魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第一九九話

「撃てぇっ! 【魔銃使い】ぃぃぃぃぃっ!!」

「早く詠唱しろぉぉぉぉっ!?」

 

 響き渡る怒声に続く、巨人の咆哮と爆音染みた衝突音。

 現在階層は17階層、場所は最奥部、嘆きの大壁のある広大な広間。

 安全階層(セーフティポイント)進出前に立ち塞がる、18階層直前の最難関地帯である。そんな場所で、俺達は大規模戦闘に巻き込まれていた。

 

前衛壁役(ウォール)のクソッタレどもおおおおお!? その汚ねぇ(ケツ)にもっと力ぁ込めて守りやがれええええ!?」

 

 味方を鼓舞する様な怒号やまとまりのない詠唱が響き渡る中、俺は数人の冒険者に詰め寄られている。

 

「あの砲撃(まほう)で何とかしてくれ!?」

「分け前も出す、さっさとしてくれ!」

 

 本来ならば17階層の外れ辺りで野営(キャンプ)する予定だったのだが、想定外の事が発生して予定変更する事となる。

 事の始まりは17階層に降り立った直後に聞こえた鬨の声、加えて巨人と思しき凄まじい大咆哮。【ヘスティア・ファミリア】団長のベルと【タケミカヅチ・ファミリア】団長の桜花は阿吽の呼吸で頷き合い、即座に予定を投げ捨てて正規ルートを駆け抜けた。

 その先に広がっていたのがこの光景。そう、階層主(ゴライアス)と交戦していた徒党を組んだ冒険者達だ。

 

「いや、ですからですね……」

「早くしてくれ!」

「あの砲撃(まほう)で一撃だろ!?」

 

 衝撃音が響き渡り、大盾を隙間なく並べた壁が大きく歪む。前線を張る冒険者達から期待と焦燥の感情が向けられるのがひしひしと感じられた。

 ベルは黒犬(ヘルハウンド)大虎(ライガーファング)を切り伏せ、リリがハンドボウガンで応戦している姿も見られる。ヴェルフや桜花も前線に参加して完全に巻き込まれている状態の中、俺は冒険者達から喝采混じりに歓迎されたのだ。

 さて、ここで俺が直面している問題について少し話そう。

 というかそんなに難しい事ではない。簡単に言ってしまえば、冒険者一団から俺はとある魔法を期待されている。

 ……そう、戦争遊戯(ウォーゲーム)で都市中に知れ渡ったあの『超遠距離砲撃魔法(アンチマテリアル・スナイパー)』である。

 

「いや、ですから無理なんですってば!?」

「何言ってやがるんだ! 出し惜しみなんてしてんじゃねぇ!?」

 

 断じて、出し惜しみとかではない。()()使()()()()のだ。

 幅と奥行き何百М(メドル)もある広大な広間の中央部、モンスターの雄叫びと冒険者の怒号が錯綜する中、交戦中の戦場のど真ん中で最も存在感を放つ、総身七М(メドル)にも届く灰褐色の巨人。

 

『────オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 17階層の迷宮の孤王(モンスターレックス)『ゴライアス』が、両拳を振り下ろしながら冒険者達を威嚇する大咆哮を響かせる。地面を粉砕する拳の馬鹿げた威力と大音量に、前線に駆り出されていたヴェルフやミコト、桜花が大きく怯む。

 『小遠征』を行うのに関して、事前にしっかりと情報収集は行っていた。行っていた、のだ……『地上の』情報はしっかりと。つまり、地上ではない、()()()情報は引っかからなかった。

 非常に間の悪い事に、18階層の『リヴィラの街』の住民達による階層主(ゴライアス)討伐の決行日と、俺達の『小遠征』の決行日が綺麗に重なってしまったのだ。

 およそ二週間の出産期間(インターバル)を要し何度も出現する階層主(ゴライアス)は18階層以下が目的地である上級冒険者達からすれば通行の妨げ以外の何物でもない。それに伴って18階層の通行量が減る事は、同業者から金を巻き上げる事をしている(リヴィラ)の住民の稼ぎに多大な影響を与える。故に、迷宮内で宿場町を営む彼らは徒党を組んで定期的に階層主(ゴライアス)の討伐に乗り出るのは必然である。

 俺達が直面したのもその討伐作戦に違いない。

 そしてそれが厄介で面倒事に繋がっているのが、過去に18階層で発生した異常事態(イレギュラー)である黒い階層主(ゴライアス)に一撃で即死級の損傷(ダメージ)を与えた冒険者が居た事。

 それに付随して戦争遊戯(ウォーゲーム)中に城塞を打ち抜く一撃をみまった冒険者が居た事。

 もう察しが良い者は察するだろうが、その冒険者が【魔銃使い】ミリア・ノースリスであり、俺の事であるというのは(リヴィラ)の住民たちの周知となっているのだ。

 

「早くしてくれ!?」

「何してんだ、詠唱する時間稼いでやってんだろ!?」

 

 階層主(ゴライアス)討伐作戦中、対象を一撃で撃破できる可能性のある魔法使いが偶然通りかかり、助力を申し出たとしたら。皆が何を望むかなんてわかりきっている。

 そう超遠距離砲撃魔法(あのまほう)でいち早く打倒してくれ、である。

 ただ、それができない事情が俺にはあるのだ。

 

「だから、ちょっと今はその魔法が使えない、といいますか……」

「なぁに言ってやがる!?」

 

 ぎゃんぎゃん吠えたてる冒険者に詰め寄られているさ中にも、前線で戦う冒険者達の悲鳴が響いてくる。

 なんとも言い難いのだが、俺は性質変化(クラスチェンジ)によって性質(クラス)を変更する事で幾種類もの魔法やスキルを使い分ける事が出来るという、他の冒険者にはない希少(レア)な【ステイタス】であるのだが。

 当然ながら【ステイタス】は秘匿している訳で、一般的な冒険者の知る【魔銃使い】という冒険者は、『超遠距離砲撃魔法を扱う冒険者』である。戦争遊戯(ウォーゲーム)を見ていた彼等からすれば、何故ここでその魔法を使ってさっさと砲撃をぶち込んでくれないのか、とキレるのも仕方ない。仕方ないんだけど、今は本当に無理なのだ。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)での活躍は何だったんだよ!?」

「あれは奥の手でして、気軽に撃てないんですって!?」

 

 実際には撃てなくはない。いや、この言い方では非常に語弊が強い。

 性質(クラス)狙撃手(スナイパー)であれば余裕で撃てる。使用中の銃杖が消し炭になってぶっ壊れるのに目を瞑れば撃つ事自体は問題無い。

 だが、今回の『小遠征』の目的を考えて、俺の今の性質(クラス)魔弾罠師(ファクトリー)人形師(ドールズ)なのだ。

 性質(クラス)を変更するには主神、ヘスティア様の力を借りる必要があり、前回、黒い階層主(ゴライアス)との戦闘時と違って今はコロコロと気軽に変更が出来ない。

 

「ンだよそれっ、使えねぇ!?」

 

 最初こそ期待して縋り付いてきた名も知らぬ冒険者は、俺が魔法を撃たないと分かった途端に唾を吐きかけて戦線へと駆け出していく。

 ローブにべっとりと着いた唾を見やり、溜息を零しながら外套(フード)を被って魔法の詠唱を始める。

 

「【ピストル・マジック】【強装弾(リロード)】【強装弾(リロード)】」

 

 性質(クラス)は『クーシー・ファクトリー』型。

 汎用性の高さに罠類の利便性から迷宮内での野営目的で設定したクラス。当然、対巨人(ボス)能力は低めと言わざるを得ない。

 仕方ないだろ、と言い訳をしたいが【ステイタス】に関して秘匿している現状だと言い訳のしようがない。おかげ様で、この一件で(リヴィラ)の住民からの評価はガタ落ちも良い所だろう。

 お人好しのベルにつられて助力する事になったが、正直無視して隠れていればよかった。

 

「【強装弾(リロード)】【強装弾(リロード)】」

 

 後方で荷物満載状態で戦闘に参加できないヴァンと、その傍で頭からすっぽりと外套を纏って周囲に混乱を撒き散らさない様に待機してるキューイをみやってから、前線へと視線を向ける。

 過去に見た黒い階層主(ゴライアス)と比較すると、格段に能力が低い事は即座に理解できる。だが、それでも『ゴライアス』の公式(ギルド)推定Lv.4の怪物だ。前衛壁役(ウォール)の護りが危うく崩されそうになる場面も見られる。

 加えて、18階層の時とは異なりLv.4の冒険者がこの場に居ない。居るのは(リヴィラ)でも有名なLv.3が数名に加えて、【ヘスティア・ファミリア】の5名と少ない。

 

「【強装弾(リロード)】【強装弾(リロード)】」

 

 一応、屈強な前衛壁役(ウォール)は崩れかけながらもしっかりと巨人の進撃を抑え込んではいるのだが、その後の攻撃が続かない。俺がスナイパーではないから、ではなく前衛攻役(アタッカー)雑兵(モンスター)の駆除に追われて巨人への攻撃へと手が回っていない。それは魔導士達も同様。

 詠唱を妨害される者、『完成』した魔法を仕方なく雑兵(モンスター)へと放つ者。魔法の火球や光の雨がそこら中に飛び交っている。

 お世辞にも連携が取れているとは言えない。もとより(リヴィラ)の住民は同派閥に所属している訳ではないので仕方が無いが。

 

「【ファイア】【ファイア】!」

 

 かくいう俺も、接近してきた黒犬(ヘルハウンド)に二発ぶち込んで無駄に使用してしまった。いや、そもそも他の冒険者があからさまに俺を守る気を無くした様に散った事もあって俺の方に雑兵(モンスター)が流れて来てるな。

 

「【強装弾(リロード)】【ファイア】【ファイア】【強装弾(リロード)】」

 

 装填、発砲、装填、装填、発砲、発砲、発砲、装填、発砲。

 きりが無い。というかゴライアス狙う余裕すらない。

 離れた位置でLv.2に登り詰めた千草とミコトが阿吽の呼吸の連携を見せ付けて、モンスターを切り刻んでいく。それと比較して上級冒険者達はばらっばらのぐっだぐだ。もう滅茶苦茶だ。

 

「────この階層主(ゴライアス)、いつものよりやるぞ!?」

 

 前衛の冒険者の一人が大声を張り上げる。

 迷宮を徘徊しているモンスターも個体によって能力にバラつきがある様に、『迷宮の孤王(モンスターレックス)』にも個体差は存在する。今回の個体は『当たり』らしいが────強化個体よりマシだと思うがね。

 まあ、あの時より戦力が足りないし、雑兵(モンスター)も無尽蔵に補充され続けている。あの時は18階層に居た分だけの雑兵(モンスター)で済んだが、今は無尽蔵に生まれ続けていると考えれば状況が悪いのは明白だ。

 こう考えると、結構酷い時に合流してしまったな。それに、この救援のおかげで俺はいらない逆恨み(ヘイト)を買う訳だし。

 

「チッ、数が足りなかったか……【魔銃使い】も役に立ちやしねえ……おいっ、街へいって援軍を連れてこい!? 十分(じゅっぷん)でだ!!」

「無茶言わないでくれぇ、ボールス!!」

 

 街の纏め役らしい巨漢の大頭の指示がなされ、命じられたヒューマンが悲鳴を上げた。

 あの糞(かしら)の奴、戦力の逐次投入なんて馬鹿な真似しやがったのか。いや、今回はある意味では仕方ないのか。

 『ラキア王国』の進軍に対応すべくほとんどの派閥が地上で活動しており、今のこの戦場にLv.4が一人も存在しないのも上げられる……いや、だったら最初からLv.3をもっと投入しとけよアホか。

 俺達【ヘスティア・ファミリア】の増援を含めても五十にも満たないパーティ。

 第二級冒険者が奮闘しなければならず、兎の様に縦横無尽に駆け抜けるベルは蓄力(チャージ)する暇なんかない。ミコトの重力魔法も閉鎖空間に加えて天井の低さから使用できない。

 俺の魔法はいわずもがな。今回の目的は巨人討伐ではないがゆえに性質(クラス)構成がどうしようもない。

 (リヴィラ)からの増援は距離や準備時間を考慮しても、一刻はかかってしまうだろうし、当てに出来ない。

 

「【強装弾(リロード)】【ファイア】」

 

 まともに魔導士の砲撃(まほう)が打ち込まれていない状況。足に損傷(ダメージ)が蓄積してはいても、そろそろ前線が限界か……。

 

「ミリア様!」

「リリ、状況が悪いわね」

「はい。ですので────」

 

 駆け足で近づいてきたリリの言葉に耳を傾けつつ、前線を伺う。

 ヴェルフや桜花、ディンケやフィア等が前線に立っているが、前衛壁役(ウォール)が崩れて前線を押されたら彼らまで不味い事になりかねない。

 秘匿して置くべきなのは違いないが、このままだと仲間の命に関わってくる。

 

「かける対象は……ミコトが良いわね」

「はい、直ぐにミコト様に声をかけます。ミリア様は」

「私はここで派手なのを決めるわ。見かけだけは派手な奴をね」

 

 春姫の【ウチデノコヅチ】による『階位昇華(レベルブースト)』を使う為にも、万が一にでも彼女に注目が集まってはいけない。

 ただでさえ逆恨み(ヘイト)を買っている俺がこれ以上変な行動を起こすと、後でしっぺ返しが怖いが春姫の魔法が露呈するのよりははるかにマシだ。

 リリがミコトに声をかけて共に下がっていくのを見送っていると、遂にその時が訪れた。

 

『ぎゃああああああああああああああああああっ!?』

「くそっ……!?」

 

 ひしゃげ壊れた大盾と共に宙を舞う前衛壁役(ウォール)

 性質(クラス)人形師(ドールズ)に変更。広間の片隅、冒険者やモンスターの視界から外れる位置で詠唱を開始する春姫に重ねる様に俺も詠唱を紡ぐ。

 

「【深紅の外套──巨大な大斧──濁った瞳】」

 

 原作『ミリカン』におけるケットシー・ドールズ型は使用する人形次第で戦術がガラリと変わるのが面白い所。強力な単騎人形で蹂躙するか、多数の人形で圧殺するのかで非常に個性が出てくる。

 人形にも等級(ランク)がいくつも存在し、下級は性能が低く数を揃えるのが前提。

 

「【鋭い牙──疾駆する身体──獣の吐息】」

 

 上級にまで至ると、整備費用でゲーム内通貨が消し飛んでいくが、それに見合った性能は持つ。

 そして、最上位等級の人形に至っては同一サーバー上で一体までしか存在せず、一人のプレイヤーが所有すると他のプレイヤーが所有できない特殊人形。

 原点(オリジナル)のNPCとの友好度を最高値に上げた上で、特殊依頼(クエスト)を達成すると二〇体の内の一体を貸し与えてくれる唯一無二(オンリーワン)

 

「【奏でる銃声──燻る硝煙──虚ろな心】」

 

 春姫の詠唱が終盤に入るより前に、詠唱を完了した。体から一気に魔力が引き抜かれる感覚に陥る。キューイやヴァン、クリスの召喚、追加詠唱なんか目ではない。それを数倍凶悪にした消費量だ。

 正面位置に展開される魔法円から、獣を思わせる唸り声が響き渡る。周囲の冒険者がぎょっとした表情で俺を見やり、魔法円に視線を落とした。

 雑兵(モンスター)達も姿勢を落として震え、怯えた様に後退り始める。

 ミリカン内において一つのサーバー上で一人のプレイヤーしか所有を許されない唯一無二(オンリーワン)。その余りにも凶悪な性能から、他勢力から恐れられた赤い獣。

 

「【赤頭巾の狼狩人(クレイジー・レッドフード)】」

 

 魔法円から深紅の影が飛び出す。

 ずしん、と重々しい音色と共に降り立った人形は、二足歩行ではあるが、人ではない。

 おおよそ二М(メドル)半はあるだろう巨躯を持つ狼男(ルー・ガルー)。鼻先まですっぽりと顔を覆い隠す深紅の外套。腰の辺りから生えた尻尾には棘付きの鉄線が巻き付けられて痛々しく真っ赤な血を滴らせる。

 その両手には特徴的な得物、旧式散弾銃(ブランダーバス)と戦斧を合成した様な歪な武器。その巨躯に見合った大きさのその銃は、もはや小型大砲と言っても過言ではない。

 獣の様な唸り声を響かせるその人形に、周囲の冒険者が唖然としていた。

 

「【我は操者、操る者成りて────汝は傀儡、五指奏でる調べに踊れ】」

 

 操糸を接続。

 瞬間、僅かに俯いていた人形が顔を上げた。鼻先もすっぽり覆われ、目元が確認できないルー・ガルーは、両手に持った戦斧散弾銃(ブランダーアックス)を構え、前進。

 後方で春姫の魔法が完成し、フードで全身を隠したミコトも淡い燐光を纏いながら前進。

 

「そこの冒険者、合わせなさい!」

「ッッ!!」

 

 大声でミコトに声をかける。僅かに頷いたのを見やりながら、人形を真っ直ぐ前進させる。

 深紅の砲弾が黒き矢を従えて戦場を横断する。

 進路上に存在する全ての敵対者は戦斧散弾銃(ブランダーアックス)の斧の前に上半身を千切り飛ばされ、深紅の外套を彩る塗料として消費されていく。

 (リヴィラ)の住民や、混じっていたモルド達が咄嗟に知覚できないさ中、深紅の獣人形とミコトが最前線へと躍り出た。

 崩れた前衛壁役(ウォール)に代わって緊急対応する前衛攻役(アタッカー)の頭上を飛び越えて獣人形が巨人の拳を真正面から戦斧散弾銃(ブランダーアックス)を交差させて受け止める。

 ズドンッ、と人形から重い衝撃が操者の俺にまで伝わってくるが、止めた。真っ直ぐ、真正面から血塗れの獣人形に受け止められた巨人に、ミコトが光粒の力を両手に集め、黒銀に輝く長刀を引き抜いた。

 

「はぁあああああああああああああああああっ!!」

 

 鯉口から遠く離れた位置にまで響き渡る抜刀音が響き渡る。肉薄したゴライアスの足元で光の斬撃が瞬いた。

 目の前に現れた人形(いぶつ)に視線を奪われていた階層主に、ミコトの渾身の一撃が直撃(クリーンヒット)した。

 

『!?』

 

 太く短い巨人の左足から鮮血が噴き出した。

 見間違い様が無い、痛打の一撃。灰褐色の硬皮を斬り、その奥の深くの血肉を断った。

 片足を大きく負傷した階層主(ゴライアス)平衡(バランス)を崩す。大きな隙だ。

 

「ただの戦斧(バトルアックス)じゃなくて、散弾銃(ブランダーバス)なのよね!」

 

 獣人形にかかっていた階層主(ゴライアス)の拳の重さが消えるのと同時、人形が両手に持っていた戦斧散弾銃(ブランダーアックス)のラッパの様に広がった銃口を巨人の右足に向け────発砲。

 響くのは轟音。込められていた弾薬の種類は高威力焼夷弾(ドラゴンブレス)

 

『──ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

 ほぼ密着(ゼロ)距離から撃ち込まれた小型大砲による一撃によって、階層主(ゴライアス)の右足の硬皮が吹き飛び、肉が大きく抉れて自重を支えられなくなり、遂には完全に倒れ伏した。

 

「すげぇ!?」「どこの所属だ!?」「あの人型のモンスターは!?」「【魔銃使い】がまた何かやりやがった!」

 

 一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)を決めた謎の冒険者(ミコト)への視線と、謎の人形──魔力で構築されているソレ──に視線が集まる。

 

「追撃よ!」

 

 これ見よがしに俺が操ってます。と主張しながら、たった一発の発砲で銃身と斧部が赤熱で真っ赤に染まった戦斧散弾銃(ブランダーアックス)を振るわせて攻撃を再開。

 唖然とする周囲を置き去りにしながらミコトが素早く前線から引いて行き、余計な詮索を受けない様に発足地点に居た春姫とリリも大急ぎで移動していく。

 

前衛攻役(アタッカー)の野郎どもッ、殴れっ、殴れえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 

 千載一遇の機会(チャンス)大頭(ボールス)が叫び、冒険者達の攻撃が再開される。

 足を狙い地に落とす。大型級、及び階層主攻略の定法(セオリー)

 地面に倒れてなお抗う巨人の胸に飛び乗り、顔面目掛けて戦斧散弾銃(ブランダーアックス)を叩き込む。階層主は左腕で顔を庇うが、構うことなく左腕の上から猛攻を叩き込む。

 かなりの魔力を注ぎ込んだのだが、人形の動きが鈍くなりはじめている。消費と効果が見合わない。強いと言えば強い、第一級冒険者とまではいかずとも、第二級冒険者ならば軽く捻り潰せる強さを持つ人形なのだが、召喚から性能低下まで三分と少ししかない。

 ともすれば、全力攻撃を行った場合は下手すると一分も持たないかもしれない。

 『人形複製』による魔力のみでの人形召喚の効率の悪さに眉を顰めていると、冒険者の怒号やモンスターの咆哮の中でもはっきりと人の声が響いた。

 

「────ふむ、手前も交ぜてくれ」

 

 一つの影が後方から躍り出る。聞き覚えのある声と共に戦場を瞬時に横断したその人物は、あろうことか一瞬の内に()()()()()()()()()()()()()

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?』

「なっ……」

 

 階層主(ゴライアス)の傍に余裕綽々といった様子で着地したのは、見覚えのある人物だった。

 太刀を装備し、深紅の袴を揺らす、褐色肌に結えられた黒の長髪の女性。

 防具は手甲を始めとした僅かな軽装のみ。その特徴的な衣装、そして得物から江戸時代以前の日本における剣客を彷彿させる。

 そして、何より目を引く特徴は、左目を隠す眼帯。

 【ヘファイストス・ファミリア】団長【単眼の巨師(キュクロプス)】椿・コルブランド。

 鍛冶師(スミス)にして第一級冒険者の実力を持つ、鍛冶大派閥の首領だ。

 

「も、もらったぞっ、てめぇらああああああああああああああああ!!」

 

 耳を劈く程の冒険者達の大歓声が戦場を支配する。

 戦力不足気味だった所に現れた強大な増援に、落ちかけていた集団(パーティ)の戦意が一気に回復する。

 果敢に攻めていく冒険者達の雄叫びを聞きながら、人形の操作を手放す。

 既に半身が消滅しかけていた『赤頭巾の狼狩人(クレイジー・レッドフード)』は操作を手放した瞬間、瞬く間に消滅してしまった。

 

「あー、なんか損した気分」

 

 一応、隠し札ではあったが使い辛い。

 消費は大きいし、術者の俺が割と無防備になるし。威力、人形性能は高いんだけどなぁ。

 『血みどろ人形団(グラン・ギニョール)』とか『増殖人形(マトリョーシカ)』とか単一ではなく複数の人形を一気に召喚するタイプは戦争ならまだしも、モンスター相手には使い辛いし。

 かといって他の人形は癖が強いし、術者搭乗型の人形は消滅したら放り出されるだろうから使いたくないんだよなぁ。

 冒険者達が群がり階層主(ゴライアス)を仕留めるのを尻目に、適当に雑兵(モンスター)を片付けつつ、リリ達と合流する為にその場を離れた。

 

 

 

 

 

 階層主は間もなく、特に問題らしい問題も起きずに討伐が完了した。むしろ、問題は討伐し終えた後に発生した、と言った方が良いだろうか。

 『迷宮の孤王(モンスター・レックス)』の巨大な『魔石』は勿論の事、武器素材(ドロップアイテム)の『ゴライアスの歯牙』を巡って誰もが分け前を主張したのだ。そう、醜い戦利品争いである。思った以上に出現していた雑兵(モンスター)からの『魔石』や武器素材(ドロップアイテム)もその争奪の勢いに拍車をかける。

 そして、俺達【ファミリア】連合は臨時の助っ人(パーティ)という事を理由に分配への参加を禁じられていた。正直、キレそう。あれ、多分だが俺が砲撃(まほう)ぶちこんでても分配とかして貰えなかったんだろうな。

 というか、未だに出現している雑兵(モンスター)を下っ端に押し付けて競売(せり)までやり始める始末。こいつら本当に図太い性格してるわ。

 そして、ちゃっかり戦利品を確保してきたモルド達は「冒険者なんてこんなもんだ」と笑っていたが、笑えないんだよなぁ。

 

「戦利品の奪い合いなんて見ていても仕方がありません。18階層に行きましょうか」

「うん、そうだね」

 

 豊かな大自然と水晶群が広がる、モンスターの発生しない安全階層(セーフティポイント)

 階層天上に広がる白と青の水晶群によって疑似的な空が作り出されている『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』に足を運び、ぐったりと疲れ切った体を弛緩させた。

 

「図らずとも18階層まで来てしまいましたね」

 

 眩しそうに太陽代わりに輝く白水晶を見上げたリリがポツリと呟く。

 本来の予定から大きく外れてしまったが、俺は魔力の消費が割と洒落にならないし、他の面々も突発的な大規模戦闘で疲弊している事もあり、予定を強行するのは危険が大きい。

 

「ま、とりあえず今日はこの階層で野営しましょうか」

「うん。ディンケさん達もそれで良いですかね」

「ああ、問題無い」

 

 約一ヶ月半ぶりの『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』だが、余り良い思い出が無いんだよなぁ。

 階層南部に広がる森の小川へと向かいつつ、この後どうなるかを考えて眉間を抑えた。

 

「ミリア、どうしたの、大丈夫?」

「んー……ああ、ちょっとトラブルですね」

 

 心配そうに声をかけてきたベルに事情を軽く説明する。

 あの場において俺が『砲撃(まほう)』を使わなかった事で(リヴィラ)からの印象が悪化している可能性がある事。

 俺の【ステイタス】に関して説明すれば納得はして貰えるだろうが、そもそも秘匿すべきそれを開示してまで彼らからの評価を回復させるべきかどうかっていうところ。

 一応、あの場で出来得る限りの最高戦力である『人形』で対応してはみたが……。

 

「はぁ……こんな事になるなら、スナイパーにして来ればよかったわ」

「流石に今日が丁度大規模戦闘をしている日だったなんて知りようが有りませんでしたし仕方が無いですよ」

「文句なんて言いたい奴には言わせとけば良いだろ」

 

 肩を竦めるディンケの言葉に桜花やリリがうんうんと頷いているが……。

 今後、18階層より奥へと進む時に(リヴィラ)からの印象が悪いと面倒な事になりそうだから困ってるんだけどね……?




 この一件でミリアの『砲撃(まほう)』に関する違和感が周囲に知られる事になるでしょう。
 戦争遊戯(ウォーゲーム)でぶっ放してたのに、階層主討伐作戦時には使用しなかった。と……
 一つ情報が洩れるだけで、他の情報も芋づる式に割れていくんですねぇ。

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