魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

204 / 218
第二〇三話

 人肌恋しさを感じる。と言うと多少の語弊が生まれそうな気はするが、実際に言葉にすると他の上手い表現が見つからない。

 狭く、粗悪な家具が申し訳程度に置かれた一室でレーネにしっかりと抱擁してもらい、一応は満足、というと少し違うが、ほんの少しは満たされた気分になった所で俺は切り出した。

 

「それで、最近はどうです?」

「どう、って言うと?」

「おかしな情報とかは無いですか……例えば、冒険者の装備品を奪うモンスターとかの噂とか」

 

 俺の予測では異端児(ゼノス)達の仕業ではないのだろうか、と言った所だが、実際の所は不明だ。

 異端児(ゼノス)達はギルドがひた隠しにしている事ではあるのだが、彼等も完全に冒険者と遭遇しない様に動く事は難しいだろう。実際に噂としてギルドの掲示板に出る事もある訳だし。

 まあ、噂が出た瞬間に圧力をかけて揉み消す、なんて真似をしないのは賢明な判断と言えるだろう。

 ここでギルドなんかの大組織が下手に圧力なんて掛けて揉み消す真似をすれば、それは即ち後ろ暗い事がある事の証明になりかねない。加えて、ギルドが噂の火消しをするまでもなく、人々の間では『胡散臭い』という評価で終わる訳だしな。

 

「んー……それって時々出回ってる噂だよね?」

「ええ、他にも何か、ダンジョン内で変わった噂等あれば聞きたいですね」

「んと、そうだなぁ」

 

 レーネは顎に手を当ててうんうんと唸り、暫くしてから指を立てると口を開いた。

 

「まず、一つ目。ダンジョン内、特に『大樹の迷宮』の辺りで綺麗な歌声が聞こえるんだって」

「……歌、ですか」

「ただ、歌の発生源まで向かっても人影一つ見当たらないし、歌を歌っている本人の姿を見た者は誰一人居ないって……で、一時期、物好きの冒険者が依頼まで出してたみたいだね」

 

 結局、見つかってないみたいだけど。とレーネは呆れ混じりに肩を竦めた。

 

「二つ目、18階層の中央樹の真東、一本水晶の周辺で人が消える。って噂」

 

 人が消える? 少し、というかかなり気になるな。

 

「その噂は?」

「ん~とね、(リヴィラ)で食料や酒なんかを纏めて結構な量を買っていく冒険者が居るらしくてね。その冒険者が毎回中央樹の真東の辺りにある一本水晶の方に荷物を運んでいくんだって」

 

 一本水晶、と言えばヘスティア様を攫ってベルをおびき出そうとしたモルド達が目印にしてたやつだったか。

 単純にその辺りで野営していた……という話ではなさそうだな。

 野営に適した場所は他にも多くあるだろうし、わざわざあんな辺鄙な所を野営地として選ぶ理由は何処にも無い筈なんだが。

 

「普段からアイツら変だよなって噂してた冒険者達が、リヴィラから大荷物抱えて一本水晶の方に向かって行ったのを見たみたいで、こっそりその後をつけたらしいんだけど」

「それで?」

「居なかったんだって」

「……?」

「それが、あの辺りの水晶が沢山生えてる壁際の所に行ったのは確かに見たんだけど、その辺りには野営地の跡もなければ、人っ子一人居なかったって」

 

 普通に撒かれただけな気もするのだが。

 

「それが、後をつけてたのってLv.4も居たらしいよ。それで、相手のLv.3で」

「うん?」

「所属派閥は【イケロス・ファミリア】だったらしいよ」

 

 【イケロス・ファミリア】? えっと、ギルドの等級(ランク)がBだったかな。

 闇派閥(イヴィルス)との関りが噂されてる派閥だったよな。確か、十数年前の階層攻略の記録が提出されて以降、音沙汰が無くなって……【疾風】による殲滅作戦の犠牲になったと言われてたんだったか。

 …………『歓楽街』の地下に建造されていたらしい、古い地下道。そして、ダンジョン内と別口で通じてる秘密の通路。加えて、18階層に出没し、跡形もなく消える【イケロス・ファミリア】団員。

 

「レーネさん、どう思います?」

 

 【イシュタル・ファミリア】の汚れ仕事をさせられていた彼女ならおおよそ想像が付いているのではないだろうか。彼女の立ち位置からして、直接接触こそしていないだろうが、関係のある仕事をさせられていた可能性は高い。

 

「うん。イシュタル様と繋がりがあったと思う」

 

 なるほど、二つ目についてはほぼ確定。ただ、『リヴィラの街』がどれだけ彼等に加担しているのかわからない以上、変に踏み込んで調べるのは避けるべきだな。

 加えて、この件はギルドに……いや、フェルズ経由で神ウラノスに伝えておくべきか。

 

「他には?」

「後は、二ヶ月前に流れてた『鎧を纏った黒いミノタウロス』とか、モンスターを捕獲して回ってる密猟者(ハンター)とかだね」

「……前者は私も聞きました。情報は無さそうですが、モンスターを捕獲している密猟者(ハンター)?」

 

 モンスターをダンジョンから生きたまま連れ出すのはギルドが厳重に禁止している。

 それこそ例外的に【ガネーシャ・ファミリア】が調教(テイム)したり、調査する目的で連れ出される事はあれど、それ以外の目的────生きたままのモンスターの売買等────は厳重に取り締まっていたはずだ。

 そして、その密猟者(ハンター)というのが……。

 

「【イケロス・ファミリア】ですか?」

「あー、ごめん。そこは確定情報じゃないんだ」

「……と、言うと?」

「うん、密猟してる奴らが居るって噂はあるんだ。でも、誰なのかは確定した情報が無いんだよね」

 

 そもそも情報の出処となった人物は探索中に死亡済みとなっているらしい。

 

「口封じされましたかね」

「ううん、激戦の末に、だったらしいよ」

怪物贈呈(パス・パレード)とかじゃなくて?」

「いや、自分でグリーンドラゴンに挑んでいったみたい」

 

 死亡時の状態。というか目撃した冒険者の話では。

 異常な雄叫びを上げてモンスターと交戦するその冒険者の姿を見つけた際、付近に宝石樹があったそうなのだが、その宝石樹の守護竜であった『グリーンドラゴン』に対していきなり突撃して死闘を繰り広げた後、その戦闘で負った傷が致命傷となって命を落とした、と。

 その冒険者達は残された宝石樹から得た宝石に加え、その冒険者の亡骸を地上へと持ち帰り、所属派閥の主神へと献上したらしい。

 

「神様もその子達は嘘吐いてないって言ってたらしいんだよね」

「神が断じるって事は、本当にグリーンドラゴンに挑んで死んだ、と……?」

 

 密猟者(ハンター)を見た、という噂を流した冒険者の情報を聞く度に違和感が増していく。

 地上に残した子供も居たし、派閥の中でもそれなりに上位の冒険者だった事に加えて、死ぬ半年前に【ランクアップ】してLv.3に至っていたと……。

 無理して【偉業】を成そうとして死んだ、というには最期の行動が不自然過ぎる。

 加えて、その冒険者の人物像。性格は、そんな無茶は絶対にしない人物、との事。

 

「目撃した冒険者に直接話を聞いたんだけど、目が赤かったって聞いたかな?」

「目が、赤い?」

「見間違いかもしれないけど、目が真っ赤になってて、狂戦士(バーサーカー)みたいになってたって」「……その人のスキルでしょうかね?」

「さぁ? すっごい不自然な死に方ではあるんだけど、目撃者は嘘を吐いてないっていうね」

 

 その冒険者の人物像からすれば有り得ない死に方をした。しかし、目撃者は一切嘘を吐いておらず、加えて亡骸だけでなく、守護者(グリーンドラゴン)が守っていた宝石樹の戦利品も全て相手の派閥へと献上している。

 賄賂で黙らせたともとれるが、その冒険者は主神のお気に入りの一人だったらしく。これまでに他の神がちょっかいをかけた際に抗争おっぱじめて相手の派閥を半壊状態にまで陥らせるぐらいだったとの事。

 そのことを考えるに、眷属の死に宝石を献上された程度で赦すのは考えにくい……。

 

「エラく不自然な話ですね」

「だねぇ……一応、根も葉もない噂なんだけど、精神を操られていたのではないか。なんてのもあったね」

 

 これまでの経歴や性格等から有り得ない死に方をした彼は、精神を操られてそんな行動をさせられて謀殺された。と……?

 魔法でそんな事が……いや、呪詛(カース)なら出来るのか? 呪詛(カース)対策を考えていた方が良いだろうか。

 

「後は似たり寄ったりかな。でも傾向としては【イケロス・ファミリア】関連はそれなりにあるね」

「……わかりました。情報感謝します。他に何かあれば……あー、五日後以降にお願いしますね」

 

 大変興味深い噂話を聞く事が出来た。

 おおよその推測にはなるが、数年前に【疾風】が暴れた際、騒ぎに乗じて【イケロス・ファミリア】は姿を晦ましたのではないだろうか。傍から見れば【疾風】に壊滅させられた風を装って……。

 【イシュタル・ファミリア】と関係を持っていたのも彼等……だろうか? 

 窓を開けて外に出る準備をしているさ中、ふと気になってレーネに問いかける。

 

「レーネさん」

「なぁに?」

「歓楽街にあったあの地下通路、何の為に作られたモノなのかご存じですか?」

 

 フリュネが主神に黙って使っていた秘密の隠し通路。

 アレは存在理由が意味不明過ぎる。未だに地下に建材を多く持ち込んでいるというのも不自然だ。

 もし、あの古い時代に作られた通路を更に拡張する為に多くの建材を地下に運び込み続けていたのだとしたら、おおよその推定した規模だけでも頭が痛くなりそうな程になりかねない。

 

「うーん、ごめんね。私も良く知らないんだよね」

 

 小首を傾げながら、窓枠から先に外に出るレーネを追って窓枠に手をかけた。

 下から手を伸ばして降りるのを補助してくれながら、彼女は続けた。

 

「ウェヌス様曰く、だけど……奇人『ダイダロス』が作ったんだけど、目的は~……ダンジョンの模倣じゃないのって?」

「……えっと、ダンジョンの模倣ですか?」

 

 窓枠から外に出てみれば、視界に広がるのは無数に錯綜した階段、脇道、扉、建物。規則性なんて微塵も感じられない複雑怪奇な街並みが見て取れた。

 

「詳細な地図なんか作ってないからわかんないけど、あの地下通路の雰囲気って何処か此処と似てるねって……いや、違うかなぁ?」

「どういう事です?」

「……う~ん、上手く言い表せないんだけどねぇ? この通りってダンジョン歩いてるみたいじゃない? あ、モンスターは出ないけどね?」

 

 ダンジョンみたい。というのはその通りだ。というか、そうでなければ『迷宮街』なんて異名はつかないだろうし。

 

「それで、あの地下通路……えっと、フリュネが使ってたの以外にもいくつもあるんだけど」

「……あるんですか?」

「うん、ここの『ダイダロス通り』とかも含めてね?」

 

 そのどれもが規則性、という言葉を何処かに投げ捨てた建築様式。それは何処か未完成な、模倣された『迷宮(ダンジョン)』を思わせる。

 故に、『ダンジョンを模倣しようとした』か。

 

「それに……この迷宮街。三か所だけ()()()()()があるらしいんだよ」

「……開かない扉?」

「うん。しかも材質もヤバいらしいよ?」

 

 ────不壊武装(デュランダル)の材料にもなる、超硬金属(アダマンタイト)を超えた最硬精錬金属(マスターインゴット)

 『オリハルコン』製の扉が、この迷宮街に隠されているらしい。

 

「……ね? 怪しいでしょ?」

「怪しい処か、ドンピシャでしょ。で、場所は?」

「えへへー……ごめん、場所は知らない。というか……」

「……なんですか?」

「あー、酔っ払いの戯れ言?」

「は?」

「それがね────」

 

 余りにも怪しい、というかほぼドンピシャなその情報の出処は、泥酔した爺さん。らしい。

 普段から酒ばかり飲んだくれて家から追い出され、ここ『ダイダロス通り』に住む浮浪者の一人。そんな彼が深酒しながらダイダロス通りを歩いていた時に見つけた、と法螺を吹いていたらしい。

 

「はぁ……期待して損したんですけど」

「まあ、怪しいっちゃ怪しいから、私はその『オリハルコンの扉』っていうのを探してみようかなぁって」

 

 今まで誰にも見つかる事の無かった迷宮街の秘密の扉。もしそれを一番乗りで見つける事が出来たのなら、少しはウェヌス様への土産にはなるんじゃないか、と。

 

「ふぅん……何かわかったら私も教えてくれるとありがたいですね」

「うんうん、良いよー」

 

 階段に降り立ち、興味深かったり、ふわふわとした真っ黒な噂話をしてくれた彼女は軽く手を振ると、そのまま腰の鞭を振るって高い位置にあった柱のでっぱりに絡め、いつぞやの時の様にすっ飛んでいく。

 狭く猥雑で複雑に入り組んだ地形であるのに、鞭をでっぱりや魔石灯に絡めて立体軌道のままに速度を落とす事無く動く彼女に呆気にとられた。

 多分だが、迷宮街みたいな閉所空間でレーネ相手に奇襲されたら成す術無く叩き潰されそうな気がする。特に、周囲にある木箱や塵なんかを投擲してきて攪乱された挙句の高速奇襲なんて想像したくもない。

 俺の得意な戦場はやはり見晴らしの良い平原だな。キューイが居ても反応出来なさそうだし、こんな所はさっさと出ていくに限る。

 

「それにしても、『オリハルコンの扉』ねぇ」

 

 酔っ払った爺さんが偶然見つけたと騒ぎ立て、その後探したが結局見つからなくて、酔っ払いが勘違いしただけ、という法螺話としてまことしやかに囁かれる噂。

 少し気になるのだが、この迷宮街を調査するとなると骨が折れそうだ。まあ、今は謹慎中に等しいししないけど。

 真っ赤な矢印で記された道標(アリアドネ)を見やり、出口であろう方面に向かって歩みを進めていく。

 その途中だった。

 

「……? ベル?」

 

 何処か見覚えのある白髪の少年がこそこそと隠れる様にして歩いているのが見えた。

 思わず目を擦り、確認すると、確かにベルがそこに居た。距離はそこそこ離れており此方に気付いた様子はない。というか誰かの後を追っているみたいだった。

 曲がり角の先を覗き込み、ふと慌てた様子でその角を曲がっていく。

 こんな所で何を? というか、追跡者(ストーカー)染みた行動をするとは、少し不自然だ。

 俺も少し足を早めてベルの後を追った。

 

「ちょっと、ベル。こんな所で何をしてるの?」

「うわ!? ミ、ミリア! ま、待って、違うんだ。これは、その、アーニャさんの依頼で!」

 

 こそこそと誰かの後をつけているベルに小声で声をかけると、びくりと大きく跳ねて振り返り、即座に言い訳をし始めた。

 どうやらそれなりに後ろめたい事をしていた様子ではあるのだが。アーニャさんの依頼?

 ベルが誰を追っていたのか気になって、壁の影からベルが尾行していたらしい人物の背を伺う。

 

「……シルさん?」

「あー、ミリア、その、アーニャさん達がね。シルさんを尾行して秘密を持って帰って来いって……」

「……はぁ?」

 

 白い清楚なワンピースに麦わら帽子。そして大き目のバスケットを抱えながら歩いている様子があり。

 ベルのしどろもどろな言い訳を聞くに、アーニャさん達からの頼みでこんな事をしていた、と……。

 

「いや、原因は聞きませんけど、声かけた方が良いと思うんですけど」

 

 ただの街娘であるシル・フローヴァという少女が歩くには、この迷宮街は物騒過ぎる。

 

「えーっと……」

 

 戸惑う様に頬を掻くベルを軽く睨んでみる。

 というか、シルさんを尾行していたのか。いくら知り合いでも尾行するのは流石にどうかと思うんだが。それに、何処から尾行してきたのやら。

 

「あー、えっと、ほら、シルさんが行っちゃうし……」

「……はぁ、まだ続けるんですか?」

「いや、その、ほら、シルさんが襲われたりしたら……」

 

 シルさんが暴漢に襲われる瞬間に颯爽と駆け付けて、とやりたい訳? ちょっとどうかと思うんだけど。

 

「いや、違うよ……いや、違わないのかな」

 

 自信なさげにうろたえる姿に溜息を吐きつつ、シルさんの通った道の先を見やると、大きな建物の前で彼女は立ち止まっていた。

 迷宮街の奥地に建っていたそれは、寂れた教会だった。

 思わず見入ってしまう。かつて【ヘスティア・ファミリア】が本拠としていた廃教会と似た雰囲気を持つその建物からは、懐かしさすら感じられた。

 そんな風に懐かしさと寂寥感に苛まれている間に、シルさんはその教会の中へと入って行ってしまう。

 

「ミリア、あの教会。シルさん、入っていったよね」

「……追います?」

「うん」

 

 自然と足を動かし、小径の終わりである広間に出た。

 水の出ない壊れた噴水が広間の中央にあり、教会自体は他の建物にめり込む様に建っている。

 【ヘスティア・ファミリア】の元本拠とは異なり、木造りで大きい教会だ。だが、高階の窓硝子の大半が割れており、雰囲気は廃教会と言っても良いぐらいではある。

 いや、周囲の建物も似たり寄ったりな雰囲気なので、この辺りではこれが一般的なのだろうとは思うのだが。

 ベルと共に歩みはじめ、扉の前に立った。

 

「で、ベル。どうします? 行きます?」

 

 ベルはただのストーカーではなく、シルさんの身の安全を陰から守っていた、という事にしておいて、これ以上深入りするのか、と問うとベルは戸惑いがちに頬を掻いた。

 

「ここまで来たら、出来ればシルさんに声をかけておきたいかなって」

「……まあ、良いですけど」

 

 ベルが先頭で「おじゃまします」と言って、古い木扉を開けて中に入っていく。

 その後ろに続いていると、ベルが驚愕の声を漏らした。

 

「って、広っ!?」

 

 正面から見た印象は他の建物にめり込んでいた事もあって想像が出来なかったが、内装は外観の奇抜さに反してかなり広い様に見受けられる。

 幅が数十М(メドル)ありそうな壁には部屋に通ずるいくつもの扉があり、正面のずっと奥には祭壇が見えた。天井は凄く高い。ただ、床のタイルは割れて雑草が生え放題なのが少し気になるか。

 少なくとも【ヘスティア・ファミリア】の元本拠であった『廃教会』よりもはるかに大きい。

 そんな内部には長椅子が積み木の様に積み上がっているのが見えた。どことなく阻塞(バリケード)の様な印象を受けるんだが。

 

「何だか……子供の秘密基地みたいだ」

 

 ベルと俺とで若干感性が異なるらしい。俺には来る何かから身を守る阻塞(バリケード)に見え、ベルには秘密基地に見える。と……。

 その違いは色々な所からくるのだろうな。ベルの場合は純粋な部分から、俺の場合は……映画とかか? 椅子や家具なんかでバリケードを作る様な場面があるし。

 それにしても、シルさんの姿は見えない。何処かの小部屋に行っているのだろうか、と首を傾げていると気配がした。

 ベルの方が先に気付いていたのか既にそちらを向いている。

 祭壇奥に向かって進んでいた俺とベルの右手側の扉の一つから、金髪の子供が顔を出していた。

 

「……だれ?」

 

 ぼーっとした表情を浮かべる、金髪のエルフの子供だ。どことなくレーネを思い起こさせる。

 

「あ……え、えっと、僕は怪しい者じゃなくてっ、ひ、人を探しに来たんだけど……」

「人……?」

 

 子供相手に何を緊張しているのか、と呆れてしまう。

 そんな弁明を告げるベルを見ていたその子は、首を傾げながらも扉から出てきた。

 少しくすんだ色合いの金髪に、ちょこんと尖った耳。純潔のエルフの尖った耳とは異なる様子から、半亜人(ハーフ)だというのが伺える。

 じーっとベルの顔を見つめた後、今度は視線を下げて俺の方に視線を向け、同じ様にじーっと見つめてくる。数秒間そうしていたが、次には警戒心を抱く様子もなくトコトコと無警戒に近づいてきた。

 

「警戒心が無いわね」

「あなたたちは、大丈夫な人だから」

 

 思わず呟くと、抽象的な言葉をもって返された。

 レーネの様に頭の中ではしっかりと考えているタイプなのか、それとも彼女なりに最初の接触で警戒すべき相手なのか見定めたのか。

 どうあれ、彼女から見て俺とベルは警戒を抱く相手ではない、と判断されたらしい。

 

「ベル、子供相手に緊張してどうするのよ。それより、この教会に────」

「おいっ、ルゥ、出てったらシル姉ちゃんに見つかって────誰だっ、アンタら!?」

「ライ、どうしたの?」

 

 警戒心の無さそうな子供の名前は多分だが、ルゥというのだろう。というのは察した。

 彼女が出てきた扉から別の子供の声が響き、直ぐに駆けてきてハーフエルフの子を抱き寄せる様にしてベルと俺から引き剥がした。というか、彼の視線に映っているのはベルだけだな。

 茶髪のヒューマンの男の子に、尻尾を縮める犬人(シアンスロープ)の女の子。どちらも敵意を宿し、それ以上に緊張した様子が見える。

 突然現れた人物に警戒しているのだろう。むしろこちらの反応が一般的だと思うんだが。

 

「ごめんっ、僕達は変な事をする積りは無くてっ、人を探しに来たんだけどっ……って、今シルさんって言わなかった!?」

「……言った、けど」

「その人を探しているんだ! どこにいるか、知ってる?」

 

 慌てながらも少年の言葉にシルさんの名があったのに気付いていたのか、ベルが問いかけると二人は顔を見合わせて困った表情を浮かべる。

 裏表が余り無さそうで、すぐ感情が出るのが子供らしくて愛らしい事だ。

 少しほっこりした気分になっているさ中、二人に庇われていたハーフエルフの子供、ルゥが自身を抱き寄せる手をぽんぽんと叩いて呟いた。

 

「ライ、フィナ……この人達、大丈夫」

 

 子供特有の、時折見せる大人の汚い部分を見抜く鋭い観察眼、だろうか。それとも単に警戒心が薄いだけか。どちらにせよ、彼女の言葉はライとフィナと呼ばれた二人の子供が信じるに値するものらしい。

 おずおずとした様子ではあるが、警戒心を緩める二人を前にベルが安堵の息を零していた。ちょっと、情けない。

 

「……シルお姉ちゃんの、知り合いなの?」

「あ、うん。ごめんね、驚かせて。それで、キミ達は? あと、この教会って……」

 

 屈んで視線を合わせてその子供達に優しく問いかけるベル。

 未だに緊張が完全に解けないのか、肩に力が入ったままの二人に比べ、ルゥという子は緊張が見られない。図太い、というかマイペースというか。

 そんな彼、彼女らの奥、三人が出てきた扉の奥からは他にも数多くの子供が顔を出してちらちらと此方を伺っているのが見えた。

 小さく手を振ってあげると、何人かの子供が応える様に手を振り返してくれる。無邪気で良い事だ。

 まあ、ここがどういった施設なのかは、おおよそ察しが付いた。血の繋がりが無さそうな多種多様な種族の子供が数多集まった、迷宮街の建物。奴隷売買を目的とした場所か、孤児院かのどちらかだろう。

 この施設の雰囲気から後者以外ありえないが。

 

「ライ、フィナ、ルゥ……ここはボク達とマリアお母さんの家」

 

 ベルの質問に答えたのはハーフエルフの子だった。

 男の子、女の子、自身と順々に指差し答える。茶髪でヒューマンの男の子がライ、犬人の女の子がフィナ、ハーフエルフの子がルゥだろう。

 ベルの方はこの『家』が何なのかまだ察しがついていないのか首を傾げている。

 

「えーっと、何をやっていたの?」

「……シルお姉ちゃんのお弁当から逃げてたの」

 

 あー、なるほど。周囲で阻塞(バリケード)の様に積み上げられた長椅子ってシルさんを防ぐものだった訳か。

 ………………シルさんのお弁当、どれだけ恐れられてんだよ。

 

「それよりベル、相手が自己紹介したのに名乗らないのはどうなの」

「え? あっ、ごめん。僕、ベル・クラネルって言うんだ」

「私はミリア・ノースリスよ。……あなた達より背は低いけど、子供じゃないからね」

 

 彼女らと比べると、非常に悲しい事ではあるが俺の方が背が低い。ちょっと蛇足っぽい説明ではあるが、子供ではないアピールは大事だ。

 贅沢言わないから150(セルチ)ぐらいは欲しかったなぁ。

 

「ベル・クラネルとミリア・ノースリス……白い髪に赤い目、ちっちゃい背丈に金髪、赤と青の目────第二級冒険者だ!?」

「【リトル・ルーキー】!」

「【魔銃使い】だ!」

戦争遊戯(ウォーゲーム)の!」

 

 ちっちゃい背丈ってなんだ、と思わず突っ込みを入れるより前。

 男の子の叫び声を聞いた奥に居た子供達が一斉に飛び出してきた。

 ぎょっと眼を見開いて驚くベルは反応が遅れ子供達の波にのまれてしまう。俺は咄嗟に近くに積み上がっていた長椅子の上に跳んで避難して難を逃れた。

 

「すげーっ、本物!?」

兎人(ヒュームバニー)じゃないのに兎みたい!!」

「ねぇ、武器見せてーっ!?」

 

 いくら軽いとはいえ、連続しての子供の体当たりにベルが姿勢を崩し、そこに良い一撃が入ったのかベルが「ぐふぅ!?」と苦悶の声を響かせ、体がくの字に曲がった。

 長椅子の阻塞(バリケード)の上から見物していると、下に群がった子供達が俺を見上げて目を輝かせる。

 

「すげーっ、瞬間移動したみたいだ!?」

「どうやったの!」

「ドラゴンをげぼくにしてるって本当!?」

 

 興奮気味に長椅子の阻塞(バリケード)をよじ登ろうとする子も居るらしい。危ないからやめなされ。本当に危ないからやめなされ。

 

「ほら、危ないから登らないの」

「────ミリアッ!」

「ん? っと、はいはい」

 

 ライと呼ばれた少年を筆頭にした包囲網を敷かれて囲まれて体によじ登られているベルが此方に鞘に入ったままの刃物(えもの)を投げてきた。

 子供達に刃物なんか触らせられないという配慮に加えて、子供を相手に振り払えないという優しさが混じっているのだろう。

 無理な姿勢から投げたにしては的確に俺の方にとんできたそれを受け取った、その直後。

 

「ちょっっ────わああああああああああああああああああああああっ!?」

 

 ベルが背中から地面に倒れて子供たちの下敷きになった。

 大丈夫だろうか、と長椅子の上からベルを見ていると、他の子達は「すごーい!」と曲芸でも見た様にはしゃいでいる。

 

「ほら、あんまりはしゃがないの。怪我したら危ないでしょう」

「えー」

 

 落ち着かせようと言葉をかけるも、子供達からの批難の声が上がる。

 

「な、なにっ、なんですか!?」

「みんな!?」

 

 案の定というべきか。騒ぎ出した子供たちの声とベルの悲鳴を聞き付けたのか祭壇の奥の扉から二人の女性が飛び出してきた。

 年配のヒューマンの女性。多分マリア母さんという人物と、シルさんだ。

 床に仰向けに転がり、子供達に群がられて髪やら頬やら引っ張られる情けない恰好をしたベル、長椅子の阻塞(バリケード)の上に乗った俺、と順に視線を送ったシルさんが驚いた顔を浮かべた。

 

「あの、何を……しているんですか?」

「あ、はは……僕にもさっぱり、何がなにやら」

「今まさに、有名税を払っている所ですよ。この子達相手にね」

 

 空笑いを返すベルと、冗談を零す俺。そんな俺達を見て、シルさんは目を(しばたた)かせた。




 原作描写からここの孤児院の子供達の背丈はおおよそヘスティア様~リリ程度らしいです。
 そしてミリアはリリより背丈が(ry

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。