魔銃使いは迷宮を駆ける 作:魔法少女()
地下で騒いでいた理由は、ベルの新しいスキルにあるらしい。
『
発展アビリティの方は《幸運》を選択したみたいだ。運だけはどうしようもないって言う話を思い出してそれにするって決めたっぽい。おすそ分けして貰えるなら俺も幸運にあやかりたいものである。
それから、ヘスティア様がベルの二つ名を決める『
うぅん、二つ名。良い思い出は無いんだがなぁ。
ベルと二人で久々に部屋の大掃除のさ中。床を掃くベルは何やら妄想で痛々しい。いや、本人はかっこいいと思ってるんだろうが。
「二つ名に合せて、防具も新調しちゃおうかな。どんなかっこいい名前が貰えるんだろ」
あぁー、耳を塞ぎたい。
「【ファイアブリザード】とか、【トルネードタイフーン】とか」
背中を掻き毟りたくなるような二つ名ですね。そんなん貰ったら自殺ものだよ……俺もランクアップしたらそんな二つ名を背負う事になるの? いや、現時点でも【
「【バーニングファイティングファイター】とか」
本人はかっこいい積りなんだろうが、傍から見ると痛々しいものである。俗に言う黒歴史と呼ばれる其れ。キメポーズまでしてまぁ。
そろそろ止めるべきか……いや、相当浮かれてるし、声かけても無駄か。放っておくしかないかなぁ。
「……この鎧は良かったよなあ。軽くて、動き易かったし」
あー、その鎧。もう生産してないっぽいッスよ? とでも言えば良いのか? ヴェルフ・クロッゾと言う人物は激情家か、それとも情緒不安定か。何かしら理由があったのかは知らんが、唐突に不機嫌になってたしなぁ。
まあ、鍛冶師自体は割と溢れてるっぽいしベル好みの鎧作れる鍛冶師探しってのも良いかも知らんね。ついでに鎖帷子の修理とかも頼めれば万々歳って奴だ。
どたどたと階段を慌ただしく駆け下りてくる音が響き、入って来て直ぐ入口の壁に手を突いたヘスティア様が嬉しそうな笑みを浮かべていた。相当慌てていたのか肩で息をしているっぽい。
とりあえず水をコップ一杯渡しておこう。
「ぷはぁ、ありがとうミリア君。ただいま、帰ったよ」
「お帰りなさい神様! 僕の二つ名どうなりました?」
「お帰りなさいヘスティア様。それで……? ベルの二つ名って……?」
コップを受け取りつつも悪寒を感じながら問いかける。痛々しいのが来たらどうしようか。
「喜ぶんだベル君。
「はい……?」
無難な二つ名。想像がつかんが、痛々しくないのなら行幸。ベルは不思議そうに首を傾げているが、後で思い返して首を掻きむしりたくなる二つ名よりマシでしょ……?
「【
リリを呼んで『豊穣の女主人』でお祝いをとなった訳だが。ヘスティア様は来れないらしかった。理由の方はわからないが、何かわけありっぽい?
ベルの二つ名を不思議そうに首を傾げて呟くリリを前に、ベルの方はテーブルに伏せて凹んでる。もっと
俺に言わせればー、普通で素晴らしい。ヘスティア様に全力で同意である。俺がランクアップできるかは知らんが、出来るならばベルと同じ様な凡庸な二つ名が良いなぁ。
「うん、どう思うリリ」
「えっとぉ、そうですね。…………普通?」
「だよねぇ、神様は無難で良いって言うんだけどさぁ」
良いじゃん。不満そうなベルに肩を竦めていると、横合いからシルさんの声が。
「私は好きですよ。【
「ランクアップおめでとうございます。クラネルさん」
「今日は沢山お飲みになってくださいね。今日はベルさんの祝賀会ですから」
リューさんも一緒にやってきたが、注文した数よりも多い。二人分ぐらい? シルさんとリューさんも一緒に祝ってくれる感じかな。……二人の食事分って多分こっちで出すんだよな……? 金はあるからまぁ良いとして、ミアさんの方はー、あぁうん。どんどん飲んでどんどん食えと親指をぐって立てて来た。そうなるよね。
「おい、まさかアイツ……」「最速でレベル2になった野郎か……」
二人の声に反応したのは俺達だけでは無かった。店内に響く明るいシルさんの声に他のテーブルの冒険者が反応して此方を、と言うよりベルをじーっと観察し始めた。
「……もしかして、僕の事言ってる?」
「えぇ、名を上げた冒険者の宿命みたいなモノです」
面倒臭いが、嫉妬やらの混じった視線も感じる辺り、絡んでくる奴が居そうだ。まあ、この店でそんな事する阿呆は絶対に居ないだろう。ミアさんに殺されるし……。
「人気者になったと思えばいいんですよ。さぁ、始めましょう」
「……お二人は此処に居て良いんですかぁ?」
リリの視線が胡乱気にリューさんとシルさんを射抜く。まぁお盆に乗せられていたグラスとか料理の数からして察しはついてたが、リリとしては不満っぽい?
「私達を貸してやるから、存分に飲め。とミア母さんからの伝言です。後、金を使えと」
知ってた。ミアさんならそうするよね。ランクアップの祝賀会。可愛い女の子に囲まれ、たっぷり酒飲んで気分よく金を払えって事だよね。
「じゃあ、遠慮なく。乾杯」
「「「「乾杯」」」」
酒ぇ、飲まずには…………あぁ、うん。これ酒じゃなくてジュースなのね。
周囲の冒険者の嫉妬の視線が鬱陶しい。何より同じ席に座る俺とリリにも注目が集まってる。
リリの方は恰好からしてサポーターかなんかだろと鼻で笑われてるみたいだが、俺の方は今も魔法使いっぽい鍔広のとんがり帽子にローブ姿で長杖を近くに立て掛けてる所為か『あのガキ誰だ?』みたいな話題が他のテーブルで出てる。ベルは、不思議な事に嫉妬混じりの粘つく視線には一切気付いていないらしい。
図太い訳では無く、鈍感なだけ。にしてもこれだけ視線が集まれば気になるもんだと思うが。
「それでは今後、クラネルさんとアーデさん、ミリアさんは中層に向かうおつもりなのですね」
「はい。まあ、もちろん調子を見ながらですけど」
本当に視線が鬱陶しい。ここまで粘ついた視線ってのも久々だ。嫉妬混じりの視線は本当に止めて欲しい。
「差出がましい事を言う様ですが。まだ十三階層より先へ進むのは止めた方が良い」
「むっ」
おぉう。リリがリューさんに張り合ってるっぽい。泥棒猫だとでも思ったのだろうか。ヘスティア様から泥棒猫認定されてるリリが? まあ、冗談だが。
しかし十三階層より先へは進むな、か。理由はなんとなく察しはつくが。
「それはまた、どうしてです?」
「ベル様とミリア様でも中層のモンスター相手に不足していると言うのですか?」
リリはー、うん。少しそっとしておこう。威嚇する猫みたいだ。
「そこまで言う積りはありません。ですが、上層と中層は違う。モンスターの強さも、数も、出現頻度も」
真剣なまなざしを此方に向けたリューさん。その目にはほんの少しの戸惑い混じりながら、きっぱりと言い切った。
「今のお二人では、途中で力尽きるでしょう」
「っ! そんなはずありませんっ! レベル2のベル様と、援護に長けたミリア様が居れば余裕ですよ!」
リリの必死な物言いに対し、リューさんは冷めた表情で此方を見た。ベルでは無く、俺を。
「ミリアさん、貴女は──よくマインドダウンをしていますね?」
テーブルに置こうとしていたグラスが音を立て、ベルとリリ、シルさんの視線が集まる。
「現状、ミリアさんの話を聞く限りですが。クラネルさんの足止め能力が低すぎる影響で、後方で援護に徹するミリアさんまで前線に出ている様に感じます。ミリアさんの能力的には、前線を維持できるでしょう。ですが、クラネルさんと違いミリアさんはマインド、魔力を消費して戦うのが主なスタンスとなっています。上層でもマインドダウンを多発している以上。中層へ進めば、より多くの敵がベルさんの足止め能力を超えて押し寄せてきます。そうなれば────ミリアさんに過大な負荷がかかる。魔力は体力と違って回復する術が限られています。もしミリアさんが潰れれば、そのままパーティの全滅に繋がるでしょう。ミリアさんが抜けた穴を、アーデさん一人で塞げますか?」
……。俺が潰れた場合。リリが俺の穴埋めが出来るか否か。不可能だろう。リリの武装『リトルバリスタ』は上層のモンスター相手ならなんとか倒せなくはないが、中層に入ってしまえば完全な威力不足。その上で近接戦闘を行えるだけのステイタスも無い。そうなるとベル一人でマインドダウンで潰れた俺と、戦力外のリリを庇いながら戦う羽目になる。そりゃあどうしようもないわ。
「それは……」
「リューさん。現状のパーティの問題点は、足止め出来る前衛の不足って事で良いんですかね?」
「そうなりますね。貴方達は、仲間を増やすべきだ。特に足止め能力に長けた盾役のドワーフや大剣を使う様な方が好ましい」
ベルは二刀流を使う敏捷型の剣士。俺は魔法と剣を使う魔法剣士。どっちかっていうと魔法戦士寄りか。
どちらにも共通してるのはモンスターを足止めする能力の低い事。数が多ければその分後ろに抜ける訳でー。俺はベルと違って消費するのが魔力だもんだから、一度魔力が切れれば暫くは使い物にならん。十分休んで大丈夫とかにはならんからスタミナ切れしたら終わる訳だ。
仲間ねぇ。仲間、酒場で声かけて集めるとか? ありふれてるが、そう言うのは難しいのがオラリオだ。神々の問題もありゃ、そもそも冒険者は荒くれ者が多い訳で。サポーターのリリに対する当たりの悪い奴に当たれば最悪だし。そもそも俺が隠し事してる所為か、仲間を増やすと言うのもそう簡単に行えない。せめて信用に値する者でないとなぁ。
「でも、肝心の仲間に加わってくれそうな人が────
「はっはっはぁ、パーティの事でお困りか。リトルルーキィー?」
唐突に声をかけてきたのは顔に無数の傷のある歴戦っぽい冒険者の男。歴戦っぽいだけであって、そもそも【
……おい、ここミアさんの店だぞ。嫉妬混じりの視線とー、後はリューさんとシルさんに向ける視線。劣情の? あー、酔ってるのかコイツ。ヤバイぞ、死ぬ前にやめた方がいい。
「失礼ですが。貴方はどちら様で?」
「あぁ? 俺を知らないってのか?」
「はい」
多分、レベル2か? いや、3か? 悪いが第一級、レベル4、5、6。後はオラリオでただ一人のレベル7ぐらいしか知識に入ってない。レベル3までは覚えてた方が良いのだが、流石に3まで下りるとそこそこ数が居て名前と特徴が一致しなくなってくる。
「けっ、とんだクソガキだ」
「あの、何の用ですか?」
ベルの困惑した様な、若干怒った様な声色。ベルも怒る事ってあるんだなぁ。
「はんっ、仲間が欲しいんだろう? 俺達のパーティにてめえをいれてやろうか? あぁ?」
……うん、絡んできてるねこれ。どうすんだよ。多分俺から手出しした場合も、ベルから手出しした場合も、喧嘩両成敗とぶん殴られるぞ。
「俺達はレベル2だ。中層にもいけるぜ」
「えぇ……?」
どうする? どうすれば──
「けど、その代りに、このえれぇ別嬪なエルフの嬢ちゃん達を貸してくれよ」
あ、コイツ死んだわ。リューさんに目を着けるとは流石である。だけどリューさんに軽々しく触れるとヤバイぞ。と言うかこいつ等多分だけどこの店に来た事ない奴だ。この店の噂の一つでも知ってりゃ絶対に手を出そうとは思わないはずだし。
「仲間なら分かち合いだ。なぁ?」
皆、むっとした表情を浮かべて不服そうである。とりあえず俺は……この人たち酔ってるっぽいしこのままなり行きを見守っても良いけど、一応やんわり止めとくべきか。
「まだ、仲間になるとは言っていないと思いますが」
「あぁ? ガキには聞いてねえっての。これだからパルゥムって奴は」
…………。パルゥムの扱い悪過ぎぃ。こんなん毎回やってたらパルゥムも捻くれるわ。
「んで、どうすんだ? 受けるのか、受けないのか」
「あの──
「失せなさい。貴方達は彼等に相応しくない」
あ、リューさんの導火線に火が着いた。もう手遅れだ……。この人たちの命運を祈ろう。皿洗いで済むかな? 前歯は残るのかな……? お財布毎無くしちゃうかな……?
「まぁまぁ妖精さんよ。俺らならそんなカスみたいなクソガキより断然良い思いさせてやるぜ」
おい、テメェ見てぇなチンピラ如きがベルを馬鹿にすんな。と言えればいいんだが俺はレベル1、相手はレベル2。リューさんに任せる他ない。
調子に乗ってリューさんに手を伸ばして──リューさんの肩に手が触れそうになった瞬間に、リューさんの姿がぶれ、相手の手をグラスの取っ手部分に引っ掛けて、相手に触れる事無く捻り上げる。ギリギリギリィッとヤバ目の音が相手の腕全体から響き、その男が痛みに呻きながら膝を突く。
ベルが目を丸くしてるが。うん、これって実はこの店で良くある光景なんだ。そぉっと尻を撫でようとして腕を捻り上げられたり。膝を蹴り抜かれたり。リューさんのグラスを使ったこの技術は凄いと思う。
「いでででっ」
グギィッって音が響き、男が手を押さえて座り込んでしまった。対するリューさんは氷の様な冷たく、鋭い視線で見下ろして口を開く。キャーリューサンステキー。ごめん嘘、ちょっぴり怖いわ。
「私の友人を蔑む事は許さない」
あぁ、うん。格好いいわ。こんなん惚れるよ。まぁ、ちょびっとばかりやり過ぎな気はするけど。グギィってのはちょっと、もう少し穏便に鎮圧出来ないモノかと。
座り込んでいた男が、手にはまり込んでいたグラスを床に叩き付けて砕き、リューさんを睨みつけた。
おい、コイツ今グラス叩き割りやがったぞ。ミアさんにぶっ殺されるコースの上を全力疾走してやがる……。
「このアマ、女だからって容赦しねぇぞっ!」
殴りかかろうとする男に対し、リューさんは何処からか片刃のー刀? 小太刀の様な物を引き抜いて冷たい目を向けている。待て、マジでリューさん切る積りだぞ。この男はこの男で何でさっきのやり取りで力量差が開き過ぎてる事に気付かないんだよ。女だからってどう考えてもレベル2を片手間に捻り倒せる時点で自分より強いってわかるだろ。
困惑しながらも、止める為に魔法なんぞ使おうもんなら俺まで跳び火するので大人しく椅子に座る。ついでにベルとリリに動くなとアイコンタクト。もうこの男は死ぬしかないのよ……。残念だけど。
凄まじい轟音が響き、皆の動きが止まった。
音の発生源を見ればミアさんが俯いてカウンターに拳を叩き付けていた。拳を叩き付けられたカウンターはー、完全に天板が砕けてへしゃげている。信じられるか? あの天板、レベル3冒険者がぶっ叩いても傷一つ出来ないぐらい頑丈な代物なんだぜ? それが見事に砕けている。ミアさん、貴女何者なんですかねぇ。
と言うかリューさんは何事も無かったかのように小太刀をしまって座ってるし。慣れてるとは言えあの力を見せつけられて平気とか……。俺はー、最初見た時はちょっとチビッたけど、今は平気だ。ミアさんだし? で済む。
「騒ぎを起こしたいなら外でやんな。ここは飯を食べて酒を飲む場所さっ」
リューさんに殴りかかろうとしてた奴も含め、彼らのパーティは完全にビビってる。やーいビビッてやんのー。と茶化したいが、俺も普通にビビってる。ミアさん怖ぃ。
「っ、おい行くぞ」
「アホ垂れっ! ツケは利かないよっ!」
「はいぃっ!?」
財布をそのままテーブルの上に放り投げて、彼らが走り去っていく。残ったのは食べかけの皿の乗ったテーブルに、ヴァリスのたっぷり詰った財布三つ。ふぅん、前歯一本も欠けなくてよかったね。
その代わりにカウンターの天板がお亡くなりになった訳だが。まぁあの財布の大きさ的に食事代金プラス損失分を賄っても事足りるぐらいには入ってるだろうから良いのか。
そしてリューさんや。貴女は何素知らぬ顔で野菜スティックを齧っているので……。いや、慣れてるのはわかるんだけどね……?
ついさっき、人殺しでもしそうな目をしてた人だとは思えないわ。リューさんは怒らせない様にしよう。ミアさんもそうだし。アーニャさんもクロエさんもルノアさんも、この店の人達は怒らせたらヤバイ。
……シルさんはわからんが。シルさんを怒らせたらリューさんが飛んでくるだろうし、結局この店で騒ぎ起こすのは阿呆のやる事って事だよ。
にしても、嫉妬の視線は相変わらず酷いねぇ。
世界観に合せて『銃』を直接出さずに『銃っぽい魔法』って合わせてるので『銃』を直接出す様な事はしません。と言うかそれやったらせっかく『銃っぽい魔法』ってのをやった意味が無くなりますし……?