魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第五十三話

 助けなんて来る訳無い。そう、思っていたのに。

 

 目の前にいたキラーアントが数匹、貫通する炎の雷によって撃ちぬかれて消滅する。

 彼女の言った通りになった。でも、彼が助けに来たのは彼女であってリリではない。きっとそうだ、リリを助ける理由なんて何処にも無い。そのはずなのに。

 

「ミリア、遅くなってごめん」

 

 キラーアントを切り伏せてやってきた彼は、こう言ったのだ。

 

「リリが無事でよかったよ」

 

 なんで、リリなんかを心配していた様な事を言うのか。わからない。

 

 そう、わからない。彼一人ではオークの群れ相手は厳しいはずだ。ミリアと協力してやっと……、だがミリアは一人で先に此方までやってきていた。彼一人を残して……では、何故彼は此処に?

 

 頭の中がぐちゃぐちゃになって、訳がわからない。どう考えても彼一人で倒せる量では無かったはずで、ミリアと協力すれば何とかなる量なのに、ミリアは一人で此方に来ていた。

 二人で突破したのなら何故ミリア一人で? ミリア一人が先に来たのなら彼はどうやって?

 

 わからない。目の前でリリを庇う様に立つ彼女の背中も、その前で夥しい数のキラーアントに臆することなく突っ込んで切り伏せていく彼も、何故こんなことをするのか。

 リリは、二人を騙したのだ。モンスターをおびき寄せる罠にかけ、殺そうとしたのにだ。

 

「ミリア、キューイ返すよ」

「はい、よくやったわキューイ」

 

 ────ワイバーンだ。紅い、ワイバーン。

 

 彼は腕にしがみ付いていたその赤いワイバーンを彼女に渡した。その紅いワイバーンは甘える様な鳴き声と共に彼女に頬ずりしている。その光景を、リリは何処かで見た事があった。

 知っている。リリはその光景を知っている。そう、怪物祭のあの日、助けを求めたあの日に見た光景と、今目の前の光景が重なる。

 

 紅いワイバーンに頬ずりされた、血に塗れた背中の金髪の彼女。ガネーシャファミリア所属と言われた彼女。竜を従える者(ドラゴンテイマー)だ。

 

「嘘……」

 

 彼女はワイバーンに頬ずりされながらも、此方を振り返った。

 

「ね、言ったでしょ? ────助けは必ず来るって」

 

 あぁ、あの日、リリは思わず助けを求めた。そう、目の前に迫った死の恐怖に、思わず口から零れ落ちた言葉。その言葉を拾い上げてくれた彼女、なんで気が付かなかったんだろう。

 

 ミリアは赤い液薬を持っていた。それは竜の素材を使った物で、現在では滅多に手に入らないはずの物だ。何故ミリアがそれを持っていたのか? ミアハファミリアに保護されて居た時、ナァーザと言う女性から聞いた。『龍力薬、彼女のワイバーンの素材を使ってできた物だったから。なんで貴女が持っていたのかは聞かないけど、あの薬の所為で貴女が大怪我を負ったから、合わせる顔が無い』と言う言葉。

 当然だ、竜を従える者(ドラゴンテイマー)がイコールでミリアだと言うのなら、説明が行く。

 だって、竜の素材を使った薬を、全くの無関係のミリアが持っているとは考え辛い。ミリアが、ドラゴンテイマーだと言うのなら、納得がいく。

 

 つまり、リリが今まで騙して、盗んで、酷い事してきた相手は───あれだけ礼を言いたいと思い続けていた彼女であったのだ。

 

 

 

 

 

 気が付けば、周りにいたキラーアントは全て魔石とドロップアイテムになっていて、彼がゆっくりと此方に歩いてくる姿が其処にあった。

 

「ごめん、遅くなっちゃった」

「いや、むしろ早いぐらいなんだけど、どうしたの?」

「えっと、霧で良く見えなかったんだけど別の冒険者が来てくれたみたいで、周りからオークがいなくなってたんだ」

「へぇ、運が良いわね」

 

 頭にワイバーンを乗せ、血塗れの彼女と、傷だらけの彼。彼が此方を見て笑みを浮かべた。

 

「リリ、無事だよね? 何ともない?」

 

 なんで────なんで彼はリリの事を……。

 

「リリ、賭けは私の勝ちなんだから、ベルのナイフ返してちょうだいな」

 

 手を差し出して口元に笑みを浮かべた彼女が目の前にいた。怒って──無い?

 隔していたナイフを取り出し、手渡す。

 

「ほらベル、今度はとられない様にね」

「あぁ、うん。ありがとう……リリ、大丈夫?」

 

 何で? リリは彼のナイフを盗んだはずなのに。なのに、なんでそんな心配そうな顔を向けてくるの?

 

「顔が腫れてるわね……『癒しの光よ』『レッサーヒール』これで少しは良くなるはずだけど」

 

 淡い光が弾け、痛みと腫れが引く。リリは、この光を何処かで見た事がある。何処で───

 

 

 

 薄れゆく意識の中、思わず呟いた『たすけて』と言う言葉。駆け寄ってくるドラゴンテイマーが、何度も淡い光を弾けさせる。光が弾ける度に意識が浮き上がって、沈んでを繰り返す。

 思わず。そう思わず呟いた。お礼を──助けにきてくれてありがとうって……。

 

 

 

「あぁ……ぁぁぁ……」

 

 彼女が、あの時もきてくれたんだ。怪物祭のあの時も、死にかけたあの時も……そして、諦めかけた今も。

 

「なんで……」

 

 涙が溢れてくる。ぼやける視界の中、彼と彼女が並んで立っていた。彼、ベル・クラネルと、彼女ミリア・ノースリスが、此方を見下ろしている。

 

「どうして、リリを助けるんですか」

 

 どうして? リリは二人を騙したんですよ? 酷い事をしたんですよ? なのに、なんで?

 

「どうして……うぅん、助けてって聞こえたから助けにきたんだけど……」

 

 ──っ、そんなの

 

「そんなのっ! ミリア様に言わされただけですよっ!」

 

 そう、賭けなんて持ち出されて、口車に乗せられただけで、助けて欲しいなんて思って──無い。本当に?

 

「リリ」

 

 ミリアが此方を見ていた。ぼやける視界の中、頭の上にワイバーンを乗せた彼女は笑みを浮かべて言った。

 

「遅くなったわ」

 

 何が?

 

「あの時、満月の日。貴女はたすけてって私に言った」

 

 あぁ、二度目の時。リリはたすけてって言ってしまったんだ。思わず、死にたく無くて、でも、それでもリリを助ける必要なんて何処にも無い。だって、リリは悪い事をしたんだから。

 

「リリは、ミリア様から薬を盗んだんですよ。ベル様からも、ナイフを盗んだんですよ……モンスターをおびき寄せる罠にもかけたんですよ。なのに、なのにリリを助けるんですか? なんでですか?」

「なんでって……」

「そりゃぁねぇ……」

 

 彼と彼女が顔を見合わせてから、二人して笑みを零して言った。

 

「「そりゃあ、たすけてって、助けを求められたし」」

 

 ────この人達は、とんでもなく、お人好しなんだ。

 

 

 

 

 

 帰って来たキューイ曰く。ベルは途中でヴァズ・グァルェンズァーインっていう人に助けられたらしい。ロキファミリア(ロゥキィヘミスァ)の冒険者だって話なんだが……まぁたロキファミリアに助けられたんかい。

 

 わんわんと泣くリリはベルに任せた。俺は、ちょっと出血酷過ぎて眩暈がする。増血薬をミアハファミリアで処方してもらわんとあかんな。

 まぁ、そっちより問題は別の所だ……薬、全部持っていかれちまった。完全に油断してたっつーか。あくどい事してるからただの雑魚だと思ってたが、カヌゥって奴とその取り巻きは最低限の実力も兼ね備えていた訳だ。

 まぁ、こりゃ俺の油断の問題な訳で。そっちはまぁいい、別の問題は……ゲド・ラディッシュとか言う奴。

 

 ゲド・ラディッシュ、ライッシュか? 小便チビって気絶した阿呆の事だ。気絶させたの俺だけど……ついカッとなってやった。反省も後悔も……いや、後悔はしてる。小便チビッた奴相手に金的蹴りした所為で小便が足に付いた。こりゃクリーニング代請求しないとなぁ。まあ、ソレ以前にリリに対して行った仕打ちは許せんわ。

 

 気絶してるゲドの背中を適当に蹴っ飛ばす。起きろ屑。俺も屑か、屑が屑に蹴りいれてるよ。はは……はぁ。

 

「うっ……いってぇ……っ!」

 

 おぉう。意外と良い反応すんなこいつ。一気に起き上がって剣を握って周囲を警戒しだした。まぁ最低限冒険者としての素養はあるって事か。

 

「っ!? キラーアントが居ねぇ……どうなってんだ」

「もしもし、そこの寝坊助さん」

「あん……、てめぇはっ!」

 

 おい、剣向けるな阿呆かテメェは。

 

「どうどう、落ち着いてください」

「何が落ち着けだっ!」

「まあ、周囲を見回せば状況もわかるでしょう……」

 

 剣をこっちに向けたまま周囲を見回すゲド・ラディッシュ。ライッシュか? まぁゲド君で良いか。

 

「魔石……全部、キラーアントのもんかよ……」

「その通りです。状況、飲み込めました?」

「…………助けてくれたのか?」

 

 まぁ、結果的にはそうなるな。こいつの行いについてぶっちゃけよく知らなかったから助けたけど……。

 

「っ! 貴方はっ!」

「ゲドさんっ!?」

 

 少し離れた所でラブコメの波動を放っていたリリとベルもこっちに気付いたか。

 

「テメェはあの時の糞餓鬼っ!」

「『ショットガン・マジック』……剣をしまってくれません?」

「っ!?」

 

 これ見よがしにガンマジック突き付けてやればあら不思議。言う事を従順に聞いてくれるワンコの完成である。ゲドワンコ君か。

 

「さて、貴方の処遇について今この場で決めたいんですけど……ベル、リリ、判定は?」

「え? 判定?」

「…………」

 

 ベルは意味がわかって無いっぽい。リリは無言で睨んでる。有罪(ギルティ)かな?

 

「なっ、待てよっ! 悪かったっ、謝るっ! 謝るから命だけは」

 

 命があればそれでいいの? じゃあ手足縛って放置してこうか。モンスターにむしゃむしゃされるだろうけど頑張ってって感じで。まぁ、やんないけど。

 

「状況は飲み込めた様なので本題に行きますね。とりあえず今から地上に戻りますので一緒に行きましょう」

「ミリア様、こい……ゲドも助けるのですか?」

 

 リリ、今こいつって言おうとした? いや、まぁコイツでも十分だろうけど。肉壁にはなるだろ。

 

「そうですね……今の私は正直倒れる寸前です。出血で意識朦朧……ベルの方も戦いの連続で疲労してるでしょうし、リリは戦力外……今の状態で地上まで行くのも一苦労ですよね。そこでずっとお寝んねしてた人に露払いして貰おうかと」

「なっ! テメェ、俺を捨て駒にするつもりかよ」

 

 何言ってんだコイツ……援護はするぞ。誤射するかもしれんけど。

 

「援護はしますよ……そうですね。貴方には現在選択肢が三つあります」

「何?」

 

 まず一つ。俺達を見捨てて此処から一人で逃げる事。無論、そんな事したらダンジョン内で襲撃しかけてきた冒険者としてギルドに報告を上げるし、カヌゥ達と一緒にダンジョン環境の意図的な破壊工作を行ったって報告を上げる事も辞さない。そうなったらギルドの要注意人物リストに登録されてファミリアの方には警告が行く事だろう。

 どんな主神に仕えてるのか知らんが、主神に迷惑かかるだろうし、場合によっては主神からの罰則とギルドからの罰則の二重苦になるだろう。

 

 続いて二つ目。ここで俺達を皆殺しにして今回の件を全て隠す事。当然だけどこっちは全力で抵抗する。リリは殺せるだろうけど、俺は一応出血は酷くとも魔力にはそこそこ余裕あるからマジックシールドで防御からの近距離ショットガンで即死狙いできるし、ベルの方は普通にコイツより強い。疲弊してたとしても俺の援護ありなら間違いなく負けは無い。つまり返り討ちに遭うって事だ。

 

 最後の三つ目、大人しく露払いして地上まで俺達を送り届ける事。ついでにカヌゥ達に嵌められた事をギルドに報告してダンジョン内の意図的な環境破壊工作を行ったとして、カヌゥ達を要注意人物リスト入り&ソーマファミリアに対する牽制を行う様に仕向けられる。

 無論、ゲドもなんらかの罰則は喰らうだろうがそっちに関してはガネーシャ様を通じて減罰を願っても良い。

 ついでにリリの方も減罰を願う形でなんとかしようと思う。

 

「私のおすすめは三つ目です。一つ目は冒険者として致命的なギルドの補助を失う事が考えられますし、二つ目はまず負けは無いでしょう。無論、こっちも痛い目は見ますけど……その場合は何がなんでも貴方を殺します。三つ目を選んでいただければ双方無傷、とまでは行きませんが納得のいく形で丸く収まると思いますが?」

 

 冒険者として死ぬか。生涯を閉じて死ぬか。軽い罰を受けて生きるか。選ぶのは一つだ。

 

「…………」

 

 其処は悩むなよ……。

 

「本当に、本当に減刑してくれんのかよ」

「それは貴方次第です」

 

 ごめん嘘、ガネーシャ様次第。無理だったら無理だし。

 

「……くっ、わかったよ。テメェ等に従ってやる……」

 

 さて問題はカヌゥ達だけか。いや、途中で背中刺されるかもしれんし警戒はしとくか。

 

 

 

 

 

 

 朝霧に包まれたバベルの入口前の噴水。巨大なバックパックを背負う少女が一人腰かけている。俯いて何を考えているのやら。ベルの方を見上げれば口元に笑みを浮かべて「良いかな?」なんて言ってる。

 当然、ベルの好きにすればいい。前は俺の我儘に応えてもらったしな。

 

「サポーターさん、サポーターさん。冒険者を探していませんか」

 

 意趣返しの積りだろうか。それともちょっとした悪ふざけ? まぁ、ベル君なりの冗談って奴だろう。

 

「混乱しているんですか? ですが、今の状況は簡単ですよ。サポーターさんの手を借りたい半人前の冒険者が、自分を売り込みにきているんですから」

 

 ベルが半人前なら俺は四分の一人前か。結局、ベルが助けに来るまでの時間稼ぎしか出来なかったしな。

 

「また、僕達と一緒に、ダンジョンに潜ってくれないかな」

「まぁ、私の正体を知ってしまった貴女には傍に居て貰わないと心配だしね」

 

 さっさと手を握ればいい。脅えずとも、ベルは酷い冒険者では無いからな。

 

 小さな手がベルの手に重なるのを見て、思わず朝日の方へ視線を向けた。朝日より眩しい光景に、何とも言えない気分にさせられる。

 

 

 ……俺は、リリを救えただろうか?

 

 俺にできた事はキューイがベル側にいたおかげでベルが来るタイミングがわかったから、リリを挑発する様な形で誘導しただけだ。それだけで、救えたなんて言えるだろうか?

 あの状況で、俺にできたのはそれぐらい。もっと強ければ、他に選択肢もあったはずなのになぁ。

 

 強く、なりたいなぁ。置いて行かれない様にじゃなくて、もっと色んな事ができるぐらいにさ。




 第五十二話にてミリアがめちゃくちゃ良いタイミングで挑発してた件について。

 覚えてる方は少ないでしょうが、第二十話にてキューイは遠距離に居ても会話が可能と言うくっだらねぇ設定がでてきてます。あれは伏線だったのだ。
(※なお作者にも想定外だった模様)
 そして、血肉に夢中のキューイを置いてきたので、ベル君と共に居ました。つまり、キューイがベル君の現在位置をミリアに教えていた訳です。

キューイ「もう直ぐ着くよー」
ミリア「おっけぇー仕上げにかかるよー」

 みたいなやり取りをしていたんでしょう(適当)

 ちなみに、ミリアの想定ではリリの『たすけて』って言葉は、ベルに届く範囲に居る時に引き出す積りだったけど、ベル君の主人公補正で『たすけて』って言った瞬間に登場すると言うミラクルプレイに変化した感じですね。




 原作主人公は原作通りの登場をしただけで、ミリアはリリを煽っただけって言う……まぁ、詐欺師設定だしね? かっこよくモンスターの殲滅が出来るタイプじゃなくて言葉で扇動するタイプだからね、しょうがないね……。

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