魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二一一話

 携帯型の魔石灯の明かりが無い中、暗い水中にはまるで誘導灯の様にぼんやりとした輝きを放つ石英(クォーツ)を辿り、進んでいく。

 恩恵(ステイタス)によって常人より遥かに息が続くおかげで溺死せずに済んでいるが、恩恵を持たない一般人は確実に溺死しているであろう距離を、キューイに引かれて進んだ先。

 柔らかい緑色の光が差し込む真上を仰ぐと、キューイがぎゅっと俺の体を抱き寄せてから、水底を蹴り浮上した。

 

「────ぷはっ!」

「キュイ?」

「だ、大丈夫よ」

 

 常人よりも息が続くとはいえ、長時間息を止めていれば苦しくもなる。ましてや、自由の利きにくい水中ともなれば、閉所空間による閉塞感から緊張し、鼓動が早まり息切れは速くなる。

 水面に出るのが後少し遅ければ、意識がとんでいたかもしれない。

 続いて、ヴァンが、ザバンッ、と水面を大きく波打たせて飛び出し、その後すぐに沈んでいった。どうもヴァンは泳げないらしい。水中を泳いできた訳ではなく、水底を歩いてきたみたいだ。その所為か、水底を蹴って浮上し、直ぐに沈むというのを何度も繰り返している。

 

「キューイ、水から上がりましょう」

「キュイ」

 

 僅かに震える体を抱き込みながら、水上に広がる光景を見やった。

 樹洞から様変わりした鍾乳洞ににた洞窟だ。黒い岩盤で構成されているが、天上や壁面に生える石英(クォーツ)の光だけは樹洞の頃と変わりない。

 広さは入口だった泉の部屋と同等か、ほんの少し広いぐらい。いくつか誤算があるとするならば、燃料になりそうな草葉が生えていない事だろうか。

 泉から上がると、肌に突き刺さる冷気に自然と体が震えた。

 ただでさえ日の射さない地下、その地下水は氷結していないとはいえ冷たい。そんな冷水に身を浸したのだ、体温の低下が著しい。ましてや、俺は小柄でそれらの影響が大きい。

 

「大丈夫か」

 

 泉からヴァンが這い上がってきて周囲を警戒するのを他所に、黒衣のフェルズはずぶ濡れのまま声をかけてきた。

 

「寒いわ。すっごく」

「ふむ、暖をとれるものを用意しておくべきだったか」

 

 骨であるフェルズには寒暖が気にならないのか、濡れたまま平然そうにしている。

 ヴァンも平然そうだ。キューイは、姿形こそ俺と似ている部分はあれど、中身は飛竜であり、この程度へっちゃらなのだろう。クリスはそもそも無機物だし平気そうだ。

 そうなると、この冷水潜りは俺が一番堪えている。

 泉から上がり、ひんやりしているクリスをローブの中から出し、震える両腕で体を抱いた。寒い、冗談抜きで寒い。そこまで距離は無い、とは言っていたが、冷水の中を進んで体温が低下し、控えめに言って寒い。

 

「キュイ、キュイキュイ」

 

 ボゥッ、とキューイが火を吹いて温めてくれるのに感謝したいが、長時間火を吹くのは厳しいのか、息継ぎしては火を吹いてというのを繰り返してくれる。同様にクリスも青白い炎を灯して温めようとはしてくれるが、クリスの出す炎は熱を持たず、温かくは無い。

 それでも気持ちはありがたく受け取りつつ、濡れていたローブが僅かに湿り気を帯びている程度にまで乾いた所で、小休止を終える。帰りもここを通るのは正直億劫だ。

 ローブに付いていた血は先の水中である程度流れたとはいえ、こびり付いた血はそう易々と落ちてはくれないらしく、所々に染みになって残っていた。

 

「で、ここは『未開拓領域』な訳ね」

 

 薄闇蔓延る進路、岩盤の通路を見やり呟くと、フェルズは肯定する様に頷いた。

 『未開拓領域』。

 ギルドに蓄えられ続けているダンジョンの地図情報(マップデータ)

 条件を満たす事で冒険者に公開され、階層攻略の手助けとなっているそれらは、『古代』の────神の恩恵を受けずに迷宮に潜った────探索者を含めた過去の先人たちの足跡であり功績。いや『偉業』と言った方がいいだろう。何の情報もないまま命を賭して正規ルートを含めた各階層を開拓し、地図作成(マッピング)をしてきたのだ。

 だが、そんな先人達の手が及んでいない地帯が存在する。

 人類如きでは計り知る事の出来ない深く広過ぎるダンジョンの全貌。

 到達階層を徐々に増やしていく一方で、横方向への調査はそこまで進んでいない。正規ルートを開拓した階層の横の広がりについて調査に赴く冒険者が少ないからだ。故に、調査が終わっていない区画。

 もしくは、今日に至るまで誰にも見つかる事の無かった領域。

 存在自体は噂に聞く、クリスが守護していた『結晶の領域』。

 そして自分の目で存在を確認した『迷宮の秘湯』。

 そこにはその階層とはまた異なる形態が構成されている、秘匿された領域。多分だが、ここもそれらと似た様なタイプだと思われる。

 

「さて、進みますか」

「キュイ」

 

 キューイを先頭に、俺、クリス、フェルズ、ヴァンの一列で隊列を組む。

 携行用、中でも冒険者仕様でかなり値の張った魔石灯を先頭のキューイに持たせ、進ませる。まるで鉱山のカナリアの様な扱いで申し訳ないが、感知能力の高さ、生命力の高さ、判断の早さを鑑みてもキューイを先頭で進ませるのが最も安定しているのだ。

 通路には石英(クォーツ)の光源がところどころに見て取れ、通路はうっすらとではあるが視認できる。ただ、魔石灯無しで歩くのは少し恐怖を覚える。

 通路内に響くのはキューイが履いたブーツが床を踏み締める音や、尻尾の先が地面に触れる音。そして何より大きく感じるのは自らの鼓動だ。

 ここは異端児(ゼノス)の隠れ里であり、安全である。フェルズという同行者がいる。そうとはわかっていても、嵌められていない保証が何処にも無く、信じられる仲間はキューイとヴァン、クリスのみ。

 言葉は通じても、俺の不安を受け止めてはくれない三匹と共に進まなくてはいけないのは、非常に緊張する。自然と、腰の得物を握る手に力が籠る。

 背負った銃杖はこの細い通路では取り回しにくく、戦争遊戯(ウォーゲーム)の時に椿さんがくれた紅と蒼の二刀がとても頼もしい。

 

「キュイ」

 

 細い通路を進む事数分、キューイが細い通路の先に光を見つけて声を上げた。

 

「……フェルズ、奥に異端児(ゼノス)が居る。それであってますよね?」

「ああ、その通りだ」

 

 後ろを歩くフェルズは落ち着きを払っており、特に緊張した様子は確認できない。

 魔石灯を消す様に指示を出し、気配を隠す様に進んでいく。細い通路の奥に確認できるのは、広大なルームだ。そのルームから明かりが漏れ、細い通路に光が差し込んでいる。

 そして、耳を澄ますと微かにだが声が聞こえた。何処か聞き取り辛い、人の言葉だ。だが、人の喉から発せられた言葉にしては違和感が残る。多分、異端児(ゼノス)の声だろう。

 入口に差し掛かった所で、ごくりと唾を呑み込み、意を決して前進する様に指示を出す。

 

「キュイ」

「……歓迎してくれる、雰囲気では無さそうね」

「……その様だな」

 

 鍾乳洞に似たルームの各所には大き目の石英(クォーツ)。それらが放つ濃緑の光によって包まれた広間の中には数多くのモンスターが存在した。

 両手に曲剣(シミター)と長剣を持ち、鎧を身にまとった『蜥蜴人(リザードマン)』。

 先が青みがかったくすんだ金の長髪を持つ見目麗しい容姿をした女性。その両腕にあたる前肢は美しい金翼で、同色の羽毛に埋もれる下半身は長い両足の先端に爪を有している『歌鳥人(セイレーン)』。

 赤い帽子を『ゴブリン』もいれば、冒険者のモノらしい片手斧を手にした『オーク』の姿も見える。なにより目を引くのは、特大のルームの奥、石英(クォーツ)の柱のもとに寝そべる竜。

 全長10М(メドル)以上はあるだろう全身には、無数の古い傷跡が散見され、老君の様な静かな瞳が此方をつぶさに観察していたのだ。

 数多の種類のモンスターがいる大部屋の中、その全てに共通しているのは、警戒。

 そう、武器を持ち、腰を上げ、警戒を示している。

 キューイやヴァンも警戒し、懐に居たクリスがきょろきょろと視線を巡らせる中、フェルズが俺を追い越して前に出る。すると、モンスター側も合わせた様に代表らしきモンスターが出てきた。

 鎧を身にまとった蜥蜴人(リザードマン)とフェルズが対面すると、そのモンスターは僅かに聞き取り辛い声で問いかけた。

 

「久しぶりだな、フェルズ」

「ああ、リド、久しぶりだ」

「あそこに居るのが、ミリア・ノースリスか?」

「その通りだ」

 

 殺意とまではいかないが、警戒した様な雰囲気で問いかけるそのモンスターの姿に唾を呑み込む。

 理由はわからないが、彼等から凄まじく警戒されているのはわかった。よく来てくれた、と歓迎してくれる雰囲気ではないらしい。

 

「で、一つ聞かせてくれ────何で同胞の血の匂いがしてるんだ?」

 

 絞り出す様に放たれた蜥蜴人(リザードマン)、リドの質問。

 それを聞いておおよそ推測はできた。

 あの時救えなかった半人半鳥(ハーピィ)異端児(ゼノス)、同胞の血の匂いを鋭敏に感じ取って警戒しているのだろう。ローブには未だに染みとして残る血の跡があるのだから。

 

「道中にキミ達の同胞を見つけた。だが、その時には既に致命傷を負っていてな。出来る限りの事はした、が」

 

 フェルズが懐から灰の入った小瓶を取り出し、リドと呼ばれた蜥蜴人(リザードマン)に手渡す。

 彼は無言でそれを受け取ると、小瓶をじっと見つめてから、そうか、と呟いた。

 

密猟者(ハンター)か」

「ああ」

「そいつらは、どうなった。捕まえたのか?」

「……全員死んだ。情報を吐かせる事も出来ずにな」

 

 フェルズの言葉を聞くと、リドは静かに目を伏せ、小瓶を胸に抱く。

 

「そうか。そいつは……同胞は、何て言ってた?」

「人と話すのが夢だった、と言っていたな。最後に、夢が叶った、とも」

 

 凄惨な拷問の末、致命傷を負わされたハーピィは、最後の最後に、小さな夢が叶い、そして死んだ。

 そう告げられると、リドは暫く小瓶を見つめ、牙を剥き、破顔した。

 

「そうか。それは、良かった」

「ああ、そういう訳だ。彼女は敵じゃない」

「……わかった」

 

 フェルズがリドの前を退き、距離を置いてリドの視線が俺の方に向けられた。

 流石にキューイの影に隠れたままなのはまずいだろう、とキューイの影から姿を出して真っ直ぐにリドを見つめる。

 雄黄の両瞳をこちらに向けていた彼は、ふと曲剣(シミター)と長剣を鞘に納めると、声を張り上げた。

 

「皆、警戒を解いてくれ」

 

 彼の一声が響き渡ると、他のモンスター達が手にしていた得物を鞘に、懐に収め始める。

 臨戦態勢、警戒状態だった彼らの様子は、どこか此方を観察するものへと変化したのを肌で感じ取り、俺も剣の鞘をゆっくりと手放し、警戒姿勢のキューイとヴァンに警戒を解く様に指示を出す。

 真っ直ぐ見つめ合う中、リドは一歩、二歩をこちらに歩み寄って来て、少し距離をとった状態で俺を見下ろした。

 

「オレっちはリド。見ての通り蜥蜴人(リザードマン)だ。初めまして、ミリア・ノースリス」

「初めまして、リド。私はミリア・ノースリス。見ての通り、小人族(パルゥム)よ」

 

 俺の名前を知っているのは、きっとフェルズから話を聞いていたからだろう。

 何処か気さくそうな雰囲気で挨拶してきた彼に挨拶を返すと、何処か驚いた様に雄黄色の瞳を瞬かせる。

 『怪物』を象徴する威容を持ってはいるが、声色や雰囲気はそこまで恐ろしくは無い。正直、張り付けた笑顔を浮かべる人間なんかより、強面でも中身がまともそうな眼前のモンスターの方が遥かにマシに思えてしまう。

 

「まず礼を言わせてくれ。同胞の亡骸を届けてくれてありがとう」

「いえ、むしろ救えなくて申し訳なく思うわ」

 

 そう言うと、リドは何処か困った様に頬を掻き、後ろを振り返ってフェルズを伺いだした。そして、フェルズの方はといえば、肩を揺らして笑っている。

 何がおかしいのだろうか、と首を傾げていると、リドは再度俺の方を見ると、口を開いた。

 

「あー、そうか。そうだな、えっと、ミリアっちって呼んでも良いか?」

「ええ、別に良いわよ。好きに呼んで」

 

 俺の返事を聞くと、蜥蜴人(リザードマン)雄黄(ゆうおう)の双眸を細めた。

 獣の眼を弓なりに細めた蜥蜴の形相は、まるで格好の獲物を見つけ舌なめずりしている様にも見える。が、瞳に映る色合いには何処か喜色が混じっているのが十二分にわかるし、感情を隠す様な真似をしていない分、わかりやすく、好感が持てる。

 感情を隠して接するのが当たり前の人間に比べたら、なんとわかりやすく、なんと素晴らしい事か。多少見た目がいかつかろうが、この様子なら特に気にもならない。むしろ、下手な人間なんかより仲良くできそうな気すらしてくる。

 

「ミリアっち」

「何でしょう?」

「握手」

 

 赤緋の鱗と鋼鉄の手甲に包まれた無骨すぎる右手が差し出された。背丈の低い俺に合わせる為か、背を曲げて屈んでまで、差し出してくる姿は何処か滑稽さが混じっているが、笑うような真似はしない。

 差し出された右手を握ると、リドは僅かに驚いた様に目を見開き、破顔した。

 

「ミリアっちは、全く戸惑わないんだな」

「まあ、人間相手よりは楽で良いですから」

 

 僅かに、壊れ物を扱う様にほんのりと握り返してくるリドに笑いかける。

 次の瞬間、わっ!! と。

 後ろに居たキューイが跳ね退く程の大音響がルームに広がった。

 いつの間にか俺とリドの様子を固唾を飲んで見守っていた異端児(ゼノス)達が歓声を上げる。

 拍手したり、諸手を上げたり、小躍りしたり、飛び跳ねたり、各々の異端児(ゼノス)達がそれぞれの方法で歓喜を表現している。その光景は、見た目こそいかつかったり、人外染みていたりするが、子供が喜びを表現している風にも見え、不思議と恐ろしさを感じる事は無かった。

 

「地上のお方、挨拶させてください!」『ウゥ……』『ワタシモ!』

 

 歓喜を現していたのも束の間、次には自分も自分もと彼等、彼女等が此方に群がってくる。

 赤帽子(レッドキャップ)小怪物(ゴブリン)を始め、代わる代わる挨拶を求めてくる。後ろに居るキューイは興味無さげに欠伸をし、ヴァンは奥に居る木竜(グリーンドラゴン)と視線を交わしたまま動かない。懐のクリスは、服の中に隠れて出てこなくなってしまったが。

 

「初めましテ。レイと言います。歌鳥人(セイレーン)です」

「初めまして」

「貴女ニハお礼を言いたかったのです」

 

 暫くモンスター達の握手の要望に応えていると、最初に目立っていた歌鳥人(セイレーン)が声をかけてきた。

 何の事だろうか、と彼女を見上げていて、気付いた。

 ふくらみのある胸の上には女戦士(アマゾネス)が好む様な戦闘衣(バトルクロス)を身にまとう、その胸元。首から紐で下げられた、真っ白い風切羽が揺れていた。

 

「その風切り羽は」

「ハい。仲の良かった同胞のものです。貴女が届けてくれたとお聞きしましたかラ」

 

 大賭博場(グラン・カジノ)でサークリッジ嬢から受け取り、フェルズへと引き渡した『純白の風切り羽』。それはどうやら彼女、レイの仲の良い同族の亡骸だったらしい。

 同じ歌鳥人(セイレーン)でも、件の彼女は密猟者(ハンター)に捕まり行方知れずとなり、レイはずっと心配していたが、帰ってきたのは亡骸のみ。それがどれほど悲しい出来事なのかは想像に易い。

 

「いえ、礼を言われるべきは私ではないですよ。真に言われるべきは……」

 

 クレイティア・サークリッジ嬢が礼を言われるべき人物……? …………人に超絶面倒事押し付けた頭の中がお花畑のお嬢様にお礼を?

 それとも、【白い羽】カルロスにお礼を言うべき? …………あの糞脳筋脅し馬鹿野郎にお礼を言うの?

 ────キレそう。

 

「アの、どうかしましたカ?」

「いえ、何でも」

 

 脳裏に浮かぶはイイ笑顔でグッと親指を立てる【白い羽】と、ほやほや笑した顔を浮かべるクレイティア嬢の二人の姿。そして、キリキリとした痛みを思い出したかのように訴えだす胃。

 

「ともかく、貴方の元へ届けられて良かったです」

「本当に、感謝しています。ありがとウ」

 

 あの時の事に関しては今でも思うところは多々ある。あるが、今目の前に居るレイの心の底からの感謝の言葉を聞いて少し和らいだ気がする。

 深々と頭を下げてお礼を口にするレイは、今度は頭を上げると右手、というか翼の先端を差し出してきた。

 

「私とも、握手して頂けませんカ?」

「構いませんよ」

 

 伝わってくる羽毛の感触は心地良く、優雅な笑みを浮かべる彼女に笑みで返す。

 話に聞く歌鳥人(セイレーン)は、恐ろしい怪音波を発し、冒険者を束縛する醜悪なモンスター、との事だが、目の前の歌鳥人(セイレーン)はとてもそうは見えない。

 

「それで、そっちの……人? と飛竜は紹介してくれないのか?」

 

 それなりにモンスターとの交流を終えた所で、リドが後ろで控えているキューイとヴァンを指して声をかけてきた。

 人? と疑問形になっているのは、多分キューイの事だろう。

 異端児(ゼノス)である彼等から見て、キューイは一体どんな風に見えているのか少し気にはなる。

 

「え、ああ、そうね。あっちの私に似た子はキューイ。私の……」

 

 いろいろな出来事が重なりに重なった結果、生まれ落ちた俺の魂の一部を持った存在。今では別の肉体を持つ別人の様な状態になっています。と説明して通じるだろうか。

 

「えっと、私の……一部?」

「……一部?」

 

 リドとレイ、他のモンスターも一斉に小首を傾げた。

 どう説明すべきか迷いつつも、先に説明しやすいヴァンの方を紹介しておくか。

 

「あっちの飛竜はヴァン。元は『小竜(インファントドラゴン)』よ」

 

 説明しようとして気付いた。

 異端児(ゼノス)側から見て、ヴァンやクリスの状態はどう見えているのだろうか。

 同じモンスターがスキルや魔法で強制的に使役させられてる風にみられると、悪印象が強くなってしまうだろう。とはいえ、事実そうなっているので否定は出来ないし。

 そんな風に言葉を選ぼうとしていると、離れた位置から声が上がった。

 

「リド、ソイツハ信用ナラナイ」

 

 俺とリドの握手を見て歓声を上げ、歓迎する雰囲気のモンスターばかりではない。

 中には離れた位置で俺達のやり取りをずっと見つめているモンスターも居た。

 石竜(ガーゴイル)人蜘蛛(アラクネ)一角獣(ユニコーン)などがそれに該当する。その中の石竜(ガーゴイル)は、多分だが『グロス』だろう。

 

「グロス、ミリアっちは確かに変わってるが、悪い奴じゃない。フェルズだって言ってたろ? 同胞の亡骸を俺達の元へ届けてくれたんだ。ましてや、同胞を助ける為に手を尽くしてくれた。何が信じられないんだ」

「人間ダカラダ」

 

 取り付く島もない、といった様子ではっきりと拒絶するグロスの言葉に、リドは肩を竦めた。

 

「悪ぃな、あいつ等も……オレっち達も、色々あってな」

「わかってます。密猟者(ハンター)でしょう。いきなり私を信じろだなんて言う気はありませんよ。それに……」

 

 言いかけた言葉を飲み込んだ。

 俺が優先するのは、俺の家族【ヘスティア・ファミリア】だ。

 もし、家族に危険が及ぶような事になる場合、おれは此処に入る異端児(ゼノス)を見捨てるだろう。彼らの目を見て、触れ合って、感じたのは人なんかよりもずっと付き合い易いという感想ではある。

 【ヘスティア・ファミリア】が無ければ、彼等と共に歩む事を選びたくなるぐらいには、魅力的な者達だ。だが、俺は一つしか選べない。

 

「まあ、わかってるとは思いますが。私は私の大切な物を優先しますので。時と場合によっては、貴方達と敵対する事もあると思います」

 

 そうなった時、俺は自分が守るべき者の為に動き、その為に貴方達を倒す必要があるならば、躊躇なく貴方達に銃口を向け、引金を引く。そう告げるとリドは雄黄の双眸を細めて、笑みを浮かべた。

 

「だろうな。でも、今は違うだろ?」

「そうね。少なくとも、今は敵対する何てことはしない」

 

 家族を守る為、という理由があれば彼らと敵対する。逆に言えば、理由が無い限り彼等と敵対する必要も、そんな気も無い。

 何処か強面ながら、人懐っこい雰囲気のリドに答えつつ、懐を漁る。

 そろそろ、黙ってないでクリスも出てくるべきだ。

 

「それと、最後に紹介するけど、クリスよ」

「クリス、よろしく……って、こいつは」

 

 懐から取り出したクリスをリドに差し出すと、手の中に居たクリスは恐る恐ると言った様子でリドを見上げる。

 それを見つめ返して声をかけようとしたリドの方は目を真ん丸に見開き、クリスと見つめ合った。

 

「…………同胞、なのか?」

《────リドだ。リド、初めまして》

 

 驚いたようなリドの呟きに、確認する様なクリスの挨拶。

 横で見ていたレイが、クリスを見て声を上げた。

 

「初めましテ、新たな同胞」

《──────!》

 

 まるで迎え入れられる様に声をかけられたクリスは、澄み渡った音色を響かせて喜びを表現し始めた。言葉にならないぐらいの喜びよう、と言えば良いのか。

 普段なら読み取れる言葉は無く、ただ嬉しいといった感情が垂れ流しになっている。

 それを見つつ、クリスを手放すと彼女はふわふわと青白い炎を纏って他の異端児(ゼノス)達の元へ寄っていく。彼らはクリスを見て一様に驚き、そして笑みと共に迎え入れた。

 

「……まさか、同胞を連れ歩いていたとは」

「フェルズから聞いていないんですか?」

「何にも、聞いてない。おい、フェルズ!」

 

 少し離れた所から様子を見守っていたらしい彼は、リドに呼び付けられると此方へとやってきた。

 

「どうした、リド」

「どうしたじゃない。ミリアっちが同胞を連れ歩いてたなんて聞いてないぞ!」

「ああ、ちょっとしたサプライズだ」

 

 クツクツと肩を揺すって笑うフェルズに、思わず半眼を向けた。

 

「秘密にしてたんですか……」

「ああ、それに思うところもあったからな」

「……? 思うところ?」

 

 思うところ、について話す気は無いのか、フェルズは手を振って口を閉ざしてしまう。気になる為、少し探りを入れようかとした所で、レイが声を上げた。

 

「あの蒼イ炎、何度か見た事ガあります」

「そうなのか?」

 

 リドが首を傾げる様子を見ると、彼は知らないらしい。逆に、レイは見た事があるのだという。

 隠れて彼らを観察していたのを知っていたのだろうか。と思ったが、彼女の説明を聞く限りどうやら違うらしい。

 

「ハい、かなり昔にモンスターに襲われて危なくなった事ガありまして」

 

 『隠れ里』から別の『隠れ里』に移動する為に少数で動いていた時に、モンスターに襲われて危うく同胞が死にかけた時、何処からともなく蒼白い炎が溢れ返り、同胞に手を掛けようとしたモンスターが瞬く間に結晶化して死に絶えたのだという。

 その時の青い炎が、まさに今のクリスが喜び過ぎて周囲に漂わせているモノに似ていたらしい。

 多分、クリスなんだろうなぁ。

 

「クリスについてですけど、だいぶ昔から貴方達の事を知っていたみたいですよ」

「そうなのか?」

「はい。結晶の中に潜り込む能力を持っているみたいで」

 

 リドやレイ、話を聞いていた赤帽子(レッドキャップ)の視線が自然と特大のルームを照らす石英(クォーツ)に向けられる。

 

「ほとんどの隠れ里にああいった石英(クォーツ)があるのですかね?」

「あ、ああ。もしかして、ずっと見ててくれたのか?」

「らしいですよ」

「もっと早くに姿を見せてくれればよかったのに」

 

 モンスターと共にはしゃいでいる様子のクリスを見てリドがぼやく。

 ここは彼女を虐げる者はおらず、歓迎してくれる場所だ。だが、初めて見た光景を信じられず、ずっと見ているばかりだった、と。

 

「そうか……」

「彼女にもお礼ヲ言わなければいけマせんね」

 

 神妙な表情の二人、というか二匹を見つつも、俺は部屋の奥で座り込んだまま動かない木竜(グリーンドラゴン)に視線を向けた。

 落ち着きを払った、老君を思わせる瞳を細めて此方を見ている彼、または彼女は言葉を発さない。

 竜の言葉を理解できるはずだが、彼は黙して語らず。それでいて、ヴァンが彼または彼女を睨んでいるのも気になる。

 

「ヴァン、あの竜がどうかしましたか?」

《別に、俺様より強い竜が居たから、睨んでいただけだが》

 

 自身より強い存在が居た。だから睨んでた、とは……それに対する相手の対応は、どこか優し気な雰囲気で見守っている、と。

 黙して語らない木竜の考えは良くわからないが、他の異端児(ゼノス)達が騒がしくあの竜と話す余裕が無い。ましてや、あの竜の傍には非友好的なグロスを始めとした異端児(ゼノス)が居る。

 正直、話してみたい気もするし、竜という性質がどうあるのかわからないから話したくない気もする。

 それ以外にも、彼等と話して思うところはいくつもある。

 正直、もし本当に【ヘスティア・ファミリア】と彼等を天秤にかける事になったら、ほんの少し迷うだろう。勿論、選ぶのは【ファミリア】だ。だが、彼等を見捨てる事に罪悪感を抱く事は間違いないと思う。




 そこらの人間なんかよりよっぽど心が綺麗な異端児(ゼノス)の方が、ミリアには受け入れやすいでしょうね。
 

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