魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二〇八話

 薄らと空が白み始めた早朝。

 ギルドから指定の冒険者と共に18階層の先、『大樹の迷宮』内に存在する未調査領域の調査の為、俺は早朝に準備を終え、しかと休息をとった後にこうして皆の見送りを受ける事となっていた。

 

「ミリア、気を付けてね?」

「大丈夫よ。キューイとヴァンも居るし。クリスだって居るから。ベルの方も気を付けなさいよ?」

 

 心配そうに声をかけてくるベルに微笑みかける。

 まだ空が白み始めたばかりで、僅かに冷えた空気に朝靄がかかる程の時刻だというのに、【ファミリア】の皆はわざわざ起きて送り出してくれる。

 こんなに嬉しい事はない。

 

「ギルド指定の冒険者が誰なのかわからないのは気になるが……」

「仕方がありません。特に結晶竜の領域でどれほどの危険性と利益があるのかわかりませんから、下手な冒険者を同行させない上、誰が調査に赴くのかを秘匿するのも納得がいきますし」

 

 ギルドの突発的な強制任務(ミッション)に不審感を抱くヴェルフに、筋は通っていると自身を納得させているリリ。他の面々も殆ど疑うか納得かのどちらかの反応を示している。

 ヴェルフと同じ様に疑っているのはフィア、メルヴィス、ミコト、イリス。

 リリと同じ様に納得しているのは春姫、サイア、ディンケ、エリウッドだ。

 前者のフィアとメルヴィスなんかは特に疑っている様子ではあるが、彼女たちの場合、ギルドが密かにその領域で得られる希少な素材を独占しようとしてるんじゃないか、とギルド長のがめつさを疑っている様子だ。

 後者のディンケ、エリウッドの二人は、【ガネーシャ・ファミリア】に居た頃に似た様な秘匿性の高い強制任務(ミッション)を受ける先輩がいたらしく、それ故に納得しているらしい。

 そして、ベルは僅かな疑問を覚えている様子で、ヘスティア様は顎に手を当てて考え込んでいる。

 

「…………」

 

 道具類を入れた箱をヴァンの背に装着し、フードを目深に被り折りたたんだ翼をバックパック風に見せた布で包んだキューイ、そして懐で沈黙し続けるクリス。

 最後に自身のクラスと体調を確認してから、大きく頷く。

 

「準備完了です。ヘスティア様────」

「ミリア君、おいで」

 

 挨拶の言葉を残して出立しようとすると、ヘスティア様が真剣な表情で手招きをしてくる。

 一週間、我慢を強いられていた分、出来るならば抱き締めて欲しいと思っていた。だが、今はどうにもそういう気分にはなれそうにない。異端児(ゼノス)の事、ギルドの事、神ウラノスの事、【ファミリア】の事、ベルとヘスティア様の事、色々な思惑が交差する中で自身が決めた行動にどうにも自信を持てない。

 迷いながらもヘスティア様の元へ行くと、女神は優しい微笑みを浮かべて両手を広げ、受け入れる体勢を作ってくれた。

 

「ミリア君、何も言わなくて良い。抱きしめさせてくれないかな?」

「…………」

 

 心を読まれている訳ではない。それでも、魂の揺らぎから俺の状態を推測した女神は優しく微笑みを浮かべて、ただ受け入れようとしてくれた。

 そんな女神様の姿を見て、思わず彼女の胸に飛び込んで、知ってしまった全てを洗いざらい全てぶちまけてしまいたい気持ちが溢れそうになり────抑え込む。

 ほんの数秒か、数分か、溢れそうになった気持ちにしっかりと蓋をしてから、頭を下げた。

 

「ヘスティア様、まだ、私は気持ちの整理が出来ていません」

「……そっか」

 

 自分の行いは間違っていない。【ファミリア】を優先し、異端児(ゼノス)を見捨てる。今後も同じ状況に陥った場合、俺は家族を優先し、その他を排する。

 前世ではそんな余裕が無かったから、俺は、俺と父親の命を守る事以外の全てを切り捨ててきた。だが、今は違う。ヘスティア様とベル、そして【ファミリア】の皆と出会い、余裕が生まれた。

 自分にこんな評価をするのは良くはないが、きっと俺の性根の部分は善性に満ちた人格だったのだろう。糞みたいな母親の下に生まれたにしては、俺の根っこは優しさに満ちている。その上で、俺は最も守りたい者だけを守ろうとする。

 だから、異端児(ゼノス)の話を聞いた時、守りたい家族を危険に晒す選択肢を選べない。だというのに、見捨てた彼らを哀れみ、罪悪感を感じている。

 そして、その事を秘匿し、皆に黙っている事に更なる呵責を覚えている。

 昨晩、今日の強制任務(ミッション)の為の準備に一日奔走しているさ中、ずっと考えていた。

 

「ただ一つ、約束させてください」

 

 女神に全てを打ち明けるか否かを。

 

「……約束とは何だい?」

 

 秘密を隠しているのを知りつつ、女神はただ微笑んで優しく問いかけてくれる。

 きっと、黙っていても女神は何も言わない。俺が自ら語るまで無理に聞き出そうだなんてしないだろう。だから、甘えてしまいそうになる。

 その胸に飛び込み、口を閉ざして甘く溶かされてしまいたく思う。だが、それは止めよう。

 

「この強制任務(ミッション)が終わったら、私は貴女に、私の知る全てを話します」

「…………」

「それを聞いた上で、ベルや、皆に話すかどうかを、貴女に決めて欲しい。私には、選べそうにない」

 

 周囲の皆が呆れた様に肩を竦めるのを見て、頭を下げる。

 

「ごめん。私は、皆に話せないわ」

「信用できませんか?」

「信用してる。でも、私が話すには、重た過ぎるの」

 

 リリルカの問いに、俺は真っ直ぐ答える。

 守りたいと思っている皆の心を惑わせてしまうかもしれない。不和の原因になってしまうかもしれない。そんな事を自らの口から語る事は出来ない。

 

「約束します。私は、帰ったら全てを話します」

「……わかった。帰ったら、全てを聞こう」

 

 頷いた女神を見て、不満げな皆を見回し、最後に真っ直ぐベルを見た。

 心配そうに、何か聞きたそうに口を開きかけ、そして閉じる。しばしの間視線を交わした後、ベルは真っ直ぐ俺を見て、口を開いた。

 

「気を付けてね」

「ええ、十分に気を付ける。必ず、帰ってくるわ」

 

 約束した。

 帰ったら、ヘスティア様に全てを話す、と。

 朝靄が薄れ始めた街中を、キューイと共にヴァンの背に乗って駆ける。目的地はダンジョン、中層の『大樹の迷宮』。

 話には聞いていた異端児(ゼノス)達との初邂逅になるだろう。どうなるのか全く想像もつかないが、必ず生きて帰ろう。

 死ぬ事だけは絶対にしてはいけない。

 

 

 

 

 

 固い決意を抱いた少女が竜を駆り、朝靄が晴れ行く街並みに消えて行ったのを見送った女神は、静かに一つ頷いた。

 一週間、我慢を強いた為、強制任務(ミッション)に赴く今だけは甘えさせてあげようとしてみたが、彼女自身がそれを拒んだ。

 今までずっと隠し事をしていたのには気付いていたし、女神は彼女が話してくれるまで待ち続ける積りではあったが。今日、その約束をされるとは思っていなかった。

 成長というよりは、踏ん切りをつける為の行動なのは明らかではあるが、彼女が語りたいと言ったのなら、(おや)として受け入れない訳にはいかない。

 しかと眷属の決意を見送った女神は、静かに頷いた。

 

「なあ、良かったのか?」

 

 そんな時、僅かに非難する色を宿した瞳でフィアが女神の背に声をかけた。

 

「何がだい?」

「何が、って、副団長の奴、ダンジョンに行くんだぜ?」

 

 迷宮から帰ったら、そんな風に約束して帰らなかった冒険者がどれほどいるのか。

 ましてやギルドが厳重機密指定までする強制任務(ミッション)に赴くのだ。内容も、未調査領域の調査。

 それこそ第一級冒険者ですら命を落としてもおかしくは無いような高難度任務。それに赴く者が『帰ったら』等と口にするのを信じるのか。

 

「それだけアイツの事、信じてるってなら別に良いけどよ」

 

 冒険者である以上、地上でやるべき事は全て終えてから向かうべきだ、とフィアは呟く。

 わざわざ心残りを作る様な事をしても、誰も得しない。

 そんな風に『迷宮から帰ったら』という約束をして、帰らなかった冒険者を数多く知っている。仲間であったヒューマンの男も、そうして命を落としたのだから。

 

「うん。わかってるさ、それでもボクは強制はしない」

 

 あの子がそうしたい、と言ったのなら。(おや)であるボクは、見守って待つだけさ。と女神は微笑みを浮かべた。

 本音を言えば、今すぐ全てを打ち明けて欲しい。けれども、彼女が抱える秘密がそんな簡単に明かせる様なものではないのは察しが付いていたのだ。

 女神とディンケ達が声を掛け合う中、ベルは静かに足元のタイルに視線を落としていた。

 ミリアは信用してくれている。けれども、まだ自身が頼りにされていない、そんな風に感じている。

 

「ベル、あんまり気にすんな。ミリアは、ああいう性格だ、帰ったら言ってやりゃあいいのさ」

「そうですよ、ベル様。帰ったらガツンと言ってやるのです」

 

 肩を叩いて呆れた様に肩を竦めるヴェルフに、次はガツンと言いたい事を言わせてもらうと告げるリリルカの姿を見た少年は、困った様に頬を緩め、直ぐに引き締めた。

 家族の事を誰よりも愛している少女が秘密を持つ理由は、間違いなく家族を守る為である。それはわかるが、同時にベルやヴェルフ、リリルカ等も彼女が自身達を想うのと同じぐらい想っているのだ。

 

「うん。帰ったら、ちゃんとミリアに言わなきゃね」

 

 もっと、家族である自分達を頼って欲しい、と。

 

 

 

 

 

 天井を覆う白水晶が煌々と輝く。階層は光に溢れる中、俺の気分は沈みに沈んでいた。

 18階層『迷宮の楽園(アンダーリゾート)』。

 俺達が足を踏み入れた時、安全階層(セーフティポイント)は『昼』の時間帯であった。

 ヴァンを駆りながら、殆どのモンスターを急所射撃、魔石を撃ち抜く事で即死させたうえでドロップアイテムをガン無視して駆け抜けてきた事で、過去最速で18階層に到着した。

 階層南方にある17階層からの寄り道を一切せずに連絡路から真っ直ぐ北上し、中央樹が存在する大草原へ。

 視界左手の西部の湖畔に浮かぶ巨島の断崖絶壁沿いに僅かに建物が見えているのを無視する。宿場町(リヴィラ)に立ち寄る理由は全くない。真っ直ぐフェルズとの合流地点へと向かう。

 モンスターの小集団を殲滅したり、足の遅い集団であれば駆け抜けて無視したりしつつ、19階層へと続く巨大樹の根本へと辿り着いた。

 

「合流場所は……あっちね」

 

 ヴァンの背に乗りながら、欠伸をするキューイに体を支えて貰いつつ、地図を広げて目的地を探す。

 中央樹の根が馬蹄型に広がる平原、丁度19階層へと続く洞から死角となっている位置が指定の場所となっていた。

 とはいえ、少し早めに到着したのか、目的地には待ち合わせ相手の姿は無い。

 

「……まだ、居ないみたいね」

「キュイ?」

「そうね」

 

 少し休む、とキューイに問われたために同意し、ヴァンの背負った荷物からいくつかの食料品を取り出し、警戒を任せつつも休息(レスト)をとる事にした。

 昼間とはいえ、地下であるためか涼しい風が吹き抜ける草原でヴァンが伏せ、その尾に凭れ掛かる様に体を休める。

 消費した精神力(マインド)の量からして、大したことはないとは思うが、一応、念のために精神力回復特効薬(マインドポーション)を四分の一、ほんの少しだけ口にしておく。

 暫くは階層を駆け抜ける涼し気な風を浴びながら、休息をとっていたが、暫くしても件の黒ずくめは姿を現さない。流石に早すぎたか。

 

「あら、思った以上に早く到着したわね」

 

 女神へと贈った懐中時計と同じ意匠(デザイン)の懐中時計で時刻を確認すると、予定していた時刻よりも四半刻程早く到着している事に気付いた。

 明確な時刻指定があった訳ではないが、到着予定時刻はそれなりに早めに設定しており、それよりも早く到着してしまったという事は、相手が来るまでまだまだ当分先と言う事になる。

 仕方が無いので今回の探索の為にわざわざ皆が用意してくれた各種道具や装備を確認していく。

 リリルカからは『強匂袋(モルブル)』をいくつか受け取っている。結晶竜(クリスタルドラゴン)に効果があるのかは不明だが、他のモンスターによって危機的状況に陥った場合、躊躇なく使用して逃げろ、と仰せつかった。

 更に、ヴェルフからは『クロッゾの魔剣』を受け取った。小剣型であり、かなり小さく懐に収めておけるものだ。緊急時に迷わず使え、と彼が渡してくれた。

 他にも、ディンケ達から便利な小道具を受け取ったり、フィアから保存食を受け取ったり、荷物の多くは皆が用意してくれた物だったりする。

 自分で用意した分はまた別の機会に使用するか、と仲間から受け取った物を確認していると、漫画なんかで見る様な鼻提灯を作って寝こけていたキューイが跳ね起きた。

 遅れて、俺とヴァンが立ち上がって警戒姿勢をとる。クリスだけは俺の懐に入ったまま沈黙を保っているが、ほぼ全員が警戒姿勢をとった辺りで、草原に一人の人物が姿を現した。

 

「随分と早く到着した様子だな」

「ええ、少し遅れたと思って急ぎ過ぎたみたい。逆に早く着いてしまったわ」

 

 相も変わらない影を象った様な黒衣に、紋様の刻まれた黒の手袋(グローブ)

 神ウラノスと異端児(ゼノス)達の伝言役(メッセンジャー)。後は雑用を行っている人物。フェルズだ。

 

「数日ぶりだな。息災だったか?」

「心情以外はね」

 

 当り障りない挨拶を交わしていると、次第に周囲が暗くなっていく。

 ここに来た時には煌々とした輝きを放っていた白水晶から輝きが失われていき、ほんの数分の間に18階層は『夜』の時間帯へと切り替わった。

 森のあちこちや、湖の湖畔、草原に生えている青水晶がうっすらと発光し、視界不良とまではいかない蒼然とした闇に階層全体が包まれる。

 そうなってしまうと、ただでさえ黒々とした影の様な意匠のフェルズの姿がぼんやりとしか見えなくなる。遠目に見れば人がいるとは思えないぐらいだろう。

 

「ああ、なるほど、そっちの指定した時間帯は『夜』だったのね。悪い事をしたわ」

「気にするな。ミリア・ノースリス。お前が到着したらすぐに姿を現す積りだった。まあ、其方が先に着きすぎて待たせてしまった様子だが」

 

 軽く冗談を交わしつつ、俺は広げていた荷物を手早く片付けていく。

 一応、魔石灯等で灯りを付けたりはしない。18階層が『夜』の時間帯とはいえ、地上では丁度真昼も良い所。19階層へと降りていく数組のパーティの姿も確認できるのだ。

 

「それで、今日は何処まで? 道案内は任せて良いのよね?」

「ああ、その前に少し明かしておくことがあるがな」

「……? 何かしら?」

 

 いまいち信用ならない闇で塞がれたフードの奥を覗き込みその中身を伺おうとしながら問うと、その人物はフードの奥で声を上げた。

 

「出会って暫く、ミリア・ノースリスには姿を見せていなかった。だが、今なら良いだろう」

 

 黒衣の人物は、被っていたフードを手袋(グローブ)を装備した手でつかみ取り、剥ぎ取った。

 蒼然とした夜の闇に包まれた中、俺は彼の素顔を目にする事になった。

 

「………………は?」

 

 思わず間抜けな声が口から零れ落ちる。

 そこにあるべきはずの()が無い。真っ黒な空洞、がらんどうな眼孔が空いていた。

 そこにあるべきはずの()は無い。綺麗に生えそろった歯が、骨格もろとも剥き出しになっていた。

 そこにあるべきはずの部品(パーツ)が存在しなかった。

 否、それは人としてあるべき部品(パーツ)ではあった。だが、普通なら人の目に晒される事のないものであり、本来それを目にするのはその人物の死後であろうはずのものだ。

 俺の視界に映る、その人物の素顔は、顔ですらない、白骨の髑髏だった。

 

「『スパルトイ』、だったとは……」

 

 よもや、神ウラノスと異端児(ゼノス)を結んでいた伝言役(メッセンジャー)が、『深層』に出現する白骨のモンスター、『スパルトイ』だったとは。

 思わず目を擦り、何度もその素顔を確認していると、その人物は肩を揺らして笑い始めた。

 

「生憎とモンスターではない。元人間だ」

「……元、人間?」

 

 ()人間? と思わず彼、または彼女の表情を伺うが。顔の表情筋の細かな動きから、相手の感情や考えを読み取るのを得意とする俺でも、いくらなんでも白骨の髑髏から読み取る事は出来ない。

 目の前の人物、と称して良いのかわからないソレが、何を考えているのか全く想像がつかなかった。

 

「私は『賢者』だ、今は『愚者(フェルズ)』を名乗っているがね」

 

 『賢者』。

 その人物に聞き覚えがあった。だが、ほんの少しの間、俺はその情報をどこで聞いたのか思い出せなかった。

 だが、ほんの数秒記憶を漁り、気付く。情報屋に収集させていた冒険者の情報ではなく、ベルやヘスティア様との会話の中で出てきた人物の名だという事に。

 

「彼の『魔法大国』で賢者の石……()()()()の生成にただ一人成功した、あの?」

 

 永遠の命を発現させる魔法具(マジックアイテム)『賢者の石』を作り出すのに成功した唯一の人間。

 前世においての『賢者の石』とは卑金属を金に変える触媒とされた霊薬であり、後付けで人間に永遠の命を与えるエリクサーの能力があるとされた代物。

 この世界においてそれは作り上げられ、その後の話は聞かない。

 確か、主神に完成の報告に行ったその先で、目の前で床に叩き付けられ破壊された、という逸話が残っているぐらい。

 だが、それ以上に気になったのは、有史以来、最も『神秘』のアビリティを極めたとされる魔術師(メイガス)だという事だろう。

 要するに、ベルが憧れる御伽噺の登場人物と肩を並べる程の伝説の人物である。

 

「正確には、その成れの果てだがな」

 

 否定する訳でもなく、かといって進んで肯定する訳でもない。何処か後悔混じりのその返事に、思わず言葉を失った。

 この世界に来ていくつかの逸話を耳にしているが、この目の前の人物の語り口に『嘘』が混じっていないのを大いに理解してしまい、困惑が隠し切れない。

 もし、それが本当だというのなら、目の前の人物は、少なくとも本来人間が生きているべきはずの時間を大いに超越した時間、生きている事になる。

 

「後世……現代に伝えられている通り、あの『石』を憎き主神に砕かれた私は、妄執に取り付かれた。無数の知識を求めるあまり永遠の命に執着し、不死の技法を編み出したものの、この有様(ざま)だ」

 

 あれは私の汚点(トラウマ)だ、等と語る骸骨の言葉に嘘は見られない。というかそもそも嘘かどうかが判別つかない。

 

「秘儀の反動で全身の肉と皮は腐り落ち、今ではモンスターより醜悪な存在となった。腹の餓えや喉の渇きを感じる事も出来ない。生きた亡霊だよ、私は」

 

 まるで自身が編み出した秘儀が『呪い』であったかの様に語るフェルズの様子に、納得できる部分も多分あった。

 前世において嗜んだアニメやゲーム、その中で永遠の命に妄執に取り付かれ、結果として死ねなくなって永遠の時を生きている変わり者のキャラクターというのは居た。というか、ミリカンの中にも居た筈だ。

 とはいえ、俺の抱いたそれはあくまでも想像上のキャラクターの心情のソレであるため、眼前の人物が抱いた考えとは全く異なるかもしれない。

 

「先も言ったが、今は『愚者(フェルズ)』と名乗っている」

 

 愚者(フェルズ)

 『賢者』が身を堕とした成れの果て。

 もはや表情筋の動きから感情も考えも、何より嘘か真かも読み取れなくなっている賢者は、何処か達観した様子でそう語った。

 

「どうだ?」

「ど、どう、とは?」

「驚いているか。と聞きたかったのだ」

「お、驚いてるわ。少なくとも、かなり動揺させられたのは事実ね」

 

 余りにも度肝を抜く情報に、思わず眉間を揉む。

 キューイやヴァンはそういった事に興味が無いのか、それとも全く理解していないのか今まで通りの警戒を向けている。ある意味、こいつらが羨ましいかもしれない。

 

「それで、なんでそれを今になって明かした訳?」

 

 少なくとも、今この場で明かす理由があるだろう、といつもの癖で目の前の人物の表情を伺うが、残念な事に俺は骸骨の表情を伺う様な技能は微塵もない為、考えどころか感情の一片も読み取れなかった。

 

「そう警戒するな。異端児(ゼノス)と会ってもらうに当たって、少しでも信用して貰いたくてこれを明かしたのだから」

 

 声色だけで判断するならば、言っている事に嘘はない。嘘はない筈だが、それでも声色だけで判断するのは少し無理がある気がする。

 とはいえ、声色だけで判断するならば、彼は本気で此方に信用して欲しいと思ってはいる様子だ。

 

「……キューイ、ヴァン、どう思う?」

「キュイ?」

《俺様に聞くな》

 

 俺の二重人格らしいキューイは「さぁ?」と適当な反応を返し、ヴァンは不愉快そうに鼻を鳴らすのみ。

 正直、こんな重大な情報をいきなり渡されても大いに困る。ただ異端児(ゼノス)と会って少し話をして、帰ってヘスティア様に洗いざらい全てを話す、と覚悟を決めている所に、特大級のボディーブローをぶちこまれた気分ではある。

 目の前で動いている白骨化した髑髏は、魔法か何かで俺が幻覚を見せられているのではないだろうか?

 そうでなくとも、魔法で操られた人形なのでは?

 

「……正直、怪し過ぎて、今この瞬間に私からあなたへの信用度がゼロを突き抜けて落ちそうなんですが」

「……思い切って秘密を話した積りだが、逆に信用を失うとは思ってもみなかったのだが」

 

 声色だけで判断するならば、本気で困惑しているのが伝わってくるのだが、白骨の髑髏からは表情は伺えるはずもなかった。




 いつもより短めで申し訳ない。

 次回、ミリアが異端児(ゼノス)の面々と対面。
 ベル達よりいち早く接触した上で、今後の活動を……なお、地上に戻った頃に丁度、ヘスティア様は(ry

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