魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第四十四話

 隙が無い。彼の持つナイフを盗む隙も、彼女の持つ剣を盗む隙も、どちらも全くない。

 

 彼女、ミリアはずっとベルの様子を見ている。その視線がベルから外れる事は殆どなく、その所為で彼のナイフに手を伸ばす事も出来ない。

 そしてミリアは剣を手放さない。右手に持ち、魔法を発動させたままずっと居る。試しに二重詠唱は難易度が高いし使い続けるのは疲れるのではと指摘したが、慣れているから平気だと返された。

 

 どうやっても隙が無い。さっと盗むつもりがこのままでは盗めない。

 

 どうすれば良いのか必死に頭を回すが良案は浮かばず。背中に背負うバックパックの中の魔石やドロップ品がどんどん増えていく。今まで共にしたどのパーティよりも早く、重くなっていくバックパック。

 

 どうすれば良い。

 

「よっと。今ので最後かな?」

「ですね。おつかれ、ベル」

「うん、ミリアは大丈夫? そろそろきつくない?」

 

 ベルがミリアを気遣うのを横目に足元に転がった魔石を拾い集めていく。ベルとミリアのコンビは凄くいい動きをする。ベルが敵の大群相手に、ミリアの援護を受けながら一方的に敵を殲滅する姿は他のパーティでは見られない程素晴らしい連携だった。

 だが連携力が高すぎて盗む機会が微塵も無いのは困る。

 

「そうね、そろそろ精神力回復特効薬(マジック・ポーション)飲むわ……」

 

 ミリアが剣を鞘に納めたのを見て思わず視線を向けてしまう。今はダメだ、彼女の剣を盗れば勘付かれるしまだ剣を使うだろうから今は盗めない。

 

 ミリアが腰のポーションポーチから取り出した真っ赤な液薬に思わず視線を奪われた。

 

 なんだあれは?

 

 今まで回復薬(ポーション)を含め様々な液薬を見て来たし、サポーターとしてそういった道具類の知識はしっかり溜め込んできた自身ですら知らない真っ赤な液薬に思わず視線を奪われた。

 

「あ、これじゃ無かった、こっちか……」

 

 ミリアはそう言うと精神力回復特効薬(マジックポーション)を取り出して一気に飲み干した。その様子を見ていたベルが不思議そうに首を傾げる。

 

「ミリア、その赤いポーションって何?」

「え? これ……これはー……」

 

 言いよどむミリアの様子を見て自身も出来る限り無邪気に見える様に笑みを浮かべて口を開いた。

 

「リリも気になります。今までサポーターとして数多くの道具を取り扱ってきましたが、そんな真っ赤な液薬見た事ありません。何処で購入した物なんですか?」

「えーっと」

 

 困った様に帽子のつばで顔を隠してぼそぼそと呟く様に喋りはじめる。

 

「えっと、これは一時的にステイタスの力を増幅させる薬で……試作品なんだけど」

 

 ミリアの台詞に言葉を失った。力を増幅させる? そんな効果の液薬なんて聞いた事が無い。偽物でも掴まされたのだろう。

 

「ミリア様、お言葉ですが偽物を掴まされているかもしれません。オラリオにはそういったステイタスに干渉する液薬なんかは一つもありませんから」

 

 そんな液薬があったとしたら、一体どれほどの値段が付くと言うのか。少なくとも十万ヴァリスはくだらないだろう。

 

「そうなの?」

「はい、そんな便利な薬があるなら誰しも欲しがりますよ」

「そうなんだ……でもちょっと興味あるかも。ミリア、僕が使っても良い?」

「え?」

 

 困惑した様に視線を泳がせて、考え込んでからミリアは呟く。

 

「試作品だから効果は安定してないし、副作用は無いはずって話だけどもしもがあるから危ないんだけど」

「でも力が上がるなら飲んでみたいかも……ミリアが近接戦挑む訳にもいかないし、僕が飲んだ方が危なくないよね」

「それは……確かに」

「それに危なくなったらミリアが助けてくれるし」

「……まぁ、それは、そうですね……」

 

 迷う様に何度か視線をベルと真っ赤な液薬とで交互に見てから、ミリアは溜息を一つ零して真っ赤な液薬をベルに差し出した。

 

「どうぞ、二本ありますけど今回は一本だけですよ。副作用は無いって話ですけど、絶対では無いので違和感を感じたら直ぐに地上に戻る、それでいい?」

「わかった。リリもそれで良い?」

「はい、お二人がそれでいいならリリは構いませんよ」

 

 どうせ、リリに選択権なんてある訳無いのだから。

 

 ベルは受け取った真っ赤な液薬を眺めてからコルク栓を抜いて一気に飲み干した。よくもまあ出所不明の液薬を口にできる物だ。もしかしたら危ない物が入っているかもしれないのに。

 

「どうです?」

「何か変わりましたかベル様」

「……どうだろう? あんまり実感は……んん?」

 

 ベルがびくりと体を震わせる。やはり適当な薬だったのだろう。

 

「ベル?」

「いや、なんか……強くなった気がするかも」

「……異常は?」

「別に何もないよ。それよりもモンスター居ないかな」

 

 うずうずとモンスターを求めるベルの表情は特に違和感を感じるものではない。

 

「……そっちの方にモンスターが、でも数が多いですよ」

「今なら大丈夫な気がする」

「え、まぁ……援護はしますけど、気を付けてね?」

 

 ベルが一歩足を踏み出し、モンスターの方へ歩いていくのを見て慌てて残りの魔石をバックに放り込んで後に続く。

 

 

 

 

 

 其処に居たモンスターの数はキラーアントが八匹、普通の冒険者なら逃げる数だが、彼は大きく息をすってそのまま突っ込んで行ってしまった。あの液薬にそんな凄い効果があるとは思えないが。

 

 期待はせずに援護しようと動き出したミリアの後に続いて動く。例え効果が無くともミリアの援護があればあの数はどうとでもなるだろう。

 

 そんな予測は一瞬で粉砕された。

 

 彼、ベル・クラネルの放ったナイフの一撃でキラーアントの甲殻が()()()

 

「え?」

 

 ミリアの惚けた様な声が聞こえるがリリも同様に驚いていた。それはベルも同じだったのだろう。

 ベルの動きがおかしい。先程までの動きよりも一段、リリが過去に見て来た第三級(レベル2)冒険者の様な動きでキラーアントの頭を消し飛ばしたのだから。

 

 爆ぜた頭と甲殻が飛び散り、キラーアントが動きを止め、ベルもまた動きを止めている。

 

 先程までならその固い甲殻をものともせずにナイフの切れ味で切断するのが限界だった彼の力が、アホみたいに上がっている。ベルがもう一匹に近づいて右手を突き出せば、その腕はそのままキラーアントの甲殻を穿ち固い筈のキラーアントの甲殻をベルの腕がまるで綿に手を突っ込むかのように貫通したのだから。

 

「凄いッ!」

「えぇ……そんなに上がるのかぁ」

 

 言葉を失うリリの前で、ミリアの援護も無くベルが一人でキラーアントを血祭りに上げていく。腕を振るえば嘘みたいに甲殻が砕け、蹴りでキラーアントが数十Mは吹き飛ぶ。

 この光景を見た事がある。第三級(レベル2)冒険者が遊び半分でキラーアントを狩る時の光景がまさにこんな感じだったと思う。

 

 瞬く間に、ベルがキラーアント八匹を仕留め、興奮した様に此方に戻ってくる。

 

「凄いよミリア、なんか力が凄く上がってるんだっ!」

「まぁ、時間制限あるんで気を付けてくださいね」

 

 困った様な、困惑した様なミリアの声を聞きながら、ミリアの腰のポーションポーチを見据える。其処にはもう一本同じ真っ赤な液薬が入っている。

 

 信じられない話だが、あの真っ赤な液薬は器の昇格(ランクアップ)した冒険者と同じぐらいに力を引き上げる効果を持つ液薬なのだろう。てっきり騙されて偽物を掴まされていたのかと思っていたがそうでは無い。

 それ所か、ソレ一つでかなりの金額になる事は間違いない。それ所かそれを使えばリリだって……。

 

「ねぇミリア、もう一本貰っていい?」

「ダメ」

「えぇ……」

「ベル、エクセリア貰える条件ってわかってる?」

「……自身の限界を超えるぐらい頑張って漸く上がるって」

「薬を使って楽にあげるって方法じゃ上がらないでしょ」

「あー……そっか」

「それに憧れのあの人に薬を使って追いつくなんて恥ずかしいでしょ」

「たしかに……」

 

 二人が話し合っている。ベルが頬を掻きながら視線を逸らしていて。ミリアはベルをじっと見上げている。今なら……

 

 

 

 

 

 件のサポーターの少女は報酬を受け取るでもなくぱっと居なくなった。最初の一回目はお試しなので無料で、もし今回のリリの仕事が良かったのであれば声をおかけくださいと言って去って行った。

 ベルのナイフは無事だし。何故か注目されてた俺の剣も無事。一体何が狙いだったんだが……とりあえず彼女の所属ファミリアであるソーマ・ファミリアについて聞き込みすべくエイナさんの所へやって来た。

 

「うーん……ソーマ・ファミリアのサポーターかぁ」

「何かあるんですか?」

 

 分かった情報はガネーシャ・ファミリアに教えて貰った情報と変わりない感じか。

 

「それより、二人から見てどうだったの? リリルカさんって人は」

「はい、とってもいい子でした」

 

 えぇっと、ベル君には()()()に見えたのね。凄く臭い子だったと思うんだけど。どう答えるかなぁ。

 

「おかげで今日はこんなに」

「ミリアちゃんは?」

 

 うぅん……。

 

「そうですね。少しきな臭い感じはしましたけど、どっちかはわかんないんですよね」

「どっちか?」

「根っからの悪人なのか、悪人に成らざるをえなかったのか」

「……?」

 

 まぁ、ベルはわからんわな。それよりも今回何も盗まれて……うん?

 

「ミリア、どうしたの?」

 

 腰のポーチ、空き瓶が二本に中身入りが二本しかない。五本持って行ったはずなんだが。…………あ、ドラゴニックポーションが一本なくなってる。どっかに落っことした……訳無いな。盗まれたか。

 

「いえ、あの赤い液薬を落としたみたいで」

 

 あいつに盗まれたとかわざわざ言う必要は無いか。試作品だし盗まれても困る事無いだろ。素材もキューイからいくらでもとれるし。

 

「赤い液薬? 何の薬?」

「ステイタスの力を一時的にあげてくれる薬なんですよ。ランクアップしたみたいに一気に強くなれる薬でっ!」

「ベル、ストップ」

「何ミリア?」

 

 興奮してるのはわかるが情報を零し過ぎ。まだ試作品だし売りに出せるもんじゃないから、あんまり知られるべきじゃないんだぞ。

 

「……そんな薬、聞いた事ないけど……何処のファミリア製? 怪しい薬じゃないのよね?」

「何処のファミリア製なのかは言えないです。まだ試作段階なので」

「そっか……落としちゃったの?」

 

 十中八九、盗まれたんだろうなぁ。何時盗まれたのか……ベルと話し合ってたタイミングか。そこ以外浮かばん。剣とベルのナイフには注意払ってたけど液薬までは頭に無かったわ。出し抜かれたけど……まぁいいか。

 

「……その薬、入れ物とかにエンブレム刻まれて無かったよね?」

「え?」

 

 エンブレム?

 

「ほら、回復薬とかって製造元のファミリアのエンブレムが刻まれてる事があるから、もし知らない人が拾って広まったりしたら困るんじゃないかなって。それに試薬って事は他のファミリアに持ち込まれて調べられたら色々困るでしょ? 大丈夫?」

 

 ……えぇ?

 

「ミリアちゃん?」

 

 えっと、手持ちの精神力回復特効薬(マジック・ポーション)の瓶にはー……ワァオ、ミアハ・ファミリアのエンブレムだぁ……。他のファミリアに持ち込まれたら……ディアンケヒト・ファミリアとかに持ち込まれたらちょっと考えたくない事態になるかもしれないね。

 

 不味くね?

 

「ちょっと探してきます」

「えっと……僕も探すの手伝うよ」

 

 やっちまったかもしれん……。

 

 

 

 

 

 二人と別れてから自身の姿を金髪の有り触れたパルゥムの少年の姿に変えてこっそりと行動を開始した。

 

「『貴方の刻印(きず)は私のもの。私の刻印(きず)は私のもの』」

 

 裏路地を歩きながら真っ赤な液薬を光に透かして見る。この液薬を使えば自身も力を得られるのだろう。そうすればあのソーマ・ファミリアの団長を下して堂々とファミリアを抜けられるかもしれない。

 

 ……いや、リリでは無理だ。力を得ても勝利する姿が微塵も想像出来ない。

 

 やはり売りに出す。裏路地にある『ノーム』の万屋の入口に立ち、悩みを断ち切って店の中に入る。

 

 鑑定師としての目を持って真っ赤な液薬を鑑定するノームをじっと見つめる。これでタダの赤い液体だったなんて事になれば面倒だ。目の前で彼がこの液薬を飲んで凄まじいパワーアップを見せつけたのだからそれはないはずだが。

 

「竜系の素材を使った液薬だ。効果は不安定そうだが素材に相応の値段がかかっとる。力の増幅と言う珍しい効果も目を引くだろうなぁ……そうじゃな。十五万ヴァリスだな」

 

 目の前のノームの手の中にある真っ赤な液薬。力を増幅させる薬に提示された値段にガッツポーズを決めて即決で頷く。

 

「じゃあ十五万ヴァリスでお願いします」

 

 思った通りだ。相当に高価な素材を使っていたらしい。それも竜系の素材をふんだんに使ったその液薬。効果も竜系の素材を使われているのなら確かだろうとの事。

 十五万ヴァリスと言えばそう簡単に集められる金額ではない。目標金額にぐっと近づいたのを感じつつ、ベルとミリアの二人を脳裏に思い浮かべた。

 

 どうせ盗まれた事に気付いていないだろう。ベルはお人好しで警戒心は無さそうであったし、ミリアの方はベルにずっと視線を向けて恋にでも落ちているかのような様子で周囲に気を配る事なんて無さそうであったし。

 

 明日また二人と合流して……今度は長期的にベルのナイフとミリアの剣を狙う。もっと二人に近づいて……可能なら竜鱗の朱手甲も一緒に盗もう。

 

 そうすれば目標金額なんてあっという間だ。

 

 

 

 

 

 盗まれた事をあんま気にしてなかったけど、もしかしたらヤバイかもしれんと気付いて慌ててキューイに奴を探させてる。ベルの方はダンジョンからギルドまでの道中を探してもらって、俺は裏路地をー……まぁ、直ぐに見つかるはずなんだが。

 

「ミリアさんじゃないですか。どうしたんですかこんな所で? ベルさんは一緒じゃないんですか?」

「ミリアさん? お急ぎの様子ですがどうかしましたか?」

 

 おぉう。裏路地を走っていたらシルさんとリューさんに出会った。買い物かな。林檎が溢れてる袋を持ってるし。キューイは大人しくしてろ、後で別で買ってやるから。

 

「えぇっとですね……ちょっと落し物をしてしまって」

「落し物ですか?」

「何を落としたんですか?」

 

 この二人もお人好しよなぁ。急いで帰らないとミアさんにどやされるだろうに。まぁいいか、一応特徴だけ説明しとくか。

 

「えっと、真っ赤な液薬なんですけど」

「……試験管に入った真っ赤な液薬ですか? サイズはこのぐらいの」

 

 リューさんが手で示すサイズは丁度探している物と同じぐらいである。何で知ってんの?

 

「先程、パルゥムの方がそんな液薬を手に眺めながら歩いていましたので……ミリアさんの物だったんですか?」

「え? 何処で見たんですか?」

「先程、そこの曲がり角で……大事な物だったんですか?」

 

 あー、事情を説明。うぅん……まぁいいか。

 

「ちょっと詳しくは言えないんですけど、試作品の薬で……力を増幅させる物なんですよ」

「……なるほど、他のファミリアに知られると困ると」

 

 察しが良すぎて助かる。他のファミリアに持ち込まれて解析なんてされてみろ、どっから竜系素材が? そういえばドラゴンテイマーがどうのこうのでガネーシャ様に迷惑かかる。ヤバイ早く捕まえないと。

 

「事情は理解しました、ミリアさんは此処で待っていてください……」

「あ、リューちょっと待って……行っちゃった」

 

 はえぇなおい。紙袋を手渡して直ぐに走って行ってしまった。あの人いい人やなぁ。

 

「もう、勘違いだったらどうする積りなんだろ……リューってやり過ぎちゃう事多いし」

 

 ……不穏な台詞がシルさんの口から聞こえてるけど無視だな。ってキューイやめろこの林檎はお前のもんじゃねぇ。

 


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