魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
ガネーシャ・ファミリアの
多分、行かなかったと思うんだ。
むしろ、そっちの方が良かったかもしれない。
美の女神ってのは本当に恐ろしい。
神々すら魅了する美しさ、そんなもんを目にしたらどうなるか。
どうなると思う?
俺は、何も覚えちゃいない。
そう、覚えていないんだ。
何を言われたのかも、何があったのかも。
一つ言えるのは、美の女神はとても恐ろしいって事だけだ。
ひらひらでも無ければ、可愛らしいと言う訳でも無い。どちらかと言えば調教師として意識された厚手のキルト地のシャツとズボンに、プラスアルファで革製のベスト、それから左腕に取り付けられたギプス……ギプスと言うか、
重量はそう無く、と言うかめっちゃ軽い。でも凄く硬質。
なんでかっていうと、手にキューイを留まらせると言った芸当をする際に手を傷付けない為だそうだ。鷹匠の身に着けている物がどういう物かは知らないが、キューイは腐っても竜種。竜種の爪の鋭さはかなりのモノなので一応と言う形で受け取る事に。なんとこのお祭りが終わった後は俺にくれるらしい。
まぁともかく。割とごつい装備なのはキューイの爪が存外鋭かったかららしい。どこがどう鋭いのか俺には理解できんが……今まで散々噛みつかれたりはしたが、爪で引っ掛かれた事はなかったな。
そんな事を思っている間に着付けが完了、次はメイクを……と言われたが丁重にお断りさせてもらった。
流石にメイクまではちょっと……。仮面つけるからと言えば納得して貰えた。
衣装が割と普通だったので良かったと思いつつもキューイと対面。
「よう、来たのか。似合ってるな、その衣装」
ハシャーナさんもしっかりと着こなしたガネーシャ・ファミリアの制服が似合ってる。まさに渋い男と言った感じだ。仮面を外せば相当モテそうな気はするんだがなぁ。
そんなハシャーナさんの腕につかまったキューイを見て思わず吃驚した。
なんかキューイがピッカピカに光ってる。と言うか誰だコイツ?
「キュイッ!」
自信満々に広げられたその皮膜の翼、鱗の一枚一枚まで丁重に磨き上げられ美しい光沢を放ち、角もしっかり磨かれている。爪は潰すのではなく鋭く研ぎ澄ませてあるがその爪でハシャーナさんを傷付けない様に意識しているらしい。
誇らしげに翼を広げこちらにアピールする姿は、小さくとも力強さを感じさせるワイバーンである。
本当に誰だコイツ? キューイか?
「ほら、受け取れ」
そう言ってハシャーナさんがぱっとキューイを此方に放ってくる。慌てて左手を前に突き出せば、キューイは慣れたように俺の左手につけた手甲の上に降り立った。
……意外と片手で持つと重いかと思ってたがそうでもないな。割と軽いわ。
「そいつ、頭が良くて助かったぞ。言う事もちゃんと聞いてくれるし」
ハシャーナさんがベタ褒めしてるよ。何があったんだ?
「キュイキュイ、キュイ、キュイキュイ。キュイキュイキュイ」
ふむふむ? なるほど。
鱗磨きから爪、牙の手入れ。美味しい食事に柔らかな寝床。いたせりつくせりで過ごしていたと……。
あのさぁ、俺ダンジョンで死にかけたんだけど? なんでお前そんなに良い思いしてんだよ……、いや、自業自得だけどさぁ。
「んじゃ、俺は別の用事があるから行くぞ。じゃあな嬢ちゃん」
ニヒルな笑みを浮かべて去って行くハシャーナさん。一応手を振って見送ってからキューイを見据える。
何このキューイ、ニューキューイにでもなったのか? 超綺麗になった鱗は本当に美しい。なんつーかかっこよさまで備わって最強に見える。
「キュイッ」
誇らしげに胸を張ってドヤ顔をするキューイ。今までなら小馬鹿にしていたんだが今は違う。なんつーかマジで気品がある。なんだこれ、お前マジでキューイか?
「ノースリス氏、準備は出来ましたか?」
ガネーシャ・ファミリアの団員さんが声をかけてきた。あぁ、もう直ぐ表に出ろってか。
衣装チェックも終え、男女二人の団員に挟まれつつ
「キューイ、どうです?」
「キュイッ!」
誰にも負けないっ! って……お前は何と戦ってるんだ。まぁ、確かに負けそうには見えないけど。
「おぉ」「あれが噂のワイバーンか」「あの子どっかで見たぞ」「子供がワイバーンを
ざわざわと周囲に人が集まって遠巻きに眺めてきている。
現在位置は
なんか有名人になった気分だよ。
「あれが
…………えぇ、なんか二つ名っぽい名前が呟かれてんだけど。それ、誰の事かなぁ。
「
……なんか、ガネーシャ・ファミリアの見回りが神聖な雰囲気を持った怪しい奴を追いかけて行った。うん、俺は何も見なかったし何も知らな――お? あれはベル君じゃないか。
ヘスティア様と腕を組んでデートとしゃれ込んだベル君を見つけた。なにあれ羨ましい。近くに――あ、ダメだわ。今の俺はガネーシャ・ファミリアの団員として振る舞わなきゃなんだ。
あ、ヘスティア様がこっちに気付いた。手を振ってくれてる。でも近づいてこないな……ちょっと寂しいがヘスティア様も今回の話は聞いてるだろうし仕方ないか……。
手を振り返しとこ。二人の手にあるのはクレープかぁ……後で俺も買おうかなぁ。
「キュイ」
うん? お腹減った? まぁ、二人がクレープ持ってるのに気付いての発言なんだろ。とは言えキューイ連れて買い物は難しいだろうしなぁ。
「どうした?」
ガネーシャ・ファミリアの男性団員のほうに声かけられた。この男の人、レベル2で実力もあって有能な人らしいんだよな。凄く気を使ってくれる人だ。女性の方もかなり気を使ってくれている。
この二人はキューイの監視兼俺の護衛らしい。居なかったらこの人混みにもまれてた可能性あるし超助かってる。
「キューイが空腹を訴えてますね」
「ふむ? そうか。一端戻るか」
「そうね、貴女も疲れたでしょ?」
まぁ、そうだなぁ。途中、キューイにちょっと飛ぶ様に指示したり、キューイとじゃれあってたりしただけとはいえ、人の視線を集め続けてたからか確かに疲れた。まぁ、このまま続けろって言われても演技ぐらいはできるが。甘えておくか。
「はい、そうですね。少し休憩したいです」
「じゃあ一端戻るか」
「はい、ちょっと通してねー」
二人が先導して人混みを退けてくれる。むしろそうじゃなきゃ囲まれた状態で身動きがとれなくなっていただろう。ガネーシャ様の先見が凄まじい。あの神様、本拠の形さえまともなら絶対オラリオで二番目に素晴らしい神様だろ。あ? 一番は誰かって? ヘスティア様だろ。
「疲れたわね」
「そうだな……ん?」
「キュイキュイ」
「うん?」
女性が近くの棚に護身用の剣を鞘ごと置いて奥に向かおうとして、男性団員が何かに気付いた様に足を止めた。後序にキューイが『ヤバイ、逃げよう』とか言い出した。なんだよ逃げるって。
「待て」
「どうしたの?」
男性団員の制止の声に女性団員が反応して、雰囲気が変わった。女性団員が無言で棚に置いた剣を拾い上げ、鞘から抜き放って握り締める。男性団員も剣を抜いてる。
なんだ?
「ノースリス、少し待て」
「どうしました?」
何が起きてる?
「……調べてくる」
そう言うと男性団員が奥に走って行ってしまった。なんだ?
「ガネーシャ様に報告を……うん? 扉が開かないっ!」
「え?」
「キュイキュイッ!!」
逃げて、超逃げてだと、なんだ? と言うか扉が開かない? さっきまで普通に開いてたよな。
女性団員が扉を蹴破ろうとするがびくともしない。モンスターを逃がさない様に頑丈に作られているのが仇になったのか。
「別の所から行きましょう。付いてきて」
俺を庇うように前に出て歩きはじめる女性団員……なんだ、何が起きてる?
遠くから、モンスターの咆哮が聞こえてきて、二人して足を止める。おい、ここに居るモンスターって未調教のばっかだろ? つか……おかしい。
ここで
そんな疑問は直ぐに解消した。女性団員が何かに気付いて近くの物陰に駆けて行ったのだ。
「大丈夫っ!? しっかりしてっ!! 何があったのっ!?」
女性団員が駆け込んだ物陰、そこには何人かのガネーシャ・ファミリアの団員が折り重なって倒れていた。
うっそだろ。ガネーシャ・ファミリアの団員って全員かなり有能だぞ。全員倒されてるって……キューイの言ってた逃げろってまさか……。
折り重なるガネーシャ・ファミリアの団員を見て血の気が引いたが、不思議な事に血の臭いは一切しない。と言うか血が一滴も流れていない。
女性団員が一人の団員の仮面をはぐと、その下には幸せそうに涎を垂らして惚けた姿をした団員の姿があった。
もう言葉にするならほげぇとか言い出しそうなぐらいの幸せそうな表情である。なんだこれ。
「……原因不明、魅了かしら……直ぐにガネーシャ様に知らせないとっ!」
立ち上がった女性団員は俺の手を掴んで走り出した。
「こっちよ!」
走る、走る……扉の一つに辿り着く。
「なんで開かないのよっ!!」
がしゃがしゃとドアノブを掴んで引っ張ったり押したりしているが、ビクともしないらしい。レベル2の彼女が力づくで開けれないなら俺じゃどうしようもない。
「よし、別の道を――「あら? まだ残っていたの?」――誰っ!!」
耳がとろけそうになる様な美しい声だ――一瞬、惚けそうになってから、急に後ろから聞こえた声に思わず振り向けば、フードを被った怪しい人物が其処に居た。
なんだコイツ、誰だ?
「ここはガネーシャ・ファミリアとその関係者以外立ち入り禁止よ、貴女は誰? 用件を述べなさい」
剣を向けて威嚇する彼女、ついでに俺を庇う様に前に出てくれている。こんな状況でも俺に気を使うとか凄いな。俺はなんかあのフードの人物に武器を向ける気になれないのに。怪しいのだ、こんな状況、こんな場所で、あからさまに顔を隠している人物。
怪しさに吐き気すら催すはずなのに、俺はどうにも彼女を疑えない。何せ――――あんなに美しい声をしているのだから。
「武器を下してくれないかしら?」
ほら、彼女だって言ってる。武器を下した方が良いんじゃないだろうか? こんなに美しい声をしているんだ。多少の怪しさは見逃してあげるべ――痛い。
「キュイッ!!」
キューイに思いっきり噛みつかれた。右手を見ると血が滴ってる。何をする。そう言いかけてやめる。
ついさっきまで俺はなんと考えた? 彼女を怪しむべきじゃない? 何を馬鹿な。
「『ピストル・マジック』ッ」
詠唱を唱えて発砲準備だけしておく。こんな怪しい奴なのに武器も向けずにボーっとしてるとかあり得んだろ。さっきまでの俺は何を考えて――――
「武器を、下してくれないかしら」
そう言いながら、彼女はフードを少しだけあげた。目が見えた、美しい彼女の目が――――
とても美しい彼女に武器を向けるなんて、とんでもない。
武器を下ろす。キューイが喚き散らして噛みついてくる。そんな事も気にならない。綺麗だ、美しい、そんな陳腐な言葉じゃ言い表せない美貌を持つ彼女。
名も知らぬ美しきお方。
そのお方の前、女性団員がふと倒れた。美しさに中てられたのかなんなのか。
もうどうでも良い。その美しさをもっと見たい。
足が前に出る。キューイが喚き散らす。うるさい。キューイをそこらに投げておく。
「あら?」
綺麗だ、とても……とても――――
「貴女は……」
その瞳が俺を見ている。そう――――その美しい瞳が俺の姿を映している。
体が震えた、頬が赤く染まる。嬉しい、彼女のその瞳に俺の姿が映ってる。そう、彼女が俺を見ている。
それだけで歓喜に震え、俺はゆっくり跪いた。
「……そう、彼の傍に居た」
体が震える、心が震える。美しき彼女が、俺の事を知っていた。なんと誇らしい事か、思わず涙が零れた。余りの歓喜に俺は涙を流した。
「…………」
見ている。彼女が、美しい貴女が俺を見ている。嬉しい、嬉し過ぎて――
「オッタル」
彼女が誰かの名を呼んだ。悲しい、俺以外の誰かの名を呼んでいるその姿に、目の前に居る俺では無く、
「
――――始末とはなんだ?
硝子の砕ける音、衝撃、意識がぶっ飛ぶ。
一体、何が起きた?
一部、文字化けと言うか特殊タグの使い方を間違えていて誤字の様な状態になってましたが、修正しました。
酒飲みながら投稿するもんじゃないなって改めて実感しました。
すいませんでした。