魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第二一六話

「フハハハハハハッ! 今度こそオラリオに吠え面をかかせてやったぞ!」

 

 ベオル山地奥部。

 神アレスの哄笑が、谷間の傍にある険しい山道の一つに響き渡っていた。

 旅装姿の兵士が三十名程固まった部隊。主神を有するラキア王国本隊に当たる彼等は過去の侵略の中で見つけ出した山中の抜け道を駆使し、既にオラリオから大きく遠ざかろうとしていた。時折、モンスターが岩陰や崖下から飛び出してきて奇襲を受けるものの、主神を守る為に編成された精鋭揃いの彼等は難無くそれらを処理していく。

 一人馬に跨った自分を守る兵士達を尻目に、神アレスは非常に上機嫌な様子であった。

 

「こらっ、アレス!? どういうことだ、早く下ろせ!! 天界馴染みだからってしていいことと悪いことがあるぞ!?」

「黙っていろ、能無しのチビチビ神め! 貴様はクロッゾの倅と【魔銃使い】の二人と交換する神質(ひとじち)だ、利用してやるのだから光栄に思え!」

「ミリア君を利用するだってっ、絶対に許さないからなぁああああああああああああああッ!?」

 

 神アレスの背中、鎧の上に強引に綱で縛られていたロリ神──ヘスティアがか細い手足を振り回す。

 偶然にも彼の作戦が的中し、運悪く捕らえられてしまった幼い女神もまた無理矢理連れてこられていた。きつく縛られている縄を解こうにも、非力な彼女では解けず。ならばせめてもの報いでと暴れるも、「大人しくしろ!」とアレスの膝鉄で脇腹を頂戴し苦悶する羽目となった。

 

「ボクを神質(ひとじち)だなんて……」

 

 捕獲された際、半気絶させられていた女神が意識を取り戻し、状況を理解した時、脳裏をよぎったのは過去の壮絶な精神的外傷(トラウマ)を抱えた自身の眷属の事だった。

 【ヘスティア・ファミリア】、ひいてはヘスティアが救いの手を差し伸べるはるか以前。母親の手によって大切な人を人質に取られ、思うがままに操られ続けて終いには心を壊してしまった少女。

 最悪な事に、女神はその子が自身を大切な人として扱っている事を知っている。そんな自分が神質(ひとじち)にされ、指示に従わされる……もしくは、『ラキア王国』──【アレス・ファミリア】に下ってしまえばどうなるのか。

 絶対に耐える事は出来ない。間違いなく、その少女は壊れる。必死に心に負った消えない傷を少しずつ癒していて、更には此度のギルドからの強制任務(ミッション)を終えた暁には、彼女が背負った何かを分け与えて貰えるはずだったのだ。そんな約束をしてしまった自身が、有ろうことか神質(ひとじち)

 何としてでも抜け出さなくては、とヘスティアは痛みを訴える脇腹を無視して声を張り上げた。

 

「こんなことして、今に見ていろ!! ベル君達がっ、オラリオの冒険者達が直ぐに追いかけてくるぞ!」

「ふん、部隊を分けて散らばった我々の中から、正確にお前を探し出せるものか」

「ミリア君なら、飛竜を使って空からボクを見つけ出すに決まってる!」

「フハハハハッ! これだから能無しのチビ神は……そんなものわかり切っている。対策しているに決まっているだろう!」

 

 追手攪乱の為に部隊を散開させて陽動もしている。くわえて天然の要害を短時間で突破し、なおかつ広大な山地から捕捉の難易度は遥かに上がる。

 更に、山地の特定地点には対竜用兵器を忍ばせている、とアレスは豪語した。

 

「た、対竜用兵器だって……!?」

「ふっはっはっは、そうだ! この時の為に俺はこの山中に対竜用兵器を隠したのだー!」

 

 豪快な高笑いを響かせるアレスの様子に、ヘスティアは歯噛みした。

 アレスは脳筋で愚直、策謀をするタイプではない。しかし、見事ヘスティアを攫った上で更に山中に対竜用兵器を忍ばせていた────余りにも高度な策謀にヘスティアは思わず彼は本当にアレスか、と二度見した。

 

「キミ、何か悪いものでも食べたのかい……?」

「失礼だな!?」

 

 喧しく品のない争いを繰り返す神々に、彼のそばを歩いていた副官、マリウスは深く溜息を吐いた。

 内心、ここまで上手くいくとは、と呟いた彼は、主神を守る為に展開している兵達を見回し、声を上げた。

 

「空に異常は」

「ありません!」

「鳥が一匹飛んでいますが、飛竜の姿はありません!」

 

 飛竜の姿が見えたら即座に報告する様に言い付けられた彼らは、周囲のモンスターの気配を見逃さぬ様に細心の注意を払いつつも、空に飛竜の姿が無いかを厳重に警戒していた。

 

「そう……か、上手く行き過ぎている様な気もするが……」

 

 自身の知るアレス像とかけ離れた策謀を計る彼の姿に戦慄する女神の様子に、彼は僅かに眉を顰めて小声で呟く。

 

大型弩(バリスタ)を秘密裏に輸送しようとして、失敗して大幅に遅れてただけでしょうに……」

「何か言ったか、マリウス!」

「なんでもありませんよ……」

 

 女神の誘拐から流れる様に部隊を散開させ攪乱しつつも、本隊は抜け道を駆使し最速の離脱。更にその抜け道には対竜用兵器が()()()()()()()

 これがもし本当に脳筋(アレス)が仕掛けた計略であったのなら、マリウスは今頃頭を地に擦り付けて今までの無礼を謝罪していただろう。

 だが、実際の所は全く異なる。

 【ヘスティア・ファミリア】と旧【アポロン・ファミリア】────現【ハゲ・ファミリア】の戦争遊戯(ウォーゲーム)の際、商人達がアポロンへと提供した大型弩(バリスタ)

 それの威力は間違いなく折り紙付きだ。あの重装竜(アーマード・ドラゴン)の甲殻を砕き穿つ程の威力を見せ付けたのだ。

 当然の事ながら、迷宮都市(オラリオ)に戦争を仕掛けるにあたって、『ラキア王国』としてはそういった兵器は揃えていた。

 威力は十分なそれらは、しかし都市への侵略の際には非常に扱い辛い代物だったのだ。

 端的に言って、大きさも重量も移動に向かない。そも、防衛用に設置する大型弩(バリスタ)を輸送するというのが無茶なのだ。彼の兵器を有する部隊は進軍速度が致命的に遅くなる。それは移動に適した平地を通ったうえでの話だ。

 その上、その兵器の脅威を都市側も理解している。あからさまに戦場に大型弩(バリスタ)部隊を出せば、真っ先に潰されるに決まっている────事実、過去幾度かの侵略戦争の中で、大型弩(バリスタ)部隊は真っ先に標的にされ潰されていた。

 今回も無作為に大型弩(バリスタ)部隊を戦場に配置すれば都市の冒険者に呆気なく殲滅されるだろう事は想像に易い。故に、『ラキア王国』は一計を投じた。

 普段であれば最も輸送に適した街路を選んで大型弩(バリスタ)を輸送する所を、密かに抜け道を通じて輸送する事にしたのだ。

 今までであれば、その重量等からどうしても平地を輸送しなければならず。なおかつ進軍速度の致命的低下によってラキアが兵器を輸送しているのが傍から見ても筒抜け状態。当然、都市の冒険者は兵器輸送を確認したら真っ先に狙う。

 ならば、兵器輸送を秘密裏に行えば良い。アレスの上げた案はそれなりに理解できる範疇ではあった。

 都市側が今回の戦争において大型弩(バリスタ)を動員しなかったのだ、と思わせておいて、密かに戦場に運び込んだ大型弩(バリスタ)で強襲を仕掛ける。

 なるほど妙案だ。マリウスもその作戦には大いに賛同できた、はずだった。

 問題は、どう輸送路を隠すのか。

 最も輸送に適した街路を使えば一発で露呈する。当然、平地を輸送しても同様。どうやって隠匿しつつあの馬鹿でかい代物を運ぶのかといった問題があった。それを、アレスは易々と言い切った。

 

『抜け道を使えば良い!』

 

 都市の警戒網から外れた抜け道を使えば、都市に勘付かれる事なく大型弩(バリスタ)を戦場に運び込める。画期的な案だ、とアレスが自画自賛するのを、副官のマリウスは溜息を吐いて見守っていた。

 抜け道は、言ってしまえば少数部隊が移動する事ができ、都市の警戒網に入っていない道を指す。当然、大型弩(バリスタ)の様な大型の兵器を輸送する道順(ルート)としての使用は計算外だ。

 それでも主神であるアレスの鶴の一声によって、その作戦は決行された。

 結果、大型弩(バリスタ)部隊は想定よりも数倍以上かけて道程の三割ほど進んだ所で立ち往生。大型弩(バリスタ)という秘密兵器を欠いたラキア王国軍は当然の様に蹴散らされる、と散々な状態だったのだ。

 ────それが、女神一柱の身柄を確保した事によって状況が一変した。

 都市側は女神奪還の為に間違いなく飛竜を動かすだろう。

 何より、攫った女神は飛竜を使役する冒険者の主神だったのだ。付け加えると、その飛竜を使役する冒険者は主神に対し並々ならぬ親愛を抱いている事も噂で聞き及んでいる。だからこそ、必ず飛竜は動く。

 マリウスが空に厳重な警戒を向けるのも当然だろう。

 

「……雨、か」

 

 警戒の為に空を見上げていた彼は、己が鼻梁に当たった水滴に表情を顰めた。

 空を覆う灰雲からとうとう雨が降り出す。瞬く間に大雨と言って差し支えない程の勢いとなり、旅装の兵士達やアレスをずぶ濡れにしていく。

 一瞬で水浸しになったアレスとヘスティアが盛大にくしゃみを零す。

 

「マリウス様、一度部隊を止め、どこかで雨を凌いだ方が……アレス様のお身体が」

「いや、伝令の話では既に一応射程圏内らしいが、万が一が有り得る。この雨で飛竜が止まればいいが、そう楽観視もできない。せめて北の国境まで進んでおきたい。それと、あの馬鹿神(かみ)は風邪を引かないから心配しなくていい」

 

 主神の身を案ずる部下に杞憂だと伝えた彼は、飛竜の脅威から一刻も早く逃れんと強行軍に努めようとする。

 一応、彼等が居る位置は山中で立ち往生した大型弩(バリスタ)部隊の射程圏内。しかし、射角の関係上、射撃可能なのは二五機の内、わずか三機のみ。叶うならば半数は射れる様にしておきたいのが彼の本音だった。

 気を取り直した様に空への警戒を続けようと視線を上げ、ふと、マリウスは違和感を覚えた。

 雨風が強くなり行くある、曇天の空。先ほど同様に自分達の部隊の頭上を旋回する様に飛行する影が見えたのだ。

 

「……あれは、おい。あの鳥はいつからいた!」

「え? あぁ、だいぶ前からずっと頭上を飛んでましたが」

 

 自分達がくたばるのを待っているのでしょう、と軽口を叩いた兵士の一人にマリウスは眉間を揉んだ。

 先ほどまで竜の姿を探すばかりで他の警戒が疎かになっていた。故に、その違和感から不味い、とマリウスが表情を顰めた、その瞬間。

 

「けっ、【剣姫】だぁあああああああああああああああッ!?」

 

 この世の終わりの様な絶叫が響き渡った。

 

「なっ────!?」

 

 自身の耳を疑う程、有り得ないはずの報告にマリウスは振り返る。

 現在進行中の崖際の山路。上り坂でもある道を凄まじい速度で駆けあがってくる高速の人影。

 雨に打たれずぶ濡れになりながらも褪せる事のない輝きを放つ金髪金瞳の容姿に、彼も思わず叫び声を上げた。

 

「げぇッ、【剣姫】!?」

「てっ、敵襲ううううううううううううううううううううううっ!?」

 

 発見できたのは【剣姫】一人のみ。

 遠い昔であったのなら、たった一人が三〇を超える部隊に追い縋った所で出来る事など無かっただろう。しかし、昨今の時代は異なる。

 量より質。たった一人の英傑が、戦況を変えてしまう。

 それは一目見て明らかだった。

 

「────」

 

 アイズは細剣を振り鳴らし、部隊後方へと食らい付く。

 瞬く間に兵士たちの絶叫が響き渡り、馬上のアレスともども驚愕に言葉を失っているさ中、マリウスは頭上に飛翔していた存在へと視線を向けた。

 雨風が強まったにも拘わらず、巣に戻るでもなく飛び続けた違和感を持つ飛翔体。

 目を細めたマリウスが視認できたのは、金の色の翼とはためく純白のマント、そして人の四肢。

 ずっと以前から存在を認知していながらも、それがただの鳥だと思い込んでいたものの正体、それは、鳥なんかではなかった────冒険者だ。

 

「いつからオラリオは空を制する様になった……!?」

 

 今も頭上を旋回し、【剣姫】に居場所を教え続ける頭上の瞳。

 飛竜の存在ばかりに気を取られて見落とした致命的な失態。

 マリウスが戦慄しながらも、対処法を考えている、そんなさ中。

 

『ぎゃぁあああああああああああああああああッ!?』

 

 斬撃の波が動揺した兵士達を瞬く間に切り伏せる。

 一つの斬撃が放たれる度、複数の兵士が地に伏せ────あるいは空を舞った。

 絶叫を増産させ続ける『戦姫』が真っ直ぐ、ぶれる事なく突き進む先は部隊中央。騎乗した軍神に捕えられる女神の元だった。

 

「ヴァ、ヴァレン何某君……!?」

 

 女神が目を見張る中、アレスは獰猛な笑みを浮かべる。

 総崩れになりかけた士気を引き上げる様に、手甲に包まれた右手を突き出した。

 

「狼狽えるな兵士達よ!! 追撃してきたのはたかが小娘一人、そして我々には王国最強の将軍が居る!! 行けガリューよ、あのような小娘捻り潰せ!!」

「ガリュー将軍がやられましたぁ!?」

「なにィ!?」

 

 文字通り瞬殺であった。

 瞬く間も無く、髭を生やした屈強な男達が倒れ伏して金髪金眼の少女の前に倒れ伏した。

 抵抗らしい抵抗どころか、まともに攻撃すらさせてもらえず、さらには複数人まとめて切り伏せられた将兵の姿に、アレスはぎぎぎっ、と歯を食い縛った。

 

「お、おのれっ……こうなったら……」

「うぐぅっ!?」

 

 自身とヘスティアを縛り付けていた縄を解き、男神は馬上から飛び降りた。

 ヘスティアが泥だらけの地面に投げ出される中、荷物を捨てて身軽になったアレスは馬上に取り付けてあった長剣を装備する。

 

「我が名はラキア王国主神アレス!! 行くぞ【剣姫】ィ!? 軍神の剣捌き、とくと見よ!!」

「…………」

「うぉおおおおおおおおおっ!!」

 

 勇ましい雄叫びを響かせ襲い掛かるアレス。対するアイズは無言で剣を振るった。

 バキンッ、という甲高い音が響き渡り、一瞬呆然としたアレスは、自身の手にする長剣が根本から圧し折られているのに気付いて慌てて一歩後ずさる。瞬間、アレスの目の前に折れた剣身が突き刺さった。

 

「うぉぁッ!? やっ、やるなー【剣姫】ィッ!?」

「何やってんだアンタァッ!?」

 

 あっさりと武器を失いビビるアレスに、マリウスの悲鳴が飛ぶ。

 神の癖に第一級冒険者に一騎打ちを仕掛けた主神の姿に、マリウスを含め立っている事の出来た兵士達が殺到する。自らの主神を守る為、激しい剣戟が繰り広げられ、場が混乱に包み込まれる

 

「────神様ッ!!」

「あ…………ベル君っ!」

 

 混戦となる山道に、白髪の少年が飛び込んだ。

 【剣姫】が切り開いた道を、彼女が気を引いてる間に、遅れて突き進んでいく。

 駆けつけてくる眷属の少年の姿に笑顔を浮かべ、ヘスティアが立ち上がろうとした、その瞬間。

 

「射てぇっ!!」

 

 ラキア王国の将兵の叫び声が放たれると同時に、轟音と共に巨大な矢が乱戦となった彼らの元へ飛来した。

 崖を挟んだ反対側から放たれたらしき槍と見紛う大矢(ボルト)。着弾の轟音とともに兵士の悲鳴と、【剣姫】の驚愕の声が僅かに混じった。

 密かに向けられていた『ラキア王国』秘蔵の大型弩(バリスタ)は三機。内、一本が【剣姫】を直撃────しかけるも、呆気なく切り払い落された。

 残る二本は山肌を穿ち、地鳴りにも似た轟音を弾けさせ、ぬかるんだ山道の一部を崩落させる。

 丁度、立ち上がろうとしていた女神の足元に亀裂が走り────女神の体は土砂とともに山道の片側に広がる谷底に引きずり込まれていく。

 突然の事態に硬直したベルの眼前で、女神の小さな体は激流と化した川が走り狂う深い渓谷へと落下する。

 

「神様ァ────ッッ!!」

 

 少年が飛んだ。

 落ちるヘスティア目掛け、地面を踏み切り、雨に打たれながら眼下の渓流に飛び込む。

 一切の迷いなく、女神の腕を掴み抱き寄せた少年は、暴れ狂う様な濁流に歯を食い縛ると、消して離すまいと女神の体を強く抱き寄せ────着水した。

 

「────!!」

 

 兵士達を蹴散らしていたアイズも、遥か眼下で起きた水飛沫を捉えた。

 瞬間、躊躇なく彼女は戦闘を放棄し、少年と女神が転落した渓谷に身を躍らせる。

 深い谷間の壁面を蹴り付け疾走し、難無く岸に着地すると同時に駆け出していく。

 

「ベル・クラネル、【剣姫】……!?」

 

 その一連の流れを上空より見ていたアスフィは、大いに動揺していた。

 ミリア・ノースリスに対する借りを返す意味も兼ねての女神救出作戦が、まさかの展開に陥ったのだ。『飛翔靴(タラリア)』を駆使して宙を舞い、王国軍の姿を補足していた彼女は、救援の判断を一瞬躊躇してしまった。

 

「──っ!?」

 

 中途半端に渓谷に近づいてしまった彼女の腕に、鎖が巻き付く。

 

「女神達は捨て置け! 今はあの空の密偵を討つのだ!」

 

 ほんの一瞬の隙を突かれた彼女は、締め付ける肉の痛みに眉目を歪め、下方────鎖を握るマリウスを見下ろした。

 

精錬金属(ミスリル)の鎖……!」

「【魔銃使い】対策に持ってきた物だが、役に立ったか……。奴さえ討てばオラリオは暫く追跡できまい! あの女だけは逃がすな!」

 

 アイズの斬撃をかろうじで避け、動く事の出来る兵士達に、マリウスは疾呼を飛ばす。

 もしここで彼女を逃がせば、改めて飛竜が襲撃に来る。最悪の場合、神質(ひとじち)を失った彼等に【魔銃使い】が誇る超遠距離砲撃魔法(ヤバすぎる砲撃)が飛来する。

 神質(ひとじち)が居たからこそ、超遠距離砲撃魔法を警戒せずに済んでいたのだ。もしアスフィを逃がし、報告が上がれば────山道諸共消し飛ばされて全滅する。

 故に、決して逃がさぬ、とアスフィに巻き付けた強固な銀鎖を己の腕に巻き付け、マリウスは決して逃がすまいとした。

 その瞬間。

 

「なっ────!?」

「これ、は……ッ!?」

 

 バギンッ、という破砕音と共に鎖が引き千切れる。

 マリウスがたたらを踏み、アスフィが崩れかけた姿勢を戻した所で、甲高い発砲音(ねいろ)が渓谷に反響した。

 

「────早かった……いや、遅かったですね」

 

 聞き覚えのあるその発砲音(ねいろ)にアスフィは眉を顰めた。

 他の部隊を追跡したにしては、非常に早い。だが、女神の救出という意味では遅い到着だ。

 

「あ、ああ……そんな、ばかな……」

『ひっ、飛竜だぁああああああああああああああああああッ!?』

 

 破壊された鎖と、響きわたった甲高い銃声に驚愕していたマリウスは、兵の上げた絶叫を聞いて目を見開き、空を仰いだ。

 ざぁざぁ、と降り注ぐ雨の中。遠くからでも視認出来る程の大きさの魔法円(マジックサークル)が視認できる。

 空を飛翔する竜翼を持った、幼い少女の姿をした異形。そして、そんな彼女に片腕を掴まれて飛翔する、最も警戒していた冒険者の姿に、マリウスは此度の作戦の失敗を悟った。

 




 最近、うまく執筆できない状況となっております。
 週一更新が難しくなっておりますので、二週間に一度の更新になるかもしれません。
 読者に皆さまに申し訳ありませんが、暫くの間は文字通りの『不定期更新』とさせていただきます……。

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