魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

206 / 218
第二〇五話

 一度ベルと別れて本拠に戻り、室内でゴロゴロしていたキューイを叩き起こしたのは良いのだが、外に出るのは億劫で嫌だ、とあのポンコツはほざきやがる。

 挙句の果てには全力で抵抗し始めたため、キューイの同行を諦めてクリスを連れて行くことに。キューイ程ではないにせよ、クリスも索敵能力はそこそこあるし、何より小さいために隠しておけるのも大きい。

 『冒険者通り』に軒を連ねていたいくつかの店を回り、ドライフルーツや焼き菓子等をいくつか購入し、加えて冒険者向けの保存食である固パンや塩漬けの干し肉等も少量購入して再度、『ダイダロス通り』にある孤児院に向かった。

 キューイがごねた所為で多少時間がかかってしまったが、それでも一時間と少し程度で戻ってきてみると、教会の割れた窓から微かに子供達のはしゃぐ声が響いているのが聞こえてくる。

 

「ベル、シルさん。戻りましたよ」

「あ、ミリア」

「ミリアさん、わざわざありがとうございます」

 

 ベルは男の子達に囲まれて冒険者ごっこに興じており、シルさんは女の子達で集まって童謡(ナーサリーライム)を歌いながら、いわゆる関所遊びをしている様子であった。

 

「ミリアお姉……ちゃん、何を買ってきたのー?」

「それ、運んでやるよ」

 

 孤児院では最年長らしいヒューマンの少年、ライ君が手を差し出してきたのを見て思わず目を丸くしてしまう。

 俺が持ってきた荷物を運ぼうとしてくれる様子だ。どうにも、俺の方が背丈が低い事もあって頼りない風にでも見えているのだろうか。

 

「大丈夫よ、貴方達は遊んでなさいな」

「本当に大丈夫なのか? そんなにちっこいのに」

 

 孤児院では最年長とはいえ、彼は11歳になったばかりの子供。そんな子供相手にむきになっても仕方が無いのだが、背丈の話題は止めて欲しい。【ファミリア】内で最小なのは若干気にしてんだから。

 

「こら、ミリアさんは確かに小さいけど、こう見えても凄い魔術師なんですからね」

「……シルさん、フォローどうも」

 

 正直、シルさんのフォローはフォローになっている気がしない。こう見えても、ってシルさんも同じ様に思ってるって事だろうし。

 僅かに溜息を零しつつ、奥で内職に勤しんでいるマリアさんの元に購入してきた食品をいくつか渡しておく。

 

「ありがとうございます」

「どういたしまして。と言っても、不法侵入してしまった事に対する謝罪の意味もありますから」

「私も勝手に使わせて貰っている立場ですので、そこまで気を遣わなくても」

 

 恐縮した様子で食料品を納めた袋を受け取るマリアさんの様子に肩を竦める。

 別に害意や他意はない。子供達の様子を見て哀れんだ、というと失礼だが、俺が崇め奉る主神(かみ)の事もある訳だし。

 

「この孤児院の存在を知りつつも何もしない、というのはヘスティア様……【ファミリア】の主神(かみ)が知ればきっとお怒りになるでしょうから」

 

 身寄りの無い子供を放っておくのは女神の存在意義に関わる。

 一応、ここにはマリアさんという庇護者は居るが、子供達が親の居ない孤児である事に変わりはない。ヘスティア様はそれを見過ごす何てことは有り得ない。

 バイトに勤しんでおり話は出来なかったが、ヘスティア様ならば必ずこの孤児院に手助けを申し出るだろう。

 

「そうですか。本当にありがとうございます」

「いえ、他に困り事等あれば相談していただければ……ぁー、一週間後には、対応できるかと」

 

 何度も頭を下げて感謝を告げてくるマリアさんに手を振り、広い教会内へと戻る。

 扉を開けた瞬間、小さな悲鳴が響いた。

 

「きゃあっ!?」

 

 何事かと急ぎ広い教会内へと飛び込むと、シルさんがスカートを抑えて頬を赤らめており、そんな彼女に視線を向けているベルが顔を真っ赤にして目を見開いて硬直していた。

 シルさんのすぐ横には、呆気にとられた様子のライ少年も居る。

 何事かと眉を顰めていると、犬人(シアンスロープ)の少女、フィナがちょこちょこと近づいてきた。そんな彼女と共にハーフエルフのルゥも寄ってくる。

 

「いつもライがシルお姉ちゃんのスカートを捲ろうと狙ってたんだけど」

「……一度も成功した事無かった」

 

 見た目相応に悪戯小僧らしいライ少年は、シルさんがこの孤児院に顔を出す度にスカート捲りをしようとしては失敗していたそうだが、今日初めて成功して唖然としているらしい。

 側に寄って来てひそひそと子供達が事情を説明してくれる間にも、シルさんはベルに詰め寄っている。

 

「男の人に下着を見られてしまうなんて……ベルさんっ、こうなったら罰として私のお願いを一つ聞いてもらいます!」

「ええええええっ!?」

「聞いてくれないなら……リュー達に下着を盗み見されたって、言っちゃいますよ?」

「卑怯ですよぉ!?」

 

 揶揄い半分ではあるものの、もし実際にシルさんの口からそんな言葉がリューさん達に伝えられたとしたら、冗談抜きで半殺しにされそうではある。

 

「初めて、成功した……」

「ああ、やっぱりわざとなんだ……」

「技と、駆け引き……」

 

 俺の下に集まって来てシルさんに畏怖の視線を向ける子供達を見て、思わず彼らに言い聞かせる様に呟く。

 

「良いですか、ああいう女性を悪女、と言うんですよ。ライ君は将来、ああいった女性に弄ばれない様に気を付けてください。フィナさんはああいった女性にならない様に……ルゥ君には少し早いですね」

 

 俺の言葉を聞いていた子供達がこくこくと頷き────突然、視線をシルさんの方に向けて顔をひきつらせた。彼らにつられて俺もシルさんに視線を投げかけると、にっこりと笑顔をこちらに返してくれた。

 笑顔ではあったのだが、言外に『余計な事を子供達に教えないでください』と伝えてきたように思う。

 序に、横に居たベルが助けを求める様に縋る視線を向けてきていたが、シルさんの圧の籠った笑顔を向けられ、俺は静かに子供達に声をかけた。

 

「シルお姉さんとベルお兄さんは忙しそうなので、こちらで私と遊びましょうか」

「ミリア姉ちゃん、冒険者の癖にシル姉ちゃんが怖いのか……?」

「シルお姉ちゃん、冒険者より強いんだ……」

「あの目には、逆らえない……」

 

 情けない、等と言わないでくれ。馬の後ろ脚に蹴られたくはないのでね。

 シルさんとベルから距離をとって離れた位置から二人を観察しつつ、興味津々といった様子で質問を飛ばしてくる子供達に対応していく。

 

「ミリア姉ちゃんとベル兄ちゃん、どっちが強いんだ?」

「魔術師だからお姉ちゃんじゃない?」

「でも、【リトル・ルーキー】は速いよ!」

 

 質問を飛ばしてくれたライ少年も含め、子供達はやれこうだからこっちが強い、と私論……というか、僕が思う強い要素、を姦しく並べ立ててくる。

 実際に俺とベルが戦闘になった場合、単純にベルの方が強い。とは言い切れない。

 

「時と場合、状況によりますね」

「…………?」

 

 一斉に首を傾げる子供達の様子は少し可愛らしくはある。

 とはいえ、小難しい議論を彼らに説明するのも無粋なので本当に簡単にさらっとだけ。

 

「私の場合、ほら、【ドラゴンテイマー】でもある訳ですし。キューイやヴァン……竜種と共に袋叩きにするならベルなんてけちょんけちょんに出来ますが。私自身はあんまり強くないですから」

「えー、でもすっごい魔法が使えるんじゃないの?」

「そうそう、お城がどっかーんってなる魔法!」

 

 両手を大きく広げてその魔法の威力の凄さを全身で伝えようとしてくる子に微笑ましさを感じるが、多分その子が言いたいソレはヴェルフの『魔剣』であって、俺の魔法とはまた違う物だと思うんだが。

 

「魔法には『詠唱』が必要ですからね。発動に時間がかかるんですよ」

「知ってる! 『詠唱』が長い程、強い魔法なんだよね!」

「でも、短いと発動が早い」

 

 得意げに胸を張ったフィナ少女が語るのを、ルゥが補足する様に呟く。

 魔法の話題になると、子供達はどんな魔法が使えるのか、と興味津々に問いかけてきた。本来ならば教えたりするのは良くないんだが。

 

「まあ、戦争遊戯(ウォーゲーム)で知れ渡っているでしょうし、少しぐらいは良いですかね」

「銃撃魔法なんでしょ!」

「ボク、見てみたい!」

「私も見たーい!」

 

 わいのわいの、と子供達が魔法を見たいとせがんでくるが、それは少し難しい。

 

「攻撃魔法は危ないから無理よ。回復魔法とか……後は、そうね、人形術とかなら、良いかしら?」

 

 人形師(ドールズ)型の魔法、人形操作ならば特に問題はないだろうか。丁度、第二クラスを人形師にしてきているし。

 

「少しだけ、魔法を見せてあげても良いわ。まあ、条件はあるけれど」

「条件?」

「誰にも言わない事。約束できる?」

 

 顔を見合わせ、一斉に頷く子供達に微笑みかけつつ、シルさんとベルの方を伺うと、何故かベルがシルさんに膝枕している光景が目に入ってきた。

 最初はシルさんが膝枕させて欲しい、等と言っていた様に思えたが、話がどう拗れたらああなるんだろうか?

 

「さて、危ないから少し下がってちょうだい」

「皆、【魔銃使い】が魔法を見せてくれるって!」

 

 ライ少年が率先して子供達に安全な距離をとらせているのを見やりつつ、クラスの切り替えを行う。

 頭の上に生えてきた猫耳を撫で、腰の辺りにある邪魔臭い尻尾を揺らす。

 急激な変化に子供達が「おぉ」と感嘆の声を上げるが、まだ序の口どころか、魔法のまの字すら使っていないんだが。

 

「ミリアさん、何をするんですか?」

「シルさん、今からちょこっとだけ魔法を見せてあげるんですよ。あ、シルさんも誰にも言わずに秘密にしといてくださいね」

 

 人差し指を口元に当てて微笑むと、シルさんはベルの膝の上でこくりと頷いた。

 ベルの方は膝の上でシルさんが動いたのが擽ったかったのか、それとも気恥ずかしさを感じたのかベルが耳まで赤らめて未だに助けを求めてくる。

 残念だったなベル、流石の俺も今の幸せそうなシルさんの邪魔は出来ない。そう、眠れる獅子を蹴り起こす真似なんかするはずがないのだから。

 

「で、どんな魔法を見せてくれるんだ!」

 

 率先して子供達を先導してくれていたとはいえ、彼自身も気になるのか急かしてくるライ少年に苦笑しつつ、周囲を見回す。

 

「では、不肖ながら()()()人形劇を披露させて頂きたく思います」

 

 あえて大仰な仕草で気取った一礼を披露すると、子供達の頭の上に疑問符が浮かんだ。

 魔法を見せてくれるのではなかったのか、と首を傾げる子供達と、つられて不思議そうな表情を浮かべるベルとシルさんの様子を見やり、手で顔を隠して仮面を装着する様に表情を固定する。

 ケットシー・ドールズ型。人形師として育ち、その優れた技術を見出されて複製(クローン)を作成され、戦闘用の人形量産に従事させられた猫人の少女。

 原点(オリジナル)の少女が目指していた人形達が繰り広げる人形劇を、このうらぶれていながらも子供達の笑い声に満ちた場に披露しようじゃないか。

 

 

 

 

 

 僕の膝を枕代わりにしているシルさんが身動ぎする度、くすぐったさや羞恥が湧き上がってくるが、それ以上に眼前に広がる()に、僕は視線を奪われていた。

 始まりは、子供達に魔法を見せてあげる、とミリアが言った事であり。期待に胸を膨らませる子供達の前で、たしか、ドールズ型、というクラスに変貌したミリアが雰囲気を一変させた。

 普段のミリアを知っていれば、違和感を感じる様な気取った態度で、まるで演技の様に……否、実際に演技なのだろう、大仰な仕草で始まった。

 

「では、出演者達に集まって貰いましょうか」

 

 最初に、ミリアは【人形複製】というスキルで魔力から人形を生み出した。

 何も無い空間に淡い光の粒子が人形を形作り、光が弾けると其処には銀の鎧に蒼穹の外套を纏った騎士が居た。それだけで子供達が感嘆の声を響かせ、次々に生み出されていく人形を目にしては歓声を響かせる。

 割れた窓から差し込む朝日に照らされた、罅割れたタイルから雑草が繁茂する舞台(ステージ)には相応しくない。場違いに思えるぐらいに気取った態度で生み出された人形数体。

 豪奢な服を着飾り、髭を蓄え王冠(クラウン)を頭に乗せた老人人形。

 細部に至るまで精巧な飾り細工の施されたドレスを着て、冠飾り(ティアラ)を乗せた女性の人形。

 他にも何体も、中には怪物の人形の姿もある。まるで本物の様に精巧で、まるで本物の様にも見えるそれらに子供達が息を飲む。

 

「【我は奏者、奏でる者成りて────】」

 

 次に、詠唱と共にミリアの足元に魔法円(マジックサークル)が生み出される。その瞬間に子供達が身を乗り出すぐらいに目を輝かせるのを、僕は何処か微笑まし気に見ていた。

 こんな距離で魔法円(マジックサークル)を見るのは初めてなのだろう。街中で魔法を使う人なんている訳が無いし、もしいたとしても、直ぐにその場を離れるべき非常時だから。

 しかし、よく考えてみると僕自身も魔法円(マジックサークル)をまじまじと観察するのはこれが初めての事なのかもしれない。話によれば人それぞれ、魔法円の絵柄は異なるらしい。

 

「【我は操者、操る者成りて────】」

 

 外周円に踊る文字は共通語(コイネー)でも、多分神聖文字(ヒエログリフ)でもない。見たこともない文字で、内縁部には複雑に入り組んだ線と円で構築された図形が描かれている。見た所で何かがわかる訳ではないけれど、まじまじと観察してみると思わず引き込まれそうになる。

 

「ベルさん、私、魔法円(マジックサークル)をこんな近くで見たの、初めてかもしれません」

「僕も、こんな風にじっくり見た事はあんまりないかも」

 

 ダンジョンの中ではもっと早くに詠唱を終えていた様に思えるが、あえてそうしているのか、ミリアは魔法円(マジックサークル)に目を奪われている子供達の為に、ゆっくりと詠唱を進めていた。

 

「【汝は傀儡、五指奏でる調べに踊れ】」

 

 強い輝きを放つと、魔法円(マジックサークル)が霧散して消える。

 唾を飲む音が聞こえるぐらいの静寂が場に満ち、一見何も起きていない様に見える事から子供達がきょろきょろと周囲を見回し始めた所で、ミリアが口を開いた。

 

「これより、遠い異国での出来事をお話を致しましょう」

 

 左手を胸に当て、右手を僅かに上げて大仰で恭しい一礼をする金髪の少女。それを見た子供達が目を真ん丸に見開いて動きを止めていた。

 それは、僕やシルさんも同様だった。

 

 騎士の人形が片膝を突いて跪き、王様の人形は小さく頷き、姫様の人形は微笑みと共に一礼を披露する。

 ミリアの周囲に生み出された数多くの人形達が、各々の役職に合った様な仕草や動作で一礼している。まるで生きた人間の様に、違和感のない仕草をもって。

 それこそ、まるで命を吹き込まれた、と言われても違和感を感じない様な出来だった。

 

「あくる日、王が愛を込めて育てていた一人娘の姫が、怪物に攫われてしまいました」

 

 其処から、ミリア自身が語り部として何処かに国の童話を元にした物語を語りながら人形を動かしてく。

 舞台(ステージ)は古びた教会の広い室内。長椅子は全て取り払われ、子供達の遊び場としても使われていた空間だ。それが、ミリアの魔法で一級の劇場へと姿を変えた。

 場面に登場しない人形は外周に散り、中央には王が一人残される。嘆く様に、草臥れた様子でよろよろと歩みを進めながら、割れたステンドグラスを見上げて祈る老人。まるで攫われた姫の身を案じているかのような仕草だ。

 其処に、着込んだ甲冑の音を響かせた騎士が登場する。

 

「攫われた姫の身を案じる王の下へ、一人の騎士が訪れました。騎士は謳う、我こそが姫を怪物の魔の手から救い出して見せましょう、と」

 

 内容は、言ってしまえばありふれていて地味(シンプル)な、姫を救う騎士の物語。色んな物語を嗜んできた僕からすると、ほんのちょっぴり物足りなく感じる様な、内容。

 けれど、そんな物足りなさも直ぐに消えてなくなった。

 場面が切り替わる度に人形達が入れ替わり、その場に応じた人形が出て来ては活き活きとした動きでその場面を、その光景を形作っていく。

 

「獣の息遣いが響く森の中、騎士は木々の影から自身を狩ろうとする存在に気付き、その剣を鞘から抜き放つ!」

 

 ごくり、と思わず唾を呑み込む。

 甲冑姿の騎士が剣を抜き放ち、周囲を警戒する様に一歩、また一歩と歩み────次の瞬間、僕達の頭を飛び越える様に狼の人形が躍り掛かる。

 いきなり頭上を飛び越えた影に子供達やシルさんが悲鳴を零した。その際、シルさんがぎゅっと抱き着いてきたため、僕は違う意味で悲鳴を上げた。

 怪物は、人が近寄らなくなった古城に姫を幽閉して閉じ込め、騎士を待っていた。

 恐ろしい四足の獣が徘徊する深い森林。巨大な大蛇が住まう湿地帯。人の血を啜る吸血蝙蝠が蔓延る洞窟。その全てを超え、騎士が怪物に挑まんとする頃には僕もシルさんもその人形劇に引き込まれ、手に汗を握って騎士に心の中で声援を送っていた。

 

「騎士の放った一閃は見事怪物に止めを刺した。その証拠とし、怪物は塵と消えました」

 

 満身創痍。

 美しい輝きを放っていたはずの銀の甲冑は薄汚れ、凹み。真っ蒼だったはずの外套(サーコート)は火に炙られ、刻まれ、襤褸に成り果てている。その手に握られていた剣も、半ばから折れてしまっていた。

 怪物の元へ至るまで、そして怪物を屠りさるまでの間に騎士は数多くのモンスターと戦い、傷を負い、それでも一度も止まる事無く、歩み続けていた。

 

「尖塔の一つ、そこに捕えられた姫の下へ、その足を引き摺り、騎士は歩みを止める事はありません」

 

 教会の奥、壇上の前で鎖に繋がれて跪いて祈る仕草をしている姫の人形の元へ、騎士が歩み寄る。

 騎士が姫を縛る鎖に触れると、鎖は呆気なく塵と化し、姫を呪縛から解き放った。

 

「騎士は見事に姫を救いだしたのです」

 

 ボロボロで情けない姿ではあるが、それでも姫を救う為に数多の冒険を潜り抜けてきた騎士、英雄の姿に子供達が目を輝かせる。そんな子供達に混じって、僕も同じ様に目を輝かせていたけれど、ふと気付くとその熱がほんのちょっぴり、過去に比べて褪せているのに気付いた。

 

「ミリアさんの人形劇、思わず引き込まれてしまいましたね」

「…………」

「ベルさん?」

「え? ああ、うん、僕も思わず引き込まれちゃった」

 

 劇が終わり、人形達が次々に時間切れで霧散していく中、最後まで残っていたお姫様の人形が微笑みながら手を振って消えていく。

 

 

 

 

 

「シルさん、ベル、どうでした?」

「最高でしたよ! 普通にお金とれるレベルでした!」

「うん、僕も、思わず引き込まれちゃった」

 

 少しはしゃぎ過ぎただろうか。興奮した様子の孤児達に囲まれながらも聞いてみると、シルさんは絶賛してくれ、ベルも楽しめた様子だった。

 孤児院の中で表現するのには少し無理があった場面もいくつかあって省いてしまったが、それでもおおよその流れは出来たし、満足ではある。

 戦闘用ではなく演劇用の人形とはいえ、一日に何十体も作成、運用するのはきついな。

 

「お金とるのは難しいですね。一日に一回講演出来れば良い方ですし。それするぐらいならダンジョンに潜りますって」

 

 あれだけの演劇に割とシャレにならない量の魔力をつぎ込んでいるのだ。特に、大型の怪物系人形が割と消費が大きい。それと、四足獣型の人形操作が中々に癖が強い。操るだけで集中力も必要だし、今後は四足獣型の人形は避ける事にしよう。

 今日の人形劇は、孤児院の子供達を喜ばせる序に、俺自身の人形操作技能の向上にも役立ったから無駄ではなかったと思おう……休みの日に何してんだ、とリリに怒られそうなので黙っていないとなのだがね。

 

「ミリアさん、大丈夫ですか。疲れてないですか?」

「ん、大丈夫。と言いたいけど少し魔力を使い過ぎたわね。休憩したいわ」

 

 魔力以外にも、語り部として声を張り上げていたのもかなりきつい。

 肩を竦めていると、視界の端で孤児の中でも幼い子達が欠伸をしているのが見えた。

 

「シルさん、欠伸してる子が何人か居るのでお昼寝させてあげた方が良いんじゃないですかね」

「あ、そうですね。じゃあ二階に行きましょうか」

 

 眠たげに目を擦りながら、ふらふらと頭を振っている子供の手を握って二階へと連れて行ってあげると、寝かしつける必要もなく幼い子達は夢の世界へと旅立っていった。

 そんな風に眠った子達につられてか、他の子達も次々に眠たげ名様子を見せ、最年長のライ少年も欠伸を零していた為、苦笑しつつも彼等を寝室へと連れて行った。

 

「ぐっすり、眠っちゃいましたね……」

「そうですね……」

「良い寝付きねぇ……」

 

 この孤児院の寝室は一階の食堂と同じぐらいの広さで、床には無数の毛布が敷かれていた。

 部屋の隅には擦り切れた絵本や、欠けた積み木等も転がっており、一見して子供部屋とわかる風景が広がっている。

 そんな部屋の中で、小さな体を寄せ合い、雑魚寝をする子供達の様子は非常に微笑ましい。

 そんな中、シルさんは眠りこけるルゥの頭を優し気に撫でていた。その様子に俺も思わず欠伸が零れる。

 

「ふぁぁ……眠いわ」

「ミリアさんも、寝かしつけて欲しいですか?」

「んー、そうね。少し魔力を使い過ぎたし、私も少しだけ昼寝しましょうかね」

 

 子供達が奏でるさまざまな寝息を聞いて居たら、消費した魔力も相まって眠気が襲ってくる。

 その様子を見たシルさんが揶揄う様に告げてくるが、俺自身としては昼寝したい気分でもある。とはいえ、ここで昼寝するのは少し心配ではあるんだが。

 

「ベルさんもどうです?」

「遠慮しますっ」

 

 俺を揶揄えないと判断したのか即座にベルを標的にするシルさんだったが、膝枕の件を未だに引き摺っている様子でへそを曲げたベルは、すげなく断った。

 その様子にシルさんはクスクスと笑みを零した。

 

「クラネルさん、ノースリスさん、シルさん、お疲れ様です。子供達のお相手をして頂いてありがとうございます。お疲れになられたでしょう? 私に任せて休んでください」

 

 音を立てない様に静かに扉を開けて入ってきたマリアさんの言葉に、ベルとシルさんは頷いている。

 俺も休むか、と欠伸混じりに寝室を出ようとすると、マリアさんに引き留められた。

 

「ノースリスさんも、ここでお昼寝などいかがでしょう。日当りも良いですし」

「んー……魅力的なお誘いね」

 

 人当たりが良く、ヘスティア様と似た雰囲気のマリアさんに誘われると思わず頷いてしまいそうになる。が、一応俺は冒険者で、尚且つ目立たないとはいえ武装もしている。

 万が一にでも子供達が怪我なんかしても困るし、眠るならば武装をどこかに保管して欲しいが……。

 

「ベル、私の武器と道具をお願い」

「ミリア、昼寝するの?」

「ええ、少し、ね」

 

 帯革ごとベルに短剣や回復薬(ポーション)の入ったポーチを渡しておく。んで、何かあったらクリスに叩き起こして貰うか。

 

「ミリアさん、おやすみなさい」

「おやすみ、シルさん」

 

 小さく手を振って二人を見送り、寝ている子供達の子守りをしているマリアさんから離れた壁際に背を預けて座った。

 くぁ、と欠伸を零していざ一眠り、といこうとした所で、マリアさんが声をかけてきた。

 

「こちらへどうぞ」

「ここで大丈夫よ」

「そうですか」

 

 子供達に混じって昼寝しても、きっと違和感なんかないのだろうが、少し気恥ずかしい。

 温かに差し込む日差しに照らされて健やかに眠る子供達をぼんやり見つめながら、思わず呟きが零れた。

 

「この子達が羨ましいわね」

「……そうでしょうか?」

 

 子供達に向けられる愛しみに溢れた表情で、此方を見る事なく呟くマリアさん。

 そんな彼女に愛を注がれて健やかに眠る子供達。彼、彼女らは皆、親に捨てられた孤児達だ。そんな子供達を羨ましい、だなんて言うのは少しおかしいのかもしれない。

 けれど、実際に羨ましいと思ったのだから仕方ない。

 

「貴女みたいに、素敵な母親と出会えたんですもの。思わず嫉妬してしまいそうだわ」

 

 マリア・マーテルという女性が母親代わりとなって愛情を注いでくれているのだ。母親、というものに良い思い出のない俺からすると、凄く羨ましい。

 こちらを振り返ったマリアさんは、少しだけ嬉しそうに、それでいて困った様な微笑みを浮かべている。

 

「そう言って貰えると、嬉しいですね」

「本心よ、割とね」

 

 徐々に重たくなる瞼に反して、口はどんどん軽くなっていく気がする。

 

「私の母親なんてとんだロクデナシだったから……代わりに、ヘスティア様とか、貴女みたいな人が……」

 

 母親だったとしたら、どれほど良かった事か。

 重たくなった瞼を下ろし、徐々に意識が遠のいていく。揺蕩う様な感覚の中、背中に感じていた壁の感触が離れ、温かな誰かに抱き寄せられた気がした。




 はしゃいでくれる子供達を見て思わず頑張り過ぎちゃうミリアちゃん。リリが知ったら呆れ混じりに苦言を呈されそう。

 人形師は割と戦闘方面より、こっち方面で活躍した方が平和ですね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。