魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二一三話

「くそぅ、ベル君のやつぅ~~っ」

 

 涙目を吊り上げながら、てくてくと歩みを進める女神の後ろをついて歩いていたフィアとメルヴィスの二人は、互いに視線を交わして肩を竦め合った。

 中央広場(セントラルパーク)から真北に伸びる北のメインストリート。ダンジョンを目指す鎧姿の間をすり抜けながら、館を飛び出した女神は当ても無く都市を彷徨い、護衛の二人はそんな彼女の後ろについて回っている。

 

「そもそもベル君はボクを敬い過ぎなんだよっ。いや、敬ってくれる事は嬉しいんだけど……」

 

 背後に付き従う二人どころか、すれ違う他者にまで聞こえる声量で、周囲から向けられる視線を気にした様子もない女神が団長への不満を言葉にして吐き出していく。

 他人の様に振る舞う訳にもいかないフィアとメルヴィスは溜息を飲み込みながらも、時折相槌を打っては女神の溜飲を下げようとしていた。

 

「ボク達なんてそんな大したものじゃないぜっ!? 隙を見ればグータラするしっ、部屋に引き籠ってじゃが丸くんを食べあさるしっ、子供達の前で背伸びし過ぎて疲れる事もあるし!!」

「そりゃヘスティア様だけだろ……」

「ちょっとフィア」

 

 フィアの言葉に通り過ぎていく亜人(デミ・ヒューマン)達が肯定する様に頷き、メルヴィスが咎める様に狼人の少女の尻尾を叩く。そんな周囲のやり取りを気にも留めない女神は続ける。

 

「他の神に至っては馬鹿な事でゲラゲラ笑うしかないじゃないか!! 崇拝なんて必要ないだよっ、なぁ、フィア君もそう思うだろう!?」

「ぉ、おう……」

 

 突然振り返るや否や吠え立てる様に質問を繰り出す女神に、フィアは頬を引き攣らせながらも返事を返した。

 副団長(ミリア)という特大級の地雷を抱えた子供を導く、優しく知的で慈悲深い女神だという印象がフィアとメルヴィスの中で軋む様な音色を響かせる。

 そんな眷属の評価が徐々に落ちている事に気付きもしない幼女神は、瞑目して頷く。そんな彼女らのやり取りを周囲の住民達は慣れた様に綺麗に無視した。

 

「もっと気さくで良いんだよ、畏まらないでくれよ!? …………ベル君の根性無しぃ」

 

 勢いよく叫び、最後にはぽつりとつぶやきを零す。

 吐露された女神の言葉は、雑踏に掻き消されて消える。それを聞き届けたフィアとメルヴィスは困った様に顔を見合わせた。

 神々の奇行によって評価が下がるのは往々にしてあることだ。それこそ数多くの市民に慕われ、多くの眷属を従える神ガネーシャは本拠の魔改造関連で白い目を向けられる事はあるし、フィアとメルヴィスが所属していた【ロキ・ファミリア】の主神もセクハラ関連で評価を下げる事はある。

 

「まぁ、団長の奴も悪気があった訳じゃないだろうし良いだろ」

「それに、彼はどちらかと言えば恐れている様子ですし」

「恐れてる?」

 

 メルヴィスは小さく吐息を零し、先ほどは口に出来なかった話を語りだす。

 

「私はエルフです。当然、長寿種な訳ですが……私からすれば、ヒューマンや他の亜人(デミヒューマン)に恋慕を抱くのは難しいです」

「……それは、彼等がキミより先に逝ってしまうからかい?」

 

 察した女神の言葉に、メルヴィスは申し訳なさそうに肯定した。

 長寿種であるエルフと、他のヒューマンや亜人(デミヒューマン)の恋路。それらは程度の差は有れど寿命の差によって必ず引き裂かれる運命にある。故に、メルヴィスは他の種族の者に恋慕を向けられないし、向けられたいとは思っていない。

 そして、それは長寿種と他の種族ですら起こり得る事であり。神と人、無限と有限という明確な差が存在する異種族同士での恋路ともなれば。

 

「団長は、女神様の事をとても大事に思っているのだと思います。だからこそ、()()()()()()()()()()を味わわせたくないのだと」

「………………」

 

 メルヴィスの言葉に、ヘスティアは言葉を反さず、ゆっくりとした足取りで大通りを進んでいく。

 二人の会話を聞いていたフィアは、小さく吐息を零して黙った。彼女自身、メルヴィスと親友だと謳う事もあるが、寿命の差を気にした事は微塵もない。それでも、見知った仲間が抱え持つ長寿種故の悩みを解決する言葉を持ち合わせてはいない。

 

「失礼かと思いますが……女神(ヘスティア)様は、おいて逝かれる覚悟がある上で、その……彼をお慕いしているのでしょうか? それとも……」

 

 神によってその愛の形は様々。

 子供が死んでもその事をずっと覚えている神も居れば、すんなりと忘れてしまう神も居る。

 目の前に居る慈愛に満ちた幼女神は、後者とはとても考えられない。もしそうであるのだとすれば、いずれくる別れの時を思えば、深い関係を築く事に戸惑いを覚えた団長の考えも理解できる、とメルヴィスが呟くと、女神は振り返った。

 先の荒々しく突発的に振り返って喚くのとは真逆。

 非常に落ち着いた、それでいて何処か悲しそうで、それでも笑顔を浮かべた女神は、告げる。

 

「忘れないよ」

 

 ただ一言、万感の思いの詰まったその言葉を聞いたメルヴィスは、静かに頭を下げた。

 

「ご無礼をお許しください」

「いや、だから良いって。ほら、ボクになんて恭しい態度をとる必要なんかないさ」

 

 先の真剣な様子から一変して、わたわたと子供っぽく振る舞う女神の姿に、フィアは僅かに肩を竦めた。

 

「んで、これからどうすんだ? 帰るか?」

「うっ……いや、帰るのはちょっと……悪いんだけど、時間潰しに付き合ってくれよ」

 

 飛び出してきた手前、直ぐにホームに戻るのは思うところがある、と言った女神に二人は頷くと、大通りを歩いていく。

 気を取り直して買い食いでもしようか、と女神が提案すれば、フィアは良いなと肯定し、メルヴィスは朝食を食べたばかりでしょう。と苦言を呈する。空気を入れ替える様に和気藹々としたやり取りをしているところに。

 

「あっ、ヘスティアちゃん!? いいところに!」

「ん……? おばちゃん?」

「バイト先の同僚の人だったか?」

 

 ヘスティアの名を呼ぶ声に気付いた三人が足を止める。

 彼女らの視線の先、大通りの脇道の前に恰幅の良い獣人の女性が手を振っていた。

 女神が働くじゃが丸くんの露店、その同僚だった。

 

「おはよう、おばちゃん」

「おはよう」

「おはようございます。いつも主神がお世話になっております」

「フィアちゃんにメルヴィスちゃんも。おはよう」

 

 護衛としてヘスティアの周囲に居る間、時折露店の手伝いもしており顔を覚えられていたフィアとメルヴィスにも挨拶を返す彼女は、本題を切り出した。

 

「それがねぇ、さっき店長からお達しがあって、今すぐじゃが丸くんの材料に使う香草(ハーブ)を都市の外にとりに行かなくちゃいけなくなっちゃって……」

香草(ハーブ)? 交易所にでも行って買えばいいじゃないか」

「費用削減だってさ。それで人手が足りなくて……」

 

 申し訳なさそうにする獣人の女性に、女神と二人は顔を見合わせた。

 今日はバイトの休みの日ではある。それはフィアとメルヴィスも知っていたが、女神の表情を見て小さく頷いた。どうせ今直ぐに帰れない上、どこぞで買い食い何ぞしてがめつい小人族(パルゥム)のお小言を貰うぐらいなら、バイト先の為に骨を折ってお礼の言葉を貰う方が良い。

 女神が手伝う事を告げ、ついでにフィアやメルヴィスも同行する事を伝えると、同僚の彼女は謝りながらも感謝を告げた。

 

「でもさ、おばちゃん。ボク一応【ファミリア】の主神だから、都市の外には出れないんだ」

「あ、そうだったねぇ」

「そういやそうだったな」

「ちょっとフィア……」

 

 同僚と会った場所から更に真北、巨大市壁に備わった北門に台車や籠等の道具を運びながら、女神が懸念を口にする。

 オラリオに所属する冒険者、ましてや派閥とその主神が都市の外に出るのは難しい。

 『世界の中心』と呼ばれる最大の理由。世界最高峰の戦力を有するオラリオは、守りを失い都市を脅かす敵が増える事を懸念しているのだ。故に、都市外へ出ようとする【ファミリア】、特に上級派閥にはギルドの厳しい審査と煩雑な手続きが必要となっている。そして、主神はそう易々と外出の許可は下りない。

 たとえ団員達が都市外に出たとしても、主神さえ確保できていれば牽制役、神質(ひとじち)になるからだ。【ヘルメス・ファミリア】等の特例を除けば、都市を自由に出入りできる存在は無いと言っていい。

 中に入るのは容易く、外に出るのは困難を極める。

 迷宮都市に住まう者達の共通認識であり、オラリオの暗黙の了解であった。

 

「都市を出る前までだったら、手伝う事も出来るんだけどさぁ」

「正式な依頼として受理されてないからなぁ」

 

 躍進を続ける【ヘスティア・ファミリア】は、今や都市の中堅派閥だ。更に加えて竜種を従え、管理している特殊な特例の派閥ともなっている。その派閥の主神でもある女神は少なくとも今すぐ都市を出る事は叶わない。

 それこそギルド側から一時的に都市から出て行ってくれ、と依頼があれば話は別だが、あれは事情が事情であるが故の処置だ。ただの香草(ハーブ)採取で外に出るのは非常に難しい。

 

「相変わらず玄関口は混んでるな」

 

 大きな北門の前ではギルド職員と、彼等に協力している武装した武闘派の派閥団員、そして二名の門番が都市外に出る商人や馬車を事細かに検問している光景があった。

 通行許可証と、許可された人員数。更には馬車の積み荷に至るまでしっかり検査している為かそれなりに列が出来ている。通行許可証がなければ即座に拘束されるし、許可内容の不備や、許可証とは異なる人員・荷物が確認されれば即刻取り押さえられる事だろう。実際、一日に数件は取り押さえられる者が出るとも聞く。

 ギルドから発行された許可証を持つ五人しかいないバイト仲間と合流した獣人の女性は、困ったと手を頬に当てる。

 今からでもギルドに駆け込んで許可証の取り付けでもしてみるか、と女神ではなく眷属のフィアやメルヴィスならなんとかならないかと話し合っていると、周囲の門前広間が不意に賑やかになった。

 何事かと皆が視線を向けようとして、気付いた。

 

「俺が、ガネーシャだ!!」

「あ、ガネーシャ」

 

 視線を向けずともわかる程の肉声と存在感を振り撒く男神。それが今まさに門を潜り門前広場に姿を現す所だった。

 引き締まり鍛え上げられた浅黒い長身の体、黒い髪。その中でもとりわけ目立つ顔に装着された象の仮面。

 都市最大団員数を誇り、多くの上級冒険者を保有し、ディンケやエリウッドが所属していたオラリオの大派閥【ガネーシャ・ファミリア】の主神の登場に、周囲に居た市民や商人達、同僚の獣人やバイト仲間、フィアやメルヴィスも拍手と笑顔を送る。

 

「むっ、そこに居るのは────ヘスティアか!?」

「いちいち声を張らなくて良いよ、ガネーシャ。でも、どうしてここに? 戦場に駆り出されていたんじゃなかったかい?」

 

 謎の姿勢(ポーズ)を決め、非常に暑苦しいガネーシャにヘスティアが歩み寄る。

 門前広場に入り、二名の団員を引き連れ馬に乗っていたガネーシャが「とうっ!」という掛け声とともに馬上から石畳に飛び降りた。

 

「話せば長くなるが、もう戦争が終わりそうだから帰ってきた」

「短いよ」

「後は捕まえた王国(ラキア)の兵士達を都市に運び込みにな。滅茶苦茶多すぎて戦線では抱えきれん」

 

 殺傷禁止で不殺。負傷させて投降を促し、捕虜にして捕まえる。なんて方法を繰り返していれば当然と言えば当然。

 毎度毎度、ラキア王国との戦争時に捕まえた捕虜の後方への輸送は問題になる事が多い事を知るフィアとメルヴィスはなるほど、と頷く。

 

「ふぅーん。でもキミ達が戦場から抜けて大丈夫なのかい? ガネーシャの所は人も多いし、戦力の中枢だろう?」

「なに、戦場の心配は要らん! 超・優秀な俺の団員達が残って今も戦っている!! と言うか五月蠅いから先に都市に戻ってろと追い出された!」

 

 包み隠さず告げられた内容にヘスティアが眉を顰め、フィアとメルヴィスが苦笑を零す。

 ガネーシャの後ろに居た団員も、いちいち無駄に熱い振る舞いに頭を痛めている様子だった。

 

「キミ、【ファミリア】の中でもそんな扱いなのか」

「俺はガネーシャだからな!」

 

 何を以ってそこまで自信満々に主張できるのか。暑苦しい程の存在感にヘスティアが僅かに疲れた様に身を引くと、今度はガネーシャが問うた。

 

「で、ヘスティアは何をしている? ディンケ達は元気にやっているか?」

「ディンケ君達は元気さ。いつもキミの元に戻ってまた頑張りたいって言ってるさ」

「ふむ、ディンケもエリウッドも良い子だ。だが少し気負い過ぎなきらいがある。気を使ってやってくれると助かる」

「それは別に構わないさ。それで、今はちょっと事情があってね。実は────」

 

 女神が簡単に事情を説明すると、ガネーシャは光る白い歯を見せ付ける様に、笑った。

 

「そういう事なら俺が許そう! ヘスティア、出て行って良し!」

「ちょ、ガネーシャ様!?」

「おいおい、本気(マジ)かよ……」

「相変わらず、暑苦しいだけでなく思いきりも良い神様ですね……」

 

 驚愕するヘスティアを他所に、呆れた様な表情を浮かべるフィアに、ほんの僅かに尊敬した様子を見せるメルヴィス。そんな中、ガネーシャの護衛二人は主神に食って掛かった。

 

「何を言ってるんですか、ギルドを通さずにそんな勝手な真似を……!?」

「俺は【群衆の神(ガネーシャ)】だ! じゃが丸くんは都市を潤す元気の塊、それが食べられないとなれば今日も誰かが泣くだろう! その様な事、俺が許さん!」

「あんた何言ってんだ!?」

 

 悲鳴のような叫びを団員達が上げるが、ガネーシャは決定を翻そうとしない。

 言動からして────その本拠も含め────神々の中でも群を抜いて奇異な神物(じんぶつ)であるが、周囲から響く喝采からも察せられる様に、都市の住民達からの彼に対する信頼と信仰は厚い。

 常々【群衆の主】を公言してはばからない通り、彼は下界の住民達が好きだ。彼が率いる【ファミリア】は率先して管理機構(ギルド)と結託し、催しの開催や治安維持にも努めている。

 それこそ都市内で竜種を従える少女が自由に動き回れているのも、彼が住民達への説得を引き受けたからに他ならない。

 発言力の高い彼の口から放たれた言葉に、聞こえていた二名の門衛もぎょっとした表情を浮かべる。

 

「ギルドに知られたらお咎め程度じゃ済みませんよ!?」

「バレなきゃ良いのだ、団員Aよ!」

「モロバレですよ!? 今どれだけ衆目を集めていると思ってるんですか!? あと自分はモダーカです!?」

 

 しばし姦しく騒ぐ主神と眷属達であったが、結局団員達が折れた。一度言い出したら止まらないのを大いに理解している彼らに対し、フィアとメルヴィスは僅かに同情の視線を送る。

 そんな眷属達のやり取りを他所に、ガネーシャはヘスティアに向かって親指を上げた。

 

「本当に良いのかい、ガネーシャ?」

「うむ。お前は規律を乱す神ではない、子に笑みを与えてやれる女神だ! さぁ行け!」

 

 仮面の下で笑う男神に対し、女神は笑みを返すと親指を上げた。

 苦笑するガネーシャの眷属と、渋面を浮かべたギルド職員に見送られ、女神達は門を潜る。

 

「ガネーシャ様、かなりおかしいけど、良い神様だねぇー」

「まぁねー。ちょっとやかましいけど、いいやつさ」

「……良いのか? いや、アイツら苦笑してるから良いのか?」

「半分諦めてますよね。まあ、素早く香草(ハーブ)を集めて戻れば良いのですから。余り気負っても仕方が有りません。何か事があれば神ガネーシャが責任を取るとも仰られていましたし」

 

 何度も門を振り返っては心配そうにするフィアに、メルヴィスが苦笑を漏らす。

 含みが何一つ存在しない────いや、都市の住民の為という含みはあれどそれも含めて────純粋な善意十割の振る舞いにフィアがバリバリと頭を掻く。

 

副団長(ミリア)があの神様の事好きなの、何となくわかるわ」

 

 所属人数が都市最大になるのもわかる程の良い神(いいやつ)っぷりを見せ付けられた二人は苦笑を零した。

 珍妙(ユニーク)神物(じんぶつ)像で子供に愛されている男神について語り合いながらも、ヘスティア達は門を潜った。

 整備された街道に緑の草原という光景が広がっていた。視界の奥には雄大な山脈が聳え、その麓には森林が見える。

 北の空に積もる灰色の雲を見たメルヴィスが、一雨きそうだから早めに採取を終わらせなくては、と意気込んでいると。

 

「本当に来てしまって、バレたらどうするんですか……!?」

神威(しんい)は極限まで抑えている。私が神だとはすぐにはバレん!」

「声がでかい!? そもそも無策の正面突破って、貴方どこまでアホなのかと……」

 

 何事かを言い争う声が都市内へと入ろうとする長蛇の列から響いていた。

 自然と視線が奪われた先、列の一角で身を寄せ合う二名の男性の姿があった。どちらも長身で、旅装のフードを深く被って顔を隠している。そんな彼らの後ろにも同じ意匠(デザイン)の旅装をした者達が続いており、こちらは緊張した面持ちで口を堅く閉ざしている。

 周囲に居る商人達は傍迷惑そうにその口論に眉を顰め、獣人の同僚は「あーいう変な人ってどこかに居るもんよねぇ」と呟く中、ヘスティアは怪訝そうな表情を浮かべる。

 フィアとメルヴィスは静かに武器に手を伸ばしつつ警戒し、女神とその集団の間に身を割り込ませた。

 

「まさか、こんな所に居るはずないよな……?」

「普通、こんな所に居ませんよ……」

 

 怪し過ぎる集団に対し、フィアとメルヴィスが警戒しつつも、相手を刺激しない様にゆっくりと横を通り過ぎようとする。

 ここは都市の門前である。そこに今まさに戦争中の者達がのこのことやってくるはずが無い、という彼女らの判断は間違っていないだろう。

 普通はそんな事はしない。常識的に考えてそんな馬鹿な真似は有り得ない。

 だが、彼女らが思う程、ラキア王国を率いる神アレスは、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「キュイ!」

「ああ、久々の地上……三日ぶりですか」

 

 時刻はおおよそ九時頃。

 異端児(ゼノス)と別れてから、18階層でフェルズとも解散してキューイ、ヴァン、クリスの三匹と共に地上へ帰還した俺を出迎えたのは、麗らかな日差しと、訝しむ様な冒険者達の視線の雨だった。

 異端児(ゼノス)から向けられる好奇の視線よりも、薄汚い思想が読み取れるねちっこい視線に、思わず吐き気すら覚える。やはりというべきか、純粋な想いを抱いた彼等と比べて、人の様々な感情の交じり合った視線の何と気持ち悪い事か。

 足早に『バベル』の地下一階から出て、中央広場(セントラルパーク)に出て、家路を急ぐ。

 地上に帰ったら俺の知る全てを女神に話すと約束した。今まで黙っていた事、今回の件もそうだし、全てを話そう。ただ、どこからどう話を切り出せば良いのかはいまいちまとまりが付かない。

 正直言って、余りにも複雑に事情が絡み合い過ぎて、話の切り出しがしづらい。

 考え事をしつつも、都市西部の街路に足を踏み入れた所で、名を呼ばれた。

 

「ミリア?」

「……ん? ベル、ベルじゃない。久しぶりね」

 

 白髪の少年の姿に、思わず頬が綻ぶ。

 僅かに驚いた表情を浮かべたベルに笑いかけるさ中、彼の周囲に居る者に思わずげんなりした。

 二人の男神の姿がある。

 回復薬(ポーション)等の商品を積んだ四輪の手押し車を持つミアハ様。もう一人は羽根付きの鍔広帽子を被った神ヘルメスだ。

 珍しい組み合わせの三人が歩んでいる光景に首を傾げつつ、彼等に近づく。

 

「ミアハ様もお久しぶりです。それと、ついでに神ヘルメスも」

「ああ、久しいな。強制任務(ミッション)と聞いていたが、無事帰ってきた様で何よりだ、怪我は無いか? 疲れているのであればこれをやろう」

「いえ、大丈夫です。それに、ナァーザさんにまた怒られますよ?」

 

 柔らかな笑みを浮かべて商品の回復薬(ポーション)を差し出してくるミアハ様をやんわりと嗜めると、橙黄色の髪を揺らした男神が続ける。

 

「いやぁ、【魔銃使い】にギルドが秘密裏に強制任務(ミッション)を任せるだなんて、内容が気になっちゃうね。どうだい、こっそりオレに教えてくれないか?」

「駄目ですよ。罰則(ペナルティ)を受ける事態になったら全額支払ってくれるんですか?」

「はっはっは、そんな事になったらオレ、アスフィに刺されちゃうかもな」

 

 何がおかしいのかヘラヘラ笑う神ヘルメスの姿に思わず眉に皺が寄る。

 正直、ベルと出会っただけなら良かった、と思える。ミアハ様でも別に悪い気はしない。しかし、神ヘルメスもセットだと正直げんなりだ。まあ、ヘルメス単体と出会ったら気分最悪だったことを思えばまだマシだが。

 

「あ、そうだミリア。神様見てない?」

「ヘスティア様、ですか。見てないですが、何かあったんですか?」

 

 ヘスティア様を探しているというベルの言葉を聞いて、思わず心臓が跳ねたが、俺が危惧する事態ではなく、あくまでもベルの言葉が原因で女神が飛び出して行ってしまっただけらしい。

 護衛としてフィアさんとメルヴィスさんの二人が付いているそうなので、早々危ない目に遭う事はないだろう。

 ヘスティア様を探すというのなら、丁度キューイも居るし手伝える、と言おうとした所でヘルメスに声がかかった。

 

「どこへ行っていたのですか、ヘルメス様!」

 

 水色(アクアブルー)の髪の美女、アスフィさんが神ヘルメスに向かって怒鳴る。

 ヘスティア様を探すベルと偶然出会い、その後ヘスティア様捜索を手伝う為にか行動と共にしていたらしいヘルメスが怒られている様子にベルが申し訳なさそうにする。

 

「付いてこいと言っておきながら勝手にいなくなって……!?」

「いや、だって、耳に触る小言が多くてさぁ」

「はあっ!?」

「あ、うそうそゴメンッ」

 

 火に油を注いで大炎上させた結果、憤怒する派閥の団長に詰め寄られ、汗を掻いて平謝り。

 暫くして、主神をぐったりさせたアスフィさんが肩で息をしながら、ようやく俺達の存在に気付いた。「見苦しい姿を……」と項垂れる彼女に対し、ベルとミアハが苦笑を浮かべる。俺としてはもう少し神ヘルメスを絞っても良い気はするのだが。

 気を取り直す様に眼鏡の位置を直したアスフィさんが口を開く。

 

「それで、この傍迷惑な主神と一緒に何をしておられたので?」

「私は今合流した所だから詳細は知らないけど、ヘスティア様を探していたみたいね」

 

 主神にたいしてあんまりな物言いでは、とベルが冷や汗を流しているのを尻目に事情をさらりと説明する。

 納得の表情を浮かべたアスフィさんを見終えてから、俺はキューイに視線を向けた。

 ヘスティア様は何処にいるのか、と問いかける。彼女の探知能力ならば都市内に居れば間違いなく居場所がわかる。そう言い切れるだけの感知能力がある為、耳を澄ます様に集中し始めたキューイをのんびり待つ。

 ほんの数秒すると、キューイは口を開いた。

 

「キュイ?」

「……は?」

 

 キューイの返答は、俺の想像とは全く異なるものだった。

 端的に言えば『居ない』だそうだ。

 

「キューイ、そんなはずはないですよ」

「キュイ、キュイキュイ」

 

 でも居ないものは居ない、と此方を睨むキューイに思わず眉間を揉んだ。

 

「ベル、一つ聞きたいんだけど、今日ヘスティア様が都市外に出ていく用事とか予定ってあったかしら?」

 

 俺の記憶が正しければ、そんな予定は無かったはずだ。

 それに、もし都市外への外出予定があったとしたら一週間以上前から都市外外出許可を得るための煩雑な手続きと、無駄に厳しい審査を行っているはずだ。それの記憶がない以上、ヘスティア様が都市外に出ている理由はない。

 ならば死んだ、なんて縁起でもない。そもそも恩恵がまだ生きている時点でヘスティア様の無事は保障されている。

 ならば、ヘスティア様は何処へ? そんな疑問を覚えた直後の事だった。

 慌ただしい複数の足音が背後から響いてきた。

 

「────えっ?」

 

 自然と、その場に居た全員がその足音の方へと視線を向けた。

 亜人(デミヒューマン)の一団が武器と防具の擦過音を鳴らしながら街路を突き進んでいる。その中には、金髪金瞳の女剣士の姿もあった。

 

「ア、アイズさん!?」

「君は……」

 

 ベルの上げた驚きの声に、帯剣したアイズ・ヴァレンシュタインも反応した。

 銀の胸当てに手甲、肩鎧を始めとした防具を纏い、完全武装状態だ。そして、彼女の周囲の者達も同様に完全武装。これから戦いに出る、と言わんばかりの恰好に思わず眉を顰める。

 全員が【ロキ・ファミリア】の徽章(エンブレム)を付けている事上、見知った顔も混じっている事から【ロキ・ファミリア】の団員だというのはわかる。

 迷宮に数日間籠っていた為、地上でのラキア王国との戦争の推移を知らないが、慌ただしさが感じられる彼女らの様子から、何事かがあったのは間違いないだろう。

 彼女はこちらをじっと見つめると、口を開いた。

 

「キミも一緒に来て。ミリアも、今すぐに」

 

 何処か真剣な響きを含んだアイズさんの言葉に、先のキューイの言葉が脳裏を反響する。

 都市内には居ない、ヘスティア様。

 そして、慌ただしく完全武装で急ぐ【ロキ・ファミリア】の戦闘員。

 まさか、という当たって欲しくない予感ほど、良く当たるものはない。




 次回、『ラキア王国』追撃戦。
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