魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二〇〇話

 18階層の草原地帯で急な階層主(ゴライアス)討伐戦の疲労を癒しつつも森の方へエリウッドとメルヴィスが先行して野営地確保の準備を行っていると、ようやく競売(せり)や戦利品分配を終えた(リヴィラ)の住民達が降りてくる姿が見えた。

 外套(フード)ですっぽりと全身を覆ったキューイの影に隠れつつ、近づいてくる一団を見やる。

 

「よお、【リトル・ルーキー】、さっきは援軍に来てくれてありがとな」

「はい、どういたしまして」

「ところで、【魔銃使い】は一緒じゃないのか?」

 

 代表して話を聞きに行ったベルから、後方で草原に座って背負った木箱を鬱陶し気に睨んでいるヴァンに視線を移す(リヴィラ)の住民。

 ベルはほんの少し戸惑った様に視線をこちらに向け、答えた。

 

「ミリアは居ますけど……」

「そうか……なら、一つ聞きたいんだが、どうしてあの砲撃(まほう)を撃たなかったんだ?」

「え?」

 

 やっぱりそれか。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)で使っていたあの砲撃(まほう)ならばもっと簡単に仕留められた事だろう。しかし、その詠唱する素振りすら無かったのは何故か、と疑問をベルに投げかけていた。

 答えに窮した様にベルが視線を彷徨わせていると、ヴェルフとディンケが冒険者の下へ歩んでいった。

 

「悪いな、少し事情があってあの時、魔法は撃てなかったんだ」

「事情? 事情ってなんだ?」

「おいおい、他派閥の奴が【ステイタス】、ましてや『魔法』に関しての質問は禁忌(タブー)だろ?」

「うっ……まぁ、確かにそうなんだが」

 

 上手い事、声をかけてきた冒険者をはぐらかす様子を見ていると、リリが声をかけてきた。

 

「ミリア様、気にする必要はありません。確かに、悪印象を持った冒険者の方も居るでしょうが、【ステイタス】に関する事だから、と誤魔化してしまえばいいのですよ」

 

 リリの言う通りではあるんだが、()()()されるのがやっかいなんだよな。まあ、逆恨みはどうしようもない事ではあるんだが、あの時、唾を吐きかけてきた冒険者は事情を理解しようともしなかったし。

 

「ま、その通りではあるんだけどね。どうしても……まあ、気にはなるのよ」

「……ミリア様って変なところで繊細ですよね」

 

 リリの言葉に肩を竦めていると、ベル達が戻ってくるのが見えた。

 

「どうだった?」

 

 質問を飛ばすと、ベルは困った様に頬を掻き、その横のヴェルフは眉間に深い皺をよせ、誰が見てもご機嫌斜めな雰囲気を撒き散らしていた。そしてディンケは苦笑しながら肩を竦めている。

 

「うん、分け前のわの字も与えなかった手前、調子の良い話だけどお詫びに食料や酒を無償(ただ)で譲るって」

「後、ミリア、お前に唾吐き掛けた冒険者が居たそうじゃないか」

「え? ああ、居たわね」

 

 ディンケの言葉に頷くとベルが俺をまじまじと見てから、溜息をついた。

 ……その、溜息は、何なんですかね? なんか呆れられた様な気がするが。

 

「ミ・リ・ア・さ・ま?」

「あ、後で説明するから先にディンケの話を、ね?」

 

 目尻を釣り上げたリリが言葉を区切って呼びかけてくる。別にやましい事があった訳ではなくて、説明するまでもない事だと思ったからしなかっただけで、黙っていた訳ではないから。本当だから。

 

「リリ、もう仕方ないよ。ミリアだし」

 

 ベルですら呆れた様に苦笑を零す。俺の説明不足は筋金入りと言った所か。割と周囲の反応から洒落になってない様な気もするが。

 それはともかく、ディンケの話だ。唾を吐きかけた奴がどうしたって?

 

「ああ、あのアホ、ボールスにぶん殴られてたぞ」

「……ボールス、というと(リヴィラ)を取り締まってる?」

 

 話を聞くに、あの無礼な事をした冒険者を〆といたから、出来れば街に顔を出して欲しいとの事。

 あの荒くれ者の街を取り仕切る大頭が俺のご機嫌取りなんかをとる様な事を言っていたらしい。そういえばボールスは眼帯付けていたっけか。大方、『再生薬』の重要関係者の俺の機嫌を損ねると不味いとでも考えたのかね。

 ……あの冒険者が変に逆恨みしてこなきゃ良いんだが。まあ、それはともかく(リヴィラ)との関係が悪化していない様子なのは一安心、だろうか。

 

「という訳だ、リヴィラに行くか? 行かないか?」

「……行きますよ。ええ、あの町の大頭が胡麻擦って来てるのに無下に断ったら不味いでしょ」

 

 飛竜を何処に待機させとくか考えないと不味いし。そう考えると(リヴィラ)に行きたくないんだが、ここで断ると大頭との関係が悪化しかねない。

 本当に人間関係っていうのは面倒臭い。全く見知らぬ他人がやらかした事で(リヴィラ)の大頭がご機嫌取りをしてきて、それに俺が気を遣わなきゃならん。本当に、怠いしやってらんない。

 もっと気楽に、キューイみたいに能天気に生きていたいよ。

 

「キュイ?」

 

 外套(フード)の僅かな隙間から覗く口元に咥えられた干し肉を見て、溜息一つ。

 人型になった事で器用な手先を手に入れたキューイは、時折荷物の中から勝手に干し肉なんかを引っ張り出して齧ったりしている。本拠に居る時も、いつの間にやら食糧庫の食材なんかを勝手に摘まみ食いしたりと、お騒がせな存在に成り果てていた。

 

「キューイ、あんまり勝手に食べないでって言ってるでしょうに」

 

 何処から奪ったのかはおおよそ察しがつく。春姫が涙目で円柱形のバッグを抱えてキューイを見ているのだ。間違いなく、春姫が運んでいた食料の一部だろう。ヴァンの背にある木箱からではなく、自身に怯えて口を開けない春姫のバッグから奪うのは流石に性質が悪すぎる。

 

「キュイ?」

 

 ああもう、こいつは……。

 本当に、キューイみたいに何も気にせず気ままに生きてみたいもんだ。

 それはそれとして、あの、リリ……リリルカ様? これは、そのですね……はい、監督不行届きでした。誠に申し訳ございません……。

 

 

 

 

 

 階層西部に浮かぶ湖畔の巨岩、その断崖の上に気付かれた『リヴィラの街』の門を潜る。

 木小屋や簡易天幕が立ち並び、簡易な商店も居を構えている。そのどれもが地上ならば法外である様な値札を付けているのを見て、リリが表情を険しくしていた。

 

「わぁ……ここが『リヴィラの街』でございますか」

 

 少しみすぼらしい、ともすれば直ぐに荷物を纏めて移動出来る様に飾り気のない街を見た春姫が感嘆の声を漏らす。雰囲気は、まあ『冒険者の街』というだけはあって、それらしくはあるのだが、春姫の様な感嘆の声を零す程の街だろうか。

 

「えっと、春姫さんは街に入るのは初めてなんですか?」

「はい。美神(イシュタル)様の元では『遠征(とおで)』に伴われる事は何度かあって、この18階層を通りかかる事はありましたが…………街には入らせていただけませんでした」

 

 春姫の感嘆の声に反応したベルと春姫の談笑、というには少し重い会話を流し聞きつつも、背後に着いてきているヴァンが荷物を引っ掻けない様に注意しつつも街の中を進んでいく。

 周囲に居た住民達もヴァンを見て目を見開いて数人がぱたぱたと駆けていく様子が見て取れた。

 

「やっぱ、街の外で待機の方が良かったですかね」

「どうだろうな」

 

 街の中に調教(テイム)済みとはいえ飛竜を連れ込むのに良い顔はしないだろうか、と眉を顰めながらも、街の中央にある青と白の巨大な双子水晶が立つ広場まで足を運ぶと、調子のいい大声が響き渡った。

 

「おおっ、【リトル・ルーキー】に【魔銃使い】! よく来たなあ!」

 

 筋骨隆々で逞しく、桜花をも超える巨躯を持つ大男。悪人面、といっては悪いが、いかにもな強面の人物。

 リヴィラを取り仕切る大頭、ボールス・エルダーその人だった。

 

「あ、えっと……エルダーさん」

「んな他人行な呼び方なんか無くても良い。気軽にボールスと呼んでくれ」

「は、はぁ……」

 

 どしどしと近づいてくると、親し気にベルの肩を叩いて大笑いする大頭。妙に親し気な様子にベルが気おされていると、ボールスは俺を見てにんまりと笑みを浮かべた。

 

「よお、【魔銃使い】。今回も世話になったな」

「どうも……」

 

 やけに親し気に話しかけてくるのが何とも不気味だ。そんな風に警戒していると、ボールスは俺の後ろ、ヴァンを一瞥してから俺を見下ろした。

 

「あの時は助かったぜ」

「いえ、こちらこそ」

「その飛竜はこの広場で待たせといてくれ、泊まれる場所を準備してる」

「……はぁ」

 

 思わず生返事を返してしまう。そんな俺を見やったボールスはクツクツと肩で笑うと、奥を指差した。

 

「安心しろ、この街じゃあお前相手になめた態度とる奴は居ねえよ。俺が許さねえからな」

「……やけに、好意的ですね」

 

 いっそ不気味なぐらいに好意的な態度にちょっと気色悪さを感じるんだが。

 何故か好意的な態度をとる大頭に怯んでいると、彼は笑いながら事情を説明してくれた。

 黒い階層主(ゴライアス)の一件の際に活躍した冒険者として【リトル・ルーキー】が街の住民に認められていたそうだが、俺の方はそうでも無かった事。

 それが戦争遊戯(ウォーゲーム)で披露したあの砲撃(まほう)で、18階層で初手階層主(ゴライアス)を即死させる一撃を放ったのが俺であったと知れ渡ったとの事。

 それ以降は(リヴィラ)の住民は一応、【魔銃使い】に対して一目置いているらしい。

 

「……で、今回応援に駆け付けたのに砲撃(まほう)を使わなかった事に関しては?」

「別に気にしてねえよ。むしろ気にする奴が居たら俺に報告しろ」

 

 直ぐに〆てやる。とドンと胸を叩いて強面で笑みを浮かべる大頭の姿に思わずベルと視線を交わした。

 

「でも、ミリアに唾を吐きかけた冒険者が居たって……」

「ああ、アレか。悪かったな、バカが勝手に噛み付いちまって」

 

 こっちで〆て街から追い出しといたから安心してくれ、と……。

 どうやら黒い階層主(ゴライアス)の一件の時に(リヴィラ)に居らず、あの戦闘を見ていない冒険者だったらしい。加えて、戦争遊戯(ウォーゲーム)での俺の砲撃(まほう)についても勘違いしてたとの事。

 ボールスから見た俺の砲撃(まほう)は杖無しでは使えず、杖に過大な負荷をかける魔法であり、気軽に使って良いものではない。ましてやあの乱戦の中で詠唱なんてされたら魔力暴発(イグニスファトゥス)した時の被害が洒落にならない。

 

「あの場で詠唱なんて出来なかったろ?」

「え……えぇ、そうね」

 

 あれだけ杖に負荷がかかる魔法という事は、詠唱中に妨害されたら間違いなく魔力暴発(イグニスファトゥス)を引き起こす。そんな危険な魔法をあの乱戦の中で使わせる判断なんか、普段から魔術師とパーティを組む奴なら間違いなく避ける。

 今回俺に唾を吐きかけてきた冒険者はどうやらそれなりの実力者ではあったらしいが、魔法を一つも使えず、知識も全く無かったとの事。

 

「だから気にすんな。まあ、それはそれとして、だ」

 

 いや、気にすんなと言われても困る。その冒険者を〆て街から追い出したって、何処の派閥の誰なのかもわからなきゃ非常に不味い。(リヴィラ)との関係悪化が無くとも、その冒険者から妙な逆恨みされんのは御免なんだが。

 既に話を変えた気で居るのか、俺の返事なんか聞いちゃいない大頭は言葉を続けた。

 

「【ヘスティア・ファミリア】は勿論『下層』の攻略もしていくんだろう?」

「は、はい」

「よぅし、『下層』の進行(アタック)時はこの街に寄っていってくれよ、同業者ァ!! お安くしとくぜ!」

 

 調子良く「これからはどしどし利用していけよお!!」と笑声を上げ、ベルの方に腕を回す大頭。

 リリが氷点下の視線を向けているのを横目に、溜息を吐く。

 ────頼むから、俺を恨むなよ。件の冒険者さんよ。

 強面の男に肩を組まれて怯えたベルが助けを求めてくるが、諦めてくれと内心考えていると、ボールスはベルに顔を寄せた。

 

「お前んとこに例の魔剣鍛冶師が居るだろう? 紹介してくれ!!」

 

 ────こいつ、強欲過ぎんだろ。

 思わず眉を顰めていると、後ろで住民に詰め寄られているヴェルフが大声を上げた。

 

「────うるせぇ、散れ!! 俺は『魔剣』を絶対に売らねえし渡さねえ、他の奴にも伝えとけ!!」

 

 怒声を以て『魔剣』を求めて群がる冒険者達を追い払うヴェルフ。

 直ぐに悲願や顰蹙の声が響き、ヴェルフが再度怒声を響かせようとして────ヴェルフと冒険者達の間に灰色の尾が振り下ろされた。

 

「「「────ッ!?」」」

「はいはい、ストップストップ。うちの派閥の鍛冶師に用があるなら団長を通してちょうだい」

 

 眉を顰めたボールスと、肩を組まれて動けないベルを置いてヴェルフと冒険者の間に尾を振り下ろして強制的に止めてくれたヴァンを撫でつつ、割り込んだ。

 戦争遊戯(ウォーゲーム)後、少なからずこういった事はあったが今日は輪をかけて酷い。

 (リヴィラ)の住民達の噂の広まり方が尋常ではない。まあ、モンスター襲撃の情報なんかが素早く行き届く事の証明でもあるので、何とも言いようがないのだが。

 

「なんだよ、『魔剣』の取引まで仕切る積りかよ!」「『再生薬』だって売っちゃあいないってのに!」

 

 非難の声が上がるが、『再生薬』を引き合いに出すな。それは【ディアンケヒト・ファミリア】の管轄なんだから、【ヘスティア・ファミリア】が仕切ってる訳じゃない。

 と、反論を返すと火に油なので笑顔で対応していると、後ろのヴェルフが俺の肩を掴んだ。

 

「ヴェルフ、ちょっと」

「────何度だって言ってやる。お前等みたいな奴に『魔剣』は売らない。失せろ!」

 

 腹の底から響くヴェルフの怒声に冒険者達が僅かに怯み、すぐに立ち去っていく。唾と文句を吐きながら。

 身勝手な奴らだ、ほんとに、断られたからってあんな態度を…………あぁ、俺も酷いか……いや、あれより酷いかもしれん。泣き落としとか、最悪じゃね?

 

「ミリア、お前は気にすんな。それと……悪い、少し一人にしてくれ」

「あ、ヴェルフ」

 

 何処か影を落とした表情のヴェルフが、俺の手を払って一人輪を外れていってしまう。

 追いかけようか躊躇した所で、ベルが声を上げた。

 

「ミリア、僕が行くよ」

「あ、うん。お願い」

 

 一人立ち去ってしまったヴェルフを追って、ベルが駆けていく。その背を見送り、残る面々を見回した。

 

「はぁ、とりあえず食糧と酒だけ受け取りましょうか」

「あの、ヴェルフ様は大丈夫でございましょうか」

「春姫殿、ヴェルフ殿はベル殿が行きました。大丈夫でしょう」

 

 心配そうな春姫にミコトが大丈夫だと断言し、街の住民が約束通りに渡してくれた食糧をバッグに詰めていく。

 他の面々も多少悪くなった空気を引き摺っているのか、黙々と作業を進めていく。そんな俺達に対して刺さる住民達からの視線は、どこかよそよそしい。

 なんて身勝手な奴らだよ。好意的に振る舞ってきてたのが、先の一件でまたよそよそしいし。身勝手で、期待に応えなかっただけで……ああ、だとすると俺も最低か。

 

「はぁ……」

「ミリア様、どうかしましたか?」

「え、ああ……何でも無いわ。ちょっと疲れただけよ」

 

 知らぬ内に零れた溜息を聞いたリリが問いかけてくるのを誤魔化そうとするが、リリはジーッ、と俺を見やり、呟いた。

 

「悩みがあるならリリが聞きます。というか少しは話してくださいよ」

 

 何処か懇願する様なその言い方は、胸に刺さった。

 

「キュイ……キュイキュイ?」

 

 これ、腐ってない? と箱の一つを持ち上げたキューイがぽつりと呟く。

 腐ってる?

 

「どうしました?」

「え、いや……えっと、春姫、この食料から変な匂いとかしない?」

「匂い、でございますか?」

 

 キューイが腐ってるんじゃ、と発言した箱の匂いを獣人の春姫に嗅いでもらう。すると、春姫は少し首を傾げた。

 

「酸っぱい匂いがしますね」

「…………」

 

 食料が収められているはずの木箱から漂う酸っぱい匂い。そういう酸味のある食べ物だったらよいのだが、と木箱を少し抉じ開け────僅かに漂う酸味っぽい匂いに眉を顰めた。

 

「うげっ……ちょっと、これ……」

 

 箱の中を覗き込むと、見た目こそ腐ってはいないものの、かなりギリギリ……いわゆる腐りかけの固パンやらが入っていた。

 

「……ちょっと、ボールス?」

「ん? どうした?」

「これ、腐ってない? 食糧わけてくれるのは嬉しいけど、腐ったもの渡されるなんて聞いて無いわ」

 

 どんな嫌がらせだよ。

 近くに居たボールスに詰め寄ると、彼はああ、と呟くと呆れた様に肩を竦めた。

 

「冒険者ならその程度じゃ腹壊さんだろ。それに、別に嫌がらせって訳じゃねえぜ?」

 

 冒険者なら腐りかけ程度の状態の食べ物なんかで腹は壊さないし、加熱すればまだ全然食える。勿体無いし地上に持っていくのも怠しいし、其処らで捨ててモンスターが群がっても面倒だ、と。

 

「飛竜にでも食わせちまえばいいだろ? ほら、図体でかいし、飯も沢山いるだろ?」

 

 ────こいつ、ヴァンを残飯処理に使おうとしてやがる。

 

《……(あるじ)よ、普段(あるじ)が俺様にしている事と同じ事ではないのか?》

 

 ヴァンの冷め切った視線を受け流しつつ、腐りかけの食糧の入った木箱をヴァンの背に括り付けた。

 

 

 

 

 

 天井の太陽代わりに輝いていた白い水晶(クリスタル)から輝きが失われ、18階層に『夜』が訪れた。

 結局、俺達は『リヴィラの街』で宿泊する事にした。

 理由はいくつもあるが、階層主(ゴライアス)との闘いで想定以上に道具(アイテム)を損耗している上、俺は『人形複製』に魔力の殆どを持っていかれており、他の面々も疲労困憊。元気一杯なのはサイアとフィアぐらいで、むしろあの二人はどうしてあそこまで元気なのだろうか?

 兎にも角にも、森での野営は避ける事となったのだ。ヴァンについてはボールスが用意してくれた専用の寝床まで与えられている。

 正直、暗殺されそうな気もするが、疑っていても埒があかない。そもそも俺が考え無しに人形複製で魔力損耗し過ぎたのも原因の一つなので大人しく従っておくことにしたわけだ。

 野営の準備が無駄になった、と元気の有り余ったサイアやフィアなんかが零す中、リリと共にいくつかの宿屋を巡って決めた宿は、洞窟に構えられた一件の宿だ。

 冒険者を足元に見て、地上に比べて非常に物価が高いこのリヴィラの街においてその宿は破格と言っていい程に安値だったのだ。中を確認した所、何の問題も無い処か、間違いなく街の中でも上質な部類だというのが伺える。

 何せ大虎(ライガーファング)毛皮(ドロップアイテム)を使った絨毯や燭台型の魔石灯、そして極めつけには一人一つのベッドまで用意されているのだ。そんな街の中でも上質だろう事は一目瞭然のその宿が、不思議なぐらいの安値で提供されており。

 更に付け加えると俺達以外の客が一人も居ないという不思議っぷり。

 まあ、当然の事ながらそれにはしっかりと理由があるんだが。

 

「以前にここに宿泊した冒険者が無残な姿で殺害された事のある、曰く付きの宿みたいね」

 

 過去殺人が起きた曰く付きの物件、という事でかなり格安で提供されているのだが、他の冒険者は怖がって近づかなくなってしまったらしい。

 店主も今回宿泊する旨を伝えると、泣きながら『久しぶりの客だぁ~!』と大喜びしていた。

 

「だっ、大丈夫なのでございますか?」

「リ、リリ殿っ、別の宿に変えた方が……」

「いえ、駄目です。他の宿は高すぎます。曰く付きだろうが何だろうが、安さに勝る物はありません。ええそうですとも、殺された冒険者の亡霊や呪いなんてものは存在しません……!」

 

 怯える春姫、ミコト、千草が猛反対するのだが、リリルカによってばっさり切られる。

 

「こ、こういう時はアレです。多数決ですよ!」

「そ、そうだよ。わ、私は反対!」

「わ、(わたくし)もこの宿は……」

 

 徹底抗戦の構えを見せる三人を一睨みすると、リリが全員を見回した。

 

「他の宿に泊まった場合、この宿の五倍はかかるんですよ!? ありえません!」

 

 リリの迫力に押されたベル、ディンケ、エリウッド、桜花は完全に沈黙。ヴェルフは何処か上の空で聞いていないが、男連中は小さき守銭奴によって轟沈させられていた。

 

「でしたら、他の宿に行く分の費用は自分が出しましょう!」

 

 ミコト達はこの宿が本当に嫌なのか抗議の構えを解こうとしない。店主の方はようやく来てくれた宿泊客を逃がすまいと必死にアピールしている。

 

「なら、ほら食事と酒を無償(タダ)で提供してもいい! な、他より安いだろ?」

「……腐ってたりしません?」

「はぁ? いや、腐ってなんていねえよ!? 今朝届いたばかりの新品だって、ほら瑞々しい野菜だろ!?」

 

 店主が慌てた様子で取り出してきたのは、瑞々しさの残る野菜だ。本当に上質な宿だったんだろうが、惨殺死体が見つかってしまったばっかりに客をうしなっているのだろう。店主の獣人が必死過ぎて可哀想に見えてきた。

 

「ごめん、遅くなったー。今日はここに泊まるの?」

「へぇ、この宿だったんですか。一度は泊まってみたくはありましたが、大丈夫なんですか?」

 

 遅れてやってきたサイア達も合流した所で、ミコト達が彼女達に声をかけた。

 

「サイア殿、メルヴィス殿! やはりお二人もこの宿は嫌ですよね?」

「え? 良い宿じゃん。なにがだめなの?」

「『ヴィリーの宿』といえばそれなりに良い宿とお聞きしますが。資金の方は大丈夫なので?」

 

 メルヴィスの問いかけにリリが力説をかました。

 

「大丈夫です。他の宿の五分の一ですので」

「はぁ……? なんか企んでんじゃねえだろうな?」

「いや、ち、違うって。何も企んでなんかいないよ」

 

 店主の獣人にフィアが睨みを利かせる中、春姫が声を上げた。

 

「あ、あの、この宿で宿泊した冒険者様が……その……」

「む、無残な亡骸となって発見されたって……」

「ふぅん」「へぇ~」「あぁ、なるほど」「なんだ、そんな事」

 

 怯えた千草が口にした話を聞いたフィア達の反応は冷め切っていた。

 怖がるどころか、何だそんな事かと呆れた様に肩を竦める始末。

 

「あの、フィア殿? メルヴィス殿も、この宿はやめておきませんか……?」

「安いなら此処で良いだろ。飯と酒も出してくれんだろ?」

「あ、ああ! 出す、出してやる、だから泊まってってくれ」

「ええ、私は別に構いませんが」

 

 一切動揺せずに返事を返すメルヴィスの姿にミコト達が裏切られた様に硬直し、目を真ん丸に見開いた。

 

「ど、どうして?」

「ん? どうしても何も……たかが人が死んだ場所ぐらいでぐだぐだ言っても仕方ないだろ」

「宿の中にモンスターが沸いた、とかでは無いんですよね?」

「ああ、モンスターが湧く訳じゃない。安全だ、保障する」

 

 むしろモンスターに殺された訳ではない場合、この宿に宿泊した冒険者は誰に殺されたんだ?

 街中で聞いた噂では第二級冒険者、それもLv.4の奴が殺されるヤバい店だって話だが、地上ではそんな話聞かなかったんだがなぁ。

 Lv.4で、時期的にいえば……数ヶ月前……その時期に死んだLv.4って誰か居たか────ぁ。

 

「だったら問題無いだろ」

「あ、ありますよ!」

「ば、化けて出たりしたら……」

「あん? 化けて、って……はぁ」

 

 馬鹿じゃねえのか? とフィアが鼻で笑った。

 

「そもそも、迷宮都市(オラリオ)が何処にあると思ってんだよ」

 

 迷宮の上、そして迷宮には毎日冒険者が降りていき、全員が帰ってくる訳ではない。

 迷宮の中には『死』が満ち溢れているのだから当然。それこそ上級冒険者でも死ぬときは呆気なく死ぬ。モンスターか、派閥同士のいざこざか。

 

「どっちにせよ、アタシ等の足元にゃあ数え切れないぐらいの屍が埋まってんだよ。つぅか、ダンジョンってそういうとこだろ」

 

 それこそ、今まで普通に探索してきた階層で、今までどれだけの冒険者が命を落としたのか。それを考えればおのずと答えは出る。

 

「化けて出るなんてありえねえよ。むしろ、化けて出てくれんだったら直ぐにでも会いたいもんだね」

 

 過去に失った仲間が、亡霊や呪いという形でも残っていて、会う事が出来るなら会いたいもんだ。とフィアが笑った。

 

「この宿アタシ等で貸し切りなんだろ? 好きな部屋使わせてもらうわ」

「フィア、わたしもいくー!」

「はぁ、ま、そういう事だから。おやすみ、団長、副団長」

「……えっと、なんかすいません」

 

 最後にメルヴィスが小さく頭を下げ、店主に代金代わりの証文を差し出した。既にこの宿で宿泊する気満々らしい。実際、安いし。

 俺はそもそも亡霊だとか呪いだとかは信じちゃいないんだが……春姫、ミコト、千草の三人は完全に青褪めて震えている。

 今まで意識してこなかった事を突き付けられて完全に腰が抜けてしまったらしい。三人で抱き合ってプルプル震えていた。

 逆に、ディンケは「ああ、確かに」と納得した様に頷き。ベルは神妙な面持ちを浮かべている。

 過去から現在まで、この迷宮で命を落とした数多の冒険者が居た筈で、そんな彼らの亡霊が出ない以上、居るはずが無い、というのは確かに言う通りだな、と思う。

 ただ、居ない事を証明する事は悪魔の証明でしかないのでそれ以上突っ込む気はないが。

 

「じゃあ、とりあえずこの宿に泊まるという事で、部屋は男女別れて後は自由に────」

「ミリア様、一緒の部屋にしましょう!」

「そ、そうですよ。一緒の部屋が良いです!」

「ミ、ミリア殿、自分も一緒に!」

「わ、(わたくし)も……」

 

 ……え? 何、そんなに怖い? うーん、正直別に良いんだけど、その前に。

 少しだけ皆から離れて、食事の準備をしようとしている店主に声をかけた。

 

「ヴィリーさん、質問良いですか?」

「なんだ?」

「ここで死んだのって、もしかして【ガネーシャ・ファミリア】の方ですか?」

「…………何で知ってんだ?」

 

 ああ、なるほど。そっか……そっかぁ……。

 …………モンスターに殺されたんじゃなければ、誰に殺されたんだろうか。

 ほんの少しの時間しか接することは無かったとはいえ、知り合いが殺されたと聞けば思うところが無いわけじゃない。

 

「どの部屋ですか」

「は?」

「どの部屋で、死んでいたのか教えて貰えませんか?」

「……はぁ、奥から三番目だよ。もう綺麗にしてあるから何も残ってない。本当だ」

 

 あまり、供養のやり方なんて勉強していないのだがなぁ。

 空砲、は五月蠅いか。線香、は持ってないし。お経を唱えるのは、なんか違う。

 

「ありがとうございます」

「あ、あぁ……」

 

 そういえば、要注意人物一覧(ブラックリスト)に『リヴィラの街で殺人を犯した人物』として特徴が記載されてたっけ。

 ……そいつに、殺されたのだろうか。だとすると、絞り込むのには特徴が足りないな。




 知り合いの“死”に気が付いたミリアちゃん、SAN値チェック1/1D3です。
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