」

 

 ヴェルフの宣言を皮切りに、皆が自室へと戻っていく。そんな中、俺は一度外へ出て竜舎にヴァンを連れて行く。

 背負っていたキューイを下ろして────あのさ、本当に下着を着用させるべきだわこいつ。

 貫頭衣の裾がぺらり、でちらりどころか丸見えになっても気にしねぇんだもん。俺と瓜二つの姿でソレは本当に止めてくんないかな。

 

「キュイ?」

「はぁ……ヴァンも、今日はお疲れ様でした。夕餉は、何か希望はありますか?」

《…………主よ》

 

 縄や鎖などの拘束は無いものの、堅牢に作られた竜舎の中に入った所でヴァンに夕食の希望を問いかけると、真剣な声色でヴァンが振り返った。

 知性を宿した深く底を見通せない鈍色の瞳が俺を真っ直ぐ捉える。

 何か不満でもあるだろうか、と竜舎を見回すが、広めに作られた竜舎は牢獄の様な狭苦しさを感じさせない様に広々としており、寝床や水場なども作られている。何だろうか?

 

「どうしました?」

《………………夢、を見るのだ》

「夢?」

 

 夢を見る? 思わず首を傾げつつ、桶を水で満たしてヴァンの前に置く。

 僅かに揺れる水面を覗き込んだ灰色の飛竜は、キューイを見やり、俺を見て、それから天井を見上げた。

 

《主よ、俺様は……夢を見るのだ》

「夢、っていうのは……えっと、寝ている時に見る?」

《ああ、その夢で相違ない》

 

 真剣に、何かを思い出す様に目を細めて水面を見やっていたヴァンは、小さく呟く様に唸り声を零した。

 

《俺様、は……竜では無かった》

「……はい?」

《夢の中の、俺様は、竜ではない》

 

 今度ははっきりと、明瞭に答えた。言葉を区切り、自身の言葉を噛み締める様に届いたその言葉に思わず首を傾げる。

 竜では無かった。竜ではない。夢の中では。

 ……竜が見る『夢』とは何だろうか?

 

「えっと、すいません。何が言いたいんでしょうかね。雑談、なら出来れば明日にしてほしいんですけど」

 

 この後の夕餉の事を考えると、あんまり悠長に会話している時間はない。とはいえ、珍しく自分から語ってくれているヴァンを蔑ろにするのもあまり気が進まない。

 明日にしてくれるなら、日がな一日付き合っても良いのだが。

 

《主よ、俺様は地上を()()()()()。誰か……人の子が居たのだ。雄、だったと思う》

「……えっと?」

《主よ、あれは、誰だ?》

「はい? いや、私はその夢を見ていないですし誰と問われてもわからないですが」

 

 常識こそ人ではなく竜の方で会話するが、論理的である程度話しやすいヴァンが珍しく頓珍漢な事を言い出した。本当に珍しいな。

 

《そうか。当然だな》

 

 要領を得ない呟きに首を傾げているとキューイがヴァンの頭に手をのせて首を傾げた。

 

「キュイキュイ?」

 

 会いたいの? と問いかけられたヴァンが、僅かに目を見開くと、静かに首を横に振った。

 

《否。会いたい、とは違う。ただ……思い出せずに歯痒いだけだ》

 

 迷いを振り切る様に呟かれたその言葉は、けれども完全に振り切れたとは言えないみたいだ。静かに寝床に戻った彼は身を横たえ、丸まってしまった。

 

《主よ、時を無駄に過ごさせた。謝罪する》

「え、あぁ、別に構いません。続きは、明日にしましょう。貴方の『夢』は少し気になりますし」

「キュイキュイ~♪」

 

 ご飯ご飯~♪、と興味を失ったのかキューイはパタパタと駆けていってしまう。それを見やってから、もう一度寝床で蜷局を巻くヴァンを見やった。

 

「それで、夕食の希望は」

《必要無い》

 

 間髪入れずに答えられたその声は何処か、沈んでいた様に聞こえた。

 

 

 

 

 

「モンスターが見る、『夢』か」

「はい」

 

 夕餉の際にキューイが沸騰寸前の熱々スープをがぶ飲みして【タケミカヅチ・ファミリア】をドン引きさせてから二日後、ミコトが何やら今日は休息日にしてほしいと懇願してきたために急遽休息日となった本日。

 俺は早朝から執務室で依頼書と郵送物の整理を行いながら、手伝いを申し出てくれたフィア相手にヴァンの『夢』の話を零していた。

 

「へぇ、モンスターも夢なんて見るんだぁ~。あ、このお菓子貰うねぇ~」

 

 執務卓に用意されていた焼き菓子を無遠慮にぱくぱくと食べていく褐色肌の少女。そんな気ままに振る舞うレーネに対し、メルヴィスが苦言を呈した。

 

「あの、レーネさん。それは副団長の為に用意したものなのですが」

 

 時折、本拠に顔を出しては【ステイタス】の更新を行ってふらふら~と何処かへ行くレーネが珍しく執務室に入り込んできていた。彼女は部外者、と言う程ではないにせよ余り重要書類を取り扱う執務室に出入りして欲しくはないのだが。

 しれっと窓から入ってきてしまうんだよなぁ。まぁ、彼女は【イシュタル・ファミリア】時代には玄関口から出入りするより窓から出入りした方が他の団員とトラブルにならない、と言う理由で窓での出入りばかりしていた癖が残っているだけなのだろうが。

 

「コイツ追い出さなくて良いのか? っておい、それアタシの!」

「まぁ~まぁ~、あ、これ美味しい~♪」

「なぁ、副団長、コイツ追い出そうぜ!」

 

 フィアの為に用意されていた焼き菓子にも手を伸ばし、ふわふわとした軽そうな笑みを浮かべたレーネに対し、狼人の少女が不機嫌そうにレーネを指差す。

 確かに、あんまり入って欲しくはない人物ではあるんだがなぁ。

 

「いえ、彼女にはいくつかお願い事をしていまして」

「お願い事ぉ?」

「うんうん、と言う訳でコレとコレねぇ~」

 

 レーネが胸元からすっと折りたたまれた紙切れを取り出し、差し出してくる。

 僅かに舌を出して唇を湿らせ、色っぽく微笑んだレーネを見上げ、思わず飛び出す溜息を吐きながら受け取った。数枚のソレを受け取って中身を検め────ははぁん。ほぉ~……。

 

「副団長、それは?」

「【ヘスティア・ファミリア】の本拠(ホーム)を監視してる派閥や商会の一覧ですね」

 

 立派な中堅派閥、というよりは中堅上位に至っている【ヘスティア・ファミリア】を疎ましく思っている派閥もあれば、利益を吸えないかとお近づきになろうとする商会もある。

 加えて、隙を見て本拠に侵入しようとする不届き者まで増えている現状、神出鬼没気味にふわふわと動き回るレーネは情報収集に便利な訳だ。

 

「団長……フィンさんもしっかりと警戒していると思うんですけど」

 

 未だにフィンの事を『団長』と呼ぶ癖が抜けないメルヴィスに苦笑しつつも、彼女の疑問に答える。

 

「まぁ、確かに。【ロキ・ファミリア】の方も情報収集は欠かさずにやっているみたいなんですけどね」

 

 ただ、派閥の規模からして動きが少し鈍い。慎重な立ち回りで動くのもあるが、彼等は彼等で目的や派閥方針の事もあって俺達にだけ構っている余裕はない訳だ。

 無論、彼らなりに全力で補助してくれはするが、だからと言って無警戒に彼等にまかせっきりというのは流石に不味い。

 だからこそ、俺は俺でいくつかの方法で情報は集め続けている。その一つがレーネだ。

 

「それでぇ~、今度は何を調べる? あ、そうそう、マイヤーズちゃんの方の調査がいくつか纏まったみたいで、報酬と引き換え~って言ってたよぉ~? 今日中だと嬉しいって~」

「ああ、いくらでしたっけ?」

「にひゃく~」

「……まぁ、そんなモンですか」

 

 情報の取り扱いに関して非常に頼りになる情報屋マイヤーズだが、彼女は単独で下調べから情報の確認までやっているので、仕事に少々時間がかかり気味なのが玉に瑕だ。

 とはいえ、情報の精度と正確性については信頼できるので、時間をかけてでも調査して欲しい事を依頼しておくと非常に助かるので、いつも依頼は出してはいるが。

 

「でしたら、後で引き渡しますので……そうですね。本日の正午、『豊穣の女主人』で待ち合わせをお願いしても良いですかね」

「りょうかぁ~い」

 

 気の抜ける様な返事を返したレーネは、緩い笑みを浮かべて開け放たれた窓から出て行った。

 その様子を見ていたフィアとメルヴィスが眉を顰めながら、俺の方を見てくる。

 

「なぁ、副団長。言っちゃあ悪いが……なんか悪い奴に見えんぞ」

「ですね。空想小説の悪役みたいです」

 

 失敬な、と言いたいが、やっている事自体は割と悪役がやっていそうな事ではある。

 いや、あくまでも物語などで悪役が()()()()()()な事であって、現実ならば悪役でなくともやるべき行動なのだが。

 情報を集め、警戒し、対策を行う。凄く普通の行動であるはずなのに、なんでか悪役が情報を集めて裏で糸を引く印象が強く、情報収集しているだけで悪っぽい、となるのだ。

 

「ま、アイツについてはどうでもいいや。っと、なんだこの依頼書……何々? 飛竜の取引依頼?」

「それ、こっちにください」

 

 フィアが封を切って中身を検めた依頼書を受け取り、内容に軽く目を通すと……まぁ。

 噂が広まるのは早いモノで、人化したキューイを『買い取りたい』という依頼書が舞い込んでくる様になった。

 金額は目ん玉飛び出る程に高く。下手すれば両手の指の数程の屋敷を新築できそうな額が提示される事もある。あるのだが……。

 

「モンスターの取引とか都市内外問わずにギルドが完全禁止してんのに良くもまぁ……」

「ですよね。それに、この依頼者って怪物しゅ……あ、すいません」

 

 呆れと軽蔑が交じり合った表情で郵送物を仕分けしていくフィアの言葉の通り。モンスターの取引は都市内外厳禁だ。特に都市外へモンスターを売り渡す行為に関してはね。

 まぁ、一部から未だに流れてるみたいなんだがね。【イシュタル・ファミリア】が関与していたであろう地下建造物がダンジョンと地上を繋いでいる可能性は高いと思う。

 どれほどの規模になるのかは想像が付かんが、【ロキ・ファミリア】が調査してるっぽいので大丈夫だろ。

 いくつか気になる情報があった訳だが……主に【ディオニュソス・ファミリア】の主神が不審な動きをしている。というのと【ヘルメス・ファミリア】の動きが不審だ。というものだ。

 ………………本音を言うと、どっちも怪しいし潰しとけば良くね? って感じはする。

 まあ、しないけど。

 

「怪物趣味、良い趣味してますよねぇ」

「あの、副団長。そういうつもりで言った訳では……」

 

 恐縮した様に小さく謝罪するメルヴィスを見て、気付いた。

 ああ、俺が『怪物趣味』って言われてる事に関してか。

 

「ああ、別に気にしてないんで良いですよ。興奮、はしませんが、私はモンスターなんかより人間の方が怖いですし。むしろ……」

 

 裏で自身の目的を達成しようとごそごそと動き回ろうとする神々の方が面倒臭いし怖い。ほんと、人の尺度では決して測り知れない様な目的の神も居る事だしね。

 

「やっぱ、副団長って変わってるよなぁ」

「嫌いになりました?」

「いや、別に。アタシは気にしないが」

 

 最後の郵送物を確認して仕分け箱に放り込むと、フィアは大きく伸びをしてソファーに寝転んだ。

 

「あー、んで、その依頼書出した商会はどうすんだ?」

「え? あぁ、勿論ですが、ギルドに提出ですよ」

 

 都市外のお貴族様や富豪様が大金出してでも『キューイを買いたい』と宣うのが凄いね。だって隠す気が全くない依頼書とか時々来るし。

 本当に面倒だからこういうのは全部ギルド通してくんないかなぁ。

 

「派閥当てに突然来る依頼なんて全て後ろ暗い事があってギルド経由できません。って言ってる様なモノじゃないですか」

 

 なんでそんな依頼を受けなきゃいけないんですかね。

 俺も最後の一つとなっていた依頼書にお断りするという返事を書き終えた紙を封筒に納め、【ヘスティア・ファミリア】のエンブレムである『鐘と竜を結ぶ炎』の蝋印を施す。

 前世だとパソコンでちゃちゃっとできたそれを、手書きでやると流石に疲れるなぁ。しかもほぼ毎日。

 

「まぁ……流石にソレは言い過ぎかと思いますが。間違ってもいませんからねぇ。お茶、どうぞ」

「ありがとうございます」

「さんきゅー」

 

 寝ころんだまま紅茶を口にするフィアに対し、メルヴィスが青筋を浮かべて『行儀が悪い』と彼女の尻尾を掴むのを見やりつつ、一息入れる。

 今度、全ての依頼書はギルドを通さないと引き受けませんと言い切ってやろうかしら?

 でも、それをやった場合も面倒なんだよなぁ。俺だったらそんな手段に出た派閥に対してギルドを通さずに依頼を受けて貰うならば、懇意にしている派閥を利用して自身も懇意な立場に滑り込むし。

 そうなれば今現在懇意にしている派閥、留守を任せる程に懇意な【タケミカヅチ・ファミリア】や【ミアハ・ファミリア】辺りに迷惑をかけかねない。

 彼らも単純な悪意なら気付けるだろうがなぁ。巧妙に隠す奴とか居るとだるいし。

 

「はぁ……私、やっぱりモンスターより人間が怖いですよ」

 

 俺の足元で丸くなってうたた寝しているキューイの頭を撫でつつ呟くと、それを聞いたメルヴィスとフィアが困った様に顔を見合わせてた。

 

「私達も、恐いですか?」

「いや、無条件で人間が怖いんじゃないんですよ? ただ……」

 

 悪意を隠して笑顔を浮かべる人間が多すぎて恐い。というよりは、気持ちが悪い。

 可能ならば、目立たず、静かに、ちょっとした幸せにだけ包まれて平穏な生活がしたい。

 

「ちょっとした幸せって?」

「そりゃあ、ヘスティア様とベルが居て、ヴェルフやリリ、ミコトやディンケさん達も居て……」

 

 そうだなぁ、例えば……。

 

「孤児院、とか。ですかねぇ~」

 

 ヘスティア様の神としての側面を見るなら、孤児院でも開いて子供達の面倒を見ながら静かに暮らしたい。

 悪意に染まらぬ様に子供達を導いて上げて……。

 

「はぁ、無理ですね。夢のまた夢ですし」

 

 無理無理、絶対に無理。

 目立ち過ぎたし、今から雲隠れなんて出来ない。

 【ロキ・ファミリア】や【ディアンケヒト・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】にギルドもそうだ。

 色んな派閥や組織と関係を持ち、しがらみが増え過ぎた。動きは鈍り、選択肢は減る。

 

「キューイは良いですよねぇ。私も、キューイみたいに気楽になりたいですよ」

 

 本当に、足元で寝こけるキューイが羨ましいよ。俺だって、何も考えずに届いた郵送物を全て灰に変えて寝こけたい。どうしてこんなしがらみばっか増えるんだか。だるい、うざい、手紙なんて届くな面倒臭い。

 返事を書かずに無視したら無視したで色々と面倒事に発展しやがる。面倒だ、本当に、面倒だよ。まったく。

 まあ、流石にキューイみたく下着も穿かずに寝るのは無いがね。

 

 

 

 

 

 正午頃、西のメインストリートに足を運んだ俺は喫茶店になっている『豊穣の女主人』に足を運んでいた。

 目的は勿論、マイヤーズとの情報のやり取りだ。

 店員が興味深そうに此方を観察するのを尻目にやり取りを行う。まあ、目の前の情報屋は非常に警戒しているみたいだが、やり取りする情報は危険な物では無いし問題はない。

 

「これで全部だよ」

「……確かに、情報感謝します」

 

 必要金額の入った袋を手渡すと、事前に依頼しておいた情報を纏めた紙切れを差し出してくる。

 黄色の猫耳っぽいフードを目深にかぶり、顔を隠す様に首元に襟巻を巻いた犬人の少女は、袋を受け取ると満足げに頷いた。

 

「金払いの良い客は好きだよ」

「精度の高い情報をくれる情報屋は好きですよ」

 

 少し多めに情報料を支払ったからかすこぶる上機嫌そうな彼女は、ふと何かを思い出した様に此方を見やった。

 

「そういえば、レーネ・キュリオだったか。あんたが寄越した遣いの奴」

「……ええ、そうですが。お気に召しませんでしたか?」

「いや、あのレーネ・キュリオって奴……記憶違いじゃなきゃ、女専門の、アレだろ?」

 

 言いたい事はなんとなくわかった。

 

「彼女が私の愛人、とでも思ってますか?」

「違うのか?」

「勿論、違いますよ」

 

 そっか、なら良いんだ。と手帳にメモを取り出すのを見て、何となく察した。

 

「誰かが調査依頼でも出しましたか?」

「……ま、そんなところ。特に隠す必要も無いから言うけど、ミリア・ノースリスの情報は跳ぶように売れるんだよ」

 

 どんな些細な情報でも売れる。だからこそ俺の情報を調べているのだろう。

 とはいえ、あまりにも軽々しく情報を売られても困るし、売った相手次第では『情報屋マイヤーズ』も閉業して貰わなくてはいけなくなるんだがね。

 

「わかってる。売る相手はしっかり吟味するよ」

「それは重畳」

 

 肩を竦めた所で、情報屋の少女は立ち上がって代金をテーブルに置いた。

 

「また、必要があれば頼ってくれ。勿論、その分のヴァリスは弾んでもらうけどね」

「ええ、頼る時があれば是非に」

 

 上機嫌な様子で店を出て行った彼女を見送っていると、すすすーっと音も無く猫人の店員が忍び寄って来て、俺の手にある紙切れを掏ろうとしてきた。

 咄嗟に紙切れを仕舞いつつ、掏ろうとした犯人を見やった。

 

「クロエさん、手癖が悪いのは店員としてはどうなんでしょうかね」

「……気付かれた?」

 

 驚いた様子の彼女に笑顔を向けておく。

 暗殺者として隠密に長ける彼女に気付けたのは偶然ではない。といっても本当に曖昧ではあるが、一定距離に近づかれるとなんとなくわかるのだ。

 理由は、多分『マジックシールド』のスキルだろう。というのも、このスキルは無意識に攻撃などに反応して発動するモノなのだが、これは厳密に言うと無意識にでも近づくモノに反応している。と言う事になるらしい。

 簡単に言うと、近づいてきた対象が『攻撃』なのか『生物』なのかを薄らと感じ取っている訳だ。要するに、なんか近くに来た、というのを薄らと感じ取れる様になっている訳であるのだが……。

 これなぁ、痛覚に異常が出てから暫くしてわかる様になってる辺り、第六感というか、狂った痛覚がスキルと噛みあったんじゃないかな。とは思う。

 まあ、不便ではないし別に構わんのだが。

 

「何の情報のやり取りニャ?」

「いくつかの商会が取り扱ってる商品についてですよ」

 

 興味津々と言った様子で問いかけてきたクロエさんに紙切れを渡す。

 中身は、言った通り。俺達に依頼書を出してきた所も含めて二〇近くの商会が取り扱っている商品をリストアップしてくれたモノだ。

 

「……こんなの買ってどうする訳?」

「どうする、って……ちょっと洗ってるんですよ」

 

 何を探っているのか、と興味を持つクロエさんから紙切れを返してもらった所で、ふと見知った声が入口から響いてきた。

 

「こんにちは、ニャ。今日はシルは居ないニャ」

「あ、はい。こんにちは。それと、今日はシルさんに用事があった訳ではなくてですね」

 

 アーニャさんに対応されているのは、我らが団長殿。ベルだった。

 後ろにはヴェルフと、どうしても今日は休みたいと懇願していたミコトの姿もある。

 一言二言、ベルとアーニャさんが問答すると、後ろに居たミコトが緊張した面持ちで前に出て説明をし始める。

 どうやら、彼女が元居た(やしろ)では神々が地上に降臨した日に祝い事を行っていたらしい。そして、戦闘遊戯(ウォーゲーム)や【イシュタル・ファミリア】とのごたごたで忘れていたが、昨日が祝いの日だったらしい。

 少し遅れてしまったが、タケミカヅチ様にどうしても贈り物がしたく。その贈り物として『ケーキ』を用意したいが、調理法(レシピ)がわからない、と。

 『豊穣の女主人』ならば教えてくれるかもしれないから、頼みにきた。らしい。

 

「クロエさん、ミアさんっていますよね」

「ニャ? 居るけど、何?」

「いや、ミコトさんの頼みを聞いてあげて欲しいな、と思っただけですよ」

 

 ちょっと交渉するかね。

 真剣に懇願して暇を貰った理由は特に聞かなかったが。内容を知ったからには手を貸さない訳にはいかない。

 日頃から感謝している神に対して、何らかの礼がしたい。その気持ちは非常によくわかる。

 俺もヘスティア様に何か贈り物……そうだなぁ、髪飾りはベルが贈ったモノがあるし。時計とか、装飾品は少し重いか? 食べ物、かなぁ。

 俺がヘスティア様に何を贈るのかは後々決めるとして、今はミアさんに交渉しなきゃなぁ。

 まあ、ミアさんもそこまで厳しくはないだろうし。昼食食べていけば目を瞑ってくれるんじゃなかろうか。それで無理なら体で払いますとも。




 一応、現在の本編時間軸としては第8巻の一章です。タケミカヅチ様が天然ジゴロな所ですね!

 本当ならこの後にフィンからリリルカへの求婚の話もありますが……そこは飛ばすか、別の話にしますかねぇ。

 何なら、ディンケとかフィアとか、オリキャラの話を入れるか。と思ったけど進行の遅さ的に居れるの迷ってる感じ。

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