魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
女神フレイヤは目の前から消えた幼い容姿の少女の代わりに現れたオッタルの背中を見て、吐息を零した。
「珍しいわね、貴方が仕留め損ねるなんて」
「運が良いのね」
素直に褒めた。彼女は彼――ベル・クラネルの周囲に居る中でも最悪の存在だったのだ。
汚れきった魂、在り方その物すら歪んだその醜い魂は、雑多に溢れる有り触れた魂の中でもフレイヤに不快感を抱かせるのに十分なほどだった。
己の為に他の誰かを食い物にしてきた、そんな魂。
好き好んで視界に入れたい物ではない。だが彼を見ていれば自然とその周囲をうろついていて非常にうっとおしい。それにせっかく美しい純粋無垢な魂の彼をその在り方で歪めて汚して同類へと落とし込んでしまう可能性もある。だからこその排除。
オッタルに頼めば速やかに片付く。そんな認識だったのだが、運良く生き残った様子だ。
生き残った要因を分析するなら、まずはスキルだろう。何らかの防御スキル、其れの影響でオッタルの拳の威力を弱めた。ただそれだけでは無い。
オッタルはオラリオ最強の称号を持つレベル7の冒険者だ、その一撃は駆け出しであれば挽肉に成る様な威力のはずである。例え防御スキルが発動しようと焼け石に水のはずなのだ。
ではなぜ彼女は死ななかったのか? それはオッタルのフレイヤに対する気遣いに寄るものだろう。
女神フレイヤをそんな不快な空間に居させてはいけないと。
結果として、オッタルはミリアの肉体を破損させずに衝撃で殺す程度の威力に納めた。その上で彼女の防御スキルによって軽減が重なり、運良く生き残ったのだろう。
「……オッタル、やめましょう」
不快感が重なって、思わず始末する様に命じたがここでミリアを殺すのは面倒事に繋がる。ガネーシャ・ファミリアの評判なんぞ知った事ではないが、ガネーシャ・ファミリアの客人である彼女を殺せばガネーシャが黙っていないだろう。黙らせる事は出来てもヘスティアが騒ぎ立てるだろうし。
それに、運良く生き残れたのだから、少しは慈悲を与えても良いかもしれない。
フレイヤはゆっくりと、壊れた檻に近づいていく。ミリア・ノースリスの壊れた様な呼吸音が響く其処に、意識を失い、投げ出された手足。そして破損した檻の一部が体に突き刺さっているのが見えて思わず目を細めた。
オッタルの一撃から運よく生き残った事に変わりは無くとも、このままでは死ぬだろう。
「……まぁ、知った事では無いわね」
このままミリアが死のうが、運が悪かっただけだろう。それに彼女は散々他の者を食い物にしてきたのだ、ここで死んでも別に問題は無いだろう。
だが生き残って彼の傍に留まられても困る。
少し考えてからフレイヤはゆっくりとミリアに顔を近づける。か細い乱れた呼吸を繰り返すミリアに対し、フレイヤはゆっくり、優しく声をかけた。
「彼の傍を離れなさい」
「彼の傍を離れなさい」
彼とは誰だ?
「ベル・クラネル。貴女の様な薄汚れた魂が傍に居て良い存在じゃないの」
……確かに、その通りかもしれない。俺みたいな薄汚れたゴミみたいな存在が、傍に居るべきじゃない。
「だから、彼の傍を離れなさい。運良く生き残れたのだから……命は惜しいでしょう?」
確かに、命は惜しい。死にたくない。だからベルの傍を離れるべきだろう。そう、素敵な女神様に素敵な少年の素晴らしい二人組。汚物の様な奴が傍に居るのが相応しくない二人。
俺は直ぐにそばを離れて……。
「キュイキュイッ!!」
……あぁ、そうか。そうだよな。キューイの言う通りだ。まだ
「ゴブッ……出来ない」
薄目を開ける。揺らぐ視界の中、不愉快そうに眉を顰める美しいお方が居る。
直ぐに彼女に従うべきだ。こんな美しい女神が不快そうに眉を顰めているのだ、直ぐにしたがって彼女に不快感を与えないのが俺にできる最上級だろう?
その通りだ、その通りだと思う。でもダメなんだ。もう惹かれた。彼らに、女神と少年。あの二人の傍に居たいと思ってしまった。俺なんかを拾い上げてくれた、家族だと言ってくれた彼らに、礼がしたいと思ってしまった。
「出来ません、二人の傍を離れるなんて」
何とか見据える。美しい彼女の目を、不愉快そうに歪むその表情を……俺は此処で殺されるのだろうか?
それは――困る。
まだ、まだ全然、ベルに、ヘスティア様にお礼が出来ていない。せいぜいが少し稼ぎが増えたとか、部屋の掃除をしただとか、ダンジョン探索の補佐――補佐じゃないな、足を引っ張る事しかできてない。
「でも、貴女は彼の邪魔しかできていないでしょう?」
その通りだ、邪魔しかできていない。昨日も、その前も――ミノタウロスの時だって、助けた積りになって、結局ベルは襲われた。
お礼をしたい。彼に、彼らに、俺は何かを残したい。
「そんなのあの子に必要ないわ」
そうかもしれない。俺のやる事なんて、余計なお世話だろう。きっと俺が居なくとも二人はやっていける。そんな気がする。でも――嫌なんだ。
「嫌だ……二人から……離れたくない」
「……自分勝手ね」
あぁ、俺は自分勝手な事を言ってる。あの二人に俺は必要ない。でも……
――――ねぇ、ミリア君……君は、僕の
そうだ、俺は……ヘスティア様の
礼がしたい。恩返しがしたい。上手くいかなくて、悩んだりしている。けど、誰だって慣れない事をすれば失敗の一つや二つするだろう。
ベルも、同じ
あの日、あの時、あの場所で、偶然出会った少年。彼が手を引いてくれなければ、俺はきっと……死んでいた。
命を救われた。そう言い換えても良い。いや、命なんてもんでは足りない、全てだ。
全てを救われた。命も、心も――だから、恩返しがしたい。
「…………そう」
目の前の女神様の表情が見えづらくなる。視界がぼやける。隅っこでキューイが大柄な大男に掴まれて暴れているのが見える。何か喚いている様子だが、何と言っているのか。
「そう、そうなの……ごめんなさいね……貴女を勘違いしていたわ」
謝罪の言葉、何故謝るのか? わからない。美しく微笑んだ彼女が、俺の頬に手を当てた。
「よく聞いてちょうだい」
なんですか美しい女神様。
――――貴女を生かしてあげる――――
ありがとうございます。うつくしいめがみさま。
――――彼の力になりなさい――――
おおせのままに。
――――ここで遭った事は忘れなさい――――
はい。
――――でも、これは忘れないで――――
………………。
――――彼を試すわ。もし彼が死にそうになったら――――
「……………………っ!」
声が聞こえた。誰の声だ?
「……イキュイッ!」
大声で呼びかける誰かの声、誰だろう?
「キュイキュイッ!」
目を覚まして、早く。キューイが叫んでる。
薄目を開けると、高めの天井が目に入ってきた。木製の梁に石を組み合わせた石材の天井。
ヘスティア・ファミリアの本拠じゃないな? どこだここ。
キューイが大丈夫かって聞いてくるが、何が? 何の話だ? 身を起こそうとして、思わず顔を歪めた。
なんだ、体中べったべたで気持ち悪い。と言うかなんだこの臭い――凄く血生臭い。
「キュイキュイッ!」
早く、急いでと喚き立てるキューイを無視して、自分の恰好を見て思わず変な声が飛び出た。
「いひゃぁっ!?」
なんだコレ、いやマジでなんだこれ。なんか体中血塗れなんですが。しかもどうなってる。檻がぶっ壊れてるし血が飛び散ってる。何があった?
「キュイ! キュイキュイッ!」
ファルァウニャ? ってのに魅了されてたとかどうとか。オェスッテル? に殺されかけたって何だよ……。
――――あの子を追いなさい――――
……あの子って誰だ? と言うかキューイは何でへしゃげた檻に入ってんの? いや待て、最後の記憶だ、何処から途切れてるのか確認しなくては。
まず――そう、最後だ、途中休憩の為に
あれ? 入口に警備してる団員居たよな? なんでいなかった?
そっからの記憶がぶっ飛んでる。
「今の時刻は? 何が起きてるんです?」
「キュイキュイッ! キュイッ!」
ファルァウニヤが檻の枷を外して、外にモンスターが逃げた……逃げたっ!? ヤバイだろそれっ!!
慌てて立ち上がる。ヤバイって、
――――あの子を追いなさい――――
……行かなきゃ。
「キュイッ」
っ!? 今、一瞬だけ意識が誘導されかけた。
キューイの呼び掛けで気付けたが、それがなかったらどうなってた? って、そんなこと考える前にキューイをへしゃげた檻から出さなくては。
固すぎんだろこれ、壊すか? ってか、なんか檻が何個か壊れてんじゃん……何があったんだ?
ファルァウニヤって奴の仕業か?