魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

215 / 218
第二一四話

 迷宮都市(オラリオ)北の玄関口。

 巨大市壁に設けられた都市北門前広場にて、神ロキは頭を抱えていた。

 頭を抱えて呻く彼女の周囲には、眷属である小人族(パルゥム)のフィンや、他の神々や眷属達が集まっている。

 

「ドチビが攫われたぁ~!?」

「そうなんです!? ヘスティアちゃんっ、変な神様に無理矢理捕まえられちゃって!? 守ろうとしてくれた冒険者の方も大怪我をして……!」

王国(ラキア)の兵士らしき一団は、その後散り散りになって周囲へ逃亡しました!?」

 

 獣人の女性と、ギルド職員の門衛が冷静さを欠いた状況説明を繰り返す。

 事の始まりは数十分前。

 とある派閥の主神が北門を出てすぐの所で、現在オラリオと戦争状態にあった『ラキア王国』の主神アレスと、彼が率いる精鋭部隊の奇襲を受けた。その際、女神の護衛に付いていた眷属二名と、【ガネーシャ・ファミリア】が派遣していた門兵二名が対処しようとしたものの、想定外の奇襲の上、『ラキア王国』が誇る精鋭中の精鋭、騎士団長級の兵が二〇名も居た為、迷宮の恩恵で上質な経験値(エクセリア)を得ていた都市の冒険者も太刀打ちできずに撃破され、女神が一柱、攫われてしまった。

 その際、門前で順番待ちをしていた一般人からも数人の被害が出た上、直接戦闘をした護衛二名に門兵二名の四名が重傷を負ってしまった。

 事態を受けたギルド本部は勿論の事、各種有力派閥の主神や構成員に片っ端から報せを届けている。

 騒ぎ発生から時間がそう経っていない為、この場に集まった主要神物(じんぶつ)と冒険者は神ロキとフィンぐらいしか居ない。

 周囲では未だに騒めく旅人や商人の姿が散見される。

 

「不幸中の幸いなんは、ミリアが強制任務(ミッション)でダンジョンに潜っとる事や。すぐにでも片つけんと不味いで」

「すまない、神の動きまでは読めなかった……すぐに部隊を編成しよう。アイズはまだか……」

 

 件の攫われた女神。

 それが率いる派閥の眷属には『魔剣のクロッゾ』。此度、水面下で密かにラキア王国が狙っていた魔剣鍛冶師が居る事に加え、現在の都市内において重要人物として名が知れ渡っている【竜を従える者(ドラゴン・テイマー)】まで居る。

 彼女が引き連れた飛竜から生み出される『再生薬』の取引関連で繋がりを持っており、尚且つ個人的にも知り合いである【ロキ・ファミリア】の主神と団長は強い疲労と安堵を浮かべつつも、焦った様子で周囲を伺っていた。

 件の【竜を従える者(ドラゴン・テイマー)】または【魔銃使い】で知られるミリア・ノースリスという人物。彼女がいかに女神に依存しているのかを知る一柱と一人は、この事が本人に知られる前に何としてでも解決すべきだと判断していた。

 その為にも、呼び出しのかかった眷属達の到着を待っている間、ロキは恨めし気な視線をとある男神に向けた。

 

「そもそも……どないしてドチビは検問スルーする事が出来たんやろうなぁ、おぉ、ガネーシャァ?」

 

 酷く恨めし気な視線を向けられた男神、褐色肌のガネーシャはいつもの勇ましくも暑苦しい雰囲気とは異なり、どこかへっぴり腰になりながら微妙なポーズをとっていた。

 

「お、俺がガネーシャだが……?」

「オイ、いつもの元気はどうした?」

 

 ロキに険悪な視線を向けられたガネーシャは、普段からは考えられない程にしおらしい態度で、ぼそぼそと聞き取り辛い声量で己が所業を語った。

 

「で、つまり自分が馬鹿な事抜かして許可したと」

「あ、はい」

「この変態仮面が! 冗談は顔だけにしとけ、大ボケッ!!」

「……俺はガネーシャだからな!!」

「開きなおんなや!」

 

 責め立てられていた男神が、胸を張って応えた瞬間。ロキの罵声が響き渡る。

 流石に自分の仕出かした事の大きさに反省した様子を見せるガネーシャに、ロキは容赦なく『ギルドに絞られろ!』と死刑宣告を告げる。そんな彼女の言葉にガネーシャ『ノォー!?』と頭を抱えるのを、ロキは鋭い目付きで睨む。

 そんな男神の姿を、眷属であった護衛や門衛が言わんこっちゃない、と呆れの視線を向けた。

 

「あンのじゃが丸おっぱい、要らん面倒増やしおって……」

 

 空を睨み付けながらロキが愚痴を呟く、その時だった。

 

「──────」

「動かないでください!」

 

 広場に寝かされた負傷者と、それを治療していた者達が声を上げる。

 ロキとフィンが視線を向けた先、そこには彼女と彼が良く知る人物が身を起こそうとしている光景があった。

 

「アタシが、行かなきゃ……」

「だから、その怪我で動くのは無謀ですってばっ」

 

 女神を守ろうと全力を尽くした上で、重傷を負って倒れていた冒険者。

 【ロキ・ファミリア】から訳あって一時的に【ヘスティア・ファミリア】に改宗(コンバージョン)していた狼人(ウェアウルフ)の少女。

 無数の打撲と切り傷を負い、包帯で固定された腕は強引に動かした所為か血が滲んでいる。

 【蒼空裂砕】フィア・クーガ。

 Lv.3に至った第二級冒険者であり、通常なら都市外の冒険者に後れを取る事なんてありえない実力者。迷宮にて得られた潤沢な経験値(エクセリア)によって相応に強さを手にした彼女。

 奇襲を仕掛けてきた騎士団長級のラキア王国の兵のレベルは3。普通ならば遅れをとる事は無いはずだが────相手は二〇を超える数が動員されていた。ましてや、彼女と行動を共にしていた護衛はLv.2。

 仲間を庇いつつ女神を守ろうと死闘を繰り広げ、一〇人を超える騎士に袋叩きにされて無力化されたのだ。

 そんな彼女が護衛を買って出ておきながら主神を守護しきれなかった事を嘆き、直ぐにでも取り戻さんと立ち上がろうとする様子を見ていたロキは、フィンの傍を離れて彼女の下へ歩んだ。

 

「フィア」

「……ロキ、アタシは」

「落ち着きぃ、今のアンタが動いてもどうにもならん。すぐにフィンが何とかしてくれるわ」

 

 口惜し気に歯を食い縛るフィアを寝かせたロキは、同じく負傷者として治療を受けているもう一人のエルフへと視線を向ける。

 フィアと共に女神の護衛として最善を尽くし、昏倒しているメルヴィスを見て、ロキは不愉快そうに口元を引き締めた。

 

「アレスのアホ、ようやってくれたわ」

 

 ヘスティアの下に預けた眷属の痛々しい姿にロキが呟きを零す。

 

「とりあえず、王国(ラキア)の狙いは『魔剣のクロッゾ』だろうね。……加えて【竜を従える者(ドラゴン・テイマー)】かな」

「やろうなぁ。主神を神質(ひとじち)にヴェルフ・クロッゾ本人か『魔剣』……もしくは、ミリア・ノースリスを要求……ギルドが応じないにしても、間違いなく内輪揉めは避けれんやろ」

 

 迷宮都市(オラリオ)は一枚岩ではない。例えギルドや多くの勢力、そして半数以上の【ファミリア】が王国(ラキア)の申し出を撥ね退けたとしても、女神(ヘスティア)と親しい神や【ファミリア】──都市屈指の鍛冶大派閥(ヘファイストス・ファミリア)は確実に──が異議を唱え、仲間割れが起きる。最悪の場合には、王国(ラキア)以外の他国、他都市、他勢力の付け入る隙になりかねない。

 それだけでも厄介だというのに、女神(ヘスティア)の眷属にも問題が大きい。

 特筆すべきは、単身で都市の複数の大勢力と繋がりを持ち、なおかつ竜種を従える能力を持ち、戦争遊戯(ウォーゲーム)でも末恐ろしい活躍を納めた小人族(パルゥム)の少女。更には本人自身も相応の戦闘能力を持ち、戦術立案にも優れた冒険者が居る事だった。

 しかも、本人は女神(ヘスティア)に忠誠を誓い、依存と言い換えても過言ではない程に彼女を慕っている。決して女神を見捨てないであろう事は想像に易い。

 端的に言えば、ミリアが動く状況が最も不味い。

 

「敵が本国に帰還する前に、神ヘスティアを取り返さないと不味い」

「序に、ミリアがこの事に気付いて動く前が望ましいわな」

 

 瞳を細め淡々と語るフィンに、ロキは補足として付け加える。

 運の良い事に、動かれると騒ぎが大きくなりかねないミリア・ノースリスは、従えている竜種と共にギルドが課した強制任務(ミッション)で迷宮探索を行っている。

 一応、予定としては本日の昼頃に帰還する事になっていた。現在時刻は八時を過ぎた頃合い。

 想定外にミリアが帰還するのが早くなっていなければ問題はない。故に、彼女が帰還するより以前に事の収拾を図る。最低でも、女神(ヘスティア)の身柄だけでも確保しておく必要がある。

 その意見に同意した皆が頷いた所で、羽搏く音色が響いた。

 

「────ああ、なんて間の悪い」

「────ガネーシャ、お前責任もって止めろや」

 

 周囲に居た商人や市民達も次々に気付いた様に天を仰ぐ。

 フィンとロキが半ば諦めた様子で呟く中、男神は僅かに喉を震わせて空を仰いだ。

 広がる晴天、都市中央に聳え立つ白亜の摩天楼から一直線に北門広場に向かってくる、飛翔物。

 深紅の両翼を羽搏かせ、服の裾を風に揺らす少女の姿をした異形。ミリア・ノースリスの魂の片割れにして、従う竜種の一匹。

 最近人型化して都市を騒がせている赤飛竜(レッドワイヴァーン)と、そんな彼女に抱かれた小人族(パルゥム)の少女。

 凄まじい速度で接近してきたその存在は、丁度話し合いを行っていた者達の中央に、降り立った。

 

「────どうもお久しぶりです。女神(ヘスティア)様が攫われたとお聞きしましたが。状況を伺ってもよろしいでしょうか?」

 

 丁寧に、物腰穏やかに告げたその姿にフィンが頬を引き攣らせ、ロキは天を仰いだ。

 ギルドが告げた予定では、後少し猶予があったはずである。しかし、予定よりも帰還までの時刻が早まった────加えて、此度の事件について知ってしまった────竜の姿がそこにあった。

 張り付けた様な笑みに、微塵も笑っていない瞳。

 ヒューマンの子供程しかない背丈からは想像も付かない圧力(プレッシャー)を振り撒きながら告げられた言葉に、周囲で起きていたざわめきが凪いだ。

 一瞬で静まり返る場の中、落ち着いた様子でフィンが口を開く。

 

「久しぶりだね。状況は既にキミの知っての通りだと思う。神ヘスティア、キミの主神が攫われた。十分ほど前の出来事だ。今は大急ぎで招集をかけて、奪還作戦に向けた人員を集めている所さ」

 

 導火線に火が付き、いつ爆発してもおかしくない状態の金髪の少女を刺激しない様に言葉を選んでフィンが対応する横で、ロキはガネーシャを小突いた。

 

「直ぐに地図を用意しろや。それと、逃げた方向は」

「あ、あぁ」

 

 最悪な状況だと察したロキが冷や汗を流し、ガネーシャが慌てた様子で都市周辺地図や逃げた方向を記す紙などを用意させる。そんなやり取りをしている二人を差し置いて、他の神々は黙り込んでいたり、中にはニヤニヤとこの状況を愉しんでいる神すらも見受けられる。

 

「ヘスティア様の居る場所は?」

「わからない」

「逃走経路もわからないんですか?」

「厄介な事に、敵は北、西、東の三方向に部隊をいくつもわけた。数はかなりの数になっていて、追跡隊どころか調査も出来ていない状況だ」

 

 フィンの説明を聞くミリアは、背後に従えたキューイに視線を投げかける。

 人型に転じた竜種のキューイは、少女から向けられた視線に対し、僅かに首を横に振った。

 

「部隊の進軍速度がかなり速いみたいですね。キューイの索敵範囲外に逃げた様子です」

 

 直ぐに追わないといけない。しかしいくつもの小隊に分かれて逃走する部隊の中、どこに女神を連れた本隊が居るかは不明。

 飛行能力を有する飛竜を従えたミリアならば即座に発見も出来るかもしれないが、大雑把な位置すらもわからずに飛行し探すのは難度が高い。加えて、ミリアが従える竜種三匹の内、機動性に富んでいる上で索敵能力が高いのは赤飛竜(キューイ)のみ。

 結晶竜(クリス)は迷宮内の石英(クォーツ)を通じた異常な索敵能力を有してはいても、石英(クォーツ)が全く存在しない地上では目視が限度。灰飛竜(ヴァン)に至ってはそもそも飛行能力が無い。

 それでも主神の危機ならば、とミリアが直ぐにでも飛び立とうとキューイに指示を出そうとした所で、ギルドの門衛が声を上げた。

 

「ミリア・ノースリスが直接探しに、そんなの駄目に決まっている!?」

 

 都市で重要ともいえる『再生薬』の作成に関わっている。だけならまだしも、

 モンスターが都市外へ────それも強力な竜種が────出る、何てことになれば都市の威信に関わる。たとえ冒険者が調教(テイム)し、絶対に逆らう事が無い程に従えていたとしても、周辺国家はその件についてオラリオを責め立てる。

 明確に迷宮都市(オラリオ)にとっての隙になりかねない、と猛反対するギルド職員の声が響く。

 そのさ中。

 

「フィン、ロキ」

「おおアイズ、来たか。リヴェリアやティオナ達は?」

「私しか来てない。後は、【リトル・ルーキー】と……」

 

 本拠(ホーム)を出払っていた他の第一級冒険者より一足先に到着したアイズ。彼女の後ろには件の女神の率いる【ファミリア】の団長である少年と、男神が二人いた。

 彼らはギルド職員に殺気立った視線を向けるミリアを見て、各々の表情を浮かべている。

 

「ミリア、あの、神様が攫われたって。状況は……」

 

 そんな空気の中、道中に主神が攫われた事を知らされ、先行したミリアに追い付いた少年が問いかける。

 

「二度目になるが、神ヘスティアが攫われた。現在、神の居場所は不明。敵は北、西、東それぞれに部隊を分け逃走中。どれが本隊かは判別できていないどころか、追跡隊も出せていない」

 

 フィンが手早く説明するさ中、ミリアはギルド職員を鋭く睨み付けていた。

 

「今、何と?」

「だから、【魔銃使い】が竜種を使って索敵を行う事は禁じられている! 都市内ならまだしも、都市外へと出るのは不味い!」

「────で、それが何か問題でしょうか?」

 

 必死に引き留めようとするギルド職員に対し、ミリアは仮面の様な微笑みを持って対応する。

 他国や他都市、他勢力の付け入る隙が出来ない様にと必死に口を回すギルド職員に、ミリアは耳を貸す気配は無い。どころか────。

 

罰則(ペナルティ)ならどうぞご自由に。どうあれ、私はヘスティア様を救出する為に動きます」

 

 何があろうが、女神の救出作戦の為に動くのは決定事項。

 もしこれを邪魔しようとするのならば、ギルドだろうが何だろうが関係ない。そう言い切った少女は、酷く暗い瞳でギルド職員を真正面から捉えた。

 

「たとえ世界が敵になろうが、私はヘスティア様を救出します」

 

 邪魔をするのならば、息の根を止める。そう断言した姿に息を詰まらせたギルド職員が黙り込む。

 これ以上問答を繰り返そうものならば、本気で事に及ぶ。彼女の右手は既に銃の形をとっており、詠唱すればすぐにでも魔弾を放てる事を意味していた。

 フィンは僅かに眉を顰めつつも、口を開いた。

 

「【魔銃使い】が従える飛竜が使えれば、より迅速に神ヘスティアを捕捉できるだろう。確かに他国から文句は言われるかもしれないが、今は置いておこう」

「【勇者(ブレイバー)】!? しかし……ッ!」

「今回の責任は全部ガネーシャが取る。せやろ?」

 

 なおも言い募ろうとするギルド職員にフィンは首を横に振り、ロキは鋭くガネーシャの方に矛先を向けた。

 今回の一件の発端は神ガネーシャが仕出かした事。故に、ミリアが仕出かす竜種を使った都市外への索敵行為に関しての罰則の全てはガネーシャが受け持て、とロキに睨まれた男神はぶんぶんと首を縦に振った。

 

「任せろ、なんたって俺はガネーシャだからな!」

「お前が原因やろがい!?」

 

 自信満々に答えた男神の側頭部を引っ叩いたロキを他所に、フィンは口を開いた。

 

「先に言っておくけれど、情けない事にオラリオの派閥は滅多に都市の外に出れない制約を受けていて、都市周辺の地理は六度の侵略の中で情報を蓄えた王国(ラキア)に劣っている可能性が高い」

 

 それ処か、常日頃から都市周辺の地理を秘密裏に調査している可能性も有り得る為、情報不足の都市(オラリオ)側に比べて、王国(ラキア)側の方が情報的優位がある。

 都市への経路、山脈の山間、あるいは王国(ラキア)へと最速で帰還できる抜け道。脱出経路を知り尽くす王国(ラキア)の複数の部隊から正確に本命を補足するのは至難の業。

 加えて、神質(ひとじち)を確保した彼らは強行軍をしてでも逃走を図ろうとするのは目に見えている。故に、時間をかける訳にもいかない。

 

「見ての通り、地図はこれだけだ」

 

 フィンが持ってきた地図を広げると、全員がそれを覗き込む。

 大雑把に描かれた周辺地図は、ともすれば精度はお世辞にも高いとは言えない。更に調査不足が祟って、一部は想像で書かれたものまで混じっている始末。あくまでも参考程度に、と告げられたミリアが眉間に皺を寄せ、直ぐに頭を振った。

 

「当てにならないなら見る意味もない。私はすぐにキューイと一緒に東から回っていくわ。見つけ次第、無力化して居場所を吐かせる。問題無いかしら?」

「いや、王国(ラキア)の結束はそこまで甘くはない。そう簡単に情報を吐く事は無いだろう。それどころか、本隊と一部以外は情報を知らない可能性が高い」

 

 ミリアが全力で向かったとして、捕捉できたのが情報を持たない部隊だったとすれば無駄足。

 索敵能力に優れるとはいえ、全力で逃亡する相手に対して、囮部隊を片っ端から潰していては間に合う筈もない。

 

「ロキ、フィン。私も追う」

 

 突然の事態に混乱し、話し合いに参加できていないベルを横目に伺っていたアイズが、一歩前に出て口を開いた。

 寡黙である【剣姫】の申し出に、主神と団長が僅かに驚き。他の面々は驚愕の余りに目を見開いている。

 

「確かに、片側をミリアの飛竜を虱潰しにして、反対側からアイズたんも虱潰しなら……」

「アイズの敏捷(あし)なら追い付けるか」

 

 彼女の申し出にロキとフィンが一考の余地有りと判断する。

 ここで【ヘスティア・ファミリア】、ひいてはミリア・ノースリスに貸しを作るのは悪い選択ではない。そう判断した主神と団長の様子を見た他の派閥も、自分達も、と声を上げ始める。

 貸しを作れれば御の字、と言った様子の彼らに対し不愉快そうにミリアが眉を顰めていると、

 

「ぼ、僕も行きます!? 神様をっ、追いかけます!!」

 

 【剣姫】の横から身を乗り出してベルが叫んだ。

 その姿にロキが眉を顰める。

 

「なぁ少年、話、聞いとったか? アイズが行くと言ってやってるんや、足引っ張る気か?」

「でも────」

「自分、レベルいくつや? 力の差わかっとるやろ? ミリアみたいに飛竜っちゅう強力な手札も無しにしゃしゃり出てこん方がええ。大人しくしとけ」

 

 片やLv.3、片やLv.6。

 ミリアは飛竜という他にない手札を持ち、必ず役に立つ処か今回の索敵の要になる。

 対してベルはそういった特技は何一つ存在しない。

 足を引っ張るだけならば行かない方が良い、と噂の新人(ルーキー)を見定める様に見定める様に、女神は薄らと朱色の瞳を開く。

 付き放つ様な女神の言葉を聞いた少年は声に詰まり────すぐに両手を握り込んだ。

 

「僕は! 神様の────ヘスティア様の眷属(ファミリア)です!」

 

 眉を逆立て、神にさえ逆らう様に大声を張り上げる。

 

「僕も、神様を助けたい! だから、行かせてください!」

 

 他人に任せてばかりで待ってなど居られない。深紅(ルベライト)の瞳に固い決意の色を宿した少年の、喉が張り裂ける程の願望の叫び。

 それを聞いたロキは、僅かに吐息を零し、認めなかった。────同時に、止めもしない。

 

「────勝手にせぇ。どうせ足を引っ張る事もできんやろうしな。アイズ、へばったら置いてってええで。ミリア、アンタは何を優先するかわかっとるやろ」

「……わかった」

「わかってます。ベル、今は一刻を争うから、ごめん」

 

 主神の確認に間をおいて答えたアイズと、先に謝罪をと軽く頭を下げるミリア。

 言外に主神捜索を認められたベルは、女神に深々と頭を下げ「ありがとうございますっ!」と礼を述べた。

 都市無断出発を行おうとする面々に、ギルド職員は良い顔をしない。そんな彼らを他の冒険者が説得しようとしはじめた。少年の固い決意に魅せられた者も居れば、未だにごたごた規則云々を持ち出そうとする職員に鋭い殺気を向ける小人族(パルゥム)の少女に怯えた者もいる。

 

「じゃあ、ミリアはこっちの方から片っ端に捜索や。見つけ次第閃光弾(フレア)を焚いてしらせてや」

「天候が崩れる可能性が高い。空からの捜索が難しくなる可能性もありえるか……そうなると、やはり人手がもっと欲しい。とはいえ、ベート達を待つ時間も無い」

 

 ばらけた連中をミリアが上空から索敵したとしても、範囲が範囲。

 ましてや天候が崩れていき、索敵能力が大幅に下がってしまう可能性も否定しきれない。そうなるともっと人手が欲しい。虱潰しするにしても限度があるか、と既に出立準備を進めるミリアとベル、アイズの背中に視線を向けたロキが呟く。

 そこに、

 

「なら、ウチのアスフィが役に立つと思う」

 

 羽根付き旅行帽をずらし、橙黄色の神の男神が笑みを浮かべて自身の眷属の肩を押した。

 

「神ヘルメス……」

「ウチのアスフィなら、ミリアちゃんと同じぐらいの速度でヘスティアを探せる」

「────はぁ!?」

 

 示された眷属自身が仰天するさ中、男神はにこやかな笑顔をうかべている。

 

「ああん? 優男、何を根拠に……」

「おいおい、ロキ。アスフィはあの【万能者(ペルセウス)】だぜ? 飛竜に勝る索敵方法の一つや二つ、持ち合わせているさ」

 

 胡乱な表情を浮かべたロキに対し、ヘルメスは【万能者(ペルセウス)】の二つ名を強調した。

 加えて、半ば疑わし気な視線を向けるミリアにウィンクまでする始末。

 

「……期待はしないでおきます」

 

 何処か苦虫を噛み潰した様な表情のミリアの言葉を聞き、ロキとフィンも頷いた。

 ベルが周囲の冒険者から戦闘用の防具などを借り受けて装備しているさ中、大きな羽搏きが広場に響く。

 

「ベル、先に行ってます。ヘスティア様を見つけたら合図をお願いします。私も見つけたら合図しますので」

「うん、直ぐに僕も出発するから!」

 

 少年の返事を聞き届けるまでもなく、少女は飛竜に指示を出して空高く舞う。

 徐々に薄暗い雲が増えていく空を切り裂く様に、翼を広げた飛竜が駆ける。




Q.ヴァンは?
A.あいつは敏捷(あし)が遅いからな。今回の戦いには着いて来れない。だから置いてきた。

 幾つもの小隊に分かれて逃走する王国(ラキア)の兵達。
 対するは、空から無慈悲な強襲を仕掛ける飛竜を狩る銃士。なお、クリスに目を付けられた部隊は……。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。