魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第四十九話

 俺が詠唱を唱えるより早く動くベルがモンスターを刻み、俺より速い詠唱でモンスターが次々に掃滅されていく。照準を定める間も無く、モンスターは一匹残らず消え去り、散らばる魔石とドロップ品の中嬉しそうに笑うベル。

 そのまま奥へ奥へと進むベル。必死に追いかけようとするが敏捷の差で追いつけない。遥か彼方先でベルが一人剣と魔法を駆使してモンスターを殲滅し、そのまま進んでいく。

 遅れまいと踏み出した瞬間、目の前に現れるモンスター。黒い影、そのモンスターの名称は何かはわからないが、絶対に勝てないと思ってしまう程の化物。

 遥か彼方先のベルは既に姿が見えず、左手を突きだしマジックシールドを強化して――その上からぶつかったモンスターの拳によってマジックシールドが粉々に砕け散る。

 呆気にとられた俺の目の前にモンスターの拳。

 

 ――あぁ、俺、死んだわ。

 

 

 

 

 

 顔面に感じた衝撃に思わず目を見開く。薄暗いヘスティアファミリア本拠の教会の地下室、ヘスティア様の衣装の納められたクローゼットが目に入り、片目が塞がっているのに気が付いた。

 ヘスティア様が抱き締めてくれてるし腕が俺の目にかかってー……じゃないな。ヘスティア様の腕は俺の胸の辺りにあるし。と言うか何かが顔に張り付いている?

 

「……んぅ?」

 

 引っぺがしてみれば、俺が掴んでいたのはキューイの首根っこ。寝ている所に突っ込んできたらしい。何してんだコイツ。

 ……と言うかなんか最悪な夢を見てた気がする。

 

「ミリア君どうしたんだい……」

 

 げ、ヘスティア様起こしちまったか。

 

「いえ、少しキューイが騒がしくて……。寝かしつけてきますね」

「そっかぁ……」

 

 ヘスティア様が拘束を解いてくれたのでとりあえずベッドから抜け出す。

 床に転がしたキューイが服を這い上がってこようとするのでとりあえず持ち上げて視線を合わせる。

 

「何ですかキューイ、悪夢見たのは貴女の所為ですか」

「キュイキュイッ!」

 

 悪夢とかそんなのどうでも良いってキューイお前……つか、何だよ何かあったのかよ。

 昨日ベルに新しく魔法が発現して、明日はベルの為に早めにダンジョンに向かう為に早く寝たのに……今何時だよ。ってまだ十時ぐらいじゃん、寝てから一時間経ってねぇよほんとなんなんだよ。

 

「キュイキュイ」

 

 はぁ? ベルが出て行った?

 

 詳しくキューイから話を聞けば、ソワソワした様子のベルがこっそり部屋を出て行ったそうな。トイレ……にしちゃぁ外行くのもおかしな話。じゃあアレか? オナニーか? だったら気にする事ぁねぇ。

 

「キュイ?」

 

 馬鹿なの? 違ぇよ……。眠ぃんだよ。ベルも男の子だろ、一人になりたい事位あるっての……寝かせてくれよ全く。

 

「キュイキュイ」

 

 はい? ダンジョンに向かった?

 

「キュイ、キュイキュイ」

 

 魔法を覚えたけど明日まで我慢し切れずについさっき出て行ったと。成程……おい、夜のダンジョンの危険性は前にもたっぷり味わったよな。まぁ、入口辺りうろつくだけなら大丈夫だろうが。

 

「キュイキュイ?」

 

 マインドダウンは大丈夫かって? 大丈夫だろ。普段から俺がマインドダウンしてるの見てるんだから少しは警戒をー……。出来るか?

 魔法使うの初めてで、どれだけ魔法が使えるのか把握してない状態で、魔法を覚えたてで我慢しきれずにダンジョンに向かっちまう状態で、マインドダウンするまでの猶予がどれくらいかをしっかり考えられるか?

 

 …………。

 

「キューイ、ベルを迎えに行きますよ」

「キュイ」

 

 頼むからどっかでマインドダウンしてぶっ倒れてるってのは勘弁してくれよベル。

 

 

 

 

 

 ダンジョン入口、ベルの気配は既にダンジョンの中とかどうとか。そう言えば帽子忘れて来たなと思いだしたのはバベルの中に入ってからだし。

 まぁ、こんな時間に人はいないか。実際誰も居ねぇし。

 

「キュイキュイ」

 

 あん? 林檎の人が来る? 誰が来るんだ? つか林檎の人ってなんだよ。

 

「ん? お前は……ミリア・ノースリスか。こんな時間に……いや、あの少年を探しに来たのか」

 

 ……林檎の人。成程、お前に林檎の味を覚えさせた元凶、リヴェリア・リヨス・アールヴと言う人物だったか。

 

 ダンジョンの入口から出て来たのはハイエルフの女性。ロキファミリアの第一級冒険者にして副団長と言う肩書を持つ人物。嫌いと言う訳ではないが高貴な雰囲気がどうにも苦手な人物。割と優しい部分もあるのでどちらかと言えば好きな部類。

 

「アールヴさん」

「リヴェリアで構わないぞ。それよりもベル……だったか。あの少年ならアイズが面倒を見ている。下りて直ぐの所を右に曲がれば見つかるはずだ。魔法を覚えたてなのかマインドダウンしていたのを見つけてな」

 

 マジかよ。アイズさんが面倒見てるって……ベルは何かと縁があるのかね。とりあえず頭を下げて急ぎ向かう事にしよう。

 

「ありがとうございます」

「何、気にする事は無い。それにアイズが自ら償いがしたいと言いだした事だからな。もし向かうならモンスターに気を付けろ。お前は魔法使いだ。少年の様にマインドダウンなんて事にはならない様にな」

 

 償い……償い? 何の? 気にはなるがとりあえず急ごう。

 この人、忠告もしてくるぐらいには此方の事を気遣いしてくれる良い人だな。

 

 

 

 

 

 えっと、こっちの道を右っと。えっと、この先道なりに進めば――

 

『うわあぁぁぁぁぁぁあっ!?』

「っ!?」

 

 えっ!? 悲鳴っ!? しかもベルのぉっ!? おい待て、何があった。アイズさんが見てるって話だからモンスターに襲われる心配はないはずなんだがっ!?

 

 凄まじい速度でベルの悲鳴が遠ざかり、そして近づいてきたと思ったらまた遠ざかって行った。何が起きたんだよ……。

 

「キュイキュイ」

 

 え? 別の道を通ってダンジョンを出て行った? ごめん、意味分らん……。モンスターの気配は? アイズさんに脅えて動かなくなってるって? ふぅん……え? じゃあなんでベルは悲鳴を上げて逃げ出したん?

 とりあえずアイズさんに会ってみる? ベルはー……もうダンジョン出たっぽいし。

 

 悲鳴を上げた地点、アイズさんの場所に向かったら正座した状態で俯いたアイズ・ヴァレンシュタインを見つけた。何があった……いや、ほんと何があったの? なんかアイズさんの装備はボロボロだし、ガチ凹みしてんだけど……。

 

「あの、アイズさん……?」

「……ミリア?」

 

 えぇ、剣姫さんがすごいしょんぼりした顔してるぞ。ちょっと、意味わからん。ベルにやられたのか? どう考えても無理だろ。あ、下乳見えてる。

 

「何があったんですか?」

「……ベル……あの子、なんでいつも逃げちゃうんだろうって」

 

 逃げる? えっと、状況がさっぱりですわ。

 

 

 

 アイズさんは下層の迷宮の孤王を単独討伐に成功し、リヴェリアと二人で帰る途中で迷宮内で倒れている少年を発見。それがベルだったと。

 んで、ミノタウロスの一件で迷惑かけちゃったから償いがしたいとリヴェリアに言ったら膝枕してあげるので十分だって言うから膝枕して頭を撫でてあげていたらしい。

 そのまま撫でていたらなんか胸がぽかぽかして日向ぼっこしてるみたいだなぁなんて思っていたらベルが目を覚まして『お母さん?』と聞いてきたので『ごめんね、私は君のお母さんじゃない』って教えてあげて、そしたら『幻覚?』と口にしたので『幻覚じゃないよ』と言って実際に頭を撫でてあげて幻覚じゃないアピールをしたと。

 そしたら顔を真っ赤にして汗をかきはじめ、唐突に起き上がったと思ったらそのまま悲鳴を上げながら前転で転がって行ってしまったとの事。

 

 なるほど、成程じゃネェよ。なんだよその状況……。ベル視点で考えてみると分かるが、何と言うかなぁ。

 

 目が覚めたら頭を撫でられており、思わず『おかあさん』と呟いてしまった。すると目の前にアイズさんの姿が見え、アイズさんが『ごめんね、私は君のお母さんじゃない』と否定してきた。

 有り得ない光景に現実逃避しながらも、これは夢なのかなと想い『幻覚?』と呟いてしまう。すると『幻覚じゃないよ』と言って頭を撫でてくれた。

 徐々に覚醒する意識、アイズさんの姿をはっきりととらえたベルの視界にはアイズさんの下乳が……ベルには刺激が強すぎたんだろうなぁ。

 

 まぁ、逃げ出した要因は好きな相手に『おかあさん』なんて呼びかけてしまった事とか、唐突に目の前に現れたアイズさんの姿に驚いただとか……。今のアイズさんの恰好にも問題があると思う。

 

 鎧姿なんだが……ボロボロだ。怪我は無い様子なんだが、まずプレートアーマーのデザインがおかしい。

 左胸を覆い、右胸の下半分だけが金属板で覆われていないと言う独特の形状。何故このデザインなのかは不明。んで問題はそっから変わってインナーの方。金属板で覆われていない右胸の下半分、その部分がピンポイントで破れて露出している。素肌が。

 もう一度言おう。右胸の下乳部分の素肌が露出している。控えめに言って超エロい。

 

「あの、アイズさん?」

「……何?」

「その、其処の部分、破れて見えてますよ?」

 

 ぎりっぎり放送禁止がかかる部分は見えてないが……下から見上げたら見えそうなんだけど。いや、ベル視点だと見えてた可能性もあるんだけど。下乳見えてるよ? 超エロい恰好になってるよ? まぁ、アイズさん本人からすりゃ胸で死角になってるしわからんよね。

 

「うん、攻撃を回避しきれなくて」

 

 違う、そこが破れてる原因が聞きたいんじゃない。見えてるけどどうにかしないのって意味なんだけど。

 

「えっと、見えてますよ?」

「……?」

 

 えぇ? 何で首を傾げるの? 待って、話が通じてない。

 

「あの……ここ、此処の部分、胸が見えてますよ?」

 

 つんつんと突いて示してあげる。ここまですれば気付くよね? 女の子なんだし気にするよね? ほら、流石におっぱい見えてたら女の子として気にするよね?

 

「そうなんだ」

「…………」

「…………」

「…………」

「…………?」

 

 えええぇえぇえぇええっ!? 待って、おかしいよね? 俺がおかしいのか? 下乳見られるぐらいは気にしないの? それが冒険者って物なの!?

 

「もしかして……」

 

 おっ、気付いた? ようやく?

 

「逃げたのってそれが原因……?」

 

 あぁ、うん。そうだよ、そうなんだけどさ。なんか思ってたのと反応違うんだけど……。もっとこう、恥ずかしがるとか無いの?

 

 なんつーか、なんつー……見栄えは美少女だろう。中身がぁ……子供? 裸を見られても気にしない勢いだぞこれ。なんなんだ……。

 

「そっか、これが原因だったんだ……あれ? 最初に会った時は服、破れて無かったんだけど」

「あー、最初の時は別の原因でしたからネー」

「そうなんだ」

 

 あぁ、もう突っ込むのやめよ。なんか疲れるだけだわ……。ベルが心配で跳び起きてきたのにアイズさんの下乳をマジマジと観察する機会が出来ただけっていうね。肝心のベル君は既に逃げた後だし。

 

「……ミリアはどうするの?」

「どうするとは?」

「私は帰るけど、ミリアは?」

「私も帰りますよ……」

 

 はぁ、なんかめっちゃ疲れたよ。帰って寝よ……。ベルを助けに来たのにアイズさんが先に助けてるし……。あ、アイズさんがベル助けてくれたのか。お礼言っとかなきゃ。ベルはお礼言う前に逃げたっぽいし。

 

「あの、アイズさん」

「何?」

「ベルを助けて頂きありがとうございます」

「……うぅん、気にしないで」

 

 若干羞恥心をどっかに置き忘れてる気がするけど、良い子やぁ。深く考えるな、頭痛くなるから。

 ……一応、ベルに対する印象聞いておこうかなぁ。今回の件でベルに悪印象持ってる可能性もあるしなぁ。

 

「アイズさん、ベルについてどう思います?」

「……? どうって?」

「えっと……二度も逃げちゃって、悪い印象持ってるのかなって」

 

 顎に手を当てて考え込む姿を見るに悪印象は持ってない様子。考える姿的に此方を気遣ってどう柔らかく言葉を表現するかと言うよりは、どういう言葉で説明したらいいか分らない感じだと思われる。

 

「うんとね、初めて見た時、何か懐かしい感じがして」

 

 懐かしい感じ?

 

「何だろうなって思ってたんだけど……さっき頭を撫でてた時に少しだけ思い出した」

 

 ……? 思い出した? 過去にベルと会ってたって事か?

 

「昔の自分を思い出した。忘れてた幼い時の事」

 

 ……。忘れてたって……。

 

「それで……それでね……」

 

 たどたどしく言葉を選ぶ彼女の姿からして、それはまだ言葉にして話せる程、アイズ・ヴァレンシュタインの中で考えが固まっていないのだろう。随分とふわふわとした、抽象的な言葉で彼女は話している。だがベルに対する不思議と『懐かしさ』を感じ、それが『夢を運んできてくれる白兎』と言う姿に重なって……表現が子供っぽいと言うか、幼いと言うか。

 

 彼女の経歴はギルドで簡単にだが確認できる。齢6歳にてファルナを授かり迷宮に潜りはじめ、齢7歳の時にランクアップしてレベル2に至ったと。

 14歳のベルですら子供扱いされてファミリアに入れて貰えないにも関わらず、たった6歳の少女が一人迷宮に潜る理由。金か、何かしら理由があったんだろう。

 其の頃の記憶を思い出したって事ぁ……彼女はずっと忘れてたのか。意識して忘れたのか、それとも忘却してしまっていたのか。それを思い出すきっかけとなったベルの事を意識していると言える。『夢を運んできてくれる白兎』と似ていると幼い表現ではあるがベルの事をばっちり意識しているらしい。ただ、恋愛感情では無く、どちらかと言えば幼い子供がヒーローに焦がれるようなそんな感じっぽい。

 強さに拘っていると言う話だったが、多分彼女は中身だけが成長を止めているんだろう。表層、見た目、強さは成長し続けて来たんだろうが、幼い頃の忘れてしまっていた頃から心の方は成長が止まっていたと。

 ベルと出会った事でその成長が少しずつ始まってきたんじゃないか……まぁ、ただの予測だが。

 

「今度私が一緒の時にアイズさんからベルが逃げようとしたら私が止めますんで」

「本当?」

「はい」

「ありがとう」

 

 あはは……今度ベルが逃げようとしたら全力で止めよ。ベルの初恋の相手だし、ベルに相手させよう。ベルに会う事を望んでいるみたいだしね。

 

「出口まで送るね」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 本当に良い子だなぁ。何があってこんな歪になっちゃってるんだか。気にはなるが知りたいとは思わない。どう考えても厄介事の匂いしかしないし。俺も俺で手一杯なんだ……リリの方はどうしてるだろうか。

 

 

 

 

 

 帰宅したらベルがソファーで呻き声を上げていた。僕は何で逃げちゃったんだーってめそめそしてる。いや、アレは逃げるだろ……。だって好きな女の子に『おかあさん』だぜ?

 先生に『おとうさん』って言っちゃった並の奴だろ。恥ずかし過ぎて消えてなくなりたくなるわそんなん。

 まぁ、今回はベルが魔法を早く使いたいがために行動したが故の事件だし、半ば自業自得って奴だ。慰めはしない。

 眠ぅ、とりあえず寝よう。睡眠時間がガッツリ削られたわ。

 

 ヘスティア様、帰りましたよー。寝ぼけながらもお帰りーって言ってくれた。あぁ漸く帰ってきたよ……ふぁあ。

 




 アイズさんの鎧姿。(アニメ版にて)下乳見えてたんだけど、リヴェリア様的にあれはオッケーなのか? エルフってほら、肌を晒すのに抵抗が云々。リューさんが触れられただけでぶっ飛ばすみたいなのがあった気がするんだが、リヴェリア様ってそこら辺気にしないのかな。
 アイズさんだからオッケー? 娘みたいに思ってる子が下乳見えてる状態を容認する……?

 まぁ良いか。(アニメ版が)あんな感じだったし。

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