魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
真ん丸お月様。お空の上でーお散歩かな? 気ままな一人旅はとても楽しそう。
元の世界とは全く違って神様が地上に降り立ったこの世界でもお月様は満ち欠けするんだな。今日は満月の様だ。
魔石産業というのはどうもかなりクリーンな産業らしく、排ガスなんてものが存在しないからか空気が澄んでいて天を仰げば満天の夜空が広がっている。
現在位置は……オラリオの街を囲う様に作られた市壁の上。それなりの高さがあり、冒険者であっても駆け出しの場合は転落すれば命は無い様な高さの市壁の上である。何でここに居るかって? さて、何ででしょうか?
もし、ベル君と出会わなければ。 もし、ヘスティア様と出会わなければ。
もし、俺が嘘吐きでなければ。 もし……もしも、俺が前世の記憶を完全に忘れられていたら。
どうなっていただろう?
ダンジョンで死んでいた? 死の恐怖に押し潰されていた?
ベルやヘスティアに嫌われずに済んだ? 前世を思い出してしまって死のうとした?
IFばかりを考えても仕方が無い。そりゃわかってるさ。でも少しぐらい許してくれたって構やしないだろ?
何故この世界にミリア・ノースリスの体で、ミリカンの魔法が扱える様な状態で憑依転生を果たしたのか?
考えても無駄な事だ。でも、もしかしたら……原因は俺にあるのかもしれない。
ミリア・ノースリスと言うキャラクターは親父が一人で作り上げたキャラクターだ。ティッシュ箱に複数の条件の書かれた紙切れを沢山放り込んで、俺と親父で三枚ずつ引く。出た条件に合ったキャラクターをミリカンの魔道国のキャラにしよう。と親父と共に引いた。
俺が引いたのは『狐』『狙撃』『超火力』の三つ。出来上がったキャラはクー・シー型に分類される超火力狙撃キャラ。鈍足ではあるが単発威力が最高値の対物ライフル並の威力のスナイパーマジックを使いこなす狐耳・尻尾の女性になった。
対して親父が引いたのは『幼女』『竜』『機関銃』の三つ。出来上がったのは? ガトリングマジックを使って高機動低装甲の竜人幼女……ミリア・ノースリスが出来上がった訳だ。
なんでこんな話を? そりゃぁ……親父が作ったキャラクターだろう?
当時、俺は血の繋がりが無い事を知りつつ、息子のふりをしていた訳だが……。何を思ったかって? 俺がミリア・ノースリスであれば、父親の
ここまで言えば理解もできるだろう。要するに心のどっかで願ってたからミリア・ノースリスになったのかも知らん。まぁだから何だって話なんだが。
要するに何処までも
むしろ、演技をしない自分ってどんな感じなのか? 心の中身を全部ぶちまける感じか? そりゃあただの阿呆って奴だろう。いや、そうでもないのか。ベル君とか割と心の中身が透けて見えてる時あるし。そう考えると心の純粋さって大事だよな。俺の考えが外に洩れてたらヤベェし。考えて喋るのは普通と言えるだろう……考えすぎて自分を見失ったのかねぇ。
オラリオの市壁は不思議な構造をしている。外側に対してだけでなく内側に対しても狭間胸壁が作られているのだ。本来なら外敵に備えて外側に向けてのみ狭間胸壁が作られるのだが、これにはちゃんと理由がある。
現在のオラリオは市壁の内側に都市が広がっている。しかしこの市壁は元々はダンジョンの内側から溢れてくるモンスターを外界と隔てる為の最終防壁だったのだ。そして同時にダンジョンに利益を見出した他の国からの攻撃にも備える為のモノなのだとか。
ベル君が詳しく知っていた。興奮気味にまくしたてるベル君はオタク気質なのだろう……いや、誰しも自身の知る凄い知識を披露したいだろうし、普通か。
ともかく、神々が降り立つ前から建造されていた市壁を修繕しつつ使っていたモノなので実はかなり歴史ある建造物らしい。ちなみに……今のヘスティアファミリアの本拠となっている廃教会も実はかなり歴史ある建物だ。そりゃぁ神様が降り立ったのは千年以上前の話で、神様が降り立ってから教会とかは全部無意味だと神々から言われりゃ無用の長物になるだろう。むしろ千年の時を経ても形を保っているって本当に凄いな。
ふと、足を止める。市壁の上をぽてぽてと歩いていただけで特に何をしていた訳でも無い。
お月様とーお散歩ーこんなに夜は暗いのにーお月様は真ん丸明るくきれいだなー……何の唄だっけか? どうでもいいか。
狭間胸壁の凹部分にひょいっと足を掛けて登る。そのまま凸部分に足をかけて高い所へ。
視線を市壁の内側、オラリオの街並みの方へ向けてみる。現在時刻は……十一時過ぎぐらいだろうか。前世の都市部と同じく夜間も明りが途絶える事の無い街並み。魔石を使った街灯によって中心部の明りは途絶える事を知らぬ。けれども前世よりも技術が半端な感じがする世界。
綺麗だなぁ。つくづくそう思う。綺麗な部分だけじゃないだろうが、この灯りの灯る街並みは美しかった。
さぁて、何でこんな所に居るのか。答えあわせでもしようか。
投身自殺と言うんだったか? さぁ、パッと飛び降りちまおうか。
足元を見てその高さに身が竦んだ。一度死んだんだから慣れろよ……むしろ一度死んじまった記憶があるせいでビビってんじゃねえか。ほらどうしたよ……安心しろって。聞いた話だが投身自殺ってぇーのは落ちてる最中に意識が飛んじまって着地時点で意識は無いらしいから簡単に死ねるらしいぞ。保証は無いけどな。
……足元を見るんじゃ無かった。下にあったのは外壁の基礎部分の石畳。叩き付けられりゃ冗談抜きで死ぬ。その衝撃を想像して足が竦んだ。
上を見上げる。前世の最期の記憶と重なる、けれども前世よりも大きく感じる真ん丸お月様が空に浮かんでいる。
俺みたいな嘘塗れの奴がベル君やヘスティア様と一緒に居るのは良くない。純粋で嘘を吐く事が出来ず、すぐ人を信用してしまうチョロ過ぎなベル君と、優し過ぎて……その優しさに浸って居たくなるヘスティア様。
あの二人だけで良かったのだ。俺なんて嘘と演技で塗れた存在はいらなかった。本当はヘスティアファミリアを脱退する為にヘスティア様に声をかけてファルナを解除して貰ってから死ぬべきなんだろうが。
ヘスティア様の声を聞いたら決心が鈍ってしまう。ヘスティア様は俺を引き留めるだろう。俺は……引き留められたらきっと思い止まってしまう。だって……あの神様の言葉が甘ったる過ぎて。その甘さに魅力を感じてしまうから。
だから、ヘスティア様に会わずにここに来た。このまま飛び降りて……それでお終い。其れで良い。
ベル君に余計な事を教えたり、ヘスティア様に迷惑をかける事も無い。
風が市壁の上を走り抜けていく。背を押すのではなく正面からまるでやめろとでも言う様に。その所為で余計決心が鈍りそうになる。
ここで終わり。其れで良い筈なのに……。
怖い。普通に怖いわ。
恐怖の所為で足が竦む。死を前にして演技でパッと飛び降りる事が出来る程じゃないらしい。
足が震えるし、何より笑えるのはこんな状況でありながらヘスティア様かベル君が現れて止めてくれるんじゃねぇかなって期待してる自分が居るって所だな。
ベル君は何処に居るか知らんし。ヘスティア様は今頃ミアハ様と楽しく過ごしているだろう。
俺の事なんて構う必要なんてない二人だ。ベル君の事は気がかりと言えば気がかりだが、何だかんだで打たれ強いベル君なら大丈夫だろう。
ミアさんが「行く当てがないなら此処に来な」と言ってくれていたが……誤魔化したしな。
空を見上げたまま足の震えを止めようと深呼吸を繰り返す。ひっひっふー? ふざける余裕があるのか。それともふざけないと平常心を保てないのか。今すぐにでもヘスティア様に会いたいと思ってしま――
「ミリア君」
「っ?!」
聞こえるはずのない声に驚いて体が震えた。ゆっくりと振り返れば息を切らせたヘスティア様が肩で息をしながらこちらを見ていた。
「やあ、奇遇だね」
にっこりと笑顔を浮かべたヘスティア様の姿に顔がひきつる。なんで此処に居る?
「こんばんは」
それなのに、俺の口はごく自然に挨拶の言葉をこぼしてしまう、まるで模範的な日常会話のように、演技をし始めた。
吐き気が込み上げてくる。
「そこで何をしているんだい?」
「ヘスティア様の方こそ、こんな時間にこんなところで何を?」
質問に質問で返すのは時間稼ぎか情報の取得によって優位性を確保するため。今回のは前者のただの時間稼ぎ。
「僕かい? 君が一人で歩いているのが見えてね。心配で追いかけてきたんだ……なにかあったのかい?」
「なにも、ありませんでしたよ」
嘘一つ。
「嘘だね。ここで何をしていたんだい?」
「夜空が綺麗だったので、眺めてました」
嘘二つ。
「それも嘘だ。そこは危ないだろ、下りてきなよ」
「ここは見晴らしが良いですから」
嘘三つ。
いや、嘘じゃない。半分本音、半分言い逃れ。
「ミリア君……」
市壁の上に設けられた通路のうえ、満天の夜空を背に立つミリアの姿にヘスティアは息を呑んだ。
ひび割れてボロボロになった誤魔化しの仮面を必死に保とうとして失敗しているその姿に胸が痛む。
もう、自分を誤魔化せなくなったのだろう。ひび割れた仮面の隙間から見える本来の表情は泣いているのに、ひび割れた仮面は笑みを浮かべている。
何故、こんな風になってしまったのか?
「ミリア君、君は」
「ネームレス」
ミリアの唐突な呟きにヘスティアは目を見開いた。何処かで知ってしまったのか。一体どこの
「嘘なんですよ。全部……」
嘘が嫌い。なのに
「そんな事は無いよ」
「何処がですか」
近づけない。一歩、ほんの一歩だけヘスティアはミリアに歩み寄ろうとした。ミリアは――一歩、後ろに下がった。
ミリアの後ろには何もない。後半歩でも後ろに下がればミリアは落ちるだろう。
ひび割れた笑みを浮かべながらも、隙間から覗く涙にヘスティアは優しげに笑みを浮かべる。
「だって――ミリア君は優しいじゃないか」
其れは本物だ。ミリアがベルを大切に思い、傷付けない様に嘘を弄する。嘘を弄したという部分だけ見て傷ついているが、ミリアが
「君はベル君を傷付けたくないと想ったから、嘘を吐いたんだよね?」
「……それも、嘘かもしれないですよ」
「嘘じゃないさ。
其処まで否定してはいけない。そんな風に諭すヘスティアにミリアは吐息を零した。
優しいのはどっちだよ。俺なんか放っておけばいいのに。こんな所まで息切らせて追いかけてきておいて。言う台詞は『キミは優しい』か。甘ったるいな畜生。
甘くて、甘ったる過ぎて――甘えたくなっちまうだろう。
嘘が嫌いだ。何よりも嘘が嫌いだ。嘘で塗り固めた生活を続けていた所為で、何もかもを失った。いや……最初から何も無かった。
「優しいのは、ヘスティア様でしょう」
俺が――俺がベルに優しいと感じたのは……。ベルの目が、親父に似ていたからだ。前世では謝る事も叶わなかったあの人に、よく似た目をしていた。
周りから馬鹿にされても仕方ない様な夢を描いていた。その姿とベルが『ハーレム云々』と語った姿が重なったのだ。
だから……俺の優しさは……嘘だろう。だって他の誰かにその姿を重ねて、重ねた
「ミリア君……そこは危ないだろう? 下りておいでよ。一緒に帰ろう」
優しく、諭すように語りかけてくるヘスティア様。神威を使って命令すれば逆らう事なんて出来ないはずなのに。神威を使わずに語りかけてくる。わからない。手っ取り早い手段があるのにそれを行使しないなんて……優し過ぎる。
下りるか……そうか。そうだよな。これ以上ヘスティアの言葉を聞いていたら俺は――堕ちちまう。
きっと、ヘスティアの言葉に甘えてしまう。それは、ダメ――いや違う、嫌だ。嫌なんだ。
「わかりました。今……
――あー、これは嘘じゃないな。
さぁて、今なら一歩で良い。嬉しそうに笑みを零すヘスティアの表情に足が止まりそうになるが。両足に力を込めて飛ぶ。
「さよなら、素敵な女神様」
――もし叶うなら二度と会いませんように。
足の裏に何の感触も無い。後ろに跳んだのだから当たり前だ。体が重力に囚われていく。直に落下が始まるだろう。
やんなきゃよかった。後悔が一瞬で体中に纏わりついて笑みが引きつる。浮遊感が徐々に失われ、重力と言う見えない糸に絡め取られていく。
後は簡単。地面に向かって――いや、地獄に向かって真っ逆さまだ。よもや俺が天国に行くなんて事は無いだろう。
あの糞女共々、地獄に落ちるのがお似合いだ。
――今日は、月が綺麗な夜だな。
「ミリア君っ!!」
ヘスティア様の叫び声、それから――腹に衝撃。
何が起きたのかわからずに自身の腰にしがみ付く
嘘だろおい。冗談も程ほどにしてくれよ……。
ヘスティア様が俺の腰にしがみ付いてやがる。
引き上げるつもりか? いや、冒険者としての身体能力で後ろに向かって全力で跳んだのだ。その距離はヘスティアが手を伸ばした程度じゃ足りないぐらいである。なのに腰にしがみ付くヘスティア。
考える必要も無いな。ヘスティア様も落ちるぞこれ。
「何でっ!!」
ふざけんな。ここは嘘で塗り固められた中身の無いスッカスカな屑野郎が一人落ちて真っ赤な染みになる所だろうが。優しくて素敵な女神様まで同じ様に落ちる必要なんかミリ単位ですら存在しない。
ヘスティアの体を引っぺがして市壁の上に放り投げようとするが……遅い。既に
神の体はあくまで地上で過ごす為に作られた作り物である。その強度は地上の一般的な人間と同等程度でしかなく。強度もお察し。今落下中の現在位置から地面に落ちればファルナによって身体能力や強度が強化された冒険者であっても即死待ったなしである。そんな高さから一般人程度の強度しかない地上の神が落ちたら?
冗談はやめてくれ。
「ヘスティア様っ」
ヘスティアの頭を抱え込む。人間の体が
でも、ヘスティア様だけは何とかならないか。時間が引き延ばされる感覚、何とか出来ないかと視線を向ける。既に飛び降りた市壁の狭間胸壁部分は遥か彼方上で、速度を増して落ちていくのを肌で感じつつ目を見開いた視界一杯に広がったのは……嘘みたいに真ん丸な月。前世の最期の風景と重なる。
ふざけんな。一人で死にたくないとは思った。怖いとも思った。でもヘスティア様を巻き込んで死ぬなんて……。
俺が主人公なら、きっとどうにかできるんだろう。頼む、今……この瞬間だけでも俺を主人公にしてくれよ。
「『ウィング・マジックッ』!!」
詠唱、叫び、竜の翼が授けられ――――なんて都合の良い展開は起こらない。起こる訳がない。俺は物語に出てくる様な主人公じゃないのだから。
畜生、そんな悪態が口から出るより先に着地の衝撃が全身を襲ってきた。背中から落ちたのだろう衝撃に息がつまり、意識が飛ぶ。
「………………」
声が聞こえる。
「ミ……く……っ!!」
誰かの必死な呼びかけが聞こえる。
「ミリア君っ!!」
体を揺さぶられる感覚に目を見開けば、ヘスティアの顔が直ぐ近くにあった。
「ミリア君っ! 大丈夫かいっ! 怪我はっ!?」
体を揺さぶられる感覚に、瞬きを何度か繰り返す。驚き過ぎて言葉が出ない俺に何度も呼びかけるヘスティア。まさか、まさか奇跡が起きた?
「ヘスティア、落ち着け」
落ち着いた男の声が聞こえる。そちらに視線をやればこちらから見下ろす位置に神ミアハの姿があった。その横には呆れ顔を浮かべたミアハ・ファミリア唯一の眷属のナァーザという女性もいる。
何が起きた?
「何が……」
「ミリア君っ!」
ヘスティアに肩を掴まれ、視線が真っ直ぐ交差する。
「ヘスティア様?」
何が起きた? ヘスティアの肩越しに見える景色は市壁に半分に切り取られた満天の夜空である。間違いなく俺はヘスティアと共にあの市壁の頂点から
自分が寝転がっている地面、いや地面じゃない。麻布がかけられたこれは――干し草か?
視線を周囲に彷徨わせれば漸く理解できた。
此方がミアハ様を見下ろしていたのは、俺の方が高い場所に居るから。馬車だ、馬車の荷台一杯に積まれた干し草の山――動物用の飼料となる干し草が山の様に積まれた馬車の上に落っこちたらしい。
いや、俺が下を見た時にそんなモノは無かった……じゃあ……。
「跳び下りるなんて正気を疑うわ」
「まあ、無事だから良いではないか」
ナァーザさんの手にあるのは――千切れた縄、繋がっている先は俺とヘスティアの乗っかっている干し草の山の乗った馬車。
なぁるほど。俺が奇跡を手繰り寄せた訳じゃ無く、ナァーザさんが馬車を俺とヘスティアが落ちる位置まで引っ張ってきただけか……。
理由を理解して頭の中で反芻して嚥下し終えたところで、湧き上がってきたのは苛立ち。
「ヘスティア様」
「なんだい?」
身を起こしてヘスティアの方を向く。この怒りは、きっと……いや、只の逆切れ。俺に怒る権利なんてありゃしない。でも言いたかった。言い散らしたかった。
「なんであんな事したんだよっ!!」
危うく、あんたまで死にかけたんだぞ。そんな怒りに対する返答は――
乾いた音と共に視界が明後日の方向に向いた。ついさっきまで真正面に捉えていたはずのヘスティアの姿は無く。呆れ顔から軽蔑の視線に変わり始めたナァーザさんと、流石に見かねたのか無表情で此方を見るミアハ様の姿がある。頬はジンジンとした不思議な感触。この感触は知ってるぞ。ビンタされたな。
「君は……」
頬が少しずつ熱くなっていく。熱は次第にチクチクとした痛みへと変わっていく。頬を押さえるでもなく、震える声で何かを言おうとするヘスティア様の方へ視線を向けた。
「君は自分が何をしたのか解っているのかいっ!?」
両肩ではなく。頬をバシンと掴まれて強制的に顔を合わせられる。
「君は……」
大声に驚いた。だがそれ以上に……ヘスティア様が泣きそうになっている方がよっぽど衝撃的だった。
「…………君が無事で良かったよ」
何を言うでも無く。ぎゅっと……抱き締められる。
その抱擁に、思わず視界が歪む。
「なんで……」
なんでだよ。なんでそんなに優しくしてくれるんだよ。俺なんて前世で人を騙して金を稼いだりしてた屑野郎だぞ。ゲーム好きな父親を悲しませた揚句、謝る事もしなかった……できなかった屑なんだぞ。
ベル君だって傷付けた。嘘吐いていた所為で傷付けたのに。
「血の繋がりも無いのに。なんで……」
親父との間に、望んだのだ……血の繋がりを。其れは嘘一つ無い真実である証明が欲しかった。あの人の息子で、一緒にゲームをやって……ミリカンを盛り上げて。其れを継いで――そんな風に夢を見ていたかった。
あの糞女が――いや、俺が余計な嘘なんて吐かずに。最初から親父に言っておけば。また、何かが違ったのかもしれない。
欲しかった。繋がりが。解りやすい繋がりが。血の繋がりがあれば――
「ミリア君、君は勘違いをしているよ」
勘違い?
「……僕が、君の背に刻んだのは何だい?」
俺の背に刻まれているモノ? 神の恩恵、ファルナか?
「何故、僕達神々は
……知らない。
「君の背に僕の眷属の証を刻んだ時――僕は君の背に何をした?」
俺の背中に? ヘスティア様は――――神の血を垂らした。ほんの一滴。更新の度に。
…………まさか?
「気付いたかい? 僕達神々が
「血の繋がりが無い? そんな事は無いさ……だって、僕は既に君に
――――ずっと、ずっと求めていたモノだ。
「ねぇ、ミリア君……君は、僕の
嫌な訳がない。ずっと、望んでいたのだから。何物にも否定されない繋がりが……だが……
「逆に、聞いても良いですか」
この質問の答えなんて……ヘスティア様がなんて
この優しい女神様に頭を垂れる事しかできない。この優しさに触れていたいと思ってしまった。離れるなんて……もう考えられない。
「……私なんかが眷属でも良いんですか?」
「当然だろう?」
――――あぁ、やっぱりな。もう、堕ちちまいそうだ。
「君は、自分が誰かわからないんだよね?」
優しい抱擁に溺れそうになる。抜け出すなんて出来ない。
「
ヘスティア様がくれる名前? それは……。
「いらないかい?」
ユーノと名乗るのはおかしいだろう。でも……ユーノという名前は……親父がくれた……。
「……君が名乗りたい名前はあるかい?」
……ユーノという名前の人物は、死んだ。月を見上げて。崖から落ちて。無様に……一人で哀れに情けなく惨めに死んだ。俺は……。ダメだな。もうヘスティア様に心の底から惚れてしまった。過去を忘れる事は出来ないだろうが、この女神の眷属で在りたいと願ってしまった。
「いいえ、無いです」
ここで、ヘスティア様に名前を授かろう。過去を捨てて新たな人生なんて言う積りは無い。けれども……この優しい女神様の眷属になりたいと願ってしまう愚かしい俺が居るだけだ。
「……わかった。じゃあ君の名前は……ミリア、ヘスティアファミリアのミリア・ノースリスだよ」
…………もう、逃げる事は出来ないな。
俺の名前は、ミリア・ノースリスだ。只のでも、竜人でもない。翼なんて無い。地を足で駆ける事しか出来ない。
ヘスティアファミリア、神ヘスティアの眷属、ミリア・ノースリスだ。