魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第四十五話

 十五万ヴァリスの詰まった袋を持ちながら思わず口元が緩む。こんなに稼ぐのは初めての事だった。新米冒険者は騙しやすいのだが、盗める武具は安価で苦労に見合わない事が多い。新米冒険者の安物武具なんて千ヴァリスで売れれば御の字なのだから。

 慣れた冒険者はそこそこの武具を身に着けているが、盗むのに一苦労する事が多い。しかしその武具の金額もせいぜいが数千から数万ヴァリスが限度。

 それを考えれば今回の収入は非常に嬉しい物なのだ。

 

 緩む口元を必死に締めながら歩く。早く拠点の倉庫にこれを入れてこないといけない。ここでソーマ・ファミリアの団員に見つかっていちゃもんをつけられて奪われるのは勘弁して欲しい。

 今は変身して姿を偽っているとは言えこの変身もあまり長時間行う事は出来ないし。

 

「そこの貴方、少々お聞きしたい事があります。立ち止まってください」

 

 背後から聞こえた女性の声に足を止める。誰だ? 貴方、と言うのはこの裏路地をこっそり抜けようとしているリリを差す言葉だろう。リリ以外に人影は無いのだから。

 今はパルゥムの男性の姿だ。大丈夫、普通に応対すれば問題は無い。

 

「はい、何か用でしょうか?」

 

 そう言いつつ振り向けば、其処に居たのはエルフの女性。それも何処かの店の制服らしい物を着ている。一体誰なのだろう? ソーマ・ファミリアの団員では無いのは確定だが、声を掛けられる理由が思い当たらない。

 

「いえ、少しお聞きしたい事がありまして」

 

 思わず顔が引きつりそうになるがなんとか堪えて微笑みを浮かべる。そう言えば盗んだ後に液薬を眺めながら歩いているさ中、あの女性ともう一人同じ服装の女性とすれ違った気がする。あの時は声を掛けるでもなく普通にすれ違ったのだが、何故今になって声をかけてきたのか。

 

「貴方が持っていたモノ、あれは何処で手に入れた物ですか」

 

 目つきが鋭く、威圧感を感じさせる彼女を流し見てから微笑みを浮かべつつ誤魔化す。何処かの店員なのになぜそんな事を気にするのかさっぱりわからないが、最悪この場から逃げれば良い。

 

「申し訳ないのですが、お答えできません」

 

 適当に誤魔化してさっさとこの場を後にしよう。

 

「私の知り合いの冒険者の方が、貴方が持っていたモノとよく似た物を紛失したと言っていました。もしやと思い声をかけたのです。確認をさせていただけますか?」

 

 ミリアの知り合いだったのか。面倒な事になった。どう答えるべきか。

 

「それはできません。あの赤い液薬は試薬で見知らぬ他人に見せる事なんてできませんから」

 

 きっぱりと言い捨てれば件のエルフの女性は眉を顰め、口を開いた。

 

「そうですか……一つ質問よろしいですか?」

「はい、どうぞ」

 

 これで問答もお終いだ。早くこの場を去ろう。

 

「何故、赤い液薬の事だと思ったのですか?」

 

 ……っ! 鎌をかけられた。彼女の目を見ればほぼ確信した様に此方を睨んでいる。

 

「答えられませんか?」

 

 目つきの鋭い彼女を見て笑顔を浮かべておく。どうするかなんてもう決まっている。

 

 適当に走って逃げて撒いてしまおう。

 

 途中で変身を解きつつ人混みに紛れれば簡単に逃げられるし、この裏路地なんて何度逃走に使ったのか覚えてないぐらいなのだ。そこらのただの店員程度につかまる程じゃない。

 

 瞬時に反転して走り出す。

 

「っ! 待てっ!」

 

 反応の遅れた彼女をそのまま撒いて――背中に衝撃が走った。肩に何かが当たり、手に持っていた袋が零れ落ちる。

 

「あ――――っ!?」

 

 足を止めかけ、後ろを見て思わず悲鳴を飲み込んだ。

 

 後ろから追いかけてくる彼女から感じる威圧感はただの店員だとは思えない程で――それこそ冒険者の中でも一握りしか居ない様な上位冒険者の様な威圧感を感じさせる。

 

 捕まればただでは済まない。ヴァリスは惜しいが何より命の方が惜しいもの。泣く泣く大金を諦め、ヴァリスの袋を蹴っ飛ばす。中身が飛び散り、彼女の視線を遮る。一気に走り出して直ぐ角を曲がった。フードを深々と被り変身魔法の解呪式を唱える。

 

「『響く十二時のお告げ』」

 

 これで万が一捕まっても大丈夫だ。とは言えこのままだと怪しまれるので人混みの中へを混じる為に急いで大通りへと出よう。

 

 もう直ぐ大通り、後ろからはまだ彼女は来ていない。よし、このまま――

 

「うわっ」

「っ!」

 

 大通りへと飛び出した瞬間、横合いから飛び出て来た人影に体当たりをする形で倒れ込んでしまう。倒れた拍子に打ちつけた肘の痛みを堪えつつ立ち上がりながら声を掛けようとして、先んじて相手に声をかけられて思わず固まってしまった。

 

「ごめん、君、大丈夫?」

 

 この声は――不味い。 ベル・クラネルだ。

 

 今は変身魔法を解いて本来の姿に戻ってしまっている。今この姿を見られれば怪しまれる。運の良い事にフードは目深に被っているので誰か判別されていないが。このまま起き上がって走り去ろうとするが、其れより早くエルフの女性が追いついてきた。

 

「クラネルさん! 彼を取り押さえてくださいっ!」

「え? リューさん……えっと、わかりました」

 

 肩を掴まれ動きを制限される。不味い――不味い、不味い、不味い。このまま捕まったら明日からベルのナイフなんかを狙いにくくなる。

 声を押し殺しながらも魔力暴発(イグニスファトゥス)を引き起こさないように意識を集中して犬人の姿に変身する。

 

「追い詰めましたよ。話を聞かせてもらいます」

「えっと、リューさん。どういう事なんでしょうか……」

「話は後で、まず彼に聞く事がありますから」

「『貴方の刻印は私のもの、私の刻印は私のもの』」

 

 おねがい、気付かないで。

 

 

 

 

 

 リューさんの後を追いかけたら、なんかヴァリスが裏路地に散らばっていた。何を言っているのかわからないと思うが、俺も何がなんだかさっぱりだ。

 

「なんでしょうこれ」

「……とりあえず集めます? 落し物ですし」

 

 シルさんの言葉を聞いてヴァリスを集め始める。散らばったと言ってもそこまで派手に散らばってる訳では無く、放射状に散らばっている辺りなんか落としてぶちまけたと言うよりは、落ちてた袋を蹴っ飛ばして中身をぶちまけた感じだったな。

 

 大急ぎで集め、リューさんの後を追う。どっちに行ったのかわからなかったんだが、シルさんがこっちですと自信満々に進むので其方に進めば大通りで小柄な外套姿の人物の肩を掴んで抑えるベルと、仁王立ちして睨むリューさんの姿があった。

 

「リューっ!」

「シルですか。ミリアさんも……彼を捕まえました。十中八九、彼が赤い液薬を盗んだ犯人でしょう。問いただそうとした所、逃走を図ろうとしましたから」

 

 あぁ、うん。疑わしきは罰せよだっけ? 違うわ。怪しかったから問い詰めようとしたら逃げたかぁ。でもリリルカは女だから()ってのはおかしいよな?

 と言うかベルが捕まえてる理由は何だ? ベルの方は大通りで落ちてないか調べる様にお願いしたんだが。

 

「ベルは?」

「えっと、僕は……なんかこの子が急に飛び出して、リューさんが捕まえてって……何がなんだかさっぱりなんだけど」

 

 なんというか。縁があるねぇ。んで目の前の彼、俯いてフードを目深に被ったまま微動だにしないんだけど。と言うか彼?

 

「では、もう一度聞きます。赤い液薬について答えてください」

「……知りません」

 

 うん? この声、リリルカだよな? でもリューさんが()って……?

 

「……?」

「リューさん、彼……?」

「えっと何処かで聞いた声の様な?」

 

 リューさんの発言の違和感に気付いたのかシルさんが首を傾げ、俺も疑問を呈しておく。ベルがリリルカの声に気付いて首を傾げている。

 

「なっ……」

 

 驚きの表情を浮かべたリューさんが、フードを取り払う。

 

 ベルに両肩を掴まれ、逃走出来ない様にされた少女、リリルカ・アーデが脅えた表情で顔を上げた。涙目のまま震える彼女が口を開いた。

 

「何がなんだかわからないのですが。リリはこれからどうされるのでしょうか……」

「リリ? えっと、ごめん」

 

 ベルが驚いて手を離す。

 

「別人……まさかっ!」

 

 リューさんが裏路地を睨んで舌打ちをした。怖ぇ。

 

「……すいません、どうやら人違いだった様子です」

「そうなの?」

「はい、先程逃げられたのは金髪碧眼のパルゥムの男性でした。彼女ではありません」

 

 ふぅん? どういうこっちゃねん。 まあ予測を立てるとするならー……そうだな。変身してたとか? 現物見ていないからなんとも言えないが。

 

「くっ、すいませんミリアさん。有力な情報を持った相手をみすみす逃がしてしまうとは……」

「あの、リリはどうすれば……」

「……こちらの思い違いで迷惑をおかけしました。本当に申し訳ない」

 

 頭を深々と下げるリューさん。なんつーか……いや。なんとも言えんか。

 

「それよりもリュー、このヴァリスが散らばってたんだけどどうしたの? かなりの金額だけど」

 

 締めて約十五万ヴァリス程か。少し足りない気もするが全部を拾い集めるの出来なかったしな。

 

 

 

 

 

 リューさん曰く、彼が落とした物らしい。大方、近場で換金した後の金だろうとの事。落し物としてギルドに出すよりは俺が貰うべきとかどうとか。

 何より困ったのは赤い液薬が行方知れずになった事。まぁ、リリルカ辺りを問いただせばボロが出そうなんだが、そそくさと逃げて行ってしまったのでそれもできず。それにあの場でリリルカを締め上げる理由も無かったからな。何とも言えん。

 

 リューさんには頭を下げられるし、ベルも困った顔をしてた。

 

 落とした液薬については諦める他ないと言う事でベルには帰って貰った。気にしていた様子だが俺の不注意が原因だし、お金だけは入ってきたので……。

 

 近場で赤い液薬の情報を集めるのはどうかって話もあるだろう。ただ、盗品を取り扱ってる店ってのは基本的にそういった売り手の情報を渡しはしないだろう。そもそもの話、そんな盗品を取り扱う店なんて常連か紹介でしか入れないだろうから調べようが無い。

 

「と言う訳で、赤い液薬は諦める事になりました」

「……ねぇミリア。それについてはまぁしょうがないと思うけど、不注意過ぎる」

 

 目の前のカウンターで目の下に隈を作ってうとうとしていたナァーザさんに頭を下げて謝る。

 

 ちなみに悪い事ばかりでは無く、良い話も少しだけある。少しだけだけど。

 

 まず、今回盗まれた赤い液薬がディアンケヒト・ファミリアに渡る事はありえない事。と言うか力が増幅する薬ですよ~なんて言っても紛い物と思われるのがオチで、ディアンケヒト・ファミリアはまず取り合わないだろうとの事。万が一調べるとなった場合は困るだろうが、それこそ有名ファミリアがどうしてもと頭を下げこんでこない限りそんな出所不明の怪しい薬なんて調べる事をしないと断言した。ナァーザさんが。

 それにもし調べられても神ディアンケヒトはよもやミアハ・ファミリアで開発されたモノだとは思わない。と言うか認めないと言う。なんかミアハ様を見下してるから云々。

 プライドが邪魔してミアハ・ファミリアが開発したってのを認めないのでバレないだろうとの事。

 

 瓶については正式な製品じゃないから、エンブレム入りの瓶には入れてないらしい。なんつーか助かったよマジで。

 

 まぁ、俺の不注意については怒られた訳だが。

 

「それで、このお金はどうすればいいの?」

「あぁ、それなんですが。効果を安定化するのに資金が足りないって言ってたじゃないですか?」

「……まぁ、そうだけど。まさか?」

 

 件のお金は結局俺の手の中に。どうすりゃいいのかわからんしリューさんも堂々と貴女が貰えば良いって言ってたから持ってきちゃった。てへぺろ。

 まぁ、裏路地で大金を持ってる奴なんて大抵碌な奴じゃないから気にするなって言ってたしね。なんかリューさんが怖い表情してたわ。なんかそういった人種に恨みでもありそうな感じ。踏み込む真似はしないけど、リューさんって過去になんかやらかしてそうで怖いわ。良い人なんだけど、良い人過ぎていき過ぎそうっていうか。

 

「そのまさか、開発資金に使ってください」

「……落し物なんだよね?」

「はい」

 

 ナァーザさんの此方を見る目が若干痛い。痛いけど、これで効果を安定させればもっと使い道も増えるだろうし、特にリジェネの方はもっと効果時間をがっつり伸ばしてほしい。

 

「……はぁ、わかった。受け取る……けど、先に言っておくけど、上手く行くかはわからないわ」

「それについては重々承知してますよ」

 

 むしろ、お金渡して「頼むわ」だけで上手く行ったら怖いわ。

 

「わかった」

「あぁ、後これ、ベルが一本飲んだので使用感なんかをまとめた物です」

 

 ベル君が件の力増幅の薬を飲んだ時の使用感なんかをメモした紙を渡す。まじまじと紙を眺めるナァーザさんの顔を見詰めるが、なんつーか目の下の隈が酷い。ぶっ倒れやしないだろうか?

 

「……ランクアップ並の力の発揮……時間はー……30分? 本当に?」

 

 首を傾げつつ疑問を呈してきたので素直に答える。嘘吐く理由は何処にもないのでね。

 

「…………ミリア、この薬について少し説明するんだけど、効力と効果時間は反比例してるの」

「はい? えっと、つまり力の上昇量が高い場合は効果時間が短く、効果時間が長い場合は力の増幅が弱くなると?」

「そんな感じになるはずなんだけど……おかしいわね。ベルに異常はあった?」

「いえ、特には……若干、好戦的になってたような気はしますけど……」

 

 モンスターを自ら求めて捜し歩くぐらいしてたんだけど、あれは力が増幅したのが楽しくてそうなったのか、薬の効果なのかわからんしなぁ。

 

「とりあえずもっと渡しておくから、良ければ使用感を教えて。後、少し追加で素材が欲しいんだけど」

「あ、はい。キューイ」

「キュイ?」

「えっと、何の素材が必要で? 鱗とか?」

 

 台の上にキューイを乗っける。何々と首を傾げる仕草は愛らしいんだが。なんかなぁ。

 

「あったあった。はい林檎」

「キュイッ!」

「鱗を少しお願い」

「キュイキュイ!!」

 

 差し出された林檎、三つも貰ってらぁ。

 

 並べられた三つの林檎にやる気を出したキューイは首をひねって背中の鱗の部分を牙でがりがりーっと削り始める。正気を疑う光景だがキューイは自身の背中の鱗を毟り取ってナァーザさんの用意した入れ物の中に入れていく。

 血が滲む痛ましい光景なんだが、キューイは林檎が貰えると分かると自分で自分の鱗を剥いだり爪を引っこ抜いたりするんよなぁ……見てるだけで痛い。

 

「これぐらいでいいよ……」

 

 ナァーザさんもドン引きじゃん。差し出された林檎に齧りつくキューイから視線を外してナァーザさんと真正面から視線が交差する。

 

「……ねぇ、キューイってさ。林檎の為になんでもしそうなんだけど」

「するんじゃないですかね?」

「…………危なくない?」

 

 林檎の為に自分の爪や鱗を毟るとか。人間からしたら狂気的なんだろうが……。

 

 キューイの方に視線をやれば、先程毟って血が滲んでいた背中の鱗部分は元通りになっていた。治癒能力高すぎじゃない? 数十秒で血が滲む様な怪我……怪我? が消えてなくなってんぞ。

 

 


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