魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第五十話

 天井の隙間から零れ落ちてくる朝日を浴び、朝を迎えた事を知り薄目を開けて――ベルの呻き声が響き続けているのに気が付いた。

 一晩中呻いてたのか……。いや、気持ちはわかるけどさ。半分自業自得とは言え好きな子にお母さんはなぁ。

 

「おはよーミリア君……うん? ベル君はどうしたんだい?」

「おはようございますヘスティア様。ベルは……昨日の夜に抜け出した間に色々あったみたいですね」

「抜け出した? とりあえず何かあったのはわかったよ」

 

 ベッドを抜け出してー。顔でも洗うか。ヘスティア様と一緒に洗面台の方へ。ベル君も気を取り直して顔でも洗うと良いぞー。

 

「何があったのかは聞かないけど。こんな本を読んだからそんな事になったんじゃないのかい?」

 

 ヘスティア様がテーブルの上に置いてあった件の本を手に取ってぱらぱらめくり始める。俺はー、眠気を飛ばす意味でも先に顔洗うかぁー。

 

「……うわっ!?」

「へ?」

「うむ?」

 

 なんだ? ヘスティア様の驚いた声が朝っぱらから響き渡った。

 

 

 

 

 

 ソファーに三人で腰かけて本を覗き込む。見事に真っ新になっている。何か文字が書かれていたと言う事実は消え去り、只の白紙になってしまった本。

 

「ぐりもあ?」

 

 ヘスティア様曰く、これは魔導書(グリモア)と言う道具らしい。グリモアって言うとアレを思い浮かべる。魔法使いが持ってる魔法に関する知識が詰まってるあれ。

 

「そう、読むだけで資質に応じた魔法が発現する本。まさに()()()さ」

 

 ふぅん……。なんで真っ白になっちゃったんだろうねぇ。ぶっちゃけ嫌な予感しかしないぞ。

 

「これ、何処で手に入れたんだい」

「酒場で借りたんです。誰かの忘れ物だから読んでみればって」

「誰かの忘れ物ぉっ!? はぁ」

 

 驚きの声を上げたヘスティア様。あぁ、やっぱ嫌な予感……。こういうのって何度も使える様なもんじゃないよね……。だって使えるならみんなに読ませてーってなるだろうし?

 

「どうかしたんですか、神様」

「なんか既に嫌な予感がしますけど。やっぱそれ一度きりの使い切りアイテムですか……?」

「ミリア君の言う通りだ。ベル君、良いかい? グリモアって言うのはこの通り、一度誰かが読んだらそれっきり効果が消えてしまうんだよ」

 

 ヘスティア様がグリモア(使用済み)をベル君に手渡す。ぱらぱらと中身を確認したベルが青褪めてるわ。

 ……他人事みたいに言ってるけど、原因って間違いなく俺だよな?

 

 このグリモア、値段いくらぐらいだ? 間違いなく高価なもんだろ。魔法の確定発現だぜ?

 

「うぐっ!」

「ベル君、何処へ行くつもりなんだい」

 

 ベルが慌てて何処かへ行こうとして壁に激突してるよ。痛そう……。と言うかマジでヤバイな。ただでさえ五億近い借金があるのに、此処に更にいくらか追加されるんだろ……? …………? 別に今までどおりじゃね?

 

「とにかく、謝って弁償しま――

「無理だ」

 

 ベルの鼻が赤い。痛そうだな。

 

「『癒しの光よ』『レッサーヒール』、とりあえず一端落ち着いてください」

「まったく、魔導書がいくらするか知っているのか君は」

 

 知らない。ただ、アホみたいに高いんだろうなってのはわかる。控えめに言ってヤバイ。

 

「ヘファイストスファミリアの一級品装備と同等……もしくはそれ以上だ」

「ひぃっ」

 

 一級品のお値段が大体数千万から一億数千ぐらい。ベルのナイフや俺の籠手の方がよっぽど高いな。ヤバイ装備身に着けてんだなぁ。まぁ、落ち着こう。

 

「すいませんヘスティア様、その本……読む様に勧めたの私です」

「……ミリア君がかい?」

 

 怪訝そうな顔。事実俺がベルにその本を勧め――待てよ。なんで俺はその本をベルに勧めた?

 どう考えても厄介事を引き込みそうな感じがするのに。なんで……わからん。

 

「まぁ良いか。いいかいベル君、君はこの本を読まなかった。ミリア君はその本について知らなかった。そう言う事にするんだ」

 

 ベルの肩を叩いて良い笑顔で言い切るヘスティア様。大丈夫か……?

 

「後は僕がなんとかする」

 

 固まったまま動かないベルから使用済みグリモアを奪い去ったヘスティア様が階段を上って何処かに……何処に行くんだろうか。原因は俺だしどうにかしないと……。なかった事にするのが一番なのはわかるんだがなぁ。いや、無かった事にしよう。うん。

 

「任せておきたまえ」

「ヘスティア様に任せましょうベル」

「ダメですよ神様っ! ミリアも放してっ!」

 

 再起動したベルがヘスティア様に掴みかかろうとする。やめるんだベル、もう無かった事にするしかない。今更数億ヴァリス追加されても元から億単位の借金があるから変わらんかもだが、とにかくやめるんだ。

 

「止めるなベル君っ! 下界には綺麗事じゃ済まない事が沢山あるんだっ!」

 

 ベルの腕を掴んで止める。ベルはヘスティア様を掴んで止めようとしてる。ベル、もう諦めよう。俺の所為だしベルは気にしなくて良い。俺もさっぱり忘れるからさ。

 

「世界は神より気紛れなんだぞっ!」

「こんな時に名言生まないでくださいっ!」

 

 

 

 

 

「すいませんっ! すいませんっ!」

「ごめんなさい」

 

 豊穣の女主人にやってきた俺とベル。開幕ベルの謝罪連打……俺は土下座した方が良いだろうなぁ。何でかしらんけど原因は俺にあるし。ほんとになんであんな事言ったんだよ。落し物の本を持ち出すって……はぁ。

 

「それは大変な事をしてしまいましたね」

 

 他人事の様に振る舞うシルさん。一応、貴女も原因の一端ですよね……? 主に悪いのは俺だけど。

 

「ちょっ! シルさん、何さも他人事の様に言ってるんですか」

「はぁ」

 

 ミアさんは本の中身を検めて深々と溜息を吐く。やっぱ怒られるよねぇ。

 

「やっぱりだめ、ですか?」

「うっ……すっごく可愛いけどダメです」

「てへっ」

 

 シルさん可愛いやったー。じゃなくてだな。本当にヤバイぞ。数億ヴァリスの借金。しかも対象不明ときたもんだ。さぁたいへ――ミアさんがグリモアをゴミ箱に放り込んだ。え?

 

「ふんっ……」

 

 腕まくりをしてじゃが芋を取り出したミアさん。あれ? 怒ってない?

 

「ミアさん?」

「忘れな」

 

 怒ってないっぽい。と言うかなんか面倒臭そうにしてる。

 

「でも、ミアさん」

「読んじまったもんは仕方ないだろう、こんなもん置いてく奴が悪いんだ」

 

 そうだそうだー……? なんでそんな高価な物をこんな所に忘れて――いや、俺が気にする事じゃないな。彼女がそう決めたんだろうし。

 

 ……?

 

「ミリアも何か……ミリア?」

「え? なんですかベル?」

「えっと、ほら、ミアさんが忘れろって言ってるけど」

「忘れたらいいんじゃないですか?」

「えぇっ!?」

 

 なんでそんなに驚くかね。忘れてしまった方が楽だろうに。

 

「ほら、やっぱ良くないんじゃないかなぁって」

「んん?」

「ひぃっ……だっ、ダンジョン行ってきますっ!」

 

 ミアさんのにらみつける攻撃。効果は抜群だっと。

 

「ミアさん」

「…………」

 

 うん? なんか憐れむ目で見られてる?

 

「どうしたんだい?」

 

 ……気の所為?

 

「えっと、この本をベルが読んでしまった事、落とし主には内緒にしといて貰ってもいいですか?」

「あぁ、構わないよ。文句言ってきたら追い返すからね」

「ありがとうございます」

 

 なんだろう。ミアさんの目線が何か気になる……何だろ?

 

「……ミアさん、どうかしましたか?」

「……アンタ、自覚無いのか」

「自覚?」

「何でもないよ。さっさといきな」

 

 ふむ? 自覚……自覚。そうだよ、本、魔導本。なんで俺はあの本をベルに読ませた? どう考えても落し物を勝手に持っていくなんて面倒事に繋がる可能性があるのに、無警戒にも俺が其れを勧め――気にする事ではないか。

 

「では、また来ますね」

 

 何をそんなに気にしてるんだか。変な感じがするなぁ。あ、朝っぱらだけどナァーザさんの所寄って行くか。

 

 

 

 

 

「ミリア?」

「何ですかベル?」

 

 ミリアの様子がちょっと変かも? ミアさんと話す前は少し青褪めて僕と同じようにおっかなびっくりって感じだったんだけど。

 

「……? どうしたんです?」

「さっきさ……」

 

 なんだろう? 気にするなって言ってたけど、なんか切り替わったみたいで違和感がある。

 

「ベル?」

「…………うぅん、何でも無い」

 

 よくわからないけど。聞かない方が良いのかな。

 

「そっか、それよりナァーザさんの所に寄ってくるから、先にリリに合流しといて貰っていい?」

「うん、わかった。何時もの噴水前で待ってるから」

「ありがと、じゃあまた後で」

「うん、また後で」

 

 なんだろう。この違和感。

 

 

 

 

 

 ベルの様子が変だなぁ。なんか聞きたげにしてたけど、変に聞き出しても仕方ないし、とりあえずナァーザさんの所へー。青の薬舗の入口には当然『閉店中』の看板。まぁこの時間からやってはいないだろう。一応、入る許可は貰ってるし良いよね? 裏口から入った方が良いか? って、鍵かかってないのか。不用心だなぁ。

 

「お邪魔しまぁす。ナァーザさん、おはよ……うわっ」

 

 目の下についたどす黒い隈。そしてぼっさぼさの髪。女性としてそれはどうなのかと言いたい惨状のナァーザさんがカウンターに顔を押し付けたまま眠ってる。入口の立札は閉店中のままだから良いが……。ミアハ様は何処に――うわ、床に倒れてるんだけど。大丈夫かよこの二人。

 

「ミアハ様? ナァーザさん? 二人とも大丈夫ですか?」

「んぅ……ミリア? ……っ! ミリアっ!!」

 

 うわぁっ! いきなり掴みかかってきて、どうしたんだよっ!

 

「凄いわよあの薬、ちゃんとした高位の調合素材を使ったら効果が安定化できたのよっ! それで色々と試してたんだけど――

 

 あぁ、興奮して目がギラギラしてるっ!?

 

「それでミアハ様と一緒に昨日からずっと調合の――

 

 長い、話しが長い。ベルを待たせてるから短めに頼みたい。

 

 要約すると『効果の安定化が成功』『他にも素材を変化させる事で効果も変化が』みたいな感じなのを長々と素材およびに特徴での説明をしてくれた。うん、よくわからなかった。

 

「ごめん、興奮し過ぎたわ」

 

 えぇっと、不安定版のドラゴニックポーションが3本、安定版を一本貰ってー。後は回復薬を飲み続けたみたいな効果のリジェネポーションを一本。効果時間は5分にまで伸ばせたらしい。チートかよ。

 二人して興奮して二日ほど寝ずに調合を試し続けてたって……。

 

 安定化したドラゴニックポーションはなんとほぼ丸一日効果が発揮するらしい。ただ、身体的な制限を外す影響か使った後に体に過大な負荷がかかるとかどうとか。不安定版みたいに1分間の無双程度なら問題ないが、丸一日分の身体能力超強化ってのは負荷が凄いらしい。

 効果が切れた瞬間にぶっ倒れるぐらいには。ヤバイおくすりになったんですねわかります。

 

「ありがとうございます」

「使用には十二分に気を付けるのだぞ」

 

 一応、リジェネポーションとの併用で使えなくはないのだが、5分の効果のリジェネポーションを使って一日持たせるってなると相当金額嵩むだろうしなぁ。それにリジェネポーションの方は量産が難しいらしい。

 第一級冒険者とか駆け出しとか関係無く、ランクアップ相当の力を丸一日発揮すりゃぁね。そりゃ体がぼろぼろにもなるよね。

 

 とは言え、これがあれば俺も近接戦が出来るようになるだろ。疑似的ランクアップすれば格下相手に凹られる程じゃないだろうしね。

 

 ……大丈夫だよね? 疑似的ランクアップすれば千切っては投げが出来るよね?




 記念すべき第五十話(なおプロローグ含めると51になる模様)

 次回でリリルカ編最後となる今回。ミリアちゃんの最終兵器、使うと強くなれるおくすり(副作用有り)が完成。なおベルが使った方が効果が高い模様。

 流石に近接戦がボロッ糞なミリアちゃんでも疑似的とは言えランクアップ相当のパワーアップがあれば無双ぐらいやれるかもね(出来るとは言ってない)

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