魔銃使いは迷宮を駆ける   作:魔法少女()

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第五十六話

 自身が危ない橋を渡っていたと説明を受けて冷や汗を掻いた訳だが、まぁ解決策は今の所思い当たらないので暫くは剣を使わないで魔法を使う事にしよう。

 うん、よく爆発しなかったな……。アイズさんによれば割と剣の耐久性が削れていたらしい。とは言え後十回ぐらいは大丈夫って言われた。逆に言えば十回ぐらい使ってたらドカンってなってた訳で……。

 

 って今はそんな事考えている場合ではない。アイズさんとの鍛錬である。

 

「君のナイフを貸して」

「え……あぁ、はい」

 

 バゼラードをアイズさんに渡すベル君。流石にアイズさんが盗むとは考え辛いしがヘスティアナイフを渡すのは気が引けたか。ナイフの効力もヘスティア様の眷属じゃないと発揮されないからアイズさんが盗んでも意味ないし気にする必要は無いと思うが。

 

 真剣そうな表情のアイズさんがナイフを逆手に持ち腰を落とす。

 

 ベルも真剣な表情でアイズさんの一挙一動を見逃さない様に見据える。憧れの彼女に直に鍛錬を積んで貰えるんだ、そりゃ真剣にもなる。俺はー……うん、まぁ、剣はちょっとわかんないんで……。

 

「まず、こう」

 

 鋭い軌跡を描いた剣閃が──無い。と言うか片足を上げ、両腕を広げた姿勢で呟くアイズさん。

 

「こう、こう、こう?」

 

 腰を落としてナイフを持つ手を前に、反対の手を後ろに突きだす姿勢。

 

 両腕を揃えて腹の前に揃え、膝を曲げた姿勢。

 

 剣についてさっぱりわからない俺からして理解不可能なアイズさんの行動。ナイフ使ってるベルにならなにかわかるんじゃないかと顔を見てみれば引き攣ってる。わかんないのか……。

 

「あの、一度整理した方が良いんじゃ──ぶへぇぁっ」

 

 え? 今、今何が……。

 

 ベルが口を開いた瞬間、アイズさんの足が鋭い弧を描いてベルの頬を穿った。うん、何言ってんだ俺は、と言うかベルがぶっ飛んだ。後方に3メートル程……ヤベェ。

 

「あっ……あぁ……」

「ベルッ! 大丈夫っ!」

 

 一瞬反応遅れたが、ベルの方に駆け寄って様子を確認する。というかアイズさん『あっ』ってなんだ『あっ』って。

 

「やっぱり……アイズさん、天然なんだ……」

 

 あ、ベルもアイズさんが天然だと見抜いたっぽい。回復魔法をかけよう。顔にもろにはいったが大丈夫か? 死んだりしないよな……第一級冒険者の一撃だったろ? いや、加減はしてるよな。してなかったら多分首から上が消し飛んでただろうし。

 

「『癒しの光よ』『レッサーヒール』」

「……ごめん」

「そんなっ、アイズさんは悪くなくて」

 

 咽るベル、マジで大丈夫か……頬の腫れは一応引いたが。

 

「……やっぱり戦おう」

「えっ」

 

 アイズさんがレイピアを鞘から解き放つ。ベルが慌てて立ち上がったので俺も一応立ち上がる。

 

 剣の方を壁に立て掛け、鞘を持って構え──っ!?

 

 ベルがはっとなって直ぐにナイフを構える中、俺は硬直した体に鞭打って遅れて長杖を構えた。

 

「それでいいよ」

 

 アイズさんが一歩踏み出した。ベルが一歩後ろに下がる。俺は──腰が砕けて座り込んだ。

 

「……ミリアは横で見てて」

 

 あぁ、うん……。第一級冒険者の殺気って奴か、いや、今のは殺気じゃない。ただ──ただ、斬られたんだと思う。

 

 鞘を構えた瞬間にアイズさんから放たれた何かが俺をぶち抜いた気がする。気配と言うか、威圧感と言うか、天然で妙な所のあった彼女とは思えない、威圧感。

 これが第一級冒険者【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインなのだろう。今まで俺が知ってきた無知で天然な彼女とは全く違う、気配も、雰囲気も、何もかもが違う本物って奴だろう。

 情けないが、完全に腰が砕けちまったみたいでなんとか這いずって壁際に凭れかかる。

 

「ミリア、大丈夫?」

「私の心配は良いので……ベル、気を付けて」

 

 殺されないよな? 殺気とは違うとはいえベルが心配になる。だが、あの威圧を受けてナイフを構えられるベルなら平気だろう。俺なんて一歩踏み出されただけで腰が砕けちまったんだから……。情けないなぁ。

 とはいえ、ベルもまた脅えているんだろう。腰が引けている。

 

「今君が反応したみたいに、これから戦う中でいろんなことを感じて、そうすれば戦い方は嫌でも身に付く」

 

 一歩、踏み出される度にベルは後ろに下がる。向けられていないはずの俺ですら吐き気を覚えるぐらいの濃密な威圧。あの中にありながらナイフを片手に立っている、後ろに下がっているとは言え立ち続けているベルは凄いな。

 

「君は、臆病だね」

「っ!」

 

 ベルが臆病、ねぇ。だとしたら俺は腰抜けかな。アイズさん、綺麗な顔立ちだが、潜ってきた修羅場の数が桁違いなのは理解できた。彼女は本物だろう。

 

「身を守る為に臆病でいるのは、大切な事だと思う」

 

 エイナさんの言う『冒険者は冒険してはいけない』も似た様な意味だっけか。と言うかアイズさん容赦ないな。吐きそう。

 

「でも、それ以外にも、君は何かに脅えてる」

 

 ベルが脅えるもの、ミノタウロスか? ──体の中で何かが折れる音が聞こえる。

 

「ぐぁっ!」

「自棄になっちゃだめ」

 

 何かを思い出しそうになってる間に、目の前のベルが鞘で強打されていた。アイズさんの姿は──既に消えている。と言うかベルの後ろに回り込んでる。速すぎる。

 

「死角を作っちゃだめ、視野を広く」

 

 ベルがアイズさんの声に反応して振り向いた次の瞬間には、アイズさんの突きがベルの胸当ての中央に突き刺さっていた。

 大きく後ろに押されながらも倒れずに立ち続けるベル。今のは痛いだろう。

 

 脂汗を流し、痛みを堪えるベル。そんな姿で有りながら、ナイフを大きく前に突き出してアイズさんに突撃していった。

 一度、二度、三度。突き出す様に斬りかかるベルに対し、アイズさんは最小限の動きで回避したうえで、反撃を腰に、手の甲に、太腿に叩き込む。完全に片膝をついて動けなくなるベル。顔には大粒の脂汗が垂れているのが見える。痣になるだろう。

 

「技とか駆け引きとか、君にはそれが少し足りない」

「…………」

「立てる?」

 

 あぁ、うん。これぐらいの威圧で腰抜けになってる暇は無いだろ、家族(ベル)が苦しんでるんだから、立てよ腰抜け(オレ)、いけよ。

 

「ベル、回復魔法かけるんで」

「いい」

「ベル?」

「大丈夫だから、ミリアは見てて。おねがいします」

 

 ────あぁ、そうか。役に立たないガキんちょだな本当に。

 

 アイズさんの大振りの一撃をしゃがんで回避し、そのままアイズさんの胸にナイフを突き込もうとして──それをあらかじめ読んでいたのかアイズさんはフェイントの大振りを即座に引き戻してベルの脳天に鞘を叩き込んだ。

 

「…………」

「…………あっ」

 

 そのまま倒れ伏したベルに、アイズさんが困惑の表情を浮かべている。駆け引きについて教えたのにフェイントに真正面から引っ掛かったのは予想外だった様子だ。

 

「回復魔法かけますね」

「……おねがい」

 

 …………。役に、立てないなぁ。

 

「アイズさん」

「何?」

「私にも剣、教えてくれませんか?」

「……良いけど、大丈夫?」

 

 大丈夫かだって? そりゃ────

 

「無理でもやりますよ」

 

 家族の為なら。

 

 

 

 

 

 ダンジョン十階層。リリとの一件のあった件の階層。最近はアイズさんとの朝の鍛錬をしている影響で、昼からのダンジョン探索になったが、ベルと俺、リリの三人で下りて直ぐ、霧の出ているフロアで警戒していると、唐突にベルが周囲を見回し始める。敵か?

 

「キューイ、敵?」

「キュイキュイ? キュイ」

 

 ふぅむ? 近くには居ないけど、遠くには沢山居る? ベルは何に気付いたんだ?

 

「お二人とも、今日はどこまで行きましょうか」

「あ、うん。明日休みにする分、出来るだけ奥まで潜りたいかな」

「すいません。リリの都合で」

 

 明日はリリが休みらしい。俺とベルだけで潜っても良かったがそれよりはアイズさんとの鍛錬の時間に当てた方が良い、って事で明日は一日アイズさんとの鍛錬である。リリの方は申し訳なさそうにしてるが、悪い事は何もないからなぁ。

 

「しょうがないよ。下宿先の都合なんでしょ? それに、僕にもやる事があるしね」

 

 そう、やる事があるんだよなぁ。

 

「そういえばミリア様、どうしてこのごろダンジョンに潜る前からお疲れの様子なのですか?」

「あー」

 

 あー、うん。まぁ、アイズさんとの特訓があるからね。アイズさんが天才だから多少疲れてる程度で済んでるが、そうじゃなきゃ多分マインドダウンで動けなくなってるわ。

 

「まぁ、ちょっとね……っと」

 

 ぶねぇ、ちょっとふらついたわ。アイズさんは俺との鍛錬中はマジックシールドの反応範囲のギリギリを見極めてそこをかすめる様に攻めてくる。反応したマジックシールドが俺を包み込み、ダメージや消費も無く消えると言う光景は何とも言い難い。と言うかアイズさんが剣を振るう度にマジックシールドが反応して勝手に張られるのが本当に心臓に悪い。最初の一撃の時はあっけなく砕け散ったからなぁ。

 

「本当に大丈夫ですか……?」

「大丈夫大丈夫、ベルも平気よね」

「うん、ミリアのおかげで平気だよ」

 

 ベルの方はボコボコにされた後、俺が回復魔法で癒してるおかげで平気そうだ。とは言え若干鎧に傷がついてるんだよなぁ。

 ん? キューイが反応してる?

 

「二人とも、敵多数接近です」

「わかった」

「リリは後ろに下がります」

 

 現れたのはインプと呼ばれる小柄なモンスター。数が多く悪知恵も働くと言うめんどくさい奴。大抵、後ろで援護射撃に徹する俺の方にこっそり忍び寄って横から殴りかかってくる面倒な奴。まぁ、今回は多分平気だけど。

 リリが霧の中に姿を隠し、俺とベルが背中合せてモンスターと対峙する。何時の間にやら背後に回り込んでたのか。リリは上手く斬り抜けたみたいだな。

 

「ミリア、数が多いけど大丈夫?」

「平気よ」

 

 アイズさんとの特訓の成果を見せますかねぇ。

 

 

 

 

 

 視界は広く、死角は作らない。

 

 リリの援護射撃が降り注ぐ中、インプを斬り捨てる。一匹、二匹、三匹。背後に回り込んで爪を振り下そうとしてきた個体を蹴り飛ばす。

 なにもナイフだけが攻撃手段じゃない。格闘技もしっかりと織り交ぜていく。

 今までの僕なら、死角から襲い来るインプはミリアにしっかりと対処して貰わなきゃ危なかっただろう。でもこれなら大丈夫。

 

 それよりもミリアは何処だろう。

 

「ミリア?」

 

 周囲を見回してみると、ミリアが一人で戦っていた。リリの援護射撃はミリアのスキルが反応してしまうのでできていない。早く援護に行かないと──あれ?

 

 ミリアは常に薄青い光に包まれたまま、多数のインプ相手に一歩も引かずに切り結んでいる。剣で突いて、斬って、凪いで、左手の魔法『ショットガン・マジック』で薙ぎ払う様に弾幕を張って──一人でしっかりと戦えている。

 

 ────むしろ、僕なんかよりよっぽど戦えている。

 

 『ショットガン・マジック』によって扇状に放たれた弾丸が数匹のインプを吹き飛ばし、倒しきれなかった個体は手足のいずれかを失って動けなくなっている。其処に近づいて事もなく仕留めていく。

 『ショットガン・マジック』、ミノタウロスとの戦いの時以降、僕と行動している時に使わなかった魔法だ。普段は『ピストル・マジック』を使っての援護か『ライフル・マジック』を使って一撃で仕留めていた様に思う。

 

 扇状に放たれる魔法は、僕を援護する上では使い辛い事この上なく、使う事ができなかったんだろう。

 

 むしろ、一人で戦っていた方がミリアの実力が出ていたんじゃないか?

 

 インプを退け、ミリアが鋭い視線を此方に向けた。

 

「ベル、今度は大物、オーク多数接近。気を付けて」

「わかった」

 

 視界に現れたのは十匹を超えるオーク。思わず『援護して』と声をかけようとして──やめた。

 

 僕が援護なんて任せてしまうから、ミリアは実力を発揮できないでいるんだ。これぐらい、僕一人でなんとかしないと。

 

 

 

 

 

 

 ベルが、援護を必要としなくなった。ベルが強くなったのなら、良い事さ。うん、アイズさんに追いつく為だもんな……。俺は補助輪だった訳さ、必要無く無りゃ取り外されてぽいってな。まぁ、しょうがないよね。

 

 アイズさんのとある一言で、俺は【ロキ・ファミリア】に行く事になった。

 その一言と言うのが『赤い液薬について何か知らない?』である。

 

 何の事かと言えば、リリが売り払ってしまったあの『赤い液薬』こと『ドラゴニックポーション』を、あろうことかロキファミリアの主神、神ロキの手に渡ってしまったらしい。

 ギルド職員のエイナ・チュールと言う人がロキを訪ねてきた日、リヴェリアが消費したポーション類の買い込みに行っていたさ中、ロキが店先に並んでいたそれを興味本位で購入したらしい。

 その所為でお小遣いが足りなくなってリヴェリアにお酒をねだったが素気無く拒否され、だだを捏ねていた所にエイナさんが現れて、ソーマファミリアの情報を与えるのと交換にお酒を買ってあげると言う事になったらしい。

 

 なんともまぁ、奇怪な巡り合わせと言うかなんというか……。

 

 ちなみにその『赤い液薬』はロキが大層大事に取り扱っているらしい。なんでも『警戒心強い癖に抜けた所もあって可愛い子を呼び出す口実』がどうの。俺の事か、俺の事なんだな?

 

 ともかく、ベルは今頃アイズさんとの特訓をしているだろう。俺は例のゴスロリドレスを着てロキファミリアへとやってきたんだよ。入りたくねぇ。入口の辺りをちょろっと覗いてみるけど、どういう風に声かけりゃいいの? 『赤い液薬』について聞きに来ましたとか言えばいいの?

 

「あ、ミリアじゃん。久しぶりー、何其の恰好、可愛いねー」

「どうも、お久しぶりです」

 

 うわ、アマゾネスっぽくないアマゾネス、ティオナ・ヒリュテさんだ。と言うか、なんかこの人ボロボロじゃねぇか。第一級冒険者がボロボロになるって……何かヤバい事してるのか?

 

「なんかボロボロですけど、どうしたんですか……?」

 

 襲撃? 他ファミリアからの? 巻き込まれる?

 

「んー、いやちょっと組み手をねー」

「組み……手?」

「そうそう、アイズにレベル6、先越されちゃってさあ」

 

 え? レベル6? アイズさんって確かレベル5なんじゃ……。

 

「アイズさんってレベル5なんじゃ?」

「んー? あぁ、ギルドからの公式発表まだだっけ? でも近々発表されるしいっか」

 

 …………そっか、アイズさんもうレベル6なのか。ベルも大変だなぁ。

 

「ところでミリアは何か用なの?」

「えぇっと……神ロキか勇者(ブレイバー)に取り次ぎを……頼みたいなぁなんて」

「ん? ロキか団長に?」

 

 そう、ティオネ・ヒリュテの方だったらフィンに取次頼んだら殺されそうな気がするから、ティオナさんでマジ助かった……。

 

「へぇ、団長に、ねぇ」

 

 …………あ、どっかで聞いた声。

 

「ティオネじゃん。あ、丁度いいや。ロキか団長に声かけてくるからミリアの事任せたよ」

「良いわよ、ちゃぁんと面倒見てあげるわよ。ね、ミリア」

「アッハイ」

 

 俺、死なないよね? 大丈夫だよね? 生きて帰れるかな……。




 ベル君とミリアのすれ違い。こういうの好き。



 リリが売り払った『赤い液薬』が巡り巡って神ロキの手に。なんと都合の良い展開……でもこうして神ロキと此処で会っておかないと、神フレイヤの魅了関連に触れられないしって感じ。
 神フレイヤと長年やりあってきた神ロキならミリアにかけられた魅了についてどうにかできるかもしれないと言う淡い期待。

 ……都合良すぎたか?

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