魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
広さの確保された空間。神様が連れて来てくれたのは僕とミリアが存分に戦える広い場所。
ステイタスの更新を終えて、広場の中央に立つ。
遠くの方から聞こえていたシルバーバックの咆哮が、徐々に近づいてくる。
防具は身に着けていない。今までの攻撃で歪み、金具が壊れていたから身に着けられなくなっていた。
咆哮が聞こえる度に、足が震え、体が震え、恐怖で叫びそうになる。
そんな僕の背中に、神様が優しく額を当てた。
「大丈夫だベル君、もう一度言うよ。僕とミリア君がついてる」
緊張が薄れる。恐怖はまだ残ってる。けれども、震えが止まった。
「僕もミリア君も、君を信じてる。君は――僕達を信じてくれるかい?」
信じる。そう、ミリアがしっかりとシルバーバックを誘導してくれている。だから、信じる。
震えが止まったのを確認した神様が、笑みを浮かべて離れる。神様は近くの物陰から顔を出して笑みを浮かべた。
「ベル君、かっこよく決めてくれよ? 僕が本気で惚れてしまうぐらいにね。それぐらいやれなきゃ【剣姫】を落とすなんて無理だぞ」
「はいっ!」
次の瞬間、ベルの視界の先、隠し扉を蹴破る様にミリアが飛び込んできた。
「ミリアっ!」
「ベルっ!」
叫びながら、ミリアが後ろを振り返って左手を突き出す。左手にはいつの間にか朱色の手甲を装備していて、赤い光が弾けた。次の瞬間、轟音と共にミリアの潜り抜けた仕掛け扉が粉砕され、ミリアの体が飛んできた。
甲高い音と共に僕の直ぐ横を転がっていったミリアを振り返って確認する。
「ミリアっ!?」
「大丈夫よっ! 其れよりベルっ!」
ミリアのマジックシールドは真っ赤に染まっていて、僕の少し後ろで止まって立ち上がったミリアが笑みを浮かべて僕を見据えた。怪我らしい怪我は何処にも無く、不敵な笑みを浮かべたミリアと視線が交差した。
「ビビッて無いわね?」
「……うん」
砕けた仕掛け扉のあった壁を乗り越えて、シルバーバックが広間に入ってくる。
「いけるわね?」
「うん」
後ろにはミリア、その後ろの物影には神様が隠れている。
「隙はどうにかして確保するから、私を信じなさい」
「わかった、ミリアを信じるよ。だから、僕を――
「信じてるわ。貴方なら出来るって」
ミリアの言葉に背中を押され、僕は一歩踏み出した。
目の前に降り立ち、怒りの咆哮を上げるシルバーバック。さっきまであんなに恐ろしいと思った目も表情も、怖くない。
脅えるだけだった僕はもうやめよう。
睨みつける。ただ、睨みつけるだけで良い。それだけで、シルバーバックは怯んだ様に足を止めた。それは直ぐに苛立ちと怒りの咆哮に塗り潰されて消えてしまったけれど、しかし一瞬とは言え相手を怯ませる事が出来た事実は、僕に自信を与えてくれる。
いける。
ベルの右後ろに立つ。ヘスティア様は後ろの流し台の影に隠れているらしい。
合流した直後に吹っ飛ばされて死ぬかと思ったがギリギリで助かった。クールタイムが微妙に長い所為で何度か死にかけたが問題は無い。
怪我も無く合流成功。結果は上々所か最上級。
咆哮を上げたシルバーバックに対し、ベルはふっと笑みを浮かべた。
さっき死を目の前に浮かべた諦めたようなふざけた笑みじゃない。自らを鼓舞する不敵な笑み。
小声でベルが『いける』と呟き、そのまま弾丸の如く走り出す。
距離はかなり離れているが、シルバーバックは腕に取り付けられた拘束具の鎖でベルを打つ積りなのか腕を大きく振り上げて振り抜こうとしている。
あの鎖の威力については語るまでも無い。モンスター拘束用の特殊な合金であり、強度は高い。それが武器として振り回されているのだから恐ろしい話だ。
「『ライフル・マジック』」
余裕を持ってリロードしておいた。残り弾薬は10発と2マガジン。ライフル・マジックの消費弾薬は1/10なので撃てて5発分のみ。そんなに少なくてどうするって? ピストル・マジックだと威力不足過ぎて鎖を壊せない。
ぶっつけ本番で使うのは怖いが、ショットガン・マジックは間違いなく誤射するし。其れを考えたらライフル・マジックしか無い訳で。
「『スナイプ』」
『バレットタイム』というのを聞いた事はあるだろうか? 元々は
簡単に言えば『自分以外の全ての動きがスローモーションになっている中、銃撃する』と言う特殊な技。
何故今こんな説明を? 決まってる。『スナイプ』の詠唱と共に、俺の視界に映る全ての動きがゆっくりになっていってるからだ。
乱雑に干された衣類が微細な空気の振動で震え波打っている姿も、シルバーバックが鼻の孔を大きくして鼻息を荒く腕を振るおうとしている姿も、腕に繋がった拘束具から伸びた鎖が金属音を響かせながら空気を引き裂く姿も。
そして、そんな恐ろしい化物に向かって、一瞬たりとも立ち止まらずに突っ込んでいる
ゆっくりと流れる時の中で、俺は右手をシルバーバックの腕に繋がる鎖に向ける。飛び出た弾丸がどんな軌道を描き飛んでいくのかが脳裏に描かれ、その軌道とシルバーバックの振るう鎖に合わせて引き金を引く。それだけでいい。
あのまま振われればベルを薙ぎ払って吹き飛ばすだろう。だが、そんな事はさせない。
「『ファイアッ』」
外したらどうなる? そんな恐怖に手が震えそうになるが、口元を歪めて吹き飛ばす。俺はベルになんと言った? 『隙はどうにかして確保するから、私を信じなさい』そんな風に宣言したのは俺自身だろ? 恐怖で引き金が引けないなんて事態になるなんてアホ過ぎる。
指先の魔法陣から弾丸が飛び出すと同時に、時の流れが元通りになっていく。ゆっくりと進んでいた弾丸は、俺の認識の中では徐々に速さを増し、次の瞬間には鎖をぶち壊した。もう『スナイプ』の詠唱は使えない。
鎖は擦れる音を立てながら、明後日の方向に飛んでいき、置いてあった木箱の山を粉砕して木くずが飛び散る。ベルはシルバーバックに駆け寄って腕を斬り付けた。
「でぇやぁっ!」
「『リロード』っ!」
残り合計4発。
斬り付けると同時にその横を走り抜けていくベル。そしてそれを追って顔をベルに向けたまま俺に背を向けるシルバーバック。良く見れば腕に取り付けられた拘束具が綺麗にぶった切られて空中をくるくると飛んで行っている。
おいおい、マジかよ。ナイフであの金属ぶった切ったのか。かっこよすぎるだろ。
「ミリアっ!」
「任せなさいっ! 『ファイア』っ!」
ベルが視線をシルバーバックの顔に向けたまま叫んでくる。シルバーバックの側頭部、拘束具を固定している金具とベルト部分に向かって射撃。
当たった弾丸はシルバーバックの側頭部の毛皮を少し抉り飛ばす。頭を弾丸で揺さぶられて一瞬だけ意識が飛んだのかふらつくシルバーバックにベルは一気に駆けこんでいく。
あんな巨大な化け物に、一歩も怯まずに突っ込んで行くのは凄い。俺なら間違いなく怯む。こうやって遠距離攻撃しか出来ない俺と違って、目と鼻の先とも言える距離まで突っ込んでナイフで斬り付けるベルはやっぱすごい。
「だぁっ!」
近づき、瞬時に足を斬り付けて離れようとするベル。だがシルバーバックも馬鹿では無い。右腕の鎖は壊れて使えないと解ると、左手の鎖をベルめがけて振るった。
位置が悪い。ここからじゃあの鎖を狙えない。
ベルの体が鎖に巻き付かれ、そのまま真上に振り抜かれる。そのまま勢いをつけてベルを地面に叩き付ける積りなのだ。させねぇっての。
「ベルッ! 『ファイア』ッ!『リロード』ッ!」
ベルの足を引っ掛けた鎖をライフル・マジックでぶち壊す。ベルはそのまま真上に投げ出されてしまう。あのままだとまずいっ!
空中に投げ出されたベルは、ダイダロス通りのそこらにあるのと同じ洗濯物を乾かすのに使っているらしい、今も洗濯物が無造作に干されたロープを掴み、まるでスリングショットによって打ち出される玉の如くロープを軋ませて今にも打ち出されそうになっている。
シルバーバックはベルに釘付けになっており、両手を上にあげベルが下りてくるのを今か今かと待ちかまえている。馬鹿猿め、よそ見とは良い度胸じゃねぇか。目の前に
「『ファイア』ッ!」
スリングショットに打ち出された玉の様に、想像以上の速度で急降下攻撃を繰り出すベル。受け止めようとしたシルバーバックは肩に弾丸を撃ち込まれてバランスを崩した。頭にぶち込む積りだったがそうとう
ベルは丁度シルバーバックの手と手の間をすり抜けてそのままシルバーバックが胴体に身に着けていたプレートアーマーの様になっていた拘束具をぶった切った。
結構な厚みのあるソレを、まるでバターか何かの様に斬り裂いて着地したベル。俺とベルの視線が交差して思わず笑みを浮かべた。ベルも俺の方を見て笑みを浮かべる。
勝てるぞ。
「ベル、次が
「うん、わかった。次で決めよう」
返事と共にベルが駆け出し、次の瞬間にはベルが居た空間にシルバーバックの拳は振り下された。
まだだ、まだ撃つな。
ベルが振るわれる拳を回避する。砕けた石畳の破片が飛び散り、土埃が視界を遮る。
ベルの合図を待て。さっき頭を狙った癖に肩にブチ当てると言う間抜けを晒して冷や汗をかく事になっただろ。焦るな俺。
ベルの姿が土埃の中に見え隠れし、シルバーバックがちらりと此方を見た瞬間にベルはシルバーバックの腕を斬り裂いて視線を自身に向けさせる。
落ち着け。ベルの動きをよく見ろ。何処にぶち込めば効果的だ? 頭? 頭蓋骨をぶち抜ける威力があるなら側頭部を撃った時に倒せてるはずだ。だが怯ませる事はできる。しかし当てるのは難しい。
ベルが相手の腕の下をすり抜けて此方に戻ってくる。
シルバーバックを見上げれば、側頭部には毛皮を抉る傷、肩には銃創、腕には幾筋もの切り傷。満身創痍だ。
対するベルは鎧を身に纏っておらず、顔は腫れぼっていて、肩で息をしている。
俺も
笑えるぐらい強いモンスターだ。だが――ミノタウロスはこんなもんじゃないんだろ?
なんたってこいつは『上層』のモンスターだ。ミノタウロスは『中層』のモンスター。
それにベルが目指しているのは第一級冒険者の【剣姫】だ。ミノタウロスですら霞んでしまうぐらいの頂に位置する冒険者を目指してる。
なら、こんな霞む所か消えてなくなっちまうぐらいのモンスターに苦戦してる場合じゃねぇ。
「ミリア、任せたよ」
「ベル、任されたわ」
なんとなくのやり取り。後ろのヘスティア様も拳を振り上げて叫ぶ。
「君達ならいけるよっ!」
ヘスティア様の声援に押され、ベルが一気に駆けだしていく、俺は意識を集中して右手を前に突き出す。
拳を振り上げたシルバーバック。おいおい、頭は悪く無い様だが、学習能力がちょいと足りなかったみたいだな。振り上げた左腕、その肘の部分に弾丸をプレゼントだ。素敵な美少女からの贈り物、喜んで受け取れよ糞猿。冥土の土産って奴だ。
「『ファイア』ッ!」
放たれた弾丸が、振り下されるべく筋肉を隆起させた左腕の弱い部分、関節に突き刺さり動きを阻害する。腕が急に動かなくなった事で驚いたのか、それとも痛みで意識が逸れたのかシルバーバックの動きが完全に止まる。
あんな拳を振り上げた化物に、恐れる事無く一直線に突っ込んだベル。一気に助走をつけ、ナイフを両手で握り締めて突っ込んでいく。
その後ろ姿に向かって、俺とヘスティア様は叫んだ。
「「いっけえぇぇぇぇぇえっ!!」」
「うぉおおおおおっ!!」
ベルのナイフがシルバーバックの胸を穿つ。ベルはそのまま身を捻ってシルバーバックの胸に横一閃の傷を刻み込んで飛び退った。
目を見開き、動きを止めたシルバーバック。
ナイフを片手にそのシルバーバックを睨むベル。
そして、音を立ててシルバーバックが倒れ伏し、土埃が舞い上がった。
土埃がはれていくさ中、シルバーバックの姿が灰になって消え、魔石の転がる音が響いた。
「や……「やったぁぁぁぁっ!」
ベルの言葉を遮る様に、ヘスティア様が両手を振り上げて歓喜の声を上げる。俺も声を上げようと思ったが疲れ果ててて無理だ。マジ疲れたよ……。
おぉう、ダイダロス通りの住人達も隠れていたのかそこらから出てきて拍手喝采って奴だ。驚いた表情のまま呆然と立つベル君。ほら、英雄っぽくナイフを振り上げてキメポーズでも……まぁ、ベルらしくて良いか。
「ミリア君、ほら行くよ」
隠れていた場所から飛び出してきたヘスティア様が俺の腕を掴んでベルの方へ引き摺って行く。
「やったよベル君っ! おぉっ」
「っ!」
腕を掴んでいたヘスティア様が躓いてベルの胸に飛び込む。後序に腕を掴まれていた俺もベルの方へ投げ出された。
「おぉ、大丈夫?」
「えぇ、なんとか。ベルの方は?」
「うん、ありがと」
にへらと笑うベル君。なんか英雄とは違う感じだな。
「やったよベル君、ミリア君! 君達なら出来るって信じてたよっ!」
嬉しそうにぴょんぴょんしてるヘスティア様。まさか本当に出来るとは……いや、まぁ殆どベルの活躍な訳だけど。あんなおっそろしいモンスターに突っ込んでいく勇気は俺には無いわ。やっぱベルはすげぇな。
「二人とも……よく……頑張って……」
ふと、二人揃って間抜け面でヘスティア様を眺める。
地面に倒れて動かなくなったヘスティア様を。
あはは……ついさっきまで元気だったよね? なんで倒れてんの……ねぇ、ちょっと、これハッピーエンドって奴じゃねぇの? 最期の最後でなんでたおれて――
「キュイキュイ」
……え? 寝てるだけ? 寝不足っぽいから寝かせてあげようって?
「神様っ! しっかりしてください神様っ!」
「あー……ベル」
「ミリアっ! 神様がっ!」
涙を流すベル君。うぅん、俺もキューイに教えて貰わなかったらこうなってたしなぁ。
「ベル、落ち着いて」
「でもっ! 神様がっ!」
「寝てるだけみたいよ」
「え?」
ぽかーんと、鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔のベル君。誰だってそうなるだろう。俺だってそうなる。
全てが上手くいったと思った矢先の悲劇が、まさか喜劇であろうとは。
「神様……?」
ベル君が優しくヘスティア様の髪を撫でれば、ヘスティア様の口元が緩む。凄く嬉しそうだな。
「そっか……今日は色々あったから」
漸く納得したのかヘスティア様と同じ様に口元をゆるませるベル君。あぁ、そうだ、これだけは伝えておかないとな。
「ベル」
「何?」
「今日の貴方、とってもかっこよかったわ」
世辞でもなんでもない。例え援護射撃して貰えると解っても、俺はあのシルバーバックに突撃する勇気はない。其れに対してベルは俺を信じて足を止める事無く突撃をかました。これを格好良いと言わずして何を格好良いと言えばいいんだよ。
「うん、ありがと。ミリアのおかげだよ」
その笑顔は反則じゃね?