魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二〇二話

 夕暮れのギルド本部。

 西日の光が差し込む大理石のロビーには、迷宮探索を終えて帰還した冒険者達で賑わっていた。

 そんな中、最近になって一躍有名になった派閥の集団がロビーへと足を踏み入れてくる。

 何処か小動物を思わせる雰囲気を持った白髪のヒューマン。世界最速兎(レコードホルダー)であり、派閥を率いる団長。【リトル・ルーキー】ベル・クラネル。

 そんな彼と談笑しているのは城を焼き尽くす業火を放つ魔剣を生み出す魔剣鍛冶師。ヴェルフ・クロッゾ。

 小人族(パルゥム)のサポーター、ヒューマンの剣士、獣人のサポーター。そして、小人族(パルゥム)の魔術師。

 

「じゃあ、僕はエイナさんの所に……ミリアも行く?」

「……うん」

「わかりました。リリ達は換金を済ませてきます」

「俺は適当にぶらついてるぞ」

 

 専属アドバイザーであり【ヘスティア・ファミリア】の担当職員であるエイナの元へ小人族の少女を連れて離れていく少年。それを皮切りとし、サポーターの二人と剣士の少女が換金所の方へと向かい、残る鍛冶師は投げかけられる視線を無視して暇を潰す様に掲示板の方へを歩んで行った。

 普段は摩天楼施設(バベル)の換金所を利用する所ではあるが、本日はギルドに納める税金の関係もあって此方を利用する事にした【ヘスティア・ファミリア】のパーティはギルドの方に顔を出しているのだ。

 

「あー、今日は混んでるね」

「……税金、支払日、だしね」

 

 カウンターの前にずらりと並んだ冒険者達の長蛇の列を目にしたベルが困った様に頬を掻き、その横で虚ろな目をしてやつれた様子のミリアが今にも息絶えそうな声で応える。

 長蛇の列の最後尾に並び、しばしの時間を待たされた後。ようやく自分達の番がやってきたベルとミリアの二人はカウンター越しにエイナと顔を合わせた。

 

「こんにちは、エイナさん」

「……こんにちは」

「こんにちは、ベル君、ミリアちゃん……って、ミリアちゃん、どうしたの? 凄くやつれてるけど……疲れてるんじゃない?」

 

 ここ数日、顔を見せていなかったパルゥムの少女が珍しく顔を出したかと思えば、異常にやつれた様子であったのだ。多大な借金を背負っている事で有名な派閥でもある為、眷属が精力的にダンジョンに潜っている事を知っているエイナは彼女が無理していないかを心配する。

 

「ミリアは……えっと、気にしないでください」

「気にしないでって、明らかにおかしいよね? ミリアちゃん?」

「ヘスティア様成分が、足りないです」

 

 ベルの横でぼんやりと虚空を見つめ、虚ろな目をした少女にハーフエルフの少女が声をかけるも、彼女の口から零れ落ちたのはうわごとの様な言葉のみ。明らかに異常な状態にエイナがベルに視線を向ける。

 

「何かあったの?」

「えっと、実はですね────」

 

 後ろから列をなす冒険者達から向けられる視線に急かされながらも簡素に状況を説明しながらも、税金の手続きを進めていく。

 

「へぇ、頑張り過ぎるミリアちゃんに罰ねぇ……逆効果になってない?」

「あはは、僕も、そう思います……」

 

 数日前、女神やリリといった仲間内から休む様に言われていたにも拘わらず、約束を破ってこっそりと仕事を片付けるといった行為に手を染めた。

 悪い事ではないが、ただでさえ過労気味のミリアが加減を知らないかのように働き続けるのを咎めたヘスティアやリリルカ、ベル等といった仲間内で話し合った結果。ちょっとした罰、というよりはお仕置きを決行する事に決めたのだ。

 内容は、女神との接触制限。【ステイタス】の更新や事務的な会話以外で女神との触れ合いを完全に禁止するといった内容だった。

 最初の一日目から、朝から挨拶を無視されて涙目であり、二日目には無視されたのが相当に堪えたのか口数が大きく減り。三日目の今日にいたっては、ダンジョン内でこそ普通ではあったが地上に居る間は朝からほとんど虚ろな目で遠くを見つめている。

 時折、ベルやヴェルフの声かけには反応するのだが、それもだいぶ間が空くのだ。

 

「ダンジョンでは普通なんですけど、帰ってくるとこんな状態でして……」

「ミリアちゃん、大丈夫?」

「…………だ、大丈夫よ。後、あと、四日我慢するだけだし」

 

 エイナが心配そうに声をかけると、今度はやや遅れてミリアが笑顔を浮かべ、震えた声で対応した。

 

「ほ、本当に大丈夫?」

 

 平気平気、と手を振ってミリアが答えるも、数秒もすればまた虚ろな目で何処か遠くを見つめ始める。心ここにあらずの状態にエイナが困惑していると、後ろに並んでいた冒険者の野次が飛ぶ。

 

「まだか?」

「あ、直ぐ退きます。エイナさん、また今度」

「え、ええ……えっと、ミリアちゃん。頑張ってね?」

 

 未だに多くの冒険者が並んでいるのを見て、流石にこれ以上話し込むのは迷惑かな、とベルがミリアを連れてカウンターを離れる。

 ベルはちらりと後ろについてくるミリアを伺った。

 ここ数日は一切仕事に手を付けておらず、最低限の迷宮探索のみでそれ以外は休息の時間をとらされているミリアだが、仕事をし続けて過労気味になっていた頃よりもやつれた様にしか見えない。

 ともすれば、以前の方がマシだったのではないかと思える程だ。食事も喉を通らないのか朝食を抜く事も多くなっている様子も見受けられた。

 このままだと倒れそうで怖いな、とベルが頭を掻いていると、ミリアの視線が虚空ではなくロビーの掲示板の方に向いているのに気が付いた。

 

「ミリア、どうしたの?」

冒険者依頼(クエスト)に気になるのは無いし。新商品告知は……あっ、いや、何でも無いわ」

「僕も気になるし、見て行こうか。暇潰しにもなるし」

 

 ギルドにはダンジョンを含め、冒険者にとって有益な情報が集まる。アドバイザーからの話もそうだし、掲示板に掲示された様々な情報というのは馬鹿に出来ない。

 ミリアが思わず確認してしまった冒険者依頼(クエスト)の羊皮紙や、各商業系派閥の新商品告知の報せ等、掲示板に張り出される情報は確認必須とも言える。

 ほぼ無意識に見ていて、また仕事をしていると怒られて罰が長引くのではと怯えているミリアに笑いかけ、ベルも多くの同業者が人垣を作る掲示板を見やった。

 

王国(ラキア)が攻めてきてるっていっても、いつもと変わらなく見えるなぁ」

「それは当然ね。一部の上位派閥以外には関係ないもの」

 

 魔石産業で利益を得ているギルドからすれば、一般の冒険者を狩りだして戦争に対応してしまえば魔石の産出量が減って利益が大きく減ってしまう。

 故に上位派閥の少数で簡単に撃退してしまう事で損失を最小限に抑えようとしているのだ。

 深層域から得られる魔石も重要ではあるのだが、中小派閥が集める上層・中層の魔石の収益の方が割合は多いのだから。

 

「おいおい、またかよ」

「胡散臭ぇなぁ~」

 

 ベルが王国(ラキア)進行と対応している上位派閥について考えていると、最前列からざわめきが広がっているのに気付いた。

 何だろう、と気になったベルが背伸びをして人垣の向こう側に張られた羊皮紙を確認しようとし、ミリアは耳を澄ましてざわめきの中から情報を拾おうとし始める。

 

「冒険者の装備を奪うモンスターが、出没しているらしいな」

「あ、ヴェルフ」

「冒険者の装備を、奪う……?」

 

 背伸びをしているベルと耳を澄ましているミリアの間にヴェルフが立った。

 三人の中で最も背の高い彼には、掲示板に張り出されている羊皮紙の内容が読み取れる。

 

「って、奪う……?」

「ああ。死体から鎧を奪うモンスターも居れば、打ち負かした冒険者の装備を持っていく奴も居るらしいぞ」

「ふぅん……へぇ~……」

 

 ヴェルフの言葉にベルが純粋に驚き、ミリアが白々しさを感じさせる相槌を放つ。

 モンスターとて『迷宮の武器庫(ランドフォーム)』、天然武装(ネイチャーウェポン)を扱えることから武装を扱う事自体に不思議な点はない。しかし、天然武装(ネイチャーウェポン)に比べると、冒険者が扱う装備品はどれも非常に強力な業物だ。

 それに、武器や盾ならまだしも、『鎧』を奪っていく、といった点は違和感を覚えるのはおかしくはない。

 

「汗水垂らして揃えた装備品を奪われるって考えたら……」

「鍛冶師の俺からしたら、鍛えた武器がモンスターに使われるのはな」

「あ、そっか……怖いね」

 

 複雑な恐怖を覚える二人の横、背の低さから注目されておらずに苦い表情を浮かべているのに気付かれていない彼女は溜息を飲み込んでいた。

 

(出現したモンスターの種類が蜥蜴人(リザードマン)歌鳥人(セイレーン)って……)

 

 もしかして、と心当たりを思い浮かべたミリアが密かに二人を伺い、頭を抱える。

 

「も、目撃情報は何処から?」

「『下層』が主らしいな。少なくとも20階層より上の階層では確認されていないみたいだ」

 

 全ての情報提供者が第二級以上だという情報群。

 人がほんの少し減ってミリアやベルも羊皮紙が見える様になった事でその情報提供者の名が確認出来る様になり、ベルは首を傾げ、ミリアは表情をこわばらせた。

 少年には二つ名持ちで有名な人だろうか、と知識不足で理解できず。情報収集を欠かさなかったミリアは彼らの活動範囲が『大樹の迷宮』だというのを知っている。

 真反対の二人の反応を他所に、ヴェルフは面白半分に二人に羊皮紙の内容を伝えていく。眉唾物だという周囲の冒険者同様、ヴェルフもその話をあまり信用していないのは明白だった。

 

「他にも、面白い情報があるぞ?」

「情報?」

「あー、ミリアはほどほどにな?」

 

 ニヤリと口を吊り上げた笑みを浮かべて追加の話題を出そうとした所で、『情報』と聞いたミリアが即座に反応したのを見て諫める。

 ただでさえ女神の罰で堪えているであろう少女に、万が一にでも追加の罰が与えられると目も当てられない。特にリリルカがかなり厳しめに彼女の行動を監視している。ミリアが執務室に近づこうものなら番犬もかくやと言った具合に吠え追い払おうとするのだ。

 ミリアが密かに情報収集に勤しむ、なんて真似をしているのが見られたら口煩くなる事は間違いない。当然、ベルやヴェルフも対象に、だ。

 あくまでも好機程度で冗談半分の情報だ、と前置きをしてから語りだす。

 

「これは随分前に出回った話だけどな。鎧を纏った『黒いミノタウロス』が現れるらしい」

「黒い、ミノタウロス……?」

「真っ赤な奴は知ってるけど、黒……?」

「そういや、お前等は赤い奴とやりあったんだったか」

 

 ミノタウロスの体色は通常、赤銅色だ。そして、かつてベルとミリアが二人がかりで討伐せしめたミノタウロスの色は真っ赤だった。

 

「ま、一時期流れて直ぐに聞かなくなった、噂程度のものだったけどな」

「もしかして、『亜種』?」

 

 稀に観測されるモンスターの突然変異体。

 ベルとミリアがLv.1の時に二人掛かりで討伐せしめた『深紅のミノタウロス』も同様の『亜種』個体であり、『強化個体』であった。

 とはいえ、突然変異体は通常個体とは違う個体であり。個体毎に個性が異なる。ただ一つ確実に言える事は、通常個体とは比べ物にならない程に強い。という事のみ。

 もし実在するのであれば、その強さがいかほどのモノになるのか。

 かつて経験したあの『強化個体』との戦闘。それを経験したベルが背筋を震わせる。

 

「さぁな。全く出処も知れないし、こっちこそ偽情報(ガセ)かもしれない」

 

 対し、ヴェルフの方は真に受けない方が良い、と肩を竦めた。

 猛牛(ミノタウロス)と聞いてどうしても気になったベルは質問を重ねてしまう。

 

「ヴェルフがその話を聞いたのは、いつ?」

「確か、丁度二ヶ月前だったかな」

 

 二ヶ月前、といえばベルが【ランクアップ】した日だ。

 お前達とパーティーを組み始めた頃だからよく覚えている、とヴェルフが笑う。

 二人が談笑を続ける横、ミリアは顎に手を当てて考え込んでいた。

 

(黒い、ミノタウロス……鎧を着てた? って事は、異端児(ゼノス)の一匹……でも、クリスは知らないみたいだし。じゃあ、二ヶ月前に生まれた個体?)

「ヴェルフ、その噂を聞いたのって此処よね?」

「え? ああ、そうだな。ギルドのロビーで聞いたが」

 

 ミリアの問いかけにヴェルフが答え、直ぐに思い止まって彼女の頭に手を置いた。

 

「ミリア、調べようとか考えるなよ? 少なくとも、後五日は我慢しろ」

「……趣味だから仕方ないでしょう、って言い訳じゃ駄目かしら?」

「リリスケにその言い訳が通じると思うなら、やってみろ」

 

 半ば呆れ混じりのヴェルフの言葉を聞いたミリアが両手を上げて降参を示した。

 

「まっさか、リリ相手にそんな自殺紛いな事はしないわよ」

「それは良かったです。リリも怒鳴らずに済んで一安心ですね」

「ッッ────!?」

 

 唐突に背後から聞こえたサポーターの声に、ミリアは声にならない悲鳴を上げた。

 

 

 

 

 

 ギルドに税金を納める手続きを行った次の日、俺は迷宮街『ダイダロス通り』へ足を運んでいた。

 奇人とまで言われた設計者の手で何度も区画整理が行われた結果、秩序という言葉が忘れ去られた広域住宅街。石造りの建物と階段、路地が縦横関係無く錯綜する重層的な威容は、地上に存在する迷宮という表現もあながち間違いではないと感じさせる。

 迷宮街の入口を潜る際、しっかりと武装を確認し、外套(フーデットローブ)をしっかりとかぶって顔を隠す。序に襟巻も巻いて、傍目からは誰かわからない様にしっかりと身分を隠す。

 

「皆に見つかったら洒落にならないしね」

 

 後四日経てばヘスティア様との触れ合い許可が下りる。それまでは大人しくしていようと思っているのだ。

 それとは別に、今日は少しレーネに用事があって此処に足を運んでいる。

 レーネ・キュリオ。【ウェヌス・ファミリア】に所属していたが派閥抗争の結果、【ファミリア】が壊滅させられ、仇であったはずのイシュタルの元で奴隷の様にこき使われていたアマゾネスの少女。

 一部界隈では『女性専門の娼婦』として有名であり、最近は俺と懇意にしている姿を見られている事から俺が同性愛者ではないか、という噂が広がる原因にもなってしまっている人物。

 一応、彼女は地上に居ない女神ウェヌスに代わり、ヘスティア様が恩恵を授けて【ヘスティア・ファミリア】に所属しているのだが、普段は本拠である『竈火の館』とは違う所で生活している。

 というよりはいくつかの隠し拠点を街の各所に持っているらしい。『歓楽街』から外に出るのを禁じられていた割には、外部に隠れ家(セーフハウス)を持っているのは意外に思える。

 だが、実際には彼女が独自に持つルートを通じていくつか入手したとの事。

 彼女の友好関係についてはいまいちよくわからない、というか調べてみると意外とまともじゃない連中でつるんでいるのはわかる。わかるが、彼女の持つ関係は割とまともだ。

 まともじゃないのにまとも、と言うと疑問を覚えるかもしれないが。まとも、というのは無法者に比べて、という意味だ。

 彼らなりの規則で回っており、【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】、【ガネーシャ・ファミリア】等の大派閥との関係悪化を避ける方向で活動する者達であり、時折そんな大派閥と協力関係を持つ事も多いらしい。特に、フィン辺りがよく情報購入等をしている様子だ。

 購入した情報は小人族(パルゥム)の犯罪について。特に一時期、界隈を騒がせた小人族(パルゥム)のサポーターによる窃盗事件についてを重点的に調べていた事もあるらしい。まあ、流石に何故それを調べるのかまでは調査する気はない。

 ともかく、最低限の規則をもってして動く者達というのは、此方が対応を間違えなければ大人しいのでやりやすい訳だ……こ、今回は彼等との顔つなぎ目的ではないがね。リリにはちゃんと『レーネに会いに行くだけ』と説得もしてきたし。

 

「しっかし……ここ、ほんとに複雑怪奇な設計してるわね」

 

 階段が上に伸びたかと思えば突き出た建物の部屋がそれを塞ぎ、日の光が届かない真っ暗な隘路には古びた魔石灯の弱々しい光が灯っている。そんな猥雑な道の所々にあまり身なりが綺麗とは言い難い貧民等が居る。

 座り込んで盤棋(チェス)をしていたり、井戸の傍で洗濯物をしていたり。多少小汚くはあれど普通の生活をしている姿が見える。

 とはいえ、貧民街なのは変わりないし治安はあまりよくない。無法者に属する冒険者もよく見かけるし、そんな彼らが無体を働くのを『ダイダロス通り』の住民は見て見ぬふりをするのが当たり前だからな。

 

「やっほぉ~」

「……はぁ、びっくりさせないでくださいよ」

 

 僅かに警戒しながら捻じ曲がった階段を上っているさ中、すぐ横の建物の窓が開いて褐色肌に黒髪の少女が顔を見せた。

 相変わらず間延びした声色で、表情はへらへらしており締まりがない。ともすればやる気の無さそうな雰囲気ではあるが、やる時はちゃんとやるし。仕事に関しては手を抜かない真面目な少女だ。

 

「ほい」

「……? 窓から入れ、と?」

「ん? ああ、この部屋さ、窓以外に出入口ないんだよねぇ~」

 

 窓枠越しに手を伸ばしてくるレーネに質問すると、どうやら今レーネが居る部屋は顔を出している窓以外に出入口が存在しないらしい。どんな隠れ家だよ。

 彼女の手を掴み、窓から室内へと迎え入れられる。

 部屋の広さこそそれなりに広くはあり、窓は一つ。奥に扉が付いているのが見えるが、台所や水場らしきものはこの部屋には無かった。

 室内に置かれているのは毛羽だった毛布が敷かれた木組みのベッド。寝具等という高価な物は置かれておらず、木材の板に毛布を被せただけの様子で、お世辞にも寝心地が良いとは言えない安物だ。

 そして、四つ足の椅子にテーブル。どちらも足の長さが揃っていないのかガタガタしており、不安定極まりない。そして、部屋に置かれた収納具(チェスト)は金具が捩り壊された痕跡が残っている。

 

「……これ、レーネさんの隠れ家の一つ、ですか?」

「そうだよ~。安かったんだよねぇ~」

 

 日当り二ヴァリスの部屋。と15日でじゃが丸くん一つ分という格安の部屋だとへらへら笑いながら告げられるが、俺はちょっとこの部屋は無理だ。

 備え付けらしい椅子に俺が座ると、ガタガタと不安定に揺れる。レーネの方は板張りに毛布をかけた申し訳程度のベッドに腰掛けた。

 埃っぽくはなく、しっかりと清掃は行き届いてはいるのだが、配置された家具がガラクタも同然。椅子はささくれだっていて座るとチクチクするし、収納具(チェスト)に至っては施錠不可能だし。

 そもそも出入りが窓のみってどんな立地してんだよ。

 

「そこの扉はなんですか?」

 

 というか、よく見てみるとその扉、取っ手のすぐ横に削って空けたみたいな穴があるじゃん。何の扉だよ。

 

「あ、其処はねぇ~」

 

 部屋に唯一存在する扉をレーネが内側に開け放つと、その向こう側には壁があった。

 …………え? 壁?

 

「何ですかそれ」

「んーとね、ここに元々出入口があったらしいんだけどぉ~」

 

 ホラーゲームや騙し絵なんかで出てきそうな、扉を開けたら部屋ではなく壁があるという仕掛け(ギミック)。現実で見る事になるとは思わなかったが、改めてみるとかなり非現実的(シュール)な光景である。

 

「後から改築して、入り口塞いじゃったんだってぇ~」

「あぁ……なるほど」

 

 どうやらこの『ダイダロス通り』には、この部屋と同じ様に出入口が塞がってしまった建物というのは中々に多いらしい。この一室もまたそんな複雑怪奇な迷宮街の被害部屋の一つらしい。

 この迷宮街を作り上げた人物が『奇人』と謳われるのも納得である。

 とはいえ、どう見ても防犯の観点から役に立ちそうにない壊れた扉の先がただの壁というのは、悪いだけではないのか……? いや、普通に考えておかしいだろ。

 

「で、改まってどうしたの?」

「いえ、様子を見に来たのと、序にお願いをしにきたんですよ」

「お願い? 良いよ、何したらいい~?」

 

 扉を閉じて此方を伺うレーネに真っ直ぐ視線を向け、此度の目的を達成すべくお願いを口にした。

 

「いや、ちょっと()()()()()()()()んですよね」

「…………?」

 

 俺がお願いを口にすると、レーネは大きく首を傾げた。いや、首どころか体が大きく斜めに傾ぐ。

 お願いの内容を反芻しているのか一分ほど時間をかけて姿勢を戻したレーネは、ほにゃほにゃしていた表情を引き締めた。

 

「えっと、ごめん。何? 抱いて欲しいの? いや、別に良いけど、もしそうだったらもっと良い部屋に行かない? この部屋はあくまで隠れ家だし、汚いじゃん? そもそもシャワーもないし、汗かいたら不味いじゃん。匂いだって残ってたら困るでしょう? フィア・クーガとかディンケ・レルカンとかに気付かれちゃいそうじゃん? あ、イリス・ヴェレーナとかサイア・カルミも気付きそうだし。っていうか女の子に興味無かったんじゃないの? いきなりどうしたの? 悩みがあったら聞くけど。ほら、興味ないのにいきなり私みたいな専属娼婦に抱いて欲しいって言いにくる子って大体が彼氏に振られて自棄になって、みたいなのが多いし? あ、団長君に振られちゃった? っていうかそもそも付き合ってたの? もしかして団長君が他の子とデキちゃって傷付いちゃった感じ? 私は別に良いし、お金とる気なんてさらさらないけど、やるならしっかり気持ちよくしてあげるけどね? 体は大事にした方が良いって言うか、いやアマゾネスでなおかつ娼婦なんてやってる私が貞操観念に関して注意するのはおかしな話かもしれないけれど、やっぱり女の子同士ってのは自然の摂理に反するっていうか、赤ちゃん出来ないし生産性の無い行為っていうか、愛し合い女の子同士か、お金で繋がったギブアンドテイクなやりとりならまだしも、自棄になって抱かれにくるのは違うっていうか────」

 

 凄まじい勢いでのマシンガントークに思わず怯んでいると、レーネはくどくどと、いかに女の子同士の性行為が不自然な行為かを語っていく。

 いや、別にそういった目的ではないんだが。

 

「ストップ、ストップです。レーネさん」

「ミリア、処女だよね?」

「いや、処女ですけど」

「私も処女だし言えた義理じゃないんだけど、やっぱ初体験は普通に男の子とやった方が良いよ。うん」

「……私の話、聞いてくれません?」

 

 思わず半眼で睨むと、レーネは深呼吸を繰り返してからベッドに腰掛けようとして止まり、テーブルを挟んだ対面の椅子に腰掛けた。

 

「うん、ごめん。ちょっとびっくりし過ぎた」

「はぁ、そこまで慌てるのは想定外でしたね」

 

 もっと落ち着いて話が出来るタイプだと思っていたのだが。

 

「まあ、ともかく……()()()()()()だっけ?」

「違います、()()()()()()()()です」

「…………えっと、なんで? ああ、いや、勘違いしないでね? 嫌って訳でもないし、頼まれたのなら抱き締めてあげるぐらいいつでもやってあげるけど、理由が気になっただけだよ?」

 

 本当に何かあったの? と純粋に心配してくれている雰囲気のレーネに思わず頭痛を覚えた。

 周囲の人達から俺はいったいどんな風な人物として覚えられているのだろうか。

 

「いや、実はですね……」

 

 ここ最近、俺の自業自得とはいえ接触禁止令が出てからヘスティア様から抱擁(ハグ)やなでなでをして貰えず。加えて挨拶も無視される徹底っぷりで心が折れそうなのだ。

 んで、最初の一日二日は我慢しようと思ったのだが、無理だった。滅茶苦茶キツイ。死にたい。ヘスティア様に抱きしめて欲しい。苦しくて死にそう。と、自分が以外にも我慢弱かった事を知った訳だ。

 

「うぅ、神様に抱擁(ハグ)して貰えないとか、地獄じゃん! あのサポーターちゃん、とんだド畜生だね!」

 

 俺の苦痛に共感してくれたのか、レーネはうんうんと大きく頷いてくれた。

 同じ様にウェヌス様が健在の時には抱擁(ハグ)なんかもしてもらっていた彼女からすれば、俺の置かれた境遇はいくらなんでもやり過ぎだ、と。

 

「それで?」

「それで、余りにも我慢出来なかったのでちょっと他の人に抱擁(ハグ)して貰ったりとかして我慢しようとはしたんですよ」

 

 で、このままだと色々な意味で餓死しそうなので、代用として春姫に抱き締めて貰ったりしていたのだが……。

 

「リリルカにお願いしたら何があっても駄目だ、と怒られました」

 

 ミコトや春姫、イリスは仕方ないなぁ、とお願いを聞いてくれたのだ。しかし、ヴェルフやベル、ディンケやエリウッド等の男性組は流石に恥ずかしいから無理、と断られ。

 最後にリリにお願いしてみたら駄目出しされた。

 

「私が抱擁(ハグ)して欲しい、とお願いされてもしない様に、なんて派閥内でルールが作られました」

「なにそれ酷い」

「誰かが代わりに優しくしてたら罰にならない。だそうです」

 

 いや、もう本当にきっついからヘスティア様以外なら抱擁(ハグ)してくれてもいいじゃん。

 …………いや、まあ、俺が何度も『休め』と言われたのを無視し続けたのが悪いんだが、流石にね?

 

「で、派閥内で私と過剰接触禁止令が出てまして」

「あぁ~、なるほど。人肌恋しさに私の所にきたんだねぇ~」

 

 人肌恋しさ、間違ってはいない。いないのだが、元娼婦のレーネが言うと卑猥な意味に聞こえるんだが。

 まあいい、この際、元娼婦、それも女性専門の娼婦だったとしても関係無い。

 

「抱き締めて欲しいです」

「うん、オッケー!」

 

 快く引き受けてくれた彼女の胸に飛び込み、ぎゅっと抱きしめて貰う。

 そこまで胸は大きく無いし、腕は何処かほっそりとしている。それでも冒険者であるからかそれなりに力は強い。ただ、抱き締められる安心感は余りない。

 どういうべきなのかはわからないが、レーネの抱擁はヘスティア様の抱擁に比べて劣ってる。

 

「…………」

「どう?」

「……ヘスティア様の方が良いですね」

「まあ、それはそうだよ。私だって一番慕ってる人(ウェヌス様)の代わりなんて見つかると思って無いし」

 

 後四日、四日経てばヘスティア様との接触禁止令が終わる。それまで、我慢。我慢だ……。




 少しずつ、異端児編のフラグが立ってきましたね(戦々恐々)

 ヘスティニウム不足で代用探しのミリアちゃん。たかが四日、されど四日。頑張って耐えれるでしょうか。
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