魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第四十八話

 リリルカの反応を見て対応を決める。そう決めた次の日、リリは前と変わらぬ様子で現れた。

 怪我なんかをしていた様子は微塵も無く、それ所か何らかのトラブルに巻き込まれたと言った様子を全て演技の下に隠していた。

 二日前に死にかけた事なんて無かったように振る舞う彼女を見て、俺はその事に触れない様にすることに決めた。今はまだ早い。彼女はやはり無理をしている。

 あのままだと、いずれどこかで道を踏み外す。そうなるまえに手を打たないと。

 

 

 

 

 

 ダンジョン七階層、冒険者になって一ヶ月程度の新米冒険者が潜るのは厳しい所か不可能なはずのこの階層までベル・クラネルとミリア・ノースリスは足を運んでいた。

 二人の戦闘を見る度に思い知らされる実力差。自分だったら生き残るので精一杯なのに、彼らは襲い来るモンスターを普通に討伐できている。

 嫉妬心を抱きかけるが、報酬金を分け隔てなく手渡してくれた彼の顔と、命を救ってくれた彼女の事が脳裏を過ぎる。

 

 いや、今はそんな事を考えている場合ではない。

 

 目の前に広がるのは大量のモンスター。十匹以上の群れとなったキラーアントが壁や天井にもびっしり張り付いて此方に迫ってきている。

 ベルは既に五匹のキラーアントと戦闘しており、ミリアが援護射撃をしようとしていたが追加でやってくる方の対処で手一杯。

 一人でなんとか持ちこたえるベルと、群れの足止めを行うミリア。二人でなく、ただの駆け出しであれば間違いなくここで全滅していただろう。

 そんな危険な状態に身を置きつつ、ベルの様子を窺えば残り二匹にまで数を減らす事に成功していた。

 

 強くて、優しくて、思いやりにあふれた、そんな冒険者(ベル・クラネル)。まるで幻想(まぼろし)みたいな人物だ。そんな感想が出てきそうになった。

 

 次の瞬間、自身の足元を白い何かが駆けていく。それがニードルラビットだと気が付いた時にはすでに彼のすぐ傍まで突撃を許してしまっていた。

 いつもならミリアが対処するはずのそれに、ミリアが対処しきれていない。

 

「ベル様っ! 足元っ!」

「ぐぁっ!?」

 

 彼がニードルラビットの一撃を膝当てで受け、姿勢を崩して倒れ込む。其処にキラーアントが覆いかぶさって――早くミリア様の援護が無くては。

 

「ミリア様、ベル様がっ!」

「っ!」

 

 ミリアの方を向けばマジックシールドと呼ばれる彼女のスキルによってキラーアント二匹が足止めされている様子がソコに在った。モンスターと遠距離戦しかしていない影響か、彼女はあの距離まで近づかれると魔法が使えなくなる事がある。つまり今の彼女ではベルの援護は出来ない。

 普段なら彼が直ぐに援護に入るが今はキラーアントに伸し掛かられてしまっている。

 

 ベルを斬り裂こうと振り下される爪に対し、ベルがナイフでなんとか受け止めている。だがこのままではまずい。二匹目のキラーアントがベルを攻撃すべく近づいている。

 

 このままだと二人が危ない――――

 

「だめぇっ!」

 

 ――――気が付けばリリの手には魔剣が握られていて、振るわれた魔剣から放たれた炎が彼に覆いかぶさっていたキラーアントを焼き、動きを止めさせていた。

 

 すぐさまベルが反撃し、虫の息だったキラーアントに止めを刺しニードルラビットを片付けて彼女の方へ走り寄る。

 

「ミリアっ!」

「っ! ベルっ!」

 

 彼女のマジックシールドを執拗に攻撃していたキラーアントも彼の手で瞬く間に片付けられ、荒い息を吐く彼女と、安堵の吐息をこぼした彼の姿があった。

 

「お二人とも無事ですか」

「リリ、ありがと。助かったよ」

「ごめん、手間かけさせたわね……数が多すぎて対処しきれなかったわ。次からは撤退も視野にいれましょ」

 

 何とか顔を上げた彼女が落ちていた帽子を拾い上げて土埃を叩いてから被る。彼女の金髪を見て竜を従える者(ドラゴンテイマー)の事が脳裏を過ぎった。

 

「ねぇリリ、今魔法つかったよね」

 

 っ! どう説明すればいいだろうか。他の冒険者なら……どんどん使えと命令してくるに違いない。誤魔化すか、それとも……素直に話すか。

 

「……いえ、あれは魔剣の力で」

 

 彼はどう答えるだろう。よこせと襲い掛かってくるのか。それとも――

 

「魔剣っ!? そんな貴重なものを僕達の為に……ありがとう」

 

 …………。

 

「それはまぁ、お二人の為ですから」

 

 この人は、本当に――――

 

 

 

 

 

 リリの様子がおかしい。多分だがベルに当てられてるんだと思う。

 魔剣をつい使ってしまった様子だったが、あれは彼女が本気でベルを心配したからこその行動だったんだと思う。やはり彼女は何処か優しい面を持っていて、無理して悪い事をしているのだろう。

 

 休息の為にダンジョンの片隅でベルが弁当箱を開けるのを視界に入れない様にしながらキューイに周辺の敵が居ないか確認しておく。

 特に何も居ないと言う返事を聞いてからベルの弁当箱をこっそりのぞき込む。うわ、蛍光色のピンク色とか、どぎつい紫色とか、真っ青な何かが挟まれた一見サンドイッチに見えるそれ。多分サンドイッチだと思う。

 

「やっぱり魔法って凄いなぁ」

「ベル、私も魔法使ってるんだけど」

「え? あぁごめん。ミリアの魔法ってなんか魔法っぽくなくて……マジックシールドは魔法っぽいんだけど」

 

 魔法っぽさが足りないってなんだ。いや、言いたい事はわかるんだけど。リリが使った魔剣の一撃は『炎が一直線に飛ぶ』と言うまさに炎の魔法って感じだった訳で、俺の魔法はどうにも見た目が地味過ぎて魔法って感じがしないらしい。見た目が地味とか。

 

 と言うかベル、それリリに分けるのか。

 

 ベルがサンドイッチ(?)を弁当箱の蓋の上に乗せてリリの方へ差し出した。マジか、マジか……いや、食えなくはないっぽいけど、大丈夫かよ。

 

「はい、リリ」

「え?」

「もらいものだけど」

「……ありがとうございます」

 

 リリの表情に困惑が混じる。弁当を別けて貰って嬉しい反面、その内容が何とも言えないモノっていう。

 

「はいミリア」

「あぁ、ありがとう……」

 

 渡されたショッキングピンクの何かが挟まったサンドイッチ(?)を受け取って見据える。匂いはー……無いな。おい、これパンか? 触った感触からしてなんか変だぞ。固い。

 

「あの、ベル様、ミリア様」

「何?」

「どうしたの?」

 

 やっぱこんなの食いたくないよね。俺もできれば食べたくない。シルさんに悪いから食うけど……腹壊さないよね。いらないならこっちで処理するぞー……。

 

「明日一日、お休みをいただいてもよろしいでしょうか」

「いいけど……何か用事でもあるの?」

 

 明日一日休み? このどぎついサンドイッチ(?)で腹を壊す予定なのか?

 

「ファミリアの集会があって、どうしても出席しないといけなくて」

 

 …………ファミリアの集会ね。碌なモンじゃ無さそうだ。悔しいが今は口出しも手出しもできない。

 

「契約違反なのはわかっています。ペナルティはお受けしますから」

「えぇ!? いいよそんなこと」

 

 頭を下げる。その雰囲気はあの時の糞野郎共に頭を下げている時と同じものだ。だがベルにそんな風に頭を下げる必要は無い。冒険者に脅えるのも仕方ないが……。あの糞野郎共ソーマファミリアなんだよな。

 

「それよりごめんリリ、僕気が回らなくて……。休みたい時があったら遠慮なく言ってね」

 

 優しさが身に染みる。そんな感じだろうか。ベルと接していれば信用は得られそうだな。俺の方は変に口出しするよりベルに任せた方が確実そうだ。

 俺は――ソーマファミリアを潰す方法でも考えるか。

 

 ……バリッボリッと言う音を立ててベルがサンドイッチ(?)を食べはじめる。紫色の具材は一体どんな味がするんだろうか。

 リリが困惑の表情を隠しきれないまま、サンドイッチ(?)を手に取って齧った。バリッと言う固い物を噛み砕く音。口にしたリリの表情が一瞬で真顔に戻った。味はお察しだろう。

 

 つか、おかしいよね? サンドイッチだよね? なんでそんなスナック菓子食べてるみたいな音がすんの? ベルがシルさんから受け取ってるのは俺も知ってるけど、具材は何なの? もしかしてウェハース? でもなんか違う気がするんだよな。

 

 まぁ、食べてみるか。前食べたのはちょっと酷い味だったけど……。

 

 ………………。キューイ、食べるか? え? 絶対嫌? 食べれば美味いかもしれんだろ? ほら食えよ、食えって、大丈夫、ちょっと想像以上の味がするだけだから。 残飯処理とかじゃないって、マジマジ。ほら口開けてさっさと食えよ。

 

 

 

 

 

 昨日の収入はリリに大目に分けた。魔剣一回分と言うのとつり合いがとれるかは不明だが、リリとベル&俺で半分に分ける形にした。

 今日は俺とベルはとりあえずお弁当のお礼を言うべく豊穣の女主人、シルさんの元へやってきた訳だが。

 まだ夜の開店時間まで時間があるので、シルさん、アーニャさんとルノアさんの三人がテーブルを拭いている所だった。リューさんとクロエさんの二人は買い出しに行ったらしい。

 

「ごちそうさまでした」

 

 ベルは普通にお礼を言っているが、俺はこれだけは言っておかないといけない。

 

「シルさん、味見しました?」

「どうでした?」

「想定外の味でしたよ」

 

 ほんと、何をどうすればあんな味になるのか。と言うか一応食べてもお腹は壊さなかったが、なんつーか味が独特過ぎて感想に困るって初めての経験だわ。

 

「そうですか。リューは美味しいって言ってくれたんだけどなあ」

 

 リューさん。あの人シルさんに甘い所があるからな。きっと善意で美味しいって言ったんだよ。うん、本音を言えば腹を壊しそうな味だった。と言うかリューさんに味見させてシルさんは味見してないんじゃ……。

 

「それよりも今日はお休みなんですか?」

 

 本当なら二人でダンジョンにでもって話してたんだが、毎日潜ってたしそろそろ一日休息をとるべきだとヘスティア様に言われたから、今日は完全にオフである。俺はこのままミアさんに頼んで臨時のバイトと勤しもうかなって感じ。ついでにリューさんの魔法講座も受けときたいし。

 

「はい、たまには休みを取った方が良いって神様にも言われたんで。でも休みって何したらいいんですかね。シルさんは休みの日何してます?」

「そうですね……。読書とか?」

 

 ほぅ。読書か。人間観察が趣味って言ってたしそっち方面だと思ったけど違ったか。

 

「読書かぁ、けど神様が持ってる本ってどれも難しそうだし」

 

 ヘスティア様って本の虫なのか凄い沢山の書物を持ってるんだよな。まぁ、その半分以上が雑学書とか地上の論文染みた物だったりとか。要するに頭を使いそうな本ばかりが揃えてある。

 ヘスティア様曰くそう言う本も好物だとかどうとか。

 俺はー……どの道読めなくはないが理解は出来ないのでスルー。ベルが好むのは英雄譚みたいな物だからヘスティア様の蔵書ではだめなんだろうね。

 

 ――――彼の力になりなさい――――

 

 ん? 店の奥、棚の所に本が置いてある。なんだこれ……『ゴブリンでも分る現代魔法』って、なんかパチモン臭い本だなぁ。

 

「シルさん、その本なんですか?」

「これですか? お客様の忘れ物なんですよ」

 

 へぇ。差し出された本を開いて見る。何々……魔法とはー……ほぅ。

 リューさんに教えてもらった魔法に関してがシンプルに解りやすく書いてあるっぽいな。

 

「とりに来る様子もないんですよね」

 

 ふぅむ。魔法に関する知識を入れる事で魔法の発現率が上がるとかどうとか聞いたな。この本をベルが読めば魔法が発現したりとかしないんかな。まぁ、確率は低そうだけど。

 

「ベル、この本読んでみません?」

「え? でも、誰かの忘れ物なんだよね?」

「良いと思いますよ。減るものではないですし」

 

 シルさんもそう言ってるしね。

 

「読み終わったら返してくれればいいですから」

 

 ……なんか変な気もするけど、気の所為だろう。

 

「そっか、じゃあ借りていきますね。ミリアはバイトするんだっけ?」

「はい。その積りですけど、ミアさんって今大丈夫ですか?」

「ミリアさんも手伝ってくれるんですか。じゃあ今日は少し楽できますね」

 

 おっけーな感じかな? だったらいいんだけど。

 

 

 

 

 

 ふぃー、超疲れる。リューさんと肩を並べてずっと皿洗いコースだった訳だが、リューさんに魔法のアレコレを学んだ。他にも俺の魔法の発動の速さとマジックシールドを生かしたカウンター攻撃についてとかも色々と教えて貰えたので満足満足。まぁ、カウンター攻撃については要練習ではあるが。

 

「おつかれミリア、そろそろ帰った方が良いんじゃない?」

「まだ洗い物残ってますけど」

「でも、神様も心配するでしょうし」

「そうですね、残りは私がやっておくのでミリアさんは帰っても大丈夫ですよ」

 

 リューさんの優しさが身に染みる。と言うか冒険者でもきつく感じるバイトを毎日続けてるシルさんって何気に凄いよなぁ。

 

「帰るのかい?」

「はい」

「ちょいと待ちな。給金を用意するから」

「あー、給金じゃなくて現物支給ってのはダメですか?」

「現物?」

 

 ヘスティア様とベル君に料理を持って帰ろうかなって。ダメならまぁ諦めるけど。

 

「それなら構わないよ。少し待ってな」

 

 流石ミアさん。話がわかる。あったかいじゃが丸くん以外の食事も三人で食べたいしね。

 

 

 

 

 

 三人分の食事として渡されたバスケット一杯の食べ物。割と量が嵩み、小柄な俺が苦労して運んでくる羽目になった。そうだよ、今の俺幼女じゃん。まぁ、重さの方よりはバスケットの大きさに苦労させられたんだが。

 もうすぐホームまでつくぞー。ここいらは月明かりが無いと真っ暗なんだよな。

 

 ……リリはどうしてるだろうか?

 

「ミリア君じゃないか。遅かったね」

「ヘスティア様、料理をいくつか貰ってきたので一緒にどうですか? 夕食食べちゃいました?」

 

 おぉう。丁度いいタイミング。ミアさんに頼んで料理を作って貰ったんだし一緒に食べようと思ってたが、良く考えれば夕食を終えた後かもしれん。その場合は朝食に回すか。

 

「おかえり、まだ食べてないよ。それよりも聞いてくれよ、ベル君が変な姿勢で寝てたんだよ」

 

 寝てた? ベルが? 変な姿勢?

 

「足元に本を落っことしてだよ。まったく、慣れない読書をして、まんまと眠気に襲われちゃうなんてさ」

 

 ほぅん。そう難しそうな感じではなかったはずなんだがな。ベルには難しい内容だったのか?

 

 

 

 

 

 飯も終わり、シャワーを浴びる。今はヘスティア様がベルのステイタスを更新している頃だろう。

 俺のステイタスの方は特に変わりなく。魔力が良い感じに伸びているぐらいだった。

 魔力の伸びは良いんだがなぁ。力がなんか伸びが凄く悪い。ベルの方は魔力を除けば凄い伸びてるのになぁ。このままだと本当に置いて行かれそうで怖いなぁ。

 

「うぇぇぇぇえっ!?」

 

 なんだ? ベルの悲鳴?

 

「ベル、どうしたのー」

 

 薄暗い部屋の中、ベルの背中を覗き込んだヘスティア様の後ろ姿が見えるが。ベルはどうしたんだ?

 

「魔法が……」

 

 うん?

 

「魔法が発現したらしいんだ」

 

 …………はい? え? 魔法? ベルに? ……あぁ、うん。その、俺ってお役御免になるのかね? ベルが魔法を使える様になったって事は、俺が必要無いって事なんかなぁ。いや、本当に発現したのか?

 

 まぁ、なんだ。

 

「うん、おめでとうベル」

 

 ちょっと複雑な気分だ。




※ミリアが魔導書を読んでも何も起きなかった件について

 魔法最大習得数は三つまでなので、既に三つ習得していたミリアには何の効果も発揮されずにただの本にしか見えなかったって感じで。

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