魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

38 / 218
第三十七話

 眩しい太陽、乱雑に後からどんどん追加されていった建物の所為で、まるで迷宮の様に入り組んだダイダロス通り。

 

 ――そう、あの時も確か、こんな風によく晴れた日の事だった。

 

 後ろから神様とミリアの声が聞こえる。鉄製の扉を壊そうと叩いているミリア、必死に声を荒げて僕を止めようとしてくれる神様。

 

 ――山でモンスターにやられ、呆気無くお爺ちゃんは死んだ。

 

 一歩踏み出す。より大きく扉を叩く音が聞こえ、神様は悲鳴の様な声で僕を止めようとする。

 

 ――探しにもいけない深い谷に落ちていったらしい。

 

 二歩目が止まりそうになる。けれども、僕は行かなくてはいけない。

 

 ――決めたよお爺ちゃん。僕、冒険者になる。

 

 行くんだ。僕は行かなきゃ。怖くても、震えてでも、神様の為に、ミリアの為に……。

 

 ――だけど、こんな弱そうな僕を冒険者として受け入れてくれるファミリアは見つからなかった。

 

『失せろ小僧、お前の食い扶持はねえ』

『掃除係なら雇ってやっても良いぜ』

『持参金でも持ってきな』

 

 何処に行っても、どのファミリアを訪ねても、拒絶され、否定され……僕は諦めかけていた。

 

『やぁ少年、ファミリアを探しているのかい?』

 

 神様が、其処に居た。

 

 冒険者になった。けれども、失敗して、笑われて、悔しくて……僕は折れかけていた。

 やけくそ気味に、ダンジョンに潜って……死にかけた。彼女が居なければ、僕はあそこで死んでいただろう。

 

『まぁ、悔しかったのは解りますが……無茶し過ぎですよ。帰りましょう』

 

 差し出された手を、僕は掴まなかった。悔しくて、惨めで、我儘にもその手を掴めなかった。

 

『わかった。じゃあ朝まで頑張りましょうか』

 

 それでも、彼女は僕の力になってくれた。

 

 僕の家族(ファミリア)

 

 守りたい、守らなきゃ。知らない所で、何もできなくて、失ってしまうのは……もう嫌なんだ。

 

 

 

 

 

 走る、走る、走る。

 

 背後にはシルバーバック。本来ならその手足の自由を奪うはずの手枷、足枷、そしてそれに繋がる鎖は今やシルバーバックの扱う武器に成り果てている。

 背後で砕け散る酒樽、芳醇な葡萄酒の香りが一面に飛び散り、砕けた樽の破片がベルの背中に当たる。振るわれた鎖で薙ぎ払われる障害物達。

 その拳が振り下ろされる度に、足を縺れさせそうになる。止まる訳には行かない。少しでも、一分でも、一秒でも長く。シルバーバックを惹きつければ。

 

 きっとミリアが神様を安全な所に連れて行ってくれる。

 

 鎖が、凄まじい風切り音を響かせて背中に迫ってくる。避けられない。目を瞑り、それでも足を動かす。もうダメなのか、そんな考えが脳裏を過ぎるが、踏み出した脚が地面をとらえなかった。

 瞬間、目を見開けば2M程の段差が目に入る。足を止めなかった所為で僕はそのまま段差の下に転げ落ちた。

 

 だが、それが功を奏したのだろう。段差の下に転げ落ちる僕の直ぐ背後で、避けられないと思った鎖が空振りに終わり、勢いそのままにシルバーバックは、段差のすぐ下に転げ落ちたベルの前に、一回転して飛び出して行った。

 

 目の前に倒れたシルバーバックに一瞬惚けてから慌てて立ち上がる。もう少し時間を稼ごうと足を動かそうとして、目の前に鎖が振り下ろされて近くの木箱が砕け散り、飛び散った破片に思わず足を止める。

 鎖の擦れる音、風を切る音。嫌な予感を感じて顔を庇う様に両手を交差させれば、次の瞬間には目の前の石畳を砕くほどの勢いで鎖が振り下された。ただそれだけなのに、吹き飛ばされて背中を強かに打ちつけて咽こんでしまう。

 

 弄ばれている。

 

 直接僕に当てないのは、シルバーバックが鎖を上手く使いこなせていないからではない。全くその逆だ、僕を玩具の様に転がして遊んでいるのだ。

 あの鎖の一撃が僕に直撃すればそのまま僕は死ぬだろう。そうなっては面白くないと僕で遊んでいるのだ。

 

 それでいい。こんな弱っちくて、泣きそうになって、恐怖に足を震わせてしまう僕なんかでよければ、好きなだけ遊べばいい。

 

 僕が弄ばれれば弄ばれるほど、時間は経過していく。その分、神様とミリアは助かるだけの時間を稼げる。

 

 自然と、口元が緩んだ。先程の衝撃で、体が痺れて上手く動けない。

 

「上手く、逃げてくれたかなぁ」

 

 シルバーバックが目の前に迫る。此方を見る目には嘲りと嘲笑が混じり合っている。その目は、その表情は、あのミノタウロスと全く一緒で――怖い。

 体が震えた。覚悟はできていた筈なのに、怖くて、痺れる足で必死に立ち上がる。無様に、情けなくて、けれども、逃げたい。死にたくない。

 ごめんミリア。今度は脅えない。かっこよくミノタウロスを倒してみせるって約束したのに。僕はミノタウロスでもない、ミノタウロスなんかよりはるかに弱いモンスターに脅えてしまっている。

 

「今度は……助けに来てくれないよね……」

 

 自分は、何を期待しているのか。思わず自分を嘲笑する。こんな時にまで、助けを期待するだなんて。目の前に、シルバーバックの牙が並んでいる。獣臭い吐息が顔全体にかかり、息が詰まる。

 

 また、会いたかったけど。むしろこれで良かったな。こんな、情けない姿見られずに済んで良かった。

 

 拳を振り上げ、大きく咆哮を上げるシルバーバック。もうダメだ、一歩も動けない。

 

「ごめん、神様……ミリア……約束……守れませんでした」

 

 覚悟を決めた訳じゃ無い。僕は、ただ諦めてしまったんだ。俯いて、目を瞑って、歯を食いしばって。振り下ろされる拳で命を散らす。僕は此処で終わ――

 

「『ファイア』ッ!」

 

 詠唱の声、聞いた事のある声。一瞬で理解して目を見開いた。

 シルバーバックが悲鳴と怒声を混ぜた様な咆哮を上げる。顔を手で覆い、体をくねらせて、足元の鎖に足をとられて転倒するシルバーバック。

 

「ミリアっ!?」

「ベル君っ! こっちだっ!」

 

 嘘だろう。思わずそう思いながら声が聞こえた方向へと向いた。思い違いだと、僕が恐怖故に見ている幻覚だと、幻聴だと言って欲しかった。

 

 ――そんな、どうして?

 

 ここに居るはずがない。居て良い筈がない。神様が其処に居た。僕の腕を掴んで、走り出す神様。

 

「どうして来ちゃうんですかっ!」

 

 腕を引かれながら、僕は怒鳴る。頭の中がぐちゃぐちゃになって、神様ともう一度会えて嬉しくて、けれどもこんな危険な所に神様が戻ってきた事を信じたくなくて。

 

「ミリア君が時間を稼いでくれるからっ! 今の内にっ!」

 

 神様の言葉が信じられなくて、思わず足を止める。神様がつんのめって、僕の方を向いた。

 

「ベル君、早く行くんだ」

 

 待ってください神様、今、今なんて言ったんですか? ミリアが? ミリアが時間稼ぎを? っ!!

 

 ミリアの魔法の音が聞こえる。そして、徐々に遠ざかって行く。シルバーバックの咆哮も遠ざかっていって、危険が僕と神様から引き剥がされたのに気が付いて、神様の両肩を掴む。

 

「僕が囮になるって言ったのにっ! なんで逃げてくれないんですかっ! ミリアを囮に!? 戻らなきゃっ! 僕がまたアイツを惹きつけますから、神様はミリアと――

「君はしょうがない子だな」

 

 切羽詰まった状況なのに、優しげな声をかけられて、僕は思わず神様を見つめた。

 

 なんでそんな優しそうな表情で僕を見るんですか。今この瞬間にも、ミリアが死んでしまうかもしれないのに。ミリアを失うのはダメだ。神様と逃げて貰わなきゃ、なのに――

 

「僕らが君を置いて逃げ出せる訳無いじゃないか。だって――家族(ファミリア)だぞ?」

 

 っ!

 

「僕達を守りたいだって? なら、その言葉そっくりそのまま君に返してあげるよ」

 

 僕は――僕はっ!

 

「それに、約束してくれただろう?」

 

 ――――っ!? 僕は、約束したはずだ。神様と、ミリアに。置いて行ったりしないって。でも、だからって。

 

「ミリアを囮にするなんてっ!」

「ベル君、君は勘違いをしてるのさ」

 

 勘違い?

 

「ミリア君が稼ぐ時間って言うのは僕らが逃げ出す為のものじゃない。あのモンスターを倒す為のものさ」

 

 倒す? あのモンスターを? 誰が?

 

「ベル君、君があのモンスターを倒すんだ。君のステイタスを更新する。その力をあのモンスターにぶつけてやれ」

 

 僕が? あの、モンスターを? 無理だ。

 

「無理ですよ。少し強くなった所で僕の攻撃はあのモンスターに届かない」

 

 鎖を上手く使いこなして、弄ばれた。何度もギリギリの所を狙われ、即死しない様に玩具の如く扱われたから、解る。理解してしまった。

 僕の攻撃はあのモンスターに届かない。少しステイタスが上がっても、僕はもう体力も残り少ない。攻撃を当てる自信なんて何処にも無い。

 

「それに、ナイフだってこの通り。これじゃ攻撃以前の問題ですよ」

 

 折れたナイフの柄を取り出して神様に示す。

 

「ベル君、ナイフなら問題ないさ。此処にある。君の為に用意した。それに、君は何時からそんなに卑屈になったんだい? 僕は君の事を信じてるぜ」

 

 神様が、僕を?

 

「攻撃が当てれない? ミリア君が居るんだよ? 君一人で戦わせる訳無いだろ。二人で協力して倒すんだ……あぁ、ミリア君から伝言があったんだった。『約束通り、かっこよく決めてください。ミノタウロスの前の予行練習って奴ですよ』だってさ。約束ってなんだい?」

 

 あぁ、あの時の約束。

 

『なら、今度ミノタウロスに襲われたら……その時はかっこよくミノタウロスを倒してくださいね』

 

 僕は――

 

 

 

 

 

 振り下ろされる鎖の一撃。砕け散った石畳が『マジックシールド』をビシビシと叩いて淡い波紋を生み出す。

 

「キュイッ!」

 

 ベルとヘスティア様の離脱を確認後、シルバーバックこと、糞猿さんと楽しい楽しい鬼ごっこの真っ最中。鬼ごっこする者よっといで~。ほら鬼一人に逃げるの一人じゃ割に合わんだろ。誰かほかにも逃げ役で参加してくれ。

 内心で文句垂れつつ周囲に居る浮浪者っぽい人らが逃げる為の時間を稼ぐ。

 

 防具も無いどころか下手するとファルナすら持ってない人らを巻き込む訳にはいかない。いや、こんな所で鬼ごっこしてはしゃいでる時点で十分に巻き込んでるか。本当に申し訳ない。

 

「キュイッ!」

 

 左手に付けた真っ赤な手甲が淡く輝く。どういった効果があるのか知らんがさっきから淡い光が零れ落ち続けてる。別に魔力を消費してる訳じゃ無いが……。キューイの言葉に従って走りながら考えてるが答えが出ない。

 

 右、左、其処の階段上に行って、飛び降りて。割と無茶な要求が多いキューイの道案内だが、なんとそのおかげで逃げ果せてる。と言うかキューイ凄いわコイツ。俺の頭に張り付いてキュイキュイ鳴いてるだけだが、こいつの指示がかなり的確で、シルバーバックの攻撃も見切ってくれるわ、挙句の果てに振るわれた鎖を『ピストル・マジック』で相殺してくれるおかげで致命傷に至る傷どころか、なんとマジックシールドが砕ける攻撃にすら被弾してない。

 

 おまえ、そんだけ優秀ならもっと早くに実力を示してくれよ。

 

「キュイッ!? キュイキュイッ!」

 

 はぁっ!? どっちも行き止まりっ!? 左っ!? 左行けばいいのかっ!?

 

 視界に映っているのは三叉路、正面奥は行き止まりっぽく、左側も行き止まりになってるっぽい? でもキューイが左に行けって騒ぐ。キューイの慌てた様な言葉に咄嗟に左の道に体を投げ込む。瞬間、背後で投げられたワイン樽的な物が砕け散り、辺りに酒の臭いが充満する。安酒か? 香りはさっぱりよくない。

 って、ンな事どうでも良い。目の前に広がるのは山積みの木箱。道を塞ぐように存在するそれ。おいもう少し整理しとけよ、ふざけんな人が死にそうになってるってのに、このダイダロス通り、無差別に色んなところに色んな物放置し過ぎだろ。

 

 乗り越える事は出来なくは無さそうだが、乗り越えようとしてる間にシルバーバックに追いつかれる。冗談じゃないぞ。

 

 と言うかもう追いつかれてる。

 

 後ろを振り返れば目の前に拳が――

 

「キュイキュイッ!!」

 

 え? 左手ガード? 何それ。

 

 多分無意識、驚き過ぎて何したらいいのか解んない俺にキューイが左手を前に突き出して防御しろみたいな命令をしてきたから。命令に無意識に従ったんだと思う。淡い燐光を散らす竜鱗を模した手甲を前に突き出す。

 

 瞬間、先程まで薄青い泡の様なマジックシールドが真っ赤に染まり、其処にシルバーバックの握りこぶしが突き刺さる。

 

 衝撃と共に吹っ飛ばされて木箱群をぶち抜いて遥か彼方後方へと転がって――起き上がって気付いた。あれ、俺無傷じゃね?

 

 完全に無傷と言う訳では無い。全身にちょっとした疼痛がある程度。だが動くのに全く支障が無い程度である。

 

 あんな直撃を喰らったにもかかわらず傷らしい傷も無く。マジックシールドは赤いまま健在で砕けておらず。吹き飛ばされて木箱の山をぶち抜いたのに平然と立ち上がれる。若干、着地の際に体を打ったがそこまで痛くない。何が起きた?

 

「キュイッ!」

 

 うん? 竜鱗の加護? 何其のかっこいい名前。じゃなくて、手甲の効果?

 

「キュイキュイッ!」

 

 走って逃げて、ってああそうか。シルバーバックが崩れてぐちゃぐちゃになった木箱の山を乗り越えようとしているのが見えて慌てて立ち上がって走り出す。

 

 走っているとキューイが頭の上で超得意げに語り出す。曰く『素材』として使われたキューイの鱗やら爪が特殊な効果で俺のマジックシールドを強化してくれたらしい。

 発動にはクールタイムみたいなのがあるが一時的にシールドマジックを超強化して防御力を引き上げ、消費する精神力(マインド)を肩代わりとかどうとか。

 

 気が付けば左手の手甲に纏わりついていた燐光が消え失せ、マジックシールドも普通の薄青い色に戻っている。

 

 なるほど、一時的な防御スキル強化。俺にしか効果が無い特殊な効果の付いた手甲らしい。なんでお前そんな事わかんだよ。

 

「キュイキュイ」

 

 自分が素材だから。なるほど、わけがわからん。自分の体を素材にすると装備の効果がわかるんですかねぇ……。

 

「キュイ? キュイキュイ」

 

 うん? 準備できた? ヘスティア様とベル君の準備がオッケーっぽいね。んじゃさっさと合流しますか。キューイ道案内頼む。

 

「キュイッ!」

 

 さぁて、合流してこの鬼ごっこも終わりですかね。ベルはかっこよく決めてくれるだろうか?




 感想は嬉しいのですが、本作とは無関係な感想はやめてください。間違いの場合は即座に訂正か削除を。

 全裸迷宮ってなんだってなりました。いや、ほんとに全裸迷宮ってなんだ?

 ergの話? フレイヤ様にとろとろにされるミリアちゃん? 申し訳ないがR18は書かない。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。