魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
フィンの目的を聞いた限りでまとめると。
とある目的の為に
とある目的、その幼い外見から見下されやすいパルゥムの再興を目指しているらしく。自身の二つ名【
そして女性に頼みたいのは己の妻になって貰う事。そこらのパルゥムをいくらでも引っ掛けられるぐらいに容姿が優れているし、話によればオラリオで女性から一二を争う程に人気の男性なのだから、それぐらい余裕だろうと思われるが……。どうにも違うらしい。
そもそもパルゥムの冒険者は数が少なすぎてフィンの目につく範囲に居るパルゥムは片手で数えられる程度。しかも女性ともなればほぼゼロと言う状況。普通の一般的なパルゥムの女性では無く、冒険者としてある程度の活躍とまではいかずとも最低限、勇気に溢れたもしくは意志の強い女性が好ましいのだと言う。
そんな中で出会ったのが同族である俺だったのだと。
俺がミノタウロスに掴みあげられ、
そのときの事を俺は覚えていない訳だが、フィンには他のパルゥムとは違うように見えたらしい。
妻を求めていたところに現れたお眼鏡に適う人物が現れたので、どういった人物かを調べるために色々と試すようなことをしたのだと言う。
謝罪金で破格の金額を示しても全く反応しないどころか訝しげな様子を見せた事で金銭欲にまみれた人物ではないこと、自身の立場を理解できるだけの理解力があること等、様々な視点から俺がどういった人格の女性かを測っていた事。要するに俺を目的のために使える駒かどうかを見極めていたらしい。
「不愉快な思いをさせてしまってすまない」
不愉快か。まぁ不愉快な気分にはなったが。
「……少しだけ、私の昔話をしますが……聞きます?」
別に聞く気が無いのならそれでも構わん。そんな気分で呟くとフィンは神妙に頷いた。
俺は所謂私生子ってやつだ。母親が何処ぞで適当な男と作って産み落とした子供。
あの糞女は、そんな俺を使ってとある男を騙した。
金持ちの家に生まれた道楽息子と言われていた人物。
妊娠を知ったその日にその男と一晩を過ごしてから一年間姿をくらまし、子供を産んでから「実は貴方の子供が出来てたの」と言って泣きつく。騙された男は子供を引き取らされて、糞女の要求通りの多額の金額を渡したのだ。
それから暫くして、糞女はある程度育った子供を引き取りに来た。理由は――糞女曰く『金儲けに使えそうだし?』だそうだ。殺意すら覚えるね。そのまま近づかないでいてくれれば良かったのに。
当然、子供は父親と離れるのを拒んだが……最終的には育ての親から引き剥がされてしまった。
それ以降は只ひたすらに母親と共に人を騙す毎日、嫌気がさして逃げ出そうとしても、何処に逃げても、母親が……あの糞女は俺を見つけ出しては連れ戻される日々。
そんな日を繰り返す内に……糞女、俺の母親は死んだ。
何のことは無い。騙そうとした男がヤバイ方向に伝手があってしかも詐欺に気付かれて報復された訳だ。
俺が糞女を見つけた時にはドラム缶に捻じ込まれてコンクリ詰めにされる寸前だった。虫の息とも言うべき状態だった糞女を見つけた俺は、助けるなんて事はしなかった。と言うか進行形でコンクリ詰めにされてる奴の回りには十人以上の奴らが居たし、下手に手出ししてこっちが目を付けられるのも勘弁だったから見捨てた訳だ。
……何とかしようと思えばできた。俺は十人以上の殺し屋を雇って女を殺す準備をしていたし。その殺し屋に一言『あいつらを片付けろ』って指示すれば助ける事は出来た。要するに……手が有りながら見捨てた訳だ。
「とまぁ、そんな感じで母親すら見捨てる様な屑に構うなんてやめた方が良いですよ。反吐が出ますよね……人騙したりだとか本当に……」
酒場の喧騒の中、横に並ぶフィンの顔が見えずに目の前に置かれた空っぽのグラスを眺める。
自身の人生を振り返れば、幸せだった父親との生活から一変し、人を騙して蹴落とす疑心暗鬼に満ちた生活だったように思う。今の生活とは大違い過ぎる。
親父はゲーム好きで自分でゲームを作ってしまうぐらいの人だった。真っ直ぐに『ゲームが好きだ』と叫ぶぐらいには……大人になってもゲーム好きを抜け出せなかったと言われれば、まるで駄目な男だろうが。それでも真っ直ぐに夢を語る姿はかっこよかった。しかもその夢の一つ『ゲームを作る』と言うモノを叶えてしまったぐらいには馬鹿で真っ直ぐな人だった。
簡単に言おう。俺は父親に憧れていた。
血の繋がりが無くとも、この人の子供でありたいと願ってしまうぐらいに……糞女とは関係ない所で生きていたかったのだ。
「慰めとかいらないですよ。別に……ただ私が言いたい事、理解して貰えました?」
利用される人生だった。自由になるまであの糞女の掌で転がされる毎日。他人を騙す為の小道具として使われる日々。どれほどの屈辱だったと思う? しかも気が付けば糞女と同じく詐欺して生活するのが当たり前になってる塵クズに成り果ててるとか言うね。ははっ……笑いしかでてこねぇよ。
そんな俺が? パルゥムの復興の小道具に? 冗談じゃない。
「そうか……すまない」
俺の考えが伝わったのだろう。深々とした溜息を吐いたフィンが呟く様に謝罪した。
そういやぁ……そうだよなぁ。詐欺師の糞女が大嫌いで、表面上笑顔を浮かべてる奴も大嫌いな癖に……俺がそんな風に人を騙して表面上はミリアを演じてる……。そう、演じてる。
……気分が悪くなってきた。酒は飲んじゃいないが。臭いで酔ったか?
フィンが何をしようが俺にはあんまり関係ないが……。我が子に親が望む道を歩めと強制するのはやめてやってほしい。あの糞女みたいに子供は親の言う事を聞いてればいいなんて考え方はあまりにも苦痛だったからな。
「顔色が悪いけど、大丈夫かい?」
「……嫌な事、思い出しましたからね」
本当にな。あの頃の自分を思い出してたんだが……ふと、ヘスティアに『白野勇之』って本来の名前を教えたときに不思議な反応をしていたのを思い出した。
何故このタイミングで思い出したのかわからないが、あのときのヘスティアの反応に対して俺は怖くなって追求を止めたが……とある可能性が浮かんだ。
「フィンさん」
「なんだい?」
「……少し、神ロキと話をさせていただけますか?」
「ロキと? 何故?」
なんでってそりゃ……神様で今すぐ会話できそうなのがロキ以外居ないしな。いや、酔っているみたいだから難しいか?
というか、このタイミングで主神と会話したいって普通に変だよな。まぁ、無理なら良いか。
「確認したいことができましたので」
俺の名前についてね。何故? 今の俺は『ミリア・ノースリス』と名を騙っている訳だが……もしかしたらもあるかもしれん。
「……少し、待っていてくれ」
そういってフィンが立ち上がった。考えはさっぱりわからんが、話はさせてもらえるみたいだ。
「フィンもリヴェリアもキツすぎやろ……ちょびぃーとセクハラしただけやん」
酔いつぶれた人山から回収されたらしいロキがやって来たのを見て頭を下げる。というかいきなり胸と尻を撫で回すのはちょびっとのセクハラなのか。ほぼ強姦未遂だと思うんだが……。
「こんばんは、神ロキ」
「あんたがミリアっちゅー子かいな。かわええこやな、フィンがなんか言っとらんかったか?」
お芝居用の小道具作成をお願いされましたね。そっちは割とどうでもいいが。
「私の名前はミリアではありません」
「んぉ? なんやあんた偽名かいな。オラリオでは止めた方がエエで? 偽名を堂々と名乗るなんてアホのすることやし」
知ってる。それはエイナさんにも言われた。
嘘を見抜ける神々の前でわざわざ「自分は怪しい人物です」なんて看板背負って歩き回ってるもんだしな。
ましてや神々は大の噂好き。あること無いこと背鰭に尾びれ、果てにはエンジンにFTLまで搭載されてろくなことにはならんらしいしな。まぁ、そこらは人もあんまり変わらんし気にせんのだが。ヘスティアに迷惑かかりそうだなって気づいたのは最近だし、ヘスティアは気にしなくていいと言っていた。少し気になるんだがな。
「そうなんですよね。ギルドでも言われましたし」
「なんや、分かっててやっとるんか?」
「一応、ですけどね」
そろそろ本題に入るか。怖くて声が震えたりしてないか不安だ。
「私の
「うん?」
あぁ、やっぱりか。なんかミアハさまもヘスティア様も同じ反応したんだよね。
「一応、私が子供の時から名乗っていた名前ですからね」
俺の言葉にヘスティアと同じように首を傾げた神ロキを見て確信した。
「今、私……嘘吐きましたよね?」
不思議そうな顔から一変して納得の表情の神ロキ。まぁ、なんだ……要するにだ。
俺に本当の名前なんて呼べるもんは無かったってこったよ。なんたって勇之と言う憧れのあの人がくれた名前ですら
「あんた、ネームレスやったんか」
ネームレス? なんだそりゃ?
「ネームレス? なんだいそれ?」
樽の上に木の板をのせただけの台と小樽の椅子という、安っぽさを感じさせる激安の大衆酒場の一角で向かい合い座る神々の姿は、周りの雰囲気から浮きそうなものであるが、底辺ファミリアの主神等がよく利用する為か元々常連である為か、浮く事も無く周囲に溶け込む男女の神が向かい合わせで座っていた。
女神、ヘスティアの質問に、ヘスティア・ファミリアと同じく訳あって底辺ファミリアであるミアハ・ファミリアの主神ミアハは神妙な面持ちで呟く。
「そなたは知らぬのであったな」
今日、ヘスティアは眷族の食事の誘いを断った理由はミリアの事についてミアハに聞くためである。
内容としては嘘をついていないのに嘘に見えるというもの。
本来、神が眷族の嘘を見抜く際は魂の揺らぎから判断する。しかしミリアの場合は真実と嘘が同時に存在するという不可思議な状態であった。
『私の本当の名前は白野勇之です』
ミリアが語ったその言葉は、嘘に見えた。しかし、
『最初に名付けられた名前ですからね』
苦笑と共に語られたその台詞に嘘はなかった。つまり最初に名付けられた名前は白野勇之で間違いないのだが、本人の口から聞く限りでは本来の名前ではないのだ。
余りにも不可思議なミリアの状態にヘスティアは
「ネームレスとは、時折
ミアハは現在のミリアの条件を『ネームレス』と言った。
『ネームレス』とは、自らの存在定義が不安定になっている
主な発生条件は過去と現在の大きすぎる落差などであり、具体例をあげるなら奴隷等に身落ちした人間などが発症しやすい。
幸せな家庭から一変、唐突に身売りされた女性が通り名を与えられて娼婦として働かされた後に自由の身になった際、身売りされた事実から過去の自分を肯定出来なくなった上で、娼婦としての自身も肯定できない場合。本来の名前としての家族に貰った名前を本当の名前として語れなくなり、神にはそれが嘘に見えてしまう。そして通り名の方も肯定できない場合はどちらの名前も神には嘘、偽りの名前としてとられてしまう。
現状のミリアの状態とほぼ一致すると言っていい。
ミリアが過去に娼婦として働いていたかは確定ではないし、他にも要因はいくつも考えられる。
ただ、ネームレスの特徴としてほぼ無自覚な場合が多い。と言うより神が指摘するまで周囲の人間も気づけないのが普通である。なにせ神が下界に降りてくるまで誰も指摘できなかったのだから。
「そっか……治療はできるのかい?」
「難しいな、本人に自覚させずに傷が癒えるのを待つしかない……だが……」
少なくとも、本人にネームレスであることを自覚させなければ直に癒え傷は消えてなくなる。だがここはオラリオ、神々が集う迷宮都市である。このオラリオで冒険者として過ごす以上、他の神から目を付けられないという保証はない。
神々は珍しいものに目がなく、ついでに言えば玩具としてつつき回すのは普通なのだ。特にネームレスなどはそこそこ珍しくもあり、つついたときの反応も神々の視点からすれば面白く映る場合が多い。
下手をすれば神々の興味を引いてつつき回されたり、最悪の場合は性格の悪い神などに意図的に潰される可能性もある。
長い時間をかけて傷を癒すのにオラリオは不向きなのだ。
「なにより、自己否定が強い気のある彼女はもしネームレスだと知れば自害する可能性が高い」
それ以前にミリアの性格上、普段の言動から自己評価が著しく低いことが察せられる。
普段から「私
「うん、それは僕も思う」
彼女、ミリアはよく嘘を吐く。普通の人と同じぐらいにと付け加えるべきか。
近くに居る比較対象がベルという素直で嘘が吐けない少年であるからか、ミリアの嘘は目立ってしまうのだ。
ヘスティアはそんなことはあまり気にしてはいないし、ヘスティア自身も嘘を口にすることは珍しくない。問題なのはミリアの嘘に対する潔癖なまでの否定的思考だろう。
ベルに心配をかけないために吐いた嘘ですら、ミリアは嘘を吐いた自分を責めていた。本当に些細な、小さな嘘ですら嫌っていて、嘘を吐く自分が大嫌いらしい。
過去に嘘を吐いていたことで何かあったのだろう。もしかしたらネームレスに陥る原因があったのかもしれない。
けれど……
「ミリア君は優しすぎると思うんだ」
相手のために嘘を吐いた事すらも自分が悪であると断じている。そんなことはないのに。
確かに嘘を吐くのは良くないことかもしれない。けれども本音だけでは人は傷付けあってしまうこともある。
時には優しい嘘があっても良いのに、それすらも否定的な考えを持ってしまっている。
「……僕はどうしたら良いのかな」
ベルに比べれば少しひねくれていたりごく自然に嘘を口にする部分はあれど、ミリアはヘスティア・ファミリアの一員だ。主神として、助けたい。
それに……
「どこかに、行ってしまいそうなんだ」
ふと目を離した瞬間、霞のごとく消えてしまいそうなのだ。ベルと違って寝ている最中に消えてしまうかもしれないと不安になってしまう。だからか寝てるミリアを抱き締めて寝てしまうのだ。
ミリアはやめてほしそうにしているが……。
「そうだな、このまま時の流れに任せても良くはならないだろう。ならば多少の荒療治も視野にいれるべきか」
「荒療治?」
真剣な表情のミアハの様子にヘスティアはうなずく。
「もし必要なら荒療治も必要だと思うけど……ちなみに、どんな方法なんだい?」
「ヘスティア、そなたが名を定めれば良い」
これがそなたの名であると決めてしまえばいい。神威と共にミリアにそう告げればミリアは抗う事も出来ずにそれを肯定するしかなくなるだろう。但し其れは本人の意思を無視する様な行為だ。
「それは」
「出来ないのなら、しっかり話し合う事だ」
話し合って傷を少しずつ癒していけば良い。自分が傍に居ると安心させれば持ち直せなくはないだろう。
「……わかった。もっとミリア君と話し合ってみるよ。本人にもしっかりと伝える……ネームレスだってことを」
力強く頷いたヘスティアにミアハが笑みを浮かべた。
「力に成れる事ならば存分に言ってくれ。彼女はうちのお得意様だからな」
「ありがとうミアハ、でもこれは僕が何とかするよ」
礼と共に立ち上がったヘスティアはぐっと拳を握って決意を新たにしつつも、財布を取り出した。
「ここは僕が奢るよ。相談に乗って貰った礼にね」
「いや、ここは私が出そう。其方のファミリアより余裕はある」
極貧ファミリアの主神同士ではあるが、固定客が存在して一定の収入のあるミアハ・ファミリアの方がヘスティア・ファミリアよりも余裕があると言うのは事実だが、今回の件に関してはヘスティアからミアハに相談したいからと声をかけたのだ。相談に乗って貰った上で奢ってもらうのは気が引けるとヘスティアはミアハの言葉に首を横に振ってから店員を呼び止めた。支払ってしまったもん勝ちである。
「店員君、会計を頼むよ」
「はいー少々お待ちをー」
間延びした様な店員の声を聞き流しつつも財布の中身を確認するヘスティア。その様子を見て苦笑を浮かべていたミアハは、ふと視線を店の外にやって、目を細めた。
「ヘスティア」
「なんだいミアハ、僕は支払で忙し――「あそこに居るのは、ミリアではないか?」――んん?」
肩を掴まれ、漸く財布から視線を上げたヘスティアの視線の先。店から大分離れた街灯の下をフラフラと覚束ない足取りで歩いて行っている小さな体躯に綺麗な金髪、その容姿にまったく似合わないボロっちいローブ姿の子供が街灯の明りから外れて暗がりへと歩いていく姿が見えて、ヘスティアは息を呑んだ。
「ごめんミアハ、支払い頼むよ。僕……ミリア君を追わなきゃ」
何処かに行ってしまう。あのまま行かせてはいけない。そんな思いに駆られ、ヘスティアは財布をミアハに押し付けるとそのままミリアが消えて行った方向へ走り出した。