魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
小さな靴音がダンジョンの中に響き渡る。目の前を歩いていく白髪の少年の後頭部を見上げながら、ふと視線をそらせばそこには薄暗い暗闇が揺蕩っているのが見えた。
気が付けば荒い呼吸音が聞こえて思わず足を止める。
すると足音が止まった事に気付いたのかベルが二歩程進んでから足を止めて振り返った。
「ミリア、大丈夫?」
「……大丈夫ですよ?」
全っ然、大丈夫じゃなかった。
現在階層はダンジョン三階層。
ミノタウロスと出会った時みたいに自身の適正階層に合わない階層に潜る様な無茶はしない様にしているのだ。そう、この階層こそ俺とベルの適正階層である……あるのだが。
ダンジョンってこんなに怖かったのか。
今の俺の感想はそんな感じである。
「……わかった。何かあったらすぐ教えてね」
「はい」
気を使ってくれるベル君、マジ優しいな。とは言えこのままはマジで不味いぞ。
今の俺はキューイを連れていない。キューイと言えば、俺の服の中でキュイキュイ鳴くだけしかできない無能なのか有能なのかわかんないマスコットだったはずだ。そのはずだった……。
ただ、今はガネーシャ・ファミリアに預けてあり、明日のモンスターフィリア当日まではキューイ―レーダーが利用不可能なのだ。
そう、今の俺はレーダー無しでダンジョンに潜っている……。
それがどういう事かって? っ!!
「ミリア、どうしたの?」
「……いえ、すいません。気の所為だったみたいです」
後ろから聞こえたほんのかすかな音、過剰に反応して直ぐに後ろに
そう、これだ。
本来と言うか、今まではキューイが『あっちからー』だとか『そっちからー』だとか曖昧とは言え敵の位置を教えてくれていたのだ。
しかし今は『見える範囲』、『聞こえる範囲』のモンスターしか判別できない。
何せ、二階層でゴブリンに出会ったとき、俺は出会った瞬間に硬直してしまったのだから。
何故って? 決まってる。俺はそのゴブリンの接近に全く気付かなかったのだから。
ベルは出会った瞬間にナイフを構えた。俺は硬直して目を見開いて呆然としていた。
ほら、差は歴然。ベル君は瞬時に反応して攻撃を始め、俺は遅れて構えて……構えた時にはベル君が殲滅し終えていた。
その後だ、気付いてしまったのだ。レーダーに頼り切り過ぎた俺の怠惰に……。
今までレーダーに頼り切り過ぎて自身の勘が鈍りに鈍ってる。と言うか、元々モンスターの気配を察知する能力なんて皆無だった俺の、気配察知の能力を伸ばすと言う機会が全てキューイに奪われていた……この言い方は良くないな。その機会を全て投げ捨てていた付けを払う時が来た訳だ。
薄ら闇が怖い、曲がり角が怖い、視界の届かない場所が怖い。小さな足音にすら脅え、ちょっとした音に過剰に反応して其方に
俺がなんとかダンジョンで活動しているのはベル君の励ましのおかげである。
っ! 足音っ!
慌てて足音の聞こえた方向に
「ミリア、今日はやめとく?」
「……いえ、行きましょう」
過剰に警戒心を抱いた俺の様子を見た冒険者がくすりと笑みを浮かべてから、回復薬を一本くれた。警戒し過ぎると疲れるだけだぞーと軽く手を振って去って行く冒険者に頭を下げておいた。見るからに俺達駆け出し組なんかより上等な装備をした中層組の人達だろう。微笑ましげに笑みを向けられたとはいえ正直恥ずかしい。
……恥ずかしい以前に凄く怖い訳だが。
「そっか、無理はしないでね?」
「はい」
ベル君の優しさが染みわたるんじゃぁ……はぁ、足引っ張り過ぎだよな。どうにかしたいんだが……。
三匹のコボルトを発見。通路の先でたむろってる様子にベルが此方を窺ってきたので頷く。オッケー突撃ね、援護するよ。
『ピストル・マジック』を唱えておいて構えておく。ベルに当てない様に注意して射線確保の為に動きつつベル君の少し後をついていき、援護射撃しやすそうな地点で足を止める。
ベルが一度振り返って確認してきたので頷いてから一気に駆けだしていく。
同時にコボルト三匹がベルに気付いて威嚇し始めたので射撃開始っと。
「『ファイアッ』!」
一匹目の頭を撃ちぬいて、残りの二匹が困惑した様に動きを止める。そこにベルが突っ込んで乱戦に、二発目の援護は慎重にいくか――――
甲高い音が響き渡り、衝撃と共に何かに殴られたような鈍痛を覚えて其方の方を向く。其処にはコボルトが二匹、先程死角になっていた角から現れたらしい。
「ミリアっ!!」
しまった、待ち伏せだ。そう思った時にはもう遅い。ベル君も慌てて此方の援護に来ようとして――目の前の二匹から視線を外そうとした所為で攻撃を喰らいかけている。こちらからベルに援護射撃を――その前に目の前の二匹を。
甲高い音、それは多分だがマジックシールドが効力を発動したのだろう。なんたって俺を包み込む様に泡の様なドーム状の何かが現れ、攻撃を仕掛けようとして阻まれたのだろう。
ミノタウロス相手なら直ぐ砕けたがコボルト相手なら一撃で砕けたりはしないみたいだ。
「『ファイア』ッ!」
唸り声と共に爪を持ってひっかこうとして来るコボルト、落ち着いて『ピストル・マジック』で一体撃ちぬいて――二匹目がステップで避けやがった。
「くっ」
バリィッバリィッと連続で引っ掛かれる度にマジックシールドに罅が入って行く。同時に衝撃が俺に届くみたいで俺は後ろに下がって距離をとろうと試みる。近すぎて当て辛い。と言うよりこの状況は不味い。
何度かの連続攻撃に対して『ピストル・マジック』の待機状態が強制解除された。
ベル君が二匹を倒して此方に援護を――無理だ、他の通路から援軍っぽいゴブリンがやってきて俺とベルの間に陣取りやがった。流石にゴブリン六匹はきついだろう。
俺はなんとしてでもコボルトを倒さなくてはならないが――あぁ、こっちにも援軍きてたのか。
背中に衝撃が走り、甲高い音が響く。背後には二匹のコボルト。合計三匹に囲まれてマジックシールドをタコ殴りである。
この状況で魔法を使うなんて出来ない。と言うより今の俺は冷静でいられない。手が震える。足も震える。ぶっちゃけ失禁してるんじゃないかと思う。
なにせ目の前に居るコボルトなんてこんな至近距離まで近づかれた事無いし。
小さい、けれども鋭い牙の生えた口。憎悪と殺意に歪み鋭く牙を剥く表情。生臭い様な臓物の臭いと不快な獣臭さが合わさった吐息。どれをとっても一級のパニックホラー並の状態。
ちんけなナイフを取り出して斬りかかって――あっけなく爪で弾かれてどっかにとんで行っちまった。
怖い、つい先ほどまで暗がりに脅えていた俺は、モンスターに怖気づいちまった。そんな風にマジックシールドの内で脅えてる俺に対し、何度も――多分回数は二桁ぐらい。攻撃を繰り返された事で、ついにマジックシールドが砕け散った。
甲高い音と共に意識がぼやける。
噛みつかれた左腕に牙が突き刺さり、ついでとばかりに背後のコボルトの爪が俺の背中を引き裂く。
血が飛び散り、目の前が赤くなり――ブチリと言う何かが引きちぎられる感触と共に腕に噛みついていた牙が大きく仰け反る。いや、違う――俺の腕の肉を食いちぎりやがった。
飛び散る血と、抉られた腕の肉、しかもそれが目の前に――――冷静になれ。
ここで脅えて動けなくなれば本当に死ぬ。だがフラッシュバックするのは満月を背景にのばされた両腕。
そこにあるべきはずの形は無く、肘の辺りから捻じ曲がった右腕と、骨ののぞく左腕の姿を幻視した。
限界だったんだろう。
何処から襲い来るかわからないモンスター、唐突に現れた殺意を滾らせた怪物、そして何よりも――腕の負傷と言う最悪のトラウマを引き当てた。
ただ、それでも俺は冒険者となったのだ。こんな所で死ぬ訳にはいかない。意地みたいなもんだろう。
なんとか右手を『銃』の形にしてから詠唱を唱える。喉が張り裂ける程に叫ぶ。
もっと、よく考えればよかったんだろう。ナイフの練習でもしとけば。そんな後悔と共に、目の前で起きた
背中からそこそこの勢いで壁に叩き付けられ、意識が飛びかける。
朦朧とした視界のさ中、何が起きたのかどうにか判別した。
あぁ、こりゃあれか
冷静では無い状況、ちゃんとした詠唱が出来なければ引き起こす魔法使いにとっては恥ずべき失態。起きた爆発の威力は非常に低かったんだろう。それでも俺の意識を奪うのには十分な出来事だったと言える。
モンスターに囲まれたまま、意識が薄れていく。頭の中に電動ミキサーぶち込んでかき混ぜたかのように意識が揺らぎ、視界が狭まる。
必死の表情のベルが、モンスターを薙ぎ払って近づいてくるのを、ぼんやりと眺めていた。
それが、最後の記憶って奴だ。
目を覚ましたら白髪の少年が泣き腫らした顔で覗き込んで居たらどうしますか?
俺が目を覚ましたのは摩天楼施設、白亜の塔『バベル』の治療施設のベッドの上だった。
「ベル……」
「ミリア……よかった……本当によかったよ」
何とか身を起こそうとして、ベル君が手伝ってくれて何とか上体を起こす。
腕を見れば包帯が巻かれており、背中にも引き攣る様な痛みを覚えた。怪我自体は治っている様子だがそれでも数日は違和感が残るとの事。
「ごめん」
キューイに頼り切りだった所為なのだろう。あの時三匹で不自然にたむろしているのに気が付かなかった。キューイが居たら『待ち伏せ、其処の角』ぐらいにさっと教えてくれて難なく突破していただろうあんなちっぽけな罠に見事に頭から引っ掛かった感じだ。
「こっちこそごめん……助けるのが遅れて……」
ベル君が言うには、背中に裂傷、左腕の肉を大きく抉られ、なおかつ打撲をいくつか。
裂傷と肉を抉られたのはコボルトによるものだろう。打撲は俺が引き起こした
キューイが居ないとこんなにダメダメなのか……。
まぁ、当然か。
いままでずっとレーダー見て戦ってたのに、唐突にレーダーをOFFにして戦えばこうなるのも予測できたはずだ。まぁ、出来ていた筈なのにできなかった阿呆が此処に居るんですがね。
治療費は締めて4,000ヴァリス、今回の収入を上回って二日分の収入を消し飛ばすぐらいの金額だった。だが、ガネーシャ・ファミリアの団員が見舞いに来てくれてなおかつ治療費は全てガネーシャ・ファミリアが負担してくれた。
ともかく、申し訳なさそうにしてるベル君だが、悪いのは完全に俺だろう。
……ベルの足を引っ張りまくってて本当に申し訳ない。
溜息を零しつつ、皿洗いに従事する俺を見て、同じく皿洗いに従事するリューさんが口を開いた。
「大丈夫ですか?」
「……えぇ、まぁ」
曖昧な返事で誤魔化しつつ、洗った皿をどんどんリューさんの方へ渡していく。手早く水気を切って並べていく様子を横目に目の前の大量の汚れた皿を洗って……洗って……。
何をしているのかって? 豊穣の女主人、ミアさんの所でバイト中。あの後ダンジョンにもう一度なんていけるはずもなく、かといって何もせずに居るのはダメだなと思ってベル君と別れて行動。
なんせベル君は成長期、直ぐにダンジョンに行きたいと言う気持ちが溢れそうになっていたのに、俺が負傷した所為で半日無駄にしていたのだ。本当に申し訳ない思いで一杯だよ……。
ともかく、俺がもう一度ダンジョンにと言うのは無理なのでベル君一人で行かせてあげた。強くなりたいって思ってるのに邪魔しちゃ悪いしね……ベル君一人の方が大丈夫だろ。俺なんて完全に足手纏いだし。
んで、やる事失って何するかなと一度本拠に帰るか、ガネーシャ・ファミリアの所にキューイを見に行くか悩みながら歩いてたら買い物帰りのシル&リューと出会って、そのまま流れでミアさんの所でコキ使われる事に。
むしろ心情的に沈んでる時にコキ使われる事で意識を逸らせるので良い感じだなと思いつつ皿洗いを熱望して皿洗いに従事させて貰っている訳だ。
「……何かあったのですか? クラネル氏と喧嘩でしょうか?」
「いいえ、違いますよ……
嘘を言っても仕方が無いので目の前の皿と格闘しつつ、リューさんに合った事をぽつぽつと垂れ流していく。正直、誰かに聞いてほしかったってのはあったんだが、ミアさんは大分忙しそうだし。ちょうど一緒に肩を並べて皿洗いしてくれるリューさんが聞いてくれたのでこれ幸いにと言った感じである。
ほぼ愚痴の様なもんを聞かせるのもどうかと思ったが、一度開いた口は歯止めがきかずにここ最近思った事を並べ立てていく。
俺はベルと違って魔法もスキルも充実していた事。
でも出だしに色々あってベルに差を着けられてしまった事。
その上で焦りから魔法の使いすぎで
今回引き起こした
垂れ流す様に口から零れる情報に、リューさんはうんうんと一つ一つ丁重に頷いて聞いてくれる。物静かな人なのだろう、むしろそれが有難かった。
「……ノースリス氏、先に謝罪しておきます。聞く気が無かったとは言え魔法の情報を聞いてしまった事は申し訳ない」
うん? あぁ、魔法って普通、人に話さないんだっけか。忘れてたわ。
「いいえ、此方こそすいません。勝手に話しただけなのでお気になさらず」
「それではこちらも気にしません」
あぁ、礼儀正しい人であっても同時に図太い人なのかな? まぁ、悪い人じゃないから良いんだろうけど。
「では、私からの私見ですが」
うん?
「貴女は冒険者に向いていない」
……うん、すごいド直球だね。でもその通りだと自分でも薄らと思ってるから何とも言えない。
「魔法も、スキルも、とても素晴らしい物を持っているのでしょう。ですが今の貴女では宝の持ち腐れだ」
その通りである。この魔法もスキルも、もっと別の人が扱えばもっと凄い冒険者になれるだろう。
「けれども、それは誰でも同じです」
うん?
「初めは誰しも同じなんですよ、貴女は運が良い……貴女自身が冒険者を続けたいと言うのなら、努力する事です」
……励まされてる?
「ところで、差出がましい様ですが……貴女は魔法剣士を目指しているのでしょうか?」
魔法剣士? ゲームでよくある
「いいえ、違いますね……そこまで器用にはなれそうにないですし」
近接戦に恐怖心を抱いてしまっている現状、そもそも近接戦は危ういだろう。それにマジックシールドの特性上、近接戦で攻撃を回避できない。ノーガードで殴り合ってる状態なのだ。しかもマジックシールドが砕けるともれなく
「そうですか、では魔法使いを?」
「そうなりますね」
皿を差し出した姿勢のままリューさんを窺う。顎に手を当てて考え事をしているみたいだ。
「……そうですね、もし良ければ魔法の指導をしてもいい」
「はい?」
え? リューさんって魔法の指導できるの? ……エルフだし出来るのが普通なんかね?
「無論、時間がある時に……少しずつと言う形にはなると思いますが」
皿を受け取って、手早く水気をふき取ってからリューさんは此方を見据えた。
「どうしますか?」
どうするってそりゃぁ……望むべくもない。指導して貰えるなら靴だって舐めるさ。
ごめん嘘、流石に靴舐めるのはちょっと……。