魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第五十一話

 ベルと合流したのは良いんだが、何かあったのか?

 

 深い朝霧に包まれた集合場所の噴水まで到着した俺が見たのは、微妙な距離感で佇む二人の姿。リリの方はほの暗い、死んだ様な目をしてベルを見ており、ベルは周囲を警戒している様子であった。

 

 その日の探索はいつも通り、稼ぎも上々で4万ヴァリス近い稼ぎになった。いつも通り頭割りでリリに手渡したが……リリの反応が悪い。やっぱ前のあれが響いてるか。

 しかし、ベルの方も色々とおかしい。リリを気遣っている様子ではあったんだがなぁ。

 

 

 

 

 

 ヘスティアファミリアの本拠、廃教会の地下室。擦り切れて中身が飛び出たソファーに腰かける俺とヘスティア様の前で、ベルが真剣な表情で切り出した台詞に、思わず度肝を抜かれた。

 

 少し前、リリと出会う前の頃に、リリと見間違えるほどに良く似たパルゥムの少女を追いかけていたらしい冒険者が『リリを嵌めて金を奪おう』と持ちかけてきたらしい。

 ソレ以前に、リリが数人の冒険者に茂みに連れ込まれる様子を見たらしい。特徴を聞く限りではあの糞共で間違いないだろう。リリが生きている事に感づいたのか接触してきたらしい。

 

 あの時見る限りではリリに怪我は無かったし、暴力は振るわれていない様子だが……何を言われたんだか。やっぱ殺しとくべきだったか?

 

「なるほど、例のサポーター君をねえ」

「はい、リリはどうも悪い冒険者に狙われているみたいなんです。少しの間でも匿ってあげられれば」

 

 優しいなぁ。ただ、少しだけ考えが甘い。彼らみたいな糞共が、リリを匿ったファミリア。それも規模が極小のファミリアに対してどのような手段に出るかを考えれば、関わるのをやめると言う選択肢が出てくる程だ。

 

「ベル君」

「はい」

「君のそのサポーター君は本当に信用に足る人物なのかい?」

「え?」

 

 真剣な表情のヘスティア様。あまりこういう言い方は良くないが、リリは信用は出来ない。盗みを働く為にベルに接触してきている時点で、やはり信用を置くには足りない人物であると言える。

 だが、その心の内では助けを求めている。どうにか手をとってあげたいと思うんだが。

 

「ベル、良く聞いてください」

 

 ここで、ベルに教えておくか。ついでにヘスティア様にも教える形で。

 

「彼女はきな臭いです。考えれば不審な点はいくつもありますよね?」

「えっと……」

 

 考え込むベルを余所に、俺は一つ一つ指折り説明しておく。これ以上、と言うよりリリの様子から近々何かしらあるんだろうなと予測できてしまったから。

 

「ベル、私は赤い液薬を無くしたと言いましたよね」

「えっと……」

「良く考えてみてください。私のポーションポーチは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「あっ……」

 

 ベルは知っているだろう。ポーションポーチは冒険者が激しく動き回ってもポーションが抜け落ちない様に色々と小細工がされている。その上で言えるのは()()()()()()()()等と言う事は有り得ないと言う事だ。

 そう、()()()()()()()()()()()()

 

「他にも、決定的証拠も……あります」

「…………」

「一昨日、私はとある実験をしました」

「実験?」

「私のポーチを、リリに預けましたよね?」

 

 換金する際、俺はリリにポーチを預けた。ベルも思い当たったのかその時の事を思い出してはっとなり顔を上げた。

 

「もしかして……、あの日ミリアが途中でミアハ様の所に行ったのって」

「はい、ごめんなさいベル。あの日私は貴方に嘘を吐きました」

 

 ベルには言い訳としてミアハ様の所に行ってくると伝えていた。実際はポーチの中の一本のドラゴニックポーションが失われていたから、リリの後をつける為であった。

 

「あの日、私のポーションポーチから、また一本……()()()()()()()()

「ミリア、それは何かの勘違いなんじゃ……」

「ベル……」

 

 俯いて考え込むベル。信じたく無いのか。彼女がそんな事をしていると言う事実を。

 

「ベル君、僕が確実に言える事は一つだ。彼女は何かを君に隠している」

 

 口を開きかけ、閉ざし。何度も口を開こうとしては零れ出るベルの吐息。悩ましいだろう、苦しいだろう。騙されているかもしれない言う事実は……。言わなければ良かったかもしれない。

 

「……神様、ミリア」

 

 ベルが、笑みを浮かべていた――――

 

 

 

 

 

 もう潮時だ。彼も彼女も、どちらも優しくて、甘くて……ずっとあんな冒険者と共にサポーターとして活動できたらどれほど良い事だろう。

 でも、どうせ冒険者が奪いに来る。ソーマファミリアの彼らがやって来たように、彼らを騙せと命令を受けた。彼女の持つ赤い液薬も、全て奪ってこいと。

 

「え? 十階層に?」

 

 朝、昨日と同じ様に噴水広場で待っていた二人に声をかけ、十階層に誘う。あの階層には霧が出ているので都合がいいのだ。

 

「えぇ、今日はそこまで行ってみませんか? お二人の実力なら大丈夫です」

 

 二人を騙す。荷物を奪って、逃げる。置き土産に用意した特製の血肉も使って……。大丈夫。彼らなら魔法だけでも十二分に十階層で通じる。

 きっと、死なない。魔法を使ってモンスターを倒して、自力でダンジョンを抜け出せる。だから……大丈夫。この人たちは死なない。

 

「けど、この間もリリの魔剣に助けられたぐらいだし、それに十階層からは……大型のモンスターだって出るし……」

「リリは十階層に行った事あるのよね? どうなの?」

「問題ありません。今のお二人なら余裕ですよ」

 

 大丈夫。絶対大丈夫……彼らなら。大丈夫だから……。

 

「昨日見せて頂いた魔法だって」

 

 …………。

 

「お二人が力を合わせれば余裕ですよ。十一階層まで下りた事のあるリリが保証しますよ」

 

 きっと、大丈夫だから。

 

 

 

 

 

 怪しい、十階層と言えば確かダンジョンギミックとやらの霧が発生している階層だったはずだ。

 十階層、十一階層、十二階層と三つの階層は、上層の最終階層であり。これまでの九階層までは人より小さな小型、人と同じ大きさ程度の中型しか居なかったが、十階層より下には人よりはるかに大きな大型のモンスターも出現しはじめる。

 本来ならもう少し装備を整えてから向かうべきだとは思うんだが。特にナイフなんかは刃渡り的に大型モンスター相手には不利過ぎる。魔法の補助も踏まえてと言う話か?

 階段を下りつつ、リリが饒舌に語る内容を吟味する。

 

 仕掛けてくるな、間違いなく。

 

「リリの提案を聞いて頂いてありがとうございます。リリはお二人の様な冒険者のサポーターになれて本当に幸運でした」

「うん、まあ……。十階層だっていずれは行かなきゃならないからね」

「……それで、差出がましい様なのですが」

 

 リリの表情を見てみて、その内側を見据えるのは簡単なんだが。彼女は何かに脅えてる様な……冒険者に脅えるとも違う、他の何かに脅えている。何に脅えている?

 

 リリが唐突に背嚢から取り出したのは大型のナイフ。バゼラードと呼ばれるショートソード型の剣。

 刃渡りは40かそこら。癖も無く、扱いやすい剣……だったか? 武器を見ているさ中に展示の説明にそんなのがあった気がする。俺の持つ剣は癖の強い剣とかどうとか説明もあったかな。

 何故この剣をベルに……?

 

「ここからはこれを使ってみてはいかがでしょう」

「バゼラード?」

「はい、今のベル様の武器では大型のモンスターを相手にするのに少々リーチが足りていないかと思いまして」

 

 ……。矛盾してるよな。入口で二人なら大丈夫とは言っていたが、武装関連にも入るまえにちゃんと忠告すべき所だろうに。たくらみが何かは不明だが……ちゃんと止められるか? ベルは何とかする積りみたいだが。

 

「わかった借りておくね」

 

 武装の配置に困ったらしいベルがナイフをポーチに仕舞い、リリは笑みを浮かべている。これは……。

 

 

 

 

 

 八階層から景色が一変する。閉鎖空間とは思えぬ広さの広間が数多く存在し、通路と呼べる様な空間ばかりだった七階層以前とは全く違う景色に戸惑いが隠せない。出現モンスターは強化されたコボルトとかゴブリンばかりで問題無く倒せる。特にこの階層は大広間であるおかげで飛び道具を使う俺の独壇場であった。見通しの良い遮蔽物の無い場所で銃魔法を振り回す快感に目覚めそうだ。リリの言う通りと言うか、この階層は飛ばしても平気そう。

 

 そして問題の十階層。ダンジョンの作りは八階層、九階層と変わりないが、一目見て異常に気が付いた。霧が出ている。まるで昨日の朝の様な朝霧が広がっており、八階層、九階層と違って光源となる天井の光が微弱であるらしく、目を凝らしても見通す事は難しい。

 上の階層で無双の如く調子付いていた俺の気分を叩き潰す光景に気分が落ち込む。

 

「ここが十階層」

「はい、今回の目的地です」

 

 細い、真っ白い木の生えた光景。木も、草も真白けであり、霧の白さも相まって本当に地形が把握しづらい。そこらに生えている木々は天然の武器庫(ランドフォーム)って奴か。見渡す限りに生え茂っている様子が確認できる。キューイが近づいてくると警告してくれた。大きい何かが近づいてきているらしい。

 戦い始めたら気付いて他のも近づいてくるか?

 

「リリ、これって……」

「はい、ランドフォームです……ですが、処理している暇は無さそうです」

「大きい何かが近づいてきてるわね。数は1だけど、他にも何匹か居るみたい」

 

 ズシン、ズシンと響く足音。霧の奥、赤い目が爛々と輝いて見える。その高さから考えて――ベルの1.5倍近い身長がある。横幅も相応。同人誌で良く登場するオーク先輩ではあるが……腰巻にでっぷり肥え太ったお腹。

 

「ベル、大丈夫ですか?」

「……やっぱり大きい」

 

 流石に怯むか。シルバーバックを相手取った事があるから大丈夫かと思ったがそんな事は無いな。

 

「逃げてはいけません、ベル様」

 

 悔しいかな、あのオークに近づく事も俺には難しい。と言うかいけるのか?

 

「そうだよね、オークを倒せない様じゃ、この先のモンスターなんて一生攻略できない」

 

 目の前にある木を無造作に掴んで引き抜く――引き抜いた木が瞬く間に棍棒に変化していった。

 モンスターがランドフォームを使うとああなるのか。冒険者が引き抜いても特に変化無いらしいが、あの棍棒はモンスターの魔石を砕くと同時に消えてなくなると言う話らしいし……今はそんな考察は後だ。学者じゃないんだから気にしても仕方ない。

 

「ベル、援護します」

「……わかった。ミリア、お願い」

「お二人ともっ、きますっ!」

 

 棍棒を振り上げ、真正面から突っ込んでくるオーク。足を撃つか。

 

「『ピストル・マジック』『リロード』っ!『ファイア』っ!」

 

 ベルも同時に走り寄って行くさ中、霧の中微かに見える足を撃ちぬ――けない。分厚い脂肪を抉るので限界らしい。流石に敵も強くなってるか、八階層九階層のゴブリン、コボルトとは訳が違う。集中詠唱(コンセントレート)をしないとダメか。だが集中詠唱中は周りに気を配れないからリリの方を注視できない。

 

「ミリア様っ! 集中詠唱(コンセントレート)をっ!」

 

 ……キューイ、リリの様子に気を配ってくれ。

 

 想像するのは貫通力に優れる銃。日本でテロに使われたのは本場のモーゼルではなく、モーゼルの模造品の擬きではあったが、其方の方の影響で貫通力に優れているイメージが付いているモーゼルC96辺りか。装弾数は20発の拡張タイプもある。丁度今の俺のマガジンが20発だからそれをしっかりイメージ。

 

「『ピストル・マジック』」

 

 弾薬は当然7.62x25mm弾薬。共産圏で多く出回った7.62x25mm弾薬の中には、高価な鉛が占める割合を減らす目的で鉄製の弾芯を用い、その外側にライフリング保護用の鉛、更にその外側に銅コートを施したものがあり、この構造が結果的に貫徹弾に似た効果を発揮する事があった為に貫通力に優れると言うイメージがついたらしい。あくまで想像しやすいので利用させて貰おう。

 

「『リロード』っ!」

 

 詠唱完了。後は引き金を引くだけなんだが――既に倒し終わってるな。いや、戦闘音に誘われて二匹目もきてる。二匹目以外にも何匹か近づいてきてるぞ。

 

「ベルっ! 複数近づいてきてますっ! 気を付けてっ!」

「わかったっ!」

 

 応戦すべく銃口を向け――リリの姿が見えない事に気付く。やっぱ集中詠唱(コンセントレート)すべきじゃ無かったか。

 気付かないふりをしてあげるべきか……いや、構う余裕が無い。

 数が多い――いや待て、多すぎるだろ。

 

「『ファイア』っ! 『ファイア』っ!」

 

 二匹――三、四、五――十を超えるオークが接近中。おいキューイ、ちゃんと指示を――

 

「キュイキュイ」

 

 ……え? お前何食ってんの?

 

「え? キューイ、それって……モンスターをおびき寄せる為の血肉じゃ」

 

 先程からキューイが落ちてる血肉を喰らってる。集中詠唱(コンセントレート)しているさ中に周囲に投擲されたらしい。おい、不味い所の話じゃないぞ。

 

「ベルっ! モンスターが寄ってきます、気を付けてっ!」

「ミリアっ!?」

 

 っ! 風切り音っ! 飛来した矢が俺の『マジックシールド』に弾かれ、淡い膜が俺を包み込む。リリの仕業か?

 俺に飛来した矢は弾かれたが、ベルに飛来した小型の矢。クロスボウボルトがベルのポーチを固定するベルトを切断し、ベルのポーチに一本のボルトが突き刺さる。紐が結ばれたそれは霧の中へと消えていって――リリが階段の上から此方を見下ろしていた。

 

「リリっ! 何してるのっ!」

「……ごめんなさいベル様。もうここまでです」

 

 ……仕掛けてきたか。ここからならリリを狙い撃ちできるが――。

 

「リリルカ・アーデ、止まってください。撃ちますよ」

 

 どうでる?

 

「ミリア様、よそ見は危険ですよ」

 

 っ!? 集まってきたオークが此方を一斉に見る。薄い本の様に――はならんな。殺しにきてるわ。

 

「ミリアっ! ぐぅっ!」

「『ファイア』っ! 『ファイア』っ!」

 

 一発で魔石を撃ち抜くが、数が多すぎる上、霧の所為で狙いも定まらん。こうしている間にも悠々とリリが此方を見下ろしている。一瞬見たリリの表情は冷酷な仮面を張り付けた恐怖の表情だった。それに『危険ですよ』と言うリリの言葉は上ずっていた……。

 殺すまではしたくないと言う表れか。

 

「…………折を見て、逃げ出してくださいね」

 

 行っちまう。リリが行ってしまう。不味い、キューイが血肉の所為でポンコツ化するなんて予想外過ぎる。

 畜生、このままいかせるのはだめだ。どうする……倒すまでに時間が――。

 

「ミリアっ!」

「ベル?」

「リリを追ってっ!」

 

 リリを追う? まだオークが沢山残ってるんだぞ? 少なくとも――30は超えてる。全部倒すのにどれほどかかるか。

 

「ミリアっ! 良いから行って!」

 

 だが、数が多すぎる。下手打てばベルが死ぬぞ。リリを優先すべきか、ベルを優先すべきか。

 助けたい相手か、命の恩人か。見知らぬ他人か、自身の家族か。

 ベルを置いていくなんて選択肢は――

 

「ミリア、僕はそんなに頼りないかな」

 

 悲しげに笑うベル。違う、頼りないんじゃない。心配で――

 

「大丈夫――――絶対に追いつくから」

「でも……」

 

 大丈夫か? 此処にベルを置いて行って? 本当に……。

 

「ミリア、僕を信じて」

 

 ――――。信じて良いのか? ベルが死んだらどうする?

 

「ミリア、此処は僕に任せて……リリをお願い。僕を頼ってよ」

 

 ……、卑怯だろ。いや卑怯ではないか。そんな表情で、そんな事言われたら、頼りたくなっちまう。

 

「ベル、約束――絶対死なないで」

「わかった、約束する。だから、ミリアもリリをお願い」

 

 約束しよう。必ずリリに追いつく。だから――ここはベルに任せる。死なないでくれよ。




 今回でリリルカ編が終わると言ったな……あれは嘘(になったん)だっ!

 ごめんなさい。終わりませんでした。

 見通しの甘さもあるし、行き当たりばったりで先を何も考えてない所為で前回適当言ったのが嘘になったよ……。

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