魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二一〇話

 頭上に錯綜する枝葉の隙間から、まるで舞台照明(スポットライト)の様に淡い光が差し込む一本樹の根本、飛び散った血と、残った灰山が残されていた。

 場所は20階層。

 凄惨な拷問の末に命を落としたハーピィの少女に黙祷を捧げつつ、立ち上がった。

 ローブにはべっとりと血と灰がこびり付き、臓物の匂いが染み付いてしまっている。

 いくらモンスターであるとはいえ、ここまで凄惨な拷問を行い、見せしめの様に磔にするなんて、この世界では常識的行動だったとしても、俺には到底受け入れられるはずもない。

 

「フェルズ」

「……わかっている」

 

 命を落とした異端児(ゼノス)の亡骸、遺灰を小瓶に収める。ドロップアイテムは何一つない。

 迷宮街でのあの時とは事情が全く違う。理解者であるフェルズと共に行動していたが故に即座に救助活動を行った、だが、既に致命的な損傷を受けていた彼女を救う事は叶わなかった。

 その件に関してクリスは無言のままに遺灰を見つめ、悲しそうな音色を響かせる。歌う様に、慟哭する様に、耳に残る悲し気な澄んだ音色に耳を傾けつつ、フェルズを一瞥してからルーム内を見回す。

 

「……誰か居るな」

「ヴァン、キューイ」

《人間が5人居るな》

「キュイキュイ」

 

 少し落ち着いて考えればすぐにわかる事だ。

 あの凄惨な拷問を受けたハーピィが、普通なら冒険者が足を踏み入れる事のない最短路から大きく外れたルームに置かれていた理由。

 クリスが助けを求める声に反応した様に、きっと他の異端児(ゼノス)もその助けを求める声に引き寄せられてしまうのだろう。そして、そうやって()に釣られた異端児(ゼノス)を狙う者が居る訳だ。

 そう、異端児(ゼノス)を狙って捕獲し、都市外へと売り飛ばす外道、密猟者(ハンター)達が。

 人間が5人。強さがどれほどなのかわからないが、数が多いのは厳しい。

 

「フェルズ、わかってるとは思うけれど」

「……捕まえて話を聞くべきだろうな」

「違う、生かして帰す訳にはいかないって話よ」

 

 目の前で命を落としてしまったハーピィの仇でもあるし、彼女の為にも情報は必要ではある。だが、今ここで彼等を一人でも逃がしてしまえば、致命的な事になりかねない。

 俺の場合は、都市内において怪物趣味と陰口を叩かれている俺が、実際に迷宮内でモンスターを救助する真似をしていた、なんて噂が────それも否定できない事実が広まれば、洒落にならない。

 フェルズの場合も、下手に情報を持ち帰らせるのは非常に不味いだろう。

 

「……優先すべきは情報だ」

「わかってる、けれど捕獲が無理そうなら、殺すわ」

 

 ルームに繋がる道の先を見やる。

 巧妙に隠れているのか、俺の感知能力では全くわからないが、ヴァン曰く5人居るらしい密猟者(ハンター)

 目を凝らしてフェルズと共に仕掛ける時期(タイミング)を計っていると────ガサリ、と茂みが揺れた。

 

「【ピストル・マジック】【リロード】」

 

 咄嗟に魔法を詠唱し、照準を定める。

 こちらの詠唱に気付いているのかいないのか、この部屋をつぶさに観察していたらしい人物が顔を見せた。

 

「おいおい、落ち着け冒険者(どうぎょうしゃ)だ」

 

 両手を上げて茂みから出てきたのは柔和な笑みを浮かべた軽装姿の男だった。他の茂みからも、続いて人が現れる。人数は、四人。

 リーダーらしき男は軽装を身に纏い、腰には宝珠のついた曲剣が鞘に収まっているのが見えた。他の面々も同様の曲剣を身に着けては居るが、そちらに宝珠は無い。そして、曲剣以外の防具は統一感が全く感じられない装備だ。

 中層、それも『大樹の迷宮』に居る冒険者。ならば最低でも上級冒険者であり、二つ名持ちのはずだが。全く記憶にない。少なくとも最近ギルドに登録されている冒険者ではなさそうだ。

 

「……貴方はここで何をしていたのかしら?」

「あー、いや。そこの木に、不自然にモンスターが、その、酷い有様だったろ? だから、なんかの罠なんじゃねえのかって警戒して見てたんだよ。そしたら、お前達が来たんだ」

 

 へらへらと笑いながら、さも自分達はこの現場を偶然発見して見てただけです、と嘯く。

 

「君達は、本当にこの一件に関わっていない。そう言うのだな?」

 

 何処か憤怒を含んだ声色を上げるフェルズを横目に、ヴァンに声をかける。

 

「ヴァン、残りの一人は?」

《距離をとって見ているが》

 

 フェルズが矢面にたって対話するさ中、相手のメンバーの残る一人は距離をとって此方を伺っているらしい。

 逃げる素振りは無いが、此方を攻撃する素振りも無い。要するに観察しているだけの様子だ。

 なんというか、異端児(ゼノス)を痛めつけて餌にしたりや、一人は距離を置いていつでも逃げられる様にするなど、少しは頭が回るらしい。いや、狡賢いと表現すべきか。

 

「それで、アンタ等はその、なんでそのモンスターを助けようとしたんだ?」

 

 心底不思議そうに問いかけてくるその男に、フェルズが答える。

 

「もし、彼等に心があったとしたら。キミ達も助ける気にはならないだろうか」

「……はぁ?」

 

 黒衣の人物の問いに対し、柔和そうな表情を浮かべていた男は大きく首を傾げた。他の面々も同様に首を傾げ、中には噴き出すような者まで居る始末。

 

「おいおい、モンスターだぜ? 助けるなんて正気とは思えないな」

「【魔銃使い】の方はマジモンの怪物趣味だったのかよ」

「やめろ」

 

 クスクスと肩を震わせて笑う仲間を制したのは、リーダー格の男だった。

 

「私の仲間が失礼した。モンスターに心があったら、という質問だったね。答えはNOだ。心があろうとなかろうと、モンスターはモンスター、違うかな?」

 

 他の面々が隠し切れない嘲笑を見せる中、柔和な笑みを微塵も揺らがせないリーダー格の男を伺う。

 どうにもリーダー格の男はかなりのやり手に思える。他の面々はぶっちゃけそうでもない。いや、能力(ステイタス)で言えばLv.2、高い者はLv.3に届いていそうだが、多分、リーダー格の男はLv.4相当の実力を持っているだろう。

 フェルズもそれなりに戦えるとは思うが、真正面から馬鹿正直に拘束するのは骨が折れる。

 

「そうか、それは残念だな」

「逆に聞くが、キミらは、心があればモンスターを助ける、とでも?」

「…………」

 

 まさか助ける訳ないだろう? モンスターだよ? と、柔和な笑みを浮かべながら、問いかけてくるリーダー格の男。そんな彼の目を見て、吐き気を覚えた。

 目が笑ってない。どころか、嗜虐的な色を宿し、どんな風に此方を痛めつけようかと考えているのが丸わかりだ。

 

「まあいい、妙な光景も見てしまった事だし。ギルドに報告をあげなくてはいけないね。私達はこの辺りで失礼させてもらうよ」

「……そういう訳にはいかないな」

「はっはっは、おかしな事を言う……まさか、モンスターを助けていたのを見られたからには、生きては帰さない、とでも?」

 

 表情こそ柔和な笑みではあるが、目に映る色は嗜虐的であり、口から出る言葉は挑発が含まれる。

 表情と、感情と、行動がどれも一致しない、チグハグ過ぎる人物だ。気持ち悪すぎる。

 

「ほら、どうぞ、キミ達が先に行くと良い。私達はまだこの階層でやる事があってね」

 

 道を開ける様にルームの入口を明け渡した彼らを見やれば、リーダー格の男以外はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべており、あからさまに此方を攻撃する気満々の様子が見て取れる。

 そのくせ、リーダー格の男だけは柔和な笑みを崩さない。そして、隠れてる残り一人は距離をとって警戒している、と。

 

「ノースリス、鎮圧するぞ」

「……はぁ、クリス、一番遠いのを頼むわ」

 

 殺さな程度に逃がさない様にしてくれ、とクリスに頼みつつ指先(銃口)をリーダー格の男に向け、発砲。

 

「【ファイア】」

「────いやはや、好戦的ですねぇ。よほど、この事を知られるのが怖いようで」

 

 剣の一振りで魔弾は弾かれる。実力はやはりLv.4級なのは間違いない。

 同時にキューイが密猟者(ハンター)の1人に飛び掛かり、フェルズが残る2人に小手から射撃攻撃を放って牽制しながら相手取っている。

 それを尻目に、余裕綽々と言った様子で此方の攻撃を防いだ後は他の面々が交戦するのを眺めているリーダー格の男と対峙する。

 

「【魔銃使い】、いやぁ、貴方は私と同類に思っていましたが。違うのですかね?」

「同類? アンタと? 冗談も大概にしなさい【ファイア】」

 

 柔和な笑みが突如として軽薄そうな笑みに変化し、曲剣(サーベル)を弄ぶ様に振るい、呆気なく魔弾を切り伏せる。その目には嗜虐的な色が宿っている。

 実力は確か。というか、一定の実力を持つ相手に単発の低威力魔弾を放った所で簡単に防がれるのがオチだ。とはいえ、牽制にはもってこいだし、そもそも俺がやるべきは牽制と足止めであり、フェルズかキューイの戦闘が終わって合流してきてから叩けば良い。それに、最終手段のクリスも既に動いている。

 悪いが、勝ち目なんざ端から与える気は無いんだ。

 

「そう冷たくあしらわないで、今からでも遅くはない。キミも此方へ来てはどうです?」

 

 欲しい物は何でも手に入りますよ。貴女ほどの実力と考察力があれば、此方でも上手くやっていける────否、表なんぞで燻るぐらいならば、こっちに来て好き勝手振る舞う方が幸せでしょう。貴女はそういう人間だ、一目見てわかりましたとも。等とぺらぺら良く回る口だこと。

 聞いてて不愉快な話を一方的にされながら、数度の発砲を繰り返した所で、クリスの声が響いた。

 

《────できたよ》

 

 澄み渡った音色が響くと同時、喉が張り裂けんばかりの絶叫が弾ける。

 

「ぎっ、ぁあああああああああああああああああああああああああっ!?」

「っ……!」

「【ファイア】」

 

 絶叫の発生地点はルームの外、茂みに隠れていつでも逃走可能な状態で待機していたらしい残る一人の密猟者(ハンター)の口からだ。

 転がる様に茂みから出てきたのは、エルフの男だった。

 他の者達同様に、統一規格らしい曲剣が腰の鞘に収まってはいるが、防具は統一感が感じられない。コートの様な物を身に纏ったその人物は、眼を血走らせて絶叫を上げてリーダー格の男に乞う。

 

「た、助けてくれっ!? あ、足がっ、俺の足がぁあああああっっ!?」

 

 殺さない程度に逃がさないでくれ、という俺の頼みを忠実に実行したのだろう。

 そのエルフの両足は、膝から下が結晶に侵され、内側から肉や骨が弾け飛んで歩ける状態ではない。

 

「あーらら、何してんの」

「……動かないでちょうだいな」

「動かない方が良い」

「キュイ」

 

 呆れた様に肩を竦めるリーダー格の男は、指先(銃口)を向ける俺、手甲を向けるフェルズ、へしゃげた曲剣を向けるキューイとそれぞれを見やった後、自らの手に視線を落とした。

 

「わぁお、油断してた積りは無かったのだけれど」

 

 彼が手にしていたはずの曲剣は、先の絶叫が上がった時に出来た僅かな隙の間に弾かせてもらった。Lv.4で余裕ぶっこいていたからこそできたが、二度目は無いと思う。

 既に武器を失い、他の面々は鎮圧済み。

 フェルズが相手にしていた二人は魔法か道具かで眠らされており、起きる気配は無い。

 キューイが相手にしていた一人は……頭から地面に埋まってる。何をしたのか知らんが、起きてくる気配は無い。多分、殺していないとは思う。というかそのへしゃげた曲剣は奪ったのかキューイ。

 そして、一人離れた所で待機させていた緊急時の逃走および情報伝達役はクリスによって両足をぐちゃぐちゃにされて逃走不能。

 最期のリーダ格の男は武器を失って囲まれている。詰み、のはずだが。

 

「これは、困った。まさかこんな事になるとは」

 

 油断なく、怪しい動きをしたら即座に殺せる様に構える俺やキューイを他所に、男の余裕そうな態度は揺らがない。

 

「モンスターにあんな拷問をしたのは、お前か?」

「ふむ? ああ、私だが。それがどうかしたかね?」

 

 フェルズの問いに、男はへらりと軽薄そうな笑みで答えた。

 何処か小ばかにした様に、フードに隠されたフェルズの素顔を覗こうとする様に小首を傾げる様を見て、発砲。

 

「【ファイア】【ファイア】【ファイア】」

「ぐっ……い、痛いじゃないか……」

 

 両腕と片膝を撃ち抜き、反撃の手を潰す。

 流石に両腕と片膝を奪われれば少しは余裕が崩れるかと思えば、全くそんな事は無い。相変わらず、表情は作り物っぽく、瞳の奥には嗜虐的な色が映っている。

 正直、不気味過ぎるのでさっさと殺してしまいたい気もするが、フェルズはこのまま話を聞く気らしいので、荷物を抱えたヴァンはモンスターの警戒に当て、膝を突いてフェルズを見上げる男の後ろに回り込む。

 

「モンスターを捕獲し、地上で売り捌いている密猟者(ハンター)だろう?」

「何だいそれは、聞いた事が無いね」

「背後には誰が居る。どうやって迷宮からモンスターを運び出している」

「さぁ? そういうのはディックスがやっている事だから。私はただ気ままにやりたい様にしているだけさ」

 

 引き渡された一匹の獲物をひたすらに苛め抜いて、磔にする。そんな餌に寄せられたモンスターを捕獲し、ディックスに引き渡す。それ以上の事は知らない、と。

 彼の話を聞くうちにフェルズの語気がほんの少し荒くなるが、彼の態度は揺らがない。

 命の危機にあると言ってもいい状況なのに、それを危機として認識していない様な異常な精神構造をしているのか、それともこの期に及んでまだ手があるのか。

 

「キューイ、ヴァン、クリス。他に人は居ないのよね」

「キュイキュイ」

《ああ、全て鎮圧している》

《居ない、居ない、居ない》

 

 三匹の反応から、間違いないとは思う。だとすると、コイツの余裕な態度の理由がさっぱり見当もつかない。

 とはいえ、コイツから話を聞きだすのは不可能だろう。それに、こんなキチガイ染みた奴から話を聞くよりは、もっと口が軽そうな奴から聞いた方が建設的だ。

 

「フェルズさん、その人の拘束お願いします。キューイ、ヴァン、クリス、怪しい動きをしたら殺して構いません」

 

 フェルズが相手してた奴らは昏倒。キューイが相手してた奴は……虫の息。クリスが両足ミンチにした奴は痛みで錯乱してるのか両足を抑えたまま震えて痙攣中。

 まあ、両足ミンチの奴が唯一話せそうだわな。

 ゆっくりと慎重に距離をとってから、ルームの外の通路に転がっている冒険者の元へ向かう。

 エルフの男は未だに呻き声を上げており、助けてくれ、とぼやいているのが聞こえた。通路で話を聞くのはほかのモンスターの事もあって危険なので、ルームの中にご招待。首根っこ掴んで引っ張っていく。

 

「さて、話を聞かせて貰いましょうか」

「うぅあ……あ、足、お、俺の、足が……」

 

 腰の鞘ごと、曲剣を奪って顔を覗き込むが、反応が悪い。それでも、俺を見て助けを乞う様な色を瞳に宿しているので、知っている事なら聞き出せそうだな。

 

「では質問の一つ目です。貴方の所属する【ファミリア】を教えてください」

「ぁ、ぐ……お、俺が、所属してるのは、【イケ────」

 

 エルフの男が質問に答えているさ中だった。

 ズブリッ、と男の側頭部に()()()()()()()()()

 刀身が完全に貫通し、眼の前で痛みを堪えながら話そうとしていたエルフの男の眼球が、グルンッ、と白目を剥く。それを最後まで見届ける事無く、大きく飛び退いて声を上げる。

 

「警戒して!」

 

 剣が飛んできた方向に視線を巡らせ────誰も居ない。

 隠れたのか、と視線を巡らせるが、隠れられそうな茂みや洞はいくつもあるが、エルフの側頭部に突き刺さった角度から逆算し、投擲位置を割り出して集中してみても、人影ひとつない。気配も全くない。

 

「ノースリス、どうした」

「新手かもしれない。キューイ、ヴァン、他に人は?」

「キュイキュイ」

《居ないはずだ。俺様には感じられんぞ》

 

 幾度も視線を巡らせるが、やはり気配は微塵もない。

 鎮圧済みの者達が意識を取り戻していたのかと視線を向け────目を疑った。

 残る三人、フェルズが魔道具で眠らせた二人に、頭から地面に埋もれたキューイが鎮圧した相手。彼らの頭部または胸部から、曲剣が生えていた。

 それはどれも彼等が腰に差していたモノである。

 

「は? 何コレ、ちょっと、どうなって────フェルズ!」

 

 この事をフェルズに伝えようと振り返った先、リーダー格の男を拘束していたフェルズの背後に、曲剣が浮いていた。リーダー格の男が持っていた剣だ。

 キューイやヴァンも唖然とする中、その曲剣の柄に取り付けられた宝玉が瞬き、次の瞬間にはその切っ先をフェルズ目掛けてすさまじい速度で飛翔する。

 俺が上げた叫びに反応したフェルズが素早く身を捩るが、回避しきれずにローブの一部が大きく裂ける。

 

「フェルズ、大丈夫!?」

「ああ、心配するな」

 

 横っ腹部分が大きく裂けたローブからは、がらんどうの腹部が見て取れた。本来なら内臓が詰まっているべき腹部で、抉られれば重傷に至りかねない傷になっていたはずだが、骨であったために傷一つ負わずに済んだらしい。

 思わずほっと一息つきかけ、直ぐに気を取り直す。

 突然の曲剣の飛翔、それも敵意ある行動に視線を飛んでいった剣の方に向けると────男が死んでいた。

 

「……は?」

「これは、やられたな」

 

 フェルズが困った様に声を上げる横で、俺は思わず額に手を当てた。

 フェルズの腹部を大きく抉る軌道を飛翔した曲剣の切っ先は、リーダ格の男の脳天を捉えていた。突き刺さった剣は頭骨を貫き、後頭部から赤く塗れた刀身を覗かせている。

 暫しの間、その剣が更なる動きを見せないか警戒していたが、数分待っても動く気配は無い。

 柔和な笑みのまま白目を剥いて絶命している男を覗き込み、フェルズと顔を見合わせる。

 

「これ、どういう事かしらね」

「……多分だが、魔法だろうな」

 

 俺やフェルズに勘付かれる事なく魔法を行使し、挙句の果てに自害。情報を吐きそうになった奴を殺し、意識の無い者達を殺し、最後に自分を殺す。徹底した情報隠蔽に脱帽だ。もしそれが本当なら、だが。

 

「遠隔操作とかじゃなくて?」

「わからない。この剣自体は特別なモノではない。ただ、微弱な魔力を感じ取れる事から推測しただけだ」

 

 詳細は持ち帰って調べないと分からない、とフェルズは言う。

 キューイやクリス、ヴァンに今一度、この現場に他の人間が居なかったか確認するが、居ないの一点張り。

 その上で容疑者全員死亡。情報らしい情報はちっとも得られなかった。

 一応、彼等の持ち物を調べはしたが、決定的な証拠とよべるものはない。特に【ファミリア】に関係しそうな徽章(エンブレム)は何処にも無く、所属経歴も不明。

 唯一回収できたのは、数本の曲剣のみ。

 正直、謎しか残らない集団だった。最後に自殺したのは、忠誠心故にか、何なのか…………。

 

 

 

 

 

 偶然に出会った密猟者(ハンター)の謎の死、ともいえる現象に立ち止まる訳にも行かず、本来の目的を達成すべく足を進める。

 足場に張り巡らされた木の根を踏み越え、鬱蒼とした植物を掻き分け、ようやく目的地に到着した。

 

「ここが、目的地ですか」

 

 視界に広がるのは長方形のルーム。幅は十М(メドル)以上あり、天上も同様に高い。壁や天井は発光青光苔(アカリゴケ)に覆われていた。床面には、全面とまではいかないまでも、随所に小輪の白からなる花畑が広がっている。ここ大樹の迷宮では珍しくない光景に、珍しいものが散見出来る。

 緑玉石(エメラルド)を連想させる濃緑の石英(クォーツ)広間(ルーム)の至る所から生えているのだ。その中でも何より目を引くのは、広間(ルーム)奥の壁際に見える石英(クォーツ)の塊────群晶(クラスター)が氷山の様に形成されている光景だろう。

 見た所幻想的な光景ではあるが、異端児(ゼノス)の姿は見えない。僅かに首を傾げていると、懐からクリスが顔を出し、結晶の一つを尻尾の先で示した。

 

《あそこ、入り口があるよ》

 

 クリスが指示したのは目を引いた群晶(クラスター)の一角。

 フェルズがそこに近づいていくのを見やり、俺も続いて近づいていく。

 壮麗な石英(クォーツ)の塊の前で足を止めたフェルズは、クリスが示していた場所と同じ場所を指示した。

 

「ここが、隠れ里の入口だ」

 

 示された部分をまじまじと観察して、気付いた。

 一見すると何の変哲もない石英(クォーツ)畑に見えるが、一か所だけ発光が僅かに弱い水晶がある。キューイに頼んでその結晶を殴りつけて貰うと、ガシャンッ、と硝子の塊が砕ける様な甲高い音を響かせ、石英(クォーツ)が粉々に砕け散る。

 その奥、隠されていた穴がそこにあった。

 

「なるほど、これは見つからない訳だわ」

 

 自己修復するダンジョンの中でも、たった今砕いた石英(クォーツ)は目に見えて復元が始まっている。見る見る内に元に戻っていくのだ、これは知らぬ者が見つけるのは難しいだろう。

 ヴァンにとって若干狭い入口が、復元の早さから更に窮屈そうに通り抜けるのを確認してから、奥を見据える。

 

「行くぞ」

 

 傾斜(スロープ)状になった樹洞の奥に先導する様にフェルズが歩いていく。それに続いて俺も足を動かした。

 樹洞の中は狭く、暗い。だが、モンスターが産まれる気配は全くない。光らない苔が繁茂する壁や天井には、所々に小さな石英(クォーツ)が所々に生え、樹洞内を頼りなく照らしている。

 そんな坂道を降り切った先には、清冽な蒼い泉があった。

 大きさは奥行き、深さ共に五М(メドル)といった程度で、池といっても差し支えない程の大きさだ。

 石英(クォーツ)の光源が乏しい中、携帯型の魔石灯を掲げて見回してみるが、誰も居ない。

 それに加えて、道は此処で終わっている。

 

「……? フェルズ、道が無いけれど」

「ああ、この水の中を通るのだ」

 

 本気で言ってるのか、と思わず眉を顰めてしまう。

 魔石灯で水面を照らしてみると、透明度の高い透き通った水は底まではっきり確認できる。そして、水面上では行き止まりとなっている壁の奥に続く、水中の横穴の存在も見て取れた。

 

「……泳ぐ? この水の中を?」

 

 持ち込んだ道具類、特にヴァンの背に取り付けた物資類は全てここで置いていく事になるだろう。

 加えて、いくつかの持ち物も置いて行かなくてはいけない。くわえて、軽く指先をつければわかる。この水は冷たい。それも、日の光の当たらない地下だからこその冷たさだ。

 氷点下、凍り付かない程度ではあるが、水温は一桁が良い所だろう。正直、辛い。

 

「距離はそうない。泳ぎは苦手か?」

「いや、平気よ……えぇ……」

 

 もう一度水面を見下ろし、透き通った水の底を見やる。

 ゾッ、とする感覚と共に背筋が震え、思わず身を引きたくなる。

 

「どうした、ノースリス?」

「…………深い水は苦手なのよ」

 

 透き通っていようがいまいが、水深が2М(メドル)を超えると恐怖を覚える。

 海洋恐怖症、といっても種別は様々だが、深い泉に対してどうしても苦手意識があるのだ。こればかりは、前世でもどうにも慣れなかったし、極力、海には近づかない様にしていた。

 

「キュイキュイ」

 

 やれやれ、と肩を竦めるキューイだが、お前も俺の魂を分けた存在なら怖いはずだろうに。

 と思ったが、彼女は外套を放り投げ、衣類を脱ぎ捨てて全裸になると躊躇なく頭から泉に飛び込んだ。翼や尻尾等が邪魔で泳げない等という事もなく、器用に水面下を駆け抜けていく、横道の奥へと姿を消した。

 暫くして、魔石灯で水面を照らしていると、キューイは戻ってきた。

 

「キュイ」

 

 怖く無いよ、と言って水面から手を伸ばしてくるキューイ。

 本当に俺の魂の一部なのか、と疑いたくなるぐらいに怖がらないなコイツ。

 彼女を見て、暫し躊躇する。どうしても、水中に恐怖を覚える。原因は自分自身よくわからない。幼少の頃はそれなりに平気だったはずなのだが。

 道中で血で汚れたりなんかしてるし、水の中を行く序に綺麗に落とす選択もある、あるし戸惑うのはどうかと思う。

 

「キュイ!」

「……わかったわよ。行く、行くから足を掴まないで」

 

 キューイに促され、ゆっくりと足先から水に沈めていく。

 冷たい泉水の感覚に包まれ、水中独特の抵抗感を味わいながら、首元まで沈み、ヴァンを見やる。

 

「先に行くから、ヴァンは後からついてきなさい」

《わかった》

 

 キューイに手を引かれ、勢いよく潜水する。

 繋がれた手の温かさと、水中を引かれる感覚。魔石灯の明かりが失われた真っ暗闇の中、先導されていく。

 

「──────」

 

 呼吸が出来ず息苦しい。

 水中では先を見通す事が出来ない。

 水の抵抗の所為で自由に動けない。

 水底に何が潜んでいるのかわからない。

 多分、水の中というのは俺が今まで味わってきた苦悩を思い起こさせる場所なのだろう。だから、こんなにも苦手なのだ。




 ミリアちゃんの苦手なモノは、水の中ですね。

 泳ぎ自体は割と上手いし、溺れた経験は無いですが、それでも苦手っていう。

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