魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二一二話

 これまでと違い、『ラキア王国』との戦闘が長引いているらしく、今日もまた都市外では戦争とは名ばかりのラキア側が一方的に追い返されているさ中であっても、市壁の中は変わらぬ平和が続いていた。

 朝の陽射しが差し込む執務室。

 フィアは窓の外に響く小鳥の囀りの声を聴きながら、最後の一枚となった書類の入った封筒に封蝋を施していた。

 火で熱して溶けた蝋を手紙に垂らし、完全に固まり切るより前に【ファミリア】の徽章(エンブレム)の印璽を押し付ける。

 鐘と竜を結ぶ炎の徽章(エンブレム)がくっきりと、綺麗に刻まれたのを確認したフィアは緊張を解いて肩の力を抜いた。

 

「封蝋作業が一番緊張すんだよな……」

 

 【ロキ・ファミリア】時代にフィアは幾度か手伝いとして封蝋をした事はある。

 その際に失敗した経験は数知れないし、フィア自身、失敗の回数なんて覚えていなかった。

 封蝋を施した封筒を執務机の端に置き、席を立った所で、少女は微かに漂う食欲をそそる香ばしい匂いに気付いてピンと耳を立てた。

 時刻は朝食前。

 ダンジョンに赴く前にいくつかの商会から来ていた依頼に対しての拒否の返事を拵えていたフィアは、同じく執務室の机に向かって集中していた小人族(パルゥム)の少女に声をかけた。

 

「リリルカ、終わってないなら手を貸すが?」

「ありがとうございます。ですがこれで最後ですので、フィア様は先に食堂に行って貰って構いませんよ」

 

 大きな執務机に広げられた書状を見ながら、依頼を拒否する旨の返信を書いているリリルカの手元を見やり、フィアはふむ、と頷く。

 つい数日前、ギルドの強制任務(ミッション)で指定冒険者と共に『結晶の領域』への調査に副団長、ミリア・ノースリスが向かい。そのさ中に送られてきた間の悪い依頼書(クエスト)関連の処理に関して、リリルカとフィア、時折メルヴィスも手伝いにきては処理をしていた。

 数はそれほどでもないが、中にはギルドの依頼で動いているミリアについて探りを入れる様な形の依頼も混じっており、対応していたリリルカは非常に頭を悩ませていた。

 

「うぅ、ミリア様が注目されているのは知っていましたが。こんな面倒な対応をしなくてはいけないとは……」

「グラムス商会からか。ここ、確か要注意の所だったよな」

 

 依頼内容は至って簡単(シンプル)で、中層で採取できる鉱物資源の納品依頼だ。ただし、依頼を受けるに当たっていくつかの条件が記載されており、更には無理な場合でも返事は欲しい。と書かれている。

 相手の商会について、ミリアが作成した要注意商会・商人一覧(リスト)には、商会そのものは黒い部分が見当たらず、清廉潔白ではある。しかし、後ろ暗い事をしている一団が背後に居り、余り信用ならないとされていた。

 フィア個人としてはミリアの度の過ぎた様な警戒姿勢には思うところは無くはない。ただ、書き添えられた裏付け情報に一度目を通して以降は彼女の警戒心にも理解を示した。

 

「とりあえず、当たり障りのない形での返信をしておきます」

「それが無難だわな」

 

 大商会や信用のある商会の依頼だったとしても、そんな彼らが例えば闇派閥(イヴィルズ)と取引をしていたとしたら。

 本人達は知らずに取引していただけかもしれない。だが、それが欺瞞(フェイク)でない証拠は何処にも無い。故に、後ろ暗い者達と取引してしまった商会や商人にも警戒しておかないといけない。その理由、そしてもしもの時の損失(リスク)について。

 ミリアのやり方を真似て警戒する様になってから、フィア自身もだいぶ疑り深い性格になったと自覚できるぐらいには変化してしまった。今まで気にも留めなかった事柄にも、何か裏があるのではないかと無意識に警戒する癖が身に付いたのだ。

 

「あ~、アタシもだいぶ疑り深くなっちまったもんだ……ここに来てまだ半年も経ってないのになぁ」

 

 今回の商会からの依頼も、何か裏があるのではないかと疑いを抱いてしまう。徐々に思考が染められていくのにフィアが眉間を揉んで執務室の窓を開け、モノ鬱気な表情で朝の陽射しに明るく照らされた青空を仰いだ。

 

「ま、悪い事じゃないから別に良いが」

 

 今まで知らな過ぎただけ。見ようともしなかった裏側では人と人、組織と組織の思惑が複雑怪奇に交差し、中には人を貶めんとする罠がいくつも隠されている。それを知らずに過ごしてきた今までが異常で、本来ならそれを警戒すべきだったのだと学び直した、と言えばいいか。

 フィア自身も、人間の薄汚さはそれなりに知っている積りではあったが、腐敗しきった組織の汚さは個人のそれの何十倍も質が悪いというのは知らなかった。それを知れたのだ。今度からは警戒して物事に当たる事が出来る。

 

「んで、終わったか?」

「終わりました。はぁ……これでまだ序の口、なんですよね」

 

 リリルカの深々とした溜息に、フィアは同調する様に溜息を吐く。

 

「らしいな。正直、想像もつかないが」

 

 今、リリルカやフィアが立っているのは入り口だ。

 複雑怪奇に絡み合う思惑の中に潜む罠。目に見えるそれらを知覚して初めて、人と人の関りの難しさを理解する。

 パーティという最小単位ですら人は分かり合えない事すらある中、それが組織同士だったり、下手をすれば組織内部ですら不和を起こしているのだ。

 

副団長(ミリア)、言ってたよな。何があろうが信じられる誰かが居ないなら見ない方が良いって」

「言ってましたね」

 

 もし、より深く潜る積りなら、絶対の信頼を向けられる相手が居ないならやめておけ、と。

 人の薄汚い裏側を見続けていると、いずれ人を心の底から信用できなくなる。笑顔を浮かべる人を見た時、それを素直に受け入れられなくなる。

 過去、ミリアが絶対の信頼、信用、愛情を向け続けたのは彼女の父親で、それが無くなって以降は女神ヘスティアやベルを其処に据えている。そして【ファミリア】の皆だ。

 

「重いよなぁ。でも、その重さも納得だ」

「リリとしては、重過ぎますが、同時に嬉しくもありますよ」

 

 過去、人間の汚さを見続けてきて人間不信になった経験もあるミリアは、リリルカ・アーデを信用してくれている。

 それは非常に重い意味を持ち、リリルカはそれを重すぎると感じるし、同時に嬉しさも感じている。

 対し、フィアの方はうーんと唸る。ミリアの気持ちは理解できるし、信用の重さも納得はできている。あの汚い一面を見続けていけば人を信用できなくもなるし、その上で信用できる人だ、と誉めちぎられれば嬉しくない訳がない。しかし、だ、フィア自身は自分が綺麗だなんて思ってはいない。

 

「アタシは、言っちゃ悪いが利己的だろ」

 

 両足の欠損が治る。そんな対価につられて参加し、命懸けで助けた。

 それを見て、信用して貰えたのは嬉しいが、あそこまで闇を見続けた彼女に信用される程、自分は出来た人間か、という疑問は残った。言い換えるなら、劣等感だろうか。

 ミリアの優しさを、向けられて良い程の人間だろうか。

 

「何を言っているのですか。フィア様は戦争遊戯(ウォーゲーム)で命懸けで戦ってくれたじゃないですか」

 

 それだけでなく、こうして朝早くからダンジョン探索前に手伝いを申し出てくれたりもしている。ミリアでなくとも、女神も、ヴェルフも、誰しもが彼女を拒みはしないと断言できる。

 真っ直ぐ告げられた言葉に対し、フィアは僅かに照れた様に耳を掻き、テーブルの上のインク壺を閉じる。

 

「そこまでして貰える人間じゃねぇ、って言っても聞いてもらえないんだろうなぁ」

 

 自分の両足の為に協力を申し出た。残る欠損した仲間の為にも死力を尽くした。目的が一緒だっただけで、ミリアに気を遣わせる様な事は何一つしていない。最初からWin-Winの関係だというのに、ミリアは過剰なまでに尽くそうとしてくれる。

 フィアが本音を言うなれば。

 

「逆に申し訳ないからやめて欲しいんだよなぁ」

 

 向けられる信頼も、優しさも、過剰過ぎて申し訳ない。

 そんな風にフィアが言うと、リリルカは数度瞬きしてから呟いた。

 

「フィア様って、意外と繊細ですよね」

「意外とって何だよ……否定はしねぇけど」

 

 男勝りな口調をしているし、気が強そうと言われるのも良くある。けれども、実際には気を強く見せているだけで繊細なのは彼女自身自覚している。打たれ強くもなく、恐怖で動けなくなる事の方が多い。冒険者として致命的ともとれる弱点だが、今更どうしようもない。

 自覚してる、と肩を竦めるフィア。

 

「逆に、リリルカは随分と図太くなってないか?」

 

 最初こそ人の汚さに反吐が出る、とでも言いたげな表情だったリリルカだが、最近は面倒臭い、といった色が強く出ている。そういう意味では随分と図太い神経してる、とフィアが揶揄い混じりに告げた。

 

「そうですね。ミリア様も時々仰っていましたが、死ぬ程面倒臭いですね」

 

 人間関係、組織同士の関係、自分達と関係を持った組織が交流している他組織について。警戒すべき事が一つ処か雪崩方式に増えていく。最初は小さな事なのに、気にすべき範囲は異常に広い。それに面倒さを感じるのは事実だし。なにより────。

 

「リリは絶対の信頼を向けられる相手が居ますから」

 

 どれだけ薄汚い人間性を見せ付けられても、リリルカ・アーデは人間不信にはならない。

 ベル・クラネルや女神ヘスティア、ミリア・ノースリス。他にも【ファミリア】の仲間には絶対の信頼を向けられる。彼らは何があろうが、どんな事があろうが自分を裏切らないし、自分も彼等を裏切りたいなんて思わない。

 

「勿論、リリはフィア様の事も信用していますよ」

 

 その信用こそ、リリが図太い神経でいられる理由だ。そう告げたリリルカから視線を逸らしたフィアは、恥ずかしそうに頬を掻き、誤魔化す様に咳払いをした。

 その時だった。

 

『────なぁんて言うと思ったかァああああああああああああああ!!』

 

 窓の外から聞こえる女神の怒声に、フィアとリリルカは動きを止め、視線を交わし合った。

 

『春姫君っっ、言い忘れていたがボクの【ファミリア】は不純異性交遊は勿論、男の子と女の子が手を握るのも禁止だ!?』

『ええっ!?』

 

 窓の外から聞こえる女神の憤怒の声に驚愕の声が混じった。

 フィアは獣人特有の優れた聴覚でそれが狐人(ルナール)の少女のものであると気付き、大きく首を傾げてリリルカの方を伺った。

 

「なあ、この【ファミリア】にそんな規則(ルール)があるなんて聞いてないぞ」

「有りませんよそんなもの。はぁぁ……あの女神は本当に……」

 

 狼人(ウェアウルフ)の少女に返答を返すや否や、疲れ切った溜息を放つ小人族(パルゥム)の少女。

 疲労と呆れに苛まれるリリルカの様子を一瞥すると、フィアは窓から件の現場を見下ろした。

 窓から顔を出して確認した所、フィア達の居る執務室から見下ろせる位置にいくつもの洗濯物が干されているのが目に付く。

 その洗濯物の直ぐそば、空っぽの籠の横で耳を抑えて縮こまる春姫と、困惑した様な様子の少年、そしてそんな二人に憤怒した様子の黒髪ツインテールの女神。

 

『ボクはこれでも天界の三大処女神(スリートップ)と言われていてね。風紀には五月蠅いんだ!』

『申し訳ありません、ヘスティア様……以後、気を付けます』

『うん、わかってくれたらいいんだ』

 

 反省した様にしゅんと俯く狐人(ルナール)の少女に対し、女神は厳かに頷く。

 そんな様子を半眼で見下ろしていたフィアは、横から窓枠にしがみ付く様に身を乗り出したリリルカに場所を譲りつつ呟く。

 

「女神の嫉妬って怖ぇなぁ」

「全く、見苦しいったらありゃしない……」

 

 リリルカとフィアが呆れた様に三人を見下ろすさ中、唐突に生成された派閥の規則(ルール)に従う様に春姫は背を向けた────かと思えば。

 彼女の腰から伸びる太い尻尾がゆらりと揺れ、次の瞬間には、しゅるっ、と少年の左手首に巻き付いた。

 

「…………うわ、あの狐おまえより図太い神経してんなアレ」

「…………何処が気弱な箱入りですが。滅茶苦茶図太いじゃないですか」

 

 二人が呆れとも感心ともつかない呟きを零す中、朝日を存分に浴びる洗濯物のすぐ横で、女神の手刀が少女の尻尾を打ち払う。

 

「ていッ」

「こんっ!?」

 

 女神はより大きく大爆発し、狐人(ルナール)の少女はぺこぺこと頭を下げる。

 眩しいぐらいの朝日に照らされた光景を見ていたフィアとリリルカは、無言で窓を閉めて食堂へと向かった。

 

 

 

 

 

「いいかい、みんな? 恋愛するなとは言わないが、風紀を乱すのは駄目だ」

 

 朝食を終えてすぐ、皆を呼び集めて女神が切り出した言葉を聞いた瞬間。フィアは、この(ひと)も神だったか、という呟きを飲み込んだ。

 館一階の居室(リビング)。ダンジョン探索前に召集され、【ファミリア】のメンバーは、現在強制任務(ミッション)本拠(ホーム)を空けている副団長(ミリア)を除いた全員が集まっていた。

 久々のバイトの休みらしい女神は、集まった皆の顔を見回す。

 

「というわけで、ボクの【ファミリア】の中では男の子と女の子の接触は厳禁だ。手を繋ぐのも駄目」

「そんなの横暴です!!」

「うわぁ……」

「何でこんな事になってんだよ……」

「団長、何をしたんだ。今すぐ謝れば赦して貰えるかもしれないぞ」

「あの、エリウッドさん。僕何もしてないです」

 

 目を瞑りながら宣言する女神に、即座にリリが食って掛かった。それを見ていたメルヴィスが困惑した様な声を上げ、ディンケがぼやく。エリウッドは即座に女関係で色々と複雑になっているベルに視線を向けて注意を促した。当然、ベルは否定する。

 こんな滅茶苦茶な話が上がる原因となってしまった狐人(ルナール)の少女、春姫は本当に申し訳なさそうに小さく縮こまっている。

 【ファミリア】とは主神の特色が色濃く出るモノだ。

 例えば【アポロン・ファミリア】であれば主神の趣味が高じて美少年美少女のみが入団を赦されたり等。

 【ヘスティア・ファミリア】の主神である女神ヘスティアは、天界でも有名な三大処女神の一人。残る二人の内、女神アルテミスに至っては極まった恋愛アンチまでしていたらしい。

 故に、【ヘスティア・ファミリア】の規則(ルール)はヘスティアの特色や性質にあったものが適応される。だが、『接触禁止』というのはいくらなんでもやり過ぎだと言えるだろう。

 

「それならヘスティア様も例に漏れないという事ですね!? ベル様やヴェルフ様、ディンケ様やエリウッド様に一切触れてはいけませんよ!?」

「ボ、ボクは主神だぞぉ!?」

「関係ありません! むしろ神様が規律示さずして眷属が従うとお思いですか!?」

「そんな事言ったら【ステイタス】の更新が!」

「だったら最初から変な規則(ルール)を作らないでください!」

 

 テーブルを挟んで激しい言い争いを繰り広げる女神と小人族(パルゥム)の姿に、ベルとミコトは汗を流し、ヴェルフは溜息を吐く。そんな彼らを他所に、メルヴィスとエリウッドが呟きを零した。

 

副団長(ミリア)様が居れば、こうはならなかったのでしょうが……」

「どうだろうか、どちらにせよ、この場に居たら胃を痛めるのは間違いないと思うが……」

 

 フィアは呆れた様に顔を覆って天井を仰いだ。そんなフィアの横で大人しく座っていたサイアは、近くに居たイリスの腕を引っ張る。

 

「ねぇねぇ、不純いせーこーゆーって何?」

「邪まな気持ちで付き合う事よ」

「邪まな気持ち?」

「そうね、娼婦みたいにお金貰う代わりに、みたいなのがアウトだと思うわ」

「へぇ~、じゃあ普通にする分にはオッケー?」

「オッケーね!」

「違うよ!?」

「違います!?」

 

 不純な気持ちではなく、本気で孕みたいから行く分にはオッケー、と独自解釈でいこうとしていた女戦士(アマゾネス)に女神と小人族(パルゥム)から渾身のツッコミが贈呈される。

 二人は納得がいかない、とぶーたれ、リリルカも畳み込む様に女神に言葉を重ねる。

 

「と、ともかくっ、過度な触れ合いは駄目だ。他派閥の子との恋愛なんて絶対に赦さない!」

「えっ!?」

 

 眷属達からの猛反発を受けた女神は、それでもこれだけはと声を上げて規則(ルール)の制定を押し通そうとする中、少年が酷く衝撃を受けた様に声を上げた。

 そんな彼の様子に皆が動きを止める中、女神がキッ、とベルを睨み付ける。

 

「何だいベル君。当然だろう? それともキミは、お近付きになりたい他派閥(よそ)の子供がいるっていうのかい? まさかお付き合いしたいー、なんて言うんじゃないだろうね?」

「いや、それは……そういう訳じゃ……」

 

 やけに刺々しい態度で少年を責め立てる女神。対する少年は何も言い返せない様子で口を噤んだ。

 助けを求める様にベルが室内に居る面々を見回すと、あれだけ騒いでいたリリルカは目を瞑ってすまし顔を浮かべており、春姫はちらちらと心配そうに少年と女神を交互に見つめ、ヴェルフも「こればっかりは」と首に手を回している。

 そして、ディンケはううむ、と腕組をして考え込み、エリウッドは「至言だな」と女神の意見を肯定した。メルヴィスもほぼ同意なのか小さく頷いてすらいる。

 他派閥の人間との交流。ひいては禁断の恋なんて【ファミリア】にとって百害あって一利なし。女神の言葉は至極当然の事であり、【ファミリア】に所属している者の常識と言えた。

 

「あの、今回の決まり事は神様相手にも……その、思慕を抱いてはいけないのでしょうか?」

 

 おずおずと手を上げたミコトが、頬を赤らめながら質問を飛ばす。

 その意味がわからないディンケは首を傾げ、察したメルヴィスや、事情を知るヘスティア等は成る程、と呟きを零した。

 

「ああ、そうか。ミコト君はタケの事が……」

「い、いえっ、タケミカヅチ様に限った話ではなくっ、じ、自分はっ……!?」

「そーいうことならボクは邪魔しないぜ! いや────そうだっ!?」

 

 今まさに何か思いついたと言わんばかりに女神のツインテールが跳ねる。

 それを見ていたフィアの表情がげんなりとし、ディンケとエリウッドが顔を覆って、突拍子も無い事を思いついたガネーシャ様の事を思い出した。

 

「むしろボクは好ましいと思うぜ、神々と子供の(カップル)は! 変な(やつ)には間違っても騙されてはいけないけど、タケみたいな神格者(いいやつ)だったら全然問題ないさ!」

 

 俄然声高に、一足飛びに跳躍した話を展開した女神にベル達が呆気にとられ、ディンケとエリウッドの目が死んだ。神の突拍子もない発言について、二人には良い思い出は余り無い。主に本拠魔改造計画関連で。

 

「まるでボク達が降臨する前に流行った、『精霊』と子供の恋歌(ロマンス)みたいじゃないか! なぁ、ベル君!? キミも夢があっていいと思うだろ!?

「えっ、は、はぁ……」

 

 唐突に話を振られたベルが曖昧な返事を返した。

 女神の言う『精霊』と人間、または亜人との恋歌(ロマンス)は古くから伝わる物語の題材の一つとして有名なものだ。ただ、ベルの知っている御伽噺、とりわけ英雄譚では悲恋に終わる事が多い。

 うろたえる少年を他所に、何かに気付いたリリルカが慌てた様に声を上げる。

 

「いけませんよ、ベル様!? 神様をお相手に恋愛だなんて騙されてはっ! ご年齢が定かでもない神様達の愛は重くっ、きっと粘着質ですっ、取り付かれたら最後死ぬまで養わなくてはならなくなります!!」

「こらーっ!? ボク達を何だと思ってるんだー!?」

 

 女神は超越存在(デウスデア)たる神々との恋愛なんて言語道断だ、と否定するリリルカに怒鳴ると、ヴェルフに視線を向けた。

 

「ヴェルフ君はどう思う!?」

「俺は……ヘスティア様の言っている事が正しいと思います」

「正気ですか、ヴェルフ様!?」

「禁断の愛だの決めつける必要は無いだろ? 寵愛を受けて可愛がられる奴なんていくらでもいるんだ。神々が望むなら対等な関係になったっておかしな話じゃない。少なくとも、俺はそんな関係になりたい」

 

 芯の通ったヴェルフの返事に、リリルカが絶叫を上げ、ベルが目を見開く。

 

「えっ、ヴェルフって、女神様の事が……?」

「俺はヘファイストス様一筋だ」

 

 ヒュゥ、と茶化す様にディンケが口笛を吹き、エリウッドが彼の後頭部を殴打する。

 

「おーっ!? うむ、こんな真っ直ぐな子は今頃居ないよ! ヴェルフ君、ボクはキミを応援するぜ!」

「は、はぁ……」

 

 バシバシ、と女神に背中を叩かれ激励されたヴェルフが困惑気味に返事を返す。

 

「ディンケ君達はどう思う!」

「はぁ、神様と恋愛ねぇ」

 

 だいぶテンションが上がっているらしい女神の問いかけに、ディンケは顎に手を当てて考え込んだ。

 本音を言えば、興味が無い。叶えたい夢があるし、尊敬し敬愛しているのは神ガネーシャだ。彼の神を尊敬もしてるし敬愛もしているが、恋愛云々は想像も出来ないし、したくもない。そして、他の女神から求愛されたとしたらどうなのかと言われれば。

 

「無し、だな。オレ個人的には」

「えぇ!? どうしてだい?」

「どうもこうも、ガネーシャ様一筋ではあるが、恋愛云々は微塵もないからな」

 

 自派閥の主神が男神であり、恋愛は有り得ない。その上で他派閥の女神から求愛されたとしても断るに決まっている。主神の鞍替えは、よほどの理由が無い限りしないから。

 それはエリウッドも同様なのか大きく首を縦に振って肯定を示した。

 

「じゃ、じゃあフィア君やメルヴィス君は?」

 

 若干焦った様子の女神の問いかけに、フィアは面倒そうに耳を掻き、メルヴィスは困った様に眉根を寄せる。

 

「アタシは、別に良いと思うが」

「だろう! メルヴィス君は?」

「本人同士が納得しあうのであれば、良いと思います。ただ────」

「だよね! ほらベル君、聞いたかい? 恋愛に種族や神の壁なんて関係ないんだぜ!!」

 

 何処か言い淀んだメルヴィスの言葉を最後まで聞かずして有頂天になった女神。

 いつの間にやら神との恋愛関係についての話になっている中で、ヴェルフとミコト、フィアは肯定派。

 騒ぎ立てるリリルカは無論の否定派で、イリスとサイアも否定派だった。理由は、子供が出来ないから好きになれない、と種族の性から。

 ディンケやエリウッドは興味無しの中立。おろおろしている春姫は否定よりの中立。

 意見の是非が二つに分かれる中、女神は期待の眼差しをベルに向ける。

 

「ベル君はどう思う!?」

「どう、って……」

「そ、そうだなぁ……もしボクが別派閥の主神としたら……っていやいやいやっ!?」

 

 真っ赤に茹で上がった女神がブンブンと顔を振り、咳払いをしてから改めて問いかける。

 

「もし、他の女神から求愛されたとしたら……キミはどうする?」

 

 女神の質問が放たれると、自然と皆が口を閉ざして居室(リビング)に静寂が満ちた。

 皆が少年の返答を聞こうとしている。皆の注目を浴びた少年は、場の空気にうろたえながらも、答えた。

 

「いや、断りますけど……」

 

 特に迷った様子もない。葛藤した様子なんて微塵もない。

 端から答えが決まっていたとでも言う様に返された返事に女神が凍り付く。ヴェルフとミコトは驚いたような表情を浮かべ、リリと春姫は呆気にとられた表情を浮かべる。フィアはふぅん、と興味無さげで、ディンケとエリウッドは肩を竦めるのみ。サイアは欠伸をしており、イリスは腕組をして頷く。そんな中、メルヴィスだけは何処か悲し気に目を伏せていた。

 

「女神様相手にそんな……嬉しいですけど、滅相もないですよ。恐れ多いです」

 

 皆の様子に驚いていたベルが、自分の考えを付け足す様に口を開いた。

 相手は超越存在(デウスデア)。自分達とは次元の異なる『神様』である事。

 神様達は尊び、崇めて、敬う存在である。

 眷属(ファミリア)として、子供として、家族として、迎えて頂けるけれど……一線の先に踏み出してはいけないと思う。

 そう告げ、自分の意見を言い切った少年を前に、女神は酷く衝撃を受けた様子でふらつく。

 

「…………ベ、ベル君の」

 

 うつむき、震えていた女神は勢いよく椅子から立ち上がる。

 

「ベル君の、あほぉ────っ!!」

「か、神様ぁーっ!?」

 

 全力疾走して居室(リビング)の扉まで駆けると、そのまま扉を開けて女神は出て行ってしまう。

 そこから何と正面玄関まで走り抜けて出ていく女神の姿に立ち上がりかけた少年の驚愕の声が虚しく響く。

 そんな様子を他所に、フィアとメルヴィスは慌てた様に立ち上がった。

 

「おい、単独行動すんなって!?」

「すいません。私達は行きますね」

 

 今日はバイトが休みとはいえ、女神を単独行動させるのは不味いという事で、護衛としてフィアとメルヴィスが付く事になっている。

 故に、いきなり本拠(ホーム)を飛び出していった女神を追うべく二人は駆け出して行った。




 もし女神・男神に求愛されたらどうするのか。という質問に対して。

 ミリアちゃんは『相手がヘスティア様なら即受けます』と答えますね。他の神なら丁重にお断りするでしょう。
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