魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
「もうっ、それじゃあ私の後をつけてきたんですか?」
「ご、ごめんなさい……」
子供達による城攻めを思わせる猛攻にベルが陥落してシルさんと孤児院の責任者らしき女性に見つかった後、教会の奥にある食堂へと俺とベルは案内された。
大きな円卓についたベルがシルさんに怒られ、俺は出された白湯で唇を湿らせていた。
塗装が剥がれ年季の入っている様子が見え隠れしているこの教会ではあるが、かなり使い込まれているであろう魔石灯や燭台が生活感を感じさせる。
シルに叱られるベルと、その横で素知らぬ顔をして白湯を口にする俺を、二十人は居る子供達が興味津々といった様子で見つめていた。
「えーと、それで、つまりこの教会は……」
「はい、クラネルさん。ここは孤児院になります」
円卓の対面に腰掛けている女性、この孤児院の責任者であるマリア・マーテルさんは微笑みを浮かべた。そんな彼女の両隣には先のハーフエルフの子供と、別の子が腕に抱き着いている。
微笑ましい光景に自然と頬が緩みそうになるが、この孤児院が癒着してる方だったら流石に俺も黙ってはいられない。そんな風に思いながらも彼女から語られる話に耳を傾ける。
この教会は元々は捨てられた空き家であり。マリアという女性と食堂に揃う子供達はそれなりに長い間この教会に住み着いているとの事。経営、と呼べるような事はしておらず、ただ毎日を子供達と賑やかに、慎ましく生活していると語ってくれた。
語り口に不自然な部分は無く、彼女が身に着けている衣類も質素極まりない。頭の上で纏められた黒髪に、少し痩せ気味で温和そうな表情。身寄りの無い子供達から「お母さん」と呼ばれ慕われている。
不自然な部分はそう無いし、ごく普通に慈悲や母性から子供達を保護しているだけの人物ではないか。
それに、マリアという女性が子供達に向ける視線は、疑いの余地が無い。子供達が大好きだというのが視線一つで十二分に伝わってきた。
「でも、その……孤児院って」
「ベル、『ダイダロス通り』にはこういった孤児院は少なくないわ」
「そうですね」
そんな数少ない孤児院の中で、この様に子供が大好きだからという理由で保護している本来の孤児院として正常に機能しているものはそう多くはない。
最初はここと同じ様に子供達への慈悲や母性から創められた孤児院だったものも多い。しかし、経営難から非合法な事に手を出し、それで稼げると味を知ってしまった者が堕ちて────人身売買の為に子供を集める様な孤児院も無くはない。
無論、端から子供達を商品として回収する下種もまた、それなりだ。ましてや、こういった正常に機能している孤児院の子供を攫って売る外道も、言いたくはないがそれなりに居る。
子供達が見知らぬ人の来訪を警戒するのは、当然だ。
当然だが、わざわざそんな真っ黒な話を子供達の前ではしない。する訳がない。……それでも、一部の子は既にその事を知っているのだろうな。
「
「それは、どうして……?」
ベルが住んでいたのはきっと人の数が少なく、それでいて生活に余裕のあった村か町だったのだろう。
こういった大都市になってくれば、失敗から転落して子供を育てられなくなった親が子供を捨てるのは珍しい事ではない。
そして、避妊等といった知識の無い男女が快楽に身を任せて子を成す事なんてそこら中にありふれた事だ。更に、この『ダイダロス通り』のすぐ横には『歓楽街』。数多くの娼婦が産まれた子を捨てる為にここに足を運ぶのは常識となっている。
それに加えて、ここ
その中でも冒険者が所属していた【ファミリア】が養う事を拒否する、という事は、胸糞悪い話だが少なくない。というか、7割近くが拒否されている。女の手一つで育てようとする者は多いが、その内の何割かは親の責任を放棄し、子を
「最初は同情心でした。ですが、親に置いて行かれた子供達を放っておけず……この教会を無断で借り、名ばかりの孤児院を開く事にしました」
「……無断で、ですか?」
「はい。持ち主は疾うの昔にここを放棄した、と聞き及んでいます」
…………。あー、この女性は凄く良い人だ。
優し気な眼差しを子供達に向け、子供達から慕われる素晴らしい人格者。なのだが、ちょっと怖いな。この人が、ではない。この人の周囲の環境が、怖すぎる。
もし、もしもこの教会の『持ち主』を騙る奴が現れて、勝手に使用していた代金の取り立てと称して……あぁ、胸糞悪い考えは止めよう。
「お一人でずっと、ですか」
「はい。将来を誓った男性は居ましたが、彼は冒険者で」
先立たれ一人置いて行かれてしまった、と。
そんな彼女と相手の冒険者の間には子をもうけられなかったそうだが、この
そして捨てられている子を見つけるたびに保護して回っている内に、今の大所帯になったそうな。
「…………」
一通りの話を聞いたベルが子供達の顔を見て表情を曇らせた。
「何だよ、【リトル・ルーキー】。俺達は母さんと一緒に暮らしていて幸せなんだ。そんな目で見るなよっ」
「ご、ごめんっ」
この都市の暗い一面を知ってしまい、思うところはあるのだろう。だが、ここはまだまだ表層も表層。子供達は凄く幸せそうだし、この
実際、ここは凄く穏やかな時間が流れているはずだ。そして、今後もそれが続いて欲しい。
酷い所は、もっと暗く澱んでいる。きっと、今のベルでは想像も出来ない。けれど、それでいい。少なくとも、今はこの孤児院に胸を痛めるぐらいで丁度いい。
ここの孤児院の子供達からすれば、不本意極まりないのだろうがね。
ライ、というヒューマンの男の子に吠えられたベルが慌てて謝罪の言葉を口にするのを聞きつつ、ライ君に、こらっ、と嗜めるのをやんわりと止める。
「今のはベルが悪いですから」
「うん、そうだよね。本当にごめん」
「……わかればいいんだよ、わかれば」
反省する様に頭を下げるベルに、ライ君の方が言い詰まる。少し言い過ぎただろうか、と困っている様子に苦笑を零すと、彼に睨まれてしまった。
「ええっと、でも、お金の方は大丈夫なんですか……?」
話題を変えようとベルが質問を飛ばすが、その話題運びはどうなんだろうか。
実際、先立つ物がなければこんな大勢の子供は養えないだろうし、気にはなるだろうが、資金繰りの質問は余り印象が良くないと思う。無論、ベルにそんな意図はないだろうが。
「はい、何とかなっています。慈悲深い女神様達が、援助してくださっているので」
少なくとも女神が援助を断ち切らない限り、彼女が堕ちる事は無いだろう。いや、もしかしたら援助が断ち切られても彼女は子供達の為に身を張ろうとするのかもしれないが……その末路は……。
なんだか悪い方向にばかり考えが向いて仕方が無い。今の彼らが幸せならそれで良いだろう。
「ここ、一応名前もあって【マリア孤児院】というのですが、ここ以外にも孤児院はいくつもありまして」
『ダイダロス通り』に点在するいくつかの孤児院に対して、極一部の【ファミリア】の主神達はそういった施設に資金援助をしてくれているのだという。無論、余裕のある金額ではないだろうが。
それでも、女手一つでは子供達の世話で手一杯であり、なんとか食いつないでいられるのはその援助のおかげではあるらしいが。
「ねぇ、ミリア……」
「ベル、言われなくてもわかるけど、ヘスティア様やリリに相談してからお願い」
後、俺がこの話題を持っていくと間違い無くリリが怒るのでベルから切り出してくれ。今の俺は仕事を増やす真似をすると自分の首を二重の意味で絞めかねない。
純粋に仕事が増えてきついのと、仕事を増やした事でブチギレるであろうリリ達の相手だ。控えめに言って死ねる。というか、ここの孤児院以外にも援助したい、等と言われると資金繰りがヤバい。借金あって余裕が無いのに……でも、援助してあげたいと思う。でも資金が……借金が……仕事が……リリが……。
ベルと小声でやり取りしていると、くすくすとシルさんが肩を揺らしていた。
「シルさんとはお会いして以来、よく遊びに来てもらっているんです。子供達の面倒も見て頂いて、大変助かっています」
「あ、そういう事だったんですか……」
「これでシルさんの謎の一つを解明しましたね。気分はどうです、ベル?」
「謎が解明されちゃいましたね。探偵のベルさん?」
「は、はい……」
揶揄う様にくすくすと笑うシルさんと共に肩を揺らす。
何でも、暇さえあればシルさんはこの孤児院に顔を出しているらしい。というより、酒場の仕事が無い日はもっぱらこの孤児院に足を運んで子供達の相手をするのだとか。
「シルお姉ちゃん、お店のお料理もってきてくれたりしてるんだー」
「最近、毎日来てくれる……」
楽し気な子供達の様子を見るに、シルさんも慕われているのだと思う。思うのだが、シルさんから隠れる為にバリケードモドキを用意していたのは何故だろうか?
ベルの方は最近『豊穣の女主人を休みがちだった』理由が氷解したのか納得した様に頷いてる。
事情を知ったベルと俺に、「リュー達には内緒ですよ?」とシルさんが口元に指を当てた。
お店をサボって子供達と遊んでいると知られたら怒られる、との事だ。
「ちゃんと事情を説明したらわかってもらえると思いますが……?」
「あー、えっとね……ミリア、耳貸して?」
「うん?」
ちらり、とライ君の方を見やったシルさんが小声で事情を説明してくれた。
名誉の為にその人物の名は伏せるが、どうにも店員の一人が
「リューは腹芸が出来ないし、アーニャはポロリと零しそうだし。ルノアは面白がって止めなそうだから……」
「待ってくださいシルさん、それ誰がショタコンなのか言ってるも同然なんですけど」
確かにリューさんは腹芸が出来ない。アーニャさんはふとした瞬間に零しそう。ルノアさんなら面白半分に話してしまいそう。
じゃあ、ショタコンなのは誰かって話だが。もう接客でフロアに出てるので残ってるの一人しか居ないだろ。
「実は、ベルさんのお尻に、その……」
「…………?」
「れ、劣情を催した、なんて暴露した事があって……」
クロエさん、アンタって人は……。
若干気まずげに耳打ちしてくれたシルさんを一瞥した後、ベルをちらりと見やる。
「ど、どうしたの?」
「……ベル、クロエさんに気を付けてくださいね?」
「え? クロエさんに? なんで?」
「なんでも、です。特に身の危険を感じたら本気で殴っても許されるでしょう」
というかあの人の方が強い訳だし、本気で襲ってきたら何も出来ん。
不思議そうに首を傾げるベルを見て、どう伝えるべきか考えていると、ガタリと椅子を揺らしてライ君が身を乗り出して声をあげた。
「なぁなぁ、それよりダンジョンであったこと、聞かせてくれよ!?」
うきうきとした、何処か興奮気味に身を乗り出す彼以外にも、他の子供達もまた同様に興奮と期待を綯い交ぜにした視線を俺達に送ってくる。
ベルが面食らっていると、シルさんは「してあげてください」と微笑んだ。
頼まれ、せがまれ、期待の眼差しを向けられたベルが俺の方を伺ってくる。
「ベル、話してあげれば良いと思いますよ」
「え、でも僕話すの上手くないし、ミリアの方が……」
「私より、ベルの話の方が面白いですって」
確かに相手に理解させる
それに、俺が話す場合はまず危険性を訴えるだろう。
「うっ……」
「はぁ、しょうがないわね。じゃあ初めてダンジョンに潜った時の事でも話しましょうか」
「ミリア?」
「そうね、初めてゴブリンと戦った新米冒険者は、勝利した事を凄く喜んで────」
「ミリア!? 待って、それは待って!?」
微に入り細に至るまでを懇切丁寧に解説しようかと思ったらベルが全力で止めに入ってきた。嫌なら自分で話してみると良い。それに、ベルの話なら子供達も満足するだろう。
苦笑しつつも、シルさんと共にベルのたどたどしく、照れながら語られる今日に至るまでの冒険を聞いていく。
流石に恥部になりかねない部分は省かれているが、おおよその冒険の流れが語られていく。少し、新鮮な気分になれた。
俺もベルと共にその冒険を駆け抜けてはきた。だが、俺はベルじゃないし、ベルは俺じゃない。互いに同じ冒険をしてきた、という共感はあったが。やはり感じてきた事は違うのだ。
話に聞き入る子供達が顔を輝かせ話をせがみ、それに応える様にベルが少しずつ饒舌になっていき、ふと口を閉ざした。
彼が視線を向けている先を見やると、浮かない表情をしたマリアさんが居た。視線を向けられているのに気付くと「ごめんなさい」と慌てて謝罪を口にする。
「育っていった子供達も皆、冒険者になっていったので……」
彼女は眉を下げ、何処か悲し気に言う。
「子供達の多くが【ファミリア】に入団し、ダンジョンへ行って、この教会を支えようとお金を寄付してくれました…………そして、誰も帰ってこなかった」
「あっ……」
「この子達は、冒険者になって欲しくない……そう、思っていて」
冒険者という職業は、
お金を手っ取り早く稼ぐのに────詐欺や犯罪等の非合法な手段を除けば────これ以上ない程に適している職と言える。だが、その対価として冒険者は常にその命を懸ける事になる。
これまでも、彼女が育てた子供達は、彼女に与えられた無償の愛情に応えようとして彼女の制止を振り切って冒険者になり、他の者達同様に帰って来なかった冒険者の一人に数えられてしまった、と。
そんな彼女を想えば、子供達にせがまれたからと面白可笑しく冒険者業を語るべきではなかったのではないか、とベルが申し訳なさそうな表情をする。
ただ、俺からすると……残されたマリアさんの想いは痛い程にわかる。だが、同時に彼女に報いたいと無茶をしてしまった子供達の想いも十二分に理解できてしまう。だから、強く止める事も出来ない。
気まずい空気になってしまったのに気付いたのか、ライ君が立ち上がった。
「大丈夫だよ、母さん! 俺、『学区』へ行くよ!」
この場に居る子供達の中で最も年長である彼は、自らを育ててくれた母親代わりの彼女の嘆きを理解し、その必要は無いと笑った。
「あそこで沢山勉強して、頭も体も強くなって、お金を稼げるようになってやる!」
「うーん……『学区』なら私は勿論、止めないけれど……」
「
「ライの年でも入学できるのかしら……」
『学区』か。学費の問題『奨学金』の方に関しては、正直かなり厳しい基準を満たさなければならないから難しいのではないか、と思う。
有名派閥から推薦状を出されるか、本人自身に相応の才能と資質がある事が認められない限り、奨学金制度を利用できないだろう。彼にそこまでの才能や資質が備わっているかは未知数だが、可能性は高くない。いや、ゼロではない、と言った方が良いか。
他の子供達も彼につられて口々に「私もいくー!」「僕もー!」と気まずい空気を吹き飛ばす様に騒がしくなる。
「『学区』……?」
「お兄ちゃん、知らないのー?」
「何だよ、【リトル・ルーキー】、それでも冒険者かよ!」
フィナちゃんやライ君等、ベルが知らないとみるや得意気になり、揶揄いはじめた。羞恥を覚えたのかベルが空笑いを零していと、子供達の揶揄いの矛先は俺の方にまで向けられた。
「もしかして【魔銃使い】も知らないのか?」
「私は一応知ってるわ」
肩を竦めると、シルさんがぱっと立ち上がって子供達を戒めた。
「こら、年上をからかっちゃ駄目! それに、二つ名じゃなくてちゃんとベルお兄さん、ミリアお姉さん、でしょう?」
「えー、でもミリアってお姉さんって感じじゃないし」
「ライ君?」
「はぁい」
彼女に注意されてバツが悪そうにする子供達の中で、ライ君だけはボソリと反論を零す。
確かに、背丈的な意味では子供達の中に混じっても違和感がない処か、最年少の子より低かったりするが、それでも肉体年齢も精神年齢も俺の方が上だ。……背丈以外全部勝ってるんだぞ?
子供相手に大人げない勝負を内心繰り広げていると、カラァンカラァン、と。
都市の東の方角にある鐘楼から響く、正午を告げる鐘の音が聞こえてきた。
「あ、お昼ですね。それじゃあ、昼食にしましょう」
伴って、シルさんは円卓の上にバスケットを置いた。大きなそれに入れられていた物が次々に取り出され、円卓の上に並べられていく。
中身は
困窮しがちな子供達への差し入れだろう。ちょっと、なんか、子供達が苦渋の表情を浮かべているのが気になるが。
「あ、あれ、どうしたの?」
「シルお姉ちゃんの、お弁当……」
疑問を覚えたのかベルが近くに居たフィナちゃんに問いかけるが、彼女も含め殆どの子供が苦渋の表情を浮かべている。のほほんとしてそうなルゥという子供まで無言で口を引き結んでいるのだ、相当だと思う。
初めて彼らと出会った際、彼等は『シルお姉ちゃんのお弁当から逃げている』と言っていた。その意味がこの容器の中に入っている料理の数々なのだろう。色合いがちょっと変なのは気のせいじゃないみたいだ。
そんな子供達の様子にマリアさんが苦笑しており、普段からこの様子なのが伺える。
「それじゃあ食べましょう!」
まるで女神の様な微笑みをもってシルさんが食卓に号令をかける。
子供達は酷く葛藤した後、背に腹は変えられないと諦めたのか食糧に手を伸ばし始めた。
「う、うぅ~っ」
「今日は、また、すごい……」
「食べなきゃ、食べなきゃ勿体無い……!」
料理に口をつけた子供達の
真っ先に手を伸ばしたフィナちゃんは必死に口を動かし、ハーフエルフの子は口元を引き結びながら、ライ君は自らを鼓舞する様に。その彩りがちょっとおかしな料理に手をつけていく。
自らを育ててくれた
「……ねぇ、シルさんから貰う
「ベル、シルさんにそれ言ったら駄目だからね?」
小声でベルに問われ、思わず本気でベルの頬を引っ叩きかけた。
シルさんの微妙な料理、いや確かに微妙な味わい、言い得て妙ではあるんだが。
そも、ここ最近【ファミリア】が大きくなってシルさんに
ここに置かれている料理がシルさんの手作りで、誰の為に作ろうとしているのかなんてすぐ察しが付くはずなんだが……ベル、ちょっと鈍感過ぎない?
思わず顔を引き攣らせていると、子供達の余りの苦しみっぷりに疑問を覚えたのがベルがサンドイッチに手を伸ばし────ひょい、とシルさんにお弁当ごと取り上げられた。
「ベルさんは駄目です」
「えっ、でも……」
「ダメです」
「あ、はい」
満面の笑顔でベルを威圧して引き下がらせるシルさん。
両手でお弁当を持った彼女は「この子達の為に作ったんですから、ベルさんが食べたらいけませんっ」と頬を染めて恥じらう。そして、お茶を入れてくる、とバスケットをもって食堂の奥へ引っ込んでしまった。
「シルお姉ちゃん、女の人の顔してた……」
「きっと、お弁当を美味しいって言って貰いたい人がいるんだ……」
子供達は察したのかベルに恨めし気な視線を送り始める。
「シル姉ちゃんが弁当作ってくる様になったのは、兄ちゃんの所為だったんだな……」
「前まで美味しいお店の料理だったのにぃ……」
「ボク達、実験台……」
流石のベルも子供達から向けられる怨嗟の視線から、この惨状の原因が自分にあると気付いたのか冷や汗を流し始める。もっと早くに気付けよ、とツッコミを入れるのを放棄して、俺は試しにミートパイに手を伸ばす。
まあ、いくらなんでも食べられない程じゃないだろう、と口に入れ────。
「──────」
「ミリア?」
動きを止めた俺を見たベルが心配そうに声をかけてくるが、俺は今口の中にある物質の処理で忙しい。咀嚼? 無理。このまま飲み込むしかない。
「──────」
「お、おい、無理すんなって……」
小生意気なライ君ですら心配そうな表情を浮かべる程に俺は酷い表情をしているのだろうか。
「これ、どうぞ」
フィナちゃんがコップに入った水を差し出してくれたため、それを使って強引に飲み込んだ。
「シルさん、味見、してんでしょうかね、これ?」
「してたら……こんな味に、ならない……」
ルゥ君が至極当然の事を呟く。子供ですらそんな当たり前の事がわかるというのに、シルさんときたら……料理を舐め腐ってんじゃないだろうか。味見もせずに作ったモノを他人に提供するとかちょっとどうなの。
というか、この料理を子供達に食べさせるのはどうなんだ? とマリアさんを伺うと、彼女は俺とベルから視線をそっと逸らした。
「
決して視線を合わそうとはせずに、言い訳を零すマリアさんを見たベルが表情を強張らせ、俺は額に手を当てて天井を仰いだ。
「……ベル、私ちょっとひとっ走り行ってくるわ」
「え? どこに?」
「流石にコレだけ食べさせてお終い、っていうのは可愛そうでしょう」
うん、ミートパイであれだったんだから、他の料理がどんな味だったのかはおおよそ想像がつく。
余りにも子供達が哀れなので、ちょっと同情したのだ。というか、本当に酷いな。いつもベルに渡してるアレがはるかにマシだと感じる程に酷いとは思わなかったよ。
「あの、そう気遣いして頂かなくても……」
「大丈夫。私、それなりにお小遣いはあるのよ」
これまで自分のお小遣いで色々と【ファミリア】助けてた事もあって、リリから自分の為に使う以外禁止と言い渡されて強引に渡されたお金がいくらかある。
それに、味はともかく量はそれなりのお昼を食べてお腹も一杯だろう。三時のおやつにでもちょっとしたつまめる物でも買って来よう。
「でもミリア、戻ってこれる?」
「大丈夫よ。
どうせキューイは暇してるだろうし。アイツ、最近はダンジョンに潜る以外の時は部屋でゴロゴロしながら林檎齧ってるだけだしな。
あんまり腹に溜まるものだと食べられないだろうし、軽めの焼き菓子か……ドライフルーツ辺りだろうか。保存の効くドライフルーツをそれなりに買ってくるのが良さそうだな。
子供達は犠牲になったのだ、ベル(の胃)を守るための、尊い犠牲にな。
シルさん、なんで味見しないんだろうか。もしかして出来ない?